【写真】アイブローを引くおばあさまを、微笑みながら見守るちしおさん

こんにちは!soar編集長の工藤です。

みなさんは「メイクセラピスト」という職業を、耳にしたことがあるでしょうか。

”メイク”というと、外見を飾り美しくするものというイメージがあると思います。でもメイクセラピーは単に外見を綺麗にするだけでなく、心理カウンセリングを取り入れたメイク技法でその人の心も元気にするものなのだそう。

友人を通じて知り合った大平智祉緒さんは、高齢者や入院患者向けにメイク講座を開くなど、まだあまり知られていないメイクセラピーを広めていくための活動をしています。

私自身、お化粧をすると気持ちが明るくなって人に会いたくなるし、自分に自信も生まれるのでお化粧の力を実感しているひとり。なので、智祉緒さんが目を輝かせて、「お化粧で誰かの力になりたい」と話す姿にとても共感しました!

今回は、智祉緒さんがなぜメイクセラピーを始めたのか、メイクセラピストとはどんな仕事なのか、お話していただきたいと思います。

色とりどりのパレットから始まるお化粧が人を笑顔にする

まず、普段どんな風にメイクセラピーをされているのか見学させていただくため、私たちは智祉緒さんのおばあさまのお宅にお邪魔しました!出迎えてくださったおばあさまは、ペイズリー柄のワンピースと綺麗な白い髮の似合う女性。

実は智祉緒さんはお母様とは離れて暮らしていたので、おばあさまにいろんなことを教わりながら育ててもらったのだといいます。おばあさまが着ている素敵なワンピースは、なんとご自身でつくられたもの!智祉緒さんは、美意識が高くて自由な自立した女性であるおばあさまからたくさん影響を受けたそう。

今日は、昔より外出する機会が減って、なかなかお化粧をすることもなくなっているというおばあさまに、智祉緒さんがメイクセラピーをします。

【写真】真剣な表情で、おばあさまの顔に触れるちしおさん

【写真】鏡の前でおばあさまの顔にメイクを施しながら、メイク方法を笑顔で伝えるちしおさん

ゆっくり丁寧にスキンケアをして、お化粧が始まります。智祉緒さんが優しい手つきで素肌に触れると、おばあさまはとっても気持ち良さそうな表情。眉毛を整えて、チークと口紅を塗って。智祉緒さんが色とりどりのパレットを手にメイクをしていくと、どんどんおばあさまの顔つきが明るく元気になっていきます。

おばあさまは途中で、「わたしはこっちのほうがいいわ」と自分の意見を口にするように。ついには自分で筆を持ってリップを塗り始めました!

【写真】自分で選んだリップを、丁寧に唇に塗るおばあさま

顔は人生そのものなのでこだわりが強いんです。だから最初乗り気じゃなかった人も、お化粧を始めると「こうしたい」っていい始めるんですよ。それってすごくいい傾向ですよね。やられるがままより自分の要望を言ってもらったほうがこちらは嬉しいですし。そのうち「自分でやってみる」ってご自身でお化粧をし始めるんです。

認知症のおばあちゃんが、智祉緒さんがお化粧をしている途中に突然火がついて、自分でリップを持って塗り始めたこともあったのだそう。「若い頃はいつも化粧してたのよ」と生き生きとお化粧をする高齢者の方を見るのも、智祉緒さんの楽しみのひとつなのだといいます。

最初はあまり表情がなかったおばあさまも、最後には嬉しそうなにっこり笑顔に!そして気持ちが高揚したのか、昔のことをたくさんおしゃべりしてくださいました。

【写真】メイクが完成して明るい笑顔を見せてくれたおばあさまと、その様子を嬉しそうな表情で見守るちしおさん

お化粧はただ外見を美しくするだけでなく、気持ちを明るくしてくれるのだと実感したとても素敵な時間でした。智祉緒さんは、このメイクセラピーを高齢者や病院患者さんなど、今ケアが必要なひとたちに届けていきたいのだといいます。

