みなさん、体調はいかがですか?
こういう「最近、調子どう?」って、会話の中でもよく出てくるフレーズだと思います。
ただ、よくよく考えてみると、これを聞かれた時に「いいです!」とか「絶好調です!」みたいに答えられることって、意外と少ないような気がします。その逆、実際に不調だったケースでも、正直に「不調です!」とは言いにくいですよね。
私たちが生きていく上で、「心身の不調」は避けて通れない問題です。多かれ少なかれ、「不調を抱えながらも頑張らなければならない」という瞬間は、誰でも経験しているかと思います。中でも、低気圧の日に具合が悪い、時々起こる偏頭痛や生理痛、気分の落ち込みといった「なかなか人に理解してもらうのが難しい慢性的な不調」というのは、ほとほと厄介な存在です。
漠然と私たちの日常生活に横たわっている不調と、どうしたらもっと上手く付き合っていけるだろうか。というか、そもそも病院に行った方がいいのか。病院に行けない時は、どうやってしのいだらいいのか……。
そんな、さまざまな不調にまつわる疑問を解消するべく、「いつでも誰でも何でも診る」をモットーにしている医師・瀬田宏哉先生にお話を伺いました。
「慢性的な不調とうまく折り合いをつけながら働き続けたい」「不調を病院で診てもらいたいけど、どこに行けばいいのかわからない」などと思っている方には、ぜひ読んでもらえたら幸いです。きっと何かしら、参考になることが載っていると思います。
いつでも誰でも何でも診る、目指すは「まちの保健室」
今回、soarがお伺いしたのは、東京都目黒区にある「ロコクリニック中目黒」です。最寄りは東急東横線の中目黒駅、そこから歩いて徒歩4分ほどの所にあります。
ロクリニック中目黒は、おそらくみなさんにとってなじみのある“病院”とはちょっと違う性質を持っています。それは、年齢や性別を問わず幅広い疾患に対応する「Primary Care(プライマリーケア)」と、急病の患者を診療する「Urgent Care(アージェントケア)」の2つを、診療の柱としていることです。これらに加えて、Loco(ロコ=ハワイ語で「地元、地元の人」という意味)に密着した医療をモットーにしているのが、ロコクリニックの大きな特徴です。
そしてこちらが今回の取材にご協力いただいた、共同代表医師の瀬田宏哉先生です。瀬田先生は「いつでも、誰でも気軽に来れる病院をつくりたい」という思いから、2018年4月、前職の先輩である嘉村洋志医師と共に、ロコクリニック中目黒を開設しました。
田舎だと病院の数が少ないから「病院はこの辺りであそこしかないから、何かあったらそこに行く」ってなりますよね。一方で都会は病院の数が多すぎて、「どこへ行ったらいいのかわからない!」となりがちです。医者側も専門が分かれすぎてしまったために、田舎のような「とりあえず何でも診てくれる医者」がとても少ないんです。
ああ、確かに!みなさんも、体調が悪くなって病院に行こうと決めたものの「何科を受診すればいいんだろう?」と迷ったこと、ありませんか?風邪気味だけど、これは内科なのか、それとも耳鼻科に行った方がいいのか……とか。いくら時間をかけて考えても結局、素人にはどの選択がベストなのか、わからなかったりします。ロコクリニック中目黒は、そういうケースでも「とりあえず、まずはウチにおいで。何でも診るから」と、最初の受け皿になってくれる場所なのです。
「まずは何でも診る」という意識はありますが、もちろん僕らで処置をしきれないケースもあります。必要な時には、適切な対応ができる近辺の医療機関を紹介しています。
そう、ロコクリニック中目黒には診察のスタンスのほかにもう1つ、特筆すべき特徴があります。それは「夜の23時まで営業している」という点です。
