【写真】ウェルカムと書かれたボードの後ろで笑顔を向ける、いしいまさひろさん、おがわあんずさん、まつだゆりこさん

左から、学校司書の松田さん、パノラマ代表の石井さん、パノラマ職員の小川さん。

とある木曜日の午前中。私たちは、神奈川県立田奈高校の図書館にいました。授業中の校内はしーんとしていて、図書館には誰もいません。

ところが時計が11時を回ったころ、図書館に大人が集まり始めました。エプロンや割烹着を身に着け、いそいそとお菓子やジュースを並べています。セットしたスピーカーからはジャズ調の音楽まで流れ始めました!

【写真】プラスチックコップを空けてカフェの準備をしているスタッフたち

図書館といえば静かに本を読んだり自習をしたりする場所。飲食は絶対禁止というイメージがあります。それなのになぜ、田奈高校の図書館ではノリの良い音楽が流れ、大人が率先してお菓子を並べているのでしょう。

実は田奈高校の図書館は、「校内居場所カフェ」として開放されている場所です。生徒たちはスタッフと交流しながら、気軽に自分の悩みなどを相談することができます。

生徒のなかには、学校や家庭で居場所がないと感じている子どもたちがいます。また、卒業後に学校や就職先といった「所属」を失ったまま孤立し、支援につながれなくなる子どもたちも。

”孤立”は、引きこもりにつながったり、ネットに居場所を求め犯罪に巻き込まれたり、と様々なリスクと隣り合わせでもあります。

カフェが掲げるのは、生徒たちへの「予防型支援」。

孤立している、もしくは卒業後に孤立する恐れのある高校生たちに居場所を作ることで、彼らに起こりうる困難を予防すること。これが、ぴっかりカフェの目的です。

木曜日は、週に一度の「ぴっかりカフェ」開催日。カフェのスタッフは、生徒の保護者でも先生でもなく、ボランティアで集まった地域の人たちです。

来客は毎回200人以上!居心地の良さが自慢のカフェ

廊下に出された看板には「コーンポタージュとトルコのおやつ」の文字が。どうやら、今日のカフェの特別メニューのようです。

【写真】廊下には「ぴっかりカフェオープン 12:10〜16:00 今日の特別メニュー コーンスープとトルコのおやつ」と書かれた看板が

昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ると、さっそく本日1人目のお客さんがやってきました。

コーンポタージュとトルコのおやつだってー!!!!いえーい!!!

ハイテンションで飛び込んできた男子生徒は、ぴっかりカフェ常連の高校1年生。そのあとも続々と生徒がやってきて、ソファや椅子はあっというまに満席に!高校生たちの笑いさざめく声であふれ、図書館とは思えないほどのにぎやかさです。

なんでもこのカフェ、毎回200人から300人くらいの生徒、そして年間200人くらいのボランティアがやってくるほどに大盛況なのだといいます。

【写真】図書館に生徒がたくさん集まって椅子に座って話している

持参した昼食やもらったおかしを食べながらおしゃべりしているグループもあれば、ボードゲームに興じる生徒、誰が持ってきたのか、皿回しで盛り上がっている生徒たちも。大人たちも生徒に混ざってオセロで真剣勝負をしていたりおしゃべりしたり。

誰もが自然体でくつろいでいる、とても居心地の良い空間です。

【写真】インスタント味噌汁にお湯を入れる学生

インスタント味噌汁は大人気メニューなんだとか。

そんななか、ある男性がギターを弾き始めました。

【写真】生徒にギターを教えるいしいまさひろさん

ぽろんぽろんと弾いていると、周りに生徒が集まってきます。みんな、歌を口ずさんだり足でリズムをとったりしてとても楽しそう。中には、隣に座って弾き方を教えてもらう生徒もいます。

この男性こそが、ぴっかりカフェのマスターでNPO法人パノラマ代表の、石井正宏さん。

【写真】カメラに向かって笑顔を向けるいしいまさひろさん

石井さん:孤独とは、人生の登場人物が少ないということ。生徒たちの人生に、手を差し伸べてくれる登場人物を増やしたいんです。

このような想いから、ぴっかりカフェを運営する石井さん。

学校内で行われる生徒へのサポートというとカウンセリングなど個別相談の場をまず思い浮かべますが、石井さんが「居場所」という形の支援に行きついたのは、なぜなのでしょう。そして、高校生たちの日常やその将来にどのような影響を与えているのでしょうか。

石井さん、そして、ともにカフェを運営するパノラマ職員の小川杏子さんと学校司書の松田ユリ子さんに、お話を伺いました!

