「御用聞き」
その名前を聞いたとたん、私のなかで何かがときめきました。
5分100円〜。電球を替えたり、タンスの上の重い荷物を降ろしたり、いらなくなった家具を粗大ゴミに出したり、部屋の掃除をしたり。ピンポンと自宅に伺って、そんな小さな家事の一つ一つをお手伝いします。
高齢の方のお宅を訪ねて、小さな日々の「御用」を受けて回るーーそんな、ありそうでなかったサービスを行っている「御用聞き」という会社のことを、人づてに聞いた時、私の中でびびびっとくるものがあったのです。以前から、せめて自分の生活の近くにいる高齢者の方のお話を聞いたり、何かお手伝いをしてみたいと思っていた私は、瞬間的にぜひ一度現場を見てみたい、と思いました。
程なくして、soar編集長の工藤がお試し体験に行っている様子が、facebookにアップされているではありませんか!「羨ましい!」と思った矢先に、御用聞きを運営するみなさんに取材ができることになり、私は大喜びで取材先に向かいました。
大都会に残る、懐かしい風景の中へ
東京都板橋区にある高島平団地は、昭和40年代にUR都市機構によって建設された、1万戸を超えるマンモス団地です。「株式会社御用聞き」は、この高島平団地を拠点に、高齢の住居者に向けて5分100円〜という料金設定で、細々とした雑用から「困り事」の相談までをなんでも請け負っています。
地下鉄が地上に上がり、高島平の駅が近づくにつれて、車窓の向こうに次々と巨大な団地群が顔を出します。その姿にどこか圧倒されつつ、駅直結の歩道橋を歩いていくと、団地の入り口には八百屋やスーパーなど、いくつもの商店が賑わいを見せていました。カートを引いたおばあさんが、自転車にまたがったおじいさんたちが買い物をし、野菜の値段を大きな声で叫んで売ろうとする店員さんがいる。明るい日差しが差す中庭部分には、公園があり、そこではたくさんの子どもたちやお母さんたちが、遊んでいるのも見えます。
「うわあ、古い団地ってひっそりとしているイメージもあったけど、賑わってますね」
そんなことをカメラマンと言い合っていると、向こうから満面の笑顔を浮かべた大柄な男性が駆け寄ってきました。
こんにちは、マツケンです!今日はよろしくお願いします!
そういって差し出された名刺には、「御用聞きパートナー松岡健太」とあります。今年の1月から「御用聞き」を手伝っているマツケンくんは、都内の大学の福祉学科に通う4年生。マツケンくんに連れられて、私たちは団地の中に入って行きました。
誰もやりたくない「100円の家事代行」こそ、自分たちの居場所
「株式会社御用聞き」は、今年で設立15年目を迎える会社です。最近の5年ほどは、「御用聞きxコミュニティカフェ経営」、「御用聞きx地域活性化のコンサルティング」といった地域活動に力を入れてきたそうですが、2016年1月に新しい形態として事業を仕切り直しました。現在、創設者の古市盛久さんは、マツケンくんと、もう一人のパートナースタッフである五十嵐憂子さんとともに、この1年弱、ひたすら「5分100円からの家事代行サービス」だけに取り組んできたと言います。
古市さん:地域づくりをしようというときに、コミュニティカフェを作りたい人はたくさんいるけれど、人の家にお邪魔して家事を手伝うなんてことは、実は、誰もやりたがらないんです。
もちろん個人宅に伺うにはいろいろとややこしい問題も出てくるし、一番しんどいことですよね。でも、そういうしんどいところこそが自分たちの居場所じゃないかと、思い切ってこれまでの事業をやめて「御用聞き」に焦点を絞ることにしたんです。
現在、正規のスタッフはパートナーの2人を含めて、11人。ここ3ヶ月での御用聞き利用者のリピート率は8割という順調な依頼を受けています。
メインスタッフとして毎日5、6件の御用を聞きに走り回っているマツケンくんは、現在、事務所に住み込んで仕事をしています。学業と御用聞きの両立は想像以上に大変そうですが、常時かかってくる携帯電話をポケットに、充実した毎日を過ごしているのだそう。
マツケンくん:忙しいといえば忙しいですけど、すごく楽しいしやりがいがあります。 毎日いろんなお宅に行って、いろんな濃い経験があって、中には辛いこともあるけど、「ご飯食べてる?」って気にしてくれる方もいて。全部、すごくいい勉強になっています。
まずは早速、マツケンくんに同行して、実際に御用聞きの様子を見せていただくことにしました。
誰にも会わずに家にこもっていた2年間を経て、つながりができた
最初に伺ったのは、御用聞き常連のお客様だという奥秋克子さんのお宅です。
