【写真】ばあちゃん食堂で働くばあちゃんたち

私には85歳になるおばあちゃんがいます。認知症があるおばあちゃんは、介護施設に入居していて、2年になります。

お料理が得意なおばあちゃん。私が幼かった頃、家に遊びに行くたびに、これでもかというぐらいの品数のご飯をつくってくれました。ふわふわのかき揚げ、だしの旨みが効いたお味噌汁、朝ごはんには鮮やかなピンク色の焼き鮭。編み物も得意で、私のセーターやカーディガン、それにお人形の服も編んでくれたっけ。

人が好きなおばあちゃんは、介護施設でも人気者で、楽しそうに生活していると聞くし、両親も定期的におばあちゃんに面会しに行っています。でも、たまに「おばあちゃんにとってそれで十分なのか」と思うことがあるのです。

私の心の中に残っている、得意なことや好きなことをして、いきいきとしていたおばあちゃん。おばあちゃんが好きなことをそのまま楽しむことができたり、彼女の力を発揮できたりするような場があったらいいなと思わずにはいられません。

そんなとき、75歳以上のおばあちゃんたちが働く会社、「うきはの宝株式会社」の存在を知りました。その会社では、地元の食材をふんだんに使った料理を提供する「ばあちゃん食堂」を開き、高齢者が自身の得意を活かしながら働いているといいます。

【写真】笑顔で並ぶばあちゃんたちとおおくまさん

75歳以上が働く。その言葉を聞いて、自分のおばあちゃんの顔や、近所に住む元気な70代のおばあちゃんたちの顔が思い浮かびました。彼女たちがすでに持っている知識や技術を活かしながらいられる場所があったら、どんなにいいだろう。

年を重ねても高齢者がいきいきとできる居場所をつくるには何が必要なのか。そんなことが聞きたくて、うきはの宝の代表取締役である、大熊充さんにお話を伺いました。

「はっきりいって、うまくいっていません」

お話を聞いてみてまず飛び出したのは、意外にもこんな一言。おばあちゃんたちと大熊さんが一生懸命に活動に取り組む日々は、楽しさだけではなく問題もいっぱいなのだそうです。おばあちゃんたちへの愛と大熊さんの挑戦がたっぷり詰まったインタビューをお届けします。

【写真】うきはの宝代表のおおくまさん。目線をカメラに向けている。

ばあちゃんたちの「やりたい」に寄り添う会社

うきはの宝株式会社(以下、うきはの宝)があるのは、福岡県うきは市。大分県との県境に位置するその町は、自然豊かな農業の町。そして、日本のどこの地方とも同じく、少子高齢化が進んでいます。

オンライン会議ツールを通じて初めてお会いした大熊さんは、「僕おしゃべりなんすよ。いつもついしゃべりすぎちゃうから止めてくださいね」と、挨拶してくださいました。その様子にこちらもリラックス。どんなお話が聞けるのか楽しみで、笑顔がこぼれます。

地元の言葉である筑後弁を交えながら話しはじめた大熊さんは、おばあちゃんたちのことを親しみを込めて「ばあちゃん」と呼びます。

大事なところは、ばあちゃんたちが働く会社をつくろうとは思っていなかったってことですね。ばあちゃんたちが働きたいって言った。だから働く場所をつくったんです。

うきはの宝が「宝」と呼ぶのは、ばあちゃんたちの知的財産。

ばあちゃんたちの知恵と特性を活かした商品とサービスを提供するうきはの宝では、ばあちゃんたちが作った料理を提供する「ばあちゃん食堂」(※)、お惣菜やおむすびなどの食品製造と卸、食品通販、さらには編み物の受注生産などを行っています。
(※)ばあちゃん食堂は新型コロナウイルス感染拡大の影響で休止していましたが、2022年1月22日(土)に移転先の酒蔵いそのさわ内の古民家の屋敷(※住所:福岡県うきは市浮羽町西隈上2-4)にて再開

【写真】ばあちゃん食堂の料理。野菜をふんだんに使った手料理がテーブルいっぱいに並べられている。

ばあちゃん食堂で提供されている料理(提供写真)

大熊さんの「ばあちゃんたちが働きたいと言ったからはじめた」という言葉につながるように、この会社では、決まった仕事をばあちゃんに指示するというやり方はしません。ばあちゃんたちの「やりたい」に寄り添いながら仕事を組み立てているのです。

例えば、ばあちゃん食堂では、お料理好きなばあちゃんたちが、商品開発から調理、配膳まで行っています。

僕は料理しないし、しかも味音痴なんすよ(笑) だから献立についてはもうばあちゃんたちにお任せ、というか丸投げですね。ばあちゃんたちでアイデアを出し合ってもらって、栄養士さんが間に入りながら商品開発を進めています。

