【写真】微笑んでいるおかだたいようさん

「ちょっと、聞いてほしいことがあるんだけど……」

真剣な面持ちで友人や家族からそう言われ、テーブルを囲む時間。

頼りにされることはもちろん嬉しいし、私だって同じように相談をすることはあるけれど、果たして私は相手の悩みを聴くことをどれだけできているか、いつも心もとない気持ちになります。

よかれと思って、ついお節介なアドバイスをしてしまったり、「そうだよね、でも……」と迷い続ける相手に、つい胸の内で苛立ってしまったり。ときには深刻な悩みを聴いたことで、私の方がしばらく落ち込んでしまうこともあります。人間関係の中で「悩みを聴く」というのはとても難しい行為だと日々、感じます。

人の悩みを聴く、その聴き方に作法はあるのか、相手の「聴いてほしい」に応えられるような聴き上手になるには、どうしたら? 

そんな、「“悩みを聴く”という悩み」をどう乗り越えるべきか、臨床心理士/カウンセラーとして日頃から多くの方に向き合う岡田太陽さんに、話を聞きました。

悩みとは、絡まった糸玉のようなもの

トラウマケアを専門としたカウンセリングルームを開設しながら、発達に凸凹のある子どもの療育やスクールカウンセラーなど、多岐にわたる活動を行っている岡田さん。

soarが主催する学びの場「soar campus」のゲストスピーカーとしてもご登壇いただき、心に抱えたトラウマやネガティブな感情とのつき合い方について、お話をお聞きしました。

そんな岡田さん、今回のテーマを受けて「これ、ずいぶんと大きな問題をもってきたよね」と、いつものほがらかな表情で笑いながら、こんな風に話してくれました。

日常のなかで、身の回りの人の悩みを聴くというのはよくあることですよね。でも、僕自身、プロになって改めて「人を傷つけずに話を聴くって、本当に難しいことだな」と身をもって思い知ったんです。なにげなく、けれどものすごいことを、みなさん日常の中でしているんですよ。

【写真】笑顔でインタビューに答えるおかだたいようさん

まず、なによりプロが行なっているカウンセリングは、心理学やカウンセリングの知識と経験によって“防衛”しながら話を聴くことが大前提。こうすることで的確な対応ができるだけでなく、聴き手自身が相手の悩みに飲み込まれにくいという大切な側面もある、と岡田さんは言います。

悩みって、絡まった糸玉みたいなものですよね。僕たちカウンセラーはその糸をほどくための糸口探しをしているんです。

相手の訴えをただ受け止めるだけでは見えてこない、さまざまな要素を切り分けて、確認していくと、一本の糸がぐちゃぐちゃになっていることもあるけれど、たいていは複数のことがらが複雑に絡み合っていることが多い。

じゃあ、どこからだったら解いていけるんだろう?と考えながら聴くのが、プロの聴き方だと思います。心理学で「アセスメント」と言われるものです。

悩み事をただ大きなストーリーとして受け止めるのではなく、その内容を分析し、最初にアプローチすべきことがらを探していく。

こう聞くといきなり、素人には無理難題と思ってしまいますが、「困っていることだけに意識を向けていくと苦しくなるので、今、その人が上手くできている部分を確認することからはじめるのもいいと思いますよ」と、岡田さん。

ものすごく大きな悩みを抱えながらも、それでもしっかり社会生活を送っている人って、たくさんいますよね。そういう人にはまず、こんなに大変なのに●●ができてるってすごい、よくがんばってきたって、褒め労いたいんです。

僕も「こんな辛いことを抱えて、よく日常生活を過ごされてきましたね。それはすごいことですよ」ということを伝え、困っている中でも上手くいっていること、機能していることを確認し合うことからカウンセリングを始めることは多いんです。

相手から、“悩みの糸玉”を取り上げない

困りごとにフォーカスしすぎず、できていることに注目することから始めてみる──。そんな、聴くことの導入についてまず、お話しくださった岡田さん。たしかにこれなら、お互いに少し、心がほぐれた状態で話が進められそうです。

