【写真】笑顔のしが夫妻とトリトン

NPO法人モンキーマジックが運営するクライミングイベントに参加したとき、壁際に一匹の犬がいました。 ちょこんと座ったまま、とっても澄んだ愛らしい瞳で、どんどん壁の上に登っていくご主人らしい男性の姿をじっと見守っている。

【写真】必死にクライミングをする旦那さんののぶさん

【写真】クライミングをしているのぶさんを見守るトリトン

それが私たちとトリトンの出会いでした。

トリトンは、モンキーマジックによく参加している志賀信明さん(通称ノブさん)のアイメイト=盲導犬。ノブさんと一緒に参加していた奥様の志賀道子さん(通称ミチピンさん)は、お二人とも視覚障害があります。 お二人がクライミングを楽しんでいる最中、ずっとトリトンは吠えたり歩きまわったりせず、おとなしく座っていました。参加しているみなさんのあいだでもトリトンは人気者で、「トリトン、こんばんはー!」とみんなが挨拶しています。

聞いてみると、トリトンは8年間ノブさんのもとでお仕事をしましたが、もうすぐ引退して別のご家庭に預けられるそう。 せっかくなのでお別れしてしまう前に、これまでノブさんとトリトンはどのような日々を過ごしてきたのか、アイメイトは使用者のもとでどんなお仕事をしているのか聞いてみたい。

そう思い、志賀ご夫妻とラブラドールレトリバーのトリトンの住む埼玉県入間市にお邪魔しました!

トリトンと志賀さんご夫妻の住む埼玉へ

【写真】笑顔のしが夫妻とトリトン

志賀さんご夫婦は、ご自宅に併設したマッサージ屋を営みながら暮らしています。ノブさんはマッサージ師として仕事を続けて39年間、ご自身でマッサージ屋をオープンして9年になるそう。 ご自宅のリビングで、とても明るくて快活なミチピンさん、そんなミチピンさんにときどきツッコミを入れる男気溢れるノブさんのお二人にお話を伺いました!

【写真】笑顔でインタビューに応えるしが夫妻

ノブさん:先天性の弱視で視力が0.1ほどだったのが、42歳になってたった3ヶ月で視力が一気に低下してしまい全盲になりました。兄貴がいるんですが、二十歳ぐらいで全盲になっちゃって。でも自分は大丈夫だろうと思ってましたが、急激に見えなくなってしまいました。

ミチピンさん:私も先天性の弱視ですね。

二人は今年で結婚して34年。出会いは、二人が中学生のときに通っていた盲学校だったといいます。

ミチピンさん:私は小学4年までは山口県で普通の幼稚園、小学校に通っていたんです。でも途中で見えにくいっていうことに自分も周囲も気付いていって、「盲学校のほうがいいんじゃないか」って学校の先生が言ったので、5年生から盲学校に行ったの。東京に引っ越してきて、中学からは筑波大付属盲学校に入学して、3年間私たちは一緒だったんです。

その当時の盲学校では、弱視か全盲かでクラスが分けられ、点字を覚える生徒もそうでない生徒もいたのだそう。体育の時間はみんなが協力して進めていき、少しでも見える生徒が見えない生徒のサポートをするのが普通だったといいます。

ミチピンさん:私はっきり言って、いじめられて盲学校に行きました。そこでは、「私より見えない人がいるんだ」という衝撃があって。誰かに助けられるはずだった私が、誰かを助けなきゃいけないんだって、すっごく勉強になりました。普通の学校ではずっといじめられてて、「どうして逃げてなくちゃいけないんだろうって、どうしてこんな痛い思いをしなきゃいけないんだろう」という思いばっかりだったので。

盲学校の中学校を卒業すると、一般的には盲学校の高等部に行くそうですが、「あなたたちは普通の学校に行ったほうがいいんじゃないか」と先生に言われ、二人とも高校の普通科に通いました。