奥秋さん:主人と一緒に69歳まで現役で働いてきました。人に会うのが好きだから、仕事も大好きだった。でも、夫が亡くなって娘たちも独立して、思い切ってここの団地に入ることにしたんです。
初対面の私たちを、季節の果物でもてなしてくれる奥秋さん。自他共に求める「人好き」というだけあって、誰とでも親しく付き合えそうな雰囲気が伝わってきます。でも…、
奥秋さん:実は、こっちに引っ越してきたと同時に、ややこしい病気になってね。線維筋痛症という難病。全身が痛くてどこにも行けなくて、ただ寝ているだけの2年間を過ごしていました。誰にも会えなくて、心も沈んでしまっていたんです。
線維筋痛症についてはsoarでも以前ご紹介しましたが、原因不明で突然発症する難病で、激しい痛みが慢性的に続くとても大変な病気です。
幸い、体に合うお薬が見つかり、痛みはまだあるもののようやく家から出られるようになったある日、「御用聞き」の存在を知ります。
大切なのは用事を終えることより、そこにある会話
最初はうまく動かなかったガスストーブを直してもらうところから。その後も重い荷物の上げ下ろしや、ちょっとした家事をマツケンくんに頼むようになりました。でも、用事をしてもらう以上に嬉しいのが、ふとした会話だと奥秋さんは言います。
奥秋さん:団地には同世代の人も多く住んでいるけれど、実は住人同士の交流は少ないんです。でもマツケンくんが来てくれて、いろいろおしゃべりして一緒にお茶を飲むだけで、すごく助けられる。こういうサービスを求めている人はこの団地にいっぱいいると思うのよ。私は病気もあるから、また体の調子が悪くなったときのことを思うとすごく安心。いろいろとお願いすると思うから、頼りにしてるわね。
マツケンくん:ぜひ!いつでも呼んでください!
コーヒーや果物でもてなしていただき、すっかりくつろいでしまった私たちは急いで次の約束に向かいました。
「この人になら一人住まいの家に来てもらっても大丈夫かな」と思った
次に伺ったのは、高島平団地に30年以上お住いのSさんの御宅。マツケンくんが御用聞きでお邪魔するのは4回目です。
突然の私たちの訪問も快く受け入れてくださったSさんは、赤い花柄のお洋服に身を包んだ素敵な女性。玄関からリビングの机、壁のあちらこちらに、小さな子どもが描いた可愛らしい絵やお手紙が飾ってあります。
Sさん:孫たちが描いてくれたんです。娘も関東に住んでいるんだけど、仕事を持ってるし、日常の小さなことを何度も頼むのも悪いでしょう。どうしようかな、って思っていた時に、団地でお祭りがあって。その時に、マツケンくんに会ったのよね。
マツケンくん:そうですね。お祭りの日でした。その翌日に、初めてお家に伺ったんですよね!
Sさん:御用聞きがいるっていう話は聞いてたけど、独り住いの家に来てもらうのもどうかなって、最初は思ってたの。でも祭りでこの人に会って、彼なら大丈夫かなって思ったんです。
Sさんの依頼は、DVD録画の編集方法を習うこと。大量に録画した歌番組の中から、長年のファンである演歌歌手が写っているところだけを切り取って繋げたい、というお願いでした。
最近のDVDプレイヤーは取扱説明書を見ても複雑な操作を理解するのは困難です。 どうすれば、一人で編集作業ができるように導けるか。マツケンくんは取扱説明書を読み、A4の紙に大きな字で要点をまとめたSさん専用の説明書を作成しました。
今日はおさらい。娘さんが好きな藤井フミヤのドキュメンタリー番組を、マツケンくんに見守られながら編集をすることに。はたで見ている私たち(女子3人)も「こんな難しいの絶対できない!」と思える複雑な操作を、ゆっくりと確実にこなしていきます。
「ああ今日来てもらってよかった!」思わず溢れる言葉
二人のやりとりを聞いていると、ときどきSさんがこんな言葉を発するのが気になりました。
「何度も同じこと聞いちゃってるわね、ごめんなさい……」
「もたもたしてて、本当に嫌にならない?」
つい“申し訳なさ”がでてしまうSさんに対し、マツケンくんは即座にこう答えます。
「いや、本当にこの機械は扱いが難しいですよ」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。間違ってデータを消さない方が大事ですからね」
何か上手くいかないことがあると、申し訳なく感じてしまう依頼者。でもそれではこのサービスはきっと続きません。それを感じるとマツケンくんはまず、その気持ちを明るく否定することに自然と徹していました。そのコミュニケーションの爽やかさに、私は何度もハッとさせらました。
何度か苦戦する場面はあったものの、30分ほどかけてほぼ一人で見事にスペシャル編集の藤井フミヤドキュメンタリーが完成!
