【写真】ぐるんとびーこまよせのリビングで肩寄せ合って笑みを浮かべている利用者とスタッフ、小学生。まるで家族のよう。

どんな時でも、相手を一人の「人」として尊重する——

その大切さを否定する人は、ほとんどいないと思います。

しかし、いざできているかと問われたら、私は自信をもって「はい」と答えられないかもしれません。

先日、認知症がある女性と出会いました。会話をしていると時折同じフレーズを繰り返すその人を前にして、私はうなずき、相槌を打つだけの受け身のコミュニケーションをしてしまっていたように思います。

今考えると、会話をスムーズに行うことが難しいというその人の一面だけに注目し、ほかの部分を知ろうとすることを諦めてしまっていたのかもしれません。

できないことだけに注目する私の態度は、相手を尊重する姿勢からかけ離れていたのではないか。話し終えてから、そう反省しました。

そんな至らない自分に気づかせてくれたのは、ある人の言葉でした。

老いによってできなくなったことは、その人のほんの一部分でしかないんですよね。人には一人ひとり意志があり、好きなことも、得意なこともある。そこに注目すると、本人も周囲の人もより楽しく生きられるようになるのではないでしょうか。

そう話してくれたのは、高齢者の生活や人生を支える小規模多機能ホーム「ぐるんとびー駒寄」の代表を務める菅原健介さん。

小規模多機能ホームとは、利用者が可能な限り自立した日常生活を送れるようにサポートするサービスです。2015年より始まったぐるんとびー駒寄では、施設への通所や自宅への訪問、短期間の宿泊などを組み合わせ、一人ひとりに合わせた支援を展開しています。

ぐるんとびー駒寄が他の高齢者施設と大きく異なるのは、利用者のできないことではなく、その人の好きなこと、得意なことに焦点を当てた関わりを大切にしていること。

そこには、本当の意味で相手を尊重しあうあたたかいコミュニティが広がっていました。

やりたいことを応援し、人生に寄り添う

神奈川県藤沢市の辻堂駅から、バスで10分ほどの距離にある団地。その一室にぐるんとびー駒寄はあります。

【写真】ぐるんとびーこまよせがある集合団地の全景。

部屋に近づいていくと、笑い声がかすかに聞こえてきました。扉を開けて、そっと足を踏み入れると…

【写真】リビングの椅子に隣り合って座る利用者とスタッフ。笑みを浮かべている。

句集に目を通す利用者の姿が。「この句はね…」と思い出を語る利用者のそばで、スタッフも楽しそう。所々から聞こえてくる笑い声に包まれて、あたたかい時間が流れています。

【写真】団地内にあるエレベーターの前で、車椅子に乗る利用者と会話しながら歩くスタッフ。楽しそうだ。

利用者は、この部屋で思い思いの時間を過ごすだけではありません。スタッフと一緒に外出して、やりたいことを楽しむこともできます。

【写真】車に乗るために、利用者をサポートするスタッフ。お互い体を任せあっている。

ずっと続けてきたフラダンス教室に行く人もいれば、大好きな野菜をつくるために農園に足を運ぶ人も、身体を動かすことが好きで、プールを楽しみにしている人もいます。

利用者の生活支援やリハビリだけでなく、その人の「やりたい」を応援する——ぐるんとびー駒寄ではその人の人生に寄り添うことが大切にされています。

ルールに縛られず、その人の意思を尊重するデンマーク

まずは、ぐるんとびー駒寄を立ち上げた代表の菅原さんに、なぜその人の「やりたい」を大切にする高齢者施設を立ち上げたのかお話を伺いました。その背景には、菅原さんの中高時代の経験が大きく影響していました。

【写真】インタビューに応える代表のすがはらけんすけさん。

親の勧めで、中学生のときからデンマークに留学していた菅原さん。通い始めた学校で校則がないことに衝撃を受けます。

校則のような正解を子どもたちに押し付けるのではなく、個々の意志に基づいた自己決定を重んじる。デンマークのそんな文化を特に感じたある出来事を、菅原さんは教えてくれました。

菅原さん:ある日、先生から「明日はセレモニーがあるから正装で来なさい」と話がありました。でも、次の日教室にはジャージ姿の生徒がいて。

不思議に思った僕は「今日は正装で来なくてはいけないはずだけど、なんでジャージなの?」って聞いたんです。そしたら、彼なんて答えたと思います?