食に関わる事業の他に取り組んでいるのが、ばあちゃんと孫の編み物ブランドです。このブランドは、「小さい頃に自分の服をおばあちゃんがつくってくれたのが嬉しくて、編み物を始めた」というお孫さんが、ご自身のおばあちゃんと一緒に始めました。

つくっているのは、手編みの鍋敷きや胸ポケットがついたTシャツなど。手仕事ならではの一点一点風合いの異なる、素朴で優しい商品を生み出し、注文は受注生産で少量ずつ受けています。

注文が一度にたくさん来てしまうと対応しきれないため、受付を閉じている時期もあります。一般的なビジネスの考え方だったら、その商品が売れるとわかれば、他のばあちゃんも編み物ができるように教えたり、製造を委託して増産すると思う。

でも、僕らの会社じゃそれ、全然意味がないんです。ばあちゃんがやりたいことをやる。それでばあちゃんに給料を払う。それが僕らの会社の意義であり目的なんで。

【写真】ばあちゃんと孫の編み物ブランドが手がけた鍋敷き。丁寧に編み込まれていて、温かみを感じる。

ばあちゃんと孫の編み物ブランドが手掛けた、鍋敷き(提供写真)

ちなみに、ここまで「ばあちゃん」しか登場しないことが気になるかと思うのですが、大熊さんは「けっしてじいちゃんのことを考えていないわけではない」と話します。

ばあちゃん食堂が知られるにつれて、「男性を差別しているのではないか」「じいちゃんが活躍できる場はやらないのか」という意見をもらうことも多くなりました。でも、まずはばあちゃんたちが働ける会社を軌道に乗せて、じいちゃんに展開するつもりで始めたんですよ。

というのも、男性の高齢者の孤立は、女性より深刻なんです。なかなか外出することもないし、地域の集まりに誘っても「なんでそんな所に行かなきゃいけないんだ」と嫌がるじいちゃんも多いです。ただばあちゃんは、みんなで料理をしたり人に喜んでもらいたいっていう気持ちが強いので、一緒に事業を始めやすかった。

なので、じいちゃんたちが参加できる場をつくってこなかったわけではなく、始めた当初は本人たちが乗り気じゃなかったというのが事実としてあります。

事業が広がってきた今は、ばあちゃんより人数は少ないですが、地域と関わりたいという思いで食堂に来たり、畑で料理に使う野菜をつくることに関わってくれているじいちゃんたちもいるそうです。

ばあちゃんの働く会社がうまくいったら、じいちゃんも働ける会社をつくればいいじゃないかというのが、開業当初から思っていたことです。

我々は補助金をもらったり、国から支援を受けているわけではなくて、自己資金で始めて、今やっと黒字で利益をあげながらじわじわ事業を発展させているというところで、あくまでも営利企業。一寸先は誰も分からない状況だからこそ、まずはやる気があるばあちゃんたちと一緒に始めていったんです。

そういった事実とともに、大熊さんのなかには「ばあちゃんたちに恩返しがしたい」という並々ならぬ思いがあります。それではここから、うきはの宝が始まるまでの歩みを追っていきましょう。

「僕を救ってくれたばあちゃんたちに、恩返しがしたい」

デザイン事務所の経営者でもある大熊さんは、ご自身がうきは市の出身。うきはの宝設立にいたる最初のきっかけは、「故郷を良くしたい」という思いからでした。

もともとデザイナーとして、都市の仕事ばかり受けていて、地域のことを一切していませんでした。最初は経営者として若い人を雇用しているのが地域貢献だと思っていたんですけど、だんだん会社の業務が増えて仕事が忙しくなっていくとスタッフが辞めていくことが続いて。

地域貢献と言ってきたけど、これじゃあ誰にも貢献してないじゃんみたいな。それでうきはの宝を起業する3年前ぐらいから、もっと直接的に何か地域に貢献したいなと思ったんです。

そう考えた大熊さんは、一歩踏み出すきっかけを得るために2017年から学校に通い始めます。日本デザイナー学院九州校でグラフィックデザインとソーシャルデザインを学び、続けて社会起業家を育成する学校であるボーダレスアカデミー福岡校へ。学びの中で自身の原体験を振り返り、たどり着いたのが「ばあちゃんたちに恩返しをしたい」という思いでした。

