【写真】笑顔でこちらを見ているチュプキのスタッフ3人

私は、月に1〜2度は映画館で映画を見ます。大型映画館で観る話題作からも、小さな映画館で観る作品からも、今まで計り知れないほどのものを得てきました。迷っているときに答えをもらったり、明るい気持ちになったり、新しい世界を知るきっかけになったり、それまで知らなかった感情に映画を通して出会うことも。きっとこれからも、映画からたくさんのものを受け取ると思います。

でも、映画は誰にとっても等しいエンターテイメントではないのだと気付きました。もし、視覚障害があったら、聴覚障害があったら、座っているのが辛かったり、暗がりが苦手だったり、小さな子どもがいたら…。映画を観ることに「障害」を感じている人は決して少なくないのかもしれません。私はこれまでそのことをあまり意識せずに、映画を楽しんでいました。

「映画を見るうえでの障害」を考えるきっかけとなったのが東京都の田端にあるミニシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」の存在です。2016年から運営されているチュプキは視覚障害があっても、聴覚障害があっても、誰でも映画を楽しめる“ユニバーサルシアター”。

それは一体どんな映画館なのでしょうか。映画を観るうえでの「障害」をどんなふうに取り払っているのでしょう。

日本初のユニバーサルシアターを立ち上げた平塚千穂子さん、そしてその存在を支えるみなさんにお話を聞くために、チュプキを訪ねました。

障害者が存在しないユニバーサルシアター、シネマ・チュプキ・タバタ

【写真】レンガ調の建物に、シネマチュプキとローマ字で書かれている

田端駅北口から徒歩5分ほど。駅下仲町通り商店街の真ん中にあるのが「シネマ・チュプキ・タバタ」です。

小ぢんまりとしたカフェのような佇まいの扉を開いた先に、福祉施設でつくられたグッズ売り場も併設された小さなロビーがあります。

【写真】ソファや映画のパンフレットが置いてある明るい雰囲気のロビー

その奥には、木でできたオブジェが飾られ、カラフルなシートに座って映画を見れる、居心地がよさそうな20席ほどのシアタースペースが続いています。

【写真】シアタースペースにはカラフルなシートが並ぶ

私たちが伺ったのは平日の日中でしたが、幅広い世代のお客さまが映画を見に訪れていました。

チュプキで上映される作品は、スタッフたちが自分で見て「これはぜひ多くの方に届けたい」と思った映画たち。季節や社会情勢も考慮してテーマを決めて特集を組んだり、お客さまのリクエストを取り入れたり、洋画・邦画を問わず、様々なジャンルの映画を上映しています。

【写真】チュプキで上映しているものをはじめとする映画のパンフレット

館内で特に目立っているのは、ロビーの白い壁に描かれている「チュプキの樹」です。緑色の樹木の幹から伸びた枝が、壁だけでなく天井まで広がっていて、枝先には葉っぱが茂っています。その葉っぱには、チュプキの運営を寄付で支援してくれている方々のお名前が刻まれているのだとか。

【写真】天井まで葉っぱが広がるチュプキの樹

おそらく一般的には、映画館が寄付で支えられているというイメージはないと思います。ではチュプキはなぜ、こんなにもたくさんの人に応援されているのでしょうか。

それはチュプキが、誰もが映画を楽しめるよう様々な工夫がなされた映画館だから。ここでは映画を観るにあたって生じる障害を取り払うため、映画の進行に合わせてストーリーや俳優の動きなどを解説するイヤホン音声ガイド、字幕付き上映を常に行っています。また施設自体にも、映画の音を振動で感じられる抱っこスピーカーや、映画を観られる窓がついた個室など、様々なツールや工夫を取り入れているのです。

音声ガイドを聞く、字幕を読む、振動を感じるなど、様々な映画の楽しみ方があることで、チュプキは障害のある人も、ない人も、みんなで一緒に映画を楽しむことができるユニバーサルシアターを実現しています。

チュプキを訪れるのは、ガイドヘルパーと一緒の方、盲導犬や聴導犬を連れている方、車椅子の方、小さい子どもがいる方など様々です。上映後にはロビーで、その日初めて出会った人たちが映画の感想をシェアすることもあるのだとか。

