【写真】ご自身が運営する一般社団法人「FMF Japan」のロゴの前で笑顔を見せるはやしのぶひこさん

「産んでみるまでわからなかった」

第一子である娘を出産したときのこと。出産予定日の直前まで「逆子」だったため、私は“選択的”帝王切開で娘を産みました。いざお腹を開いてみたら、私の子宮の筋肉が薄く、経膣分娩で産んでいたら、子宮が破裂して、母子ともに命が危なかったかもしれない、と医師に告げられたのです。

赤ちゃんの状態も私の子宮や胎盤の状態も、原因はよくわからないまま、妊娠36週まで逆子だったことから、リスクを回避するため帝王切開を選んだけれど、もしそうでなかったら。

今でもあのときの選択を思い返すと、ドキッとします。経膣分娩を選んで、万が一のことがあったら、絶対に後悔していたと思うから。

10ヶ月間お腹の中で育んできた命は、必ずしも健康に元気に生まれてくるわけではない。例えばもし、娘に病気があったら、私自身はどうなっていただろう?産後の心身の変化や核家族のワンオペ育児、仕事と生活に追われる日々も相まって、ふとそんなことを思う自分もいます。

娘の成長に対する喜びやともに過ごすいとおしさを感じながらも、子育てを家族で担っていく中で、自分の心身にかかるリスクや負担を天秤にかけてしまう。そんな自分に嫌気が差すことも。

そうした葛藤の最中、生まれる前の赤ちゃんを一人の患者として診る「胎児医療」、そして病気が見つかったあとの家族の意思決定をサポートする活動に取り組む、林伸彦さんの存在を知りました。

林さんは、産婦人科専門医として2021年9月に「FMF胎児クリニック東京ベイ幕張」を開院。胎児の健康状態を確認する「胎児ドック」で病気を見つけ、必要であれば治療へつなげる胎児医療に取り組んでいます。

一方、2015年にNPO法人「親子の未来を支える会」を設立し代表理事を務め、生まれる前の赤ちゃんに病気が見つかった場合にどうするか、家族の意思決定やその後の生活を考える支援体制づくりに従事。さらには、一般社団法人「FMF Japan」の代表として、「胎児も医療の対象である」という考えを普及すべく、医療者の育成や診療システムの導入に尽力しています。

出産を経験していても日本では聞き慣れない胎児医療。そもそも胎児医療とは?胎児のうちに病気が見つかった場合、産む母の権利と、産まれる赤ちゃんの権利をどう考えていけばいいのだろう──。

そして、多岐に渡る林さんの精力的な活動の背景にはどんな課題感や想いがあるのか。

前のめりで林さんに問いをぶつけていったら、自分の無知と偏見に気づき、固定観念がはがされ、子どもを産み育てていくことへの不安が少し和らいでいくようでした。

妊婦健診では、赤ちゃんの病気は“見つけない”。胎児医療に取り組む原点

【写真】インタビューにこたえるはやしさん

──林さんは、いつどんなきっかけで胎児医療に取り組むようになったのでしょうか。

きっかけは、医学生の産婦人科研修のときですね。妊婦健診で超音波検査をしていたんですが、そこで赤ちゃんに病気が疑われても、必ずしも妊婦さんに伝えられるわけではなかったんです。「妊婦健診」はあくまで妊婦さんの健診であって、赤ちゃんの健診は「出生前検査」と呼ばれ、妊婦さんから特別に希望があったときにのみ行います。妊婦健診の中で、胎児に何か気になるところがあっても勝手に伝えることができないもどかしさがありました。

日本産科婦人科学会の産婦人科診療ガイドラインにも「妊婦健診時に行われる『通常超音波検査』と、胎児形態異常診断を目的とした『胎児超音波検査』の2つがあることを認識して検査を行う」、つまり「妊婦健診では赤ちゃんの病気は見つけない」と書いてあるんです。

──え!私も出産を経験していますが、妊婦健診の超音波検査で赤ちゃんの健康状態も見てくれているから大丈夫だ、と思っていました。

そうですよね。大半の妊婦さんは妊婦健診で異常がなければ、赤ちゃんは健康に育っていると思っていますから、まずそこに大きなギャップがあります。妊婦健診の中で何か気になる点が胎児に見つかったとき、それを家族に伝えるかどうかを医療者が会議で決めるのを知って、当時医学生として病院実習中だった私は、ショックを受けました。

──私も今、衝撃を受けています……。どうしてありのまま伝えないのでしょう?

