静岡県浜松市の中心部から車で10分。大通りから少し奥に入った住宅街の中を歩いていると、カラフルで味のある看板が見えてきます。
ここは、障害福祉サービス事業所「アルス・ノヴァ」です。
アルス・ノヴァには、知的障害や精神障害を持つ多くの子どもや成人の方が、放課後の時間を過ごしたり、生活のサポートを受けたりするために通っています。
アルス・ノヴァを訪れると、迎えてくれたのは想像以上に元気で自由な利用者の方たち。
1日中寝ていて全く動かない人。突然、大声で叫びはじめる人。一心不乱に文字を書き続ける人。その隣で大きな音で楽器を打ち鳴らす人。その音を聞きながら、詩を書いている人――
でも、思いのままに過ごす利用者の方の姿以上に、衝撃を受けたことがあります。
それは、一見意味のないように見える利用者の方の行動でも、注意をしたり、止めさせようとしたりするのではなく、その行動を一緒に楽しみ、尊重しようとするアルス・ノヴァの雰囲気でした。
叫んでいるのも、踊っているのも、音楽を奏でるのも、その人が「やりたい」と思っているから。表現したいものがあるからこそ。
アルス・ノヴァでは、たとえ重度の知的障害があって意思疎通が難しくても、「何をやりたいのか、何を表現したいのか」という視点を持ち、利用者の方を尊重することを何よりも大切にしているのです。
生きることの本質を見せてくれるアルス・ノヴァとの出会い
私が、アルス・ノヴァを知ったのは大学生の時。代表である久保田翠さんのお子さんで、私の高校時代の同級生である瑛さんに「みきちゃん、今度ちょっとうちの家に来てみない?」と誘われたのです。
「瑛ちゃんが誘ってくれるなら行ってみようかな」
そんな軽い気持ちで訪れた私が出会ったのが、冒頭で紹介した、自由に表現を楽しむ利用者の方と、それを心の底から一緒に楽しむスタッフでした。
授業中は静かに座っていなくてはいけない、宿題は必ず提出しなくてはいけない、テストは良い点数でなくてはいけない――
小さい頃から押し付けられた規則に従うことに慣れつつも、息苦しさを感じていた私にとって「自分を表現することに自由で、それが尊重されている」アルス・ノヴァの光景は、ボロボロと涙がでてくるほどの衝撃でした。
その感動が忘れられず、私は今、福祉の業界で働いています。
今回アルス・ノヴァを取材させていただいたのは、ただ障害者福祉について伝えたいからではありません。
人生とは自分を表現すること、自由とは表現を規制されないこと。そんな生きることの本質がここにはあると思っているからです。
それを伝えたくて、今回もう一度アルス・ノヴァを訪れました。
色鮮やかな施設は、利用者の方の「やりたい」が尊重されている証拠
アルス・ノヴァを運営するのは、認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ。2000年に障害者の方のための居場所事業を立ち上げてから17年間、既存の「福祉」の形にとらわれない活動を行ってきました。そんなアルス・ノヴァは福祉業界から注目され、多くの関係者が視察に訪れる施設となっています。
アルス・ノヴァには、他の障害福祉事業所とは大きく違う点があります。それは、1日のスケジュールが決まっていないことです。
通常の障害福祉サービス事業所では、10時~12時までは作業練習、13時~14時までは散歩…というように決められたスケジュールに沿って活動することが一般的です
しかし、アルス・ノヴァにいる利用者の方は、スケジュールに合わせて決まったプログラムを行う代わりに、自分のやりたいと思うことを自分のペースでやっています。私たちが訪れたときも、利用者の方は思い思いに自分の時間を楽しんでいました。
施設に足を踏み入れて、ふと下を見ると、ぬいぐるみを抱きかかえて寝そべっている利用者さんの姿が。
こちらもよーく見ると…
ブランケットの下に利用者さんがいました!
お昼寝を楽しむ利用者さんの横で、もくもくと作業をする方も。
真剣な視線の先には…
はたおり機。思いのままに糸を組み合わせ、カラフルな図柄を表現していきます。
その隣では詩を書いたり、絵を描いたりする利用者の方の姿も。こちらの方は、パラパラ漫画を書いている様子。
何百枚にもつらなった大作を見せていただきました!
施設の中には、利用者の方の表現から生み出された物が所せましと飾られています。
表現の場は紙の上だけではありません。利用者さんの手にかかれば施設の床や壁もキャンバスになります。
オルガンだって、個性的なオブジェに早変わり!
