笑顔でこちらを見ているおおしまさんとまつもとさん

私はこれまで、妊娠と出産を二度経験しています。初めての妊娠では吐き気の続くつわり、毎日のように変わる不安定な体調、さらにはお腹がつかえて足の爪が切れなくなるなど、まるで他人の身体を借りて日常生活を送っているような、奇妙な感覚がありました。

そして、臨月に入るすこし前からは、ただただ出産が怖かった。

大丈夫よ。

周囲の経産婦さんは優しくこう諭してくれたけれど、誰一人として同じではないといわれる出産。「安産」を希望したところで、どうすればそれが叶えられるのかもわからず、私は、最後まで不安や孤独を抱えたまま出産の日を迎えることになりました。それも、母になるための試練なのだと思って受け入れるしかなかった。

けれど、今になって思うのは、「本当にあれは一人で乗り越えなければならないことだったのか?」ということです。 

たまたま不安や孤独に耐えられた私はいいけれど、もしも耐えられなかったら? それに、親になるのは私だけではなくパートナーだって同じはず。もっとこの気持ちを共有する術はなかったものか、という後悔も拭いきれません。

そんな私の疑問に、一つの解をくれたご夫婦がいます。「きずなメール」という妊婦や親になった人を支えるLINE/メール配信サービスを手掛ける、「NPO法人きずなメール・プロジェクト」の代表理事・大島由起雄さんとコンテンツ担当の松本ゆかりさんです。

妊婦中や子育て中に感じる不安や孤独は、ときとして「孤育て」「産後うつ」「虐待」につながっていくこともあります。それでもお二人は、それらが家族や地域社会との“きずな”によって、未然に防ぐことも、なくすこともできるのだと教えてくれました。

妊婦や子育て世帯にメールを配信するきずなメール・プロジェクト

NPO法人きずなメール・プロジェクトは、全国各地の28に及ぶ自治体、6つの医療機関と協働し、妊娠と乳幼児期の子育てに特化したLINE/メールの配信事業を行っています。

昨今、虐待による死亡事例は年間50例を超え、1週間に一人の子どもが命を落としている現状があります。背景としてあるのは、妊婦さんや子育て中の親の“孤立”。産後1年間で、孤独や不安を感じている母親はおよそ7割に上ることもわかっています。

妊娠中から、妊婦さんや子育て中の親のサポートは欠かせない。こうした状況を受け、きずなメール・プロジェクトでは、「家庭内での孤立を防ぐ」「地域からの孤立を防ぐ」という2つのミッションを掲げ、それぞれで「きずな」を深めていくべくサポートを行っています。

その方法は、妊娠中から子どもが3歳になるまでの間、そのときどきに応じて必要な情報をLINEやメールで届けるというもの。

配信されるメールは2種類あります。一つは「マタニティきずなメール」という「妊婦さんが対象」のもの。妊娠してから出産まで、毎日、お腹の赤ちゃんの成長過程や妊娠生活のアドバイス、地域のマタニティ情報などを配信します。

もう一つは、「子育てきずなメール」です。こちらは、0~2歳の子どもを持つ子育て中の親向けに、「ママ・パパへのアドバイス」や「赤ちゃんの成長」などの情報が掲載されています。子どもが3歳の誕生日を迎えるまで、徐々に頻度を下げながら配信しています。

きずなメールの事務所には、読者から寄せられた声が飾られている

2011年の配信開始以来、きずなメールの累計登録者数は、およそ18万人。読者アンケートを実施したところ、回答者の90パーセント以上が「毎日読む」、同じく90パーセント以上が「とてもよかった」「よかった」と答えていて、きずなメールがどれほど読者から必要とされているのかがわかります。

たとえば、読者から届くメールにはこんな感想が書かれています。

朝、このメールがきているのを見ると、自分だけで子育てをしているのではないのだな、頼れる場所があるんだな、と心強かったです。

ネットの情報は本当に正確なのかわからず、情報を探す時間もなかったので本当に助かりました。きずなメールは、いいタイミングでタイムリーな内容が届き、母親の気持ちに寄り添ってもらっていると感じました。

なぜ、きずなメールはこんなにも「頼りにされる存在」となっているのでしょう。その理由が知りたくて、私たちは杉並区にある、きずなメール・プロジェクトの事務所を訪ねました。

一冊の本との出会いが、その後の人生を変えるきっかけに

笑顔で話をするまつもとさんとおおしまさん

きずなメール・プロジェクト代表理事の大島由起雄さん(画面右)と松本ゆかりさん(画面左)

ーーお二人はもともと出版関係のお仕事をされていたとのことですが、現在のようなメール配信サービスを手掛けるようになったのには、どんなきっかけがあったのですか?