ミチピンさん:私たちは何回か盲学校と普通学校を行ったり来たりですよ。両方のいいところと大変なところを知ってます。高校ではみんな優しくてフォローもしてくれたんだけど、やっぱり体育でバレーボールの練習のときはなんかは、私んとこにボールは絶対来ないんですよ。だから私いなくてもいいんだなって思って。で、たまにボールが来た時は落としちゃって、「やっぱり だめだった。ごめんなさい」って言ってね。

そういうのが辛いですよね、普通学校に入ると。でもほかの子たちは一生懸命フォローしてくれて、助かったしありがたかったし、その子たちにとってすごく勉強になったみたい!盲学校と普通学校は、お互い良い面は悪い面ありますよ。

高校卒業後、ノブさんはマッサージの専門学校に入って、マッサージ師の免許を取得。ミチピンさんは昔から保育園の先生になりたいという夢があったので、幼稚園教諭の免許が取れる短大に進みました。

ミチピンさん:一応夢叶って保育園の先生になったんですよ!でも2年近く頑張ったけれど、やっぱり視力が弱いとだめだったの。子供がブランコから落っこっても気づかなかったりしてね。お部屋の中で本を読むとかはなんとかできたんだけれども、外での遊びに危険があるし、お散歩行っても子どもたちに目が届かなくて。 やっぱり保育園の責任になってしまうから、わたしちょっと無理だなぁと思って。つづけたい気持ちはすごくあったし、もちろん保育園のみなさんも良くしてくださったんですけど、やめることにして。

さて、どうしようってなったんですけど、もうこの人と18歳から付き合ってきたもんですから、結局22歳に結婚して永久就職になっちゃって(笑)。専業主婦として、子育てと家事でこのひとに雇っていただいたの!

ノブさん:雇った覚えないぞー。

ミチピンさん:あれ持って来て、これ持ってきてって言うじゃない!あははは!

【写真】笑顔のみちぴんさんとそれを見守るのぶさん

(お二人、とっても仲が良いです)

結婚してから、ノブさんはマッサージの仕事をしながら家庭を支えてきました。昔は視覚障害のある人は、マッサージ師になる方が多かったのだそう。

ノブさん:今はマッサージ師になる人は少ないかな。一般企業でも障害者を雇ってるし、パソコンが普及していますからプログラミングの勉強したりしてね。社会も変わってきてるから、進める道が多様になってきたね。私もパソコンを一生懸命独学で学びましたしね。

ミチピンさん:うちは子供も男の子ばっかりポンポン生まれたんで。学費もかかるし、目が見えなくても働いてもらわないと子育てできないのでマッサージの仕事を頑張ってもらって。でも弱視での通勤はかなり厳しいし、健康ランドなどの仕事は夜が中心なんで、最終の電車が無くなったりするんですよ。だから朝の4時、5時まで仕事をしていたね。

ノブさん:今と違ってバブルの頃って忙しくて、休みなく仕事しっぱなし。今では考えられないし、絶対にできない。歩合制なんで、人よりもいっぱい仕事をとって稼がなきゃならなかった。でもサービス業なんでマッサージだけでなくお茶を出したりすることが増えてきて、ちょっと自分には難しくなってきたなぁと思ってきてやめることになったんですね。当時はアイメイトを連れてなくて白い杖で歩いていたんで、今の倍くらい歩くスピードも遅いし、電車の乗換だので通勤に往復5時間ぐらいかかっちゃうんで、仕事自体より通勤が疲れちゃって。

長時間の勤務や通勤によるストレスが強くなってしまったことをきっかけに、店舗付きの住宅を購入してマッサージ屋を始めたノブさん。現在はお子さんがみんな就職・結婚をされたので、今までのように無理して働いてまでお金を稼がなくてもよくなったので、趣味のスポーツを楽しむ時間も多くなったのだそうです。

モンキーマジックに出会ってクライミングに夢中に

【写真】笑顔のしが夫妻とトリトン

視覚障害があるのでやれる競技は限られてしまうものの、ノブさんは昔からスポーツが好きでいろんなものにチャレンジしてきたそう。

ノブさん:マラソンも自転車もやったし、水泳も。柔道、うちにサンドバック買ってボクシングも。でも弱視だと「なんとかできる」という感じだからもう間違えてばっかで、マラソン中に給水場のダンボールに突っ込んだりしてね。

