「幸せになってもいいですか?」
誰かにそう聞かれたら、あなたはなんと答えますか?
私は、自分の思う“幸せ”に向かって歩いていくことは誰にも許されていることだと思います。たとえ、過去にどんな失敗があったとしても…。
どんな人にも、失敗や後悔していることがあるものです。でも、それらを糧にして、その後の人生を前向きに生きていく方法がきっとあるはず。
今回お伝えするのは、少年院出院者の居場所づくりや、彼らの声を社会に届けるための映画製作などで若者たちに寄り添う、「 NPO法人セカンドチャンス!」(以下セカンドチャンス!)の取り組みです。その創設時からのメンバーで、自身も少年院出院者として少年院少女たちのドキュメンタリー映画製作をされている中村すえこさんにお話を伺いました。
少年院出院後の少年少女を支えるNPO法人セカンドチャンス!
セカンドチャンス!は、少年院出院者たちが経験を分かちあい、仲間としてともに成長することを手助けするNPO法人です。
社会から孤立してしまうことも少なくないという、少年院を出院した若者たち。だからこそ、セカンドチャンス!では出院した直後のサポートを大切にしています。
中村さん:少年院出院後の30分が勝負です。右の道へ行くか、左の道へ行くかでその先の運命が決まると言われているくらい、出院後にどういう人と繋がるかで未来が大きく変わっていくのです。
実際は、保護者を伴って出院するので、少年院出院後の30分を一人で過ごすことはないそうですが、その比喩が出院直後の時間の大切さを物語っています。
少年院出院直後の若者たちがより良いスタートを切れるよう、セカンドチャンス!の取り組みは、若者たちがまだ少年院にいるうちからスタートします。「少年院講話」という活動は、少年院出院者であるセカンドチャンス!の仲間たちが、自分がいた少年院に出向き、「自分も立ち直ったから大丈夫だよ」と、若者たちに寄り添うもの。
その後、少年院出院者たちには「交流会」という取り組みを通して居場所を提供します。「交流会」は、現在全国11ヶ所で開催され、多くの若者が集っているそうです。
中村さん:私は横浜で女子少年院を出た子たちの「交流会」を担当しているのですが、ママになっている子も多く、ママ友のランチ会のような雰囲気です。場所によって「交流会」は、のんびりだったり、体育会系だったりと毛色は違います。ただ、どの「交流会」でも、集まってごはんを食べながら、悩みを話したり愚痴をこぼしあったりしながら、参加者は和やかな時間を過ごしています。
「一人じゃない。居場所があって、仲間がいる」それは、誰にとっても明日を生きる希望です。「少年院講話」や「交流会」の参加者がそんな風に感じてくれていたらいい、と中村さんはセカンドチャンス!の活動の意義を話してくれました。
非行の裏にあるのは、孤独や生きづらさ
中村さんがセカンドチャンス!の活動を始めたのは、ご自身の人生経験が大きく影響しているといいます。
中村さん:実は、私自身も少年院出院者なんです。レディース(女暴走族)に入って、毎日バイクでの暴走と喧嘩に明け暮れ、15歳の時レディースの総長になりました。
「仲間が大切で、一緒に過ごす時間が楽しくてしかたない」そんな思いはきっと思春期に誰もが抱いたことがあるはず。でも中村さんは、その居場所を守りたいがために、事件を起こし、少年院送致となったのです。
中村さん:あの頃の私にとって、レディースは私の全てでした。少年院にいるあいだも、レディースを辞めようとは一度も考えませんでした。だってそこは私の居場所だったから。だけど、少年院を出てみたら、その場所には戻れなくなっていたのです。
少年院にいるあいだに、レディースを追放されてしまった中村さん。居場所も仲間も失い、ひとりぼっちになってしまったという喪失感に襲われます。
戻る場所が無い。かといって、同じ年代の女の子はどう時間を過ごしているのかもわからない。生きていく道しるべがなにもない…。孤独で、辛い思いを抱えたまま、中村さんは再犯をしてしまいます。
もう一度少年院に戻されることを覚悟しながらも、中村さんは「全てがどうでもいい」と感じていたそう。そんな投げやりな思いを見破り、まっすぐに怒りをぶつけたのは、お母さんでした。
中村さん:母に「命を守れるのはおまえしかいない」と言われました。その言葉を聞いたときに、このままでいたら人として生きていけなくなる。自分の心をなくしてしまうと思ったんです。初めて、“変わりたい”と思いました。
