「”恋する豚研究所”って知ってる?これまでの福祉のイメージと全然違う、素敵なところなんだよね」
ある友人がそう言って私に引き合わせてくれた人、それが恋する豚研究所を運営する「社会福祉法人福祉楽団」の職員である在田創一さんでした。
恋する豚研究所は、豚肉が美味しいだけでなくパッケージデザインや施設の建築もセンスがよくとても素敵だという話は、以前からいろんな人に評判を聞いていました。
私はそれまで勝手なイメージを持っていて、福祉に関連する職に就いている人たちは、とても保守的な考え方を持っている人が多いのではないかと思っていました。
でも在田さんに会った瞬間、私の思い込みはひっくり返されました!とても明るく快活で、様々な分野の情報に関心を持ち、いろんな人とのつながりを福祉に生かしている。
きっと在田さんをはじめとした、働いている人たちの人柄や考え方・働き方、そして障害者を持った方との関わり方の素晴らしさが、恋する豚研究所の魅力につながっているのではないだろうか。
そう考え、恋する豚研究所を訪ねて、働いているみなさんにお話をお伺いしてみました!
美味しい豚肉を販売する恋する豚研究所
千葉県香取市まで足を運び「恋する豚研究所」を訪れてみると、そこに広がっていたのは洗練されたとても暖かな印象の建築物。
オリジナルのフォントで書かれた「恋する豚研究所」の看板が、杉林や畑の広がる風景に溶け込んでいました。
丁寧に手入れされた広場の芝生に、豚のしっぽをイメージしてつくられた階段。
館内に入ると木のぬくもりがある内装で、大きな薪ストーブもあります。
2012年2月から運営されているこの恋する豚研究所では、「恋する豚」というブランドで精肉やベーコン、ハムなどを製造・販売しています。「恋をすれば健やかで美味しい豚が育つのではないか?」という思いで、”豚に恋する”のではなく”豚が恋する”ことをイメージしてブランド名がつけられたそう。
2階に併設されたレストランでは、美味しい豚肉をつかった定食などを提供。土日には行列ができるほどの人気で、県内外から様々な人が訪れます。
ここは障害を持った人も豚肉の製肉・加工やレストランでの接客をしている、就労継続支援A型の作業所ですが、従来の福祉作業所のイメージとは全く違います。
五感いっぱいに、暖かみと明るいエネルギーを感じるこの場所。在田さんの気さくで明るい人柄を知っている私は、「こういう人が働いているからこそ、このような施設やブランドがつくれるのだ」と思いました。
目の前の人の生活を充実させるために視野を広く持つ
恋する豚研究所を運営している「社会福祉法人 福祉楽団」は、千葉県や埼玉県を中心に特別養護老人ホームや高齢者の訪問介護、障害者向けのデイサービスなどの施設を多数運営しています。”コミュニティからイノベーションをおこすあたらしい仕事”をテーマに、地域と協働しながら福祉の枠にとらわれない活動を展開しています。
今回恋する豚研究所を案内してくれた在田さんは、千葉県にある福祉楽団の施設を統括するエリアマネージャー。
在田さんは大学で経済学部を学んでいたのですが、「公務員のほうが会社員より安定してる。福祉の資格があれば福祉職で採用されやすいのではないか。」という考えでたまたま社会福祉士の資格をとったところ、だんだんと介護の仕事におもしろみを感じてきたのだそうです。
卒業後は東京都内の高齢者向けデイサービスで3年間勤務し、やりがいを持って仕事をしていたものの、福祉をライフワークにする気持ちにまではならなかった在田さん。特別養護老人ホーム「杜の家やしお」の立ち上げのタイミングで、福祉楽団に参画したそうです。
在田さん:福祉楽団での自分と前の職場の頃の自分を比べたら、明らかに「その人の生活全部で考えた場合にどうなんだろ」っていう視点で目の前の人に向き合うようになりましたかね。デイサービスの頃は、高齢者がデイに来ている間のことを考えるだけのケアだった。だけど、福祉楽団でしている仕事っていうのは、例えば、特別養護老人ホームでは24時間365日何年間もその人と関わっていく。つまりその人の人生ずっと見てくって話になる。なので自分も視野を広げていろんなことを学んだうえで、人と向き合うようになってきたと思います。
福祉楽団では、「介護業界や社会福祉法人のなかに閉じこもらない」ということを強く意識しているそうです。
