なぜ80歳を過ぎても働くかって、
そりゃあ生きてる証ですよ。
生きてる証を残さなきゃいかんでしょ。
81歳を迎えた山根明さんは、にっこり笑い、こう続けてくれました。
私はね、いまが一番の青春なんです。
柔らかい表情、そして「よりよい社会を自分たちの力でつくっていく」という強い信念が宿っているような真っすぐな眼差し。ふと、もし自分が80歳をこえて生きていられたとして、山根さんのように志を持ち、前を向いて歩いていられるだろうか。こんな思いがよぎりました。
高齢化が進む社会において問題となっている「シニアの孤立化や引きこもり」に対して正面から向き合ってみたい、そんな思いから山根さんのお話をお聞きすることになりました。
シニア世代が抱えている課題とは
内閣府の資料でも取り上げられている「高齢者の社会的孤立化」の問題。大きく区分すると、
「生きがいの低下」
「高齢者の消費者被害」
「高齢者による犯罪」
「孤立死」
(※平成23年版高齢社会白書)
これらが挙げられています。特に「困ったときに頼れる人がいない」という方のうち、過半数となる55.4%の人が「生きがいを感じていない」というデータが。孤独死件数においても年々増加傾向にあることがわかります。
歳を重ねていくと、それまで当たり前にできていたことができなくなったり、ちょっとした病気をきっかけに社会に戻るのがこわくなってしまったり。自信を失い、外出が減るなど孤立化してしまうこともあるといいます。
70歳、80歳…そしていずれみんなが直面する「死」という問題。
最期を迎えるその時まで、どう人生を豊かに過ごしていくか。シニアが自らの可能性や力を諦めず、前向きに歩むためにどうすればいいか。
そんなヒントを探すために、シニアの居場所や出番を生み出すための活動をしている山根明さんのもとを訪ねました。山根さんが取り組んでいるのは、65歳以上のシニアを対象とした「スマホ講座」と「iPad講座」。
その講座を見学させていただくと同時に、お話を伺いました。
【プロフィール】山根明さん
81歳。東京タブレット研究会の代表。NPO法人 シニアSOHO世田谷に所属。定年まで勤めた建設会社を65歳で定年。その後、自ら学んだパソコンスキルを活かしてさまざまな企業でPCをつかったデータ処理・整理に従事。同時にNPO法人に参加してシニア向けパソコン教室の講師を担当。講師育成なども携わった。79歳で起業し、時代が変わると共にスマホ・タブレット教室を自ら主催。シニアの居場所・出番をつくる活動を精力的に行う。
ピッチ大会で優勝した、81歳の社会起業家
山根さんを一躍有名にしたのが、2016年1月に行われた「ソーシャルビジネス」をテーマにしたピッチコンテスト「R-SIC」(リディラバ主催)です。
79歳で起業し、スマホ・iPad講座を主催。練られた事業モデル、行政との連携、社会性の高さ、プレゼンの卓逸さなどが評価され、満場一致での優勝だったそう。
現在は行政や地域の協力も得て、PR活動もどんどん展開し、毎回ほとんどの席が埋まるなど人気講座となっています。
講座は、休憩を入れて1コマ120分ほど。
5名~20名ほどの参加者が、電源のオンオフから、Wi-Fi接続、アラーム設定、音声入力、Siri、画像撮影まで、各講座を通じて習得していけるというもの。
そんな講座を見学させていただくなかで特に印象的だったのは、受講生のみなさんの表情です。Siriに「あしたの天気は?」と質問して答えが返ってきたり、アラームやタイマーをセットして音が鳴ったり。時折、頬を緩ませ、「自分で動かせた」という喜びをまわりの受講生たちと共にする皆さんの姿がそこにはありました。
もうひとつ、この講座の大きなポイントになっているのは、教える側、つまり講師やアシスタントも65歳以上のシニアが担当するということ。この日は、受講生7名に対して講師1名、アシスタント2名。受講生と同じ目線できめ細かく解説やサポートをしていました。
山根さんはシニア自身が講師やスタッフを務めるメリットについて、こう語ってくれました。
シニア同士だからわからないポイント、つまずくポイントがわかるんですよ。若いインストラクターだとカタカナ言葉がたくさんでてくるし、早口だし、伝わらないことも多い。若い人のほうからしてもね、何でこんなことがわからないんだろう?と思うわけです。自分とは全く違う世界に住んでいるんですね。
孫の写真を壁紙に。スマホで広がる人生の楽しさを知ってほしい
スマホ講座見学の後に設けていただいたインタビュー。講座誕生のいきさつ、シニアが抱えている問題、そして高齢者が前向きに生きていくために大切なことなど、山根さんに伺いました。
―まず山根さんがこういったシニア向けの講座をはじめようと思ったきっかけから伺ってもよろしいでしょうか?
