【写真】マナハウスの看板を持って玄関前で笑顔で並ぶせきのさんとやまなかさん、しげさん

東京で子育てをしていると、とてつもなく孤独を感じることがあります。

私も夫も地方出身で近くに親戚はおらず、いざというときに頼れる人はいません。特に保育園に入る前、長男とコミュニケーションがとれるようになるまでは、この世界に二人きりで隔絶されたような感覚で日々を送っていました。

子どもの命を守れるのは私だけだし、「私の人格が子どもに影響を与えてしまうかもしれない」という重責に耐えられるだろうか…そんなふうに思い悩んでしまった時期もあります。

もし、いろんな世代の人と緩やかにつながれて、関わりをもちながら頼ったり支いあえたりできる場所があったら。そう考えたことは、一度や二度ではありません。

都内にもそんな場所があると知ったのは、昨年末のこと。上用賀にある「MANAHOUSE」は、シングルマザーとその子ども“シングルキッズ”が入居できるシェアハウスです。

入居している親子は、食事の提供や保育園・幼稚園からのお迎えといったサポートも受けられます。シニアのスタッフや大学生のボランティアなど人の出入りが頻繁で、近所の人たちとの交流もあるのだそう。

ここを運営するシングルズキッズ株式会社の代表である山中真奈さんは、「子どもたちに“ゆるい親戚”を増やしたい」と話します。

【写真】笑顔で立っているやまなかさん

“ゆるい親戚”を意識しているこの場所では、どんな関係性やコミュニティができているのでしょうか。MANAHOUSEにお邪魔して、山中さんにお話を聞きました。

上用賀にあるシェアハウス「MANAHOUSE」へ

【写真】まなはうすのシンプルな外観。窓の近くには子供が使うであろう小さな自転車やおもちゃがある

MANAHOUSEは閑静な住宅街にある、大きな一軒家を改装してつくられました。

【写真】玄関を開けて笑顔で迎えてくれるやまなかさん

山中さんに招かれて中に入ると、玄関には子どもたちのスニーカーや長靴からパンプスまで、大小さまざまな靴が並べられています。

子どもたちの手描きのイラストや、支援者の方が作ってくれたという表札などが飾られていて、親戚の家を訪れたよう。この場所にいろんな世代が出入りしていることがわかります。

【写真】支援者の方が作った温かみのある表札にはバラも描かれている。

1階はシニアの管理人部屋のほかに、みんなの食堂とリビングがある共有スペース、2階には7.5帖〜10帖の部屋が5つ。一部屋につき一世帯が入居できるようになっています。現在は4世帯が入居しているそう。

敷金礼金や仲介手数料はかからず、初期費用は入居金の5万円のみと、入居の敷居が高くないのも特徴といえるでしょう。入居時の子どもの年齢は3歳〜小学校低学年までが対象となります。

【写真】管理人のせきのさん

1階に管理人として居住している関野紅子さんは、託児所を30年以上営んできた子育てのベテランです。

シングルマザーの家庭をシニアと地域が支えるMANAHOUSEは、いうなれば“現代版の下宿”。平日はスタッフが日替わりで晩ご飯を提供し、21時まで子どもの見守りをしてくれるほか、必要に応じて有料で保育園や幼稚園のお迎えにも対応してくれます。

山中さんは、私と同い年の33歳。私が子育てやシングルマザーの貧困問題を自分ごととして捉えられるようになったのは、出産してしばらく経ってからでした。

どんな経験をきっかけに、山中さんはシングルマザーのためのシェアハウスをつくろうと考えたのでしょうか。幼少期の家庭環境から話を聞いていくと、いろんな経験が絡み合って、課題意識が芽生えていったことがわかりました。

家庭で出せなかった感情表現は“ギャル”の女の子たちから学んだ

【写真】笑顔でインタビューに答えるやまなかさん

埼玉県に生まれ、3人兄妹の末っ子として育てられた山中さん。「幼少期のことは、断片的にしか覚えていないんですが…」と前置きした上で話しはじめてくれました。ひとつ実感しているのは、「あまり感情を出せない家庭環境だった」ということ。

両親はケンカが絶えず、私はつい顔色をうかがってしまうところがありました。家族で食卓を囲んでいても、みんな黙々と食べていて。母親に「好き」と言いたいのに言えなかったのを鮮明に覚えているくらい、私は感情表現ができませんでした。

