十人十色。
みんな違ってみんないい。
子どもの頃に、そう学校で教えられました。でも、生活のなかで人と関わっていると、他人と自分を比べて、劣等感を感じてしまうことはけっして少なくありません。
私も数年前に病気になった時、どうしても普通に生活をしている周りの人と自分を比べてしまい、「どうして自分が…」と悲しい気持ちになったのを覚えています。
医療法人稲生会の理事長である土畠智幸さんは、小児科医として多くの子どもたちと関わるなかで、たくさんの「寂しい、悲しい、つらい」といった感情と向き合ってきました。
土畠さんは、そうした子どもたちのために、一冊の絵本を作ります。タイトルは『ぼくのおとうとは機械の鼻』。この絵本は生きるために医療が必要な子どもたちとのふれあいを通して作られたもので、「みんな、とくべつなひとり」という強いメッセージが込められています。
絵本を作るきっかけとなった、ある兄弟との出会い
土畠さんが絵本を作るきっかけとなったのは、ある兄弟との出会いでした。その弟は「医療的ケア児」だったのです。
「医療的ケア児」とは、病気や障害があり、たんの吸引、食事のためのチューブを胃に通す、呼吸のための器具を取り付けるなど、何らかの医療デバイスによって身体の機能を補っている子どものこと。こういった医療的ケアを必要とする子どもは、2015年の時点で、全国に約1万7千人います。その人数は増加傾向にあり、10年前と比べると約2倍になっているといいます。
土畠さんは、医療的ケア児に対して「NIV治療」を行なっています。NIVとは「Noninvasive ventilation=非侵襲的換気療法」の略。呼吸不全などの症状があり、人工呼吸器が必要な人は、装着のために気管内挿管や気管切開が必要になります。NIV治療は、鼻からマスクをつけることで呼吸の補助をする療法です。
その兄弟ではNIV治療が必要なのは弟の方でしたが、土畠さんは自宅への訪問治療をする中で、お兄ちゃんとも話すようになります。
弟が入院している間、お兄ちゃんは家でお父さんと二人で留守番をしていました。それがもちろん仕方がないとわかっている。でも友達と同じように、お母さんと一緒に過ごしたいという思いがあり、一生懸命に寂しさを我慢しているそうなのです。
僕だけがこんな状況になっていて悲しい。でも弟を恨んでいるわけじゃないし、嫌いでもない。弟や家族が大変なことはわかっている。だから僕は寂しいと言っちゃいけないんだ。
それを聞いた土畠さんは、医療的ケア児について多くの人に理解してもらうだけでなく、兄弟にも「きみのことも気にかけているよ」というメッセージを送りたいと考えるようになりました。
医療的ケア児もその兄弟もまた、みんなと同じ、とくべつなひとり。
そう感じてもらうためには、彼らと出会う機会が必要だと土畠さんは考えていました。「病気があってもみんな同じだ」「命は何よりも重い」というメッセージは、言葉では理解してもらえます。ただ、実際の体験がないと具体的に想像してもらうことは難しい。
より多くの人に当事者や周囲の人の気持ちを知ってもらうためには、「当事者が抱えているものをわかってもらう」だけではなく、エンターテインメントとして、面白いと思えるものにするのがよいのではないか。こう考えて、土畠さんは絵本にしてメッセージを届けることを決めました。
土畠さんが絵本に込めた「あなたは愛されているんだよ」のメッセージ
絵本をつくるにあたって土畠さんは、「自分は愛されているんだ」「生きている意味があるんだ」と、読んだ人の誰もが自分を肯定できるようなものにしたいと考え始めます。
そう思ったきっかけのひとつは、土畠さん自身が二人兄弟だったこと。お兄さんは勉強もスポーツも得意な子どもでした。お兄さんのことは好きでしたが、土畠さんはつい自分と比較してしまい、「自分には価値がないんだ」といつも感じていました。
自分と兄弟を比べたり、「自分は勉強ができないから親に愛されないんだ」と思うことは、「医療的ケア児」の兄弟に限らず多くの人にあるはず。自分の経験したエピソードを入れることで、この絵本は、過去の自分へのメッセージにもなっているといいます。
