【写真】イベント会場で、笑顔で登壇しているふるいちもりひささん

同い年の子どもたちが、同じ制服に身を包み、同じ授業を受ける——

楽しい思い出もたくさんある学校ですが、何事も「みんな同じ」を求められる雰囲気に、少し息苦しさを感じていた人も多いのではないでしょうか。

私もその一人でした。開放感を感じたのは、大学生になったタイミング。様々なコミュニティに所属するようになり、自分とは全く異なる人々に出会ったことは私の世界を大きく広げてくれました。

年齢も立場も、大切にしている価値観も、コミュニケーションの取り方も全く違う。多様な人々に囲まれるうちに「みんな違うからこそ、私も自分らしくいてよいのだ」と安心したのを今でも覚えています。

みんな違うことを前提にそれぞれを尊重する居場所が、一人ひとりが自分らしくいるためには重要なのかもしれません。

4月23日、soarで「多様な人が自分らしくいられる場づくり」について考えるイベントが開かれました。

登壇してくださったのは、依頼者の困りごとを解決する家事代行サービスを運営する株式会社御用聞き代表取締役の古市盛久さん。そして、高齢者の方向けのシェアハウスを運営する株式会社Happy代表取締役の首藤義敬さんです。

お二人に共通するのは、年齢も価値観も全く異なる人々が、一人ひとり自分らしくいられる居場所づくりに取り組んでいる点です。

当日は、まさに「自分らしく」お話をしてくださったお二人のおかげで、始終笑い声の絶えない、穏やかな時間となりました。

【写真】満員の会場。笑顔で話を聞いている参加者の方々

制度のはざまのちょっとした「困りごと」に御用聞きを

初めに古市さんから御用聞きの活動の様子を紹介していただきました。

御用聞きとは、大学生をはじめとするスタッフが依頼主の自宅を訪ね、5分100円~と手ごろな価格で困りごとを解決する家事代行サービスです。

古市さん:依頼を受ける御用には、様々なものがあります。以前は「ペットボトルのふたを開けてほしい」という60代の方から依頼がありました。彼女は手に力が入らず、自分ではふたが開けづらいそうです。毎日近所の人や友人に頼むのは心苦しい、と。そこで『数百円で気持ちよくお願いできる御用聞きにお願いしたい』と依頼してくださったんですよね。

【写真】登壇しているふるいちもりひささん
その他にも、電球を変えてほしい、タンスの上の重い荷物を降ろしてほしいといった日常の困りごとに関する依頼が次々と飛び込んできます。

御用聞きを利用しているのは、単身の高齢者の方々が多いそうです。介護保険等の制度対象にはならないけれど、生活のちょっとした場面で助けが必要な方はたくさんいる。そこで、困ったときに気軽に呼べる御用聞きが重宝されているのです。

また、最近は高齢者の方だけでなく20代~30代の若い世代の利用も増えています。

古市さん:悩みや困りごとがあっても、頼れる人がおらず、使える制度もない。その結果、孤立してしまう若者が増えています。御用聞きでは、オンラインでメッセージをやりとりするなどの活動も始めました。

制度の対象でもなく、民間の業者でもなかなか請け負ってもらえない。御用聞きは制度や市場の「はざま」にいる人々の困りごとに寄り添っているのです。

【写真】満員の会場で登壇しているふるいちもりひささん

一人ひとりの「御用」に垣間見える個性

古市さんは一人ひとりの「御用」に隠れている個性に触れることが、活動の何よりの楽しさにつながっていると話します。

ある日、一人の女性から「DVD録画の編集方法を教えてほしい」と依頼を受けたといいます。彼女は、長年ファンである演歌歌手や、娘さんが好きな俳優のドキュメンタリーを編集したいと依頼してくださったそう。

古市さん:その人のチャーミングな部分が隠れていたり、優しさにあふれていたり、くすっと笑ってしまうような面白さが見つかったり。御用に垣間見える「その人らしさ」に触れるのが大好きなんですよね。

古市さんが活動について心の底から楽しそうにお話される様子を見て、会場にも穏やかな空気が広がっていきます。

【写真】楽しそうな様子で話を聞く参加者の方々

御用聞きが掲げるビジョンは「会話で世の中を豊かにする」。困りごとを解決する単なる便利屋ではなく、御用聞きを通して生まれる人と人とのつながりを大切にしたい。古市さんは想いをこめてこう続けます。

古市さん:相手も自分たちも楽しく幸せになれる会話の心地よさやあたたかさを、社会全体に広げていきたい。そして御用聞きを、いつでも誰でも気軽にアクセスできるような社会のインフラにしたいと思っています。

みんながほしい場所が実現された「はっぴーの家ろっけん」

首藤さん:古市さんのお話に感動して涙がでそうです。しっかり話せるか心配だなあ(笑)