【写真】笑顔で話すばあちゃんとおおくまさん

20代のときにバイクで交通事故を起こしたんですよ。その入院中に僕を救ってくれたのが、ばあちゃんたちだったんです。

事故で大けがを負い、4年間に及ぶ入退院を繰り返すことを余儀なくされた大熊さん。最初はお見舞いに来てくれた友達も、3ヶ月を過ぎた頃からは音沙汰がなくなり、一日のほとんどをひとり、ベッドの中で過ごしていたといいます。みんなに忘れ去られて、自由も未来もすべてが奪われてしまったーーその感覚は大熊さんを絶望させます。

気持ちが病んでしまってですね。一言もしゃべらないし、笑わないで過ごしていたんです。

ユーモアも交えながら熱い思いを話してくださる今の大熊さんからは、想像できない姿です。そうして閉ざされた大熊さんの心のかたい壁をぶち破ったのが、入院中のばあちゃんたちでした。

ばあちゃんたち、すっごい話しかけてくるんすよ。名前はなんていうのかとか、どうやってケガしたんだとか。毎日毎日同じことをね。僕も最初は完全に無視してたんですけど、何日か経った頃にとうとう大爆笑してしまって。 声に出して「しつこいよ、ばあちゃんたち!」って(笑)

ばあちゃんたちのただただ話しかけるという行為は、何年も笑うことを忘れていた大熊さんを笑顔にして、孤独から救ってくれました。「きっとばあちゃんたちに僕を励まそうなんて思いはなかった、でもそれが良かった」と大熊さんは続けます。

僕が深く悩んでたことも、ばあちゃんたちからしたら、ただの興味関心でしかない出来事じゃんって。それで吹っ切れたんですよね。

過去や未来よりも、目の前で起こっていることを何よりも大切にする。ばあちゃんたちのあり方は、大熊さんを力づけました。

そんな自身の原体験を振り返ることで、「ばあちゃんに恩返しをしたい。それを通して、地域に貢献したい」という強い思いを抱くようになったのです。

「働きたい」「収入が足りない」現場で出会ったばあちゃんたちの声

じゃあ、ばあちゃんたちが元気になるには、なにがあったらいいのだろう?そのニーズを知るために、大熊さんが2019年6月から高齢者の暮らしの実態調査も兼ねて始めたのが、高齢者の無料送迎サービス。その名も「ジーバー」です。

任意の市民団体「わかもん」として、ボランティアで高齢者の「買い物に行けない」などの暮らしの困りごとの解決を始めます。

ボーダレスアカデミーの仲間に言われたんです、「真実を見るな、事実を取りにいけ」って。本やインターネットで得られる情報にある「真実」には誰かの解釈が入っている可能性が高い。だから実際に話を聴いて、事実を確かめたい。

僕は、ばあちゃんたちは経済的に苦しい状況にあるんじゃないかと思っていたけど、そうじゃないかもしれないから、現場に出て話をしに行くことにしました。

大熊さん自ら車を運転し、買い物をしたいし行きたい場所があるけれど、交通手段がないという高齢者の送迎を行います。その出動件数、1年3ヶ月でなんと約450件!累計搭乗人数は150人にものぼるのだとか。

【写真】ジーバーを利用するばあちゃんたち。笑顔でこちらを見ている。

依頼件数が増えると、たくさんのばあちゃんたちからの要望に一度に応えるために、相乗りをお願いするようになります。すると、そこで出会ったばあちゃん同士にも交流が生まれるように。その道中では、思いがけないドラマまで起こったのです。

うきは市内の別の隣町に住むばあちゃんを一緒に乗せる機会があったんですよ。そしたら合流地点で、81歳のばあちゃんが初対面のはずの86歳のばあちゃんにいきなり「おねえちゃん」って、ハグしにいって。親戚か何かかなと思ってたら、子どものとき近所に住んでたおねえちゃんで、なんと60年以上ぶりの再会だったんです。

「大熊くんがジーバーやってくれたから、私たち死ぬ前に再会できてまた友達になれた」って。いやもうちょっと、泣きそうになりますよね。

買い物や病院などの生活に必要な用事だけではなく、時には遊びや交流の予定でサービスを活用してくれるばあちゃんたちがいるのも、大熊さんは嬉しいと話します。

90代の元気なばあちゃんたち3人組が、友達の家に遊びに行きたいから連れてってくれって言うんですよ。途中でたこ焼きを買いたいって、1人3パックずつ買って。こんな食べるんかとびっくりしてたら、案の定食べきらずに家に持って帰ってましたけど(笑) 嬉しそうにしてるから、僕もこうした送迎は楽しいんですよね。

相乗りしたばあちゃんたち同士で友達になることもしばしば。送迎を通して、ばあちゃんと大熊さんの間に、そしてばあちゃん同士に、たくさんの新しいつながりが生まれたといいます。

