美しいモザイクデザインの「ダイヤ」。水の中を象が泳いでいるような「ぞうくんのなみだ」。シュールな笑い顔がちりばめられた「笑い」…。美術館にあるアート作品のような靴下に、思わず心がワクワクしてきませんか?「靴下美術館」がオンラインで販売する靴下は、すべて障害のあるアーティストたちがデザインしています。
アートソックスと呼ばれるこの靴下は、障害のある人たちのアートを発信する「エイブルアート・カンパニー(Able Art Company)」と、靴下専門企業「Tabio」のコラボから生まれました。
どんなアーティストたちが、この素晴らしいデザインを生み出しているのでしょう。このプロダクトを通して、彼らの人生や社会にどんな変化が生まれているのでしょう。
エイブルアート・カンパニー関西事務局の小林大祐さんに、お話を伺いました。
障害のある人たちのアートが、新しい仕事をつくる
エイブルアート・カンパニーは、障害のある人のアート作品を社会に発信して、仕事をつくることを目指しています。元々は、1995年から日本障害者芸術文化協会(2000年~NPO法人エイブル・アート・ジャパン)と奈良の財団法人たんぽぽの家が、音楽や絵画、舞台などさまざまな形で発信を行ってきました。そこに福岡のNPO法人まるが加わって、アートを仕事にするための中間支援組織をつくろうということになりました。
小林さん:私たちは、障害のある人のアートを「可能性の表現」と捉えて、社会に発信してきました。ただ、障害のある人たちの表現活動の場は広がっても、それをなかなか仕事につなげられない、所得が低いという現実があったんです。そこで、アートを仕事につなげようと「エイブルアート・カンパニー」を立ち上げ、商品の企画や企業とのコラボ、著作権の契約などをしながら、アーティストのバックアップを行っています。
エイブルアート・カンパニーには、知的障害や精神疾患、身体障害など持つアーティストが現在104人登録しています。2007年の設立以来、さまざまな企業や団体とコラボしながら、バッグや洋服、インテリア、雑貨などたくさんの商品を生み出してきました。
芸術作品の枠を越えて、アパレルに挑戦!「Tabio」との出会い
アートソックスでコラボした靴下専門企業「Tabio」との出会いは、20年以上も前にさかのぼります。エイブルアート・カンパニー本部事務局である「たんぽぽの家」が主催していた音楽祭に訪れた、タビオ株式会社の会長が深く感銘を受けたことがきっかけでした。それ以来、タビオは長年にわたり支援を続け、2010年から協働で「アートソックス」を商品化しようということになりました。
エイブルアート・カンパニーにとって、靴下は、芸術作品の枠を越えた初めてのアパレル商品。靴下を作るにあたっては、アート作品の一部を切り取ったり、アイコンを模様のようにレイアウトしたりすることもあります。アート作品の一部を切り取ることは、それまでタブー視される風潮があったのでアーティストの反応が気になっていたそう。しかし、その心配は無用でした。
小林さん:アーティストたちに、ネガティブな反応は全くありませんでした。それどころか、自分の作品が違う形になることが刺激になって、どんどんアイデアが湧いてきたアーティストもいました。企業側にとっても、アート作品の一部を使えることで、デザインの幅が広がったようです。
Tabioとのコラボをきっかけに、ハンカチやアンダーウェア、洋服など、ファッション分野でさまざまな企業とのコラボが生まれました。
どんなアーティストたち?「その人らしさ」が伝わってくるユニークな靴下
アートソックスの魅力はもちろん、ユニークで個性あふれるデザイン。多くの人は、まずそのデザインに惹かれて購入するそうです。個性あふれるデザインを見ていると、どんな人が描いたのかな、どんなふうに暮らして制作をしているのかな、と興味が湧いてきます。
エイブルアート・カンパニーに登録している104人のアーティストたちは、施設や自宅、アトリエなど、さまざまな場所で活動しています。「たんぽぽの家」では、毎日7〜8人のアーティストが、朝9時半から15時半まで、絵画や陶芸、手織りなどさまざまな制作活動に取り組んでいるのだそうです。
お話を聞いている途中に、飛び入りで会話に入ってくれたのは、アーティストの山野将志さん。
山野さん:鳥取に行ってきました!色を塗ったり、作品のための風景を描いたりしてきました!よう頑張った!よう頑張った!