Sさん:ああ、よかった。今日来ていただいて!娘にもビデオを渡してあげられる。本当によかった!ありがとう。
何度も手を振ってくれるSさんに挨拶をしたあと、「お土産に」と頂いたリンゴジュースを私たちにも分けてくれながら、マツケンくんはポツリと言いました。
本当は、困っている人って誰の身近にもいるはずなんですよね。そこにフォーカスが当たりづらいってだけで。でも自分の近くを見るっていうのは、面白いことだし、その人のお手伝いをするのが御用聞きの本来の姿だと思うんです。
なぜ、今「御用聞き」か?「会話で世の中を豊かにする」会社へ
事務所に戻ると、「またお土産もらったの?」と代表の古市さんが笑顔で迎えてくれました。
古市さん:お菓子をいただいたり、ご飯をご馳走になったりということは、マツケンだけでなくて、結構あるんです。 当初は断っていたんですけど、こういう仕事は関係が第一だからそれは逆に良くないとわかって。だったらありがたく頂戴して共有しようということにしていて、“おひねり”って呼んでいます。
古市さんは会社のビジョンを「会話で世の中を豊かにする」という一点にフォーカスして活動しています。
人と人と顔を突き合わせてのアナログな会話が全てだと思っています。今って、SNSなどインターネットのコミュニケーションがピークにきていますよね。でも、そんな今だからこそ、本当に必要なことのは会話の中にこそ見つけられると思うんです。
先ほどのマツケンくんと奥秋さんやSさんとの暖かな会話の様子が目に浮かびます。
御用聞きは、単に家事を手伝うだけじゃなくて、その人と深く顔の見える関係でい続けるってことも大切なんですね。その中で、本当に必要としているサービスや医療や、時には商品なんかも生まれると思うんです。
例えば、御用聞きの仕事が、地域の医療と患者さんを深くつなげるきっかけになったケースもあるといいます。行政や福祉、医療機関などが提供する支援があっても、なかなか高齢者がそこに結びついていないのが課題となっている昨今。御用聞きには、家事を手伝うことを通して見えてくる生活者の課題を、地域の様々なセクターと関係をつくりながら解決していく可能性があるように思います。
起業家に憧れて、壮絶なアップダウンの人生のはてに
小学生の頃から、「日常の当たり前」のサービスや商品を作り出す起業家に憧れを持っていたという古市さん。そんな彼が、「御用聞き」という100円代行サービスに行き着くまでには、実は、長い長い、紆余曲折の道のりがありました。
新卒で不動産を手がけている会社に入って、同年年末に退社・起業し、不動産仲介事業を始めました。その時のお客様が、高島平団地も作っているURだったんです。ニッチな仕事だけどファンドバブルで好景気になって、それなりに成功したんです。
一人の青年の成功物語。でもそこからは「勘違いの時代」と古市さんは顔をしかめて静かに笑います。温和そうな柔らかな雰囲気の今の古市さんからは想像もつかないことですが、当時は、全身ブランドのスーツで固め、外車を乗り回し、朝から葉巻を吸っていたとか!