こうした活動で出会ったばあちゃんたちからよく聞くのは、「働きたい」「収入が足りない」という声でした。

「体が元気なうちは働きたい」「国民年金の受給だけでは生活が苦しい」「でも75歳以上が働ける場は全然ない」、そうした事実を知りました。そんなばあちゃんたちの力になるにはどうしたらいいんだろうと考えて出てきた答えが、「一緒に働こう」だったんです。

ジーバーを通して、ばあちゃんたちと出会い会話する中で、彼女たちはたくさんの知恵や経験を持っていると感じました。そうしたばあちゃんたちがすでに持っている知財を活かして働くことは、経済的な助けになるだけではなくて、ばあちゃんたち自身の生きがいにもつながると確信したんです。

【写真】ばあちゃん食堂で働くばあちゃんたち。いきいきとした明るい表情をしている。

一過性で終わらない、持続可能な仕組みをつくるために

こうして2019年10月、大熊さんはうきはの宝株式会社を設立。ばあちゃんたちが収入と生きがいを得ることができる仕事を、長く続く事業として育てることを目的に、それまで活動していた任意団体「わかもん」から独立し、株式会社としてビジネスを始めます。そこにはどんな思いがあったのでしょう。

ビジネスとしてやった方が、解決が早くて持続可能だと思ったんです。これまでのように非営利だと僕の投じているお金が尽きたら辞めざるを得ない。でも、ビジネスだったら仕組みをつくることで、僕が死んでも続けることができますよね。

さらに、非営利団体として活動して他に仕事を持つと、どうしてもお金を稼ぐ営利のビジネスが優先されて、非営利の活動に割く時間がつくれなくなってしまうということを、大熊さんは自身の経験から懸念していたそう。解決したい課題と仕事は一体にした方が、結果的に生活の一部として取り組みやすいと考えました。

社会課題の解決でお金を稼ごうとすることは後ろめたいことだ、という風潮が世の中にあるように感じるんですけど、僕は何も悪いことだと思っていないんです。

「仕事」っていうのは、社会のシステムの穴を埋めることか、誰かを感動させること、シンプルに考えるとこの二つのどちらかですよね。そう考えると、ビジネスとして社会課題を解決するというのは、少しも違和感がありませんでした。

うきはの宝を、しっかり収益があげられる会社にしよう、そして高齢者がいきいきと生きていける仕組みを地域につくっていこう。そんな熱い思いを胸に、大熊さんは会社を立ち上げます。

実際に、働きたいと言っていたばあちゃんの言葉を受けて事業がはじまったので、ほとんど採用募集などをせずにスタートさせることができました。

特に最初に集まってくれたばあちゃんたちは、「私のためでもあり、大熊くんのためでもあるよね」って僕の思いに共感して集まってくれたんです。嬉しかったですね。

誰かに必要とされ、感謝される環境が、ばあちゃんを元気にする

うきはの宝で働くばあちゃんは、現在63歳から82歳まで20名ほど。週に2、3日、交代交代シフト制で仕事をしています。働くことによって、ばあちゃんたちの様子はどんどん変わってきているそう。その変化について伺うと、大熊さんは顔をほころばせました。

ばあちゃんたちが、「今までずっとさみしかったけど、ここに来て楽しい、嬉しい」と話すんですよ。うつうつとした気分が解消されたというばあちゃんもいますね。

中には、ひとり暮らしで、これまで人と会話することもほとんどなかったというばあちゃんもいます。そんなばあちゃんたちが、うきはの宝で働くということを通して、新しい人とのつながりを得ているのです。また、事業を良くするアイデアを出す機会によって、「頼りにされている、必要とされている」という感覚があることも、ばあちゃんたちを力づけています。

「ばあちゃん食堂」のメニュー開発では、みんなで話し合った内容をもとに、自ら試作品をつくって持ってくるばあちゃんもいます。これまで家にいるだけの生活では、することがなくて力を持て余していたかもしれません。それがうきはの宝で働くことで、みんなに試作品食べてもらってびっくりさせようとか、喜んでもらおうとか考えるようになっているんですよね。

自分のアイデアが活かされた商品が完成し、多くのお客さんに提供される。それは、ばあちゃんたちの自己実現にもつながっています。

【写真】ばあちゃん食堂にて真剣な表情で料理を作るばあちゃんたち。

幸せの要素っていくつかあると思うんですけど、一番幸せを感じるスピードが早くて増幅具合が大きいのって、他者からの「ありがとう」なんじゃないかと思うんですよね。他者から必要とされる、感謝される。そういう環境があれば、人はきっと幸せなんだろうなって。