ミチピンさん:ロードレーサーで突っ走って、いろんな所に行くんですけど、かなり目は見えてないんですよ。ほんと、生きて帰ってくるかしらって。この人も今日は死んだかもしれないってときが、けっこうあって。(笑)弱視だけどスポーツは好きだったんですよね。

ノブさん:もともと「これは聴覚障害者用のスポーツ」とか区切られたものは嫌いで、健常者もみんな同じ舞台でやれるほうが好きだった。例えばマラソンやるにしても、目が見えないと伴走者がつくじゃないですか。それがあんまり好きではない。やっぱり気を使ってくれたりするから。

ミチピンさん:だから、給水場につっこんででも一人で走りたかったのね。(笑)

【写真】それぞれがクライミングをする壁の前で登り方の説明を受けている

障害者だからといって特別なスポーツをするのが嫌だったノブさんが出会ったのが、視覚障害者もそうでない人も一緒にクライミングを楽しむモンキーマジックでした。最初はノブさんだけクライミングをしていたのが、周りの人に押されていつのまにかミチピンさんも壁に登り始め、今ではたくさんの仲間とともにクライミングを楽しんでいます。

最高のアイメイト・トリトンとの出会い

【写真】トリトンとトリトンを見守るのぶさん

目が見えないながらも、仕事をしてスポーツも楽しむノブさんがトリトンと出会ったのは、8年前でした。

ノブさん:ちょうど 「犬飼いたいなあ」って話をしていた時期があって、 どんな犬がいいか探していた時に、「待てよ、もしかして俺って盲導犬もらう資格あるんじゃないか」って気づいたんですよ。 それでインターネットや本を読み漁って、アイメイト協会に入るのを決めたのがきっかけですね。

日本には現在、アイメイト協会をはじめとして11か所の盲導犬協会があります。 協会ごとにそれぞれ犬の訓練法や人への指導がそれぞれ違うので、盲導犬をもらいたいと思った人は自分でどの協会に入るか決めることができます。

ノブさんとトリトンが所属している「アイメイト協会」は、日本で一番歴史が長い協会。アイメイト協会で訓練された盲導犬は、「アイメイト」と呼ばれています。 設立のきっかけは、創設者の塩屋賢一さんがドイツで戦争で目を負傷した軍人は盲導犬を連れていることを知り、日本でもできないものかと考えたこと。盲導犬育成を志し、自身が目隠し生活を体験しながら育成方法を模索、1957年に国産第1号となる盲導犬=アイメイトが誕生したのです。

当初、盲導犬の存在は日本ではまだ広まっていなかったため、公共交通機関への乗車拒否や飲食店への入店拒否など、社会からの理解はほとんどありません。それでも塩屋さんは、「自分が育てた盲導犬で、目の見えないひとがどこにでも歩いていける。日本中のあちこちでそんな光景が当たり前のように見られる」という夢を捨てませんでした。

そして盲導犬第1号誕生から20年めの1977年、ついに電車やバスへの乗車が法律で認められます。その後、レストランや宿泊施設の利用を法律で認められ、徐々に盲導犬の認知は広まっていきました。今、視覚障害者の方が盲導犬を連れて街で暮らすことができるのは、アイメイト協会をはじめとしたみなさんが、署名活動を行ったり国への働きかけを根気強く行ってきた結果だと言えます。

ノブさん:犬の訓練だけじゃなくて、それ以上に人の歩行を指導するやり方は、全く場所によって違うんですよ。なんでアイメイト協会になんで決めたかっていうと、やはり使用者自身が何をしたいか、それを自分で責任を持ってやるために犬を使う。それが実に自分の理想とハマったのでアイメイト協会を選んだんです。

4週間の合宿を経てパートナーに

【写真】トリトンを抱くのぶさん

「アイメイトと一緒に暮らしたい」と思っても、すぐにともに生活できるわけではありません。訓練されたアイメイトをパートナーとして一緒に歩くために、主人となる視覚障害者には学ばなければならないことが山ほどあります。アイメイト協会では、合宿形式で4週間みっちり訓練を行います。

