みなさんは、音楽を聞くのは好きですか?

私はオーケストラの演奏を聴きに出かけるのが大好きです。エレガントなバイオリン、優しくやわらかな音色のフルート。音が目の前に迫ってくるような演奏に、いつも感動します。

しかし、ダイナミックな演奏風景を目で見ることはできるのに、美しい音楽が聴こえないことで、コンサートの楽しみを味わいきれない人もいます。

そんな聴覚障害のある人の悩みをテクノロジーの力を使って解消しようと、今、新たなプロジェクトが動き出しています。

今回ご紹介するのは耳の聴こえに関わらず音楽を楽しむことができるプロジェクト、「耳で聴かない音楽会」です。

テクノロジーの力で誰もが楽しめる音楽会を

「耳で聴かない音楽会」は、テクノロジーを活用した聴覚支援システムによって、耳が聴こえる・聴こえないに関わらず、生の音楽を楽しめるコンサートです。

プロジェクトを主催するのは日本フィルハーモニー交響楽団(以下、日本フィル)。日本フィルは1956年6月に創立された、歴史ある楽団です。国内で行う年間約150回の演奏会では、クラシック音楽を中心に、映画音楽なども演奏しています。また、子供向けの演奏会や学校や病院、被災地でのワークショップなどにも力を入れています。

【写真】被災地の体育館でワークショップを行う日本フィルのメンバーと聞き入る被災者

さらに音楽会の開催に向けて、アニメーションやコンピュータ技術を利用したアートをつくる、メディアアーティストで筑波大学准教授の落合陽一(ピクシーダストテクノロジーズ)さんがシステムの開発を担っています。

耳の聴こえに関わらず、音楽はそれぞれの人の心にある

「耳で聴かない音楽会」開催のきっかけは、SNSを通した、ある偶然の出会いでした。

もともと日本フィルは、「耳の聴こえに関わらず、音楽はそれぞれの人の心にあるはず」と考えてきました。

特に、最近は障害や病気があっても、豊かな暮らしができるよう、テクノロジーの力を活用する動きが高まっています。

テクノロジーの力を借りて、耳の聴こえない人にも、さまざまな楽器の音が入り混じるオーケストラの音楽を楽しんでもらうことができないだろうか。

そう考える中、日本フィルは聴覚障害のある方が行うサッカー、デフサッカーで活躍する仲井健人選手のtwitterでの投稿を見かけます。

仲井選手:宇佐美雅俊氏、落合陽一氏が開発した「LIVE JACKET(服にスピーカーが埋め込まれ、聴覚・振動を通して体全身で音楽を感じ取る)」着たんだけど、耳の聞こえない僕ら皆、気づいたらリズムに乗ってしまってました。音楽に親しみのない僕らは欲しいなって終始言い合ってたとさ笑

重度聴覚障害がある仲井選手は、音楽を聞いても、曲の流れや表情を感じることができず、それまではあまり音楽に馴染みがありませんでした。しかし、音楽を“着る”ことで、どこでもライブ体験ができるジャケット型のデバイス「LIVE JACKET」を着用してみると、全身でリズムを楽しむことができ、それまで耳で聴くものだと思っていた音楽の概念が覆されたのだそうです。

【写真】LIVE JACKETと並ぶ開発者のおちあいよういちさん、うさみまさとしさん

開発した落合陽一さん(左)と博報堂の宇佐美雅俊(右)さん

仲井選手のツイートを見た日本フィルは「このジャケットを使えば、聴覚障害のある人にも音楽が届けられるのでは」と考えつきます。

そこで、「LIVE JACKET」を共同開発した、メディアアーティストで筑波大学助教授の落合陽一さん(ピクシーダストテクノロジーズ)と株式会社博報堂統合プラニング局の宇佐美雅俊さんにコンタクトを取ったところ、新しい音楽体験を作りたいという思いが一致し、今回のプロジェクトが始動したのです。

「着る音楽体験」という発想から生まれたLIVE JACKET

もともとLIVE JACKTの制作は、宇佐美さんがロックバンドの新アルバム発売に絡めた企画の仕事を任されたことから始まりました。

最近はCDがどんどん売れなくなりながらも、フェスやライブの人気は高まっていると感じていた宇佐美さん。音楽を「体験する」ことにより価値が置かれるようになっているのではと考え、メディアアートの分野で活躍する落合さんに協力を求めました。