「美容というよりも”ケアする人”という気持ちでいたいので、あえて私服ではなく、このようなオリジナルの白い制服を着ています。」

智祉緒さんはいったいどんな経験がきっかけで、メイクセラピーの道を志したのでしょう?これまでのストーリーとメイクセラピーへの想いを、ご本人に綴ってもらうことにしました。

メイクセラピストは自分らしい生き方をサポートする仕事

【写真】明るい表情でまっすぐカメラを見つめるちしおさん。横にはメイク道具が写っている

こんにちは!メイクセラピストの大平智祉緒です。現在私はフリーのメイクセラピストとして活動しています。医療や介護の場でも美容の効果を応用し、最期まで自分らしく生きることをサポートができるのではないかと思い、日々試行錯誤しています。

現在は老人福祉センターでメイクセラピー教室を開催したり、介護付き老人ホームではお一人お一人のこれまでの暮らしをお聞きしながら、今出来る範囲でのお化粧やスキンケアをお伝えしています。また、病院で開催される外見ケアイベントにも月に2回ほどお手伝いに行っています。

患者さんも周りのひともケアできる看護師になりたい

私は、今は結婚して子どももいますが、結婚前までは大学病院で看護師をしていました。

看護師の道を志したのは、10代の頃に大好きだった父親を癌で亡くしたことがきっかけです。父に癌が見つかった時には既に末期の状態で、告知を受けてからたった1ヶ月足らずで、父は帰らぬ人となってしまいました。

当時15歳だった私は、中学が終わると制服のまま父の入院する病院に行っていました。テストの答案を持って「お父さん、テストで良い点とれたよ!」と話し掛けるつもりで行ったのに、薬の影響でほとんど意識のない父親を見ると胸が締め付けられ、声が出ませんでした。私には、日に日に衰弱していく父の姿を、ただただベッドサイドで見つめることが精一杯だったんです。

父が亡くなった後、そのことをずっとずっと後悔しました。

もっとお父さんに伝えたいことが沢山あったのに。もっとお父さんの温もりを感じたかった。亡くなってしまったらもう、触れることも声を掛けることもできません。

「もう二度とこんな想いはしたくない。みんなに自分と同じ想いをしてほしくない。」

そう思い、人生の最期を迎える患者さんやご家族の精神的な痛みを緩和できる看護師になろうと思いました。

看護学生の頃に人間の聴覚は最期まで残るということを学びました。医療従事者にとったら当たり前の知識も、一般の人にはあまり知られていないことは沢山あります。15歳の私に「お父さん、意識はなくても耳は聞こえているから、沢山話し掛けてあげてね」そう言ってくれる看護師さんがいたら、その後の私の悲しみも少しは軽くなっていたのかもしれません。

家族や友人など、大切な人が病気になった時、何か自分にできることはないか、誰もが考えると思います。特に病院に入ってしまうと何をしていいのか、何ができるのかそれがわかる人は多くはありません。たとえもう完治が望めない状況であったとしても、“その人”に寄り添い、肌に触れたり、話をしたり、少しでも心地よくいられるように、そんな何気ないことがケアの本質なのだと思います。

「あなたを大切に思っている」

それを最期の最期までそばで伝え続ける。ご家族も含め一緒に、“care”をすることが私の目指す看護師像だったのです。

患者さんの表情を明るくするメイクセラピーとの出会い

【写真】色とりどりのアイシャドウや、丁寧に並べられた化粧クリーム類

大学卒業後は、高齢者の患者さんが多い病院に就職しました。

でもやはり、病院はどうしても治療を優先にせざるを得ません。どんなご高齢であろうと最期まで、たくさんの管につながって苦しそうに亡くなっていく姿をたくさん見ました。日常の処置やケアも管が抜けないよう、ご家族には退出して頂き、看護師だけで行うことがほとんど。

