【写真】木の温もりが伝わるレストランてぃーだの前でほほえむしみずひできさん

やりたいことにチャレンジしている時は、心がわくわくして、毎日が充実していると感じられます。

私が今この仕事をしているのも、まさに「できることよりもやりたいことに近づきたい。その方がきっと楽しい未来が待っているはず」と考えたからでした。

先日お会いした清水秀樹さんも自分の気持ちに正直に、チャレンジを続けている方のひとりです。

清水さんは35歳の時に「若年性パーキンソン病」の診断を受け、日常の動作が遅くなってしまったり、言葉を思うように発せないなどの症状とともに生きています。これまで当たり前のようにできていたことが、徐々にできなくなってしまう状態でもあるのです。

私がもし同じ立場だとしたら、“できなくなっていくこと”と向き合いながら、“新しくやりたいこと”に目を向けることができるだろうか。少し自信がなくなってしまいます。

できることが限られるので、やれることは最大限にやってみようと思っているんです。

力強くそう話してくれた清水さんは、病気が発症し、症状の進行が進む中で起業に挑戦。現在はレストラン「てぃーだ」を経営しています。

自分の気持ちを大切にチャレンジを続ける清水さんに、これまでのご経験や感じている思いを伺いたくて、私たちもてぃーだに足を運んでみました。

パーキンソン病が発症し、“何をして生きていけばいいのかわからない”

パーキンソン病は、脳の中にあるドパミンという神経細胞が減少することで発症する病気です。現在、日本には約15万人の患者がいるといわれており、特に高齢の方が多く発症しています。清水さんは35歳という若さで発症したことから「若年性パーキンソン病」と診断を受けました。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるしみずひできさん

清水さんはパーキンソン病の症状により、体をゆっくりとしか動かすことができません。思うように足をあげることができず、段差があるとつまずいてしまうこともあります。発症前に大好きだった運動や車の運転は、今は全くできなくなってしまったのだそうです。

動作以外にも、発声がしづらかったり、話したい言葉がすぐに頭に浮かんでこないために、会話がスムーズにできないという症状があります。そして、気分が晴れなかったり、様々なことへの興味が薄れ、意欲が低下してしまうなど、感情機能へ影響がでることも特徴のひとつです。

清水さんがはじめにパーキンソン病の症状を感じたのは、パソコン教室の講師として働いていた時。パソコンのマウスが思うように動かせなくなったことがきっかけでした。

写真】インタビューに答えるしみずひできさん

清水さん:当時は疲れがたまっているのかもしれないと思い、深くは気に留めなかったんです。でも、次第に右手の震えがではじめて、緊張すると足も震えるようになりました。

さらに書類に住所を書こうとしたら、手の震えでペンを持つことができなくなってしまいました。どうにかペンを握り文字を書いてみても、枠の中に文字をおさめることができません。

これまで当たり前のようにできていたことが、だんだんとできなくなっていく。そんな味わったことのない感覚に驚くとともに、自分の体に何が起こっているのだろうという戸惑いがあったと清水さんはいいます。

インターネットで調べてみると、パーキンソン病の症状に似ていることがわかりました。それでも忙しい日々の中で清水さんは働き続けますが、症状はさらに進行。仕事にも支障がで始めた頃病院に行き、パーキンソン病の診断を受けたのです。

清水さん:診断を聞いた時は、とにかく世の中に必要とされない人になってしまうのではないかと思って怖かったです。仕事ができなくなったら、なにをして生きていけばいいのだろうと。

不安もありながらの起業。迎えてくれたのは温かなお客さんたち

「小学生の頃から、いつか社長になりたいという夢をもっていた」と話す清水さんは、大学を卒業後、ジムのインストラクターやパソコン教室の講師など、様々な職にチャレンジしながら自分の力を試してきました。これからも挑戦を続けていこうと、当たり前のように思っていた矢先の診断です。