お腹の中の赤ちゃんに先天性の病気や染色体異常がないかを調べる「出生前検査」に当たるからですね。出生前検査は日本では希望する人のみがやるもので、全員がやるものではありません。

専門的なカウンセリング体制や治療体制が整っていない中で、病気である事実だけ伝えられても妊婦さんが困ってしまう。あるいは、情報不足のままに中絶を選択してしまうケースもある。また、生まれつきの病気についていつ知りたいかは人それぞれですので、「知らないでいる権利」を守るためにも妊婦さんから尋ねられたら説明する、というのが産婦人科の基本方針でした。

──尋ねない限り教えてくれないんですね。知りませんでした……。

2020年からは方針変更があって、産婦人科診療ガイドラインでも「尋ねられたら」という但し書きはなくなり、「胎児の病気を知りたければ胎児超音波検査を受ける必要があること」や、その他様々な出生前検査の存在について、尋ねられなくてもお伝えできるようになりました。ただ、伝えてくれるかどうかはクリニックや医師によるし、まだまだ現場は大きく変わっていないと思います。

伝えられる場合にも「赤ちゃんの脳にちょっと水が溜まっているから、障がいを持つ可能性が高いです」とか、曖昧な表現をされて「3日後までにどうするか考えておいてください」と判断が迫られる、なんてことも。妊婦さんは決断するために必要な情報もないまま、何をどう考えたらいいかわからないですよね。

どうしたらいいかわからなくて困ってしまうくらいなら病気は見つけない方がいい、医療的にも社会的にもサポート体制が整っていないのなら知らせない方がいい、そう考える医療者もまだいます。医療現場での情報提供や医療現場以外でのサポート体制があまりにも整っていないことに愕然としたし、サポート体制がないから事実を伝えない、というのは本末転倒だと思うんです。この現状を変えていきたいと思ったんですね。

──そこから産婦人科医として胎児医療を専門にすることを決めたのでしょうか?

はい。でも、すぐに胎児クリニックを開設しようとは思いませんでした。胎児医療に取り組む前に、病気を伝えられたあとのサポート体制を整える必要があると思ったんですね。ピアサポートや、心理サポート、胎児疾患を疑ったときにどれだけ正確な診断につなげられるか、胎児治療をしたいと思う家族にその選択肢をどう提供するか。医師として胎児医療だけを進めても、病気を見つけたあとのサポート体制がないと、見つけること自体がただ家族を苦しめるかもしれないので、診断する側にも迷いが生じると考えました。

現状を前に一人悶々としていた時期もあったんですが、市民講座を開いて、生まれる前の赤ちゃんの病気を知ることについてどう思うか、いろんな方の意見を聞いたんです。

その上でやはり、出生前検査自体が悪なのではなく、検査前後のサポート体制が必要だと感じ、2015年に、NPO法人親子の未来を支える会を設立しました。そのときはまだ研修医でしたが、NPOとしてある程度納得のいく支援体制をつくることができたときには、胎児医療を提供するクリニックを開設したいと考えていました。

「生まれつきの病気」になる前に、発見し治療できる病気がある

──親子の未来を支える会で病気を知ったあとのサポート体制を整えつつ、医師として胎児医療を進めていったということですか?

そうですね。先ほど医学生のときに、赤ちゃんの病気を見つけた際の支援体制が不十分なことに課題感を抱いたと話しましたが、もう一つ、赤ちゃんに対する医療のスタートが遅いことに対しても疑問を感じたんです。たまたま研修で一緒だったアメリカの医学生から、アメリカには「胎児科」という専門の診療科があって、生まれる前の赤ちゃんの病気の治療をする胎児医療という概念があると聞いて、驚くと同時に、これだ!と納得感がありました。

胎児医療とは、予防や治療といった医療を胎児のうちから行うこと。胎児のうちに予防や治療をすることで、生まれた後のQOLが上がる病気があるんですね。アメリカでは1970年代頃から本格的な胎児医療が始まって、50年以上の歴史があります。

日本でも胎児治療は行われていますが、医師にも妊婦さんにもまだまだ浸透していません。日本には胎児科専門医というのもなく、胎児医療を専攻とすると決めてからは、自分自身でアメリカとイギリス、スペインなど胎児科のある8ヶ国で短期〜長期研修をして研鑽を積みました。

【写真】真剣な表情でお話するはやしさん

──「生まれつきの病気」は治らないという先入観があったけど、胎児のうちに治療できる病気があるんですね。

生まれてくる赤ちゃんの25人の1人は生まれつきの病気や症候群があります。ダウン症が有名ですが、心臓病、口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)、白内障、単眼症、滑脳症(かつのうしょう)、二分脊椎などさまざまな病気があります。通常ある臓器がない、多い、少ないなど、ほとんど全ての臓器に生まれつきの病気が存在します。