在田さん:多分、福祉の業界だけでは限界があるんだと思います。例えば、高齢者だったら、自分たちの何倍もの人生を生きてきたわけなので、自分たちが思ってる以上に沢山の経験をしてる。となるといろんな人達に関わってもらわないと、彼らの生活って充実しないじゃないですか。福祉の人達だけでは全部のことは解決しきれない。自分のなかでは生活全部をとらえたうえで、あくまで福祉はその中の一部分。だから、いろんな人とつながらなきゃいけないんじゃないかって思ってます。
「人を支える仕事」を探してたどりついた福祉の道
恋する豚研究所には、一般的には施設の「利用者」と呼ばれる障害を持っている職員と、「支援員」という彼らが働くのをサポートする職員がいます。
サポートをしている支援員のみなさんは、どのような工夫をしながら働いているのだろう。新卒で入社し、ここで働きはじめて4年になる西山さんにお話を伺ってみました。
西山さんは、”元気で明るい若いお兄さん”と表現するのがぴったりな青年です。
西山さん:「自分、学生時代はずっと野球やってて、野球関係の仕事を探してたんですけどなかなかうまくいかなくて。だけどポジションがキャッチャーだったのもあって、「人を支える」っていうことが好きだったんですね。そういう仕事であればいいなと思ったときに、やっぱり福祉の仕事がいいかなと思って。単純に野球から、「人を支えられる仕事を」って感じに幅を広げただけだったんです。」
そう考えて西山さんが福祉楽団に入社した当初、まだ恋する豚研究所は施設を建設している途中で、業務がスタートしていませんでした。
西山さん:「最初はですね、もう仕事もない、やることもないので、一日中この辺の草むしりをしてました。夏なので炎天下だったんですが、利用者さんも支援員も、本当にもう草むしりしておしゃべりして帰る。(笑)
でも、福祉の仕事に就いて、初めてそこで障害を持った人と接する機会が設けられたので、いきなり「はい、仕事で接して教えてください」じゃなくてよかったと思います。
利用者さんも支援員も、同じ下地をずっとつくってきた職員同士で、大変さや辛さをお互い知ってる。もしあの時自分たちがクーラーの効いた涼しい部屋で仕事してて、利用者さんは外で草むしりだったらこんな関係できてないと思う。それがいまだに会話のネタになるんですよ!「あの時大変だったね、みんなまずは入ったら草むしりからだよ」みたいな。(笑)
やがて豚肉工場として稼働し始めた、恋する豚研究所。ここでは利用者の皆さんは、清掃やラベル貼り、豚肉の製造など、仕事の難易度に合わせてステップを踏んでできる仕事をやっていきます。
障害を持っている方の好きなことや得意な作業に合わせて仕事をつくるという福祉施設も多いようですが、ここではどうなのでしょうか。
西山さん:もちろん好きなことをしてほしいというのはあるんですけど、うちはあえて仕事とわりきっちゃう部分もあります。理由があってやれない場合は別ですけど、やりたくないというのが理由であればちゃんとやってもらいます。
もちろんそのために支援やサポートには入るし、本人がやりやすいやり方をしていくんですけど、根本は”仕事”。僕らと同じくお金を稼ぎに来てる、遊びじゃないので、「ここはちゃんと仕事としてやってくださいね」っていうような説明が通る方は通してます。もちろんそこまで理解が難しい方もいるので、その場合は仕方がないです。もしかしたらあの施設は厳しいと思われているかもしれませんね。
ミスしたってしょうがないじゃん、とりあえずやってみよう
仕事内容ができるかどうかよりも、恋豚では大事にしていることがあるといいます。
西山さん:作業ができるできないより、基本的に「挨拶ができる」「身だしなみを覚える」「言葉遣い」の3点を大事にしてます。これは仕事の基本だし、人としての基本ですよね。
作業上でミスしちゃうのはしょうがない。ミスしたことに文句言ってたら、自分もミスできなくなっちゃいますよね(笑)。ミスばっかり責めるっていうのは、ちょっと違うと思いますね。挨拶しなかったとか、失敗して謝らなかったとか、隠しちゃったとか、そういうときにはちゃんと話し合いをしますね。ミスしても大丈夫っていう安心感と、今まで仕事をやってきた自分のプライドを持っていけば、必然的に自分に自信が持てる。利用者のみなさんに、自信を持ってもらうのが一番だと思って働いています。