山根さん:私は64歳の時、定年を目前にして「これはまずい」と思ったんですね。定年を迎えたその瞬間に失ってしまうものがあるのですが、わかりますか?
それは「行くところ」「会う人」「やること」の3つです。その3つが無くなることで、多くの人は燃え尽き症候群になってしまうんですね。それが高齢者の孤立化や病気にもつながっていきます。
私はこの3つがあるようにするために、64歳でパソコンの勉強をはじめました。もともと建設会社で営業として働いていたんですけどね、最後のほうはもう窓際族だったんですよ。
会社の若い人たちにパソコンの操作などをお願いしても手伝ってくれなくなってしまった。イジワルでそうしているわけじゃなく、みんな忙しいから自分のことで精一杯だったんですね。だから、いろいろと自分でやらざる得なくなりました。
そこから、パソコンの勉強をはじめて、定年後もいろいろな会社で、ExcelやPowerPointでデータやグラフや図にまとめる仕事を、69歳までしていました。それで生き延びることができたんです。
並行してNPO法人にも参加して、シニア向けのパソコン講座でも講師を務めるようなって。当時、受講生だった84歳のご夫人にすごく感動しましてね。
きちんとローマ字入力ができるようになり、インターネットとメールができるまでに上達されたんですよ。彼女はロンドンに住むお孫さんがいて、その孫にメールを送りたいというのがパソコンを覚えるきっかけになりました。
山根さん:そう、ちゃんと動機付けをしてあげればいいんですね。やりたいことを引き出して、きっかけを与えてあげる。人間って歳じゃないんです。やる気、元気、根気、この3つ、そしてきっかけさえあれば大抵のことはできるんです。
―シニアの方にとってお孫さんはパソコンやスマホを覚えるきっかけになることが多いのでしょうか?
山根さん:はい、そうですね。シニアになると子どもなんかよりも孫のほうがずっとかわいいですから(笑)
私もiPhoneが発売されて、iPhoneで孫の写真を見ることが日課になりました。けれども、孫の写真を壁紙に設定することができなかったんです。これができた瞬間は本当にうれしかったですね。この楽しさをみんなに知ってほしいと思ったんです。
きっかけは小さいことでもいい。そこから孫とFaceTimeができたり、LINEができたり、上達したらすばらしいじゃないですか。
―同時に、シニアのみなさん全員がスマホの使い方を覚えようと思ったり、新しいことにチャレンジしたり、なかなかできないのも現実ですよね。
山根さん:それはそうかもしれないですね。とくに男性で仕事人間だった方、偉い役職に就いていた方ほどプライドが邪魔をして、定年後に燃え尽き症候群になることもあります。
NPOでも、ボランティアでも、女性のほうが積極的に活動していることが多い。そういう女性たちに「あれやってこれやって」と指示されるのが堪え難くなったり、コミュニケーションが怖くなったり、外出しなくなる方もいます。これを私は「シニア男性の引きこもり」と呼んでいて。
スマホ講座にしても女性のほうがたくさん参加されるんですよ。一方、旦那さんのほうが家にいて、奥さんに「どこに出かけるんだ」「スマホなんてやめておけ。覚えてどうする」と足を引っぱってしまう…なんていうことを聞くこともあります。
―そういった「シニア男性の引きこもり」を解決するのは難しいのでしょうか。
山根さん:夫婦の問題だからむずかしいところはありますね…他人がどうこう言えることではないので。ただ、女性が賢くなって旦那さんを乗せてあげるのはいいもしれません。今日も教室に夫婦でいらっしゃる方がいましたよね。やってみたら楽しいこともある。まずは知ってほしいですし、体験してほしいと思いますね。
赤字を出しちゃダメ。ビジネスとして取り組む意義