それは僕自身にも返ってきていますね。ばあちゃんたちからありがとうって言われることがやっぱり幸せです。

【写真】手作りの梅干しを持ちながら、笑顔で縁側に座るばあちゃん。

感謝の気持ちを伝えられることと同時に、日当として手渡しする給料もばあちゃんたちのやりがいにつながっています。ばあちゃんたちはその場では自然に受け取ってはいるものの、家族に聞くところによると家ではとっても喜んでいるのだとか。

あるとき、ばあちゃん2人組が帰りに、地元の祭りでお酒を買って飲んでいたのをみかけたんです。年金を計画的に使う切り詰めた生活の中では、そういった衝動買いはできていなかったはずで。だから、なんだか嬉しかったですね。

自分の力でお金を稼ぐということによって、生活の潤いや楽しみができたばあちゃんたち。2人でお酒を飲むその姿を想像すると、なんだか私の心までポカポカと温かくなる心地がしました。

さらに、そうして幸せややりがいを感じることは、精神的な充実だけではなく、身体的にもポジティブな影響が出ることもあります。

杖がないと歩けん人たちも来てるんですよ。でも仕事中に、杖をパーンって投げてしまうばあちゃんもいて。何かやるべきことがあると、体にも元気が湧いてくるのかもしれないですね。確かなデータがあるわけではありませんが、以前よりも体の調子がよくなっててきぱきと働いてくれているばあちゃんが多い印象です。

チームづくりの主導権をばあちゃんたちへ

働くことで心も体も元気になったばあちゃんたちに、ときには大熊さん自身が怒られてしまうようなこともあるとか。大熊さんとばあちゃんたちはどのような関係性なのでしょう。

いやもう、来てもらったらわかるんですけど、僕は経営者という肩書きですけど、ばあちゃんたちの“子分”みたいなもんですよ(笑)お恥ずかしながら、遅刻をしたらめっちゃ怒られますね。1時間ぐらい説教されますから。でもその関係性がいいじゃないですか。

人として大切なことを説くばあちゃんたちと、ばあちゃんたちへ人生の先輩としてのリスペクトを忘れない大熊さん。怒りや気持ちを素直に伝えることができるのも、信頼関係があるからこそです。

この間も80代のばあちゃんが「商品開発しよろうもん。玉ねぎの皮でふりかけつくるけん、皮いっぱい集めて持ってこい」っていうから、一生懸命かき集めて持っていきました。玉ねぎって1つから2,3枚ぐらいしか皮が出ないから、全然製品化できるような量じゃなかったんですけど。でもよかれと思ってやろうとしている先輩の言葉、無下に断りきらんすもんね。

大熊さんはばあちゃんたちのアイデアに、「まずはやってみよう」と一緒に行動してみます。

この「ふりかけをつくろう」というアイデアは、のちにクラウドファンディングで目標金額の10倍以上の支援を得て大成功をおさめた、「ばあちゃん食堂の万能まぶし」の製作につながりました。ばあちゃんたちの言葉を取りこぼさずに行動する大熊さんがいたからこそ、生まれた商品と言えそうです。

ばあちゃんたちがいきいきと働くために、大熊さんが取り組んでいるのは、その人の可能性が活かされしっかり成長していけるチームづくり。うきはの宝では、75歳以上を「ばあちゃん」、75歳以下を「ばあちゃんジュニア」と呼び、ひとりひとりの性格を考慮しながら柔軟にチームを組むようにしています。

【写真】穏やかな表情で一緒に料理をつくるばあちゃんたち。

こうしたチームづくりによって、ばあちゃんたちは和気あいあいと働いているのかと問うと、「はっきり言って、うまくいってはいないんです」と大熊さんは話します。「うまくいっていない」とはどういう状況なのでしょうか。

組織運営はもうずっとトラブル続きなんですよ。ばあちゃん同士はケンカが絶えないんです。働くうえでは当然のことだと思いますが、互いの仕事ぶりだったり、お給料について不満が出ることもある。仲良く働いてくれたら嬉しいなとは思いますが、高齢になって初対面でいきなり仲良く仕事をするということも、考えてみれば難しいですよね…。

人間関係のトラブルやばあちゃんたちの感情のぶつかり合いには、いつも頭を悩ませていると話す大熊さん。最初は解決をしようと動いていたといいますが、今では少し向き合い方が変わってきました。

違う側面からみたら、鬱々としていたばあちゃんたちが働くことでケンカをするぐらい元気になったということ。だからトラブルを根絶することは不可能だし、必ずしもすべて解決する必要もないかもしれないんじゃないかと思ってます。