ダウン症候群などのように染色体異常が背景にあるのは全体の25%ほどですので、羊水検査で染色体を調べても、残りの75%についてはわかりません。お腹の中にいる10ヶ月は人生で一番身体が成長するときです。人間は生きていればいつでも病気になるし、生まれる前も病気になるのに、お腹の中にいる10ヶ月間は病気を発見せず治療もせず、目を瞑っているのはおかしいと私は思うんです。

【写真】はやしさんが妊娠12週ごろの胎児の模型を持っている。

妊娠12週ごろの胎児の模型。手足の指もはっきり見えます。

“命の選別”ではなく、“命を守る”ための「出生前検査」

──胎児医療は日本では聞き慣れないですし、林さんのお話を聞くまで、出産経験のある私も胎児のうちに治療するということが抜け落ちていました。どうして日本では普及しないのでしょう?

日本では治療の議論以前に、病気や障がいを見つける「出生前検査」がタブー視されていますよね。出生前検査を受けるかどうかは妊婦さんの判断に委ねられているし、出生前検査=ダウン症の検査と捉えている方が多い。ダウン症は現在の医療では胎児治療ができないこともあり、出生前検査を受ける方の多くは産む・産まないを決める“命の選別”を念頭に入れているとされています。

本来、出生前検査はダウン症の検査だけではありませんが、「出生前検査=ダウン症の検査」というイメージが先行する中で“命の選別”議論が生まれ、タブー視されているのではないかと思います。そしてこれだけ胎児治療が世界中で進んでも、日本では胎児の病気を見つけることができいないため治療の選択肢にいきつく方も少ないのが現状です。

──私は第一子を出産する際、出生前にダウン症の有無を調べる羊水検査の存在は知っていたけれど、たとえ障がいがあっても堕ろすという選択は持ち合わせていなかった……わけではなく、そもそも、障がいのリスクや出生前検査を受けることをあまり考えていなかったように思います。

おっしゃる通り、日本では出生前検査について“あまり考えていなかった”という方が多いんですね。でも例えばイギリスでは、出生前検査をほぼ全妊婦が受けます。それは、イギリスの人たちがリテラシーが高いわけではなくて、ただそのレールが敷かれているだけなんです。

イギリスでは、全ての妊婦さんに出生前検査について説明することが義務付けられていて、受けるかどうかを妊婦さん自身が決めます。知る・知らないの二択ではなくて、どの範囲まで知りたいかを検討して、検査を受けることができる。ダウン症についての検査を受ける方は7割程ですが胎児のうちに治療ができる疾患を見つけるための、妊娠20週の胎児ドックはほぼ100%の方が受けています。

【写真】両手をお腹のあたりで重ねながらお話するはやしさん

イギリスをはじめ欧米を中心に、出生前検査を含む胎児医療ができるのは、妊婦健診に加えて「胎児健診」や「胎児ドック」がすべての妊婦さんたちに無償から数万円で提供されているからでもあります。

日本では、妊婦健診や胎児健診は全て自費診療です。胎児の心拍と成長をみる通常超音波検査は、各自治体が補助券を出しているので、実質自己負担はほぼなく受けることができます。胎児健診を提供しているクリニックも徐々に増えてきていますが、胎児健診のための補助制度がないため、費用が高くなるハードルもありますよね。

──費用も含め日本の仕組みにハードルがあるんですね。妊婦健診と胎児健診の違いをはじめ、出生前検査についても誤解があって、林さんの話を聞いて、捉え方が変わりました。

繰り返しになりますが、妊婦健診は妊婦さんの健康状態を確認するもので、出生前検査と胎児健診は、赤ちゃんの健康状態を見るものです。

元来、出生前検査、胎児健診の根底にあるのは、“命の選別”ではなく、“命を守ること”。妊娠中に、胎児のうちから治療ができる病気の範囲で検査をして、事前に病気を知ることができれば、準備や治療ができる。

例えば「心臓病」があるとき、状態によってどの病院で産むのが適切かの判断は変わってきます。生まれるまで病気がわからず、生まれた日に急変して大きな病院に搬送しても、命が助からないケースだって考えられる。事前に病気がわかっていれば、救える命があるんです。

医学が発達し、胎児のうちから見つけて治療ができる病気がある。見つけることで赤ちゃんの命を守ることができるのだから、見つけるべきだと思うんです。議論すべきは、見つけるか・見つけないかではなく、どんな病気をいつ見つけるか。「見つける」ことありきで、どう正しく見つけて、見つけたあとにどうサポートしていくかを議論していかなければいけないと私は考えています。

赤ちゃんの健康状態を知りたい。その願いを叶える「胎児ドック」

──日本の現状の仕組みで、妊娠中あるいはこれから妊娠する可能性がある当事者が赤ちゃんの健康状態を知りたいと思ったときは、どうすればいいのでしょう。できることがあれば教えていただきたいです。