そんな日本で唯一のユニバーサルシアターを立ち上げ、アイヌ語で「小さな光」という意味のチュプキと名付けたのが、代表を務めている平塚千穂子さん。まずは平塚さんの映画や映画館との出会い、チュプキの立ち上げ、そしてオープンしてから今まで6年間の出来事を伺いました。

家にもどこにも居場所がない。たどり着いたのが何時間でも居られる映画館

【写真】笑顔で話をするひらつかさん

平塚さんが一番最初に映画の素晴らしさに気づいたのは高校生の頃、音楽の時間に「ウエストサイドストーリー」を観たときだったといいます。

平塚さん:ウエストサイドストーリーは、ブロードウェイミュージカルを1961年に映画化したもの。ストーリーも歌もダンスも素晴らしくて衝撃を受けました。映画ってすごい、面白いと初めて感じたのはそのときだったと思います。

とはいえ、その後もたくさんの映画を観るようないわゆる“映画通”ではなかったそう。映画館という場所に縁ができたのは大学卒業後のことでした。大学時代、喫茶店に入り浸っていた平塚さんは「いつかこんな場所を作りたい」と決意。その夢を叶えるためにまずはそういったお店に就職することにしたのです。

でも夢が打ち砕かれる出来事があり、「いつかは自分の喫茶店を開く」という目標も失ってしまいます。家にもどこにも居場所がない、そんな平塚さんが辿り着いたのが映画館でした。

平塚さん:当時は何時間でもいられる映画館があったので、1日中ずっと映画を観ていました。映画のなかではいろいろな場所で、多様な人生が繰り広げられていて。映画で「人の物語」を見ることで、登場人物と直接話ができるわけじゃないけど、自分の中でいろんなことを考えることができる時間だったんですよね。

浴びるように映画を観るなかで、いつのまにか「ここで道を失った」と思っている場合じゃないなと考えられるようになりました。映画に癒されたと言ってもいいんじゃないかな。

映画に魅せられた平塚さんは映画館でのアルバイトを開始。そして、「より世界を広げたい」と考え参加した異業種交流会で、仲間たちと一緒にチャップリンのサイレント映画「街の灯」を視覚障害者の人たちと一緒に観る上映会を企画します。

平塚さん:「街の灯」はチャップリン扮するホームレスのチャーリーが目の見えない娘に恋をするストーリーで、音が一切ないサイレント映画です。それを視覚障害者とどうやって一緒に観るのか。でもまずは「どうやって」の部分を抜きにして、この映画を視覚障害者の皆さんと共有したいという思いで上映会に向けて動き出すことになりました。

初めて知った視覚障害者の「映画を観たい」という想い

【写真】インタビューに応えるひらつかさん

結論から言うと、様々な事情があって「街の灯」の上映会を実現することはできませんでした。

でも、企画を実現しようと動いていた期間で、平塚さんにはたくさんの視覚障害者の友人ができ、視覚障害者の多くの方が映画を観たいという気持ちを持っていることを知りました。

平塚さん:私は勝手に、視覚障害者の方に映画の話をするなんてタブーなのではないかと思っていたんです。映画だけではなく、テレビや絵画など「観て楽しむもの」の話をしたら怒られてしまうんじゃないか…とすら考えていました。当時の私は視覚障害者の方にある種の偏見を持っていたんだと思うんですよね。

「みんなが話題にしている映画を自分も見てみたい」という視覚障害者の方々の思いを受けて、平塚さんは国内外の字幕の朗読や副音声を付けたバリアフリー上映について調べ始めます。すると、国内のバリアフリー上映もゼロではありませんでしたが、2000年当時の日本は海外からかなり遅れをとっていることが分かりました。

平塚さん:2001年にみんなが一緒に映画を楽しめるような環境を整えるボランティア団体「シティ・ライツ」を立ち上げることにしました。団体名の「シティ・ライツ」は、実現はしなかったものの上映会で観るはずだった「街の灯」の原題から取ったもの。「街の灯」に出演している偉大な映画人チャップリンの「世界中に笑顔を届けたい」という意思を継ぎたい想いも込めています。

シティ・ライツには「映画を観たい」という視覚障害者の声がたくさん届くようになりました。そのうちのひとりは中途視覚障害者の方で、目が見えていた頃は足繁く映画館に通う映画好きだったのに、視力を失ってから映画館から足が遠のいてしまったといいます。