ノブさん:どの犬にするかは、自分では決められないんです。初日は歩行指導員が犬の代わりになって歩いて、私のスピードや体格、正確に合わせた犬を選んでくれました。 それで選ばれたのがトリトンです。

名前はアイメイトの母犬を飼っていて、妊娠から出産後の2ヶ月間面倒を見てくれるボランティア(繁殖奉仕)がつけてくれたのだそう。トリトンは、ギリシャ神話の海の神様の名前をいただいたものです。

合宿での訓練では、まず日常生活を一緒に送るためにブラシのかけ方、排泄、犬の心理や健康管理方法などを教わります。そしてうまくできたときの褒め方や、できなかったときの叱り方、アイメイトに的確な指示を出すための指示語などを練習。アイメイトとの歩き方練習は実際の公道を使用して行われ、飲食店への入店や電車への乗車などあらゆる歩行シーンを想定した街中のコースをいくつか回ります。

ここで私もふくめて盲導犬に詳しくない人が誤解しがちなのが、アイメイトが使用者を道案内しているわけではなく、あくまでも主導権は使用者にあり、アイメイトはサポートをしているのだということ。

ノブさん:やっぱり使用者がアイメイトをコントロールして歩けるようにならないと。アイメイトは単独じゃ何もできないんですよ。適切な指示があって初めて動くんで、それができない使用者にはアイメイトは渡せませんよっていう決まりなんです。ちゃんと犬の世話もできないような人だと、もちろん無理ですよね。訓練では、街を歩く6つのコースの地図を使用者が頭の中で覚えて、指示を出しながら歩くテストをします。それに全部合格して、やっと許可がもらえる。

「アイメイト」のアイというのは、「私のアイ」という意味。愛するのアイ、目のアイの2つの意味が含まれています。つまり、トリトンは「私の愛する目の仲間」なのです。 こうして4週間の訓練を終え、トリトンは無事アイメイトとしてノブさんとパートナーになることができました。

トリトンと歩く散歩道

ではノブさんはいつもどのようにトリトンと街を歩いているのか、実際に近所でのお散歩に同行させていただきました!

【写真】のぶさんがトリトンにハーネスをつけている。

出かける前にまずトリトンの排泄を済ませ、玄関でノブさんがハーネス(胴輪)をつけてあげます。ハーネスを通してトリトンの動きをノブさんに伝えるためのものなので、アイメイトは仕事をしているときは必ずハーネスを身につけています。

【写真】のぶさんが靴を履いている。トリトンは後ろでじっと待っている

ノブさんが靴を履き、外出の準備を整えるまで、トリトンはおとなしく見守ります。そしていざ散歩に出かけます!

【写真】玄関を開けてのぶさんとトリトンが出かけている

アイメイトは基本的に人の左側を歩くことになっているので、トリトンはノブさんの左を歩きます。視覚を使わずまっすぐ歩くのはとても難しいことなので、歩道の通りまっすぐ歩けるようアイメイトは仕事をします。

【写真】笑顔ののぶさんが歩道を歩いている。トリトンがのぶさんの左側にいる。

ミチピンさんは、私の腕につかまってもらって私がサポート。ここで私とミチピンさんは、トリトンの後ろを歩きます。もし目の見える私が前を歩いてしまうと、トリトンが私の動きを見てしまい、うっかりついていってしまったりするかもしれないからです。

 
【写真】横断歩道で止まっている。車の様子をトリトンが見ている

そしてアイメイトの最も重要な仕事である、交差点で止まって横断歩道を渡る仕事!信号機や横断歩道の有無にかかわらず、「道が交わっているところ」ではアイメイトは必ず止まって使用者に知らせます。