妊娠をして赤ちゃんの健康状態を知りたいと思ったら、産婦人科の先生に「赤ちゃんに何か異変があったら教えてくれますか?」と聞くといいと思います。「うちは赤ちゃんの病気は見つけないよ」とか、クリニックや先生のスタンスがわかります。積極的に伝えないけど、聞かれたら答えるというスタンスの先生もいますから、妊婦健診の際に「赤ちゃんに何があったら教えてくださいね」「現時点で気になることはありますか?」と尋ねてみるのもおすすめです。

それから、できる限り情報を正確に理解すること。胎児にむくみがあると「ダウン症の可能性が高い」と伝えられるケースがあるんですが、「高い」ってどれくらいだと思います?受け取る側が「90%くらいかな」と仮に思ったとして、医師側は「1%」でも「高い」と伝えることがあります。認識の差があるので、「高い」と言われたら「どれくらい高いですか?」と聞くといいと思います。

僕らのクリニックでは、確率を「高い・低い」ではなく具体的な数字で伝えるようにしています。例えば、受診者毎に固有の数値を算出した上で「この子にダウン症がある確率は1/13742です」といったように。その確率を高いと感じるか低いと感じるかは、家族によってさまざまです。

──妊婦健診で病院に通っていれば安心だと思っていたけど、自主的に質問したり確認したりする姿勢が大事ですね。さらに詳しく知るため、出生前検査を検討したいと思ったときはどういう選択肢があるのでしょう?

日本の仕組みとして、出生前検査を受けるかどうか迷っている際は一度、「遺伝カウンセリング」を受けるといいと思います。遺伝カウンセリングとは、遺伝について悩みや不安のある方に向けて、専門家が科学的根拠に基づく医学的な情報を提供し、意思決定をサポートするものです。まずはかかりつけ医で相談し、難しい場合は、全国遺伝子医療部門連絡会議のホームページから遺伝カウンセリングを行っている施設を検索することもできます。

──林さんは2021年にFMF胎児クリニックを開業されました。ここでは、どんなことができるのでしょうか?

FMF胎児クリニックでは、イギリスをはじめ海外で標準的に行われている胎児診療を提供しています。「FMF胎児ドック」では、30分〜60分かけて詳細なエコー検査を行い、赤ちゃんの全身の健康状態をチェックします。赤ちゃんに生まれつきの病気がないかを知り、病気があった場合、家族や医療者にできることは何かを考えるための検査になります。

【写真】クリニックの診察室。白い大きな壁に超音波検査の画像を映し、はやしさんが説明している。

FMF胎児クリニック内の診察室。エコー検査では、胎児の臓器など詳しく確認できる。

──FMF胎児クリニックを受診されるのはどんな方が多いですか?特に検査を受けた方がいいケースはあるのでしょうか。

クリニックを訪れるのは、ご自身やご家族に遺伝性の病気がある、ダウン症が気になる、過去の妊娠で妊婦健診のみを受けていて胎児の病気に気づくのが遅かった、といった方が多いですね。逆に、受診されない方の声として「どんな子でも産むから出生前検査は受けないんだ」というのをよく耳にしますが、私はむしろ「病気があっても、どんな子でも産む」という方こそ、出生前検査を受けたほうがいいと思っています。胎児のうちに病気を知ることで、治療や準備ができるので。

日本は出生前検査がタブー視されているからか、赤ちゃんに病気があるかどうか知りたいと思うことで、“とんでもない親だ”とご自身を否定される方が多くいます。でも、赤ちゃんの健康状態を知りたい、健康に育ってほしいと思うのは親として当然のことだし、その気持ちを押し殺す必要はないと思っています。というか、生まれてから、1ヶ月健診や就学時健診などは当たり前に行きますよね?健康を願っているからこそ、検査を受けるんだと思います。

──どんな方でも、赤ちゃんの健康状態を知りたいと思ったら、受診の対象になるのですね。ちなみに受診のタイミングはいつ頃がいいのでしょう?