映画配給会社などに、「見えなくなっても映画が観たい」と連絡してもなかなか対応してもらえず、すっかりふさぎこんでいたその方のために、平塚さんは当時上映していた「ダンサーインザダーク」の音声ガイドをつくることにしたのです。

その際は、字幕を読み上げたものと、状況の説明を事前にプレイヤーに録音し、平塚さんが映画館で隣に座り、再生と停止の操作をしながらイヤホンを共有してガイドを聞いてもらいました。

平塚さん:鑑賞後、彼女が涙を流して喜んでくれたことが今も心に強く残っています。その方は「映画の内容はもちろんですが、それ以上に『映画館で観られた』という感動が大きかったです」と言ってくれました。そして映画観賞後に私と映画についておしゃべりをしたことをとても喜んでくれたんです。

それから、シティ・ライツではいくつかの音声ガイドを作成しました。視覚障害者の方々と映画の素晴らしさを共有できたこと、そして映画鑑賞できたことを素直に喜んでくれる人たちの存在が、その後の平塚さんの活動を支えてくことになります。

平塚さん:2008年からは、年に一度、すべての映画に音声ガイドがついた「シティ・ライツ映画祭」も開催するようになりました。ただ、2014年の第7回目の映画祭を終えたときに「このまま来年も続けていくべきなのだろうか」と漠然と考え始めたんです。

イベントに参加してくださるのは、日頃から福祉や障害について興味を持っている方達。イベントという非日常ではなく、日常のなかにもっと障害者の方と交われる場所があっても良いのではないかと思い始めました。その入口が文化や芸術だったら、「福祉や障害は自分には関係ない」と線引きしてしまっている人たちの無意識の差別や偏見が薄れていくのではないかと考えるようになったのです。

「バリアフリー上映をする映画館をつくりたい」平塚さんの心のなかに、強い想いが湧き上がりました。

バリアフリーの映画館をつくりたい。その想いに立ちはだかるいくつもの壁

【写真】手振りを加えて取材に応えるひらつかさん

2014年に、平塚さんは現在のチュプキの前身となる「アート・スペース・チュプキ」をビルの一室にオープンしました。

目指したのは、映画の後にはみんなで感想を語り合えるようなアットホームな空間。建築基準法、消防法の関係で月4度しか映画上映はできませんでしたが、「この場所でいろんなことがしたい」と平塚さんは夢を膨らませていました。ただ、その2年後、ビルのオーナーさんの都合で退去を余儀なくされることに。そのタイミングで「やはり正式な映画館をつくって再オープンさせよう」と決めました。

いろいろな物件を見て周り、ようやく辿り着いたのが現在のチュプキです。建築基準法や消防法もクリア。映画館としての営業許可も取ることができました。

ですが、平塚さんの前には大きな障害が立ちはだかります。映画館オープンに必要な改装や備品の整備などに1500万円もかかることが分かったのです。

悩んだ末に、その1500万円はクラウドファンディングで集めることに。期間中は、「もしかしたら集まらないのでは」と不安に押しつぶされそうになることもあったそうです。でも、映画監督の河瀨直美さんや俳優の東ちづるさん、手塚里美さんなど著名な方々の応援もあり、ついに目標額に到達しました。

そして2016年9月1日、日本で最初のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」が誕生したのです。

音声ガイドに親子室、プアエイド割引。様々な人が映画を鑑賞できる工夫を

【写真】タイルでできた「シネマチュプキ」の文字

チュプキでは、様々な立場の人たちが映画を楽しんでいます。映画館にはどのような工夫があり、スタッフの皆さんはどのようにお客さまをお迎えしているのでしょうか。

【写真】シートとシートの間にイヤホンジャックが置いてある

全席に音声ガイドや本編の音の増幅ができるイヤホンジャックを搭載

平塚さん:チュプキで上映するすべての映画に、イヤホン音声ガイドと字幕がついています。また、「抱っこスピーカー」も用意しています。抱っこスピーカーは抱くことで音の振動を感じることができるんです。