【写真】脇道で車が来ており、のぶさんとトリトンは道の端に避けている

「障害物を避ける」ということも、アイメイトの役目。狭い道で車が来たときは、脇道に寄って車が通り過ぎるのを待ちます。

【写真】トリトンが先導して階段を降りている。

近所の公園には長い下りの階段がありましたが、トリトンが誘導しながら一段一段安全に降りることができました! 広い原っぱに到着して、気持ち良さそうなトリトンとノブさん!無事目的地について、ひと安心です。

【写真】原っぱを笑顔で歩くのぶさんとトリトン

ふたたび階段を上ってまた道を歩いて家に戻ります。帰り道には歩道橋がありますが、ここでもノブさんを誘導してトントンと階段を上っていきます。先に歩いているトリトンが階段を登りきると、くいっと首を振り返らせてノブさんの方を見ます。

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【写真】歩道橋を登りおえて、トリトンを撫でているのぶさん

ノブさん:ハンドルがちょっとこっちに来るから、私を見てるなってのがわかる。今右足出せるのか左足出してるのかもわかりますよ、ハンドルの微妙な感覚で。そのトリトンの表情っていうかしぐさが大好きなんですよね。

歩道橋の上で顔を見合わせるトリトンとノブさんの光景は、なんとも微笑ましいものでした。 無事お家に帰ってくると、ドアの位置をトリトンが知らせてくれます。

【写真】ドアノブの位置にトリトンが顔を近づけている。

玄関に入り、ノブさんが靴を脱ぎ、トリトンのハーネスを外したらお仕事終了。ノブさんに水を用意してもらい、休憩です。

【写真】笑顔で水を用意するのぶさんとトリトン

ひと仕事終えたトリトンは、さっきまでのお仕事モードとは変わって、リラックスモードになってちょこんと寝そべっていました。

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その後はノブさんに遊んでもらって、とっても嬉しそうなトリトン。しっかりお仕事をしているアイメイトのトリトンですが、無邪気に遊んでいる姿を見ると、やっぱり志賀夫妻にかわいがってもらっている一匹の愛犬でもあるんだなあと思います。

みんなの仲間の一員となっているトリトン

「おじゃましまーす!」 「トリトン、ひさしぶりだねー!」 お昼になると、続々とモンキーマジックで出会った仲間たちが家に集まり始めます!なんとお家の二階にボルダリングのための壁を持っている志賀夫妻は、「トリトンカップ」と題して定期的にクライミングイベントを行っているのです。

【写真】6人ほどがピザを食べている。トリトンはのぶさんの近くのソファで見守っている
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まずはピザで腹ごしらえしている最中も、トリトンはノブさんの近くのソファに寝そべってノブさんを見守っています。 仲間たちは健常の方もいれば、目が見えなかったり、耳が聞こえない方も。目の見えないノブさんと、耳の聞こえない方はどうやって会話するんだろう?そう思って見ていると、二人はパソコンを使って会話をしていました! ノブさんがパソコンに文章を打って音声読み上げソフトで文章を確認、それを見てしゃべって返答します。

【写真】練習用の小さなクライミングの壁で練習している。
【写真】楽しそうにクライミングを見ているみなさん

その後は2階に集まってクライミングスタート!ミチピンさんは誰よりも楽しそうに、みんなのクライミングを応援します。部屋のなかにこんな壁があるなんてすごいですね。

【写真】クライミングを終えてグータッチをするみちぴんさん

みんながクライミングを楽しんでいる光景を、笑顔で見守るノブさんの近くにはやっぱりトリトン。一緒にみんなを見つめたり、遊んでもらったり。トリトンは志賀夫妻だけでなく、みんなにとって愛すべきひとりの仲間になっているのです。

アイメイトへの社会の理解を進めていきたい

【写真】インタビューに真剣に応えるのぶさんとみちぴんさん

ニュースではよく、様々な施設への盲導犬同行拒否のニュースを目にします。実際にノブさんとトリトンもこれまで、一緒に行動ができないということが多かったといいます。

ノブさん:飲食店や病院でされることがありましたが、意外にびっくりしたのが公共施設。同じ場所でも担当してくれる人によって対応がまちまちで。自分も始めの頃は、入れてもらえないカーッとなっちゃうことが多かったですね。 最終的にはお店の人にも、お客さんにも理解してもらって入れるようになるのが一番いいんで、ずいぶんお店は開拓しましたね。あと昔カミさんのお母さんが倒れて入院したんですけど、そのとき総合病院にアイメイト連れでは入れなかった。病院宛にメールを送ってお願いしたら、半年後ぐらいにすべての病棟に入れるようになりました。