妊娠してから胎児ドックを受ける際は、できるだけ早い時期、妊娠12週〜13週に一度受診していただくのがベストではありますね。

妊娠初期の早い段階であれば、少し心臓の弁が未熟だとか、鼻の形が未熟だとか、発達の未熟さを確認することができます。14週を過ぎてくると、ダウン症もエコー検査では見分けがつかなくなってくる。ひとまず12週であれば、受診タイミングが遅くできることができなかった、ということはないと思います。

妊娠12週のあとは、妊娠19〜25週、妊娠30〜32週頃にも受診することをおすすめしています。胎児の10ヶ月は人生で一番成長する時期なので、一回の健診で全てを網羅することはできません。それぞれの時期に、確認したい臓器・見つかる疾患・できることは異なります。

【写真】妊娠12週ごろの胎児のエコー画像。表情や手足の形がはっきりと写っている。

妊娠12週ごろの胎児エコー画像。

赤ちゃんの病気が理由で“産まない”のではなく、総合判断で“産めない”ことがある

──親としてお腹の中の赤ちゃんの健康状態を知りたいという気持ちもありながら、異常があった場合の選択、その意思決定をどうしていけばいいのか、迷いも生じそうで……

どういう選択になるかは、実際に検査をしてみないとわからないんですね。例えば生後数日または数週で亡くなってしまう無脳症など、今の医療技術では生きていけない病気が見つかった場合、ベストな労わり方、いわゆるグリーフケアは家族によって異なります。

日本の法律だと、いかなる週数においても、胎児の病気を理由に中絶することはできません。ただし、経済的理由など他の理由であれば、21週と6日まで中絶できるので、その週数であれば、早めに出産して看取る選択をする方もいます。

──なんとなく、もし自分だったら、産んでから亡くなってしまうよりも、お腹の中でさよならを告げたほうが身体的にも精神的にも負担が少ないのかなとも思いました。

本当にそれは人それぞれで、病気がわかった時点で早めにお見送りをしたいという方もいるし、お腹の中で生きているうちは一緒に過ごしたいと思う方もいます。

──ああたしかに私も実際にその状況に置かれたら、できるだけ一緒に過ごしたいと思うかもしれない、と思いました。

個人的にはその感覚が大事だと思っていて。実際にその場に置かれないとわからない。この仕事をしていると、よく聞かれるんです。「先生だったらどうしますか?」って。でも「わからない」としか言いようがない。そのときの自分の精神状態や年齢、子どもを育てていく家族の状況や環境、仕事や経済状況も含めて、総合的な判断になりますから。

例えば上の子がすでにいて、その子に「長く生きていけないとしても、たった数日でも、きょうだいと一緒にいたいな」って言われたら、生んでから家族みんなでお見送りするかもしれません。

中には、「お腹の中で育てないで早めに出産して看取る」という選択をする人だっていると思うんです。健康な赤ちゃんを育てるのも大変な世の中で、プラスαで不安要素があったら、産み育てられないと考える人がいるのは理解できます。赤ちゃんの病気が理由で“産まない”のではなく、いろんな要素が絡んで、“産めない”ことがある。

悩んで迷って決めたことなのに、“赤ちゃんの病気を理由に産まないの?”と責められる筋合いはないと思うんです。なので、赤ちゃんの病気を知ること、知ったうえで産まない判断をしたとしても、親としての自分を決して責めないでほしいです。もともと望んでいた命だけど、いろいろな情報が入る中で結局産み育てられなかったというとき、それは個人の責任ではなく社会の責任だと思っています。どんな社会支援、どんな医療技術があったら、この子は安心安全に生まれることができただろうか、そう考えるようにしています。

【写真】テーブルをはさんで座るはやしさんとライターのとく

──本当にそうですね。その選択の背景には複雑に絡み合うそれぞれの事情や迷いや葛藤がある。正解がない中で、決断していくことはとても難しいと想像します……。

ゼロイチの選択にはならないんですね。誰にとっても赤ちゃんに病気が見つかるということは思いがけないこと。迷いを感じて当然ですし、その時点でベストな選択をするのは難しいと思います。限られた選択肢の中でベターを探っていくしかない。自分で判断はせず赤ちゃんの寿命に任せるという選択もありますし、産むか産まないかの二択ではないんですね。

相手の価値観をジャッジせず、中立的な立場で意思決定をサポート

──親子の未来を支える会やFMF胎児クリニックで、林さんたちが当事者の意思決定をサポートしていくこともあるのでしょうか?

はい、僕らは中立的な支援を行っています。“中立的”というのは、まず方向性を決めない。複数の選択肢があった場合に、こちらのほうがいいよ、他の人はこちらを選んでいるよといったことは言いません。

もう一つは、相手の価値観をジャッジしないこと。例えば、指が一本多い赤ちゃんがいて「中絶します」と言われたら、医療者としては悲しいし説得したくなるんですが、人によって産み育てるのが難しいと思うレベルは違うので、仕方ないと割り切るようにしています。

指が一本多いことで、他にも異常があるかもしれない、いじめられるかもしれない、と不安要素が膨らんでいってしまうこともある。僕らにできることは、確信を持って指が一本多いこと以外に異常はないこと、指が多い子どもたちがどんな生活をしているかを伝えること。知りうる範囲の事実を伝え、最終判断は当事者の価値基準を信じて尊重しています。