しかし、そんな状況に臆することなく、清水さんは大きな決断をします。それが、現在運営しているレストランてぃーだの開業でした。

症状が出た時に、夢を諦めそうになったことはないのだろうか。私の頭に浮かんだ質問に、穏やかに当時の思いを話してくれます。

【写真】穏やかな表情で話すしみずひできさん

清水さん:病気だと診断されても、起業を諦めようとは思わなかったです。むしろこの頃は起業しなければ社会人として生きていけないと焦っていました。身体はどんどん思うように動かなくなるので、誰かに頼まれた仕事をこなすスタイルでは、働くことを続けられないと感じていたんです。

「病気があっても人の役に立ちたい」そう考えた清水さんは、雇用される働き方ではなく、人を雇い経営をする立場になろうと、飲食店の開業を決めました。

清水さん:「健常者でも難しいのに、自分に起業なんてできるのだろうか」という不安な気持ちはもちろんありました。でも、病気になったからこそ、今すぐにやるしかないと思っていたんです。両親の支えもあり、開業準備を始めることができました。

【写真】インタビューを進行するライターのたなかみずほさんと、丁寧にこたえるしみずひできさん

飲食店を開業するには調理師免許を取得しなくてはならず、そのためには飲食店で働いた経験が少なくとも3年は必要です。症状が進行する中で、新しく飲食店で働きながら、調理師免許取得の勉強も並行して行わなければなりません。

併せて、開業するお店のコンセプト作りなども進めていた清水さん。体力的にも精神的にも非常に苦しい時期だったと当時を振り返ります。

清水さん:大変でしたが、この経験は自信に繋がっています。あの状況で全てやってのけたのだから、これからもなんだってできると思えました。

開業に必要な調理師免許を取得できる頃には、症状が進行して、仕事が思うようにできなくなることも予想していたんです。でも、開業のために3年間は頑張ろうと心に決めていましたから、最後まで踏ん張れました。

清水さんが予想していた通り、開業を目指し始めてから2年半が経過した頃には、包丁をうまく持つことができず、ひとつひとつの動作の速度も落ちてしまうところまで症状は進行していました。

どうにかてぃーだを開業した清水さんですが、はじめは病気のことを“受け入れて”働くことができなかったのだといいます。

【写真】インタビュー中のしみずひできさんの後ろ姿

清水さん:実は開業してから2年間ほどは、経営に専念してお店のことはスタッフに任せていました。この身体で外にでたら、変な人に思われるんじゃないかと恥ずかしくて、お店にでることができなかったんです。仕事が遅いと思われたくない。そんな思いがありましたから。

清水さんの気持ちとは裏腹に、責任者としてどうしてもお客さんの対応をしなければならない場面が発生します。病気のことを正直に話さなくてはならない状況になり、清水さんはとうとう、勇気をもって病気のことを打ち明けたのです。

清水さん:どう思われるんだろうと不安に思っていたけれど、お客さんから返ってきたのは「手伝うからなんでも言ってね」という温かな言葉でした。すごく安心しましたね。それからは、徐々に自分からお店に顔を出すようになりました。

今では、お店で現場の仕事をすることが適度な運動になり、リハビリになっているのだそう。

清水さん:すでに病気のことを知っているお客さんも多いので、料理を運ぶことや食べ終わった食器を片付けることなど、お願いする以前に手伝ってくれてしまうこともあるんですよ(笑)。みなさん良い方でとてもありがたいです。

お店にきてくれるお客さん、そしてご両親や幼馴染のサポートを借りながら、7年もの間、お店を継続してきました。

お客さんに愛されるレストラン“てぃーだ”

