【写真】株式会社シーズオブウィッシュの代表あおやまだいぞうさんが映画館の客席で1人立っている。

人生最後の思い出に、娘さんと映画を見たいというおばあさんが車椅子で来られたんです。ところが後日、その方がまた映画館にいらっしゃって。なんと車いすがなくなっていたんですよ!それから2年経ちましたが、今は一人で来て、面白かったわって言って帰っていかれます。

年を重ねると、外に出かけたり人と会ったりすることが難しくなってきます。一人暮らしだと、時には数日間誰とも会わなかったということもあるかもしれません。

人と会い、話しをすることは、前向きな気持ちを湧き上がらせてくれる源でもあります。私自身、「ちょっと疲れたな」というときに友達に会って話したり、どこかに遊びに行ったりすることで「明日からも頑張ろう!」と感じることもしばしば。

高齢者が毎日を豊かに生きていくために、誰かと出会い、ワクワクできるような場が必要なのではないか。

そう考えていたとき、私は「アミューあつぎ 映画.comシネマ」のことを耳にしました。ここは高齢者が日々集う映画館として、高齢者保養施設に認定されているというではありませんか!

ここには、これまでの枠組みに当てはまらない、新しい福祉のかたちがあるのかもしれない。そんな希望を抱いた私は、さっそく映画.comシネマを訪れました。

高齢者が元気になる映画館

【写真】アミューあつぎ映画ドットコムシネマのチケットカウンター。木製で、懐かしさが感じられる。
神奈川県厚木市にある「アミューあつぎ 映画.comシネマ」は、 厚木市の「高齢者保養施設」に指定された映画館です。65歳以上の人は、厚木市が発行しているシルバーチケットを提示して3860円の年会費を支払うと、なんと1本500円で映画を見ることができます。

もともとここには、別の企業が運営を行う映画館がありました。しかし閉館することになってしまったところを、厚木市が入手。現在は、青山大蔵さんが代表を務める「株式会社シーズオブウィッシュ」が、運営を行っています。

私たちが映画.comシネマを訪れたのは、平日の朝9時半ごろ。青山さんは、朝一番の映画が始まる前から、ロビーでお客さんが来るのを待っていました。

「いらっしゃいませ。」
「おはようございます!」
「今日は寒いですね。」

お客さん一人ひとりに声をかけていく青山さん。中には、そのまま青山さんとおしゃべりをし始めるお客さんも。映画館を訪れるお客さんとスタッフの距離の近さが伝わってきます。

【写真】映画館のロビーでお客さんを待ち佇んでいるあおやまさん。笑みを浮かべている。

人々が集まる場としての映画館をつくりたい

青山さんは、もともと航空業界など、様々なジャンルのビジネスに携わってきました。あるとき、新規事業を任されることになったことをきっかけに、経営の勉強をするために大学院へ入学。そこで研究テーマとして選んだのが、「ミニシアターの再生」でした。

青山さん:幼いころ、父親が役者だったんです。私にとっては、映画館が遊び場みたいなものでした。その映画館は、本当に小さなところだったんですが、大人から子供までみんな集まっていて。

そこの支配人さんが、映画観なくても会いに来たくなってしまうような、すごく気さくな方だったんですね。私もかわいがってもらいました。父親が映画を見ている間、幼かった私はロビーで待っているんですけど、支配人さんがお菓子をくれたりして。映画館っていいところなんだなっていう、幼い時の印象があったんです。

【写真】ロビーでは、映画館のスタッフオススメの映画がポスターと共に紹介されている。

当時は、都内でもどんどんミニシアターがつぶれていました。その原因を知りたいと考えた青山さんは、幼いころの体験を胸に研究にのめりこみます。すると、青山さんの研究を知った企業との出会いがあり、「渋谷真夜中の映画祭」という企画を渋谷ヒカリエで行うことになったのです。

青山さんが映画祭で何よりも大事にしたのは、お客さんとのコミュニケーションでした。

青山さん:映画そのものよりも、お客さんとのコミュニケーションを重視したらうまくいくのではないかと感じていたんです。これが大当たりでした。お客様のアンケートを見ているとコンテンツのことが何も書いてないんですよ(笑)。一番多かった感想は『本当にスタッフがフレンドリーで楽しかった、こんな温かい空間は経験したことがない』というものだったんです。