松本ゆかりさん(以下、松本):大島は出版社で雑誌の編集者、私はフリーランスで書籍の編集や取材・ライティング業をしていました。仕事を通して大島と出会い、結婚した翌年には子どもを授かりました。2003年のことです。そのときアメリカで暮らす友人が『The Pregnancy Journal』という一冊の本を送ってくれました。

ーー『The Pregnancy Journal』、初めて聞きました。

松本さん:この本は、日に日に変化していく妊婦さんの身体やお腹にいる赤ちゃんの情報を、妊娠したその日から出産日まで毎日掲載しています。そうした書籍は当時の日本にはまだなかったんです。

当時の私は、赤ちゃんを授かったことがとてもうれしい気持ちと同時に、自分のお腹に赤ちゃんがいることが不思議だったし、不安でもありました。とにかく少しでもいいから妊娠や出産について知りたいと思っていたのです。

ですが、妊娠中ならではのこうした感情、自分の体の中で起こっているミラクルを、夫にも伝えたいと思っても、どのような言葉で伝えていいのかよくわかなかったんですね。特に妊娠初期は、目に見えてお腹が出てくるなどの変化がない分、もどかしかったですね。

質問に丁寧に答えてくれるまつもとさん

ーーそのもやもやが、この本によって解消されたということですか?

松本さん:そうなんです。妊娠期はホルモンバランスの変化で感情が不安定になりがちだし、それをだれにもわかってもらえないという孤独感もあると思います。

妊娠できたことはとても嬉しかったし、私も自分の力で家族をつくっていくんだという喜びも大きかったですね。一方では、「自分がちゃんと子どもを育てられるのか」という、母親になることへの不安も徐々にふくらんでいきました。それだけに、『The Pregnancy Journal』があるだけで、「ここに私の気持ちをわかってくれる本がある!」と思えてきて、不思議と心が落ち着きました。

日本でもロングセラーに。日本語版『 The Pregnancy Journal』

ーーその後、この本の翻訳本を日本で企画されたんですよね。

松本さん: きっと、こうした本を必要としている人は「私だけではない」と、確信しました。出産した翌年、仕事でお世話になっていた出版社に『The Pregnancy Journal』の翻訳本を作らないかと企画を持ち込むと、トントン拍子で出版が決まって。

2006年に販売した日本語版のタイトルは、『はじめての妊娠・出産安心マタニティブック−お腹の赤ちゃんの成長が毎日わかる!』(永岡書店)というものでした。

インタビューに応えるまつもとさん

松本さんが企画した、『はじめての妊娠・出産安心マタニティブック−お腹の赤ちゃんの成長が毎日わかる!』(永岡書店)

ーーこの本はベストセラーになったと聞いています。

松本さん:出版して今年で14年目となりますが、毎年コンスタントに増刷がかかり、息の長いロングセラーになっています。今でこそ、胎児情報を毎日送るアプリが増えてきましたが、当時は、そうしたものはほとんどありませんでした。「赤ちゃんの成長を毎日紹介する」というコンセプトが、画期的だったのだと思います。

「コンテンツを大切にしたい」。NPO法人として起業する

ーーそこからメールの配信へと大きく舵を切ったのには、どのような経緯があったのですか?

大島由起雄さん(以下、大島): 一つには、40歳頃に僕がWEBコンテンツの制作会社に転職したことがありました。結婚して子どもが産まれ、それを機に「より人の役に立つことを実感できる仕事をしたい」と思うようになっていた時期でした。そんなとき、妻がマタニティきずなメールのアイデアを教えてくれたんです。

笑顔でお話をするおおしまさん

松本さん;私は当時、第二子を妊娠中でした。それもあって、妊娠中の情報を「毎日」メールで届けてはどうか、と話したんです。きっと必要としている妊婦さんがいるから、と。

ーーたしかに、子育て中は両手で本を持つハードルが高いですから、携帯だと抱っこ紐をしていても片手で操作できてうれしいですね。そして、NPO法人きずなメール・プロジェクトをスタートさせていったのですね。

大島さん:2010年の11月3日(いいお産の日)でしたね。コンテンツで収益を上げるとなると、当時も今も、ユーザー課金モデルか広告モデルが主流ですが、「本当に必要な情報を、必要としている人に届けたい」という思いがあって。事業型のNPO法人としてやっていこうと決めました。