西山さんに事務所でお話を伺っている最中も、何人もの職員さんが行き来していたのですが、確かにみなさんはきはきと「こんにちは!」と挨拶をしてくれるんです。実は普段の生活でも、なかなかこんな気持ち良い挨拶は受けることがないので、びっくりしてしまいました。
挨拶などの基本的なことのほかにも、自分への自信をつくっていくために、様々な工夫や心がけていることがあるそう。
西山さん:ありきたりですけど、責任を持ってもらうために本人の得意分野をまかせちゃうっていうのは、みなさんモチベーションが上がるみたいです。もちろんやりやすいようにチェックシートやマニュアルつくったりもあるんですけど、「ルールにとらわれないで、やりやすいやり方あったらそれでいいですよ」と言ってます。「マニュアルのとおりにしてればそれでいいや」っていう風になってしまうのが課題でもあるので。ある程度は自由にするっていうのは、本人たちにも考えるっていう機会を設けられる。
だからみんな勝手にいろんなやり方は開発してってますね!自分たちが知らない間にやり方が変わってて、自分たちで仕事をよくするために考えてる。だんだん同じこと繰り返してると変化を産めなくなってくるんですけど、生む機会をつくってあげてるっていうのは大きいかな。
やったもん勝ちですし、やってないことは自信つかないんで「とりあえずやってみましょう、大丈夫ですよ」って声かけてます。ミスしたってしょうがないじゃん、とりあえずやろうって。
様々な工夫の一つとして、「Good jobカード」というキャンペーンも期間を設けて実施しているそう。
西山さん:読んで字のごとく、「いい仕事したね」とか「ありがとう」みたいな、ちょっと照れくさくて言えないことを言うようにしてもらう機会ですね。言葉ではなかなか言えないことが書いてあったり、意外に細かなこと見てるねっていうのを知る機会になってます。こっちからしてみたら当たり前のことでも、向こうからするとありがたかったり、助かってますってことだったりしますね。
お笑い番組を見なくなるくらいここで働くのはおもしろい
ここで働き始めた障害を持ったひとたちには、どんな変化が生まれているのでしょう。
西山さん:実は、仕事の面でというより生活部分に繋がる方が多いんですよ。最初は家のこと何もやらなくって、全部親まかせで、洗濯からご飯もお風呂も髭剃ってもらうとか、髪の毛洗ってもらうみたいな。そういう基本的に全部親に任せてたっていう子が、ここで掃除や調理、衛生について勉強して実践していくうちに、家のお風呂掃除をしたり、洗濯物を自分でたたんだりするようになってるんです。挨拶もきっちりしてるから、親に対しても礼儀正しくなったり。
課題として好きなものばっかり食べちゃったり、運動を全然しない子もいて、そうすると太ってきちゃうんですよね。でも「気をつけてね」ってこっちが一言言ったら、「ちょっと駅から歩いて帰ろうかな」と言い出したり、自分でちゃんと考えてる。
ここでやってる仕事は家でも使える仕事だし、家でなくても社会で使えますよね。ここだけでしか使えない技術だと、どうしても社会に出れなくなっていっちゃうんで、そこを意識しています。会社のルールも守る、社会のルールも守る。
最後に、西山さんに「福祉の世界に入ってみて感じるおもしろみについて教えてください」と質問すると、こんな答えが返ってきました。
西山さん:福祉の世界に入ったという感覚ではなくて、別にここで採用した人がたまたま障害持ってただけみたいな、いろいろな個性がある。別に気にもならないし普通だなって思ってる。
もう全部おもしろいですよ!自分お笑い番組見なくなりましたもん(笑)。いつも休憩中にご飯吹き出しそうになるくらい笑ってます。何か注意したあとだと、しーんとしてお通夜みたいな時もありますけど(笑)、帰りにはみんな元気になってる。いっつもおもしろいですよ、じゃなきゃ続かないです。もちろん、自分でやり方を考えておもしろさつくってくっていうのもアリで、ここはそれができる場所ですね。
そう言って笑う西山さんは、今社会福祉士の勉強中で、資格をとってさらにステップアップしようとしているそう。「お笑い番組よりおもしろい」、西山さんにそれほどまで思わせるほど楽しい恋する豚研究所では、働いている障害を持った方々はどんな気持ちでいるのだろう。