最初は24時間営業にする話もあったんですよ。でも、「それは自分たちが壊れるからダメだよね」と諦めました(笑)。それでも働く人たちのために、なるべく「いつでも行ける」と思ってもらいたくて、23時まで頑張っています。
近辺の医師のみなさんには「病院の閉まり際に受診された方は、ぜひ当院にご紹介いただいたら喜んで診ます。翌日以降は先生たちのところにお戻りいただきます」とお伝えしているので、周りの病院の紹介でウチに来る方もいるんですよ。だから、自分たちのことを「街の救急外来」「夜のかかりつけ医」などと勝手に呼んでいます。
「仕事終わりに立ち寄れる病院がある」というのは、とてもありがたいことですね。実際に体調が悪い時はもちろん、「何かあってもロコさんは遅くまで開いてるから」と思えることは、普段の安心感にもつながりそうです。
病院ってなんだか「病気になった人が行くところ」という印象が強いですよね。僕らはそこから脱却して、病気の手前の「ちょっとツラいな、なんとなく体調が悪いな」という段階でふらっと来てもらえるような、「まちの保健室」を目指しているんです。
ただ、コンビニ受診を推奨したい訳ではなくて。気軽に相談できて、以降無駄に受診しないで済むように、日常に関わる相談や指導をしていきたいんですよね。そうすることで、結果的に患者さん側の経済負担だけでなく、医療業界全体の負担が減っていって、より必要な人に的確な医療が届く世界になっていってくれたら、と思っています。
人情派の町医者だった祖父に憧れて
できるだけ、いつでも誰でも何でも診るーーそんな医療を追求する瀬田先生。その原点には、大阪の下町で開業医をしていた祖父の存在がある、と話をしてくれました。
祖父は本当に誰でも、分け隔てなく医療を施す人でした。お金がないという患者さんでも、「出世払いでいいよ」と言って診てあげることもありました。深夜や休みの日、家を直接訪ねてきた人でも、追い返すことなく診察しました。95歳で亡くなる直前まで現場で患者と向き合っていて、その姿が“赤ひげ先生”※みたいで、とても憧れましたね。
そんな祖父の葬式には、本当に「町中の人たちが来てるんじゃないか」ってくらい、参列者が絶えなくて。その光景を見たことで、僕の将来は決まったんだと感じています。
※山本周五郎著『赤ひげ診療譚』の主人公。貧乏な人からお金を受け取らず、他の医者が嫌がるような病人も受け入れる、心優しい町医者。
たくさんの人に慕われた医師だった祖父の影響を受けて、医者を志すようになった瀬田先生。東海大学医学部を卒業してから、東京医療センターの脳神経外科で研修を受け、その後は東京ベイ・浦安市川医療センターに勤務。 救急集中治療科で、文字通り「いつでも誰でも何でも診る」ER型救命救急の現場へと足を踏み入れます。
「患者を断らない」というのが、自分のボスの最大の理念でした。瀕死の患者さんから軽傷の患者さん、時には「夜に不安になったから」と救急車を呼んだおばあちゃんまで、どんな人でも幅広く受け入れ、真摯な対応に努めました。ここでの経験が、僕の医者としてのベースを形作ってくれました。
数年が経ち、ERの現場にも慣れてきた瀬田さんは「救急だけでは対応しきれない現状」があることに気付きます。それが、先ほど触れた“病気の手前”の人たちへのケアです。
もっと些細な不安や、大きな問題になる前の身体症状に対応できる場所が、これからの医療には必要だと感じ始めて。救急の仕事を続けつつ、心療内科や小児科、家庭医療を幅広く勉強しながら、あらためて自分が目指す医療の形を模索しました。そうして開業したのが、このロコクリニック中目黒なんです。
不調には必ず原因がある
病気の手前の「ちょっとツラいな、なんとなく体調が悪いな」という段階、大きな問題になる前の身体症状――これって、私たちが生きていく上で、日常的と言ってもいいレベルで悩まされることではないでしょうか?