【写真】スクリーンの前でピースをしているあおやまさん。とても楽しそうだ。

渋谷真夜中の映画祭を開催していたときの青山さん。

映画祭には、フロアが満員になるほどのお客さんが集まりました。

待っていた、映画館との出会い

【写真】インタビューに応えるあおやまさん。

映画祭での経験を通じて、「これからの映画館は、映画ではなく、関わる人が中心になるのではないか」という気づきを得た青山さん。ちょうどそのとき、人生の大きな転機が訪れます。

閉館となった映画館を復活させるために力を貸してくれないかと、厚木市からの依頼があったのです。

一度潰れた映画館には手を出さないというのが、映画興行業界の不文律。厚木に隣接する海老名市には、全国でも有数の動員を誇る巨大なシネコンがあるなど、新たに映画館を運営するには難しい条件が重なっていました。

しかし、厚木の映画館を復活させたいという厚木市の職員の熱意に胸を打たれた青山さんは、映画館を訪れることに。そこに、運命の出会いが待っていたのです。

青山さん:映画館としての設備は、ありのまま残っていました。でも、色々なものがむき出しで、まるで廃墟のようになっていて・・。近づいていって、映画館のところにだけ、電気をつけたんです。真っ暗だった空間に、ぽっと明かりが灯ったとき、『やっと会えたね』って映画館からの声が聞こえたような気がして。思わず『私やります』って手を挙げてしまったんです。

温かな光をともし、どんな人でも受け入れてくれる場所。青山さんの心の中に、求めていた映画館の像が浮かび上がってきた瞬間でした。この映画館を復活させるため、青山さんは走り始めます。

「地域の人が本当に楽しめる映画館を作ってほしい」

この映画館を再生させることを心に決めた青山さんでしたが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。

青山さんはミニシアター再生の研究の経験から、この映画館で通常のテナントと同じ運営をしようとしても、採算的に成り立たないことに気づいていました。一方、行政施設でよく用いられる、民間事業者に運営を委託する「指定管理者制度」というやり方では、自由な運営が難しくなるという懸念が。これまでにはない運営方法が求められました。

厚木市と青山さん、双方が合意に達するまでの交渉は、難航を極めます。両者ともに疲弊していく中で青山さんを支えたのは、意外にも行政職員の「地域の人々に、映画を通じて楽しい時間を過ごしてもらいたい」という熱い思いだったそう。

【写真】インタビューに笑顔で応えるあおやまさん。

青山さん:厚木市の担当者が、なんと私よりも熱い魂をもった人だったんです。あんたの言うことはもっともだ、俺がなんとかする!っていってくれて。しょっちゅう二人でぶつかりながら、本当によくやりました。

話し合いの末、厚木市は初期設備の費用をすべて負担。青山さんの会社は、格安の賃料を支払って映画設備を借りるというテナント契約を結ぶこととなりました。青山さんからの要望が、ほぼ受け入れられたかたちとなったのです。

その代わりとして、青山さんに厚木市から要望が提示されます。それは、映画の鑑賞料金を500円にしてほしいということでした。

青山さん:地域に映画を見せてほしいと、厚木市の担当者に言われたんですね。子供からお年寄りまでがみんながここで集って楽しめるような、日本に誇れる映画館を作ってくださいと。それに僕も打たれちゃって。絶対約束するからやらせてくれといったら、向こうも信じてくれて。ようやく完成にこぎつけたんです。

起死回生のコンセプト「映画館を福祉施設に」

様々な困難を乗り越え、オープンした映画.comシネマ。地域の方々は厚木の映画館復活を待ちわびているに違いない。そう思いながらオープンした青山さんでしたが、返ってきたのは予想と全く異なる反応でした。

青山さん:市民の方々から、映画館よりも保育所や老人ホームが必要だと反対意見が上がったんです。これだけ待機児童もいるし、老人ホームに入れない人がいっぱいいる中で、なぜ厚木市は娯楽施設にお金を投じるんだと。映画館に来られて、厳しい意見を言われたこともありました。これじゃお客さん離れちゃう。どうしよう、えらいことになっちゃったなって思ったんです。