今までにない、変わった音の鳴らし方をしたい。

宇佐美さんの強い要望を受け、落合さんも骨伝導や超音波スピーカーなど、さまざまな音の鳴らし方を検討したのだそう。最終的にジャケットの内部にスピーカを搭載し、「音を着る」感覚を楽しむLIVE JACKTが出来上がったのです。

“音を着る”ORCHESTRA JACKET

今回のプロジェクト立ち上げに際し、LIVE JACKETをオーケストラ仕様に変更したのが「ORCHESTRA JACKET」です。

音楽家が舞台で羽織る燕尾服のようなORCHESTRA JACKETは、数十の超小型スピーカーを搭載した特殊なジャケットです。ジャケットを着ると、振動を通して身体中に音が響きます。

【写真】LIVEJACKETには小型のスピーカーが数十個内蔵されている

また、各楽器のパートごとにそれぞれのスピーカーから音楽が再生されることで、何層にも重なった、深みのある音を再現できるのです。

音楽は本来、耳だけでなく全身で楽しむもののはず。好きな音楽を聞いていると、思わず身体を揺らしたり、踊り出したり。そうした、身体が音楽に覆われたり響きが駆け巡る感覚を、ORCHESTRA JACKETは生み出すことができます。

【写真】バイオリン、チェロ、フルート、トランペット等、各学期ごとに音が出るスピーカーが分かれている。

“音をハグする”SOUND HUG

また、今回の音楽会では「ORCHESTRA JACKET」だけでなく、さらに手軽に音楽を楽しむことができる「SOUND HUG」と呼ばれるデバイスも開発。これは、ORCHESTRA JACKETを簡易化したバルーン型の機器です。

【写真】SOUND HUGを持つ女性

バルーン内部には小型の振動スピーカーが設置されています。バルーンを抱くことで、振動を通じて全身で音の速さやリズムを感じられ、「音をハグする感覚」を体験することができるのです。

さらに、現在は音の高低や曲の盛り上がりを、光の色によって表現できるように開発を進めているのだそう。曲の盛り上がりを、振動だけでなく視覚でも感じられたら、音が聴こえなくても、曲が持つ表情をより鮮明に捉えることができるのではないでしょうか。

ORCHESTRA JACKETもSOUND HUGも、耳の聴こえに関わらず、音を身体で感じることで音楽を楽しめる、これまでにない新しいデバイスなのです。

全身で音楽を楽しむことができるように

今回の音楽会では、ORCHESTRA JACKETを1〜2着、SOUND HUGを50個導入します。聴覚障害のある人には、これらのプロダクトを使ってコンサートを「聴いて」もらうのです。

【写真】舞台上で演奏の準備をするオーケストラ

さらに、SOUND HUGのない一般席も用意。プログラムも、イラストやストーリーを見ながら演奏を楽しむことができるものにすることで、聴覚障害のあるなしに関わらず、参加者が一緒に楽しめる音楽会を目指します。

【写真】ORCHESTRA JACKETと、SOUND HUGのセッティングを行う

日本フィルは、4月22日に開催される「耳で聴かない音楽会」に寄せる思いについて、こう話します。

SOUND HUG やORCHESTRA JACKETなどのテクノロジーを活用することで、 障害のあるなしに関わらず、もっともっと多くの方々と『生の音楽』を聴く喜びを分かち合う機会が広がることを望んでいます。

「耳で聴かない音楽会」は、最新のデバイスとともに音楽を楽しむ、壮大な実験の場。

聴こえる人も聴こえない人も、テクノロジーの力を利用することで、五感を使って音を楽しむことができれば、きっとこれまで以上に楽しい音楽体験ができるはず。

日本フィルでは、今までにない体験を実現する空間をつくるべく、音響を整備するために300万円を目標金額にクラウドファンディング内でプロジェクトを公開しています。また、音楽会に先立って4月14日(土曜日)にはクラウドファンディングの応援会が開かれるとのこと。新しい音楽体験に興味のある方は、ぜひ応援してください。

関連情報:

日本フィルハーモニー交響楽団 ホームページ
耳で聴かない音楽会 チケット情報 (聴覚障害のある方へのチケットを先行販売中)
耳で聴かない音楽会 クラウドファンディングページ
4月14日(土曜日)開催クラウドファンディング応援会については こちら