偏頭痛や生理痛、原因がよくわからない腹痛、雨の日に具合が悪くなる、熱はないけど身体がしんどい……なんとか身体は動くけど、仕事をするのはかなり大変。そんな不調にしょっちゅう陥ってしまう。だけど、「病気」や「障害」と人に伝えるほどのものでもなさそうだし、状態を説明するのも難しい。説明したところで、職場でもなかなか理解が得られなかったりする……。
実際は病名のつくケースも多いので表現が難しいですが、こうした「日々の不調」とどう向き合っていくかは、社会人にとって切実な課題でしょう。慢性的な不調に対して、私たちはどんな対処をすればいいのか、瀬田先生に聞いてみました。
身体の不調には必ず原因があります。まず、それがどこにあるのか自覚することが大切です。たとえば「しょっちゅう頭が痛くなる、いわゆる頭痛持ち」は、一次性頭痛と呼ばれる病状に該当します。日本人の4人に1人が一次性頭痛持ちだと言われることもありますね。
一次性頭痛の中でも、症状によって細かく病名が分かれます。中でも代表的なのが緊張型頭痛、片頭痛、群発頭痛の3つです。
緊張型頭痛は、主に肩こりなどの筋肉疲労が原因で起こるもので、痛みは比較的軽いです。片頭痛の原因はバリエーションが豊富なのですが、気圧の変化やストレスが主なトリガーになることが多く、光過敏や吐き気を伴うこともあります。群発性頭痛は約1年おきのスパンで、1か月間ほど毎日激しい頭痛に悩まされるのが特徴で、就寝後に症状が現れやすいです。
一言に「頭痛持ち」と言っても、特徴によって病名が分かれるのですね。そして当然のことながら、それぞれに対処の仕方も異なってくるそうです。
緊張性頭痛の場合は、とにかく身体を動かしたり温めたりして、こりをほぐすことですね。運動とまではいかなくても、マッサージやストレッチでも効果は見込めます。片頭痛は、痛みがひどくなる前に頭痛薬を飲んでしまうのがひとつの手です。ただ、薬を飲みすぎると効き目が薄くなったり、「薬物乱用頭痛」という他の頭痛を誘発したりするケースもあります。
なので薬を服用する際には、数種類をローテーションしたり、併用したり、片頭痛特有のものを使用したりするなどの注意が必要です。群発性頭痛は、一般の痛み止めが効かないほどの痛みであることが多いので、すぐに専門医に診てもらうことをオススメします。
今は頭痛を例に挙げましたが、ほかの慢性的な不調も、原因をたどっていけば特定の病状が見えてきます。もちろん、ちゃんと検査をしないと分からないケース、複数の病状が重なっていて断定しづらいケースもありますが、少しでも病状の傾向がつかめれば、対処の仕方を考えることができます。なので、慢性的な不調を自覚しているのであれば、医師としては一度病院に相談しにきてもらいたいですね。
あらゆる不調につながる「心の不調」
慢性的な不調の中でも、頭痛や腹痛のように「直接的に身体に現れる不調」は、まだわかりやすい方なのかもしれません。一方で昨今、たくさんの人たちが悩まされているのが「心の不調」でしょう。あるいは、心の不調が出ていることに気付けていない、という人も多いかと思います。
「心の健康=メンタルヘルス」への関心は、社会的にもここ数年で急速に高まってきました。瀬田先生も、「最近は働き盛りの若い世代を中心に、メンタルの問題を訴えてくる人が増えた」と言います。しかし、この心の不調というのも、なかなか掴みどころがなくて、自分で判断するのが難しいものです。
心は見えないものだから、「心の問題」というと難しく感じてしまいますよね。けれども、基本的には「心の健康」は「身体の健康」につながっているものです。メンタルの不調は、必ずどこかで身体の不調を伴ってきます。
ならば、心の不調も身体の不調から読み取ればいい、と。では、心の不調がもたらす身体の不調とは、具体的にどんなものが挙げられるのでしょうか。
心の不調は、自律神経の乱れにつながります。自律神経は全身をコントロールする器官なので、ここが乱れた時に出てくる症状は、頭痛や胸の痛み、動悸、腹痛、下痢など「何でもあり」というのが正直なところです。慢性的な不調の多くには、自律神経の乱れが絡んでいるとも言えますね。
自律神経の症状は、緊張や不安に対する身体の警告であり、交感神経が活発に働く傾向になります。平静にしているのにどきどきしたり、呼吸が速くなったりするのは、典型的な自律神経の乱れのアラートです。
症状が何でもありとなると、なかなか「これは心の不調によるものだ」と自覚するのも難しそう……。それはどうやって見極めたらいいのか、瀬田先生に尋ねてみると「どんなシチュエーションに不調が起こりやすい/起こりにくいのか観察することが大切だ」と、教えてくれました。
心の不調の場合は「月曜日の朝、仕事に行こうとするとめまいがする」「上司に怒られた後に腹痛が起きやすい」など、発症の傾向があるはず。メンタルの不調とは結びつきにくいかもしれませんが「平日の夜になかなか眠れない」「休日は外に出ないで寝て終わる」といった状態が続いているケースも、自律神経の異常を抱えている可能性が高いです。
つらくなりやすいシチュエーションがあるなら、「もしかして疲れすぎているのかな、ストレスが溜まっているのかな」と、立ち止まって考えてみてください。そのつらさが原因で働きにくかったり、生きづらさを感じたりするのならば、あまり重く考えすぎずに「ちょっと熱があるから病院行こう」くらいの気持ちで、メンタルクリニックや心療内科に行ってみてほしいなと思います。