”ここの大人は優しいよ”

パノラマではぴっかりカフェのほか、「どろっぴん」という個別相談や、「バイターン」という就労支援も行っています。バイターンは「バイト+インターン」の造語で、有給職業体験のようなもの。入り口にぴっかりカフェ、出口にバイターンがあり、その中間にどろっぴんがあるようなイメージで運営されています。

【写真】図書館のドアには個別相談どろっぴんの詳細が書かれた紙が貼られている

入り口であるぴっかりカフェは、誰もがふらっと気軽に立ち寄れる場所。そのため、生徒のカフェの使い方は様々です。

放課後にカフェに立ち寄る感覚で来ていたり、友達と話したりお菓子を食べるために来ていたり。

印象的だったのは、大人との関わりはコップに名前を書いてもらうときだけだと言っていた生徒も、「ここの大人は優しいよ」と口にしていたこと。大人とのちょっとしたやりとりのなかで名前を呼んでもらい、あいさつをする仲になったのだといいます。

なかには、どろっぴんで個別相談をしたことをきっかけに病院に行くときに石井さんがついてきてくれて、とても安心したという生徒も。

ふらっと立ち寄るのもよし、相談支援を利用するのもよし。生徒それぞれの使い方ができるのが、ぴっかりカフェの特徴です。

「ぴっかりカフェ」で自然に出会い、「バイターン」や「どろっぴん」の支援につなぐ

個別相談や就労支援の前に「ぴっかりカフェ」という入り口を作ったのは、支援員である石井さんが相談者との「出会い方」に違和感を持っていたからでした。

石井さん:相談員とか支援員ってたいてい閉じこもりがちで、先生たちが連れてきた子と会う。でも、生徒は不本意なことも多い。顔の知らない大人といきなり会うのっていやじゃないですか。いびつな出会い方なんですよね。

【写真】椅子に座って生徒と向かいはって話すいしいまさひろさん

たしかに、大人であっても、よく知らない人に自分のことをさらけ出すのには勇気がいります。大人に警戒心を持っている高校生は、相談する「大人」と「場」を用意されたとしても、心を開いてくれないかもしれません。石井さんにとってぴっかりカフェは、生徒と“自然な形で”出会うための場所なのです。

石井さん:ぴっかりカフェは、「出会いの場」。そして子どもたちの、僕らへの「信頼貯金」がたまるのを待つ場所。たまった「信頼貯金」を使ってぴっかりカフェで相談してもらったり、どろっぴんに来てもらって個別相談をしたり、卒業後のサポートをしたりしています。

支援をするにはまず関係性を作ることから。「信頼貯金」があってこそ助けることができる、という考え方は、石井さんの活動の軸となっているのです。

支援にたどりつくまでのブランクを、縮めたい

次に、石井さんが「予防型支援」に取り組むことになった経緯を伺いました。

石井さんは前職のNPOで、引きこもりの若者を支援していました。支援機関に来る若者は、20代後半くらいがメインの層だったといいます。

若者が引きこもりになるきっかけのひとつとして、高校の中退や卒業後の進路が決まらない、就職先に馴染めない、といったことがあります。

高校の進路選択は15,6歳から始まり、進路未決定のまま卒業となるのも18歳。20代後半に支援につながるまでには、10年近くものブランクがあります。このブランクの間に、自信の喪失、コミュニケーションスキルの低下、抑うつ症状など、さまざまな困難を抱えてしまう若者が非常に多いのです。

【写真】腕を組んで考えている様子のいしいまさひろさん

石井さん:長いこと支援につながれず孤立する若者をたくさん見てきました。僕は、支援にたどりつくまでのブランクを縮めたいんです。だから、学校に入ってきました。

田奈高校は神奈川県内に5校あるクリエイティブスクール(学力検査や成績による評価を経ずに入学できる全日制高校)の1つで、さまざまな課題を抱える生徒を受け入れています。

【写真】図書館のドアには映画のフライヤーなども貼られている

石井さんは、内閣府のモデル事業「よこはまパーソナル・サポートサービス」の「出張相談」の支援員として、田奈高校に入るようになりました。

「出張相談」とは、就労支援の専門家や臨床心理士が学校の中に入り、中退や進路未決定を予防すると同時に、たとえそうなっても社会とつながっていられるようにしようという取り組みのこと。