しかしながら、聴けば聴くほどに「では、どう応える?」という問題がのしかかってくるように感じるのは、私だけでしょうか。恥ずかしながらお節介な私は、「どうしたらこの悩みは解決する?私ならどうする?」と、解決策を出すことに一生懸命になってしまう傾向にあると自覚しています。しかし、そんな私に太陽さんはスパッとこんなひとことを。

悩みを、相手から取り上げちゃダメですよ。

悩んでいるのは相手であり、悩みを解決できるのも、「解決した」と納得するのも相手次第。成り代わることは不可能である以上、聴く側が相手の立場に立つことに意味はない。そんな指摘に、顔が赤くなるとともに、そうか……!と、深く納得する自分がいました。

【写真】真剣な表情でインタビューに応えるおかだたいようさん

カウンセリングの世界では、「困りごとを机の上に置いて話しましょう」って、よく言われます。僕も、解決策を提示したくなってしまうほうなので、気持ちはすごくわかるんですが、聴いてすぐ思いつくことって、たいてい相手はすでに試していることも多いんですよね。

だからこそ、相手と自分、どちらからも同じ距離で困りごとを見つめるような感覚を保つのが基本姿勢。絡まった糸玉を真ん中に置いて、「これ、どうしましょうね」と、いっしょに見つめながら聴くことを意識するのは、日常で相談を受けるときにも役立つかもしれません。

そういう聴き方の場合、相手にどんな言葉をかければいいんですか? 続けてつい、そうお聞きすると、「言葉に頼ろうとしなくていいんですよ」と、岡田さん。

たとえば「詳しく聞かせて?」という声かけは、話者を相手のターンにしたままにできる声かけの一つですね。場合によって「何かいま、したいことはある?」とか「他にやりようはあった?」というのも同様に、相手とともに困りごとを見つめるきっかけとなってくれる言葉だと思います。

でもね、こちらから無理に何かを与えようとしなくていいんです。だって言葉って、嘘つきだと思ったほうがいいですもん。言葉って本当に便利ですけど、言葉ほど薄っぺらいことはないと思うし、言葉ほどすれ違うことはないと思うし。自分が相手から感じるものを表現する言葉を持たないことも、実際にあるわけですよね。

では、そういう時に何ができるか。それは、そこに一緒にいてあげることだと僕は思います。そんなときは沈黙ですら、相手への思いやりを示す態度になるんです。「何も言えないけど、私はそこにいる」っていうことを、沈黙で示すこともできるはず。言葉がないなら、ただ肩をポンポンとしてあげることでも、十分にあなたの気持ちを伝えられるはずです。

じつは、カウンセリングの技術でも、「沈黙」は重要かつ基本なのだとか。

相手が考えている、とわかったら、僕たちはそれを待つ姿勢を沈黙で示します。2分でも3分でも相手の言葉を待つ。決して「しゃべれ」というプレッシャーを与えずにね。その時間を埋めるための言葉を言いたくなっても言わず、沈黙に耐える、沈黙を待つのがカウンセリングにおける「いろは」の「い」ぐらい大切なんです。

そうして待っていると、相手はわかってもらおうと自ら言葉を紡いで、説明をしようとします。そのなかで、モヤッとした大きな悩みの塊が、言葉というパーツに置き換えられていきます。聴く側は「それって、こういうことかな?」なんていう声かけでサポートをしながら、自分で自分の悩みを言葉にするのを見守っていく。その過程自体が、相手にとっては大切な気持ちの整理になっていくと思うのです。

「わかります!」は、わかっていない?