「記録」と「共有」で、生きやすくなる
多くの不調の引き金となり得る自律神経の乱れ。それは「心の不調だけでなく、生活習慣の乱れや環境の変化など、さまざまな要因によって引き起こされるもの」だと、瀬田先生は指摘します。
外的な要因の代表例は、気圧の変化ですね。低気圧で体調が悪くなる人は、みなさんの周りにも一人はいるのではないでしょうか。女性の場合、生理によるPMS(月経前症候群)PMDD(月経前気分障害)などが、自律神経の乱れを引き起こします。
気圧の変化や生理などが原因だと、わかっていても避けて通ることはできないのがつらいですね……。こういった症状の場合、どんな対策をすればいいのでしょうか。
先ほどの話と少し重なりますが、どんなタイミングで不調になりやすいか可視化するために「日々の記録を取ること」が大切です。気圧が関係してくる場合でも、毎日の天気図と体調を記録して見返せば、「○○hPa以下で具合が悪くなるな」といった傾向がつかめます。
PMSやPMDDになる認識がある方は、ぜひ生理管理アプリを利用してください。婦人科受診歴がない方は、一度は受診・相談していただき、子宮や卵巣に器質的異常がないかどうかを確認してもらうことをお勧めします。
「突然体調が悪くなる」「なぜかよくわからないけどイライラする」というのは、精神的に大きなストレスになります。記録を取って傾向を捉え、客観的に変調を予期することは、精神的な安定をもたらし、それは自律神経の乱れを抑制することにもつながります。
記録を取る、まずはこれが自分の不調と向き合うファーストステップ。そして、避けられない不調を抱えながら生きていくためには、「可視化できた不調についての情報を、周りにシェアすること」が、大きなカギになると瀬田先生は言います。
たとえば女性なら、パートナーや友人に「いまPMSだから」と一言伝えるだけでも、関係性のケアができます。「自分ではどうしようもできない原因で、イライラしやすくなっている」ということを事前に知っておけば、周囲も受け止める心積もりがしやすくなりますよね。
自分の状態、不調の予兆についての情報をシェアすることは、働く現場でも大いに効果を発揮します。soarでは、メンバーが日常的に仕事のやり取りをするツールとしてslack(チャットツール)を活用していますが、その中に「チェックインチャンネル」という、メンバーが毎朝自分の体調と気分を書き込む場所を設けています。取材に同席していたsoar代表の工藤は、その有効性について次のように語りました。
工藤「他人が見ることで、客観的にその人の不調に気づきやすくなるんですよね。『この人ずっと眠れていない』とか、『この2週間くらい元気がないな』とか。書いている本人が自覚していなくても、指摘されて自分で見返して『あ、不調だったんだ』と気付けたりする。体調のシェアを日々することで、お互いに気を遣い合えて、仕事のフォローもしやすくなっているなと感じています」
これに対しては瀬田先生も同感のようで、「もっと日頃からお互いの体調を言い合える文化が、企業にも根づいてほしい」と話してくれました。
自分のコンディションについて、わざわざ上司や同僚に口頭で言ったりするのは難しいですよね。そのハードルを下げるために、社内SNSやチャットツールを使ってシェアするというのは、現代的でベストな方法だと思います。女性の場合、オープンにシェアすることに抵抗がある方もいると思うので、自然と周りの女性の体調不良の情報が集まってくるような、相談しやすい女性が職場にいるとよいかもしれません。
これからそういう文化が広がっていって、誰もが無理せず、健康的に働けるような職場環境が整っていくといいですね。
「不調と向き合う」とは、「自分の身体と語り合う」こと
ここまでのお話から「心身ともに健やかに過ごしていくためには、特に自律神経を整えることが大切だ」ということが、何となくわかってきました。それでは、自律神経を整えるために、私たちが日頃から何かできることはあるのでしょうか?不調になりにくい体質をつくるために実践できることを、瀬田先生に聞いてみました。
身体を動かすことはおすすめです!不思議なことに、それだけで本当に自律神経は整えられます。心身は連関しているから、体が整うと気持ちも良くなるし、筋肉をほぐすだけでも自律神経の症状が楽になったりするんですよ。それだけ、「筋肉が緊張していると、自律神経の症状が出やすい」ということが言えるのでしょう。
筋肉は、生活しているすべての行為で緊張するものです。中でも、長時間のデスクワークで座りっぱなしになっていたり、さらにその姿勢が悪かったりすると、余計に緊張して凝り固まります。それが肩こりや頭痛につながって、身体の不調がメンタルを蝕み、自律神経が乱れ、さらなる不調を呼び寄せる――こうした負の連鎖を断ち切れるのが、まさに「身体を動かす」という行為なんです。
そして、ただ単に身体を動かすだけではなく、重要なのは「自分の身体と語り合うこと」だと、瀬田先生は指摘します。身体と語り合う……それは具体的にどういったことなのでしょうか?