次に、ここで働いている障害を持った職員の方に話を聞いてみることにしました。
「みんなできて当たり前」ではなくお互い思いやりを
恋する豚研究所では、基本的にどの障害でも受け入れていて、身体障害、精神疾患、知的障害などの方々が働いています。障害によって働ける場所を分けている法人も多いそうですが、在田さんによると「分けて考えるのが嫌いな法人」なのだそう。
恋する豚研究所は就労継続支援A型の作業所ですが、障害者の平均賃金が1万3000円ほどという状態なのもあり、ここで働きたいという声が多いそうです。自立が障害者の方にとっても、その親にとっても大きな問題となるなか、ここでは給与が月7,8万の給料がもらえるので、自立して働きたい人たちにはニーズがあります。
B型の作業所だとどうしても居場所の確保という側面が大きく、働けなくても居場所になるのであればよしとされていましたが、A型の作業所は働く場所として機能しなければいけません。今まではB型の作業所 が多く、一般的な企業との中間であるA型の作業所が極端に少ない状況だったので、それを作り出したいというのが恋する豚研究所の目的なのだそうです。
お話を聞かせてくれたのは、ここで働いて1年半になる鎌形さんです。普段は、商品になるお肉を折ってケースにパッケージする作業や、施設の清掃などを担当しています。
鎌形さん:私の家ではもともと八百屋をやってたんですよ。私の場合、精神障害で、統合失調症のちょっとした鬱なんです。家の仕事なら誰にも気兼ねなく自分のペースでできるので、八百屋の仕事はなんとかできましたけども、スーパーに押されて店がだめになっちゃって。親父とおふくろの年金だけじゃ食べていけなくなって、病院のケアしてくれる人に相談して、ここを紹介いただいたんです。最初はもう、本当に無我夢中で働きました。やっと最近は、自分でも思うようなことができるようになりました。
鎌形さんが精神的な病気になったのは、以前の職場での人間関係が大きく影響していました。
鎌形さん:八百屋を始める前にはコンピューターの仕事やってたんですが、その時は本当に人間関係でうまくいかない部分があって、心のバランスを崩して入院しちゃったんです。でもここではそういうことは一切なくて。私が障害者で働いてるひとのなかでは一番年長者になるんですけど、19歳とか20歳くらいの人たちに混じって働いて、今は充実してますね。
前職と違って鎌形さんがここで働きやすさを感じるのは、一人一人の違いを思いやる空気があるからだといいます。
鎌形さん:ここにいる人はみんな多かれ少なかれ障害持ってるわけですよ。それをわかってるからお互い思いやりもありますし、「この人はこういうの苦手だからあまり言わないようにしよう」とか考えるんですけど、一般の会社の場合はみんなを同じように扱いますから。ちょっとでもできないとやっぱり、「このくらいできて当たり前だからやれ」って言われるんです。でもここは、できないものは一生懸命にやって徐々に覚えていけばいいっていうかんじ。そういう違いはすごく大きいと思います。
ふと振り返ってみると、私が以前大きな企業で勤めていたころには、他の社員よりも作業が遅かったり、できるようになるまで時間がかかってしまう社員さんも多くいました。ただおさんのように、精神的にバランスを崩してしまったり、辞めてしまう人も。そこには確かに、「みんなと同じようにできて当たり前でしょ」という空気が流れていたと思います。
鎌形さん:今はここで働いていて、自分が少しずつ進歩していってるっていうのも実感であるし、楽しいですよ。でも、やっぱ早く終わんないかなって思って働いてます。
(一同爆笑)
休みの日は休みで嬉しいから、休みに向けて毎日頑張ろうって思いますね。
「上司に相談しながら、次はこういう仕事にチャレンジしたい」と明るい笑顔でお話してくれた鎌形さん。今の社会に流れている空気を肌で感じたことで生まれた違和感を、しっかりと言葉にしていたのが印象的でした。
大好きなゲームよりも恋する豚研究所での仕事が好き
次にお話を伺ったのは、高校を卒業したばかりでここで働いて1年目の柳堀さん。知的な障害を抱えていて、今はお肉のパッケージのラベル貼りや、施設の清掃などを担当しているそうです。
ーー柳堀さんは、ここで働くのは好きですか?
