幼い頃、私は近所の老夫婦が暮らす家によく遊びに行きました。
おじいちゃんおばあちゃんと楽しく話をしたり、おやつを食べさせてもらったり。
お孫さんは遠くに住んでいて、普段は会えなかったからでしょうか。私のことを孫のように可愛がってくれて、一緒に過ごす時間をとても喜んでくれました。
インターネットやSNSが便利になって、自分が得たい情報や同じ趣向を持つ人には簡単に出会えるようになりました。けれど、近所や同じ地域に住む人との関わりや偶然の出会い、自分とは違う世代・属性の人と話す機会はどんどん減ってしまっているかもしれません。
そんな中、毎日のように地域の多世代の人が集まり、一緒にごはんを食べたりおしゃべりしたり、家族のように過ごしている場所があります。しかもそこは、なんと高齢者の方向けのシェアハウスなんだとか。
その場所の名前は、「はっぴーの家ろっけん」。
地域の人同士の関係性がどんどん希薄になっている現代で、なぜそんな場所が生み出せるのだろう。私たちはろっけんまでお話を伺いに行きました。
多世代の人が思い思いに過ごす空間「はっぴーの家ろっけん」
お肉屋さんや喫茶店、町の電気屋さんが並ぶ神戸市長田区の六間道(ろっけんみち)商店街。アーケードが無くなってからもなお少し進むと、緑色と白色の建物が見えてきます。建物に看板や貼り紙はありません。
一歩足を踏み入れると、そこにはたくさんの人がいて、にぎやかな話し声が響いています。
おしゃべりをするおじいちゃんとおばあちゃん。大声で笑い、叫びながら追いかけっこする子どもたち。赤ちゃんを連れているお母さん。パソコンを開いて仕事をしている人。
いろんな年代の人が、それぞれのしたいことをしながら思い思いに過ごし、交流する姿がありました。
まるで、町内会のようにさまざまな年代の人が集っている光景は、この場所の当たり前の日常です。
「はっぴーの家ろっけん」の原点は大家族での体験
はっぴーの家ろっけんは、多世代が集える介護付きシェアハウスとして2017年3月に開設しました。「介護付きシェアハウス」という表現をしているのは、一般的な高齢者施設とは異なるからです。この建物は主に高齢者に向けた住宅で、いわばマンションのようなもの。そこに住んでいる高齢者1人ひとりに合わせてつくられたプランに沿って、介護士や看護師が部屋を訪れてサポートをしているのです。
6階建ての建物はオープンスペースと居室に分かれています。足を踏み入れるといろんな人が集っていた1階は、入居者だけでなく地域の人など誰もが集まることのできる広いリビング。2階から上の階には45部屋もの居室があります。居室には、介護を必要とする高齢者が住んでおり、認知症の方も多くいるそうです。
高齢者の身の回りのお世話は、介護士5名、看護師5名でおこなっています。
はっぴーの家ろっけん(以下ろっけん)の代表を務めるのは、首藤義敬(しゅとうよしひろ)さん。首藤さんは、ろっけんのある長田で生まれ育ちました。
首藤さんには妻のみゆきさんと2人の子どもがおり、家族4人でろっけんの6階に住んでいます。
いろんな人が暮らし、訪れる少し変わった場所・はっぴーの家ろっけんが生まれた背景には、首藤さんの原体験があります。というのも、幼い頃に首藤さんと同居していたおじいさんは、人を家に連れてくることが大好きな人だったのです。
首藤さん:学校から帰ってくると、毎日僕の部屋に知らないおじさんがいるんです(笑)。そんな状況が当たり前な家で育ちました。20年以上も前なのでグローバル化も進んでいない頃なんですが、ブラジル人が住んでいたこともあります。この環境に影響されて、年齢や国籍や文化が違ういろいろな人が集まる空間はおもろいなあと思っていました。