たとえば体重が増えた時、普段からランニングをしていると「あ、ちょっと体が重たくなってるな」と気づけたりする。筋肉の緊張についても同様で、日常生活をしているだけでは気づきにくい身体の変化は、自らプラスアルファの負荷をかけることで自覚しやすくなります。自分の身体と語り合うとは、「さまざまな身体の変化に自覚的になること」であり、運動はそのきっかけとして効果的だと言えます。
とはいえ「いきなり運動しろ、走り出せ」というのはハードルが高いと思います。だから、ほんの少しでもいいので、「身体を動かす」ことを習慣化していきましょう。毎日寝る前に10分ストレッチをするだけでも、体調は全然変わってくると思います。また、こりをほぐす上では、マッサージや鍼灸なども効果的です。ちなみに、私は移動中に階段を見つけたら「ラッキー!」と思ってダッシュしています。長ければ長いほど嬉しいですね(笑)
デスクワーク中に伸びをしたり、早帰りの時に一駅分歩いてみたり……ほんの少しの負荷でも、身体と語り合うきっかけになるという瀬田先生。身体と語り合う行為は、「人間本来の感覚や反応を大事にすること」につながっていくと語ります。
たとえば、「汗をかく」というのは、人間が自然に行なう体温調整のための行為です。夏場は特に汗をかかないようにケアする人が多いと思いますが、汗をかくことを妨げると、自分で体温調整をする機能が弱くなり、結果的に体調が崩れやすくなります。
「人間が本来持っている機能を保つこと」は、「自律神経を整えること」と密接につながっています。だから汗をかくことも、自律神経を安定させるために必要なんです。もっと言えば「意図的に汗をかくこと」が、自律神経を整えるのに役立ちます。身体を温め、こりもほぐせる入浴は、季節を問わずオススメできる健康法ですね。
「呼吸」は自律神経の救世主
「運動したほうが絶対に身体にいい。わかってはいるけど、なかなか実行できない……!!」――そんな声が全世界から聞こえてきます(笑)。運動はたしかに大事な要素ではありますが、それも「自分の身体と語り合うこと」のひとつのきっかけです。この「自分の身体と語り合うこと」という文脈の中で、瀬田先生が最も大事だと思っている要素があると言います。それは「呼吸」です。
自律神経と密接につながっているものに「バイタルサイン」があります。生命兆候とも呼ばれるもので、体温、脈拍、血圧、呼吸数などを示します。これらの中で唯一、自覚的にコントロールできるのが「呼吸」なんです。
しかも、呼吸を落ち着けることで、ほかのバイタルサインをコントロールすることができます。たとえば「脈拍を落として」と言われても、心臓はコントロールできないですよね。でも、深呼吸すると血圧が下がり、脈も落ちます。
バイタルサインを落ち着かせれば、副交感神経が優位な状態になります。先ほど説明しましたが、自律神経の乱れからくる症状のほとんどは、交感神経が優位になることによって起こるものです。つまり呼吸は、最も手っ取り早く短時間で、自分の状態を副交感神経側に引き寄せ、自律神経系の不調を和らげる方法になり得るんです。
さらに、自律神経を整える効果がある「呼吸」は、なんと睡眠時にも役立つのだとか。
頭がごちゃごちゃして眠れない時は、ゆっくり呼吸しながら、その呼吸の数を心の中でカウントしてみてください。これは「数息観」という行為なのですが、本当によく眠れるようになるんですよ。
原理は2つあって、1つは副交感神経のスイッチが入るから。もう一つは、呼吸を数える行為に意識を集中させることで、思考が余計なところに行かなくなるからです。要するに、羊を数えるのと同じ原理ですね。
普段、意識せず行なっている呼吸に、こんな偉大な効果があったとは驚きです。ただ、自律神経を整えるための呼吸は、いつもより少し違った意識を持った方がいいと、瀬田先生は付け加えます。