こうして石井さんは、多様な背景を持つ田奈高校の生徒に支援をするようになったのです。

図書館は外部に開く「窓」のようなものだから、カフェであることに違和感がない

【写真】図書館の入り口はペンキで鮮やかな色で塗られていて明るい雰囲気

石井さんが田奈高校で最初にしたことは、閉じられた相談室ではなく多くの生徒と自由に出会える場所を探すことでした。当時から田奈高校の図書館は「ぴっかり図書館」という名前で、生徒たちの交流スぺースになっていたのです。そこに目をつけた石井さんは、まず図書館で相談室を始めました。

【写真】いしいまさひろさんが生徒との相談で使うこともある、質問が書かれたカードを見せてくれた

質問が書かれたカードを使って、キャリア相談に乗ることもあります。

しかし、相談室の運営主体であった内閣府の助成事業は2012年で打ち切りに。石井さんは別の助成金をもらって相談室を続け、最終的にはクラウドファンディングで資金を集めて、自主資金事業として始めたのがぴっかりカフェだったのだといいます。

図書館をカフェにするということに対して、反対の声はなかったのでしょうか。石井さんが田奈高校に入ってくる前からぴっかり図書館を運営していた学校司書の松田ユリ子さんは、こう言います。

【写真】笑顔で話すまつだゆりこさん

松田さん:図書館は、いろいろな情報を得るためのメディアをそろえるところでしょう。そのひとつとして「人」があると思っているのね。本を開けばすぐに別の場所につながるように、人との出会いで新しい価値観に出会う。図書館は外部に開く「窓」のようなものだと思って運営しているから、図書館がカフェであることにまったく違和感がないんですよね。

そしてまさに、生徒が人との出会いで世界を広げた、ある出来事が起きたのでした。

学校が、カフェを通して地域に開かれていく

昨年、あるボランティアスタッフが地域でファッションショーをすることになり、そのモデルを田奈高生にお願いしてきたのだといいます。

松田さんは、田奈高生は自尊感情が低い子が多く、なかなか新しいことにチャレンジしないのをもったいないと感じていました。しかしそのときは、「やってみようかな」という生徒が出てきたのです。その生徒は、先生と地域の人のサポートを受けながらファッションショーに参加しました。

松田さん:その子ははじめて、地域のホールでランウェイを歩いたんです。知らない大人からたくさん拍手をもらうのが、すごく良かったみたいで。その様子を見ていた後輩が、今度は学校の文化祭でファッションショーを企画したんですよ。

【写真】ハイブランドのファッション本や洋書など含む、様々なファッションに関する本が並ぶ

ファッションの棚には、ファッションショーを企画した生徒のセレクトした本が多数並んでいます。

きっとそれは、生徒にとって忘れられない成功体験になったはず。まさに、人との出会いで世界が広がった瞬間です。

松田さん:本当にそう。「自分でやりたい」って行動すること自体が、すごく尊いのよね。

【写真】自然体な表情で生徒と話をするまつだゆりこさん

また、松田さんも石井さんも、カフェには「地域の人に田奈高生を知ってもらう」というねらいもあるといいます。実は地域で田奈高生をよく思っていない人もいるため、バイトの応募を見て電話をかけても高校名を言っただけで電話を切られることもあったのだそう。

でも、地域の人がカフェに来て実際に田奈高生と接すると、その人懐こさや素直さに惹きつけられて、あっという間に仲良くなってしまうのだといいます。

【写真】生徒はボランティアさんと気軽に話している

石井さん:子どもたちにとって、地域がセーフティーネットになるようにしたいんです。カフェを通して地域の人が田奈高生に会うことで、田奈高校のポジティブなイメージが対外的に広がってほしいと思います。それが、生徒たちの卒業後の進路にも影響すると考えているんです。

とかく閉鎖的になりがちな学校がカフェを通して地域に開かれていくことには、たくさんの希望がこめられています。

【写真】校舎の下駄箱にはクラス名やキャラクターのイラストが書かれた模造紙が飾られていて、賑やかな雰囲気

「人と人」の関わりが多く生まれる場所

地域に開かれているカフェだからこそ、ここには様々な年齢で属性の人たちが集まります。おもしろいのは、その人たちが関係性の枠をこえ、フラットに混ざり合う場所になっているということ。

【写真】ボランティアさんが生徒にスープをついで渡している

たとえば、子どもの反抗期に悩んでいるママボランティアに対して、ある田奈高生からこんなアドバイスがあったのだとか。

おれもそのくらいのときそうだったよ。でも、そのうち落ち着くから大丈夫だよ。

まさに、現役高校生にしかできないアドバイスです…!