まるでシェアハウスをしているかのような家庭で暮らしていた少年時代の首藤さん。しかし、1995年の阪神大震災によって建物が損壊し、神戸・長田の町はかつての面影が無くなってしまいます。
この震災をきっかけに、長田から他の町へ引っ越して行く人も多くいました。また、同じ時期に、首藤さんのおじいさんが経営していた企業は、親族間でのいざこざにより倒産。震災で光景ががらりと変わってしまった長田の町と家族に嫌気が差した首藤さんは、それから長い間、長田の町に帰らない生活をしていたそうです。
その後、首藤さんは結婚を機に、親以外の人とも多様な関わりを持てる環境で子どもを育てたいと思い実家へ帰ることを決意します。親との同居はもちろん、そのとき認知症になっていたおじいさんやおばあさんなども含めた、なんと5世帯がひとつ屋根の下で暮らすことに!こうして、以前暮らしていた家のようににぎやかな、総勢14人での生活がスタートしました。
首藤さん:こういった生活は10年ぶりでしたが、不思議なものでひとつ屋根の下で暮らしているうちに、バラバラだった家族が少しずつ元通りになっていくように感じたんです。一緒に暮らすことってすごいなあと思いました。
同じ空間で寝食をともにすることで、また家族の絆が深まっていくことに、首藤さんは改めて気付いたのです。
町の人に必要とされる場所にしたいから、場のアイデアを募るワークショップを実施
一方で、世の中には一人暮らしをせざるを得ない高齢者や、親と子どもだけで暮らす核家族も増えていました。仕事で空き家の管理業をしていた首藤さんは、一人暮らしをしているとあるおじいさんから「月4〜5回はヘルパーさんを呼んで介助してもらっている」という話を聞きます。
首藤さん:介護保険制度があるとはいえ、おじいさんは家賃と福祉サービスへの対価の両方を払わなければなりません。なぜ両方が揃っている老人ホームへ入らないのかと聞くと、費用が高くて入れないと言われたんです。老人ホームで暮らす場合に掛かる月額は平均20万円程度、確かに高いですよね。それなら住宅と福祉サービスを同時に、もう少し安価に提供できないだろうか。もし実現できれば、おじいさんの悩みが解決できるじゃないか!そう思ったんです。
もしそういった場所をつくることができれば、お年寄りがひとり暮らしをして孤独になってしまう状況も改善できるのではないか。そう考えた首藤さんは、通常の老人ホームより安価で高齢者が入居できる高齢者施設をつくろうと決意しました。
施設を建てる場所は、地元である長田に決定。ただし、いきなり施設を建ててしまっても、きっと町の人に関心を持ってもらうことは難しいはず。「どうせなら、町の人から求められる場所をつくりたい。」そう思っていた首藤さんは、ユニークな取り組みを行いました。
首藤さん:「どんな場所があれば嬉しいのか」、町の人の声を集めるためのワークショップを行いました。「高齢者施設をつくる」とは言わず、「場所をつくろうと思っているので何かいいアイデアをください!」と呼びかけたんです。
ワークショップは何度も開かれ、その参加者はなんと100人以上!たくさんの人から意見を聞くなかで見えてきたのは、町の人が「”エンターテイメント”のある場所を求めている」ということでした。
首藤さん:みんな、やっぱり楽しい場所を求めていました。僕は、福祉関係の資格を持っていません。でも、そこに住むおじいちゃんとおばあちゃん、そして地域の人が楽しむことのできる空間づくりならできるぞと思ったんです。
みんなが違う目線を持ち、違うことをしながらも、同じ場所にいる