今ではノブさんは、自分が通院する際もトリトンと一緒に入れるそう。とはいえ今も飲食店でもアイメイト連れでの入店を断られてしまうこともしょっちゅう。そのたびに、ノブさんとミチピンさんは相手に理解してもらうよう努力をしてきたのだそうです。

ミチピンさん:バイキングに行ったら犬は無理だと断られてしまって、とりあえず「うちの犬はウロウロしませんから」って一回席に着かせてもらったんです。犬が料理をくんくんするんじゃないかとか、他のお客さんに「どうして犬が入ってんの」と言われたたら困るとか、店員さんもいろんなことが心配なんでしょうね。やっぱり相手もわからないんですよ、前例がないと。だから「とにかく1回中に入れてみてください。テーブルの下でおとなしくしているから様子見ててください。」って言ったんですよ。

そしたらあとで店長さんが、私たちの席まで謝りに来てくれたんだよね。「こんなにおりこうなんですね。」って。でもその時は、「ちょっといきなりすぎたな」って自分の対応を自分なりに反省したんです。違うかたちでアイメイトの啓蒙をしていかなきゃダメだなって。

ノブさん:だから最近は行く場所が分かったら、前もって電話で「盲導犬が一緒に行くんですけど大丈夫ですか」って聞くんですよ。だめですって言われたら、「テーブルの下でおとなしくしていますから」とか「毎日ブラシかけて清潔にしてます」とか一応説明をして。それでもだめだったら諦める。 もしチェーン店だったら、本社にメールで「こういうことがあったんですけど、今後入店の許可お願いしたいです」っていう感じで交渉するようになりました。

この間もタクシーの乗車を「犬はちょっと…」と断られたことがあったんですが、タクシー会社に電話したら責任者と運転手がわざわざ謝りにきてくれて嬉しかったですね。 そうやって少しずつ少しずつ、理解をしてもらってね。だって知らないのは当然なんで。その知らない中でどうやって、周知して受け入れてもらうかというのが使用者の義務。自分の役目だなって思ってますよ。

最初から「入れてくれ」とか「法律がちゃんとあるんだ」とかじゃなくて、実際にトリトンの姿を見てもらいながら、そこにいる人たちが自分で理解してくれるような方向にしていかないといけないなって思います。

【写真】床に寝そべっているトリトン。

ノブさんとミチピンさんは、学校などから頼まれて視覚障害や盲導犬について授業をしに行くことも。見えないとはどういうことなのかをお話しし、アイマスクをして歩いてみる体験をしたり、目が見えない人の介助の仕方などを子どもたちに教えます。そういった啓発活動も、目の見えない自分たち、そしてアイメイトの使用者として一生懸命やりたいと考えています。

ノブさん:最後に伝えたいのは、目が見えなかろうがなんだろうが差別しないで、みんな同じなんだよってことです。

ミチピンさん:いつ自分に起こるかわからないことだって伝えたいですよね。目だけじゃなくて、耳が聞こえなくなることもあるかもしれないし、足がなくなることもあるかもしれない。もしかしたら自分もそうなって、逆の立場になる可能性だってあるわけだからね。お互いに助け合うようにしていきたいですよね。

ノブさん:自然に共存できるような、助け合いだね。

自分の幸せだけじゃなく、トリトンの幸せも大事

【写真】のぶさんと一緒に歩くトリトン。

長年トリトンと一緒に時間を過ごしたノブさん、トリトンにはこれまでたくさん助けられたのだそうです。

ノブさん:曲がるところが違う時に、ちゃんと教えてくれるんです。その時の感動ってすごくて、本当に嬉しいんですよ!最初は曲がり角で通り過ぎてたんですけど、何回も何回も同じところで練習して、ピッと止まってくれた時にも感謝ですよ、やっぱり。そんなことが日常茶飯事なんですよ。 俺が進んでいっても、何かが来てて危険だと思ったときは、主人の指示を無視してでも止まるんですよ。もう行けって言ってるのに行かないからどうしたのかなって思っていたら、シューってロードレーサーが通り過ぎたりとか。それを「利口な不服従」っていうんです!初めてのときは「おー、これか!」って本当に感動しましたね。

