【写真】笑顔を見せる、登壇者のお2人

ここなら自分らしくいられる。

みなさんには、そう一息つける場所がありますか?

私たちは家族や職場、学校など、複数のコミュニティを行き来しながら暮らしています。しかし、家庭や仕事、学校では、つい自分を“あるべき姿”に押し込めようと頑張りすぎてしまう人もいるのではないでしょうか。ひょっとすると、趣味のサークルや地域の集まり、SNS上のコミュニティにいる方が伸び伸びできるという人も多いかもしれません。

soarではこれまで様々な場づくりやコミュニティ運営に携わる方々を取材してきました。そこで目にしたのは、「同じだけど違う」という前提に立ち、理解し合おうと歩み寄る人たちの姿です。

同じ障害や病気を持っていたり、年代が近かったり。一見似たような属性に見えても、一人一人が生きてきた人生や抱いている価値観はけっして同じではありませんでした。

分かち合える部分もあれば、分かち合えない部分もあっていい。そう肩の力が抜いて他人と向き合えたとき、人は初めて自分らしさを発揮し、「回復」への一歩を踏み出せるのかもしれません。

そのように誰かを一方的に排除することなく、違いを認め合い、人の回復を促すコミュニティは、どのように紡いでいけるのでしょうか。

その手がかりを探るため、soarでは3月26日(月)に「多様性を受容するコミュニティとは~ぴっかりカフェ・石井正宏さんと長崎二丁目家庭科室・藤岡聡子さんと考える~」を開催。

ゲストスピーカーには多様性溢れるコミュニティづくりの実践者として、NPO法人パノラマ代表理事、ぴっかりカフェマスターの石井正宏さん、株式会社ReDo代表取締役、長崎二丁目家庭科室運営の藤岡聡子さんの2名を迎えました。

【写真】会場全体写真。参加者らはくどうの話を聞いている

多様な人が暮らしの知恵を分かち合う場所

「いつもなら子どもと一緒に寝ている時間なので不思議な感じです」と屈託のない笑顔をみせる藤岡さん。「長崎二丁目家庭科室」を立ち上げてから、今年の2月に惜しまれながら場を畳むまでの歩みを一つずつ辿っていきます。

「長崎二丁目家庭科室」は、手芸や編み物、お料理といった、暮らしに必要な知恵を学べる家庭科室。地元の助産師さんによる料理教室や74歳のおばあちゃんによる洋裁教室、看護師さんによる健康相談会など、健やかな地域を育む場として愛されてきました。

場所は東京都豊島区の椎名町。藤岡さんが家庭科室を開いた背景には、町に住む「魅力的な人たち」との出会いがあったそうです。

藤岡さん:椎名町には若い世代から昔から住まれているお年寄り、子どもたちまで、多様な人が集まっている。

そのうえ、昔から椎名町で暮らす人も、大人になってから越してきた人も、物作りが好きな人がとても多かった。この両者が繋がるきっかけが増えれば、きっと素敵な反応が起こるはずと構想が膨らんでいったんです。

【写真】マイクを片手に、笑顔で話すふじおかさん

そこで藤岡さんは、椎名町にある宿「シーナと一平」の1階を使い、地域のお年寄りが若い人たちに町の昔話をする「茶話会」を企画。「洋装店のお母さんは、あの有名人の服をオーダーメイドで作っていたらしい」などの逸話が次々と飛び出す茶話会には、多くの若者や子育て世代が集まったそうです。

茶話会が順調に回を重ねるなか、藤岡さんは運営パートナーとなる深野佳奈子さんに出会います。元家庭科教員である深野さんは、「学校の外で家庭科の楽しさを教えたい」という想いから子ども向けの家庭科教室「korinco home」を主宰していました。すぐに意気投合した藤岡さんと深野さんは、「地域の家庭科室」というコンセプトに沿って、先生役を担う町の人たちを主語にした習いごとを開催していきます。

藤岡さん:どの教室もインターネットで大々的な告知をしたわけではありませんでした。でも店先に手作りのチラシを置いておくと、近所の誰かが覗きに来てくれるんです。家庭科室はそんなふうにふと寄りたくなるような、親しみやすい場として着実に育っていきました。

2017年の4月から今年の2月までの間に、およそ1067名が生徒として習いごとに参加しています。世代の幅も0歳から80歳までと幅広く、年齢を超えた繋がりが生まれていたように思いますね。

以前、soarが取材で家庭科室を訪れたときの室内の写真

「生きてきてよかった」と信じられる瞬間をつくりたかった

なぜ「長崎二丁目家庭科室」のように、年齢を超えて人が交流し合う場をつくったのでしょうか。藤岡さんは10代の頃に経験した父親の死、その頃に抱いた想いを語ります。

藤岡さん:当時は父親の死に対して「どうして私の父親が?」という気持ちもありました。けれど同時に「生きているとはどういうことか」についても思いをめぐらせるようになっていったんです。そして時間が経つにつれ、人が老いを重ねていく環境をよりよくしたい、その役割を担いたいという想いが強くなっていきました。