心を落ち着かせるための呼吸において、大事なのは吐く方です。「大きく早く」ではなく、「大きくゆっくり」を意識して、しっかり吐ききってから吸うのが重要です。いろんなやり方がありますが、「5秒吸って、一回止めて、10秒吐く」をひとつの目安にしてみてください。
交感神経と副交感神経は、言わば人間の活動における「ON/OFF」のようなもの。呼吸はそれをONからOFFに持っていくためのスイッチだと言えます。交感神経は「戦う、逃げる」といった本能的な行動を司っているので、誰でもONには切り替わりやすい。その逆で、OFFへの切り替えは時間がかかるし、人によって得意・苦手の差が大きく出てきます。このスイッチを意識的にコントロールできるようになると、落ち着きたい時や集中したい時など、いろんな場面で重宝すると思いますよ。
どんな時、病院に頼ればいいのか、頼っていいのか?
ここまで、瀬田先生にお話を聞きながら「不調の実体」と「不調を和らげるために個人でできること」を掘り下げてきました。できる限りのセルフケアをすることは大切ですが、その一方で個人では対処しきれない不調があることも事実です。
そこで壁になってくるのが、「病院に行きづらい問題」。病院に行き慣れていないと「どんな症状なら病院に行けばいいのか?」「なんとなくの不調で行っちゃいけないのでは?」などと、いろいろ考えて足踏みしてしまう人も多いと思います。私たちはどんな不調を感じたときに、病院を頼ったらいいのでしょうか?
日常生活に支障があると感じた時――これを病院に行くポイントとして捉えてください。「その不調が理由で会社を遅刻することが多い」「休むことが増えた」「ご飯が食べられない」など、普段の生活が崩れていくパターンが見えたら、迷わず医師の診断を受けましょう。
「気がついたら症状がなくなっていた」というケースもあるので、異変に気付いた初期の段階は、一旦様子を見てもいいかなと思います。ただし「同じ症状が繰り返し出る」「頻度が増えている」「不調を感じる場所が広がっている」など、症状に悪化傾向があると感じたら、なるべくすぐにでも病院を頼ってください。
生活への支障と、症状の悪化傾向。こうして目安がハッキリすると、いざという時に病院に行きやすくなる気がしますね。ただ、なんとなくの不調の場合、問診時にどのように自分の状態を説明したらいいのか、あたふたしそうです。スムーズで的確な診断を受けるためには、どのように病状を伝えるのがベストなのでしょうか?
僕らが患者さんとの話の中ですごく大事にしているのは、時系列です。「いつ不調が始まったのか」「どんな症状が、どんな順番で出てきたのか」「時間が経つにつれて、どの症状が消えて、どれが悪くなってきたのか」という流れを知ることが、本当に大事なんです。また、「その間にほかの病院を受診したか。した場合はどのような診断を受けたのか」と、「薬を飲んだか。飲んだ場合はいつから、どんな薬を飲み始めたのか」も知らせてほしいです。
その場でうまく説明するのが難しそう、あるいは直接話しにくいなと感じる場合は、上記のポイントを事前に紙に書いて持ってきてもらえると、こちらも診断がしやすくなります。あと、お薬手帳を持っている場合は、いま服薬しているかどうかにかかわらず、必ず持参してほしいです。
自分の中であらためて病状の時系列を整理する上でも、事前に紙に書いて持っていくのは、理に適った方法だなと感じます。ここで気になったのは、「どのくらいのレベルの症状まで話していいのか」ということ。「お腹が痛い」といった具体的なものだけではなく、「何となく気だるい」「最近生きづらさを感じる」「仕事で頭がうまく回らない」という感覚的なもの、病気とはつながりにくそうな違和感などについても、医者に話してよいものなのでしょうか?