ミチピンさん:渡ってって言ってるのに渡らないの!なぜかっていうと車来てるから。「うわぁー、すごいすごい!!利口な不服従すごい!!」って思って(笑)。

ノブさん:あのすごさはハンドル持って歩いてる人間にしかわからない。トリトンのハンドルから伝わる感覚っていうのが日に日に、違うんですよ。トリトンの体調や俺の体調でも違うし、いつも通ってる道も工事していたり、人がいっぱいいたり、毎日違うじゃないですか。それが全部ハンドルに伝わってくるんですよ!その感覚がもうやめらんないなって(笑)。

トリトンのことを愛おしそうに話すノブさんとミチピンさん。全盲になってしまい一人で行動できる範囲が限られていたノブさんですが、トリトンと出会ってからは以前よりよく外に出かけるようになりました。

ノブさん:見えてる頃よりも、今の近辺の地図が広がった気がします。 段差のかたちを足の裏で覚えて、この段差は危ないとか、空気の流れでどの辺歩いてるかだんだんわかるようになりました。トリトンと歩いていると、安心というか心強いですね。道を間違えても、人に聞きながら行けばどうにかなるかって思うようになった。以前は1人だったので「どうしようどうしよう」ってなっていたけど、そういうことが全然なくて楽しくて。

ノブさんの生活の大事なパートナーとなっていたトリトンですが、一般的に盲導犬は10年前後お仕事をしたら引退して、余生を過ごすためリタイヤ犬をもらってくれる別の飼い主に預けられるのだそう。トリトンは8年間ノブさんのもとでお仕事をし、もうすぐ引退後のご家庭に預けられます。

ノブさん:アイメイト協会の場合、引退の時期や引退先も使用者が決めるんですよ。例えば病気になって、5、6歳で引退させようという場合もあれば、12、13歳になってちょっと最近足がおぼつかなくなったから引退させようって人もいる。一応、犬は10歳っていうのが人で言う60歳で還暦なんですよ。10歳が区切りだってのが自分の中にあって、その時点で元気だとしても引退させようと決めてたんです。もう体力がない状態で来るより、早めに引退させて、次の家庭でもまだ元気なときに何年か一緒にあちこち行って、トリトンとの思い出を作ってもらった方がいいと思うんですよ。

長年どこに行くにも一緒だったトリトンとの別れを決断するのは、ノブさんにとっても大変つらいことだったと思います。

ノブさん:別れたくないっていうのはあります、自分は1頭目なんで特にね。でも自分のわがままだけ言ってちゃ怒られるし、やっぱり犬の幸せも大事。ちゃんと考えないといけないなと思って。

ノブさんのブログを通じて知り合った方のご家庭に行くことになったトリトン。ちょうど取材の数日前に、初めて新しい家族にお試しでトリトンの散歩をしてもらったそう。ノブさんは今までトリトンは自分のそばから離れたことがなかったので、とても不思議な気持ちがしたといいます。この8年間、トリトンとノブさんはいつも一緒に歩きながら、いろんなところへ行きました。

ノブさん:旅行にもたくさん行きましたね!新幹線にも乗ったし、宮城も長野も行ったし静岡も行ったし。トリトンは電車が好きなんです。たとえば、駅のホームで電車待ってるじゃないですか。ベンチに座って、トリトンを伏せさせて待っていると、アナウンスで「間もなく電車が来ます」って流れると、いきなり立ち上がるんです。それで「お、これは電車きたんだな」ってわかる。トリトンはちゃんと電車の来る方を見て待っているんですよ。家の前でタクシーを待っている時も、だいたいこっちから来るなって方向を見て待ってる。