──相手に自分の価値観を押し付けず、相手の価値観をジャッジしない。難しいけど、大事なことですね。

難しいですね。でも自分の価値観をジャッジする人に相談はできないですよね。相談者にとって、私の価値観は関係ない。自分とは別の人として、相手の価値観に紐づく選択を尊重する。その上で、どう寄り添うか。相談者さんが意思決定をするプロセスで必要な情報を整理してお伝えします。

多くの人が早い段階で胎児に病気が見つかると、産むか産まないかの二択に飛躍するんですが、その間に知るべき情報や考えることがあるんですね。

どんな障がいがあるのか、寿命はどれくらいか、どんな生活になるのか、まずは病気について知る。そして、自分以外の家族はどう思うのか、経済的なことも含めて子育てをしていく環境を考える。自分たちが付きっきりでケアをしなくても、活用できる社会福祉制度や施設もありますから。育てられない=中絶、というわけでもありません。産んで養子に出すという選択をする方もいます。

必要な情報がないまま先入観だけで決断をしなくていいように、事実と選択肢をお伝えします。

【写真】微笑みながらお話するはやしさん

──胎児の病気を知った当事者は混乱と動揺の中にあるだろうし、初めての経験だからこそ、意思決定のプロセスに医療者をはじめ専門家が寄り添ってくれるのは心強いですね。

相談者の価値観をジャッジしないとお伝えしましたが、決して「あなたが全てを決めて」というスタンスではないんですね。「シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM:共同意思決定)」と言って、医療者が誘導し最終決定をすることはないけれど、医療者からは医療情報を、患者さんからは価値観を含む個人的な情報を、互いに共有して一緒に決めていくこともできる。

なので、一人で決めようと背負わずに、パートナーや家族、医療者、私たちのような第三者を頼っていただけたらと思います。

当事者の気持ちに寄り添い、周囲の人たちも含めたサポート体制を整える

──病気が見つかったあとの意思決定のサポートほか、親子の未来を支える会では具体的にどんな活動をしているのでしょうか。

NPOでは、生まれる前の赤ちゃんの健康状態で何か心配になったときに、妊婦さんが一人で悩まないために、相談窓口や掲示板をつくったり、周りの人がサポーターになれるブックレットを作成したりしています。

相談窓口「胎児ホットライン」は、妊娠中の検査や病気が見つかったあとの葛藤、今向き合っていることについて、専門家が話を聞き、必要があれば相談窓口や福祉制度などをお伝えします。相談者は、ただ話を聞いてほしい方から、具体的に困っている方、決断をしたあとの方まで、さまざまですね。

オンラインピアサポート「ゆりかご」は、出生前検査前後の家族が、他の家族とつながることができる掲示板です。同じ経験をした人たちのさまざまな考え方に触れることができます。

ブックレットは、さまざまな立場の人に向けて複数作成しています。出生前検査を受けるかどうか迷っている人、病気を知ったあとに産もうと思っている人とお腹の中でお見送りをしようとしている人、それからともに親になるパートナーに向けて。あとは、きょうだいになることを楽しみにしていた子どもたちにどう伝えるか、祖父母世代が決断をする親にどう関わるかを記したものがあります。

私たちがどれだけ妊婦さんに寄り添って理解したとしても、周囲の家族の理解やサポートが得られなかったら妊婦さんは孤独です。出生前検査にまつわる葛藤は繊細なものだからこそ、良かれと思っての発言が時に傷つけることになるし、それを怖れて関わり方がわからなくなる方もいます。ブックレットを読むことで、妊婦さんの周りにいる方が、良き理解者、サポーターになれるようにと願って提供しています。

【写真】ブックレットの一部。祖父母向け、きょうだいとなる子ども向け、父親向けなど、対象者に合わせて作られており、表紙には淡い色合いで空や月、花が描かれている。

──当事者に寄り添いながらも、さまざまな立場の人のサポートや啓発活動を行っているのですね。

NPOとしては、生まれる前の相談に乗るだけでなく、生まれてからのサポート体制づくりも行っています。相談を受けたときに「社会にはこんなサポート体制がありますよ」と伝えられる支援レベルを上げていきたいんです。

例えば、学校支援看護師チームは、自治体から受託するかたちで、人工呼吸器をつけるなど日常的に医療行為が必要な「医療的ケア児」に付き添い、学校生活のサポートをしています。同時に学校で働く看護師のネットワークづくりをして、その輪を広げています。

【写真】学校支援看護師チームのパンフレット。チーム構成には看護師の他に教育大学教員や医療的ケア等コーディネーター等様々な人がいること、相談から支援開始までの流れなどが、イラストで分かりやすく書かれている。

あとは、心臓の病気や免疫の低下などがある「22p11.2欠失症候群」というあまり知られていないけれど、ダウン症の次に多い染色体異常の病気について、知ってもらう活動も行っています。情報を知らないことが一番の障がいになってしまうので。

2015年にアメリカの支援組織を見学し、同じようなサポートチームをつくって、「学習サポートガイドライン」を作成し学校の先生方に役立てていただいています。

「−1才の赤ちゃん」の病名が障がいになる前にできることを

──多岐に渡る親子の未来を支える会の活動の背景には、どのような課題意識があるのでしょうか?