「このように最期の時間を過ごすことは、本当に本人が望んでいることなのかな」
「看護ケアってなんだろう。私がやりたかったのはこういうものだったのか・・・」

どうしようもないとわかってはいても、疑問や葛藤があった看護師時代でした。

そんな時に、出会ったのがメイクセラピーでした。

当時実習に来ていた看護学生が、メイクセラピーだと言って認知症のある80代の女性患者さんにマニキュアをつけたんです。私は初めてメイクセラピーという言葉を聞きましたし、正直「それは医療現場に必要なことなの?本当に患者さんにとっていいものだというエビデンスはあるの?」と思いました。

でも、学生にマニキュアをつけてもらったその瞬間、それまで全く表情もなく声掛けにもほとんど反応もなかった患者さんがすごく嬉しそうな表情になったんです!患者さんは、綺麗になった爪をずっと見ていました。その学生が帰った後もずっとずっと、車椅子に座りながら自分の爪を眺めているんです。

私は思わず、「きれいになりましたね」と声をかけました。すると、初めて私の声に反応して、ニコ〜ッと、笑ってくれたんです。

「わぁ。この方、こんな顔して笑うんだ。こんな可愛らしくて女性らしい部分があったんだ!」

私はびっくりしました。綺麗になるということは、こんなにも心に与える影響が大きいんだと、初めて知りました!認知症があっても、病院に入院していても、世代が違っていても、キレイになって嬉しいと感じる気持ちは私達と何も変わらないのかもしれないと思いました。患者である以前に、一人の女性であり、生活者であることを気付かせてもらった出来事でした。

感動した私は、すぐにメイクセラピーをインターネットで調べてみることに。でも検索して出てきたのは「なりたい自分になるメイク」といったメイクセラピーで、その時はすぐに臨床で活かせるような情報は見つけられませんでした。

ひとまず、なりたい自分になるメイクセラピー検定を在宅で受験しましたが、その後結婚を機に看護職を一旦辞め、専業主婦になりました。

子どもが「お母さんは幸せなんだ」と思ってくれるように

【写真】笑顔でライターの質問に答えるちしおさん

結婚後、私はすぐに子どもを授かりました!子どもが3歳くらいになったらまた看護師に戻る気でいましたが、”お母さん”をちゃんとやりたいと思っていた私は、妊娠期間中から子育てに関する多くの本を読みました。子どもにとって良いと言われていることをなるべくたくさんやってあげようと、一生懸命でした。

初めて自分のお腹から出てきた我が子を手にした瞬間、私はこれまでに経験したことがないほど、温かく優しい気持ちに包まれました!

私を母親にしてくれたこと、無事に生まれてきてくれたことに感謝の想いでいっぱいになりました。だからこの子のために、私は“良い母親”じゃなくてもいい、“幸せなお母さん”でい続けよう。そう思ったんです。

父を亡くしてから、私の中にはずっと父の寂しそうな顔が残っていました。最期何もできなかったという後悔と共に、ずっと「お父さんごめんね」という思いがあったんです。しかし、親になって初めて「お父さんも幸せだったのかもしれないな」と思えるようになりました。

兄に話すとあっさりと、「そうだよ、お父さんすごく幸せだったよ」と言われて。その言葉を聞いた私は、長年自分を攻め続けていた日々から解放されました。

でも、なぜ私はお父さんは可哀想な人、不幸だったと思い込んでいたのでしょう?