なんとか事態を好転させなければいけない。必死で考えた末に浮かんできたのが、「映画館を福祉施設にする」というコンセプトでした。

市街地の中心地区にある映画.comシネマなら、高齢者も毎日気軽に訪れることができます。行政や市民団体と連携することで、支援を必要とする高齢者にサポートをつなげ、元気なシニアには自身の興味関心を満たせる場を提供する。青山さんは、映画館が新しいかたちの福祉の拠点となるのではないかと考えたのです。

【写真】アミューあつぎ映画館ドットコムシネマのミッションが書かれている企画書。「『地域共生映画館』を全国に普及させることによって、各地域のコミュニティ創出と活性化を促し、生活者の福祉(心豊かな暮らし)に貢献する。」と記載。

このコンセプトを携えて、青山さんは市内の様々な市民団体との対話に走り回ります。会合が開かれると聞いたら、そこで「5分だけ時間をください!」と頼み込んで話をしたり。地域住民のバーベキューにも参加させてもらったり、盆踊りのやぐらの上でマイクを握ったり。映画館のコンセプトについて、ひたすら話し続けました。

すると、青山さんたちの考えに賛同する人々が現れるように。徐々に、地域の福祉の拠点となる映画館への道のりが開けていったのです。

お客さんに寄り添う映画館

【写真】映画館のロビー。ゆっくり座れるソファがあり、そこに高齢者が座っている。クリーム色の床がどこかやさしい印象を抱かせる。

‟福祉施設”として歩み始めたこの映画館には、今では数多くの高齢者が訪れるように。取材の日も、朝一番の映画から高齢者の人々がやってきていました。

荷物から財布を出すのに時間がかかってしまうおばあちゃんには、スタッフが「ゆっくりでいいですよ」と声をかけます。その優しい一言を聞いて、おばあちゃんはほっとした表情を見せていました。

【写真】チケットカウンターにおばあちゃんたちが並んでいる。

【写真】チケットカウンターで、お客さんを笑顔で迎え入れるスタッフ。ゆったりとした時間が流れている。

映画の上映が終了し、スクリーンを出てきたおばあちゃんたちに声をかけてみました。

ここは安くて、アクセスがいいからすごく便利。 会員制度には特に助かってます。ワンコインで来れるっていうのは、やっぱりありがたいですね。スタッフの方が丁寧ですよね。それだけ真摯な態度を取ってくれてるんだなって、感動します。

この映画館を知ったきっかけや、ここで見た映画の話など、たくさん話してくれたおばあちゃんたち。これからもここに通われますか?と聞くと、何度もうなずいていました。

以前映画館が閉鎖されたとき、すごくがっかりしたんです。でもまた復活してくれて。人と会って話すことができるいい場所だから、ずっと続いていってほしいですね。

【写真】ロビーの看板。「人に優しくなれる映画館」と書いてある。

地域のコミュニティづくりを担う映画館を、もっと広めたい

映画.comシネマは、福祉施設として、市民団体と連携した福祉サービスの提供に力を入れてきました。その一つが、外出することが難しい高齢者向けの外出支援サービスです。これは、行政から借りたバスで、高齢者がアミューあつぎ 映画.comまでやってきて映画を鑑賞し、隣接したカフェでランチをしたり、買い物を楽しんだりすることができるというもの。

このサービスの立ち上げを担ったのが、自他ともに認める映画.comシネマの”応援団長”池田正さんです。池田さんは、市民団体や行政と映画館の関係づくりの中心として、日々奔走しています。

【写真】映画ドットコムシネマの応援団長いけださんがインタビューに応えている。

もともと自治会で地域の高齢者を対象としたサロンを開催するなど、まちづくり活動に関わっていた池田さん。

以前から芸術や文化に興味を持っていたこともあり、映画館の復活を聞いたときは、とても楽しみにしていたのだそう。しかし、オープンした映画館を訪れて、意外な状況に驚いてしまったといいます。