赤ちゃんの病名が社会の中で障がいになってしまうことがあるんですね。例えば生まれつきの病気が心配だという家族の多くは、ダウン症候群が心配だといいます。たくさんある病気・症候群のうち、どうしてダウン症候群が心配なのかと聞くと、「ダウン症しか知らない。ダウン症についても何も知らない」という方に出会います。これは、ダウン症のある方のさまざまな特徴が障がいになっているのではなく、「ダウン症」というレッテルそのものが社会的障がいになっているのだと考えています。

それから、就学支援などをしていると、これまでちょっと発達が遅れていたけど楽しく登校していた子が、なんらか病名がついた途端に、「当校では〇〇症の人は見たことがないからサポートできません、転校してはどうでしょうか」などと言われることもあります。これも、病名が社会的障がいになっている一例です。

私たちの活動の本質の一つは、そのような社会的障がいを取り去るためにできることがないかを探り、アクションを起こすことです。

──なるほど。親子の未来を支える会で生まれる前の赤ちゃんの病気を見つけたあとの意思決定に寄り添い、生まれたあとの支援体制を整え、FMF胎児クリニックで胎児医療に取り組む。さらにもう1軸、一般社団法人「FMF Japan(The Fetal Medicine Foundation Japan:日本胎児医療振興会)」の活動があるんですよね。

はい。FMF Japanでは、胎児医療に関する最新の知見を国内で取得・普及する活動をしています。私たちのFMF胎児クリニックでは、本部である英国FMFと同様の評価で胎児ドックを行っています。

【写真】FMF胎児ドックの評価項目。頭部や顔など、身体の部位ごとに細かな評価項目が書かれている。

FMF胎児ドック 評価項目

まだまだ日本で胎児医療は普及していなくて、胎児ドックをできる医療者が少なすぎるので、無料のeラーニングサイトやライセンス制度を活用し、医療者の教育・支援にも取り組んでいます。また、胎児診療に使用する医療機器の多くはまだ日本国内で薬事承認がおりておらず、医師の個人輸入によって使用されています。胎児診療を一つの診療分野として根付かせていくためには、医師が胎児診療を実践するための畑づくりも必要だと考えています。

──お話を聞いていて、林さんの活動範囲の広さと深さに驚いています。林さんがここまで本気で胎児医療の領域に取り組むのはどうしてでしょう?原動力になっている想いや体験があればお聞きしたいです。

一番はやっぱり赤ちゃんのためですね。産婦人科医としてこれまで救えなかった命もあるし、見逃してしまった経験もあります。胎児治療していれば救えた命だけど、治療への橋渡しがどうがんばってもその当時の自分の立場や能力ではできなかった経験もあります。今なら、国内の胎児治療施設につないだり、国内で治療できない病気だとしても、海外の胎児治療施設へつなぐこともできます。救えると知っているのに救えない、そういう悔しい経験はもうしたくないんです。

それから、「日本にいたから救えなかった」という状況がやるせないんです。日本は先進国ですし、医療が進んでいるという自負はあります。胎児診療についても、「遅れている」とは決して思いません。それぞれの国の文化的背景や事情に合わせて医療は実践されるものだからです。そうは言っても、日本に胎児健診がなかったから死産や新生児死亡になっている命はたくさんあるのも事実です。

イギリスの病院で胎児科にいたとき、週に10件ほど胎児の治療をしていたんですが、治療のたびに、日本にも胎児医療が普及していれば、どれだけ救える赤ちゃんがいるだろうとも考えていたんですね。そのままイギリスに残った方が、「やりたい医療」はできていたと思います。それでもやはり、イギリスで胎児治療に触れるほどに、日本でもっともっとたくさんの赤ちゃんを救いたいと強く思うようになり帰国を決めました。

僕らは生まれる前の胎児のことを「−1才の赤ちゃん」と呼んでいます。生まれる前も赤ちゃんは生きていて、病気にもなる。生まれてからが「0才」のスタートではないんですね。医療者にも、妊婦さんとその家族にも「−1才」の命と向き合ってほしい。