町の人の意見を集めた後は、「エンターテイメントな場所」というコンセプトに沿った設計を進めていきました。そうして、ろっけんは2017年3月に無事オープン!開設までの過程をFacebookページで発信していたことで応援してくれていた人も多く、オープニングイベントにはなんと400人以上が集まりました。
子どもたちが放課後に立ち寄ったり、赤ちゃんを連れたお母さんが遊びに来たり、イベントをたくさん実施していたりと、ろっけんの1階には毎日多くの人が出入りしています。首藤さんが目指していた「町の人から求められる場所」が実現しているのです。
首藤さん:好きな写真があるんです。
そう言って、首藤さんが1枚の写真を見せてくれました。
首藤さん:これ、みんながばらばらなことしてるでしょ。廃材を使ってろっけんに飾る世界地図をつくってる子どもたちがいたり、ゲームしてる子がいたり、卓球してる中学生がいたり。
僕はろっけんで日常をつくりたいと思っています。日常って、みんなが違う目線を持ちながら、それでも同じ空間にいることかなっていう気がするんです。
たしかに、ろっけんにはそれぞれの人が思い思いに日常を過ごす光景がありました。
それは例えば、おしゃべりをしながら夕食を食べる高齢者がいるそばで、楽しそうに遊んでいる子どもたちがいる光景などです。それぞれが違うことをしていても、同じ空間にいるだけでなんだか居心地がいい。そう思える空気がろっけんには流れています。
場所にラベルを貼るのではなく、ろっけんに訪れた人それぞれが「ろっけんはこんな場所だ」と定義して空間に意味を見つけてほしい。そういう思いがあるからこそ、ろっけんは表に場所を定義づけるような看板を出していないのです。
フロアごとに異なる壁紙と装飾とひとつとして同じデザインのない45部屋
首藤さん:せっかくなので、居室フロアも覗いて行きませんか?
首藤さんがそう言ってくれたので、案内してもらうことにしました。
多様な人が集まることが特徴であるろっけんですが、場所そのものも非常にユニークです。居室フロアへ上がる階段の壁は黒板になっていて、遊びに来た人が自由に書き込むことができます。
ろっけんのコンセプトは「ろっけん道から世界旅行を始めよう」。そのコンセプトに添って、1階から6階までが、「港」「昭和の六間道」「アジア」「アメリカ」などのテーマで装飾されています。特徴的なのは、居室フロアになっている2〜6階には、それぞれの階のテーマに合う壁紙が貼られていること。それだけでなく、テーマに合う家具や雑貨、小物たちが飾られて世界観が演出されています。
たとえば、「昭和の六間道」がテーマの2階は、畳デザインの壁紙が貼られています。
そして、懐かしいポスターや居酒屋のメニュー表なども。レトロな雑貨が昭和の香りを感じさせてくれます。
これらの雑貨は、入居者の方から「敷金」代わりに貰うのだそうです。また、ろっけんに遊びに来る地域の方が持ち寄ってくれることもあるようで、ちょうど取材中も「ポット持ってきたよ!これ、昭和フロアにどうかな?」という会話が聞こえてきました。
こんな風に「地域の人を巻き込んで場所をつくっていくこと」を、ろっけんは大事にしています。
昭和フロア以外も個性的です。
こちらはアジアンリゾートを意識したフロア。観葉植物も置かれています。
赤色の壁紙が印象的なのはアメリカフロア。赤色と言っても、渋めで目に優しい色合いになっています。
カラフルな壁紙が特徴的なアフリカフロアは、ここにいるだけで元気が出るような、明るい気持ちにさせてくれる雰囲気です。
廊下だけではありません。ひとつひとつの居室も個性的。なんと、45部屋すべて壁紙のデザインが違うんです!