振り返ったとき、大きな要因の1つに記憶に残っている父の外見から受ける印象が大きかったと気づきました。外見のイメージは、その人が亡くなった後もずっと遺された人の心に残り続けます。私の記憶のなかには、亡くなる前の寂しそうな顔ばかりがありました。

でもよくよく思い出してみると、休みの日には好きなお酒を飲んで、映画を見て。意外と好きなように楽しんで生きていた父でした(笑)

だから私は、我が子にしっかりと「お母さんはあなたが産まれてくれて本当に幸せ」というメッセージを、言葉だけでなく、見た目からも伝えていきたいと思いました。私にいつ、何が起きても「お母さんって幸せだったよね」って後から思えるような。そんな幸せそうにしているお母さんのイメージが家族の心には残り続けてほしいって思ったんです。

お化粧には自分と社会をつなぐ役割がある

そうはいっても、子育てというのは予測不能なことがたくさん起きるし、日々親は必死です。自分のことは、自然と後回しになってしまいます。特に専業主婦をしていると、自分のことに時間やお金を使うことに罪悪感すら感じるようになるんです。仕事に行かないので、お化粧もあまり必要がないものにもなりました。

でも、そんな日常の中でも、私は軽くお化粧をして身支度を整えると、自然と気持ちが切り替わることに気づきました。

夜間の授乳でどんなに寝不足でも、肌を整えお化粧をする時間をつくることは、私にとって、気持ちを切り替え生活のリズムを整える助けになっていました。仕事のときとは違う「自分のためにするお化粧」は、私のなかにいる“幸せなお母さん”を支えてくれたんです。

そして、お化粧をすると、なんだか社会の一員に戻れる気がしたのです。子育てで家に閉じこもっていたのに、いつのまにか化粧をすることで用がなくても外に出る気になり、人ともおしゃべりできている自分がいました。

私はその経験から、「お化粧には自分と社会をつなぐ、重要な役割がある」と感じるようになりました。

自分自身の心と向き合うためのメイク

【写真】丁寧に手入れされたアイシャドウ
私はお化粧の効果をもっと知りたいと思い、メイクセラピーの検定の生みの親、岩井結美子先生のもとで学ぶことを決めました。

岩井先生のメイクセラピーは心理学の手法を使い、「自分自身がどんなイメージになりたいのか」をカウンセリングで引き出します。お化粧を自分らしく生きる手段の一つとして、”なりたい自分”にお化粧で印象を変えていくのです。講座の中では自分自身がどうしたいのか、何をしたいのか、受講生同士で互いにカウンセリングをし合い、自身の心と向き合います。

私が一番に思い出すのはやはり、父のこと。そして看護師時代メイクセラピーを知るきっかけとなった患者さんのことでした。

メイクセラピスト養成講座を修了後、私は三女を出産しました。まだ赤ちゃんが生まれたばかりで何も行動できずにいた頃、長女の幼稚園のママ友が「しおちゃんの、メイクセラピー受けてみたい!」と言ってくれました。その言葉に後押しされた私は、子育て真っ只中でメイクセラピストの活動をスタートしました。

一番初めは幼稚園のクラスの有志で行うハロウィンパーティで、ママ達にお化粧をさせてもらいました。普段は子どもが中心のイベントの場だけど、お化粧をしたらママ達もすごく盛り上がって!みんなで写真撮影をしたり、顔を見合って笑いあったり。綺麗になった顔そのものよりも、メイクをきっかけに生まれたママたちの弾ける笑顔が本当に美しいと感じました。私は「こんな笑顔にしてくれるんだ!」と、改めてお化粧の力に感動しました。

高齢者にとってはお化粧が筋トレにも

介護予防フェア メイクセラピー体験会の様子

介護予防フェア メイクセラピー体験会の様子

その後どうやって活動しようと悩んでいたところ、私の住む浦安市内にあるママの活躍を支援するNPO団体が目に留まりました。ピンときた私は、代表の方に連絡しランチ会に参加させてもらうことに。そこでこれまでの経緯を話してみると、たまたま参加されていた地元の不動産会社の部長さんが「大平さん、それ、すごくいいね!主催する!」と言ってくれ、なんと65歳以上向けのお化粧教室を開催してくれました!