これまでにも、チームの組み方を変えるなど仕組みで解決しようとしてきたのですが、それでうまくいくわけでもないんです。人間対人間のトラブルって終わりがないなぁと感じています。

こうした課題を、これまでは若い人に管理者として入ってもらってマネジメント体制を整えることで解決しようとしてきましたが、その試みはうまくいくどころか、互いにストレスを生んでしまい逆効果だったそう。そこで今取り組もうとしているのは、管理者を別で置くのではなく、チームマネジメントの主導権を現場で働いているばあちゃんたち自身に渡すことです。

今まで管理者が全部お膳立てすることが多かったんですが、そうなるとばあちゃんたちも全体像がわからないまま目の前のことをするのでうまくいってなかったんですよ。そうすると余計に不満も出てくる。

そこで、チームをまとめるリーダーのばあちゃんたちに「リーダー手当」をつけてマネジメントを丸ごとお願いしようとしています。ばあちゃんたちも「任せて」と言ってくれているので、もう任せたほうがいいだろうなと。

「任せて」と言うなら任せてみるーー大熊さんは現場で試行錯誤を続けながら、柔軟な思考で、少しずつ改善を重ね、新しい方法を試してみます。ばあちゃん主体のマネジメントへの変更は、「もっとやってみたい」「もっと稼ぎたい」と感じている意欲的なばあちゃんたちには大いに刺激となり、ポジティブなエネルギーをもたらしてくれるかもしれません。

ばあちゃんの、ばあちゃんによる、ばあちゃんのための食堂

このように、ばあちゃんのマネジメントによって運営されるチームで、ばあちゃんたち自身のアイデアから開発したメニューを提供するばあちゃん食堂。訪れるお客さんは、30-40代を中心に、幅広い年代の人がいます。中には、観光を兼ねて遠方から訪れる方も。

また、お客さんには、ばあちゃんに思い入れのある「ばあちゃん子」も多くいます。そんなお客さんの間では、「ばあちゃんのあの味を思い出す」「なつかしい」と会話がはずむそう。自分のばあちゃんにはなかなか会えないから、もういないから、という大人たちが、食堂で働くばあちゃんたちに自分のばあちゃんを重ねているのかもしれません。

【写真】ばあちゃん食堂の様子。たくさんのお客さんが食事をしており、ばあちゃんが接客をしている。

地元産の食材を厳選し、すべて手作りで行っているランチはおいしいと評判だといいます。

ただ、いい食材を使って丁寧に作っているとどうしても値段が相場より高くなってしまい、ビジネスとして成立させていくうえでの葛藤もあります。

地元のランチの相場が500円のところ、うちは1,250円。他より高いのはわかっているし、僕らも本当なら安く提供していろんな人に来てもらいたい。ただ、利益を多く残さないとばあちゃんに給料も払えないし、会社も続けられない。だからそこは、悩みながらも覚悟してやっていますね。

【写真】ばあちゃん食堂の料理。一汁三菜で、バランスのよいメニューが並ぶ。

たしかに値段が安ければ、地元の人が気軽に集まれる場になるのかもしれません。でも、ばあちゃん食堂の目的は、あくまでもばあちゃんたちがいきいきと働き、なおかつその仕事に見合った給料を得られること。葛藤がありながらも、大熊さんは「誰のためにこの事業をやっているのか」という軸をぶらすことはないのです。

一つの町に一つ、ばあちゃんが働ける場所を

「働く」ということを通して、ばあちゃんたちの収入とやりがいを生み出しているうきはの宝は、地域のばあちゃんたちをどんどん元気にしています。

2021年12月に、うきはの宝の本社とばあちゃん食堂は、うきは市の酒造メーカー「いそのさわ」の築120年の古民家屋敷に移転しました。シェアオフィスや宿泊施設が一体となったこの場所で、ばあちゃん食堂に加えて、日本酒Bar「婆bar」を新しく展開しています。

うきはの観光拠点ともなるようなこの場所で、観光客の方にばあちゃんたちがお酒をセレクトして、お出ししようと思っています。居酒屋というよりも、有料試飲のような形ですね。

【写真】うきはの宝とばあちゃん食堂が移転した古民家屋敷の外観。瓦屋根の大きな平屋建てで、手前には庭もある。

【写真】古民家屋敷の内観。広い畳の部屋で、日本らしさを感じる落ち着いた空間。照明には日本酒を飲む枡が使われている。

宿泊施設に訪れる観光客の方が、ばあちゃんたちに地域の話を聞きながら会話をする様子が目に浮かびます。この場所はそうして観光客が出入りすることでにぎわうことはもちろん、シェアオフィスとばあちゃん食堂がともにあることで、新しい出会いが起きることも期待されています。