不調や違和感が病気と関係しているかどうかは、話を聞いてみてトータルで判断することなので、僕はどんな些細なことでも、ひとまず気になることはすべて話してほしいなと思っています。遠慮して話さなかったことの中に、診断する上でとても重要な情報がある可能性は、十分に考えられますから。話してみて問題なければそれでよし、お互いにすっきりしますよね。
ただここは、それぞれの医師の診療スタンスに左右される問題でもあります。漠然とした違和感や、関係ないような症状の話をした時に「それはうちの専門じゃないです」と判断する医師もいると思います。慢性的な不調の相談をする場合は、あまり専門にこだわらず、何でも話を聞いてくれるような家庭医の医師、総合診療の医師がいる病院に行くのがいいかもしれません。
そう言えば、冒頭でも「東京は専門が分かれすぎていて、田舎のような『とりあえず何でも診てくれる医者』が少ない」と話が出てきていましたね。何でも話を聞いてくれるようなお医者さんを見つけるのも、かなり骨が折れそう。こういうケースにおける病院探しのコツって、何かありますか?
「総合」という文字を掲げている病院は、なんでも診るマインドが育っていたり、そういう教育を受けている可能性が高いのではないかな、と思います。ホームページなどに載っている医師の経歴も参照してみてください。
正直に言ってしまうと、病院単位でいいところを探すのは、限界があります。人によって、相性のいい医師は違いますからね。慢性的な不調と向き合うための通院ならば、長く付き合う可能性も踏まえて、大変ですが「何でも話を聞いてくれて、安心して頼れるなと感じる医師」を、根気強く探すのがいいと思います。
不調を飼いならしながら、「長く楽に働き続ける」ために
最後に、少し「働く」という文脈に寄せたお話を伺います。
日々、さまざまな原因から起こる不調。つらい時は休めばいい、休むべきだ。それはわかってはいるけど、働いていると「いま休むわけにはいかない」というタイミングもありますよね。体調が悪くても、悪いなりにマネージしながら乗り切りたい時は、どうしたらいいか。こんな疑問に対して、瀬田先生は「自分を知ることが大事です」と答えてくれました。
一度メンタルが崩れたり、休職したりした経験がある人は「自分はこんな感じで体調を崩すな」という傾向を分かってくるので、大きく崩れる前にセーブできる人が多い印象があります。「これぐらい眠らなければいいパフォーマンスが出ない」「休日にこういう風にして発散しないと仕事を頑張れない」といったことを自分で理解しておくと、不調をうまくコントロールできると思います。
ただ、その上でも瀬田先生は「仕事を自分の体調よりも優先にしないで」と念を押します。
今やっている仕事と、気持ちのいいリズムで暮らすということを並べた時に、仕事の方が符号が大きくなっているとしたら、それは危険信号です。いろいろな不調を抱えながらも働きたかったら、「自分がどういう風に、どういうリズムで生活をすると、長く楽に働き続けられるのか」ということを自分で探していかなければいけません。
長く楽に働き続けられるかとの観点で考えると、自分の仕事の仕方の中にも、変えるべき所がいろいろと見えてきそうです。そして、現状の環境が「長く楽に働き続けられそうだ」と言えないのであれば、それは周りにしっかりと伝えるべきだと、瀬田先生は強調します。
会社でもずっと残業している人って、同僚から「あいつっていつも残ってるよね」と思われて、それが当たり前になってきますよね。逆に、いつもどれだけ仕事があっても定時で帰る人なら、「いつも定時で帰るよね」となる。最初は評判が悪いかもしれませんが、それでやるべきことを成しているのであれば、そのうち嫌味なく「そういう人だよね」と定着するものだと思います。
長く楽に働く上は、このように自分のリズムを周りに受け入れてもらうことが重要です。「NO」と言うべき時は、はっきりと「NO」と主張しましょう。「YES、YES」と頼まれた仕事を全部受けちゃう人は、気づいたら仕事が膨大に増えていて、それで体調もメンタルも崩れてしまったりする。そこで長く働きたいと思っているのならば、「自分のリズムを周りに主張する」「無理なことは断る」の2点は、常に意識してほしいポイントです。
断らずに何でも引き受けてしまう人、みなさんの近くにもいたりしませんか? 自己主張が苦手な人、頑張りすぎている人が職場にいるケースでは、周りの人たちの配慮も大事になってきます。
NOと言えないタイプの人は、大変そうな時に「大丈夫?」と聞いても、大体「大丈夫です」と答えてしまいます。なので、そういう人が大変そうにしていたら「今あの業務の進行が遅れてるみたいだけど、一部私が手伝おうか?」と具体的に聞いてみてください。
それで「お願いしてもいいですか?」と頼まれるようなら、「ああ、いまキツいんだな」ということがわかって、「大変そうだね、どういうところがキツい?」と話をつなげられる。こんな風に、キツいときに「キツいです」と言いやすい、誰かを頼りやすい雰囲気づくりをしていくことが、周りにできる配慮だと思います。
組織にとっての理想は「誰にでも必要な時に、気軽に、オープンに不調を打ち明けられる状態」だと語る瀬田先生。それをすぐに実現するのは難しいから、まずは自分から打ち明けられる相手を一人ずつ増やしていくことが大切ですね。ただ、あまり考えたくないケースではありますが、万が一いまの組織の中に頼れる人、相談できる人がいないというような場合、そう感じてしまっている人は、どうしたらいいでしょうか?