首藤さん:入居希望の方がろっけんに内覧に来た際は、1部屋ずつ回って好みのデザインの部屋を見つけてもらいます。だから、内覧にはめちゃくちゃ時間が掛かるんですよ(笑)。
首藤さん:ろっけんには認知症の方も多く住んでいます。通常の高齢者施設では、部屋のデザインは同じ。だから、間違って他の人の部屋に入ってしまう方もいます。けれど、うちでは扉を開けた瞬間に自分の部屋かそうじゃないかがわかるので、そういったことも起こらないんですよ。
少し見せてもらっただけでも、「私だったらこの部屋がいい!」とワクワクした気持ちになってしまいました。このように自分の好みの部屋を見つけられるなら、入居する方も”施設に入れられる”というネガティブな感覚ではなく、自分で自分の暮らしを選ぶ感覚が持てるはずです。
毎日の時間の過ごし方は自分で決められる
リビングでおしゃべりするも自由、お気に入りの部屋で一人の時間を過ごすも自由。ろっけんの入居者の方は、自分の体調や気分に応じて心地よい過ごし方を選んでいます。
こちらのおばあちゃんは、もともと病院に入院していてこの7月からろっけんに来ました。きっかけは、姪っ子がろっけんのことを知っていて「ここに住んだらどう?」と勧めてくれたこと。自分好みのヒョウ柄の壁紙の部屋に大好きなキティちゃんグッズをたくさん並べていました。
おばあちゃん:はじめてろっけんに来て、この部屋に入ったとき、すごく嬉しかったんです。私がヒョウ柄好きなことを知っていて、姪っ子が選んでくれた部屋なんですけど、とても気に入ってね。普段は、1階でおしゃべりをしたり、自分の部屋で国語辞典を引いて言葉の勉強をしたり、英会話の勉強をしながら過ごしていますよ。ずっとここで暮らせたらいいなって思うくらい、居心地がいいんです。
次は、1階にいた方に声を掛けてみました。お名前は、きのしたようこさんです。
きのしたさんは、卓球のコーチを20年以上していた卓球名人です。
きのしたさん:今は体調を整えているけれど、もう少し元気になったらここに来る子どもたちと一緒に卓球がしたいです。昔はピアノやコーラスもしていたんですよ。みんなで音楽をするのも楽しいかもしれませんね。私は、小さい子どもが大好きなので、部屋でいるよりは1階でおしゃべりしたり、子どもたちの様子を見ていたいです。
ろっけんに入居している高齢者1人ひとりが、自分にとって心地よい生活を選んで毎日を過ごしていました。
高齢者の持病の症状や特徴を、個性として活かす機会をつくる
ろっけんに住んでいる高齢者の中には、持病を抱えている方も多くいます。それぞれの病気の特徴を理解することは、介護を行う上で大事なこと。しかし、ろっけんでは病気を理由に規制や抑制を行うことはしません。むしろ、その人の病気の症状や特徴を個性と捉えて、活かせる機会を積極的につくっています。
この方は、ろっけんで一番の名物おばあちゃん、星ばあです。
星ばあは手先がとても器用で、いつも頼まれた仕事に黙々と取り組んでいるそう。その日も、子どもたちがにぎやかに走り回る中、自分のペースでチラシを挟み込む作業に取り組んでいました。
首藤さん:星ばあは、若い頃に大きな工場で働いていました。だから、いろんな人の話し声や子どもが泣き叫び走り回っているざわざわした空間の中での方が、作業に集中できるんですよ。
なんと星ばあには、様々な人からの仕事の依頼が絶えません。働くお母さんの代わりに子どもの保育園の持ち物に名前を書いたり、地域のお祭りで子どもたちが着るための衣裳をつくったりと大忙しです。なんと「星ばあに会いたい!」とろっけんを訪れる人も多いんだとか!ろっけんで販売している、星ばあ手づくりの新聞紙でつくったゴミ入れも人気です。
星ばあは、認知症で感情の起伏があるため、さっきまでご機嫌だったのに急に怒り出すようなこともあります。けれど、普段から接している子どもたちが様子をよく見ていて、ろっけんに初めて来た人がいたら「星ばあ、今はご機嫌ななめだから話しかけるのは後にした方がいいよ」などとアドバイスしてあげるのだそうです。