池田さん:映画を見に来たら、観客が私一人しかいなかったんです!これはちょっと心配だなって思って、行政の担当者に連絡しました。『私は厚木の市民団体に対しては広いネットワークがあるから、PRの協力をしたいです』って。そこから映画館に関わり始めました。

せっかく厚木の映画館が復活したのだから、もっと色々な人に知ってもらいたい。そう考えた池田さんは青山さんと共に、自治会や企業、学校など、厚木市内の様々な団体を回り、PR活動を行ってきました。

池田さん:今は公民館との企画を作っているところなんです。 お金がなくてもアイデアとつながりがあれば、良いプロジェクトは出来ると思っています。

熱い思いを込めて、映画館の可能性について語る池田さん。なぜそれほどこの映画館に惹かれるのですか?と聞くと、「社長のおかげだよね」と笑顔になりました。

池田さん:以前青山さんから『映写機はコミュニティを動かす力だ』っていわれたときに、すごい言葉だなって思ってね。地域のコミュニティづくりを担うっていう、こんなコンセプトを持っている映画館は他にないですから。

【写真】映画ドットコムシネマの応援団長いけださんとあおやまさんが笑顔でソファに座っている。

市民活動と住民の接点をつくる、プラットフォームとしての映画館

自主夜間中学「あつぎえんぴつの会」(以下えんぴつの会)の代表、岩井富喜子さんは、アミューあつぎ 映画.comとの協働によって、活動がステップアップするきっかけを得たひとり。

えんぴつの会は、若いころ教育を受けられず今も読み書きに不便を感じている高齢者や、親について日本にやってきたものの日本語が話せなかったり、教育が十分でない若い外国人を中心に、勉強を教えています。

岩井さん:これまで様々なオープンスペースを渡り歩いてたんですが、青山さんに『自分たちだけで使える場所を探している』って話したら、映画館の控室を貸してくれたんです。知り合ってすぐにですよ!その時、夜間中学には受験を控えている子がいたので、本当にありがたかったですね。

【写真】インタビューに応えるえんぴつの会の代表いわいさん。

岩井さん:この映画館は、スタッフ募集の張り紙を張ってくれたり、活動にすごく協力してくれます。青山さん自身も、子どもの貧困や格差に関心を持っているそうなので、自分たちの活動を理解してもらえるなっていう安心感がありますね。

夜間中学に関する映画の上映会とトークイベントも開催した際は、100名以上が参加し大盛況だったそう。トークイベントには、夜間中学に通う生徒も登壇。岩井さんは、彼らにとって上映会がターニングポイントだったといいます。

岩井さん:登壇した生徒の一人は、家族に内緒で夜間中学に通っていたんです。だから、最初は出ることをためらっていて。でも、最終的には皆の前で話をしてくれました。自分と同じような経験をしている人が、世の中にはいっぱいいるはずだっていう思いがあったんだと思います。私はこの映画会の中で、一歩踏み出したその生徒の姿を見られたことが、一番うれしかったですね。

【写真】ロビーの壁にえんぴつのかいへの応援メッセージが貼ってある。

映画館にとって市民団体との連携は、時間もエネルギーもかかること。それでも、映画館ができることを通じて地域を良くするために、今後もより関係性を広げていきたいと青山さんは話します。

青山さん:映像が人に訴える力ってすごく強いんです。そこに、課題に真剣に取り組む人たちがリアルな話をしていかれるので、無関心だった人でも行動を起こすようになります。そうすると、市民団体の活動が一気に大きくなる。私たちがやっているのは、仲間作りや活動の場をご提供するっていう支援の仕方なんです。一生懸命社会活動している人たちと、市民との接点を作ることによって、良い関係性が生まれ、結果、厚木のまちがよくなっていく。そこに映画館というプラットフォームが存在する意味があるんだと思っています。

「1本500円」を実現した理念

市民団体との関係性を、丁寧に築いてきた映画.comシネマ。地域のコミュニティ拠点としての役割が広がり、目指してきた福祉施設としての映画館が形になりつつあります。

ただ、映画館そのものの仕組みが持続可能である必要があります。「シニアなら、会員になれば1本500円」という料金の仕組みを、どのように維持しているのでしょう。

その背景には、高齢者保養施設として指定されているため行政から助成金を得ていることと、映画.comシネマが二番館であるということがあります。二番館は封切り上映を行わないため、その分安い値段で映画を配給してもらうことが可能なのです。