【写真】カバーがつけられた抱っこスピーカーを両手で抱き抱えている

抱くことで映画の音声を振動で感じることができる「抱っこスピーカー」

シアター内には車椅子スペースもあるほか、個室のような「親子室」もあります。当初はまわりを気にせずに子連れのお母さんに映画を楽しんでもらおうと考え作ったスペースでしたが、いまでは親子だけではなく「暗がりが得意でない」という方や「周りに人がいるのが苦手」という方が利用することも。

チュプキをオープンして以降、当初は予想していなかった映画を観るうえでの障害があることも分かってきました。

【写真】個室内には2つの椅子が並ぶ。また本や映画の資料も置いてある

様々な需要がある「親子室」。個室の窓から映画を観ることができる

視覚障害者や聴覚障害者、車椅子の方、お子さま連れの方など、当初想定していた以外の事情であっても、物理的に可能なことはユニバーサルシアターとして対応したいという平塚さん。もちろん、できることには限界がありますが、日々お客さまに寄り添い、どうしたらみんなが映画を楽しめるかを考えています。

平塚さん:もしご要望があれば、お客さんにはとりあえず声をかけていただけると嬉しいなと思っています。

以前障害のある方が「一番楽なのは寝そべって映画を観ること」とおっしゃっていたんです。その日はあいにく満席で椅子をくっつけて寝そべってご覧いただくことは難しかったのですが、音声字幕作業のための上映設備がある2階の事務所で観ていただくことを思いつきました。「事務所でよければどうぞ寝そべってご覧ください」とお伝えしたところ、「ぜひ」とのことで、一番楽な体勢でご覧いただくことができたんです。

作業をする場所なので映画館の雰囲気は薄れてしまったと思いますが、とても喜んでいただけました。

【写真】会議用の椅子や机が並ぶ中にプロジェクターが置いてある

映画館の2階の事務所。普段はここでガイド音声などの収録もする

スタッフの方が上映30分前に駅までお迎えにいく「誘導サービス」は、駅までは来られるけれど、知らない街を歩くのは不安という視覚障害者の方に喜ばれているのだとか。また、聴覚障害者の方も映画上映後の監督の舞台挨拶やサイン会に参加できるように、音声認識技術を使って会話を文字化するUDアプリを導入しています。字幕の映画は見られてもそういったイベントは諦めていたという聴覚障害者の方が多く、とても楽しんでいる姿が見られるそうです。

そして、一般的な映画館にはあるけれど、チュプキにはないものも。それが身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳などの障害者手帳を提示することで、料金が割引となる障害者割引です。一般の映画館では観賞できる環境が整っていなくて見ることができなかった方に、「ここに来たら障害を感じない」と思ってもらえるようなユニバーサルな映画館にしたいという想いを持って立ち上げたチュプキに、障害者割引という概念を持ち込まないほうがいいのではないかと平塚さんは考えたのです。

障害があっても一般企業に勤めていて、「生活に困窮しているわけではないから、映画業界に貢献したい」という声も聞いたといいます。そういったことから、障害者手帳を提示すれば一律で割引となる障害者割引は導入しないことに決めました。

ただ、お客さまからは、「人に優しいはずのユニバーサルシアターなのだから、障害者割引はあってもいいのではないか」という意見ももらったそうです。そこで経済的なことが映画を観る障害にもなり得る場合があることを考慮した結果、障害者手帳を持っていて、生活に困窮している場合は鑑賞料を割引する「プアエイド」という制度を設けたのです。

【写真】チケット料金表にプアエイド含む各種料金が書かれている

こちらは生活困窮を証明するものは不要で、障害者手帳とともにチケット購入時「プアエイドを使いたい」と一言伝えれば利用できる制度です。でも、受付に人が並んでいたりと他の人の目がある場合、なかなか「プアエイドを利用したい」と言い出せないこともあります。そんなときに備えて、料金表に「プアエイド」という表記があり、それを指差すことで意思表示ができる工夫もされていました。

映画を楽しむだけではなく、映画を通して人と人を結びつける場所

施設のつくりや料金制度で様々な工夫をし、多くの人が過ごしやすい映画館にしたいというチュプキのあり方は、訪れるお客さまの空気感にも通じているように思います。

たとえば、毎日の映画館の営みのなかでこんなことがあったそうです。

ある日、予約していた視覚障害者の方が時間の少し前になっても来なかったので、電話をしたところ道に迷って5分ほど遅れていることが分かりました。そこで平塚さんは、すでに揃っていた他のお客さまにこんなことを提案させてもらったといいます。