ミチピンさん:ほんと、人間みたいなんだよね。

伝えたい言葉は、「ありがとう」しかない

【写真】原っぱで歩く笑顔ののぶさんとトリトン。

最後に、もしトリトンが言葉がわかるとしたら、どんな言葉を伝えたいか聞いてみました。

ノブさん:伝えたい言葉は、「ありがとう」しかないですね。その一言ですね。お疲れさまありがとう。って二言になっちゃいましたね、ははははは(笑)。うーん、感謝の気持ちしかないですね。それは俺に限らず、家族のみんなもそうだし。家族にとってはもう十分癒しになっていますし。

ミチピンさん:私にとってもトリトンは癒しです。息子たちも何かあるとすぐ、「なあ、トリトン」って話しかけるんですよ。

ノブさん:アイメイトがいると家族の雰囲気も良くなるんですよ。歩行の助けもしてくれるし、もちろんペットとしての犬の役割もしてくれます。最高ですよ!結局いろいろな人と出会えるようになったのも、トリトンと出会ってから。トリトンと歩かなかったらなかっただろうっていう出会いがたくさんありますよね。

トリトンはお別れになってしましますが、ノブさんは二週間後にまた新しいアイメイトを迎えます。

ノブさん:意外と1頭目から2頭目っていうのが大変らしくて、最初にアイメイトをもらう人より大変だと聞きました。なぜかというと、1頭目の犬とどうしても比べちゃうらしいんです。あの犬はこうじゃなかったのに、何でこれができないんだって。苦労するかもしれないけれど、自分としてはトリトンとはまた違う犬なんだから、その犬を本当にかわいがっていきたいですね。

トリトンと離れてしまう悲しみはありつつも、ノブさんは前を向いています。

ノブさん:トリトンとはいろんな思い出がありますよ。でも同じように次の犬もそれ以上に思い出作っていきたいですね。トリトンと8年歩いて、トリトンのハンドルの使い方っていうのは熟知しているけれども、また違う犬になればハンドルも使い方も違う。これからどんな感じでそれを味わえるのかなって、楽しみですね。

【写真】笑顔でインタビューに応えるのぶさんとみちぴんさん
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そう言って笑うノブさんとミチピンさん、その足元でじっとおとなしくしているトリトン。2人と1匹の幸せな家族の風景に、私たちも心が暖かくなる時間でした。お別れの前にトリトンに会いにいくことができた喜びを噛み締めながら、帰路につきました。

今回お話を聞いてわかったのは、盲導犬に指示を出すのはあくまでも人である使用者であり、犬はその指示に従い誘導する。アイメイトが一緒にいれば絶対に安全というわけではないことです。アイメイトがいてもいなくても、視覚障害のある方には周りの目の見える人々のサポートが必要です。

そしてアイメイトはペットではなく、視覚障害者の暮らしと安全をサポートするパートナーであること。トリトンと出会ったことで、ノブさんは自分の行動する世界を広げ、たくさんの人との出会いが生まれました。視覚障害のある方が豊かな日々を過ごせるよう、私たちもそれを理解し、どこにいてもアイメイトがしっかりとお仕事ができるように見守っていかなければいけません。

今ノブさんは、新しいパートナーとなるアイメイト・オースティンとの訓練を終え、ともに日々を過ごしています。SNSを通して、二人が毎日互いに理解を深め関係性を築いていっているのが伝わってきます。 きっとトリトンも次のご家庭で、ゆったりと日々を過ごしていることでしょう。 ノブさんとミチピンさんがアイメイトとの楽しい日々を送れるよう、私たちも社会でのアイメイトの理解を広めていきたいと思います。

【写真】原っぱで笑顔ののぶさんとみちぴんさんとトリトン

関連情報: ノブさんのトリトン訓練日誌「トリトンと歩む道」  http://eyemate-toriton.sblo.jp/ NPO法人モンキーマジック ホームページ アイメイト協会 ホームページ

(写真/馬場加奈子、協力/吉村優一)