ただ、助成金の金額には限界があり、二番館も全国的には珍しくないもの。これらだけが「1本500円」の秘密ではないはず…。

青山さん:そもそも、大手配給会社が映画を配給するときは、映画館側に1本あたりいくらという金額を提示します。うちみたいな小さな映画館では、配給会社が設定する金額は高すぎてとても支払うことが出来ません。そこで私は、『お客さんが500円で見られるような値段にしてほしい』と直接配給会社に交渉したんです。

【写真】ロビーの机には、これから上映される映画のチラシが綺麗に並んでいる。

自分たちの理念を貫くために、従来の映画興行界の常識ではありえない提案を行った青山さん。大手配給会社からは猛反発を受けます。それでもひるむことなく、「自分たちはまちづくりをしている映画館だから、誰もが見に来れるような値段にしたい」と頼み続けました。すると、青山さんたちの理念を後押ししてくれる会社が現れはじめたのです。

青山さん:一部の映画ファンだけでなく、ちゃんと地域で生活している人たちに見てもらえるような作品を供給していかないとダメだって考えていた進歩的な配給会社もあったんです。それに小さな会社は、ミニシアターがつぶれてしまうと自分たちの映画を見てもらえる場がなくなってしまう。ミニシアターが減っていく昨今、この映画館はなんだか面白いことやろうとしているなっていう期待もあったんだと思います。

【写真】チケットカウンターに飾られている手書きのポップ。シニアと学生向けて年齢確認のお願いが書かれている。

少しずつ青山さんたちの理念に賛同し提供してくれる会社が増えていったある日、上映会にとある大手の配給会社の方がやってきます。その方は上映会が終わると、「なんでこんなにお客さんとスタッフが仲良くて、温かい雰囲気なんだ。これなんだよ映画館は!」と感動し、青山さんに映画を配給したいと伝えてくれたのだといいます。

現在、映画.comシネマでは160社ほどの配給会社の作品を取り扱っています。これだけ多くの配給会社の作品を扱っている映画館は、日本でも珍しいのだそう。青山さんが掲げる理念が、映画業界の常識さえも塗り替えたのです。

自分の言葉で行うコミュニケーション

映画.comシネマが福祉施設としての映画館を実現するために最も大事にしていること、それが見に来てくれるお客さんとのコミュニケーションです。

ロビーや受付のそばには、スタッフ手作りのPOPがずらり!説明や絵は、すべてスタッフが映画を見て、勉強しながら作成しているのだそう。

【写真】上映している映画の物語やオススメポイントが記載された手書きポップがロビーの壁に貼られている。イラストが描かれているものもあれば、写真を活用したものもあり、作り手の個性がにじみ出ている。

そして、 映画.comシネマのコミュニケーションにおけるハイライトともいえるのが、映画上映前の90秒プレゼンテーションです。これは、スタッフが自分で映画を見て、ポイントを自分で考えて、上映前にお客さんへ90秒で説明するというもの。映画の上映を今か今かと待ちわびるお客さんの前で、その映画の世界にすっと入っていけるようなプレゼンテーションをしなければなりません。

取材当日、私もこのプレゼンテーションを聞くことができました!プレゼンしたのは、アルバイトの増田聖華さん。自分自身が感じた映画のポイントを、映画のチラシを使って説明します。上映される映画を知らなかった私でしたが、話を聞くうちに、思わずそのままスクリーンに残って見たくなってしまいました。

プレゼンが終わると、お客さんからの温かい拍手が沸き起こります。

【写真】スクリーンの前で、映画のプレゼンテーションをするアルバイトのますださん。いきいきと語っている。

「やらなくてはいけないことがたくさんあって、必死の毎日です」と笑う増田さん。お客さんとの距離が近いことが、ここで働く励みになっているのだそうです。

増田さん:私よりもベテランのお客さまがたくさんいて、私がレジで戸惑っていても優しく接してくださいます。 新しい子だねってお客さまのほうから声をかけていただくこともあるんですよ。以前、アナウンスをしたシアターに、上映が終わってからに掃除に行ったら、『アナウンス良かったよ』ってお客さまから声をかけていただいたんです!そのときは嬉しかったですね。