藤岡さんは24歳の頃、同年代の友人と一緒に50人規模の高齢者福祉施設を設立。その後、出産を経て子育てをしながら母親を看取りました。職場と家庭で「福祉」に向き合う経験を通して、自分の取り組みたいことが明確になっていったそうです。

藤岡さん:世代や性別の違い、障害や要介護の有無などを分断しているものを限りなくなくしたいと考えるようになりました。なぜなら子育ても高齢者福祉も、社会や家族の関係性が健やかでないと成り立たないという点は同じだからです。

その分断を飛び越えて、その人らしさを発揮できる場所に足を運んでほしい。「会えてよかった」と思える人に出会ってほしい。そうやって「生きてきてよかった」と信じられる瞬間を積み重ねることが、あらゆる人間にとって大切じゃないかって思ったんです。

藤岡さんとって「長崎二丁目家庭科室」は、人が「生きること」に向き合える場をつくる挑戦でもあったのです。

【写真】ふじおかさんのトークの様子。参加者らも熱心に話を聞いている

図書館という場所を選んだ理由

「NPO法人パノラマ」という名前には、パノラマ写真のように広いフレームで世界を囲み、すべての人を包摂していこうという意味が込められているんですよ。

そう団体名について説明するのは、NPO法人パノラマ代表理事の石井正宏さん。「この前『カメラ屋さんですか?』って聞かれちゃったんですけどね」とお茶目に笑います。

石井さんは、ユースワーカーとして、貧困や孤独など困難を抱える若者の支援を行なってきました。7年前から神奈川県立田奈高等学校で「ぴっかりカフェ」を運営しています。

ぴっかりカフェは、田奈高校の図書館で週に一度開かれる「校内居場所カフェ」。地域の大人にも開放されたカフェでは、生徒たちがカフェのスタッフや地域ボランティアと自由に交流することができます。

田奈高校には家庭環境が複雑であったり、学力に困難を抱えていたりする生徒も多くいます。ぴっかりカフェは、そういった子どもたちとの間に“信頼貯金”を貯め、いい大人や専門的な支援に繋げていく入り口を提供しています。

石井さん:困ってから対処する支援は被支援者の精神的な負担も大きく、時間もコストもかかります。中退や進路未決定の子は貧困や引きこもりに陥りやすい傾向にあると把握できているのだから、彼らが高校生の頃から関係性をつくっておく必要があると考えたんです。

石井さんは「ぴっかりカフェ」以外にも生徒の悩みごとの個別相談を行う「青春相談室どろっぴん」や、経済的自立を支える「バイターン」も実施し、“入り口”を通ってきてくれた子どもたちに手を差し伸べる仕組みを整えてきました。

【写真】マイクを片手に話すいしいさん

7年前に田奈高校から生徒の支援について依頼を受けたとき、石井さんは空き教室で行う“個別相談”ではなく、図書館を開放して行う“交流相談”を選びました。その理由について、「相談にたどり着くまでの難しさ」があるそうです。

石井さん:生徒が相談室にやってくるには「自分の問題が何であるか」を自覚している必要があります。けれど、本当に困っている生徒は「そもそも何が問題か」を把握できていないケースも多い。また、学校の中の大人たちが「忙しそうだからやめておこう」と遠慮して我慢してしまう子もいます。

だからこそ図書館でゲームをしながら話をしています。そうすると会話から隠れた課題の断片がこぼれ落ちてくる。それを拾い上げて、課題として整理してあげる大人が必要なんです。

【写真】交流相談の様子。高校生や大人が入り混じっている

役割のシャッフルと多様な大人たちとの出会い

ぴっかりカフェは、スタッフの用意した美味しい食事やお菓子、そして話を聞いてくれる人を求めて、1日200人から300人の生徒が訪れるそうです。

スタッフや地域ボランティアと生徒は雑談をしたり、楽器を弾いたり、時には真面目な相談をすることも。もちろん一人で好きな本を読んで過ごす生徒もいます。

石井さんはぴっかりカフェの特徴として、役割がシャッフルされている点、そして多様な大人に出会える点を強調しました。

石井さん:カフェでは大人が支援する側、子どもが支援される側という役割を固定しないようにしています。大人が子どもにボードゲームの勝負を挑んだり、地域のお母さんが同年代の娘や息子の悩みを生徒に打ち明けたりする光景も珍しくありません。

また、ぴっかりカフェには地域ボランティアや地域の企業の方など、多様な大人がやってきます。そのなかでたった一人でも「この大人なら話せる」と思ってもらえれば、何か問題が起きたときに救ってあげられるかもしれない。親と先生以外の大人を知らない子どもにとって、それが最後のセーフティーネットとして機能する可能性もあるんです。

生徒たちに「人生の登場人物を増やしてほしい」と語る石井さん。一度登場した大人たちとの関係性は、卒業後もずっと彼らの拠り所になっているといいます。

石井さん:ぴっかりカフェには卒業生も沢山やってきます。母校に行けば石井さんや地域ボランティアの誰かが話を聞いてくれると期待して足を運んでくれるんです。僕はすべての学校に「あの場所なら…」と拠り所にできる場所を整えていく必要があると思っています。そうやって一人でも多くの若者が安心して社会に飛び立ってほしい。

【写真】笑顔で話すいしいさん

「回復」するコミュニティのあり方とは?