それをきっかけに、化粧の持つ効果や現在の医療や介護現場でのメイクセラピーの実態、海外の美容ケアの現状などを調べ、自分で勉強をしました。以前私が看護師の時に探していた時より、日本国内でもだいぶ状況が変わっており、あらゆる分野で化粧に関する研究が進められていました。

高齢者にとっては実はお化粧が筋トレにもなるんです!資生堂の研究によるとなんと食事の2、3倍もの筋力を使われているんですね。そして、化粧をすると気持ちが前向きになり人と会いたくなる。「化粧をするという行為は生きがいに直結していて、身体的、心理的、社会的にも効果がある」といった内容をお化粧教室で伝えると、みなさんとても驚いて「そんな効果があったのね!」と一生懸命メモをしていました。

参加した高齢者の中には「これまでお化粧なんてちゃんと学んだことない。」「あまり目立つことはしてはいけないと思って生きて来た」という方もいらっしゃいました。でも時間が経つほどに徐々に緊張もほぐれ、初対面の方同士でも互いに顔を見合わせて「キレイよ〜!」と言い合ったり。みんなでワイワイと“キレイになる時間”を楽しむことができました!

イベントでの高齢者向けのメイクセラピーデモンストレーション

イベントでの高齢者向けのメイクセラピーデモンストレーション

顔には心や身体の状態が表れてくるので、客観的に自分の顔を見たり、触れることの大切さを、予防医学やセルフケアの視点からもお伝えするようにしています。

何より、美容は世代を超えて、女性同士が盛り上がることができる話題です。ご年配の方には特に年齢を重ねた今だからこその美しさがあると、私は思っています。周りの人と比べず、自分で自分を”うん、OK!”と思えることは精神衛生上もとても大切で、そのためには主体性を持ってスキンケアやお化粧をすることはとても効果的な方法だと感じています。

お化粧が生み出す価値はたくさんある

【写真】おばあさまにメイクを施すちしおさん。おばあさまは、安心した表情で目を瞑っている
ここで私の考える、お化粧の生み出す価値についてお話ししたいと思います。

【1】自分と社会とのつながりを生み出してくれる

お化粧と聞くと、まだまだ外見を粧うもののイメージが強いかもしれませんが、お化粧はその方のQOL(生活の質)を支える手段のひとつです。お化粧をしたことで気持ちが前向きになり自分に自信がつくと、人と会いたくなる。そして自分も周りも元気になる。

ただ華やかに見せるだけが、お化粧ではありません。お化粧は社会と自分を結ぶツールのひとつ、人と会う原動力になるのです。

そしてお化粧は女性のものだけと思われがちですが、鏡を見て髭を剃ったりと整容の時間は男性にとっても大切です。鏡を見ることは、自分を客観的に見ることであり、外見を気にすることは第三者を意識することです。社会性を持ち続けることは幸せにイキイキと生きる秘訣だと私は思っています。

実際、自分の顔や外見のことを誰かに相談をするのは初めは抵抗があるかもしれません。年齢を重ねれば重ねるほど、お顔にはその方の人生が現れています。ご高齢の方は最初は化粧をされるのを嫌がる人もいます。なので私はメイクセラピーのとき、無理強いせずしっかりと信頼関係を築くことを心がけています。本人のタイミングを見計らって、少しずつお化粧をしていきます。

でもいざやり始めてみるとスイッチが入って、楽しくなってくる人が多いんです!綺麗になると周りも気が付いて声を掛けてくれるから、嬉しくなって意欲が上がる。そんな好循環が生まれるのがお化粧の良さだと思っています。

【2】自分の肌に触れることは、自分をいたわり愛すること

メイクセラピーというのは、メイクをすることだけに効果があるものではありません。私は「自分お肌に触れる」ということそのものがとても大切だと思っています。

肌に触れることは今の存在をそのまま受け入れること。”ケア”の基本だと思いますし、今生きているからこそできることです。

お化粧に抵抗がある方や、事情によりできない方には、ハンドマッサージやスキンケアだけでも意味があります。また、爪先のケアすることや、ネイルカラーなど、常に視界に入る指先が綺麗に整えられていることは心に与える影響もとても大きいようです。