【写真】インタビューに応えるますださん。

映画を見に来るのではなく、人と話しにくる映画館

映画.comシネマを訪れるお客さんは、開館当初にくらべて徐々に増えてきていると言います。しかも、ただ映画を見るためではなく、青山さんやスタッフと話すことを楽しみにしている人が多いんだとか。

【写真】お客さんと話すあおやまさん。ささやかに笑みを浮かべている。

青山さん:映画館に来たお客さんが、私に『今何上映してるの?』って聞くんです。時間が空いたからって来てくださって、会話の最後に、今こういう映画を上映していますとご案内すると、じゃあ見ていこうかなということになる。 この映画館は、映画を見るだけの場ではなくて、人と話をするきっかけの場になっているんですよね。

映画.comシネマにとって、あくまでも映画は手段の一つ。ここで上映される映画や訪れている人との会話を通じて、気分が高まる気持ちを一緒に味わい、コミュニケーションを楽しむことが大事なのです。

高齢者の日常の一部になることを目指して

現在の福祉では、医療や介護など、身体的なケアの部分に焦点が当てられることが多く、コミュニケーションのような目に見えにくいケアは、あまり重視されていない状況があります。映画館が持つ「娯楽」という要素は、このコミュニケーションの部分で大きな可能性をもっているのではないでしょうか。その思いを青山さんにぶつけてみました。

【写真】インタビューに応えるあおやまさん。

青山さん:この映画館で映画を見たり人と話したりすることを通じて、単純に生きる喜び、生きててよかったなっていう感覚を味わってもらいたいなと思っているんです。無理に薬を飲まなくても、ただ笑って泣いて、手を叩いて。楽しさを感じ続けていると、人は元気になるということを、日々目の当たりにしています。

「それは映画を見る人だけに限らないんです」と青山さんは続けます。 池田さんや岩井さんのような市民団体の方々も、アミューあつぎ 映画.comに関わるうちに、どんどん元気になってきていることを感じているそうです。

青山さん:息子のようなスタンスで、おじいちゃんおばあちゃんを元気にしてあげたい。それを、自分にとって思い入れのある映画館でできるということには、非常にやりがいがあるし、誇りを持っていることなんです。

【写真】あおやまさんといわいさんが会話をしている。とても楽しそうだ。

「生きる喜びを感じる」という福祉のあり方

加速度的に高齢化社会が進行する日本。全国各地で、高齢者の孤立を防ぐ取り組みが行われていますが、うまくいっていないケースも多いのが現状です。

映画.comシネマは、映画という誰もが楽しめるコンテンツとスタッフによる温かなコミュニケーションによって、たくさんの高齢者が日常的に訪れ、時間を過ごしてゆく場となっていました。さらに、行政や市民団体と連携することによって、高齢者を包括的にサポートする拠点としても機能しています。

何よりも、映画.comシネマに集う人々の表情は、観客もスタッフもみんな生き生きとしていました。

青山さん:ここに来るお年寄りの中には、家に帰ったら居場所がなくて、寂しい人もたくさんいます。でも、日常の中に映画.comシネマがあれば、笑いがあって対話が生まれる。お年寄りにとって、いつでも誰かが必ず待っていてくれる場所になれればいいなと思っています。

映画を見てワクワクする。その感想や、日々の何気ないことを誰かと話して笑いあう。
生きる喜びを感じることで、人は元気になることができるのです。

もしワクワクしたり楽しい気持ちになっていないなと感じたら、またこの映画館を訪れたいと思います。青山さんやスタッフの皆さんの、明るい笑顔と挨拶が出迎えてくれることを楽しみに待ちながら。

【写真】チケットカウンターの前に立つあおやまさんとsoar取材スタッフ。やわらかい表情でお客さんを待っているように見える。

(撮影:馬場加奈子、協力:森一貴)

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