【写真】しみずひできさんが営むレストランてぃーだの外観。木のぬくもりが温かい雰囲気をつくりだしている。

レストランてぃーだは、群馬県の湖の近くにひっそりとたたずんでいます。おしゃれな木目調の建物とまわりに咲くたくさんのお花が、清水さんの温かな雰囲気にぴったり。

はじめは小さかった店内ですが、なんとすでに2度も増築されているそうです!お客さんから愛されている証拠ですね。

【写真】レストランてぃーだの内観。大きい窓から、外からの明るい日差しが広い店内にさしこんでいて温もりが感じられる空間になっている。

日常的な幸せを感じてもらえる場所にしたい。

そんな思いから、お店ではハンバーグや油淋鶏などの家庭料理を提供しています。

せっかくなので私たちも食事をいただくことにしました!手作りの特製ソースがかかったハンバーグは、幼い頃に母が作ってくれた料理を思い出すような懐かしさを感じます。

【写真】お店で一番人気の手作りハンバーグ定食。どれもとても美味しそうだ。

お店で一番人気だという特製の手作りハンバーグ

【写真】ゆーりんちー定食。お皿にたっぷりのっていて美味しそうだ。

油淋鶏定食

清水さん:高級レストランの料理のように新しさや華やかさはないかもしれないけれど、毎日食べても飽きないものを提供したいと思っています。

【写真】和風おもち入りピザ。ピザの上に、おもちやのりがのっている。大変美味しそうだ。

清水さん考案の和風おもち入りピザ

常連のお客さんや、一度来店したことがある人からの紹介で訪れる方も多いのだそうです。

取材に訪れたこの日も店内からは、お客さんの楽しそうな声が聞こえていました。笑顔で清水さんとお話していたのは、実家が近くにあることからてぃーだの存在を知り、頻繁にお店に足を運ぶようになったという阿久津玲子さん。

【写真】インタビューに笑顔で答える、てぃーだ常連客のあくつれいこさん

てぃーだ常連の阿久津玲子さん

阿久津さん:清水さんは飾り気がなくて、欲がなくて、応援してあげたくなる人。愚痴も聞いたことがないし、話していると勇気をもらいます。温かみを感じる人ですよ。

そんな清水さんが運営するてぃーだはとても居心地が良く、次第に阿久津さんは、清水さんやお客さんとも話をするようになりました。

清水さんは、パーキンソン病の症状である手の震えをあえて活かして、筆で自分らしい字を書くことにもチャレンジし、お店に来たお客さんに書をプレゼントしています。阿久津さんも書いてもらったことがあるのだと、私たちに書を見せてくれました。

阿久津さん:以前、14年飼っていた愛犬のさくらちゃんが亡くなった話を清水さんにしたんです。そしたら、清水さんが私のために書を書いてくれたの。さくらちゃんは家族同然の存在だったから、とっても気分が沈んでいたんです。だけど、素敵な書をもらって心が癒されました。

 【写真】しみずさんがあくつさんの為に書き綴った書。あくつさんの愛犬さくらのイラストと、「夢であいましょう」という言葉がつづられている。

清水さんが書き綴り、阿久津さんに渡したさくらちゃんの絵が描かれた書

阿久津さんは、愛犬のさくらちゃんの写真と清水さんからもらった書を見比べながら、嬉しそうな笑顔を浮かべ、当時の気持ちを話します。

その話を聞いたご友人の石川洋子さんは、「ぜひ自分も書を書いてもらいたい!」と今回はじめてお店に足を運びました。「どんな書を書いてもらえるのだろう」と、石川さんはとても楽しみな様子。

【写真】笑顔でインタビューに答えるいしかわようこさん

阿久津さんの紹介でてぃーだを訪れた石川洋子さん

清水さん:ペンではうまく文字が書けなくなってしまったけれど、逆にそれを活かして筆で書いてみたんです。そしたら、意外にもいい味がでました。

少し得意げに、そして嬉しそうな笑顔を見せながら清水さんは筆を手に取り、ゆっくりと石川さんにプレゼントする書を書き進めます。

いちご農家に嫁いだ石川さんは、美味しいいちごを育てるために夫婦で毎日丁寧な作業をしているそうです。そんな石川さんにぴったりの書が清水さんから手渡されました。

【写真】しみずさんの書をみせてくれるいしかわようこさんと、その様子を眺めるあくつれいこさん。

【写真】しみずさんの書のアップ。書には「苦労の分だけおいしくなあれ。わたしのいちごたち」という言葉と、いちごのイラストが描かれている。

「苦労の分だけおいしくなあれ。わたしのいちごたち」

書を手渡された石川さんは文字一つ一つを噛みしめるようにじっと見つめ、思わず涙を流していました。隣に寄り添う阿久津さんも、思わずもらい泣き。

清水さんは、その人が人生で大切にしている価値観や思いに寄り添った書をひとりひとりにプレゼントしています。清水さんとお客さんの間には、書を通して会話とは違ったコミュニケーションが生まれ、心の深いところで繋がっているようでした。