ーーなるほど、そうだったのですね。

大島さん:ただ、NPO法人であっても事業を展開して継続していくとなるとやはり収益が必要です。そこで、法人から対価をもらってコンテンツを展開していくB to Bのビジネスモデルで、医療機関や自治体と提携していこうと考えました。

インタビューに応えるおおしまさんとまつもとさん

ーーそこから自治体などと協働する、現在のスタイルにつながっていくのですね。

大島さん:そうですね。起業してすぐに、マタニティ用のメール原稿の制作を始めました。出産まで十月十日、毎日メッセージを送るというアイデアだけを以前、企画した本から借りて、コンテンツはゼロから松本が書いていきました。その間私は、WEB制作会社にいる間に学んだノウハウを活かし、きずなメールの配信システムの開発に着手しました。

その後はアンケートを実施し、その結果を持って、産婦人科や自治体に提案。翌年には、東京都文京区の「文京区子育て応援メールマガジン」配信事業として、区民のみなさんにきずなメールを配信できるようになりました。自治体と組んだことで、一気に読者が増えましたね。

真剣な表情で話をするまつもとさんとおおしまさん

正確な情報、温かみのある文章、クールダウンできる数字

ーーきずなメールに登録すると、どのようなメールが届くのですか?

大島さん: マタニティきずなメールは、十月十日、265日、妊娠中にお届けしているメールです。冒頭には、妊娠してからの週数や日数、出産予定日までの日数が書かれていて、そこから胎児の成長過程などへのアドバイス、自治体情報などが続きます。

ーーこの冒頭、すごくいいですよね。私は、第二子妊娠中には上の子の子育てや仕事に追われて、ゆっくりお腹の赤ちゃんに意識が向けられないことも多かったので、日に日に大きくなっていく赤ちゃんの様子を、こうして文章で知ることができるのは、本当にありがたいです。

松本さん:読者のみなさんからも、冒頭にこの数字があることで「気持ちが落ち着く」という声をいただいてます。おそらく、妊娠してから何日目、お母さんになって何日目という区切りがあると、「ああ、私これまでよく頑張ってきたな」と実感するきっかけになるのではないでしょうか。

ーー「胎児の成長」や「妊娠生活のアドバイス」は、どのようなことを意識して作成されているのですか? 

松本さん:妊娠・出産や子育て状況には、医学的な情報が欠かせませんから、医学的なエビデンスに則った正しい情報であることが大前提です。しっかりと産婦人科や小児科の先生、管理栄養士などに監修していただくようにしています。

また、それ以外にも、読む人の「安心したい」という気持ちに寄り添っていくことを大切にしています。たとえば、医学情報をできるだけ平易な表現することや、アドバイスが「〇〇しましょう」「これはダメ」といった to do的な伝わり方に偏り過ぎることがないよう、丸く柔らかな表現になるよう編集しています。

「妊娠や子育てについて教える」というより、「自分が妊婦や母親だったらかけてもらいたい言葉を選ぶ」というのは、全体を通して意識してきました。

“読者の声”から生まれた「子育てきずなメール」

ーーその後は、0~2歳の子どもを持つ子育て中の親に向けた、「子育てきずなメール」の配信も始まりました。こちらを配信することになったきっかけはどのようなものだったのですか?

大島さん:マタニティきずなメールの読者アンケートで、「出産後もメールを読み続けたい!」という、読者の声をたくさんいただいたことです。

考えてみれば、出産はゴールではありません。そこからリアルな子育てがスタートしていくわけですから「ちゃんと育てられるかな……」と不安な方も多いと思います。社会とのつながりがなくなり孤独感を感じやすい方もおられますので、たとえ外出する機会があまりなくても、社会や他の誰かとつながりを感じられるような、コンテンツや情報を受け取れる仕組みが大切だと思いました。

松本さん:赤ちゃんと二人だと、赤ちゃんに話しかけることはできても「会話」はできませんよね。乳幼児を育てている時期の孤独感や焦燥感、いらだちが小さな子どもに向かってしまうような、そんな負のループを断ち切るためには、近くで買い物できる場所も大事だし、なにより「人と話せる場所」があったり、「自分の話を聞いてくれる相手」がいることが大切だと思いました。

私の場合、第一子の妊娠中に、大島が「自分の帰りをただ待っているだけの人にはならず、地域とつながりを作れるといいね」とはっきり言ってくれました。その助言があったから、児童館にせっせと通って子育てサークルに入ったり、ファミリーサポートや実家の親に協力を頼んだりして過ごせました。仕事にも早めに復帰しました。