そう言いながら壇上に立ったのは、もう一人のゲストである首藤さん。首藤さんは、兵庫県神戸市で多世代型の介護付きのシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」(以下、はっぴーの家)を運営。高齢者や子どもなど世代にとどまらず多様な人が共に生きる居場所をつくっています。

神戸市で生まれた首藤さんは、阪神淡路大震災の記憶が今のコミュニティづくりの原点になっているのだそうです。

首藤さん:震災後は徐々に復興が進み、街はきれいになっていきました。しかし、震災で出ていった人はなかなか戻ってこず、街から人が消えていったんです。ハード面だけ整えて街づくりをしても住んでいる人たちが幸せでなければ意味がない。その感覚が「人」を中心に置いた今の街づくりにつながっています。

【写真】登壇しているしゅとうよしひろさん

「人」を中心にした場所を作ろうと、首藤さんははっぴーの家の開設にあたり、ある作戦を実行しました。それは「100人のプロよりも100人の素人計画」です。

首藤さん:たくさんの人に声をかけて集まってもらい「どんな場所がほしいか」をひたすら聞いていきました。プロの意見よりも、街に住む一人ひとりの意見を大切にしたいと思ったんです。集まった意見を実現することで、はっぴーの家が生まれたのです。

写真】たくさんのメモ書きの周りに拍手している人々が集まっている

たくさんの人から意見を募った「100人のプロよりも100人の素人計画」の様子(提供写真)

違和感は3つ以上重なると、どうでもよくなる

介護付きのシェアハウスではあるものの、1階のオープンスペースには地域の人が自由に出入りできるはっぴーの家。今や、高齢の方だけでなく、子どもやお父さんお母さん、地域を訪れた外国の方まで様々な方が集まる、まさに「多世代が集まる居場所」となっています。

しかし、価値観も考え方も違う多様な人が集まれば時には意見がぶつかりあうことも。そんなとき、はっぴーの家ではどうしているのでしょうか?

首藤さん:混沌とした状況を打開する魔法の言葉があるんですよ。今日の発表の中で一番重要なので、みなさんぜひ覚えて帰ってくださいね。その言葉は…「違和感は3つ以上重なると、どうでもよくなる!」です(笑)

ユニークな口調で話す首藤さんに引き込まれ、会場全体も自然と笑い声に包まれます。

【写真】笑って話を聞いている参加者の方

首藤さん:例えば、会議で自分ばかり話す人が1人いたとします。すると、会議がまとまらず嫌だと思う人もいるかもしれません。しかし、そんな人が3人いたらどうでしょうか?

そうです。絶対にまとまらないわけです(笑)その時、人は気づきます。人を変えようとするのではなく、受け止めることで落としどころを作らねばならないのだな、と。

はっぴーの家には、おじいちゃんやおばあちゃん、子ども、お父さん、お母さん、外国から来た人など様々な人がいます。怒りっぽい人もいれば、大声で騒ぐ人も、傷つきやすい人もいる。

それをルールや規則で無理やりひとつにまとめようとするのではなく、一人ひとりがそのままでいられるような最適解をみんなで模索していく。それが、多様性の受容ではないかと首藤さんは会場に問います。

【写真】登壇しているしゅとうよしひろさん

首藤さん:すぐに怒ってしまうおばあちゃんがいるんですよ。他の入居者の方にも怒るので、最初は止めていたんです。

でも、ある時絡まれたおじいちゃんが笑い出した。「また怒られちゃったなあ!」って(笑)すると、場に笑いが起こったんですよね。

その瞬間、おばあちゃんは「怒ってしまう嫌な人」ではなく「面白いネタを提供をしてくれた人」になりました。コミュニケーションの仕方次第で、おばあちゃんの「居場所」ができたんですよね。

人を変えようとするのではなく、一人ひとりがありのままでいられる居場所をつくる。はっぴーの家の多様性は、その信念のもとで作られているのです。

「みんなのため」ではなく「あなたのため」の居場所を

ここからは、soar代表の工藤からお二人に質問する形でトークセッションが行われました。まず、工藤から地域の居場所づくりについてある質問が投げかけられました。

工藤:実は、私も数年前に地域に居場所をつくろうと挑戦した経験があります。でも、うまくいかなくて…。地域に新しい居場所が受け入れられる過程には様々な難しさもあると思います。お二人はどのように地域の方との関係性をつくっていったのでしょうか。

【写真】笑顔で話を聞くそあ代表のくどうみずほ

これに対して首藤さんは、少し悩んだあとで、意外な言葉を返しました。

首藤さん:うーん、僕たちの場合は「地域」に居場所をつくろうとはっぴーの家を始めたわけではないんですよね。

実ははっぴーの家には看板もチラシもホームページもありません。知り合いが知り合いを呼ぶことで、徐々に人が集まり、今の形が出来上がっていったのです。

首藤さん:僕たちは「地域のみんなのため」の場所をつくるのではなく「自分たち」や「顔が見える知り合いのため」の場所をつくっているだけなんです。自分たちが欲しいと思う場所を作ったら、自然と地域の人が集まり、多くの人の居場所になっていったんですよね。