では逆に、人の話を聴いているときに避けたほうがいい声がけはあるのでしょうか。

うーん、やっぱり一番は「わかります」かな。「それ、わかるー!」とかって、友達同士よく言う言葉ですし、本当に同じような境遇にいてわかる、ということはあるんですけど、ほとんどの場合、わかりゃしないんですよね、相手の悩みにおける思いや感情なんて。

今回、このテーマをいただいて改めて、「感情移入」と「共感」の違いについてさらってみたんですが、やっぱり両者は似ているようで大きく違うんです。「感情移入」は自分がその人の立場になったかのように考え感じること。「共感」は、相手のことをわかろうとするうちに、向こうから伝わってくる気持ちを受け取ることです。

先ほどのように勝手に想像して「自分だったらどうなるのかな? 自分ならどんな気持ちになるかな?」って入っていったり、「わかる!」と結論づけてしまうのは、まさに「感情移入」。この場合、主人公は相手じゃなく、自分なんですよね。

一方で、相手がどういう状況でどういうことを感じたのかということを、相手の話のコントロールを奪わずに聴いていく中で、伝わってくるものを感じるのが「共感」。悩みを聴くときには、こちらを大切にしたいな、と思うんです。

感情移入と共感の違い。それは、「もちろんこれは、10年以上経験してきたからこそ言えることだと思うんですけどね」、と前置きをしながら「『私は私、あなたはあなた』という感覚がすごい大事だなって思うんです」と、岡田さん。

ここが曖昧になってくると、いろんなことが起こる。だから、境界をちゃんと引いた中でお話をしましょう、とするのがお互いのためにいい。悩みを聴くよ、解決しよう!じゃなくて、困りごとについて一緒に考えましょうか?っていうのが、第1ラウンドかなと思います。

お互いのため、今日は無理と断る勇気も

悩みを聴くためには、自分と相手の境界をもつことが大切と話す岡田さん。その背景には、「相手の悩みを奪ってしまう」ことに加えて、もう一つの意味があると言います。

それは、「もらいすぎたり、あげすぎたりしてしまう」ということ。たしかに、悩みをちゃんと聴いてもらえなかった、という相談者よりもむしろ相談される側として、深刻な悩みを熱心に聴いたことで自分自身が疲れてしまったり、しばらく落ち込んでしまった、という経験をもつひとのほうが多いかもしれない。そう感じるほど、悩みを聴く側にもまたリスクがあり、ケアすべき点もありそうです。

【写真】質問に丁寧に答えるおかだたいようさん

このテーマに関心を持って記事を読んでくださっているような方にこそ、自分に余裕がないときには「今は聴けない、無理なんだ」と断ることも大切です、とお伝えしたいですね。「もうちょっと元気になったら聴くから、今はごめん」でもいいし。それはむしろ、あって当然のことなんです。

僕だって、いくら注意していても深刻な悩みを引きずって、どーんと暗い気持ちになってしまうことがありますし、逆にそうならないように定期的にマッサージを受けたり部屋の空気を入れ替えたり、スーパービジョンやコンサルテーション(カウンセラーが診断・面接の能力を高めるために、専門家に意見を受けること)を受けて課題を別の視点から考えたり、自分自身のコンディションを整えることにとても気を遣っていますから。

たとえば話を聴いている途中に自分が苦しくなってきてしまったら、それは相手の悩みに呑まれてしまっているということ。話を中断してもらって、「ちょっと無理だ」と言えるといいと思うんです。素人の範囲を超えているから、プロに相談しに行こう、と考えるタイミングかもしれません。

また、自分自身が悩みを聴けるコンディションだったとしても、長時間になりすぎたら場所を移動したり、そうできるように家ではなく喫茶店などのパブリックスペースで会うのもポイントだと話します。

よく、「全部さらけだして楽になってほしいから誰にも見られない場所で」なんていうけれど、実際に全部さらけ出すなんて、難しくないですか?そうではなくむしろ、お互いがコントロールできる状態のなかで話をしたほうが、見えてくることが多いんじゃないかなと思うんです。

だからこそ、「ちょっと話したいんだけど会える?」なんて言われたときは、少し冷静になれるような公共的な場所で会うことをおすすめしますね。

【写真】真剣な表情でインタビューに応えるおかだたいようさん

悩み相談は、相手からの“I love you”

悩みを聴くことの難しさや、相手に対しても自分のためにも気をつけるべき点について教えていただいた今回。最後に同席のスタッフから「相談する側のメリットは見えやすいけれど、じゃあ相談される側って、どんないいことがあるんでしょう」と、岡田さんに質問が投げかけられました。