ですが、実際には、夫(パートナー)や自分の親やきょうだい、友人など、話を聞いてくれる人が、いつもそばにいてくれるわけではありませんよね。

手厚い行政のサポートを必要とする人に届けるハブになりたい

ーーそこでその役割、少しでもきずなメールが担っていけないか、と考えられたのですね。自治体から配信されているメール事業なので、自宅にいながら、子育ての基礎知識も地域の情報も手に入れられます。

大島さん:「子育てきずなメール」では、2歳以下のお子さんがいるお父さんやお母さんに向けて、出産後の体調管理やメンタルヘルス、赤ちゃんのお世話の仕方などの子育てアドバイスを配信しています。そこに、月齢にあった行政情報が組み合わさります。

ーー自治体によるサービス情報は、どんな内容ですか?

大島さん:生後1カ月くらいなら、〇〇保健所に行くと赤ちゃんの体重をはかったり、育児相談に乗ってくれる保健師さんがいるよ、といった情報になります。これ以外にも、「家庭内での孤立を防ぐ」というミッションのもと、「この時期のお母さんはこうだから、こうしてあげようね」といった、パートナーに向けたメッセージも入れています。

生後100日までは毎日メールを配信し、その後、生後100日までは毎日、1歳誕生日まで3日に一通、2歳までは7日、3歳まで14日に一通と、少しずつ間隔をあけながら、3歳まで配信が続きます。

松本さん:とはいえ、いまは、妊娠期から切れ目のない子育て支援が重要だという認識が高まっていますから、子育て世代向けサービスは、実はどの自治体もとても充実しています。ただ、行政の周知は、これまではチラシを取りに来た人に渡す、ホームページに載せられた情報を自分から取りにいった人だけが気づく、というものです。求めるサービスがあっても、必要とする人には届いていない課題がありました。

また、行政の支援でも、児童虐待防止などは、どうしてもハイリスクな人に重きが置かれがちです。「予防」「未然に防ぐ」ということができればいいとわかってはいても、起きたことへの対応で精一杯な面もあります。

ただ、妊婦さんや子育て世代が抱えがちな孤独感、産後うつや虐待というのは、いつ、どんな形で表出するのかわかりません。だからこそ問題が起こる前、症状が出る前に、行政サポートや、地域につないでいくことが重要で、きずなメールが切れ目のない支援につながる取っ掛かりになれるといいな、と思っています。

きずなメールが、読者と支援をつなぐハブとなるように

インタビューに応えるまつもとさんとおおしまさん

ーーたとえば、読者の中には、順調に赤ちゃんが成長していない人や、生まれてきたお子さんに障害がある方もいます。配信されるメールでは、赤ちゃんや子ども、妊娠経過などは、一般的な成長や発達を基に書かれているそうですが、そうした人たちについてはどのように考えているのですか?

松本さん:実際に、低体重の赤ちゃんを出産されたお母さんから「きずなメールのアドバイスと、実際の子どもの成長が違うので読むのをやめました」と言われたことはありますし、ひとり親世帯のお母さんから、「パパという文字を読むのが辛い」という感想をもらったこともあります。

低体重の赤ちゃんについてなどは、それをサポートする自治体や団体の情報を配信できたらと思っています。また、自治体によっては、ひとり親世帯の割合が高いと、「パパという言葉は極力使わないように」と原稿を調整したこともありました。

たしかにそうした配慮が必要なこともありますが、原稿担当としては、できれば妊娠した女性とそのパートナー、親になった方すべての人に受け取ってもらえる「最大公約数」の内容やことばをできるだけ見つけ、構成したいという気持ちでいます。

これは、皆が同じ内容を読んでもらうことで、かえっていろいろな立場の人が社会に存在していること、多様であることに気付く機会になるかもしれないと思っているためです。自分以外の人への想像力を持つ機会をつくるのは、大切なことだと考えています。

ーー多くの人に響く内容でありながらも、時折、特定の状況、環境にある人に向けた内容も配信されているのですね。

松本さん:そうですね。ただ、やっぱり今は、家族の形も多様化しているので、時代に合わせて変えていった方がいいこともあります。今後は、養子縁組で子どもを迎えた人に対してどう対応するのかなど、考えていく必要があると思っています。

きずなメールは、助けを求めるか否かのバロメーターになる

ライターと向き合って話をするおおしまさん

ーー地域情報では、できるだけ相談窓口を載せているそうですが、助けを求めるのは、勇気のいることだし、自分がどれだけ危機的状況なのかを客観視できないと、助けを求めようという考えすら思い浮かばないこともあると思います。そうした場合は、どうすればよいのでしょうか?