高校2年生の頃から数年間は、摂食障害になったといいます。そのことも今になって振り返ると、「ありのまま愛されたかったのかもしれないですね」と山中さん。

当時はギャル雑誌『egg』の全盛期。体型が細いモデルさんと自分を比べて、コンプレックスを感じてしまったそうです。

「スタイルがいい」とか、「成績優秀」といった条件付きでしか愛されないと思っていたから、そのままの自分を受け入れられなかった気がします。

自分に自信が持てず悩んでいた山中さんでしたが、徐々に積極的な一面も出てきます。パラパラを踊ったり、イベントを行うような「ギャルサークル」を運営し、多くの女の子たちを取りまとめる存在に。そのときに、一緒に遊んでいた女の子たちから大きな刺激を受けたそうです。

いわゆる“ギャル”の子たちって、「お前嫌い〜」「最悪」とか、「超好き」「いいじゃん」みたいに、喜怒哀楽をはっきり表現するんです。私は家庭では自分の感情を出せずにいたので、「こんなに素直に表現していいんだ!」って気づきました。

こうして、その女の子たちから感情表現を学んだ山中さん。母親と折り合いが悪く、家庭にいるより友達と遊んでいるほうが楽しかったため、次第に家を抜け出して夜の町を出歩くように。そこで出会った女の子たちの苦悩に触れることにもなりました。

【写真】質問に丁寧に答えてくれるやまなかさん

夜に家を出て遊びまわっている女の子たちのなかには、複雑な生い立ちの子が多かった気がします。それによって、金銭的な悩みを抱えていて、援助交際をするか風俗で働くしか選択肢がなくなってしまった子もいました。

きっと、みんな本当は愛されたくて、大事にしてもらいたいけど、家庭に居場所がなかったんだと思います。生きていくために、やむを得ずそうなっていると感じました。

このときの経験は、山中さんの胸に刻まれることになりました。のちのMANAHOUSE立ち上げにも通じる原体験です。

親の都合に振り回されてしまう子どもたちをサポートしたい

高校卒業後にフリーターとして家電量販店で勤めていた21歳のころ、一人暮らしをはじめようと考えた山中さん。訪れた不動産屋で間取りを見ていると、「楽しい」と気づいたことをきっかけに、不動産業に就職します。

いざ、さまざまな人の住居を探すサポートをする仕事を始めてみると、ひとり親が身を置いている環境の厳しさや、それによって傷つく子どもたちの課題に直面しました。

生活保護を受けていたシングルマザーの方に部屋を貸せないことがありました。他にも、家賃を滞納してしまったシングルマザーの方が、実は仕事を辞めてしまっていたりとか。なんとか力になりたいけれど、“箱”だけ貸していても彼女たちの悩みに寄り添うことはできないと感じていました。

また、友人夫婦が離婚した際に、子どもがたらい回しにされている状況を目の当たりにし、「なぜ親の理不尽な都合で子どもが傷つけられなきゃいけないんだろう」と疑問を感じたこともあったといいます。

次第に山中さんは、「親と一緒に暮らせない子どもをサポートする事業をやりたい」と考えるようになりました。

親と暮らせない子どもと、おじいちゃん、おばあちゃんや、いろんな人がみんなで一緒に暮らせるような大きい家を持ちたい…そんな夢ができたんです。

【写真】インタビューに答えるやまなかさんとライターのくりもと

イメージはできたものの、具体的にどうしたらいいかわからなかったころ、徐々に社会でも認識され始めていた「子どもの貧困」。当時発表されていた厚生労働省の統計によると、6人に1人の子どもが貧困状態にあると言われていました(2015年以前のデータ参照。2016年に行った2015年度調査からは7人に1人)。

子どもたちのためにできることはないだろうかと考え、不登校の子をサポートしている人、自傷行為をしている子の相談を受けている人など、子どもの支援者に会いにいったのですが、知っていけば知っていくほど、子どもはそれぞれ年齢も悩みも違うし、この課題を解決するのは難しいと思ってしまいました。

子どもの貧困とは、収入から税金や社会保険料などを引いた「可処分所得」が中央値の半分に満たない世帯のことを指し、特にひとり親の場合に多くの収入を見込めないことから起こりやすいとされています。

山中さんは、子どもの貧困の背景にシングルマザーの貧困があることを知り、考えが変わり始めたといいます。

あくまでも子どもが幸せに生きられるサポートをしたいという思いがあったのですが、子どもの幸せのためには、シングルマザーへの支援が必要なのかもしれないと少しずつ考えるようになりました。

“かわいそう”の押し付けをしない、シェアハウスの立ち上げ

悶々とした日々を送ってきた山中さんに転機が訪れたのは、「カンボジアに学校を建てるために寄付してくれませんか」と知人から声をかけられたことでした。

「日本の子どもだって貧困で困ってるのに、なんでカンボジアの子どものために学校をつくるのだろう」と疑問に思いました。なので、カンボジアでは実際に何が起きているかを見るために、2週間くらい視察に行ってみたんです。