ある視覚障害のある70代の女性が、自分の手でスキンケアやお化粧をするようになってから、自分の顔が愛おしくて仕方がなくなったとおっしゃっていたこともありました。

自らの手で自分の顔や手を優しく丁寧に触れることは、自分を愛すること。スキンケアやお化粧により、自分の顔をいたわってあげることは、障害のあるなしや老若男女問わず、同じ意味があることだと思います。

【3】自分の心・体と向き合う時間になる

お顔には心の状態、体の状態、いろんな情報が表れています。今は雑誌やインターネットで多くの美容情報を得ることができます。でも、今の自分の状態は、自分の目で見て肌で感じて、確認するしかありません。

視覚、嗅覚、触覚を使うのがお化粧で、この〝感覚〟を大切にすることが幸福感と深く関係するのです。予防医学の視点からも自分への関心を高め、日常の中で自分の心と体に意識を向けることはとても大切です。

「今日もがんばった、明日もがんばろう」という自分へのメッセージをこめて化粧をしてほしいなと思います。

病気になっても自分らしく暮らすために

【写真】メイクされた美しい顔を、鏡で眺めながら微笑むおばあさま

私はこれまでママ向けのメイク講座や高齢者向けのお化粧教室を経験してきましたが、病院でも、今まさにつらい治療と闘う方々にもこのメイクセラピーを応用できないかと考えています。フランスでは国立病院などで美容ケアを行う専門職者が医療の一角を担う重要な役割として活躍しているとのこと。メイクセラピーも今後、医療や福祉チームの一員として提供できるようになることを期待しています。

病院に入院すると、どうしてもいろんなことを我慢しなくてはならなくなります。周りも病気のことばかりにフォーカスするので、その方の心のなかの”病”の割合がどうしても大きくなっていく。その反面、本来の“自分らしさ”がどんどん小さくなっているような気がします。

入院中でも自分らしさを見失わないことはとても大切です。そして退院後も治療を継続しながら、疾患や障害と共に生活をしていくには、社会との付き合い方を自分自身でもコントロールしていかなくてはなりません。

メイクセラピーは自分自身の気持ちと向き合い、化粧により外見の印象を自分で管理します。これはセルフケアの一つだと思っています。

病気があっても、治療中であっても、人生を楽しむことは大事だと私は思います。美味しいもの食べたり、病気のことを忘れる瞬間だって必要。命と同じくらい、楽しむことや自分らしい生活は大切です。

あたりまえのように外見ケアが受けられる世の中に

また、病院内でセラピストがマッサージやネイル、メイクをする時間の中で、患者さんの本音や心配事などを聞けることが多くあります。そういった少しゆっくりと自分のことを語れる場、ご家族も本音をこぼせる場が病院の中にも必要です。話をすることで客観的に自分を見ることができ、それが結果的に患者さんや家族のセルフケア能力、生命力の向上につながるのではないでしょうか。外見をケアすることは全人的なケアです。

健康な人だって、何となく落ち込んでいる時や自信を亡くしている時は、顔にちょっと出来てしまった吹き出物が気になったり、やたら自分の欠点ばかり見えてしまったりすることもありますよね。なので入院中だとしても、爪先がきちんとケアされている、抜けてしまった眉毛を自分で左右対称に描くことができるといった些細なことが、安心感や自信につながるのだと思います。

また、現在は薬の副作用や放射線、手術の跡など直接外見に変化を及ぼす治療も多くあります。命が助かったから終わりではなく、副作用症状への対応の必要性もあり、医学、看護学、薬学、心理学、化粧品会社などの連携が必要です。

美容と福祉を結んでいる事業例がいくつかあります。資生堂は独自の化粧療法プログラムとして、高齢者施設等でお化粧教室を開催しています。ナリス化粧品は、「日本介護美容セラピスト協会」という関連団体を発足。現在は「ビューティータッチセラピスト」といった、高齢者のQOLの向上を目的とした介護美容部員の育成や派遣に力を入れています。