―山根さんが主催される講座は、赤字を出さないよう、ビジネスとしての運営を重視していると伺いました。
山根さん:はい、はじめはビジネスだとは思っていなかったのですが、やっぱり持続していくことを考えると、事業としてやったほうがいいと思うようになりました。やりたいことだから…とはじめてみても、赤字を出さないやり方でやらないと、5年もしないうちに持続できなくなってしまう。じつは私も大きな失敗をしているんですね。
あるプレゼン大会で賞金をゲットして、講座用にたくさんiPadを買ったんです。個人事業主としてやっていたのですが、結局、上手くいかずに廃業してしまったし、教室も閉鎖してしまいました。
自身がオーナーですから、赤字は自分の年金で補填して…それはそれでいいのですが、額が大きくなるとやっぱり辛いわけです。私は何十億円と資産を持つような資産家ではないですからね(笑)
そこからいろいろと勉強して、固定費がほとんどかからないビジネスとして現在は運営しています。教室を構えない出張型にして、宣伝費も抑えられるよう行政や地域に協力してもらって。
余談ですが、行政には「お金を出してほしい」とお願いするより、宣伝や場所提供などで助けてもらったほうがいいですね。行政としてもお金を持っていないから出せないんです。今日もNHKホールでの開催でしたが、ホール側が集客を手伝ってくれるから、講師の人件費とちょっとした経費で開催することができています。
―やり方を工夫すれば、起業もリスクを減らすことができるんですね。
山根さん:はじめて起業をした時って「社長」と呼ばれるようになってすごく気分が良くなるんですね。だからみなさん、事務所を構えたり、スタッフを採用したり、そうこうしているうちに固定費だけですぐ赤字になってしまう。
事務所がなくてもカフェでミーティングはできます。便利なITツールもたくさんあります。工夫すれば借金せずともできる。ぜひみなさんにもこういう風に起業してほしいです。
私がやっているビジネスは隙間産業ですし、大企業のようにドンと投資して、人を集めて…という商売ではありません。大手が手を出せない、出しても儲からないところをやればいいんですね。
―とはいえ、最初から黒字で運営していくのも難しそうです…
山根さん:経験を通じてわかった商いの基本として、どれだけリピーターをつくれるか、口コミで人に薦めてもらえるか。「あそこの教室は楽しいよ」と人に伝えてもらわないとダメですね。iPadの教室でいえば、現在、8割以上がリピーターなんです。
提供するサービスにしても、万人に効く薬、処方箋はありません。だから、その人のレベルや段階、生活環境、考え方、場所、年齢…それぞれにあったものを提供していくんですね。
これもいっぺんにやろうと思うからむずかしいので、最初は一人に向けてやればいいんですよ。その人を二人、三人に増やしていって、リピーターになってもらう。点から線、線から面へ。サクセスストーリーを展開していくことで、きっとファンになってくれる人たちが増えていくはずですよ。
―まれに別の団体などで「スマホ無料講習」も開催していますが、有料での講座は不利ではありませんか?
山根さん:それは無いですね。無料で開催すると何が起こるかというと…昼寝をはじめる人が出てくるんですよ(笑)単なる暇つぶしにやってくる人もいて。
500円でも、1000円でも、お金を払ったら「もとを取ろう」と真剣に話を聞くようになります。そうすることによって教える側も、教わる側もいい緊張感が生まれるので、やっぱり有料できちんとしたサービスとして提供するほうがいいと思っています。
シニアの居場所、そして出番をつくってあげることが私の役割
―山根さんが実現したいビジョンについても伺ってもよろしいでしょうか?