【写真】真剣な表情で話をしているしゅとうよしひろさんと、その様子をみつめるふるいちさん

また、古市さんは地域の中で活動していくうちにあることに気づいたと言います。

古市さん:地域にコミュニティを作る過程で、無理に地域を変えようとすると反発を招いてしまうことに気づきました。ですから、今は「半歩先の素敵な未来を見せる」ことを大切にしています。

まずは自分たちが楽しんでいるところを見てもらい、御用聞きを通して生まれるあたたかい空気感を伝えていく。すると、そこに共感してくれる人が増えていきます。押し付けるのではなく共感を生むことで、自然と地域に溶け込んでいけるのではないでしょうか。

地域の人たちに「正しさ」を押し付けるのではなく、まずは自分たちが楽しめる居場所を作っていくこと。それが結果として、地域に必要とされる居場所になっていくのだとお二人は話してくれました。

誰かを「助ける」のではなく「楽しめる」居場所を目指す

次に話題は、イベントのテーマでもある「多世代が助け合い、自分らしくいられる居場所のつくりかた」について移っていきました。

工藤:どうしても世代が異なる人々が集まると、若者が高齢者を支える、大人が子どもを守るといった一方的な関係性になってしまいがちです。でも、御用聞きもろっけんも、多世代がお互いに助け合い自立する関係性が築かれているように思います。何か気を付けていることがあるのでしょうか。

【写真】満員の会場で登壇しているふるいちさんとしゅとうさん

首藤さんは「日常の登場人物」という言葉を使い、多世代が集まる居場所づくりにおいて大切にしていることを説明をしてくれました。

首藤さん:一人のおばあちゃんがいる時に、はっぴーの家では「このおばあちゃんを助けよう」とは考えません。「このおばあちゃんの周りに人を増やそう」と考えるんです。つまり、おばあちゃんの「日常の登場人物」を増やすわけです。

はっぴーの家では「遠くの親戚より近くの他人」というモットーを掲げています。「近くの他人」がたくさん集まれば、おばあちゃんにやりたいことができたときに「一緒にやりたい」と思う人がきっといるはずです。

誰かの「やりたい」に他の人が我慢して付き合うのではなく、一緒にやりたいと思っている人を集める。それが「みんなで」楽しむコツだと首藤さんはいいます。

首藤さん:誰かが無理をしてひとりを支えるのではなく、全体がハッピーになる関係性をデザインする。「ハッピーの総量」を増やす方法をみんなで考えています。

高齢の方のご自宅へ大学生スタッフが訪れることも多い御用聞きも、世代の離れた人同士が関わり合う場となっています。

古市さん:私たちも「高齢の方を助けている」感覚はないんですよね。それよりも、御用聞きを通じてこちらも楽しませていただいている感覚なんです。それが多世代で心地よくつながるポイントなのかもしれません。

だからこそ、スタッフが「楽しく」御用聞きができるような環境を作ることに力を入れているのだと古市さんは言います。

古市さん:スタッフになってもらう前に必ず面談を行い、その人の人柄や、やりたいことなどをを丁寧に聞き取るようにしています。向いていないことや好きではないことを嫌々やっても、お互い楽しくないじゃないですか。

だからスタッフの人となりをよく知ったうえで、「その人らしさ」を必要としている依頼者の方につなぐんです。それが『お互いに助け合い、自立する関係性』につながっているのではないでしょうか。

【写真】笑顔で話しているふるいちもりひささん

「多世代が助け合い、自分らしくいられる居場所のつくりかた」を考えた今回のイベント。お二人のお話から浮かびあがってきたのは、誰かを「助ける」ためではなく、その場を共有する一人ひとりが楽しめる居場所をデザインする大切さです。

多世代が集まる場所では、大人が子どもや高齢者をサポートする一方的な関係性が築かれてしまうことも多いでしょう。しかし、助けられる「弱い」存在と助ける「強い」存在が固定されている限り、そこに集まる人が自分らしくいることは難しくなってしまうのかもしれません。

だからこそ、御用聞きでもはっぴーの家でも、まずは自分たちが楽しみ、関わる人が全員心地よくいられるような関係性づくりが大切にされているのです。

もちろん多様な価値観をもつ人が集まる中で、みんながが楽しめる場をつくることには困難もつきまといます。しかし、そこを画一的なルールで縛るのではなく、あくまで一人ひとりがありのままでいられるようなコミュニティのあり方を模索する。そして、必要があればデザインをし直していく。

集まった人にあわせて居場所を「変化させ続ける」ことが、みんなが自分らしくいられる居場所にとって重要なのではないでしょうか。

【写真】笑顔の登壇者二人とそあ代表のくどうみずほ

関連情報:

株式会社御用聞き ホームページ

はっぴーの家ろっけん Facebookページ

(写真/川島彩水)