山野さんは、明るく弾むような声で話しかけてくれました。
おしゃべりでいたずら好きな山野さんは、エイリアンや「恐い手」など、自分が怖いと思うものをあえて表現として出したいようだと、小林さんは感じています。
小林さん:表現を通して、アーティストの「その人らしさ」が見えてくるんです。僕も作品を見て、ああ、この人は面白いことを考えているなとか、ピーマンが好きなんだなとか(笑)、いつも新しい発見があります。
アートソックスは、アーティストの作品や才能を知ってもらうだけでなく、その人自身を知ってもらうきっかけになっていますね。
それぞれの靴下をデザインしたアーティストの情報は、商品のタグやエイブルアート・カンパニーのウェブサイトで詳しく知ることができます。
変わるアーティストや家族。弟の作品を買い占めたお兄さん
表現する理由は、アーティストによってさまざま。描くのが好きだからという人もいれば、誰かに見てもらいたいと思って、あるいは現実と向き合うために描く人もいます。ただ、どのアーティストにとって共通なのは、表現したものを社会に発信することでポジティブな変化が生まれていることだそうです。
小林さん:モチベーションはさまざまですが、自分のアートが商品になることはアーティストの励みになっています。「靴下の次は服になるように!」と話していたアーティストもいました。京都在住の作家XLさんは、自分や他のアーティストの作品がデザインされた靴下をよく履いているんですよ。
こんな心暖まるエピソードもあったのだといいます。
小林さん:福岡のある作家さんにはお兄さんがいるのですが、それまでお兄さんは障害がある弟のことをひた隠しにしていたそうです。ある時、弟の作品が有名なデザイナーのTシャツに採用されました。販売されるとすぐ売り切れたのですが、実はお兄さんが買い占めて、周りに配っていたんです。その後、お兄さんは自分の結婚式でも弟の作品を飾ったのだと聞いて、とても嬉しく思いました。
アートが商品になって世に広く発信されることで、障害のあるなしではなく、一人の才能ある個人としてリスペクトされる。それは本人だけでなく、近くにいる家族にとっても、生きる力になっています。
身近なモノになることで、「2人で引っ張りあっている糸を、たぐり寄せる」
アートソックスを手がけて早8年。小林さんは、このプロジェクトを通して、周りの人や社会に変化が生まれていると感じています。
小林さん:例えば、障害のある人と障害がない人が、二人でピンと張った糸を持っているところを想像してみてください。かつては、障害のある人が下に見られ、糸は上下でつながっているような時代があったように思います。時代は変わり、アート作品を発信していく中で、障害のある人の才能が認められて、障害のある人が上に見られ、上下関係が逆になりつつあります。でも、糸の長さは変わっていないことに、違和感を覚えます。
これからは、さらにお互いこの糸をたぐり寄せて、身近な関係になれるといいですよね。アートソックスには、その力があるような気がするんです。作品が、靴下のような身近なモノになることで、たくさんの人がアーティストのことを知り、身近に感じたり考えたりするようになると思うんです。
エイブルアート・カンパニーは、もっと多くのアーティストが活躍できるように、街にある小さなアトリエや絵画教室とも協力しながら、アーティストが表現できる場や社会に発信するきっかけを広げようとしています。
たくさんのストーリーと魅力がつまった靴下。日々の暮らしで使っていると、作り手のことが心に浮かんだり、「それ、かわいいね」と気づいてくれた誰かと、そのアーティストのことを話すきっかけになるかもしれません。アートソックスを通して、私たちの気持ちは障害のあるアーティストたちと心を通わせることができ、彼らの表現活動を応援することができるのです。
こんな魅力あふれるアートソックスは、GOOD JOB STORE内の靴下美術館や、奈良県にあるGood Job! センターのほか、Tabioの店舗で購入できます。
あなたの暮らしにも、ぜひひとついかがですか?
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