平塚さん:「もし、この後の予定がよろしければ映画の上映開始を5分遅らせていただけないでしょうか」とお願いしたところ、皆さん快く承知してくれました。そのおかげで遅れていた方も最初から映画を観ることができたんです。

その上映が終わった後に、待ってくださったお客さまの1人が「みんなで待てたこと、なんだかすごく良かった」って言ってくれました。チュプキには本当に温かい方、優しい方が集まってくださっています。

取材に伺った日も、たくさんのお客さまが映画を楽しんでいました。そのうちの1人の方は、他県から時間をかけて何度もチュプキに来ているといいます。チュプキの存在はラジオで紹介されていたことから知ったのだそう。

【写真】インタビューに応える女性

お客さま:一番初めはここでしかやっていなかった映画を目当てに来ました。大きな映画館ではやっていない映画が観られるのが魅力です。そして、こちらは障害がある方も映画を楽しめるようになっていて、そういうところもとても素敵だなと思います。

また、この日初めてチュプキを訪れる視覚障害があるお客さまも。児島康雄さんは、視覚障害者の集まるZoomサークル「響き(ひびき)」でチュプキの存在を知り、ガイドヘルパーの方と一緒にやってきたのです。一般的な映画館は本人とガイドヘルパーの方の2人分の料金が必要ですが、チュプキではガイドヘルパーの方の料金は不要としています。

【写真】取材に応えるこじまさん

児島さん:もともと映画が大好きだったのですが、視力が落ちてから8年ほど、映画館から足が遠のいてしまいました。こういう映画館だと入りやすいですし、これから観る久しぶりの映画にとてもわくわくしています。

チュプキと関わるようになり、多様なお客さまと接するうちに、自分が優しくなったと感じるというスタッフも。それが、インターンを経て2022年4月からチュプキの正社員となった柴田笙さんです。

【写真】笑顔で話をするしばたさん

スタッフの柴田笙さん

もともと映画に関わる仕事に就きたいと考えていた柴田さんは、大学生の頃、映画に導かれるようにチュプキと出会いました。

柴田さん:人に映画を届けることに携わりたいとずっと思っていたので、自分が音声ガイドを書かせてもらった映画を上映した後に、視覚障害のお客さまから「観られて良かった」と声をかけていただいたときは本当に嬉しかったです。

ただ単に映画を上映する、映画を観るだけではなく、人と出会ったり関わったりするのがチュプキです。いろいろな人との出会いを経て、じわじわと自分が優しくなっているのではないかなと思っています。

平塚さんを始めとするスタッフの方や、チュプキが好きでやってくるお客さまのあいだに“優しさ”が循環し、温かな雰囲気が作り上げられているように感じました。チュプキは単に映画を楽しむためだけの場所ではなく、映画を通じて人が繋がる場所なのかもしれません。

そこで働く人、訪れる人、そして街も。チュプキの存在が“少しだけ”変わるきっかけに

チュプキを中心として広がる優しさの輪は、決してチュプキに直接関わっている方のみにとどまりません。チュプキのある田端の街には、オープンが決まってから、そしてオープンしてこれまでも、映画館の存在を温かく受け入れ、支えてくれた地域の方々の存在があるのです。

平塚さん:オープン前はユニバーサルシアターを地域の方、商店街の皆さんが受け入れてくれるのだろうかという不安があったんです。でも、初めて地域の会合でお話させていただいたときに「いつ誰が目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったりするか分からないもんな。応援するよ!」と言ってくださって、とても安心したのを覚えています。

オープンしてからは、白杖を持った方が道に迷っている様子だと声をかけて映画館まで連れてきてくれたり、近くの飲食店でもメニューを読み上げたり、お水がどこにあるか分かるようにしてくれたりと、地域の方が協力してくれる場面がいくつもあったそうです。

今回は、そんな商店街の皆さんにもお話を伺ってみることに。まず初めはチュプキの真正面のお茶屋さん「長峰製茶 東京田端店」の高津和彰さんです。長峰製茶では、チュプキで特定の映画を観たときの半券でソフトクリームの割引をしていたこともあるのだとか。