【写真】図書館内のソファに座る生徒、友人と喋る生徒、一人で外を見つめる生徒などそれぞれが自由に過ごしている

また、パノラマの職員である小川杏子さんもこんなエピソードを教えてくれました。

小川さんがスタッフになったばかりでカフェのことがよく分からなかったころ、カフェの「先輩」である高校生たちが自然に声をかけて裏方の仕事を手伝ってくれたのだそうです。

【写真】笑顔で生徒と接するおがわあんずさん

小川さん:「あ、そっか、知らないもんね」って教えてくれたりとか、「ダメじゃん!」って言いながら助けてくれたりとか。そのことがすごくうれしかった。

小川さんは笑顔で話します。

小川さん:ポジションがないんですよね。先生と生徒とか、何かをやってあげる大人とやってもらう子どもみたいな。私はもちろんカフェを運営するスタッフですが、そうではなく「人」としてみんなと関われるのがすごく楽しくて。

【写真】生徒と真剣にオセロ勝負をするおがわあんずさん

今や小川さんにとって、カフェで出会う子どもたちとの関係性はかけがえのない大切なものになっているといいます。ぴっかりカフェは、「助けてあげる大人と助けてもらう子ども」という関係性ではなく、「人と人」としての関わり合いが生まれる場所になっているのです。

“草食系スタッフ”になろう

石井さんは、生徒との関わり方を、こんな印象的な言葉で説明していました。

石井さん:よく僕たちは肉食系スタッフじゃなくて「草食系スタッフ」になろう、と言っていて。

「草食系スタッフ」とは、どういうことでしょう?

石井さん:肉食系はこちらからがつがつ近づいていくタイプですけど、草食系は自分からは近づかないタイプと捉えてみてください。例えば僕は、ウクレレやらない?とは話しかけないんですよ。ひまなときにぽろんぽろんやってたら、向こうから近づいてくる。そういう子たちにやってみる?とか教えてあげようか?って話しかけてみる。

すると、「お願いします」という子たちと、「大丈夫です」っていう子がいる。後者はまだ信頼関係ができていないのかなと思って、それ以上は食いつかない。次の機会に、「あれ、この前もいたよね?」と言って徐々に近づいていったりする。

【写真】並んで座ってギターを合わせるいしいまさひろさんと女子生徒

ぴっかりカフェでのスタッフは、あくまで子どもたちが近づいてくるまで「待つ」というスタイル。まず「交流」があり、関係性ができてから「相談」をしてもらえる。それが石井さんの関わり方です。

しかし、小川さんははじめ、困っていそうな子を見ると「すぐに話しかけなきゃ、解決のチャンスがなくなる」と焦っていたのだといいます。

【写真】穏やかな表情で話をするおがわあんずさん

小川さん:今苦しいなら、今解決しなきゃいけないんじゃないかって思っていたんです。でも子どもたちの話を聞いていると、本人が解決する準備ができなかったりするじゃないですか。まだ自分のなかできちんと整理できていないときにこっちからがつがつ出ていって、一見解決したとしても、本当の意味での解決じゃない。だんだんに「待っていいんだ」って、思えるようになったんですよね。

それでも、心配な生徒がいたときは、「待つ」ことに対して葛藤することもあります。でも、あるとき、石井さんに相談すると、こんな言葉が返ってきたのだとか。

石井さん:支援者はひとりではないから。先生もいて親もいて、カフェの大人にもいろいろな人がいる。自分だけでなんとかするのではなく何人もの目で見守っていくことができる仕組みになっているから、焦らないでいいよ。

【写真】自然体な表情で生徒と話をするボランティアさん

ぴっかりカフェでは、スタッフやボランティア同士で心配な子どもたちの情報共有が細やかに行われ、担任の先生との連携も欠かせないものとなっています。この仕組みのおかげで、「草食系」流に自然に距離を縮め、ゆっくりと関係性を作ることのできる場所になっているのです。

たくさんの「矢」が放たれる場所

もともと「予防型支援」としてスタートしたぴっかりカフェ。今は“困難の予防”という観点ではどのような成果が出ているのでしょうか。石井さんはその質問に対して、3つのエピソードを教えてくれました。