そうして完成した『ぼくのおとうとは機械の鼻』。主人公は、ぞうの兄弟です。
鼻に機械のついた「おとうと」は医療的ケア児。 鼻マスクを装着している子の姿を、兄弟が「鼻のなが~いぞうさんのように見えた」と言ったことが、「ぞう」をキャラクターのモチーフにした由来です。
「おにいちゃん」は、他の子とは少し違うおとうとのことを友達に聞かれて「恥ずかしい」と感じたり、おとうとの体調が悪くなり自分の誕生日のお祝いがなくなったことを悲しく思って過ごしています。そんなおにいちゃんが泣いているシーンには、「兄弟たちが表に出せない感情を伝えたい」という思いがこもっているのだそう。
そして最後には、おとうとが一粒の涙を浮かべるシーンもあります。これは、病気のせいでなかなか感情の変化が出しづらい子であっても、心の中にちゃんと「思い」があることを表しています。
この絵本には、実際の在宅医療の中に存在する出来事やシーンのエッセンスが、たくさん入れ込まれています。たとえば訪問診療時に、スタッフはおにいちゃんをさりげなく気にしていますが、これは現場でよく見られるシーンの一つ。
土畠さんがたくさんの子どもたちと関わるなかで出会った出来事、生まれた思いが、この絵本には散りばめられているのです。
「みんな、とくべつなひとり」の種を蒔きたい
絵本を出版すると、医療的ケア児の兄弟から、たくさんの「思いを代弁してもらった」というメッセージが届きました。
兄弟のことが好きだからお世話をしている気持ちも本当。でも、親に愛されるために、よりよくお世話をしようとしていたのも本当。その気持ちを否定しないでいいんだよ、そのままであなたも価値のある存在なんだ。
そんな土畠さんの温かな思いは、しっかりと伝わっています。
また、それを受け取ったのは兄弟だけではありません。絵本の読み聞かせをしたとき、何も言わず号泣してしまったり、「病気あってもなくてもみんな特別だよね」と言ってくれた子どももいました。
子どもだけでなく、医療従事者ではない方や多くの大人からも、「これは自分の話だと思った」といった感想が寄せられました。
これからの社会をつくる子ども達が、自分のことも他人のことも「みんな、とくべつなひとり」だと当たり前に思ってほしい。障害や病気のありなしにかかわらず、お互いがお互いのことを気にかけていい。手助けが必要かどうか迷ったら、思い切って話しかけてみてもいいのだと思ってほしい。
この絵本に共感してくれる人や学校の先生たちの力を借りて、「とくべつな」こどもたちの心にそんな小さな種を蒔きたいです。
日本中の子どもたちにこの絵本を届けたい
『ぼくのおとうとは機械の鼻』は、土畠さんの活動拠点である北海道の全ての小学校に配られています。
2019年1月には、「日本中にこの絵本を送りたい」と考えクラウドファンディングを実施しました。目標額を大きく上回るほどの支援があり、まずは各都道府県に10冊ずつ、絵本を送ることになったそう。多くの子どもたちに絵本を届けるために、これからも土畠さんは活動を続けていきます。
また、土畠さんは、困難な状況にある当事者が、もっと自分を表現できる場があるといいと考え、「みらいつくり学校」という取り組みを始めました。ここでは、障害のある人、地域の人、医療者が立場を越えて、お互いの知ることを共有します。地域の人が先生になることもあれば、医療者が生徒になることもあるそう。人それぞれが抱える困難を、それぞれが表現するための場所を作りたいと、土畠さんは考えています。
親や友達から愛されたいと願うこと、他人と比べてしまうこと、そうした気持ちが時に重荷となってしまうことは、誰にでもあること。それはきっと、障害があってもなくても、同じなのだと思います。
でも、もし「みんながとくべつなひとり」というメッセージが日本中に広がって、全国の子どもたちが同じように自分を肯定できたとしたら、きっと今より生きやすい世界になるのではないでしょうか。
絵本を通した土畠さんのメッセージが、広く深く、多くの人に浸透していくのが、いまからとても楽しみです。
関連情報:
『ぼくのおとうとは機械の鼻』
医療法人稲生会 ホームページ
(ライター/金沢俊吾)