他には、レビー小体型認知症のあるおばあちゃんもいます。レビー小体型認知症は、誰もいない場所に人がいるように見えてしまう幻覚などの症状が出やすいという特徴があります。
症状を抱える人は不安になりやすいため、一般的には、刺激が無い部屋で過ごして落ち着いてもらうことで対処することがほとんど。けれど、ろっけんの考え方は少し異なります。
首藤さん:ろっけんの1階にはいつもたくさん人がいるでしょう。だから、レビー小体型認知症のおばあちゃんが「あそこに3人見える」って言ったとしても、「これだけ人がおるんやから、そりゃ見えるやろ」って返すことができるんです。するとおばあちゃんも、「そっか、そうやな」って納得して、安心してくれます。
たくさんの人が集う場所だという特性を活かして、症状に苦しむおばあちゃんが少しでも楽になれるような声掛けをしてあげるのだと聞いて、思わず「なるほど」と頷いてしまいました。
以前ろっけんは、六間道商店街で「10分間人生相談付きの駄菓子屋」を出したこともあります。このとき人生相談に乗ったのは、10分間で物事を忘れてしまう認知症のおばあちゃんでした。
首藤さん:来てくれた人の中には、「すぐ忘れてくれるのなら何でも相談できるわ!」と喜んでくれる人も多くて、大盛況でした。
ろっけんには、認知症の人や目が見えない人などいろんな症状を抱えた高齢者がいます。けれど、ろっけんにやって来る大人や子どもに、「あの人はこんな病気を持っているんだよ」「こういった性格だよ」ということを、積極的には伝えてはいません。
首藤さん:こちらから伝えなくても、コミュニケーションをとっていく中で自然と相手の特徴をわかっていってくれます。僕たちより、子どもたちの方が高齢者が考えていることやそのときの気分を汲み取って接していることも多いんですよ。
最初に、その人の特性や症状を聞いてしまうと偏見を持ってしまうかもしれません。まずはまっさらな心で相手に接してもらって、相手のことを少しずつ知っていてほしいという思いを首藤さんは持っています。
朝から夜まで訪問者が途切れない、みんなが寄りたくなる場所
訪れる人たちは、ろっけんでどのように時間を過ごすのでしょうか。
こちらの小賀真紀さんは、長田から少し離れた地区から来ていました。
普段は、赤ちゃん先生として高齢者施設や学校を周り、赤ちゃんと触れ合う機会を提供したり、いのちについての授業を行ったりしている小賀さん。ろっけんのことは、行きつけのカフェで聞いて知り、初めて訪れたときはびっくりしたといいます。
小賀さん:高齢者施設だと思って来てみたら、子どもたちがたくさんいて驚きました。普通の高齢者施設だと、入居している方のご家族しか入れないイメージがあったので、いい意味でイメージを裏切られて。私も子どもも、ここに来るといろんな年代の人と出会うことができてとても楽しいです。
この日も、小賀さんが車を移動するために外に出ている間、入居しているおじいちゃんが小賀さんのお子さんを抱っこして見守ってあげている光景がありました。
他にも、中学生がリビングにある卓球台で真剣勝負をする様子を見かけました。実は、卓球台も地域の方からの贈り物です。
きっかけは、ろっけんによく遊びに来ていた小学生が、「入りたかった卓球部が進学する中学校に無い」と話しているのを首藤さんが聞いたこと。「それなら放課後うちに来て卓球をしたらいいやん!」と提案し、Facebookページでこのエピソードをつぶやいたところ、卓球台を持っていた町の人が譲ってくれました。
夜に大人たちが集まってミーティングをするときは、卓球台が打ち合わせ用の机になるそうです。
訪れる人みんなにとって喜んでもらえる空間づくりが高齢者のためにもなる
1階で、おしゃべりしたり、子どもたちの面倒を見ている人の中には職員も混じっています。高齢者だけでなく訪れる人たちとも気さくにコミュニケーションを取っているので、誰が職員なのかわからないくらいです。