信じてくれる大人の存在。それが立ち直りのきっかけ
前向きな気持ちを持ち始めた中村さんの背中を、優しく押してくれた出来事がありました。再犯についての審理や判断を行う審判でのことです。そのときの調査官の方が「あなたは十分に反省しているから、社会に戻りなさい。今のあなたなら、社会でやっていけるよ。」と言ったといいます。
中村さん:そんなふうに自分のことを信じてくれる大人がいるということがとても嬉しかったんです。母とこの調査官の言葉があったから、私は立ち直ることができたのだと思います。
それでも中村さんは、自分が少年院出院者であることをずっと隠していたそう。転機は、セカンドチャンス!設立時の代表である津富宏さんとの出会いでした。
中村さん:「少年院を経験した君の力が必要なんだ」と言ってくれたんです。社会では、排除されることもあるこの過去を必要だと言ってもらったことで、少し肩の荷をおろすことができました。決して人に自慢できるような過去ではありません。でも、過去は消すことはできないので、あやまちを受け入れて生きていきたいと思うようになったんです。
セカンドチャンス!の活動に加わり、中村さんは全国の女子少年院出院者と出会いました。そして、彼女たちの犯罪の背景には、生きていくのが大変な状況や、親からの虐待やネグレクトなど、社会的な課題があることに気づいたのです。
ある女子少年院の少女から中村さんは「幸せになってもいいですか?」と聞かれたことがあるそうです。他にも、「自分みたいな人間が幸せになっちゃいけない」などと言う少女たちの声に耳を傾けてきました。
中村さん:もちろん、彼女たちの犯罪の背景に過酷な状況や虐待、ネグレクトがあったとしても、犯した罪が許されるわけでは決してありません。でも、少年院で自分の犯した罪と向き合い、やり直しを誓ったまだ16歳や17歳である彼女たちがこれから幸せになっていけないはずがない、と私は思うんです。
「彼女たちが罪を犯す前に、何かできることはなかったのか」という問いが中村さんの心の中に浮かびました。
少女たちの赤裸々な声を届ける。ドキュメント映画「記憶」
少年院を出院した少女たちと出会い、犯罪に手を染めてしまう子たちの環境を変えることは、その子の力だけでは無理だと考えた中村さん。まわりにいる大人たちの意識を変えるには、社会全体を変えなければと思い始めたといいます。
中村さん:多くの人に訴えかけられるものはなんだろうと考え、映画製作を思いつきました。まさに今少年院にいる子たちの声や、現代の非行と呼ばれるものの背景を知ってもらうために、彼女たちの声を映画で世の中に届けたいんです。
そうして、映画製作のプロジェクトが始動。ドキュメント映画「記憶」が制作されました。
女子少年院にカメラを入れ、赤裸々な彼女たちの言葉を届けること。そして俳優が演じる再現パートでは、なぜ少女たちが犯罪に至ってしまったのかを描き、その背景を知らせること。ドキュメント映画「記憶」は、その両方の役目を持っています。
社会を変える目的で始動した映画製作プロジェクト。そのもうひとつの目的は、現在生きづらさを抱えている人に対して、「けっして一人じゃないんだよ」というメッセージを伝えることだと、中村さんは話してくれました。
多くの少年院出院者が幸せに向かって歩いていけるように
とある女子少年院で、「幸せになってもいいですか?」と中村さんに尋ねた女の子が、最近連絡をくれたのだといいます。
“今、私は結婚もして、子どももいて、とっても幸せに暮らしています”
そう。やっぱり人は変われる。そして、誰もが自分の幸せを求める権利があるのです。
今まさに生きづらさを抱える若者たちも、幸せに向かって歩いていけるように。中村さんが製作を進める映画には彼らの背中をそっと押す役目もあるのかもしれません。
ドキュメント映画「記憶」では、現在クラウドファンディングで協力者を募集しています。少女たちの声を社会に伝えるという中村さんたちの活動を多くの方と一緒に応援できたら嬉しいです。
そして、完成したら、私もぜひ映画を観て、彼女たちの声を受け取り、それを自分の行動に繋げていきたいと思います。彼女たちに寄り添い、「大丈夫。幸せになろう」と声をかけられるように。
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