これまでばあちゃん食堂を開くときだけお客さんが来る、という形だったんですけど、シェアオフィスがあると、ばあちゃんたちの居場所に常に誰かがいる。シェアオフィスに入っている方々に食べにきてもらえるし、ばあちゃんたちとの個人の関係性もできていきますよね。ばあちゃんとビジネスをする人、本来融合しないところが融合すると、良い化学反応が起きるのではないかと思っています。

ばあちゃんたちや地域を元気にする仕組みを次々と展開する大熊さんに、その先にどんな展望を抱いているのか伺うと、全国にばあちゃん食堂を展開していく計画があると教えてくれました。

一つの町、一つの村に、ばあちゃんが働ける場所を一カ所つくりたい、という考えのもとに、全国に一気に広めようとしてます。

大熊さんのもとには、日々「高齢者が働く場所をつくりたい」という問い合わせが届きます。これからはそうした志を持つ全国の仲間とつながり、大熊さんが持つノウハウを提供して、ばあちゃん食堂を全国に500ヶ所展開する、各地に「◯◯(その土地の名前)の宝」をつくる、といった構想を練っています。

現在までに準備しているばあちゃん食堂は、栃木県から沖縄県まで12箇所。フランチャイズシステムを展開する会社に、ばあちゃん食堂の仕組みと権利を提供することで実現しました。

より多くのばあちゃんたちが働く機会をつくるために、スピード感を持って広げたい。そのためにばあちゃん食堂のコンセプトやルールについては、僕の思いと離れないように話し合いを重ねつつ、一緒にばあちゃんたちの働く場を広めようとしています。

さらにうきは市のお隣にある朝倉市で2022年1月に1店、新たな店舗をオープンします。この2店舗はフランチャイズではなく、支店として実際に大熊さんが手を動かしながら準備を進めています。

やっていて気づいたことですが、ばあちゃんたちの中には、お金を稼ぐことよりもただ人と関わりたいという方もいるんですよね。今うきはの店舗では一律に時給でお支払いしているけれど、新しい店舗では、例えば日当で、時給よりは賃金が少ないけれど、よりゆるやかに参加できるような選択ができる仕組みをつくろうとしています。

例えば、食堂で調理はしないけれど、座りながら店番をする。関わり方の選択肢を増やすことで、ばあちゃんたちの望む働き方に臨機応変に応えていきます。

【写真】ばあちゃん二人が、肩に手を置きながら親しそうに話している。

全国のばあちゃんが働ける場づくりを行うことで、大熊さんは、生きがいや社会と接点を持ちたい人の願いを叶えたいと考えています。

ただ、そこで課題になるのが、現行の雇用保険制度。労働者が失業した場合や雇用の継続が困難になった場合に必要な給付を得られる雇用保険は、31日以上の雇用見込みがあることに加え、週に20時間以上働くことが条件となっています。

ただ、実際、高齢者の方の体力を考えると、週に8時間から15時間ぐらいが就労時間の目安だと大熊さんは話します。

僕は、短い時間でも仕事をしたい方たちが安心して働けるよう、国の制度をよりよくしたいんです。高齢者や障害者、生活保護を受けている人のなかに、働くことで地域や社会と接点を持って生きていきたいと思っている人はたくさんいます。新しい枠組みや制度をつくってもらえるよう、これからも国に声をあげていきたいです。

孤立と世代間の闘争を解消するために

そうして、高齢者にとどまらず、社会の中で弱い立場に追いやられている人たちの居場所としての働く場を、増やしていこうとしている大熊さん。一方で、「働くだけが居場所としての解決策じゃないと思う」とも語ります。

居場所としてはやっぱりいろんな居場所があるべきだと思いますね。今はたまたま“ばあちゃんたちが働く会社”にしているけど、将来的にはそこにばあちゃん以外の人たちも入ってこられるし、働く以外の目的もあるような居場所をつくれないかなと思っています。じいちゃんが来てもいいし、子育て中の親たちが来てもいいし、子どもだけで来てもいい。柔軟な居場所ができたらなって。

【写真】ばあちゃん食堂で食事をする女性と子ども。二人並んで、料理を味わっている。

「ばあちゃん」にとどまらず、みんなが憩えるような場をつくりたい。大熊さんがそう考えるのは、やはり大熊さんの原体験である事故での入院時に、自身が孤立していた経験があるからこそ。