介護福祉士の雇用に苦労する高齢者施設も多くある中で、ろっけんは採用広告費を使ったことがありません。職員の多くは、首藤さんがイベントで出会った人やろっけんに遊びに来てくれた人です。
首藤さん:いろんな人が集まるろっけんで働くには、人と関わることや人が好きってことが大前提になります。イベントに参加したり、ろっけんに来てくれたりする時点で人と交流することが好きってことじゃないですか。だから、一次面接クリアになるんです(笑)。
夕方ごろ、食事の用意に取り掛かっていたのは介護福祉士の横内さん。
イベントで首藤さんと出会ってろっけんの話を聞いたことをきっかけに、別の介護施設から転職してきました。
高齢者だけでなく子どもも出入りするろっけんで働いているからこそ、日々こんなことを感じるそうです。
横内さん:おじいちゃんやおばあちゃんが、私たち職員に見せる笑顔と子どもたちに見せる笑顔は違うんです。だから、ずるい!私にもその笑顔見せてよ!って思いながら日々仕事をしていますよ(笑)。
笑いながらそう語ってくれた横内さん。ろっけんに住む高齢者にはこんな傾向があると言います。
横内さん:高齢者施設にいると、高齢者はサポートされることが増えてきますよね。だから、できることが減ってしまいがちなんです。でも、ろっけんの高齢者は、新しいことを始めようって意欲がすごく強いんです。それはたぶん、子どもたちや遊びに来てくれる人など、日々いろんなエネルギーに囲まれているからだと思います。
横内さんと同じくろっけんの職員である村松さんは、ろっけんをつくる際に地域の方を集めておこなわれたワークショップに参加したことがきっかけで、ここで働き始めました。
村松さん:ワークショップでろっけんの構想を聞いたときから、ここで働くことができればいいなと思いました。福祉関係の資格を持っていなかったけれど、働きたい意思を伝えると採用してもらえたんです。
けれど、資格が無いとできる仕事が限られてしまうので、もっとできることの幅を広げたいと、ここで働き始めてから資格を取得して今は介護士として働いています。
村松さんは、お子さんを連れて出勤する日もあります。村松さんが働いている間、お子さんはろっけんに遊びに来た地域の子どもたちと楽しく遊んでいるそうです。
首藤さん:ろっけんの職員定例ミーティングでは、「最近あの子どもがよく遊びに来てくれてるね」「お手伝いもよくしてくれるんだよ」などと地域の子どもたちについての情報交換もします。これってきっと他の介護施設ではないことですよね。
高齢者だけでなく、来てくれた人みんなにとって居心地の良い空間づくりを目指すこと。それが、結果的に高齢者にとっても快適な空間になると、ろっけんで働く人たちは信じています。
首藤さん:ろっけんができたことによって、地域に新しい人が集まってきました。それに、子どもたちが安心して行ける場所が増えて、お父さんやお母さんからは子育てしやすくなったと言ってもらえることもあります。
おじいちゃんやおばあちゃんも、ひとりで過ごすのではなくいろんな人と交流しながら暮らせるようになってきましたからね。長田の町に、少しずつ変化が起こりはじめて、町全体が元気になっているように感じます。
「誰かの目やフォローがあることで、力を抜いて子育てができる」
暮らす人、訪れる人、そこで働く人みんなが家族のようなろっけん。そんな空間の中で子育てをすることは、多くの見守りの目に囲まれているということでもあります。
家族でろっけんに暮らすことについて、首藤さんの妻・みゆきさんにお話を聞いてみたところ、ろっけんの原体験である大家族で暮らしていたときのことから話し始めてくれました。
みゆきさん:結婚してからしばらく、夫や子どもを含めた14人の大家族で暮らしていて、居心地がとてもよかったんです。熱を出したときは誰かが代わりに子どもを見てくれるし、ごはんは毎日つくらなくてもいいし、ゴミ捨ても日替わり。こんなに楽でいいの?と思いました(笑)。