そこでは、“子どもが売られない世界をつくる”をテーマに掲げる認定NPO法人かものはしプロジェクトが運営している、定職に就くのが難しい女性が働く工房(2018年からはNPO法人SALASUSUとして活動)や、ゴミ焼却施設がないことが原因でできたゴミ山でゴミを拾って暮らす人々などを見学した一方で、首都のプノンペンで2億円のコンドミニアムを販売している日本人も紹介されたそうです。「途上国の経済の天と地を見た」と山中さんは話します。

そのなかで、とある孤児院を見に行ったとき、山中さんは気づいたことがありました。

孤児院にいる子たちは日本人慣れしていて、「お姉さん、お姉さん」ってすごく話しかけてくれました。それは、たくさんの日本人がボランティアに来ているからだとわかったんですが、2週間程度の短期的なボランティアで、多くの人は二度と来ないそうなんです。本当に必要なのは、こういう短期的なものではなく、長期的な支援なのではないかと感じました。

短期的なボランティアに来ている日本人のなかには、カンボジアの人たちに「“かわいそう”を押し付けてしまっているのではないか」と感じるような接し方をしている人もいたそうです。

日本では住環境や教育が整っているのが当たり前だという思いから、「カンボジアには日本にあるものがなくてかわいそう」みたいな思想を持ち、勝手に押し付けている人もいました。

自分が持っているものを当たり前だと思い込み、持っていない人を「かわいそう」と言ってしまう…。それは私たちが普段、無意識にしてしまっていることかもしれません。

【写真】インタビューに答えるやまなかさん

また、海外からの日本のイメージと、実際の日本ではギャップがあると山中さんは話します。

カンボジアでは、「日本人好き、感謝してる」って声をかけられることが多くありました。日本人は海外で評価され、尊敬されている。けれど、実際には、日本では虐待を受けたりしている子どもたちもいる。

海外の支援ももちろん大事だと思うけど、私は日本のつらい境遇にいる子どもになにかしたいと感じました。残った食べ物を捨てることがある国なのに、一方では子どもがワンルームで餓死する事件が起きるっておかしいですよね。

このときに感じたことを軸に、児童養護施設に入っているような、社会的養護を必要とする子どもたちに向けた事業を具体的に構想しはじめます。

最初のころはやりたいことが多すぎて事業計画書がまとまらなかったそうですが、カンボジアへ二度目の視察に行ったとき、起業家を育成している方と知り合い、サポートしてもらえることに。月に一度会って事業計画書を見てもらいました。

親がお金でケンカしている姿を見ていたので、お金に困りたくないという思いから、株式会社として事業にしたかったのですが、社会的養護を必要とする子どもたちは約3万人。起業家を育成するアドバイザーの方には、「それは事業でなく福祉だ」と言われ、何度も練り直していきました。

助成金やボランティアに頼る福祉ではなく、事業にしようと考えたのは、こんな思いからでした。

誰かが大きく負担することで成り立たせようとすると、事業を持続するのが難しくなってしまう。だから、これまでに経験した“不動産”と、大好きな“子ども”を掛け合わせて、きちんと収益のある事業として成り立たせる必要があると考えました。

そのなかで、「自身がやりたいこと」と、「社会のためになること」、「今後さらに必要とされる産業であること」という事業の3本柱を決めます。

「自分がやりたいこと」は、子どもの力になること。「社会のためになること」は、困りごとが多いひとり親の子どもの課題を解決すること。「今後必要とされる産業であること」は、シングルマザーとシニアに関する事業です。

シングルマザーの家庭は123万世帯いて、これからもひとり親は増えるだろうし、彼女たちは住宅選びにも困っている。そこに自分のキャリアである不動産を活かしつつ、今後日本で増えていくシニアの方に協力をお願いしようと考えた結果、シェアハウスというかたちに着地しました。

その後、不動産専用サイトで見つけた物件の大家さんに、山中さんがしたいことや、思いを伝えたところ「何をしてもいいよ」と言ってもらえたため、現在の一軒家を借りられることに。快適なシェアハウスになるよう改装しようと考えましたが、資金が必要だったため、改装費を募るクラウドファンディングを実施しました。

多くの人から賛同を得ることができ、目標額を上回る4,975,000円を集めることに成功。

「ぜひ子どもたちの笑顔と未来のために頑張ってください!」という励ましや、シングルで子育てをしている人からの「幸せなシングルキッズが増えるよう、ひとり親家庭を支える持続可能な仕組みが世の中に増えたらいいなと心から思います」といった声も寄せられました。