孤立こそ、人類最大の敵だと思うんです。自分が孤立していたからこそ、同じような人を見ると胸が痛む。だから孤立の解消を僕はやりたいんです。

誰かが寄り添うことができる仕組みがつくれたら、きっと不幸は生まれないんですよね。

その言葉で、産後うつ、ひきこもり、孤独死…パッと思い起こすだけでも、人や社会とつながれない状況が、多くの問題と呼ばれるものを生み出していることに気づきます。孤立を解消し、つながりを生み出す居場所は誰にでも必要なものかもしれません。

そうした孤立とともに、大熊さんが解消したいと感じているのが、“世代間の闘争”。特に地方にいると、若い世代が新しいことを始めようしたときに、すでにその土地で権力をもっている年上の世代から抑圧されるように感じることがあるといいます。

じいちゃんばあちゃんたちが収入や働く場所がなくて弱い立場にある一方で、地域で権力を持っているのはじいちゃんばあちゃんたちだったりもするんですよ。じいちゃんばあちゃんたちの居場所づくりや自己実現とともに、上の世代に集中していた権力の解放をしていくことが地域や社会にとって必要じゃないかと思ってます。

様々な世代や立場の人がチャレンジをしたり、協力できるような場づくりをするために、うきはの宝では組織内でも多世代型協働モデルを実施しています。

ばあちゃんたちを主役としながら、現在アルバイトも含めて、10代から80代までが共に働いています。高齢者が多いけど、若者もいる。これって日本の超高齢化社会の構図ですよね。これから迎える社会を乗り越えるために、みんなで協力し合って乗り越えるしかないと思っているんです。

多世代型協働モデルを実施することは、若い人と関わることでばあちゃんたちの活力になるだけではなく、高齢化が進むうきは市において若い人の雇用を作り出すことにもつながっています。ひとつのモデルのなかで、いくつかの問題が同時に解決するような仕組みで、地域、そしてその先の日本社会の問題を解決したいと大熊さんは動いています。

ずっとトラブル続き。でも力尽きるつもりはない

うきはの宝のビジョンは大きな共感を呼び、メディアで多数取り上げられるほか、令和2年度の農林水産省が主催するビジネスコンテスト「INACOME(イナカム)」で最優秀賞を受賞。第20回福岡県男女共同参画表彰の「女性の活躍推進部門」で受賞するなど、多方面で評価されています。

誰でもいつかはじいちゃんばあちゃんになる、そういう意味で誰にとっても自分ごとであること。また社会や地域の中で抜け穴となっていた、高齢者の居場所や生きがいの問題を穴埋めする活動として、評価いただいているのかなと感じています。

そう話しながらも、大熊さん自身はまだこれからだと続けます。

内部ではいろんなところから不満や改善を求める声があがっていて、まだ完璧なロールモデルができたという状態ではないんです。もしかしたら誰にとっても完璧な状態は訪れないかもしれない。

今、ばあちゃんたちや管理者、アルバイト、一人ひとりに要望を聞き直しているんです。みんな好き放題言うので、これ全部実現しようとしたら、会社1ヶ月以内に潰れてしまうでしょうね(笑) できることとできないことを分けながら、僕自身も実証実験の場だと思いながらやっています。

大熊さんは、一人ひとりと向き合い、検証や改善を重ねながら事業を展開していきます。事業のモデルやビジョンはもちろんですが、その大熊さんの向き合う姿勢こそが、たくさんの人がうきはの宝から目を離せなくなっている理由かもしれないと感じます。

人と人がいる限り、トラブルはなくならないかもしれない。でもそうしたカオスな状態でありながらも、お互いが尊重しあい、認め合いながらいられたらいいですよね。まだまだ道半ばですけど、でも、全然力尽きるつもりはないので。これからも取り組みを進めていきたいと思っています。

【写真】大勢の人たちと和室でお弁当を囲むおおくまさん。お弁当を持ちながら微笑んでいる。

年を重ねたからこそ持っている経験と知恵を持ち寄り、それぞれのやりたいことや性格を尊重しながら働くことができるうきはの宝。ばあちゃんや地域をどんどん元気にしながらも、その道のりは平坦なものではなく、まだ挑戦の真っ最中。

「うまくいってない、でも全然力尽きるつもりはない」

そう話す大熊さんのエネルギーにあふれてどこか楽しそうな姿に、「トラブルだらけでもオッケー!」と私自身も背中を押してもらったように感じました。

多世代が混じり合い、お互いを活かしながら、ともに歩んでいくーーそんなうきはの宝のような場所が全国に広がった先の未来が、楽しみでなりません。

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(写真/提供写真、編集/工藤瑞穂、企画・進行/小野寺涼子)