【写真】診察室で手振りをまじえながら話すはやしさん

その上で、妊婦さんとその家族には、後悔のない選択をしていってほしいんです。NPOやクリニックで当事者の意思決定のサポートをしているのは、その結果、産むことを選ぶ人が増えてほしいわけではなく、納得のいく選択をする家族を増やし、後悔する機会を減らしたいと思っているからなんです。

例えばダウン症の出生前診断がされたとして、育てていくのは難しいと産まない判断をした5年後に、ダウン症の子と初めて触れ合う機会があって、イメージしてたのは違うな、産めばよかったなと思うようなことは避けたいんですね。

日本は心身に障がいがあっても、生活に障がいがないようにボーダレスに暮らせる社会にはなってきていると思うんです。特別支援学校があったり、公共施設にバリアフリー化が進んでいたり。障がいのある人が、他人の手を借りなくても生活できるようになってきているように思います。

しかし一方で、皮肉なことに、社会基盤がボーダレスを目指しているがゆえに、心のボーダーは高くなっているような気がしています。これもイギリス留学中に感じたことですが、イギリスの駅にはエレベーターやエスカレーターがないところもまだたくさんあります。車椅子移動の方が階段に近づくと、自然と周りの方が集まって、階段の登り降りを助けます。助けの求め方と助け方をよく知っていて慣れているんだなと思いました。

教育の場で分けられたら社会で隔たりができてしまうからという理由で、盲学校が廃止されているとも聞きました。良し悪しではなく、目指す社会の方向性とインクルーシブの考え方が違うんだと思います。

──たしかにダウン症含め、自分の身の回りにいないと、勝手な憶測でイメージが膨らんでしまうことはあると思います。

だからこそ、憶測やイメージで判断をして、後悔をしないようにできる限りのことを伝えたいんですね。

胎児ドックにおいて、僕らが12週の早い段階での受診をおすすめするのは、早く見つかればその分、その先の選択肢を考えたり、準備をする時間が長くなるからでもあるんです。病気が見つかったあとに「明日までに考えてね」と言われるのと「あと3ヶ月近くあるので、じっくり考えて」と言われるのでは、焦りも含めた心理状態も違えば、決断の納得度合いも変わってきますよね。

それに、病気について知ったり、触れたりする時間が増えれば、慣れてくることもある。例えば、唇に避け目がある口唇裂という病気は、はじめはびっくりしたりショックを受けたりする方も多いんですが、見慣れてくると、可愛く感じられるようです。生まれる前に治療をする疾患ではありませんが、生まれる前に、できるだけ具体的な生後の見通しや生まれてくる赤ちゃんの様子を想像することで、気持ち的にも落ち着いて出産を迎えられるように思います。

当事者が後悔のない選択をするために、医療者としてできることは、できる限りの情報と時間を提供することかなと思い、胎児ドックに取り組んでいます。

──課題感を抱いた医学生の頃からブレずに想いを抱き続けて、活動を重ねて着実に社会を前に進めていらっしゃる。頭が下がります……。

まだまだこれからですけれど、誰かがやらなければずっと現状は変わらないですから。20年後も日本では生まれつきの病気が見逃されて亡くなる赤ちゃんがいるというのは避けたいので。同時に妊婦さんが後悔のない意思決定ができるように。赤ちゃんの病気を知り、胎児医療を受けたい人が当たり前に受けられるようにしていきたいです。

とはいえ、社会を変えたいといった大層なことは考えてなくて。目の前で困っている妊婦さんをサポートしたい、赤ちゃんの病名が障がいになる前に、命が絶える前に自分にできることをしたい、ただそれだけのことなんです。

【写真】クリニックの廊下に立ち笑顔で顔を見合わせるはやしさんとライターのとく

医学生の頃に抱いた違和感をそのままに、目の前にいる生まれる前の赤ちゃんや妊婦さん、その家族と向き合い続けている林さん。いざとなったら頼れる場所をつくり、専門領域で子どもを産み育てていく環境を着実に整えてくれる人たちがいる。

その存在を知るだけで、子どもを産み育てることに対する期待と不安、喜びとしんどさ、相反するような自分の感情に蓋をして“ないもの”にしなくてもいいんだと、気負いが解けていくような気がします。

生まれる前の赤ちゃんも、子どもも私もいつ病気になるかわからない中で、想定外に揺れ動くことは、きっとこの先もあるのでしょう。

それでもその時々の自分の環境や心身の状態を鑑みながら、社会や誰かにとっての正解ではなく、自分が後悔をしない選択を重ねていけるように。悩んだり迷ったりしたら、第三者に助けを求めて頼ってもいい。

そんなふうに、子どもを産み育てることを含む自分の人生を考える心に、新しい風が吹きました。

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(撮影/川島彩水、編集/工藤瑞穂、企画・進行/小野寺涼子、協力/山田晴香)