自分たちの運営するコミュニティについて話し始めると、自然と柔らかな笑みがこぼれていたお二人。

けれど、コミュニティを維持していくことは、けっして容易なことではなく、楽しいだけの毎日ではないはずです。そこに集う人と人の間で摩擦が起きてしまったとき、いったいどのように向き合ってきたのでしょう。

工藤:多様な価値観や意見を持つ人が集まると、人間関係などのトラブルが起きてしまう可能性もあります。コミュニティを運営していれば、“思い通りにいかない”ことは多いと思います。お二人はスタッフの方に対して、訪れる人とどのようなかかわり方をしてほしいと伝えているのでしょうか?

石井さんはぴっかりカフェの地域ボランティアに対して、決して指導をしないよう伝えているそうです。

石井さん:生徒たちに“指導”ではなく“支援”をするようお願いしています。なぜならぴっかりカフェは「片付けなさい」ではなくて、「なぜ片付けないといけないかを一緒に考えよう」と促す場であってほしいからです。

コミュニティに集まる“人”に対して意識していることを共有してくれた石井さんに対し、藤岡さんはコミュニティを開く“場”に対する態度について語ります。

藤岡さん:「この場所を守る」という意識を共有するようにはしていました。「シーナと一平」は元々空き家だった場所をリノベーションした建物です。古くからある家を再構築し、新しい人の流れが生まれていく。そんな再生の過程にあるからこそ、しっかりこの場所を「守る」という意識を持っていてほしかったんです。

【写真】トークの様子。パソコンや紙にメモを取りながら聞く参加者もいる

つづいて、石井さんと藤岡さんのコミュニティの姿からみえてくる、「回復」のあり方についてたずねます。

工藤:回復という言葉は、元に戻るという意味だけでなく、人が尊厳を取り戻していくという意味も含まれるとsoarでは考えています。今日のお話を聞き、お二人の紡いできたコミュニティは、“その人らしさ”を発揮する機会を与え、いくつもの「回復」を生み出してきたと感じました。今後お二人はどのようなコミュニティのあり方を実現していきたいと考えていますか?

【写真】マイクを持つくどう

石井さん:おっしゃる通り、ぴっかりカフェを訪れる生徒のなかには、自尊感情が育めていない子たちがすごく多いんです。自信がなくて自分を好きになれない。そういう子たちが「カフェでは自由にいていいんだ」と実感できる場をつくろうという意識は常に持っています。

またコミュニティに参加する地域の人たちにも、出番と役割を生み出せる場になればいいと思います。専門的な知識がなくたって貢献できる領域はいくらでもあります。コミュニティに関わった誰もが自分に少し自信を取り戻せるような場ができたら嬉しいですね。

藤岡さんは家庭科室を畳むことが決まったときの経験を振り返りながら、回復を促すコミュニティのあり方を示します。

藤岡さん:家庭科室を閉じると決まってから、普段は大人しい方が「心の拠り所でした。」と言ってくださったんです。それがとても嬉しくって思わず言葉を失ってしまったこともあれば、また別の習いごとの最終回では、参加した方達がテキパキと連絡先を交換して、「別の場所で続けていこうね」また「この場所で続けるにはどうすればいいだろう?」などと段取りをしていました。

人が居場所に入っていって、自らの拠り所にして、最後には自立して場を残していく。その決断を後押しできたのは、すごく嬉しいですし、そういったサイクルのなかで、人は「回復」を遂げられるのではないかと、家庭科室の運営を通して学びました。

【写真】笑顔を見せる登壇者のお2人

石井さんと藤岡さんが丁寧に紡いできた人と人のつながり。その姿からは、いつでも立ち寄れる気軽さや、年齢や立場にとらわれないフラットな関係性など、多様性を受け入れるコミュニティに必要なヒントが浮かび上がってきました。

もうひとつ共通しているのは、ゆるやかな繋がりの根底に流れる強い”意志”です。石井さんは多様な大人との接点によって、子どもたちをサポートするために、藤岡さんは年齢や障害にかかわらず“自分らしさ”を発揮できる場をつくるために、コミュニティを運営してきました。

「誰のために、なんのために、このコミュニティがあるのか」を常に見失わず、関わる人々に愛をもって真摯に向き合うことが、多様性を受容するコミュニティをつくっていくのかもしれません。

こんな場が増えていけば、誰にとっても安心できる居場所がある社会が実現しそうです。

関連情報
NPO法人パノラマ ホームページ
株式会社ReDo ホームページ
長崎二丁目家庭科室 ホームページ

(写真/馬場加奈子)