ひとつめは、中退すると言って学校に来なくなった男の子とのエピソード。彼は個別相談のどろっぴんで石井さんと話してから、また学校に来るようになったのです。

【写真】図書館の端ではいしいまさひろさんが生徒から相談を聞いている

石井さん:彼が学校にきたのは、僕がすごかったんじゃないと思うんです。僕は「3本目の矢」みたいなイメージですね。親も先生も、中退なんてしないでちゃんと卒業しなさいという。この2本は彼にはじき返されてるんです。

でも3番目の親でも先生でもない大人である僕が言った、「学校に残ったほうがいいと思うよ、リスク高いよ」って言葉がさくって刺さった。そして今後は、3本目以降の矢がどうやってうたれるか、っていうことがすごく重要なんだと思うんです。

年間200名のボランティアが来るカフェは、たくさんの矢が放たれる場所。そのどれかが子どもたちの琴線にふれるかもしれないという期待があることが、カフェの強みのひとつになっています。

「信頼貯金」があれば、卒業後も支えられる

2つ目のエピソードは、在校中にカフェに来ていた卒業生から石井さんに連絡が入り、相談に乗ったときのこと。

発達障害があった卒業生は、石井さんのサポートを受けながら障害者手帳を取得し、今は自立の道を歩み始めているのだといいます。もしも支援につながるのにブランクがあったら、その間に相当な苦労を負っていたかもしれません。ですが、在校中のカフェのつながりがあったおかげで予防することができたのです。

【写真】質問に応えるいしいまさひろさん

石井さん:僕らは長期決戦型の人間です。弱いつながりを長いこと維持して、何かあったときに来てもらえる。これが、セーフティーネットになっていくんです。顔の知らないキャリアカウンセラーではなく、石井さんに会いに行こう、あのウクレレ弾いてたおじさんね、って思い出してもらえたらと思っています。信頼貯金が残っていればこそできる支援なんですよね。

人間関係の「溜め」がセーフティーネットになる

3つめは、カフェに1人で来ていた生徒のエピソードです。「教室でぼっちなんだ」と言っていた彼女は、あるときからグループに混ざって笑っている姿を見られるようになったのだといいます。

【写真】お茶屋スープ、おやつなどを友人とおしゃべりしながら食べる生徒たち

学校の中にいると、どうしても人間関係がせまくなりがちです。場合によっては、自分の所属している友達グループが世界のすべてで、そこで仲間はずれになってしまうと学校に来られなくなってしまうということも。そんなとき、「こっちのグループにも入れる」というような人間関係の「溜め」があれば、中退率は下がる。石井さんはそのように考えています。

石井さん:学校の中に「溜め」を作りたいんです。人間関係が干からびてしまったときにため池があれば、人間関係が復活できる。ぴっかりカフェがそういう場所だといいと思っています。

実際にぴっかりカフェでは、生徒が「カフェで会って友達になった」と話してくれたり、先輩後輩関係なく生徒たちが仲良くなっている様子を見かけたりしました。

石井さん:どの学校にもスクールカーストのようなものはあるけれど、どの層の子たちも来られる「環境」を整えることで、層を越えたつながりが生まれる。いい仕掛けをすれば、自然と人間関係が広がっていくんだと思います。

ここぴっかりカフェでは日々、教室や部活というせまい世界では生まれないつながりが生まれているのかもしれません。

新しい価値基準を作りたい

石井さんは、「校内居場所カフェ」の価値について、このように考えています。

石井さん:大人に甘えて抱きしめてもらったとか、話したら受け入れてもらえて楽になったとか、専門家に話してみたらいろいろなことを知っていた、とか。そういう経験が、卒業後に彼らがつまずいたときの、相談に行くっていう行動に出る初動を早めると思っているんです。

【写真】常連のボランティアさんが自然に生徒と触れ合っている

夏休み明け初めてのカフェだったこともあり、常連のスタッフと生徒の間では「元気だった―?」というあいさつが飛び交っていました。

一方で長いスパンを必要とする予防型支援は、成果を測りづらいものだとも言えます。

石井さん:行政は短いスパンで成果の見えるものを求めているから、その成果基準で考えると僕たちは何の成果も出していない人になってしまう。だからといって流れに合わせるのではなくて、新しい価値基準を作っていきたいんです。