いやあ、スーパー勘違い野郎ですよね(笑)。景気のせいでうまくいってただけなのに、自分に才覚があるって思って、調子に乗ってたんです。でもある日、すごく豪華な接待を受けている時に、急に「あれ、俺、楽しくない」って気づいたんです。
とんでもなく儲けて、好景気絶頂のその瞬間に、何かが古市さんを襲います。急に鳥肌が立ち、吐き気が抑えられなくなった古市さんは、トイレに駆け込み、「今まで自分は何をやってたんだ」と頭を抱えて自問自答したと言います。
俺がやりたかったのは、金持ちレースで上位に食い込むことじゃなかった。1000万人の人が喜べることや、普通に使えるサービスを作ることだったって、酔っ払いながら思い出してしまったんです。そこからは、不動産業からは足を洗おうと、ゼロに戻って、地域のためになることを始めようと決めました。
無一文になり、「社会の中で孤独に生きる人の気持ちがわかった」
原点に戻って、地域のためにと活動を始めた古市さんですが、今度はそううまくいはいきませんでした。
インターネットを使って、買い物弱者と呼ばれる高齢者の人たちの支援をするしくみを作りました。地域の子育てママさんたちが買い物を代行してくれるサービスだったんですが、全然うまくいかなくて。従業員も十人以上雇っていたのに、1年で大損失を出してしまったんです。スタッフのみんなにも無茶苦茶な働き方を要求して、体も心もおかしくなってしまって……。これじゃダメだって事業を閉めることにしました。幸いみんな優秀ですぐに次の職場を見つけてくれたんですが、本当に申し訳なくて。
ひとりきりになり、ほとんど無一文になった古市さんは、ボロボロのスーツと心を抱えて、わずかながら会員になってくれていた顧客に、お詫びに回ります。
その時に、「まあまあ、そんなことはいいから、ちょっとあのタンスの上の重いもの降ろしてよ。あんた困ってるんでしょ、お礼は払うから」って言ってくださる方々がいたんです。泣きながら手伝って、お金を頂きました。
当時、大きなストレスからか心身に支障をきたしていた古市さん。息が深く吸えず、左目からは常に涙が落ちていて、比喩ではなくゆっくりとしか歩くことさえできませんでした。
三輪車の子どもに追い抜かれた時に、「やばい、俺、死ぬな」って。会社を起こして失敗して、家族も養えないし、誰にも喜んでもらえることができない。自分は、社会的に必要のない人間なんだ、ってそう思った瞬間に、景色がモノクロに変わったんです。地面が抜け落ちて、わーって真っ暗なところに落ちていった。うずくまって、動けなくなっていました。
それは絶望、そのものでした。自分は社会的に必要がないと思った人の地獄を、体験しました。
どん底で見えた一筋の光。感謝されることで生かされた
それでも「100円家事代行」とだけ書いたペラ1枚のチラシを配って、地域の高齢者の自宅に行き家事を手伝う中で、古市さんはなんとか本当の地域のニーズを見つけていきます。
ニーズって言っても全然、かっこいいものじゃなくて、心配してくれてお情けで「いいわ、電池交換して」とか頼んでもらってたですけど。でもそうやってお金をいただくことで初めて、どんなことに住民の方が喜んでくれてるのか、という絵がリアルにわかるようになっていったんですね。
もう意地と言うより究極のエゴみたいなものですが、起業家として「なんとかいろんな人に喜んでもらいたい」という思いだけで生き延びてたんだと思います。
そんなか、古市さんに運命の出会いが訪れます。それは「御用聞き」のホームページにも描かれている一つのエピソード。
ある高齢の女性の家に御用聞きに行ったら、インターフォンが壊れてたんです。電球交換をした後で、「なんでドアを開けてたの?」っておばあさんに何気なく聞いたら、インターフォンが壊れているけど直し方がわからないからと。
それは、ただ古くなった乾電池をかえれば済むことでした。それを知らずに、女性は長い間、夜もドアを開けて過ごしていたといいます。理由は、「誰かが訪ねてきても気がつかないで、話し相手が一人もいなくなったら困るから」。
電池を入れ替えた途端、音がなって、おばあさんがブワーって大粒の涙をこぼしたんです。小さな手を合わせて、ありがとうありがとうって何度もお礼を言ってくれました。「あなたのおかげで、深く眠れる」って。
それを聞いた時、体に電流が流れました。自分みたいな人間にも涙を流してお礼を言ってくれる人がいるんだ、生きていく資格がもらえた、と思いました。たかだか電池を交換することで、眠れないくらい困っていることが解決するんだったら、これが自分のやるべきことだって。