「僕はジャージが好きだから、これでいいんだ」って。周りのクラスメイトたちも「正装で来るべきだと知った上でジャージを着て来た。それが彼の意志なのだから尊重すればいい」と言うんです。

絶対守るべき正解をルールで決めるのではなく、個人の意思に基づいた自己決定を促していたのです。

デンマークに暮らす人々のあらゆる場面で意志に基づいて自己決定し、生き生きと自分の人生を歩む姿は菅原さんにとって大きな驚きでした。

その時の衝撃が、一人ひとりの「やりたい」を尊重するぐるんとびー駒寄の理念につながっています。

やりたいことに打ち込むうちに、要介護度が下がるケースも

実際に、利用者の方の「やりたい」をどのようにサポートしているのでしょうか。スタッフのカミヤさんに日頃のぐるんとびー駒寄の様子を教えてもらいました。

【写真】インタビューに応えるスタッフのカミヤさん。

カミヤさん:こちら、ヤヨさん。今年で95歳になられるんです。

【写真】インタビューに応える利用者のヤヨさん。

カミヤさん:ヤヨさんは、昔から俳句をつくられていて。でも、認知症の症状が進むにつれて外出も減り、大好きだった句会からも遠ざかってしまっていたんです。

普段は表情がくもり気味だったヤヨさんが、俳句について話すときだけは表情が明るくなり、生き生きする。そう気づいたスタッフは再び句会に行くことを提案しました。

カミヤさん:最初は、スタッフと一緒に参加しはじめたんです。でも、地域の句会の運営メンバーの方々が徐々に気にかけてくださるようになって。「会の間は、私たちに任せてください」って声をかけてくれたんですよね。

スタッフだけではなく地域の人とも協力してサポートし、ヤヨさんが昔のように俳句に触れる時間は増えていきました。すると、ヤヨさんにはある変化が見られたといいます。

カミヤさん:以前に比べてぐっと笑顔が多くなりましたね。

認知症が進むとできないことが増えていってしまう。そこばかりに本人も周囲も注目してしまうと苦しいと思うんですよね。でも、句会は自分の「好き」に向き合える場所だから、ヤヨさんにとってほっとできる居場所になっているのではないでしょうか。

ヤヨさんにお願いするとと、実際にご自身がつくった俳句を見せてくれました。

【写真】ヤヨさん創作した俳句がぎっしり書かれているノート。

ヤヨさん:俳句はわたしの生きている証みたいなものですから。

ゆっくりと指をさしながら文字を追い、ヤヨさんはそう教えてくれました。

もちろん、ヤヨさんのように最初からやりたいことがある人ばかりではありません。しかし、ぐるんとびー駒寄に来て周りの利用者と関わるうちにやりたいことを見つけていく人も多いのだとカミヤさんは話します。

カミヤさん:骨折をして車いすで生活されていた方がいました。お医者さんにはもう二度と歩けないと言われて、なかなか外出ができなくなってしまっていたんですね。しかし、他の利用者の方がプールに行っているのを見て「私も行ってみたい」っておっしゃられて。

元々は、外出するのも嫌がっていた方だったのでびっくりして「本当ですか?」と聞いたら「もう水着も用意しました!」と(笑)。プールはリハビリにもなるので、なんと今は歩けるようにもなったんですよ。

他の利用者がやりたいことに取り組む姿が、他の利用者に刺激を与える。こうしたよい循環がぐるんとびー駒寄には生まれています。

地域を”ぐるんと”結ぶ場所でありたい

ぐるんとびー駒寄にはさらに、もうひとつの大きな特徴があります。

ヤヨさんが俳句を見せてくれていた机の下を覗いてみると……

【写真】リビングのテーブルの下に隠れて、遊んでいる小学生。とても楽しそうだ。

なんと、お子さんが隠れていました!