柳堀さん:はい。
ーーそれはどうしてですか?
柳堀さん:休まないでくるんで、仕事が楽。お客さん来る前に掃除終わらしちゃうので、掃除が大変です。
ーー掃除よりラベル貼るほうがいいんですか?
柳堀さん:はい。
ーー仕事するのはおうちにいるだけよりいいんですか?
柳堀さん:はい。おうちだとほとんど暇なので。
ーーおうちでする好きなことはなんですか?
柳堀さん:ほとんどゲームです。
ーー今写真撮ってるカメラマンもゲーム好きなんです!なんのゲームやってるんですか?
柳堀さん:今「太鼓の達人」やってる。
ーーそうなんですね!どうして太鼓の達人は楽しいんですか?
柳堀さん:太鼓の達人、楽しいから。
ーーゲームが一番楽しいんですか?
柳堀さん:はい。
ーーじゃあ、ゲームと仕事とどっちが好きなんだろう?
柳堀さん:仕事。
ーーえ、仕事なんですね!(一同驚き)仕事とゲームで比べたら、どうして仕事が楽しいんですか?
柳堀さん:仕事のほうが忙しいから。
ーー暇なのは嫌なんですね!
柳堀さん:はい。
背筋を伸ばして、はきはきと質問に答えてくれるのが印象的な若者だった柳堀さん。大好きなゲームよりも、仕事が好き。そう答えてくれたことはインタビューをした私にとっても、嬉しく気持ちが高揚するような感じがありました。
みんなに共通する部分と個性を思いやる部分のバランス
私は最初、支援員のみなさんが手厚いサポートをして、本人の力を引き出すような工夫をたくさんしているのだろうと思ってここにきました。でも西山さん、そしてただおさんとこうすけくんのお話を聞かせていただいて、そんな気張ったことはしていないのだと気付きました。
恋する豚研究所では、障害を持った職員だからといって、特別に何か気を使っているというふうには感じていないようです。
在田さん:自分だって障害を持ってる人とたいして変わらないわけですから、接し方を変える意識っていうのはそんなにもってないです。要は、「障害を持ってる人の仕事がやりやすいように」とやり方を開発すると、イコール「自分たちがやりやすい」ってことはけっこうあるんですよ。それは障害者だから健常者だからって話じゃなくて、みんなにとってやりやすいって話になるんだと思います。区別をつけないほうが、むしろ自然なんじゃないかって思いますよね。
ここでは「障害者だから、健常者だから」という区別ではなく、「その人の個性を見て変えるところは変える」という対応をしているのだそうです。
在田さん:みんな全部同じようにというわけにはいかないので、「この人はこういう仕事得意だよね」「こういうとこ苦手だよね」って個性をふまえたうえで対応するのも必要です。だから「みんなに共通する部分」と、「個別性を反映する部分」とを、両方をうまくバランスとりながらやるってことなんだと思います。それは介護でも一緒。高齢者だったらみんなに共通する「年をとれば身体がこういう風に変化する」という原理もあれば、人それぞれいろんな人生を送ってきたことによる個別性もあるわけじゃないですか。この両方をふまえてどういう介護をするか。それは障害持ってる人も、持ってない人に対しても同じです。常に共通性と個別性の両方をどう考えるかですね。
「職員は変わらず、みんな職員です」と、在田さんは続けます。
在田さん:障害者だからって利用者じゃない、みんな職員なんです。ただその中で障害者手帳持ってるか持ってないか、障害者として法律から報酬が入るかみたいな違いがあるだけで、誰もが職員であることには変わりない。障害者という区別はなく、ここではみんな一緒に働いてる、同じ方向に向かって仕事をしてる。みんなで「肉をどう売ろうか」って考える。そういう仕事なんですよ。
恋する豚研究所の噂を聞くときはいつも、「障害を売りにしていない」という話をよく聞きます。でもそれは障害者だから特別視しないでほしいという意味ではなく、「障害者も健常者も関係なくみんなでつくってるから、それが売りなわけじゃない。」という意味だったのだということがよくわかりました。