書を書くことで気づいた幸せのかたち

今では、清水さんに書を書いてもらいたいとお店にお足を運ぶお客さんもいるようですが、これまでに書を書いた経験があったわけではありません。パーキンソン病の症状で手が震えてしまうこともあり、決して自信があって始めたのではないといいます。

【写真】書を真剣な表情で書くしみずひできさん

書をはじめたのは、文章のセミナー講師をしている常連のお客さんから、セミナーの参加者の方に書をプレゼントする企画を提案されたことがきっかけでした。

この時、はじめて誰かのために書を書いた清水さん。たくさんの人から書を書いてほしいと依頼を受けたことが自信となり、お店でもはじめることになったのです。

清水さん:書を書いていると、お客さんひとりひとりにドラマがあると気づきました。体はうまく動かなくても「今日はどんな人がくるだろう」「何が起こるだろう」と、毎朝わくわくして起きるんですよ。

書を渡すことで、そこから新たなコミュニケーションが生まれるため、清水さんはお店にきた全ての人に書をプレゼントしたいという気持ちで日々筆をとるといいます。

パーキンソン病はドパミン神経細胞が減少していく病気です。そのため進行していくにつれて、何かに興味を持つ感情が薄れ「楽しい」「わくわくする」という気持ちが湧きにくくなるそうです。

いつか社長になりたいと夢を語り、たくさんのことにチャレンジしてきた清水さん。これまでの人生を思うと、自分の意思とは無関係に感情が薄れていくことは、体が思うように動かなくなること以上に大きな変化だったかもしれません。

しかし、清水さんは病気になってからの方がわくわくしていると話します。

【写真】笑顔でインタビューに答えるしみずひできさん

清水さん:お客さんが料理を美味しいと言ってくれるし、書いた書を素敵だと言ってくれる。元気な時よりもたくさん褒めてもらっていると感じています。嬉し涙を流してくれる人もたくさんいるんです。

そんな日々を過ごしていると、自然に心から楽しいという感情が湧いてくる。お客さんとの関わりがなによりのリハビリになっています。

お話を伺いながら、清水さんの表情の動きは微かであることを私自身感じていました。ですが、清水さんの言葉や阿久津さんたちとのやりとりから、清水さんがわくわくして毎日を過ごしていることはひしひしと伝わってきます。

清水さんの心の中には、どんなに症状が進行しても「人生を楽しいものにしていこう」という強さがあるのだと感じます。

【写真】嬉しそうな表情でインタビューに答えるしみずひできさん

清水さん:お客さんに書をプレゼントしていく中で、感謝されることはとても幸せなことだと、改めて気づいたんです。それからは毎日が充実しています。

自分の気持ちに正直に。わくわくすることを続けて欲しい

清水さん:小さいことでもわくわくすることをひとつでもみつけて、それをやめずに続けていたら、必ず賛同してくれたり、共感してくれる人があらわれると信じています。

“とにかく、わくわくすることが大事”なのだと、清水さんは取材の中で何度も口にしていました。

たとえ感情の動きが小さくなったり、体が思うように動かなかったとしても、自分から湧き上がる素直な気持ちを見失わずに行動を続けていくことが、清水さんの人生をより豊かなものにしてくれているのです。

【写真】レストランてぃーだの前でほほえむしみずひできさん

私たちはつい「できないこと」に目を向けてしまうことがあります。けれど、「できない」と思っていることでも、少し工夫して自分らしさをプラスしてみると自分にしかできないなにかに繋がっていくのかもしれません。

そして、その「自分にしかできないこと」が、さらに一歩を踏み出していく自信になり、人生をより楽しいものに変えてくれるのではないでしょうか。

だから私も、この先どんな状況になったとしても、自分の気持ちを見失わずに、わくわくする方へ一歩を踏み出したい。そして、もし周囲に「自分の心に正直に進んで、もがいている人」がいたら、見守ってあげたいです。

「自分らしく一歩を踏み出したい」そんな思いがある方は、ぜひお店に足を運んでみてください。清水さんがつくる空気感に触れることで、前を向くヒントが見つかるのではないかと思います。

関連情報
レストラン「てぃーだ」 ブログ

(写真/松本綾香)