【写真】畳の部屋にソファに座り、お水を飲んでいる利用者とそれを見守るスタッフ。

利用者が座って水を飲まれている隣の押し入れでは……

【写真】押入の2段めに登る小学生たちの後ろ姿。

子どもたちがかくれんぼ大会を開催中……!代表の菅原さんも仕事の傍ら子どもたちとプロレスごっこをしています(笑)。 

【写真】すがはらさんとプロレスごっこをして笑う小学生の子どもたち。

ぐるんとびー駒寄はドアを開放し、いつでも地域の住民や子どもたちが入ってこられるようにしているのです。

【写真】玄関に並ぶたくさんの靴、色も形も様々である。

では、なぜ地域に開いた高齢者施設をつくろうと思ったのでしょうか。

菅原さん:大きなきっかけは、東日本大震災です。ボランティアとして現地に入ったのですが、あることに気づいたんです。それは人々の分断でした。

最初はみんな避難所に集まっていたのですが、気づいたら介護が必要な人は介護施設に、子どもは教育施設に振り分けられていた。その様子を見て、こうした分断は平時から起こっているのではないかと思うようになりました。

分断されることでお互いの存在は見えなくなり、助け合う意識も薄れていってしまう。それが今の社会の暮らしづらさにつながっていると気づいたんです。

菅原さんが子どもの頃は、近所で一人暮らしの高齢者がいれば近隣住人が自然と声をかける文化が当たり前にあったそう。しかし、近年では地域住民同士のつながりは薄れつつあります。

平時から地域の中で様々な人が集まり助け合える場所をつくりたいーーそこで、地域を”ぐるんと”結ぶ「ぐるんとびー」と名付けられたこの場所が生まれました。

団地の一室に設立したのも、上、下、隣に住む住人とつながり自然とコミュニティを形成しやすいと考えたから。多様な人が集まるこの場所ではお互いが手を差し伸べあう様子を至る所で見ることができます。


【写真】リビングの椅子に座り、利用者とスタッフが談笑している。

例えば、スタッフが利用者の車いすを押したり、子どもたちがおじいちゃんおばあちゃんの手をひっぱって歩いたり。要介護認定を受けている利用者がみんなのご飯をつくったり、子どもたちの話し相手になったりすることもあります。

高齢者、子ども、利用者、スタッフといった枠にこだわらず、それぞれが得意なことで貢献しあうことがここでは当たり前。

菅原さん:どうしても年を取るとできなくなってしまったことに、本人も周囲も注目してしまうんです。そうすると高齢者の方は助けられる存在になってしまいがちなんですよね。

でも、実は高齢者の方にはできることや得意なことも多い。助け合いが自然な環境では、そういったプラスの側面を発揮することができるようになるんです。

【写真】インタビューに応えるすがはらさん。

この環境のおかげで、ぐるんとびー駒寄に通う利用者の半数以上は、生活での介護サービスの必要度を表す要介護度が下がっていくのだそう。

菅原さん:一人ひとりのできること得意なことに目を向けて役割をつくっていくことが老いを受け入れつつ、社会に必要とされている感覚につながっていきます。すると、自然と要介護度も下がっていくんですよね。

多様な人が集まるコミュニティでは、それぞれができることや得意なことも様々です。そんな場所で役割をもって他者と関係を結ぶことで、人は自尊心をもって前向きに生きられるようになるのかもしれません。

みんなが幸せになるために必要なのは正直な対話

ぐるんとびー駒寄では「地域を、ひとつの大きな家族に」というビジョンを掲げています。

そのビジョンには「地域をひとつに結ぶ」意味のみならず、利用者だけではなく、スタッフや家族、地域の人々などへの思いも込められています。

菅原さん:普通の施設であれば、サービスの受け手である高齢の方「だけ」が心地よいようにサービスを設計すればよいかもしれません。でも、ぐるんとびーが掲げているビジョンは「地域を、ひとつの大きな家族に」。家族だったら、誰か一人が幸せだったらそれでいいとはなりませんよね。