山根さん:シニアに「居場所」と「出番」、そして生きがいをつくってあげる。仕事をつくってあげることが私の生きがいなんですね。
まずはスマホの講座を受けてくれた方のなかから講師の方も少しずつ出てきているのですが、いろいろな形での「出番」を多く用意していきたいと思っています。
じつは、本日講師をされていた女性は、2回ほど大病をしています。3年ぶりにカムバックされ、現在は障がい者手帳も持っているんです。カムバックできる安心感、帰ってくる場所があるということ。教えるということが彼女にとってすごく意義のあることなんですね。
山根さん:シニアになってからも、できることを増やして積み重ねていけば、自信につながっていきます。そして、ある瞬間、劇的に人生観が変わる。たとえば、スマホも「お母さんすごい、私にできない操作ができるなんて」って娘さんから褒めてもらえたら、それがきっかけになるかもしれませんし、大切な尊厳も保たれるわけですね。
人って歳をとると記憶力や体力は衰えますが、考察力や想像力が深まり、人間的には成長していくと私は思っているんです。そういう人たちにチャンスを与えていく上でも、必ずITが架け橋になるはず。
今はタブレット、スマホ、ウエアラブルですが、これからはAIが発達して人の仕事はロボットに取って代わられると言われています。だからこそ、人間はイマジネーション、クリエイティブ、創造的な仕事で勝負していかなきゃいかんわけです。その時に体力や身体的なハンデ、年齢はほぼ関係なくなると思っています。
そんな時代に、元気なシニアたちが増えたら、日本の健康保険医療制度の崩壊を少しでも食い止められるかもしれないですね。
―未来を志向される姿勢、取り組み、本当にすばらしいですね。バイタリティもすごい。モチベーションはどこから湧いてくるのでしょうか?
山根さん:一番のエネルギーは、受講生の感動ですね。「先生コレすばらしいですね」という笑顔。私のほうが彼らから活力をもらっているわけです。
そして彼らも変わっていく。ITを武器にして、人生観が変わる。世界観が変わる。生き方が変わる。しょぼんとしていたシニアが元気になる。自分が変わらないと、人は変わらないですし、世の中も変わらないですよね。
…本当は人に何かを教えるというのは嫌いだったんです。両親とも教員だったのですが「自分がやってもいないことを偉そうに人に教えたり、押し付けたりするのはけしからん」と。でも、DNAだったのかもしれませんね。知らず知らずのうちに先生業をやっているんですから(笑)
―最後に質問させてください。81歳、現役でバリバリと元気に働いていらっしゃいますが、山根さんにとっての「仕事」とは何でしょうか。
山根さん:私自身だと思います。私が生きている証ですね。いずれみんな、この世からいなくなる。そう思ったら生きた証を残さなきゃいかん、と。
若いころは自分のため、家族のためでいいと思うんです。でも、この歳になると少しでも自分を育ててくれた社会、世の中に何かを還元したいんです。もうお金のための仕事じゃないですね。
正直、会社員時代、私にとっての仕事は「めしの種」でした。苦しいことのほうが多かったですよ、自分の思うことが思うようにできなかったわけですから。
でも、いま私はすごく楽しいんです。第二の人生、一番の青春ですね。こういった取材もそうですが、先日のピッチもすごくエキサイティングで興奮しました。
こんなにもたくさんの若い人たちが日本の問題を解決しようとしている。彼らが私に大きな拍手をくれて、喝采してくれている。あの光景を前にした時、本当にたくさんの感動をもらいました。
日本は捨てたもんじゃない。これからはもっと異世代交流が必要になっていきますし、私自身もやっていきたいですね。
こうしてどこまでもポジティブに、そして力強く未来を語ってくださった山根さんへの取材を終えた私たち。帰路ではずっと「人間って歳じゃないんです」という山根さんの言葉が反芻していました。歩まれてきた81年という人生のなかで出されたシンプルな答え、その説得力に大きな感動がありました。
年齢や置かれている状況を嘆き、やらない理由を探して逃げて…いつだって可能性を閉ざしてしまうのは自分自身なのかもしれません。でも、山根さんは「意志さえあればできないことなんてない」ということを体現されています。
きっと山根さんの活動はこれからさらに広がっていくはず。多くの方を勇気づけ、いきいき過ごせる「場所」や「出番」をつくっていくものになるはず。山根さんの揺るぎない強い意志から、そう感じることができました。
そして私自身が目指す先はどこにあるのか。意志はあるのか。改めて考えるきっかけ、そして大きな勇気をもらうことができました。
関連情報
NPO法人シニアSOHO世田谷 ホームページ
(撮影/板橋充)