松本さん:赤ちゃんと過ごす日々の中では、「こんなことに悩むのっておかしい?」という小さな気になることが多々あるでしょう。そうした悩みには、きずなメールが、助けを求めるかどうかの「一つのバロメーター」となっている部分があると思っています。

ーーバロメーターですか。

松本さん:読者アンケートの感想では「この時期にこの内容が届くということは、悩んでいるのは自分だけではなかったんだとわかり安心しました」という声が、けっこう届きます。安心できれば、助けを求めなくても大丈夫と判断することができます。

生き生きとした表情で話をするまつもとさん

松本さん:そして、こうした感想がくる背景には、みんなが同じように悩んでいるのに、「こんなことで悩んでいるって、私だけかな?」と感じてしまう環境があるということだと思います。また、助けを求めるにしても、「こんなことを言ったら、相手がどんな反応をするのだろう?」ということが気になって、結局SOSを出せなかったり。

でも、求める相手に「この人ならきっと助けに応えてくれる」という信頼関係があれば、勇気を出せる確率は高くなるのではないかと思います。そこで1回でもいいから、人に助けを求めて「助けてもらえた」という成功体験ができると、声を上げる側の意識も変わってくるのではないでしょうか。

ーーたしかにきずなメールによって、「助けを求めていいんだよ」と背中を押してもらえる人もいるのかもしれません。

松本さん:そうなんです。ですから自治体の方には、きずなメール事業を市民にお伝えする際に、事業内容を伝えるだけではなく、「妊娠おめでとう!」という気持ちも一緒に伝えてもらえたら、と思っています。

具体的には、母子手帳交付時や妊婦面談、出生届、新生児訪問時などに、保健師さんや窓口担当の方に、こうしたカードを添えてもらいたいと思っているんですね。これなんですけど。

「赤ちゃんを授かったあなたへ」「父親になるあなたへ」と書いてあるメッセージカード

メッセージカードを開くと、「妊娠、子育ての不安に寄り添います」の文字が書いてある

メッセージカードを開くと、「父になること、おめでとう」の文字が書いてある

イラストレーターさんのイラスト付きメッセージカード。表には「赤ちゃんを授かったあなたへ」(ママ版)と「父親になるあなたへ」(パパ版)の文字が。

ーーかわいい! メッセージカードですね。 

松本さん:父親になる男性には、ついつい「母親のサポートを」「父親も子育てに協力して」というメッセージを伝えがちだと思います。でもまずは「おめでとう!」を伝えることが、新しくその地域で子育てを始める相手への最初のことばとしてはいいのではないかと思っています。

読者には何も求めない。だから、信頼関係を構築できる

ーー私も先日、「子育てきずなメール」に登録してみましたが、本当にメールがくるとうれしいんですよね。思わず「そうなの、そうなの」といって返信しそうになりましたが、きずなメールさんでは、そうした双方向のやりとりはされていないんですよね?

松本さん:はい。問い合わせ窓口というのは別に設けていますが、配信メールやLINEでの双方向のやりとりには、積極的に取り組んでいるわけではありません。

ーーそれは、あえて意識的にそうされているのですか?

松本さん:「だれかとつながること、助けを求める相手を見つけること、孤立しないこと」がこのサービスの目的です。一見、矛盾しているように感じられるかもしれません。ですが、配信そのものは一方向であるからこそ、「登録の敷居を低くすること」「読み続けてもらうこと」ができている部分もあると考えています。

ーー双方向にしないほうが?敷居を低くすることの大切さを優先されているのですね。

大島さん:そうなんです。なぜなら、それは、「読者に何も要求しない」ということでもあるから。そうしたことを続けていくのは、実は、読者との信頼関係を築く上でとっても大切なことだと思っているんですね。

ーー信頼関係を築く上で、ですか?