【写真】質問に答えるたかつさん

長峰製茶 東京田端店 高津和彰さん

高津さん:チュプキができたことで、この商店街に娯楽が生まれたのはすごく良いことだなと思っています。人通りも増えたことは単純に嬉しいですよね。映画の前後にソフトクリームを食べにくるお客さんもいて、そのなかには視覚障害のある方もいるんです。うちの店は階段を上らないといけない店なので、私が気がつけば、階段の下で待ってもらってソフトクリームを用意したりもしています。

駅からチュプキまでの途中、横断歩道のすぐ近くに酒屋「横山商店」を構える横山政明さんもチュプキとそのお客さまを見守っているひとりです。横山さんは、商店街にチュプキができてからみんなが少しずつ変わったと思っているそう。

【写真】笑顔で話をするよこやまさん

横山商店 横山政明さん

横山さん:チュプキができる前は障害のある方と接することはほとんどありませんでした。でも、チュプキができてからは店の前の横断歩道を視覚障害者の方が渡るのを見かけるので、渡り終わるまで見ていて、何か危険があれば「危ないよ」と声をかけることもあります。

前に危ない場面があって肩を叩いて知らせようとしたときに、「触らないでください」と言われてしまったこともあって。そうですよね、人によって感じ方はそれぞれですよね。大きなことはできないけれど、これからもできることをできる範囲でやっていきたいと思っています。

もともとお店の前の信号機には音声信号はついていませんでした。でも、横山さんが声を上げたことで今では音声信号がつき、視覚障害者の方も安心して横断歩道を渡れるようになったのだといいます。

【写真】音声信号を人々が横断している

横山商店の前の信号は現在音声信号となっている

チュプキのスタッフの1人、俵さんはチュプキの近所に住んでいます。元々チュプキのお客さまとして映画を観に来ていましたが、あるとき平塚さんと話をする機会があり、週に2度ほどアルバイトをすることになりました。日々生活をするなかで出会った人に、「こんな素敵な場所があるんです」とチュプキを紹介することも。チュプキで働き始めてから自分が住んでいる地域のなかでの繋がりが増え、より地域を知ることができたといいます。

【写真】質問に応えるたわらさん

スタッフの俵さん

俵さん:お客さんとしてここに来ていたときから変わらないチュプキの印象が、「優しい場所」ということです。私自身もなるべくお客さまとは会話をするように心がけていて、「映画どうでしたか?」とお声をかけて感想をお話することもありますね。そういったやりとりは大きな映画館ではなかなか難しいことかなと思います。

何よりも「映画も良かったけど、映画館が素敵」と言っていただけることが嬉しいです。

チュプキはそこを訪れる人や関わる人、そして街全体にも、少しだけ変わるきっかけを与えているような存在なのかもしれません。

映画の持つ力を信じ、映画の作り手と観る人を結びつける

【写真】明るい雰囲気のロビーの受付でスタッフが仕事をしている様子

お客さまや地域の方に支えられ、見守られながらチュプキは2022年9月に6周年を迎えます。

もしかしたら“ユニバーサルシアター”と聴いて、「来る人のほとんどが障害があるひとなのかな」と想像する方もいるかもしれませんが、実際はなんらかの障害がある方はお客さま全体のうち2割ほどにとどまり、幅広い層の方が訪れているのだそう。

そして、障害がある方への配慮もあって行われ始めた工夫は、そうではない方にとっても役立つものとなっています。たとえば聴覚障害がなくても「字幕があるから聞き逃すことがなくてきちんとストーリーを追うことができた」と言う人や、大人数と同じ空間にいるのが苦手な人が親子室を利用したり。誰かにとって嬉しいものは、他の誰かにとっても嬉しいものとなっており、様々な人がその工夫を利用して映画を楽しむ、まさに“ユニバーサルシアター”をつくる役目を果たしているようです。

映画界に目を向けると、平塚さんがシティ・ライツを立ち上げた2001年頃と比べ、2022年の映画界隈のバリアフリーはとても進んだといいます。今は映画会社が音声ガイドを提供することも増えてきましたが、それは2001年当時想像すらできないことでした。そして、今後バリアフリー化はさらに加速していくことが予想されています。