また、知覚障害がある方でも自分でフルメイクすることができるブラインドメイクという手法が医療保険の適応になりました。今後、化粧訓練士といった職業が確立し、眼科領域で活躍されることでしょう。美容福祉士という新しい職業も出てきていました。

外見の悩みや問題は、自分と社会を結ぶ大切な要素です。今後は病院内にも地域にも、外見のフォローができる場所、安心して相談ができる人がいる、当たり前のように外見ケアが受けられる、そんな世の中になってほしいと思います。

人生の主役である自分にスポットライトを当てる

【写真】おばあさまの顔にブラシでメイクを施すちしおさん。鏡を見ながら、丁寧にメイクを進めている

以前、企業主催のイベントで70代の奥様にメイクセラピーをする機会がありました。ご主人も一緒に同席され、どんな奥様なのか、ご主人にも最初にお話を伺いました。

「これまでずっと僕を支えてくれた。本当に優しい家内なんだ」

ご主人が初めて語る奥様への想いを聞いて、奥様は本当に嬉しそうで。お化粧も優しく柔らかい印象に見えるように施しました。その過程を見ていたご主人はとても感激され、深く頷きなら奥様のお顔を見入っていらっしゃいました。お化粧の後に、お二人でお写真を撮られ、ご主人は奥様の手を取り、「キレイだよ」とおっしゃいました。

震災をきっかけにお化粧をほとんどしなくなっていたという奥様。普段のご主人は寡黙であまり多くを語らない方だそう。でもこれまでのお二人の話も聞かせて頂き、奥様は「こんなに楽しい時間になるとは思っていませんでした」と深々とお辞儀をされ、帰って行かれました。

私はメイクセラピーを通じて、お二人の人生に少し触れさせて頂いたような気がして、とても幸せな気分になりました。

また、抗がん剤の治療をされてきた60代の女性にお化粧をさせていただいたときは、「ずっとこうやって相談できる場が欲しかった。あなたの笑顔を見ていると嬉しくなるわ」と言っていただけました。

その言葉は、私がメイクセラピストとして活動していくうえで、大きな原動力になっています。 

【写真】メイクが完了したおばあさまの肩に手を置き、笑顔でカメラを見つめるちしおさん

私は、これから看護師資格を持つメイクセラピストとして、身体的、精神的、社会的、霊的苦痛を受け入れた上で、その苦しみがメイクセラピーにより軽減できるよう関わっていきたいと思います。

ほんの小さな手段の一つですが、お化粧には他のケアや治療にはない大きな可能性があります。もちろん私1人でできることではありません。メイクセラピストとしての専門性をしっかりと確立し、他職種と連携しながら、その方を支えるケアの1つとして提供できるようにしていきたいです。

お化粧は、人生の主役である自分自身に再びスポットライトを当ててくれます。病気や障害、人生の最終段階が迫っていても、自分の人生に主体性を持ち、幸福感を少しでも感じながら生活できるよう、サポートしていきたいと思います。

自分をいたわるように大切にメイクを楽しむ

戻ってきました!工藤です。

大人になってからあたりまえのように毎日メイクをしてきましたが、智祉緒さんのお話を聞いてメイクは自分自身のためだけでなく、周りのひとのため、社会とつながるためでもあるのだなと気づきました。そして、自分に向き合ってスキンケアやメイクをすることは、自分を大切にすることにつながるのですね。

智祉緒さんのおばあさまの、嬉しそうなほころんだ笑顔が忘れられません。たくさんのひとがメイクで笑顔になれる瞬間を生み出すために活動していく智祉緒さんを、私も心から応援していきたいです。

そして、私自身も自分をいたわるように大切に毎日のメイクを楽しんでいきたいと思います。

関連情報:
大平智祉緒さんが主宰する「NOTICE」ホームページ

(写真/馬場加奈子)