いろいろな分野とつながってチャレンジすることが、福祉楽団の強み
福祉楽団では、働く人たちが心がけることとして「常に挑戦しましょう」という目標があるそう。
在田さん:法人が最初に始めた高齢者介護自体がそもそも、相手にどう接したら正解になるのかわかりにくいもの。前にうまくいったやり方がそのまま次回も通用するかっていったら、全然通用しないこともあります。なんでこの対応で怒られたんだろうって考えたり、常に試行錯誤をし続ける仕事なんで、それが法人全体のやり方にも通じるなと思ってます。
うちの法人の場合は、とりあえずチャレンジしてます。地域の人達が集まってご飯を食べれる会をやってたり、買い物難民のためにデイサービスの送迎バスを地域のなかで走らせたりしてるんですけど、それも地域にとって有り難いものになるかなんて、やってみなきゃわかんなかったわけです。恋する豚研究所もそうで、3年間やってなんとか「単月の売り上げとんとんかな」みたいなところにやっときた。これでやっと持続できるかなという状態がみえてきたみたいな(笑)。
「とりあえずやってみよう」というチャレンジで始まった恋する豚研究所は、これまでの福祉の世界にはなかった可能性を示し始めています。
在田さん:いろんな分野の人がつながるようになってるのは、法人の強みになり始めてますよね。そもそもここの仕事は豚肉を売らなきゃいけないので、今まで法人でやってきた介護施設の繋がりとは全然違うわけです。福祉の分野だけでは売れるものはつくれない。だから企業とのつながりが生まれて、ビジネスの要素も入ってきたりと、明らかに変わり始めてます。
恋する豚研究所の建築を手がけたのは、これまでもユニークな建築をたくさん手がけているアトリエ・ワンさん。魅力的な建築物により、豚肉ブランドや福祉施設というだけではなく、建築の文脈を通してここを知る人も多いようです。
在田さん:建築家、アーティスト、デザイナーも関わって、福祉楽団につながる分野も人達も確実に変わってますね。建築家が関わったことによって、建築系の学生が研修にきたり、海外から建物目当てで訪れる人も来るようになったり。福祉に関係ない人達も訪れる場所になっています。
そこにいる人にとって心地よく、外から見る人にとっても魅力的な建物であることは、福祉施設にとっても今後大事になってくるのかもしれません。
在田さん:やっていかなきゃいけないのは、福祉に興味持ってる人以外が来る場所にできるかどうか。そのための仕掛けをつくるには、ひとに生活の楽しみを提供したり、つながりを生み出していかなければいけないんだと思います。
たとえばこのレストランにくるじゃないですか。ここにきて、働いている店員の人が障害持ってるのか持ってないのかってあんまりわからないし、それを意識しないまま「美味しかったね」ってレストランを出ちゃう人もいると思うんですよ。でも「それが理想じゃん」とも思うわけです。普通に障害持ってる人も持ってない人も、意識せずにその空間を共有できてる。そういう時間を生み出せてる気がするので、すごくおもしろいし可能性があるなと思いますね。
実際にレストランでは、障害の有無に関わらずどの職員も同じように働いていて、一見だれが障害を持っているかはほとんどわかりません。注文を取ってもらう際にに少し動きの遅かった方がいて、今思えばおそらく障害を持っているのだと思いますが、私はその時は「ちょっと動きが遅いだけの人」であって「障害者」だとは思いませんでした。動きが遅いことはその人の特徴のひとつでしかない、という風に捉えることができていたんです。
それに気づく人もいれば、気づかずに終わる人もいるのかもしれませんが、在田さんの言うように、自然に障害者とそうでない人が一緒に入れる場を生み出せているというのは、素晴らしいと思います。
福祉楽団がいて”地域がちょっと元気になった”といわれる存在に