【写真】まなはうすの玄関前で笑顔で立っているやまなかさん

また、山中さんはシェアハウスを立ちあげるにあたり、ひとり親で育った20歳から40歳ぐらいの34人にアンケートをとったそうです。

親が帰ってくるまで一人で過ごしていたから、「テレビを見ながらカップラーメンを食べていた」とか、「給食でしかお腹いっぱいになれない」、「パンの耳をかじっていた」といった、食べ物の困りごとが多かったです。

また、孤独を感じていたり、周囲から偏見を受けたという声もありました。他にも「隣のおばちゃんにご飯を食べさせてもらってた」、「親戚が近くに住んでいたから助けられた」というような経験談もあり、人との繋がりが重要だと感じました。

そういったアンケート結果をシェアハウスづくりに活かして、2017年6月にMANAHOUSEは誕生しました。

ひとり親が否定されない“物理的な居場所”と、“心の居場所”が大事

1階には管理人の関野さんのお部屋と、食堂とリビング、レンタルスペースが1つ。2階には母子家庭の親子が6世帯住めるようになっています。

ウェブサイト上で募集して集まった入居者には、モラハラやDVを受けて離婚した人や、未婚のシングルマザーもいたそうです。

【写真】まなはうすには洗濯機や乾燥機、洗面所が複数設置してある

MANAHOUSEでは、入居前に必ず面談をしていますが、山中さんがただ話を聞いているだけで、ほっとして泣き出してしまうお母さんもいるといいます。

今は核家族が増えているので、シングルマザーの場合、すべての責任がお母さんに向かいがちです。離婚しようとしても「子どものために我慢しなさい」、「子どもがかわいそう」のような、心ない言葉を投げかけられてしまうことも。

内見に来る方もいっぱいいっぱいに追い込まれていて、顔色がよくなかったりする。そんななか、私が否定せずお話を傾聴していると、ほっとするみたいで。

「うちに住むことが正解じゃなくて、他の家も借りられますから」って話すと、選択肢がいろいろあることがわかって安心できるようです。また、私が相談に乗って、これまで出会ったいろんなひとり親家庭の話を共有することで、「精神的に救われました」と言ってくださる人もいました。

【写真】真剣な表情で話をするやまなかさん

お母さんたちの共通点は、行政に相談することもできず、「人に頼らず自分で頑張らなきゃ」という思いを抱えていること。

自分を殺してずっと我慢していくのだろうか。子どもはちゃんと育つだろうか、ひとり親だとバカにされないだろうかーー。

そんな不安を抱えながら、気負いすぎているように山中さんには見えました。

「シングルで“バツ2”なんです」と話す方に、「そうなんですね、全然いいんじゃないですか」って言ったらびっくりされて。今まで散々、周囲にダメだと言われてきたんだなと思いました。

離婚経験があるだけで勝手に「かわいそう」とエゴを押し付ける人もいるので、ひとり親が否定されない物理的な居場所と、心の居場所がすごく大事なんですよ。

自分も他人も許せる、親戚の家のような場所でありたい

MANAHOUSEは、多くのシニアに支えられています。それは、山中さんのこんな考えから生まれたものでした。

時間や資金に余裕があり、「社会に貢献したい」と考えていらっしゃるシニアの方もいます。また、ひとり親の家庭で育つ子どもたちは世代の異なる人とのつながりを持ちにくいので、多様な能力や価値観を持つシニアのみなさんと知り合うことも、プラスになると思ったんです。

とはいえ、核家族が増えた現代では、世代が異なる人たちと接する機会が多くありません。子どもたちがシニアのみなさんに支えてもらえるのは素敵なことだと思いますが、その一方で、世代間ギャップによって起こる問題などもあるのではないのでしょうか。

もちろん、世代によっていろんな価値観を持っていると思います。なかには、「ひとり親の子たちはかわいそう」とか、「母親の手料理が一番」と言ってしまうシニアの方もいます。

手料理だって、できるなら毎日やりたいけど、今の時代は女性も働いてるから難しい場合もあるので、そこを理解してもらわなければなりません。

生きてきた時代背景により、世代ごとにそれぞれの価値観があります。今の時代とシニアの価値観にはギャップがある場合も多いでしょう。それでも、「シニアだからこそサポートできることがある」と、山中さんは話します。

シニアやお母さん同士のつながりをつくるマネージャーのような部分を山中さんが担うことで、多様な価値観を認め合い、MANAHOUSEをいいコミュニティにしていこうとしているのだと感じました。そのために大切なのは、自分と他人を許し合うという価値観だといいます。