大島さん:そうです。相手に何も要求しないと、不思議と相手はこちらを信頼してくれるし、関係性を維持しようとしてくれるし、協力してくれるようになると感じているからです。読者との信頼関係を築いていくには、まずは相手に信頼してもらって、その上でコミュニケーションをとっていくステップを踏むのが大切だと思います。

考えながら質問に応えるまつもとさん

松本さん:きずなメールの配信を続けてきて、読者アンケートの結果や、読者から届く声を読ませていただくと、「毎日同じ時間に、同じくらいの分量の情報が、一定のトーンで配信されることが、読者にとって安心や安定感につながっているのでは」と感じています。継続的に、いつも変わらない声や表情、言葉で、自分に向けて、「いつもあなたのことを見ているよ」というメッセージを送ってくれるのは、きっと、誰しもうれしいはずだから。

笑顔で歩くおおしまさんとまつもとさん

大島さん:毎日見ている朝のニュース番組の星占いのコーナーと同じかな、とね。毎日同じように配信されているから、当たるとか当たらないとかではなく、見るだけでホッとできる。その「何気なさ」がきっと、誰かの救いになるんだと思うんです。

ーー何気なく、それでいていつも同じように接する。私も子どもたちにとってのそんな存在になりたいです。

松本さん:本当にそうなりたい、理想ですよね。すべての感情をどっしり受け止められる存在って。親としては、そうやって子どものすべてを受け止めてあげたい。でも、それができないからこそ「人間」なのかなとも思います。

笑顔で話をするおおしまさん

ずっと抱えてきた、「いい母親に見られたい」という呪縛

お二人と話すことができ、私が母親となって以来、ずっと抱えていた「息苦しさ」の正体がやっとわかりました。

いい母親でありたい。

もともと善人なんかではない。それでも母親になったのだから、善人でなければいけない、いい母親でなければならないと、自分でも気づかないうちに思っていたのでしょう。

だからこそ、松本さんのこの言葉は衝撃でした。

それができる人、残念ながらめったにいないのではないでしょうか。いつも同じタイミングで、同じような感情のまま、同じ分量のメッセージを発信できる人は。

なれるはずもない理想の母親像に捉われ、自分がこれまでどれだけ無理をしてきたのか。そのことに気付いたとき、私はお二人の前でボロボロ泣いていました。

泣きながら思ったのは、私はもっと妊娠中から、不安で孤独で苦しいこの気持ちをパートナーと分かち合いたいと思っていたということ。そして、彼が抱えている親としての孤独や不安にも、もっと寄り添うべきだったということです。

子どもができると、私たちは、ぎこちなくも親になっていく不安のなかで、自分でも気づかないうちに、きずなメールのような存在を相手に求めてしまいがちです。けれど、誰でも最初は、未熟な親なのだから、そんなことは、恥ずかしいことでも苦しむべきことでもないはずです。

なぜなら、毎日毎日、同じ時間に、同じテンションで、同じ分量で届けることなんて、誰にもできることではないことだからです。だからこそ、きずなメールは、そんな不完全な私たちの心に寄り添ってくれる、唯一無二の存在となり得ているのではないでしょうか。

いずれやってくる、「きずなメール」とのお別れのときのために

ですが、きずなメールのサポートも、未来永劫、続いていくわけではありません。

「3歳で終わらず、せめて子どもが小学生のうちはきずなメールを続けませんか?」という私に、松本さんはこう言いました。

ずっと続いて欲しいという声もあります。ですが、最初に子育てきずなメールを監修してくださっている先生方とお話して、『子どもが3歳になる頃までには、これまでメールを受信してくださっていたお父さんやお母さんが、何らかのサポートや誰かとのつながりができ、自助の立ち上がりがきっとあるはず。そんな願いを込めて3歳で終わりにしたいです』と話しました。

一部の自治体では、親の不安が強まる小学校入学前までカバーしようと、配信を延長していることもあるそうです。ただ、あくまでお二人の気持ちは、3歳が一つの節目となっているのだと思います。

それは、子どもが親元から巣立っていくように、親も自立していくタイミングだから。きずなメールが私たちに伝え続けてくれたメッセージは、受け取る人によっても変わるものだと思うけど、私はちゃんと、きずなメールに「ありがとう!」と手を振れる自分になっていたいな、と思います。

家族や地域とのきずなに感謝しながら、悩んでも、迷っても、いい母親じゃなくてもいいのだと、まるっとありのままの親である自分を、受け入れられるような自分でいたい。それを胸に、今後もまだまだ続いていく子育てに向き合っていけたらな、と思います。

こちらを見て微笑むおおしまさんとまつもとさん

NPO法人きずなメール・プロジェクト ホームページ

(編集/徳瑠里香・工藤瑞穂、写真/馬場加奈子、企画進行/糸賀貴優、協力/杉田真理奈)