それから一度、少人数で暮らしたものの、支えてくれる人の数が減ると、家事や育児はみゆきさんにとって大きな負担となりました。そして何より、みんなで暮らせないことが寂しかったのだといいます。
みゆきさん:子どもたちも、大家族じゃなくなった途端に元気が無くなっていったんです。「なんでみんなで住まないの?寂しい」って泣いてたこともあります。だから今、ここで生活できて子どもも私たち夫婦もうれしいんです。
たくさんの人が暮らし、訪れる場所で子育てをしていると、こんなシーンもあるそうです。
みゆきさん:私が子どもに対して怒ってしまったときに、おじいちゃんが私には「ママ頑張ってるな」って声を掛けてくれて、子どもには「ママを大事にしたりや」って言ってくれたこともあるんです。
1人で子どもを見ていたら、声を荒げて怒ってしまうかもしれない。けれど、誰かの目やフォローがあることで、少し力を抜いて子育てができているような気がします。
高齢者が子育てをする親をサポートし子どもを見守る一方で、子どもたちは、元気が無い様子の高齢者を見つけると、駆け寄って笑顔で話しかけるのだとか。多くの見守る目があることで、誰かが誰かのSOSを拾い、そっと寄り添ってあげることができるのかもしれません。
多世代が交流しながら生活する光景をもう一度つくっていきたい
高齢者施設に入ると、介護を受け、支えられる立場になるおじいちゃんやおばあちゃん。お世話やサポートをしてもらうことで楽になれることは多いけれど、自分の手でできることが減ってしまうことに少し寂しさを覚えることがあるかもしれません。
けれど、ろっけんでは子育てに奮闘するお父さんやお母さんをサポートしたり、子どもをあやしたりと、おじいちゃんやおばあちゃんが大活躍。「支える側」に回る姿をたくさん目にしました。
首藤さん:一般的な介護のイメージは、食事・着替え・入浴・排泄の介助などかもしれません。だけど、それはほんの一部です。本来の介護は、お年寄りにとっての残りの暮らしをいいものにしてあげて、「いい人生だった」って振り返ってもらうためのお手伝いだと思うんです。
支える側に回るのは、普段大人に面倒を見てもらうことの多い子どもだって同じ。無邪気な笑顔を浮かべて話しかけてくれる子どもたちは、高齢者の何よりの癒しであり理解者に見えました。
首藤さん:ろっけんでやっていることは、新しいことじゃない。むしろ、昔はこれが地域においての普通の光景でした。いつのまにか、高齢者は高齢者、子どもは子どもと分かれてしまったけれど、やっぱりいろんな人をごちゃ混ぜにした方が楽しいんだよってことを、伝えていければいいなと思います。
支える側と支えられる側が、日常のなかで自然に入れ替わっていくこと。「お互い様でしょう」と言って、ときには相手を頼り、ときには相手を包み込んであげること。
ろっけんには、年代・立場にかかわらず、そこにいる人が無条件に「支え合える」環境がありました。そして、その支え合いのなかで、関わるひとみんながよりよく生きることを実現しているように思えたのです。
初対面にも関わらず笑顔で接してきてくれた子どもたち、出会うなりハグをしてくれたみゆきさん、快く笑顔で取材に応えてくれたみなさん。ろっけんにいる人たちには愛情とパワーが溢れていて、取材でたった半日訪れただけでも、なんだか私まで「あなたは大切な存在なんだよ」というメッセージを受け取ったような気がしました。
この「人を大切にする場のあり方」が、地域を超えてもっと広がりを見せることで、よりよく生きることができる人も増えていきそうです。
みんなと過ごす何気ない暮らしのなかにこそ、生きる喜びや幸せがある。そして、人に囲まれて生きることは、とても心地よくて豊かだ。
そんなことを噛み締めながら、私たちは温かな気持ちでろっけんをあとにしました。
関連情報: はっぴーの家ろっけん Facebookページ
(写真/田島寛久)