それは言うなれば、相手からの信頼感というギフトですよね。相談されるということは、相手から信頼されている証。日本人ももっと、“I love you”って言えたらどれだけ楽かと思いますけど、悩みを相談したいと言われるって、ひとつの「I love you」の形かなと思うんです。

僕自身、この仕事に対して「しんどいでしょう」と言われるわりに、みなさんが思っているほどでもなくて。むしろこの仕事に喜びを感じることのほうが多いかもしれません。僕は子どものトラウマケアが専門の一つですが、子どもたち、かわいいですもん。

第一、子どもは成長するんです。大人ももちろん成長すると思うけど、子どもにはかなわないですからね。「どんな子どもにも伸びしろがある」って信じられるのは、僕が仕事を続けていける大きな理由だと思う。恵まれているところかもしれませんね。

大人のカウンセリングも、大人の中の子どもと接することが多いので、来ているのは大人だけど、扱う記憶は小中学校の記憶だったり、子どもの部分だから、子どもが癒してくれている感じがしています。悩みを聴くって、大変なことばかりじゃないですよ。

【写真】微笑みながらインタビューに応えるおかだたいようさん

たしかに、悩みを話す、聴くという時間を通じて、友人との信頼関係が深まるのは、悩みを聴くことで得られる一つの大きなギフトかもしれません。

だから……、最後にちゃぶ台をひっくり返すようですが(笑)、基本は“まんま”でいいんですよ。相手の人はまんまのあなたに相談したいわけですから。小手先のスキルを使う必要はなくて。もしも、その人に役立つかな?と思ってアドバイスしたくなったのなら、それはそれでいいと思う。いろんなことをあれこれ考えて難しくすることもないと思います。

もちろん、聴くことって難しいなと思うこともあると思う。けれど、あなたが好きで、あなたのことが大事で、あなたのことが信頼できるから相談したいっていう相手の思いを汲み取った上で、相談に乗ってあげて欲しいなと思う。

ただし、そのベースとなるのは、先ほど言った「私とあなた」の領域を守ることです。自分が大丈夫、相手も大丈夫な状態で話をし合えたら、逆に自分も何かあったら相手に相談できるような関係性が育まれていくかもしれない。そうしてお互い人生がちょっとずつ、生きやすくなれたらいいですよね。

悩み相談は相手からの信頼を表す「I love you」のようなもの。そんな岡田さんの言葉に、自分自身のこれまでのことを思い出していました。

たしかに、私が悩みを相談したくなるのは、大切だと思っている人たちだけ。そして相手も「私に」と話をしてくれたのなら、肩肘を張らず(でもちょっとお節介は控えつつ)、話を聴けたら十分なのかもしれない、と思えてきました。

相手が自信をなくしていたり、先が見えない、なんていうときは、あなただから知っているその人のいいところを褒めてあげてほしいです。その時は謙遜したり、「大したことない」なんて否定するかもしれないけど、いつかその人の支えになるかもしれないから。「褒め」ってね、あとからじわじわ効いてくるんですよ(笑)

最後までそんな風に親身に、私たちに声をかけてくださった岡田さん。そのあたたかな眼差しで、これまで多くの方の課題を解消したり、歩き出す力を与えてきたのだろうと想像します。

もちろん、岡田さんのようなプロの技術を駆使した受け答えはできないけれど、せめてあんな笑顔で相手を励ますことができたら──。岡田さんのインタビューを終えて、私の中にそんな目標が芽生えました。

悩みを聴くのも悪くない、ならばときには悩みを誰かに打ち明けることだって、遠慮しなくていい。そう思えるだけで、心のつかえが軽くなります。

そして何より、あたたかな思いのこもった対話によって人は「これまで」の気持ちを整理し、また新しい「これから」を歩むことができるのだということを、岡田さんとすごした時間によって改めて実感したように思います。

【写真】笑顔で会話をしているおかだたいようさんとライターのたまきみきこさん

(写真/土田凌、編集/工藤瑞穂、協力/一本麻衣)