私は会社の代表であり大家さんですが、子どもも大人もスタッフも、上下がないと思って接しています。

居場所をつくる側の大切なことは、自分と他者を許すこと。田舎の親戚の家みたいな感じで、ちょっと片付いていなくても許せたりとか、子どもが落書きしても「大作だねぇ、消しておいてね〜」って笑って伝えたい。

【写真】まなはうすの理念である「共に楽しく幸せに」の文字と一緒にたくさんのお母さんや子供が一緒にる絵が描かれている

MANAHOUSEでは、「共に楽しく幸せに」を理念に掲げています。それは、みんな平等に楽しくて、小さな幸せを日々積み重ねたいという思いから。

ここへ来たときに感じた、親戚の家のような雰囲気の理由がわかった気がしました。

それは、いろんな世代の人が、おもちゃや、本や、自分で描いた絵など、ちょっとずつ増やしていったお気に入りのものに囲まれ、ひとつの場所を形成してきたから。それと同時に、山中さんの言う“自分と他人を許せる場”を実践して、日々を積み重ねてきたからなのでしょう。

忙しいお母さんに代わって、子どもたちの吐き出し口に

ふと壁を見ると、シェアハウスのルールが壁に貼ってあることに気づきました。

【写真】壁には「ちーむまなはうすのおやくそく」と「ごはんのときのおやくそく」の2枚が貼られている。子供も読めるように全てひらがなで書かれてある

「ちーむ まなはうすのおやくそく」という手書きのルールには、「おたがいさま・ゆずりあい・たすけあい・ひとのせいにしない」といったお約束が書かれていました。そのなかに、勝手にあるルールが足されています。

「かんちょはしない」。

子どもが書いたと思われるたどたどしい筆跡を見て、子どもたちの日々の暮らしが目に浮かぶようでした。

これは最近張り替えたものなんです。ある日「ゆずりあい」の文字が消されていたので、きっと何か譲ってもらえなかった子がいたんでしょうね(笑)。

みんなが守らなければならないルールがあることは、家庭で過ごすのとは違い、窮屈な思いをする子どももいるのではないかと、ふと疑問に思いました。実際には、子どもたちはどう捉えているのでしょうか。

ひとりっ子だと他人との暮らしに慣れていなくて、最初の頃は「このおもちゃは私の」と言ったり、他の子を叩いてしまったりすることもありました。でも人への接し方を教えていけば、次第に慣れていくんです。

入居前に家庭環境が複雑だったため、笑顔が少ないなと思っていた兄弟が、入居後に「すごい笑顔が増えたよね、子どもらしくなったよね」と、ママの友人に言われるそうで、そんな変化が嬉しいですね。

【写真】笑顔でインタビューに答えるやまなかさん

そう言って山中さんは優しく笑いました。

いつもママのことを一番に考えているという子どもも多いので、子どもたちには「一緒にママの応援団になろう」と話しているそうです。

ママの帰りが遅くなる日は、寂しい思いをする子もいます。「ママはお仕事を頑張ってるから、一緒にママのお応援団になろう」って話したりもしますね。シングルキッズへの事前アンケートでは、「ママの力になりたい」「もっと頼ってほしかった」という声もあったので。ママたちも罪悪感に駆られながら日々頑張っているし、子どもたちも頑張っているんですよね。

子どもにとってネガティブに思えてしまうことをポジティブに変えていけるのは、山中さんの真っ直ぐな人柄もあってのことではないでしょうか。

そんな山中さんに、ずっと気になっていたことを聞いてみました。私は、自分の子どもでも接するのが難しいと感じてしまう瞬間があります。家事や仕事をこなしながら日々を送っていると、子どもの要望にすべて応えられないですし、余裕を持って接することができていないと感じるからです。

MANAHOUSEのようにいろんな子どもがいる場合、私以上に、子どもと関わることに難しさを感じる場面があるのではないのでしょうか。

お母さんは子どもとずっと一緒だし、怒ることも褒めることも全部やらなきゃいけないので大変ですよね、本当に尊敬します。私なんて一緒に過ごすのは夕方から夜の時間だけですし、シェアハウスのルールをつくってるだけなので気楽なもんです。

「でも…」と山中さんは続けます。

子どもと関わっていると、いろいろ見えてくることもあるんです。

一緒に過ごす時間が長くなると、徐々に子どもたちからぽろぽろと本音を聞くことも出てきたといいます。

「昔お父さんに叩かれた」とか、「ママ今日も夜遅い」とか、ふとした本音も聞くようになりました。親子関係を見ていても子どもの目線になってしまうので、ときには、お母さんとぶつかってしまうこともあります。