そういう人が気軽に駆け込める場所として、身近に「まちの保健室」があることが大事なんですよね。「家族も疎遠で、会社でも頼れる人がいなくて、相談できる友達もいません」という孤独な人って、やっぱり少なからずいらっしゃるんです。
話せる相手をつくる努力も重要ですが、中には本質的に人との関わりが煩わしいという方もいます。そういう人にとって、無理に他人とのつながりを作ろうとする行為は、逆に大きなストレスになってしまうケースもあります。
医者とは病気を診るプロであり、仕事としてみなさんと向き合います。仕事だから、私はどんな話でもちゃんと聞くし、どんな症状でも診ます。プロだからこそ、患者さんを邪険に扱ったり、途中で見捨てたりもしません。関係のない他人に吐き出すだけで、楽になれることもあるかもしれません。だから、安心して気兼ねなく頼ってほしいです。
その気遣いとやさしさを、自分にも向けてほしい
今回は「日々の不調との向き合い方」というテーマで、たっぷりと役立つお話をお聞きすることができました。ここまで読まれたみなさんには、これからの生活において、参考になる知識がいくつも見つけられたのではないでしょうか?そうだとしたら、とても嬉しいです。書き手である僕自身も、忙しくて余裕がなくなってきた時などに思い出して、何度も読み返したいなと感じています。
不調と向き合う――その根幹とは「自分を知ること」なのだなと、瀬田先生のお話を記事にまとめながら、あらためて感じました。日々の不調には必ず何かしらの原因や傾向がある。だからこそ、注意深く自分を観察して、自分の身体の変化に敏感になることが大切だと。
それが苦手で、体調を崩しがちな人というのは……これは個人的な感想ですが、もしかすると「自分よりも周りを優先してしまう、根がやさしい人」が多いのでは、と思いました。きっと、自分のような人が周りにいたらほっとけない、真っ先に「大丈夫?無理してない?」と気遣うような人たちじゃないかな、と想像しています。
そのやさしさを、当たり前に、自分にも向けてほしいなと思います。あなたの体調は、あなたがあなたに意識を向けない限り、誰にもわかりません。そういう意味では、やっぱり自分を守れるのは、最終的に自分しかいないのです。そして、あなたが体調を崩したら、きっとあなたがやさしくしてきた周りの人たちは、悲しむでしょう。シビアな話もするならば、大きく体調を崩してダウンしてしまったら、それだけ周りに大きな心配をかけることにもなります。
だからこそ、無理しない。無理そうな時は、無理になる前に相談をする。正直に弱音を吐く。それができるような関係性を、皆で意識してつくっていく――言葉にするとシンプルですが、なかなか難しいですよね。けれども、誰かと「長く楽に」一緒にいたいのならば、難しいからと言って、いつまでも避けていてはダメなのだと思います。
最後まで読んでくださったみなさんは、きっと「不調を打ち明け合える関係性」のきっかけを最初につくれる人たちではないかな、と感じています。みなさんを起点に「無理をしないネットワーク」がこれから少しずつ、でも着実に社会に広がっていくことを願っています!
関連情報
ロクリニック中目黒 ホームページ
(写真/川島彩水、編集/工藤瑞穂、協力/大澤彩子)