一緒に話を聞いていたマツケンくんがつけくわえます。
マツケンくん:現場に行くと、どんな人にでもいろんな素敵なストーリーがあって、それを聞かせていただけると、頑張ろうって思えます。こんなに心開いてくれて喜んでくれるんだからって、同時に腹が括れるんです。
感動のストーリーばかりがあるわけではないことは、容易に想像できます。なかなか信頼してもらえなかったり、時には、勘違いされて詐欺集団だと罵られることも。それでも心が折れずにやっていける人だけが、本当の「前掛けのお兄ちゃん」になれる、と古市さんは言います。
「御用聞き」を体験することで、最良の経験が得られる
マツケンくんだけでなく、『御用聞き』では、特に学生ボランティアを意識的に多く採用しています。素質と希望があり、アシスタントとして経験を積んだ人は、有償ボランティアとして活動していくというしくみで、学生ボランティアの誘致には、一人のパートナースタッフの五十嵐憂子さんが一躍を買っています。
以前はベンチャー企業に勤めていた五十嵐さんは、ある時から「もっと自分の心が震えることを仕事にしたい」と考えるようになったといいます。悩んだ末、幼少期に自分のおばあちゃんや近所のお年寄りに可愛がられ育てられたことを思い出し、「地域で暮らすばあちゃんの笑顔に触れられることがしたい」と、御用聞きへの参画を決めたのだそう。広報や人とのコミュニケーションにも長けているだけでなく、その明るい人柄もあって、五十嵐さんを中心に御用聞きにはたくさんの学生が集まってきています。
ボランティアに来た学生の楽しんでいる様子は、SNSなどで拡散され、広まりを見せています。
古市さん:地域を良くするってことを考えた時に、やっぱり教育ということも外せないと私は思っていて。だから学生さんには、学業とは違う、最良な経験をやっぱりしてほしい、と思うんです。
御用聞きならそれが可能なんですね。いきなり目の前のおばあさんに泣かれたり、知らないおじさんが横でずーっとしゃべってくるとかね。なかなか、他のバイトじゃ経験できないことです。でも、それが社会に触れるということ。社会に出る前の最低限のスキルが付く修行として、やってもらえたらいいなと思っています。
最年長の御用聞きも活躍。同世代だからこそできることがある
永田さん:仕事を引退して2年ほど何もしないでいたんですが、まだなんとか体も動くんだし、やってみようと決めたんです。最初は緊張もしましたけどね、人の前に出て恥ずかしさもあったし。でもなんとか。古市さんやマツケンによくしてもらってやってます。あと少し、体が動くなら続けてみようかな、というところです。
控えめに笑う永田さんに、すかさず「いやいや、3桁の齢までお願いしますよ」と古市さんが声をかけます。
古市さん:高齢の方を相手にしているサービスだけあって、同世代の方だからこそ頼りになるところがあります。すごくありがたい存在なんです。
「無料が理想」。でも、利用者からは「無料は怖い」という声も
この「御用聞き」の100円家事代行サービスについて耳にした時、その可能性や広がりにワクワクすると同時に、私たちは、その値段設定について少し疑問を抱きもしました。地域の高齢者ケアとして、福祉サービスとして無料で行われそうなタイプのことを、あえて値段設定を設けて「商売」にしているのはなぜなのか。私たちはその理由を、古市さんに直接ぶつけてみました。
古市さん:確かに、地域包括ケアシステムの中の「互助」(注*お互いに助け合うこと。主にボランティア活動や住民組織の活動を指す)は、無料が理想で究極の形です。
人と繋がりたいけどお金がない、もう死んでしまいそう、という人が、前掛けのお兄ちゃんが来てくれたらなんとか死ななくて済むってことがある。自分の体験からも、私はそういうことがしたかった。だから最初は、無料にしたかったんです。
しかしふたを開けてみたら、意外な言葉が返ってきます。それは「無料は怖い」という声。一人で住んでいる家に知らない人が入ってきて、プライベートな用事をしてくれる、というサービス。無料であることによって、まず不安が芽生えてしまうのも、想像ができる気がします。
古市さん:逆に何度か値段設定を行ってきたのですが、価格を上げる改定をすると、注文が増えるんです。『あんたたちは、これで儲けようとしてるんだね、じゃあ安心だ』って言ってくれたんですね。これはなんだろう、と。