子どもたちが本音を言える、ありのままでいられる居場所でありたいと思っているので、子どもたちの話を「うんうん」と聞いていますが、「少しでも仕事と子育てで忙しいお母さんとその子どもたちの力になれたら」と、私も日々奮闘中です。

母として、女性として、社会人として。母親には、ただでさえ多くの役割があります。加えて「父親代わりにもならなくては」と責任を背負ってしまうシングルマザーにとって、役割の一部分を担ってくれる存在がいるのは、大きな助けとなるのではないでしょうか。

また、スタッフやボランティアなどお客さんの出入りが多いので、親以外のさまざまな人と接する機会になるのもメリットだといいます。

【写真】台所で料理をするしげさん。

子どもたちのなかには、お父さんがよく怒鳴る人だったり、お父さんがいないので男の人と接する機会がなかったりして、男性が苦手になった子もいます。でも、シェアハウスにくる男性のボランティアや関係者のみなさんの優しさに触れて、子どもたちが彼らに抱きついたりして、ニコニコしている姿を見ると嬉しいですね。

孤独と闘っている子どもたちに伝えていきたいことは?と聞くと、次のように答えてくれました。

子どもたちには、何があっても助けてくれる人、支えてくれる人が必ずいるってことを伝えたい。声をあげて、人を頼ってほしいです。駄菓子屋のおばちゃんでも、近所のおじちゃんでも。親には言えないことを、親以外の人に言ったっていいんです。

家庭環境の“負の連鎖”を断ち切るために

子どもの性格や人生の選択などは、家庭環境に少なからず影響を受けています。

MANAHOUSEのようにいろんな世代の人が集まる場で過ごすことは、家庭環境による“負の連鎖を断ち切る”ための手助けになる、と山中さんは話します。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるやまなかさん

家庭環境の“負の部分”を相続してしまうことって、あると思うんです。

ギャル時代から周りの女の子を見たり、虐待の話を聞いたりすると、家庭環境の“負の部分”を相続してしまっていると感じていました。

貧困家庭で育った子が、十分な教育を受けられずに大人になり、同じように貧困に陥ってしまうこともあると聞きます。それだけでなく、経済的には豊かでも、親に愛情をかけてもらえず「愛されない」と感じてしまう“心の貧困”もあると山中さんは指摘します。

“心の貧困”は、他者との関係や繋がりを増やすことによって徐々にほぐされ、豊かにしていけると思っています。

母親にとっても、家に自分ではない誰かがいてくれるのは安心感が大きいのではないでしょうか。私自身、「もし仕事の帰り道で倒れてしまったら、子どもたちはどうなるんだろう…」と、ふと頭をよぎる瞬間があります。

漠然とした不安を抱えているお母さんがすごく多いですよね。入居者のなかにも、孤独感のなかワンオペで育児していて「世界に私達しかいないんじゃないか」という気持ちになっていた人がいました。今は、「帰ってきて大人と話せるのがありがたい」と言われます。

お母さん自身も子どもから少し目を離せるし、他の子の子育てに関わったり褒めたりする場面もあります。自分の子じゃなくても何かあれば「危ないよ」と声をかけることもある。ここではみんなで子どもを育てている感覚です。

一人で子どもと向き合っていると「本当にこれで合っているのかな?」と不安になる場面もきっとあるでしょう。子どもと関わる人が増えることで、いろんな考え方の人に触れることは、子どもの将来にとってもいいことだと思いました。

「お母さんが人に頼れないと、子どもも人に頼れなくなる」

MANAHOUSEで支援しているのはシングルマザーとその子どもですが、普段ほぼワンオペで育児している私にとっても、山中さんから聞いたお話で共感できる部分が多くありました。なかでも、特にハッとする言葉があります。

お母さんが人に頼れないと、子どもも人を頼れなくなるんです。

【写真】質問に丁寧に答えてくれるやまなかさん

お母さんが頑張りすぎると子どもがヘルプを出せなくなってしまう。まずはお母さんが自分を大事にして、人を頼れるようになること。

そうすると、子どももそれを見て人を頼れるようになるし、我慢しないで本音を言えるようになると思っています。

「世のお母さんが通ってきた道なのだから、できて当たり前」という世間の風潮を感じ、「家庭のことを外に頼るのは恥だから、自分がなんとかしなくては」という思い込みを強く持ってしまった時期が、私にはありました。そんなふうに、自分で抱え込みすぎてしまうお母さんたちに伝えていきたいことがある、と山中さん。