誰かが我慢して、誰かを支えるのは無理がある。ぐるんとびー駒寄ではみんながそこそこ幸せな状態を目指しているんです。

では、その状態はどうつくるのでしょうか。カギになるのは正直な対話です。

菅原さん:例えば、一緒に住んでいる家族が夜に大音量で音楽をかけていたら、その人は楽しいかもしれないけれど、他の人は眠れなくてしんどいですよね。

だったら「辛いから、こう変えてほしい」と伝える必要がある。正直に対話をして、お互いにとっての最適解を探していくことがみんなが幸せになるコツではないでしょうか。

【写真】インタビューに応えるすがはらさん。

菅原さんは対話を通してお互いの正直な気持ちを話し、最適解を見つけていった家族のことを教えてくれました。

菅原さん:ある日、認知症の母親と暮らす息子さんから、「母親が電気やガスを切り忘れるので、困っている」と相談があったんですね。

息子さんに「その思いをしっかりとお母さんに伝えましたか?」と聞いたら「伝えていない」と。自分の思いを伝えないまま、相手へのもやもやした感情を抱いてしまっているんですよね。

そこで、菅原さんはお互いに思いの丈をぶつけてみましょうと提案しました。そしてやめてほしいほしいことやイライラしていることだけでなく、なぜそう思っているのか、相手にどうなってほしいのかなどの本音を親子で伝え合う機会をつくったのです。

結果、息子さんもお母様も自分の気持ちを伝えきり、お互いに無理せずよりよい関係性を築けるようになりました。

菅原さん:家族が高齢で認知症になると、遠慮をしたり我慢したり、あるいは一方的に感情をぶつけてしまうこともあります。でも、まずはお互いに率直に自分の思いを伝え合う。そして、しっかり相手の話も聞く。

その上で、お互いにとっての最適解を見つけていく姿勢が大切なんですよね。

「これは嫌だ」「こうしてほしい」といったネガティブな感情を相手に伝えることを躊躇してしまう人が多いかもしれません。しかし、対話における相手への反対意見は決して人格否定ではないはずです。

相手の言動や行動への意見を冷静に伝える。そして、お互いにとっての最適解を対話を通じて探し続けていく。それが全員が幸せであるためにとても大切なことなのです。

介護施設ではなく地域の学び舎をつくりたい

ぐるんとびー駒寄は、対話を通して高齢者も大人も子どももお互いを尊重する姿勢を学ぶ場となっています。

ここでは子どもたちが騒いでいても部屋から追い出すようなことはしません。例えば、おばあちゃんがそっと補聴器を子どもに貸してあげる。すると、子どもは補聴器を付けていると大きい声はうるさいのだと気づき、自然とおばあちゃんのそばでは小さな声で話すようになっていきます。

【写真】インタビューに応えるすがはらさん。

菅原さん:僕らは介護施設ではなく地域の学び舎をつくりたいんですよね。

子どもを大切にしましょう、高齢者をいたわりましょうと口では言えるけれど、毎日の生活はそんな綺麗ごとばかりではないですよね。

生活の中で対話や関わりを続けるからこそ、実際の生活上の問題を自分たちで考えて最適解を探す力が身についていくのです。

その力は1回限りのイベントや授業では得られない生きた知識となります。ぐるんとびー駒寄は価値観が違ってもお互いに認め合い、みんなの幸せを最大化していく術を学ぶ場所になっているのです。

人には、それぞれ固有の意思や役割がある

これまで私は、高齢者に対して無意識のうちに、大変そうだから助けてあげなくてはと考えてしまっていたように思います。

助けることが相手を大切にし、尊重する姿勢だと考えてしまっていたのかもしれません。

しかし、老いによってできなくなったことだけに目を向けた狭い見方は、相手を尊重することとはかけ離れているのだと感じるようになりました。

何歳になっても人にはやりたいことがあり、できることや得意なことがあります。

一人ひとり固有の意志や役割があると信じて相手との関係性を築くこと。その大切さをぐるんとびー駒寄に集まる人たちから教えてもらったような気がします。

もちろんお互いの意思がぶつかり合うことはありますが、そんなときは正直に対話し、その場その場で最適解を見つけていく。その姿勢をこれからも忘れずにいたいと思います。

【写真】俳句を読むヤヨさんと、それを笑顔で聴いているソア取材班。

関連情報:

小規模多機能ホーム ぐるんとびー ホームページ

(写真/高橋健太郎、編集/徳瑠里香、協力/田中みずほ)