考えてみると、今の、60代、70代、80代の方々って、高度経済成長期に働いて日本を支え、タクシーを使って、家を買ってってお金をバンバン使う時代に生きてきた人たちでしょう。だとしたら、お金を使った互助の方が、入りやすいのかもしれないと思ったんです。
有料だから失わないですむ「尊厳」がある
また、こうしたサービスを受けることは自分の見てほしくないところを他人に見られてしまうことでもあります。そのことへの恥ずかしさが、サービスを受ける心理的なハードルになってしまうこともあるのかもしれません。何度も「ごめんね」と言いそうになって、マツケンさんに明るく返されていたSさんの様子が思い出されます。それを察したように古市さんは続けました。
受ける側の「申し訳なさ」というのが、「御用聞き」のサービスを有料にしたもう一つの理由です。支援が必要な地域にある互助ほど、「私みたいなのが、人に助けてもらうのは申し訳ない。もうちょっと我慢しよう」っていうことになる。
でも、それはおかしいでしょう。僕らみたいなのが頭を下げて「ありがとうございます」って言うほうが、いい。その中で、その人の人間性を見せてもらい、体験談を聞かせてもらえることにこそ価値があるんじゃないかと。デリケートな言葉だけれど、「尊厳」っていうことだと思っているんです。
おしきせでないコミュニティや繋がりを
最後に、私たちは、毎週、月・水・金曜日の午後16時半頃から行なわれている未病体操、別名「ちぃちゃん体操」に参加させてもらいました。
これは、いわゆるラジオ体操と、手足をぶらぶらさせる簡単な体操や、作業療法士さんと一緒に考案した「ちぃちゃんあるき」という簡単な運動を組み合わせたもの。
先ほどの永田さんは、週三回、団地の広場で行われる未病体操のスタッフとしても活躍しています。団地の真ん中にある広場に「ちぃちゃん体操」と書かれた大きな看板を掲げながら笑う永田さんの周りに、16時を過ぎると、彼の周りに続々と住人の方たちが集まってきました!
「最初は何やってるんだろう?って思ったんですけど、聞いてみると、夕方の体操で、夜に眠りやすくなるってことだったから。来てみたんです。本当に夜も、結構眠れるようになって嬉しくて。それ以来毎回来ています」という女性。
「一人暮らしで、もう誰とも喋らないから。ここに来ると話もできていいですね」という男性。
「団地の中にほとんど友達がいなかったけど、体操していたらだんだん顔見知りになって、他でも会うようになったわね」というグループもありました。
体操を始めて半年。続けるうちに、参加者も増え、団地内の小学生たちも入ってくるようになり、ワイワイと賑やかな時間が流れています。体を動かし、最後はみんなでハイタッチ!体の内側からふつふつと楽しい気分に。参加者のみなさんの表情もご覧の通り!とてもいい笑顔です。
高齢の方で、一人住まいだからと言って、「寂しいでしょう」「友達を作りましょう」といくら善意を押し付けても、誰もそんなところに足を運びたいとは思わない、と古市さんは考えています。
古市さん:高齢者の孤立解消というけれど、それを全力でしても、気持ち悪がられて結局うまくいかないだろうし。健康にいいこととか生活の改善ということをしていくうちに、結果としてコミュニティが生まれた、というのが自然で受け入れやすいと思うんです。
最後に目指すのは、誰もがほっこり笑って安心して眠れる社会
今はまだまだだけど、このサービスを”当たり前”にしていきたいんです。週に一回、誰でも生活支援として、家事代行を受けられる世の中を作りたい。
「ありがとう!」って言ってくれてドアが閉まる時、体操を終えて「またね!」って手を振る時、「きっとこの人は、この顔だったら今日の夜はぐっすり眠れるだろうな」って思うんです。ちょっとにっこりしてね。みんなほっこり寝られるはずなんですよ。だから、前掛けのお兄ちゃんお姉ちゃんと週に一回は笑える社会を作りたいんです。
体操から明るい表情で帰っていくみなさんに手を振りながら、力強くそう語る古市さん。
誰にだって、身近に、隣に、困っている人がいる。その人の話に耳を傾けて、ちょっと手をかす心と時間の余裕を持つことの大切さを、「御用聞き」は教えてくれたように思います。今日出会ったたくさんの笑顔をお土産に、明日の私自身にも、何かできることがあるはずと、心に誓うものがありました。
(写真/馬場加奈子)
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