平塚さん:バリアフリーが進むのはとても良いことだと思います。でもバリアフリーだと、音声ガイドや字幕をつけることで、障害のある方が「健常者の方と“同じくらい”映画を楽しめるようになる」というのがゴールになっている気もして。私は視覚障害者や聴覚障害者の方が映画を楽しんでいる様子を見ていると、「映画をちゃんと見ていますか?」と問われているような気持ちになることがあります。

見えない、聞こえないからこそ、一生懸命想像する集中力が凄くて、その人たちの感性で映画を見ていくことの豊かさがあるんだなって。けっして健常者の方と“同じくらい”映画を楽しむことがゴールではなくて、むしろ私たちができていない映画の楽しみ方がまだまだあるっていう可能性を見せてもらっているように感じます。

だからチュプキはバリアフリーではなく、“みんなでいろいろな価値観を共有しながら映画を楽しむ”ことを目的としたユニバーサルシアターであることにこだわっています。

ときにはチュプキで見た1本の映画がきっかけで自分の生き方が大きく変わる人もいます。チュプキがユニバーサルシアターだとは知らず、ただ単に観たい映画を上映していたからという理由で訪れ、音声ガイドや字幕の必要性、盲導犬や聴導犬の存在を知った人も。また、小学校の先生がチュプキでの映画を観て、ユニバーサルシアターの存在を自分のクラスで話してくれたこともありました。

チュプキが特定の誰かのためではなく、“映画を見るみんなのため”を大事にしていることがきっと、訪れる人に思いがけないポジティブな変化や気づきを生み出しているのでしょう。

これからも平塚さんは、映画が持つその力を信じ、映画を作る人と観る人を結びつける場所としてチュプキを大切に育みつづけます。

小さな力でもそれが共鳴し、広がり、大きいうねりになって、いつか社会を変えることも

【写真】カラフルの椅子が並ぶシアタースペース

今回の取材で、小さな映画館であるはずのチュプキが持つ大きなパワーを感じました。それはきっと、平塚さんを始めとするスタッフの方々、チュプキに集うお客さま、そしてチュプキのまわりの地域の方々、一人ひとりの思いが集まっている場所だからなのかもしれません。

チュプキが掲げるユニバーサルシアターというあり方も、集う人の力があるからこそ、成り立つもの。音声ガイドや字幕などが整っていることはもちろんですが、チュプキに来る途中で迷ってしまった方のために上映を遅らすことを快諾するお客さま、横断歩道を渡る視覚障害者をそっと見守ったり、困っているかもしれない人に声をかける地域の方。そして、目の前の人が映画を楽しむための障害を抱えていたら、臨機応変にできることをするという平塚さんを始めとするチュプキのスタッフの皆さん。誰もがユニバーサルシアターをつくりあげるにあたって、欠かすことのできない存在のように感じました。

これまで私は、どこかで障害がある人にとって優しい社会が“ユニバーサル”なのだと思っていました。でも平塚さんやスタッフの方、お客さまや地域の方のお話を聞くなかで、みんなに優しい社会がユニバーサルな社会なのだと気づいたのです。

「誰かが誰かに手を貸す」「誰かのために考える」それは一方通行ではなく、循環するからこそユニバーサルな社会が実現するのではないでしょうか。

平塚さん:シティ・ライツを立ち上げたときから数えると今の活動は20年以上になります。一人ひとりの力は小さくても真摯に想い続けることで、その力は共鳴して広がり、それが大きくなっていくということを実感した20年間でした。こんなに小さな映画館が6年も続いていることがそれを証明していると思います。

たしかにチュプキは、小さな小さな映画館です。今すぐに社会に大きな変化を与えることは難しいかもしれません。でもチュプキの存在は確実に誰かに影響を与え、優しい社会をつくっていくことでしょう。この場に集まる小さな力が、共鳴し、広がり、そして大きなうねりとなって。

【写真】笑顔でこちらを見ているひらつかさんとライターのあきさだ

関連情報:
シネマチュプキタバタでは、 DCP映写機の導入と、プロデュース作品『こころの通訳者たち』を通じたユニバーサル上映の拡大という新たな2つの挑戦のため、2022/8/31までクラウドファンディングを実施中です。クラウドファンディングページ

シネマチュプキタバタ ホームページ

(撮影/川島彩水、編集/工藤瑞穂、企画・進行/松本綾香、協力/草田彩夏)