シェアハウスをつくるためのアンケートをとったときに、「お母さんが頑張ってくれたから」って、親に感謝してる子がたくさんいたんです。

子どもたちは、お母さんが考えているより苦労もわかっているし、愛情が伝わっているから大丈夫ですよって、すごく伝えたいです。

「愛情が伝わっているから大丈夫ですよ」という言葉は、不安を抱えたまま子育てをしている私にとっても、大きな救いになりました。

“みんなのおばあちゃん”ではなく、“一人の人間として向き合う”。管理人の関野紅子さん

MANAHOUSEで管理人を務めるのは、関野紅子さん。山中さんとは、シェアハウスをはじめる1年ほど前に知人を介して紹介され、お茶したことがあった仲だといいます。現在は家賃を払って1階の管理人室に住みつつ、木曜日の夕食を担当。木曜日以外は、フリーのベビーシッターとしていろんな家庭に行くこともあるそうです。

【写真】笑顔でインタビューに答えるせきのさん

託児所やシッターとしては長年の経験のある関野さんでしたが、シェアハウスを運営するのは初めてのこと。MANAHOUSEの管理人になって、戸惑うことはなかったのでしょうか。

私もシェアハウスは初めての経験で、住みはじめたときは生活のすべてが未知との遭遇でした。最初はみなさんいろんな事情抱えてらっしゃることもあり、心も体も疲弊してる方が多かったですね。

抱える事情も、子育ての仕方も、親子の数だけある。そんななかで関野さんは、入居している親子とどのようにして向き合ってきたのでしょうか。

私の得意な声かけは「大丈夫、なんとかなるわよ」なの。不安そうなお母さんには「大丈夫、今まで私だって生きてこられたから」ってよく話してます。

そうしてだんだん元気になっていくのが目に見えると、嬉しい気持ちになります。シェアハウスの中がすごくいい雰囲気になってるなーって感じています。

“みんなのおばあちゃん”みたいに接しているのかと思いきや、そうではないと言いきる関野さん。「一人の人間として関わることを大事にしている」のだそう。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるせきのさん

子どもに対しても、一対一の人間として向き合うんです。どんなに小さい赤ちゃんでも、赤ちゃんという感覚はなくて、私に求めているものは何かを気にしていきたい。子どもが小さければ小さいほど、お母さんの気持ちを敏感に受け取るので、まずお母さんに安心してもらうことが大事です。

一対一で向き合うのはお母さんたちも同じ。今って「だれちゃんのママ」とかで呼ばれることが多いじゃないですか。でも、一人の人間として向き合いたいから、お名前を呼んでコミュニケーションをとっています。

また、「最低限のマナーと笑顔があれば、世の中どうやってでも生きていけるから」と、マナーを身に付けられるように接しているといいます。

玄関で靴がそろっていなかったら「あ、私が靴脱ぐところがないね」とさりげなく伝えたり、ご飯を食べるときに、「姿勢をまっすぐにしないとご飯が変なところに入るよ」って声をかけています。

私も目からウロコだったのは、「なんでもかんでも『早く』とか『ダメ』と言うのではなく、理由を話してあげることが大事」という考えかたです。

たとえばご飯のときは「早く食べなさい」、「残さないで」と言う前に、「これ食べると血液がきれいになるよ」とか、「これは筋肉になるよ、爪にも髪の毛にも栄養がいくよ」っていう話をすると、子どもたちも「そっか」と納得して食べてくれるんです。

そういえば、「早く食べなさい」も「残さないで」も、こちらの都合で子どもたちに言ってしまっているなと思いました。

本来は、子どもたちの成長のために栄養をとってほしいし、食べることを楽しんでほしかったのに、いつのまにか、そんな当たり前のことを忘れてしまっていました。

「さすが子育てのベテラン!」と思いながらお話を聞いていると、「私も真奈ちゃんもまだまだ“発展途上国”。マナハウスに住んでたくさんのご縁と学び、気づきをもらいましたので、これからもどういうふうに育っていくのか楽しみ」と関野さんは笑いました。

担当者が日替わりで食事をサポート

取材当日は、この日のごはん担当であるシゲさんが台所で料理をつくっていました。

【写真】台所でシゲさんがサラダを作っている

子ども食堂でボランティアしていた方で、近くに住んでいるんです。料理が上手だったのでお声がけしたら快諾してくれました。

シゲさんの手際のよさに見惚れていると、「食べてみる?」と、白菜のおかずを味見させてくれました。

何種類もの野菜がたっぷり入ってみずみずしい副菜はシャキシャキの食感が楽しめました。この日のメインはシチューだそうです。

シングルキッズの課題のひとつである食事を、こんなにおいしいご飯でサポートしてくれるのは母親にとっても嬉しいことだと思います。しかも日によって夕食の担当が代わり、シニアだけでなく、大学生などが担当する日もあるといいます。