そのために石井さんは、成果指標委員会を立ち上げ、生徒や卒業生へのアンケートをもとに成果を可視化するような取り組みを始めています。

文化のフックをたくさんぶら下げてほしい

熱い想いを持って、若者のために走り続けている石井さん。石井さんの原動力になっているものは、何なのでしょうか。

それは、石井さんが、子どもたちと重なる原体験を持っていることでした。実は石井さんは、両親が離婚と再婚をした複雑な家庭環境で育ち、“中学までの記憶がほとんどない”のだそうです。

石井さんが前職の引きこもり支援に携わっていたときには、自分には彼らのような当事者性は全くないと思っていました。しかし田奈高生と接するうちに、「自分も当事者だったから、しんどかったんだな。」と重なる部分が多くあったのだといいます。

【写真】soar取材メンバーと話をするいしいまさひろさん

【写真】図書館には何本ものギターが置いてある。壁には映画のチラシなども貼られている

石井さん:その状況でもなんで自分が引きこもったり、反社会的なことに走らず、音楽に没頭することを選択したんだろうって考えると、やっぱり文化的な資本を自分でどんどん集めてこれたからだと思うんです。

石井さんは、文化は「フック」だといいます。

【写真】本がたくさん並ぶ図書館に、たくさんの生徒が訪れている様子

石井さん:いい本読んだり音楽聴いたり、おいしいもの食べると、身体からどんどんフックが出てくる。フックをじゃらじゃらつけてるほど、いろんな人とフックとフックがひっかかって、社会関係資本につながっていく。僕は複雑な家庭環境で育ったけれども、自分からハングリーにいろんなものに飛び込んで、フックをつけることができたからよかったんです。

不登校や引きこもりといった社会的孤立は、「フック」がつきにくい状況なのかもしれません。

石井さん:だからこそ、ぴっかりカフェではいろんな人に来てもらって文化的な資本を提供したいんです。ここで社会につながるフックをいっぱい増やしてほしい。

【写真】廊下に置いている看板には、「ぴ」と書かれたカップと文化のシャワーを表す模様のイラストが

「ぴ」と書かれたカップの周りの模様は、「文化のシャワー」を表しています。

ぴっかりカフェのロゴの由来である「文化的なシャワーをあびられる場所」というコンセプトは、こんな石井さんの原体験から来ていたのでした。

様々な地域に支援の仕組みを広げたい

ぴっかりカフェは、多くの高校生の「居場所」になり、長期的に彼らを支える関係性を築いてきました。

石井さんは今後、ぴっかりカフェのような支援の仕組みをさらに広げていきたいと考えています。

石井さん:支援の仕組みが様々な学校に増えるようにしたいですね。そのためにも、他団体が真似して広げていくということに対してオープンソースでいたいし、真似しやすいかたちを模索していきたいです。

実際、パノラマの主催する支援者養成講座を受けた人が別の地域で「校内居場所カフェ」を始めるなど、少しずつ取り組みが広がりつつあります。さらに、石井さんはカフェの運営主体を変えていくことも考えています。

石井さん:ゆくゆくは校内カフェを、専門家の取り組みから地域の取り組みに変えていきたい。今やっていることの3分の2くらいは地域の人でもできる仕事だと思っていて、地域の人たちにどれだけ返してあげられるかということを考えています。

【写真】カメラに向かって笑顔を向けるいしいまさひろさん

ぴっかりカフェで生徒は、多様な大人の生き方や価値観に触れます。

子どもたちが、親や先生、周りの友達の“正解”に合わせられなくて、自分らしくいられる居場所を見失ってしまったとき。カフェに来ることで、「“正解”は人の数だけある」のだと知り、自分らしさを肯定できるようになるかもしれません。

ぴっかりカフェは生徒にとってはしんどいときの避難先であり、同時に安心できる居場所でもあるのです。

大切なのは、集まる人の多様性と、「人と人」の関係性。この2つがそろった居場所は、子どもたちのセーフティーネットになるのだと、ぴっかりカフェが教えてくれます。

石井さん:逃げてるつもりもないくらい当たり前な居場所を用意してあげよう。教わるのではなく、話し合える場所を。押し付けられるのではなく、分かち合える場所をつくろう。

石井さんのメッセージのとおり、子どもたちのセーフティーネットが、それぞれの地域で紡がれていくように。地域で子どもと交わる大人たちが増えていくように。

パノラマの発信する取り組みとその広がりを、これからもずっと応援し続けたいと思います。

【写真】笑顔で並ぶsoar取材メンバー2人といしいまさひろさん

関連情報:
NPO法人パノラマ ホームページ

(写真/馬場加奈子、協力/松本綾香)