在田さん:最近、自分たちは専門職だけが提供する「ソーシャルワーク」や「福祉」から脱却して、「よりよい社会を一緒につくる人たち」になっていかなきゃいけないなって思っています。自分たちだけで解決できない課題に対して、地域の人も一緒に入りこんでもらって解決することは多々あります。たとえば福祉楽団が他の施設でやっている寺子屋だって、実際に勉強教えてるのは僕らじゃない、地域のおっさんが教えてるわけですよ。地域の子どもたちがご飯を食べに来る「こども食堂」も、職員じゃなく地域のおばちゃんらがみんなで料理つくって子どもに出してるわけです。地域のひとがそういうふうにできる場所や機会を地域と一緒につくっていくのが、自分らみたいな社会福祉法人の役割なんじゃないかなって思いますね。
福祉楽団が目指すのは、福祉楽団の施設があることによって地域が「ちょっと元気になった」、「ちょっと助かった」と思えるような状況だそう。
在田さん:今度、成田市でつくろうとしてる施設の建設地では、地域の祭りが400年くらい続いてたりする。でも一方で、その祭りの担い手は年々足りなくなっているんです。だから自分らが地域へ挨拶に行った時に求められたことはまずなんだったかというと、祭りに参加するかどうかっていうことで(笑)。「自分ら参加したいです!」って言ったら、まだ開設してないのに「この夏から来い!」って言われて、早速、山車引いてたりするわけです。ま、そういう仕事ができるかどうかだと思ってます。それって地域にとってはちょっと助かってるわけじゃないですか。地域のことと、施設の中で暮らす人の両方の生活を見ていく、そんな存在を目指してます。
目の前で人と関わっていることが一番おもしろい
最後に、在田さんが福祉の仕事をしていて、おもしろいなと思うことを聞いてみました。
在田さん:目の前で利用者の人と関わってるのが一番おもしろいです。この前、埼玉にある「杜の家やしお」で仕事してたら、帰るのが遅くなっちゃったんです。もうそろそろ帰ろうかなぁと思ったら、あるおばあちゃんが事務所まで来て、深夜0時なのに「家に帰りたい」と言うわけですよ。「そうか、今からですかー。じゃあちょっと外見てみますか」って言って、二人でもう真っ暗な外に出て行って「うーん、もう真っ暗ですねー。」って15分くらいぼーっとしてたら、おばあちゃんに「寒いから中に入るか」って言われてまた施設の中に。その後は、二人でお茶飲みながら、「うーんどうしましょ、寝ます?」って言ったら、「そうだな、眠いからな」っておばあちゃんは結局寝ちゃったりする。そういうのがね、たまらなくおもしろい(笑)。自分に活力を与えてくれる生きる糧みたいなもんすね。
何か特別なことではなく、福祉楽団の施設で出会う人々との何気ないエピソードを口にした在田さん。どうしてそれが生きる糧になるんでしょう。
在田さん:利用者との関係って自分が一方的にケアするんじゃなく、ケアしたりされたりするってことだからかもしれないです。誰かにいいことしてあげたら、自分も気持ちが豊かになる。それと同じだと思うんですよね。利用者の人に関わってたら自分も元気になる。そういうことの積み重ねってすごく大きいとつくづく思いますね。
「人に関わっていたら、自分も元気になる」
在田さんの言っていた言葉は、恋する豚研究所で見てきたことそのものだなと、私は感じました。
障害を持っている職員も持っていない職員も地域の人々も、お互いに関わる喜びや、そこで生まれる楽しさみたいなものが、恋する豚研究所の人々を惹きつける魅力やポジティブなエネルギーにつながっているのではないかと思います。
みんなが共通する部分とその人の個性を思いやる部分のバランス。
障害の有無に関わらず、同じ目的へ向かう仲間としてともにいること。
広い視野を持ち、地域全体の幸せを願って働くこと。
たくさんの学びや気づきをもらうとともに、そこで出会った人たちのたくさんの笑顔に胸が温かくなるのを感じながら、恋する豚研究所をあとにしました。
関連情報:
恋する豚研究所 ホームページ
社会福祉法人福祉楽団 ホームページ
(リサーチ/原田恵、写真/モリジュンヤ、松田龍太)