いろんな人の愛情がこもった、いろんな味つけの料理を食べることができるのは、子どもたちも楽しいのではないでしょうか。

“ゆるい親戚を増やす”ことで、子どもがありままで愛される社会をつくりたい

MANAHOUSEのテーマである「子どもにゆるい親戚を増やしたい」。この考え方は、山中さんのこんな体験に基づいています。

【写真】笑顔で話すせきのさんとしげさん

家族同士が近すぎると、自分のエゴで傷つけ合ってしまうことがあります。たとえば親が子どもに「こうあってほしい」を押し付けすぎると、私のように「いい子じゃなきゃ愛されない」とか、愛情をもらうための条件を考えてしまうことがあるんです。

そんな山中さんが支えられたのは、優しく関わってくれる親戚の存在だったといいます。

年に1回しか会わないような親戚でも、家にきてくれたときに膝の上にのせてくれたり、お小遣いをくれたりしたのを覚えていて。それから、いとこが泊まりにきてくれるのも、すごく嬉しかったんですよね。親戚だと世帯が別なように、このシェアハウスも口を出しすぎない程よい距離感。楽だけど孤独じゃないのが、ちょうどいいなと考えているんです。

これまでに10世帯の家族が入居し、さまざまな理由で退去された方もいますが、子どもが成長して狭くなったので近所に引っ越した人などは、ゆるい親戚のような付き合いが続いている場合もあるそうです。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるやまなかさん

このような関係性づくりを通して山中さんは、シングルマザーが抱える課題を解決していきたいと考えています。

シングルマザーに関しては住宅、養育費の未払い、経済的貧困、関係性の貧困、仕事がない、心の問題など、課題は山積みです。

お母さんたちは育児と仕事に板挟みになりながら、いろんな課題や偏見で追い詰められがち。だから、心に余裕がなくなっちゃうんです。なのでこれからは、生活における課題だけではなく、ひとり親の心の問題にも注目してほしいと考えています。

また、シェアハウス事業やひとり親に関する課題を社会に伝えることを通して、山中さんが最終的に目指すのは、「どんな子どももありのまま愛される社会」です。

子どもは社会の財産だし、みんなで育てるもの。そのなかで他者と自分を許し合って、愛と感謝が循環する社会がいいなと思っています。

それはきっと、「条件付きでしか愛されない」と感じていた山中さん自身が、子どもの頃にしてほしかったことでもあるのだと思います。

【写真】笑顔で見送ってくれたやまなかさんとせきのさんとしげさん

夕方になってこれから子どもたちが帰ってくるというので、おいとますることに。山中さん、関野さん、シゲさんは笑顔で「また来てね」と送り出してくれました。

気軽に声をかけ合える関係性を育みたい

MANAHOUSEを訪れるまでは、“新しい家族のかたち”を実践している場所なのかと考えていました。

でも、実際には“ゆるい親戚”という、押しつけすぎない関係性を育んでいることがわかり、そのありかたにとても惹かれました。もちろん、人がたくさん出入りするのが合わない人もいるでしょうけれど、悩みを抱え込みがちなシングルマザーにとって、ひとつの選択肢となることは、希望だと思います。

冒頭で書いたように、私自身も一人で子育てする重責に耐えられないと感じていた時期がありました。でも、今は少しずつ周囲との関係性を築けていると思います。

例えば、取材でどうしても遅くなってしまうとき、保育園が一緒のお母さんに子どもたちを数時間預かってもらったことがありますし、逆に息子のお友達を預かったこともあります。

保育園の急な呼び出しに備えて、ライターの知人たちと互助会をつくれたことも、気持ちが楽になりました。

どうしても、「家族のことを自分だけで解決しなければならない」と考えると、家庭のなかへ、なかへと閉じていってしまいます。

追い詰められると、鬱屈した気持ちが、子どもたちに向いてしまうことだってあるかもしれません。本来は、大好きで、守るべき存在の子どもたちへ。

そうならないよう、まずは周りに頼ることを恐れない母になりたいと思いました。私も、気軽に声をかけ合える“ゆるい親戚”のような関係を育てていきたいです。

【写真】笑顔で立っているやまなかさんとライターのくりもとさん

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(編集/工藤瑞穂、撮影/馬場加奈子、企画・進行/糸賀貴優・杉田真理奈・佐藤みちたけ)