「何をすべきか」ではなく「何をしたいか」を大切にする福祉施設ができるまで
利用者の方のやりたいことを徹底的に尊重するアルス・ノヴァができるまでには、どのような物語があったのでしょうか。
アルス・ノヴァができたきっかけは、息子のたけしなんです。
代表の久保田翠さんは、そう話し始めました。
久保田さんの息子であるたけしくんには、生まれつき重度の知的障害があります。
たけしくんが生まれた当時は障害のある子どもを預かってくれる施設はなく、障害のあるお子さんを持つ親のコミュニティもなかったそう。
たけしを連れていると、公園に行っても他のお母さんと話があわないんですよね。たけしは音楽が好きだったから、イベントなんかにも連れて行ったんですけど、騒いでしまってその場にいることすら難しいこともあって。白い目で見られるから、毎日「すみません」って謝っていました。
段々居場所がなくなって「これはもう息が詰まるな」と思って。だから、私とたけし、そして家族が安心していられる場所をつくりたかったんです。
そんな思いから久保田さんは、2000年に障害のある子どもやその兄弟、親が集まることができる居場所をつくり始めました。2010年には、たけしくんのような重度の障害がある方が日中に毎日通える場所をつくりたいという思いから、障害福祉サービス事業所であるアルス・ノヴァを開設。
アルス・ノヴァが、「彼らのやりたいことを徹底的にサポートする」ということを大切にしているのも、たけしくんの存在が大きかった、と久保田さんはいいます。
たけしは、入れ物に石を入れて振るという行為を3歳ぐらいからずっと続けているんです。寝る時間とご飯の時以外は、ずっとやっているくらい本当に大好きで。
しかし、学校では何の意味もないように見える石遊びは問題行動とされ、やめるように促されてしまいます。代わりに、「やるべき」とされたのは、トイレトレーニングや食事の練習、作業療法などの訓練でした。
たけしくんが幼いころから熱意を注いできた石遊びができるのは、訓練を頑張ったあとのほんのわずかな時間だけだったのです。
「やるべき」と言われたことをこなすのに私も必死でした。嫌がるたけしと1日中トイレに引きこもってトイレトレーニングをすることもありました。できないという現実に追い詰められて、親子共々死のうとまで思ったこともあったんです。
毎日嫌がりながら訓練を行い、好きなことも十分にできずにフラストレーションを抱えるたけしくんを見て、次第に久保田さんは違和感を抱えるようになっていきます。
そんなとき、たけしくんに会ったあるアーティストの一言が久保田さんにあることを気付かせてくれたのです。
彼が、たけしの石遊びを見てこう言ったんです。
「これは、たけしくんにとって音楽のようなものなんだね」って。
その瞬間、私も「これはたけしにとっての自己表現だったんだ」と気づいたんです。
他人からは”問題行動”だと捉えられてしまうことも、たけしくんにとっては自分を表現する大切な手段。そう気づいた久保田さんは、幼いころからずっと変わらずに続けているたけしくんの行動を「やりたいことをやりきる熱意、自分の表現にまっすぐな姿」だと考えるようになっていきました。
本人が好きでやっていることを問題行動と捉えるのではなく、好きなことからこの子の可能性を広げていきたいと思ったんです。
そんなたけしくんへのまなざしが、「何をしたいか」「どう生きたいか」という気持ちを大切にするという、アルス・ノヴァの現在の姿へとつながっていきました。
「支援」ではなく、スタッフも一緒に楽しんで取り組む
一言で、利用者の方の「何をしたいか」「どう生きたいか」を大切にする、といってもイメージするのは、難しいもの。
アルス・ノヴァの利用者の方は重度の障害があり、自分で表現へのこだわりや思いを詳しく説明することが難しい方もいらっしゃいます。そこで。スタッフの方に、利用者の方と日頃どのように関わっているのかをお話ししていただくことにしました。
こちらは、スタッフの水越雅人さん。
水越さんが紹介してくれたのは、施設のみんなから「おがちゃん」の愛称で親しまれている尾形和記さんです。
おがちゃんはね、「おが台車」っていうアルス・ノヴァの名物行事をはじめたんですよ。
おが台車とは、おがちゃんが好きなものばかりを台車の上に高く積み上げたもの。
ただ積み上げるだけではありません。好きなものを好きなだけ載せた台車を引いて、近所を散歩するのがおがちゃんのお気に入り。パッと目をひくおが台車は、今ではご近所でも有名になっているのだそうです。
最初は、大きな貯水タンクに水を入れて台車で運びたいとか、冷蔵庫を運びたい、って言われたときは正直びっくりしましたね。
でも、おがちゃんってアイデアマンで、人を思わず動かしちゃう強烈なパワーを持っているんですよ。だから、彼が何を作り出すのか、僕も楽しみなんです。「お!そんなことやるのか!」ってびっくりさせられることが多いから。
だから、おが台車も「じゃあやってみるか」ってなったんですよね。
水越さんがおがちゃんと一緒に台車をつくるときに大切にしていること。それは、おがちゃんのやりたいようにやる、ということです。
安定して崩れない積み方もあるけれど、それを指示することはありません。どんなに不安定であっても、本当に危ないとき以外はおがちゃんが考えた順番に物を積んでいくといいます。
「それはだめ」と言ってしまうとそれ以上何も出てこなくなっちゃうから、おがちゃんも僕もつまらなくなっちゃいますし。
でも、おがちゃんが「こんなもんでいいか」ってちょっと手抜きしてるときは、「おがちゃん!おが台車はこんなもんじゃないぞ!」って、僕が熱く語りだしちゃうこともありますね(笑)
僕だけがおがちゃんをサポートしているというつもりはなくて。おがちゃんが僕をびっくりさせるくらい、僕も彼をびっくりさせたいって気持ちで一緒にやってます。
おが台車つづけていくなかで嬉しいできごともありました。おがちゃんが好きなものを台車に積んで外を回っていると、興味を持った小学生が周りに集まるようになってきたのです。
子どもが大好きなおがちゃんは、大喜びだそう!
反対に、電化製品をたくさん積みすぎて台車が壊れてしまうなんてことも…
正直、好きなことをやるっていうよりは、好きなことから始める、っていう感覚かな。おがちゃんの場合は、おが台車を通じて近所の大人や子どもと出会ったり、色々な失敗をしたり。
挑戦して、失敗をして…を繰り返しながら、おがちゃんも僕もいろいろ学んでいるのかな、と。好きなことから始めて、いろんな経験をすることが大切なのかなって思ってます。
「打ち込めること」を見つけるためのきっかけづくりも
次に、お話を伺ったのはスタッフの尾張美途さん。
「彼女は、高橋舞さんです。舞さんはガムテープを貼るのがすごく好きな方で、ほぼ毎日取り組んでいます。」
私たちが取材で訪れたときも、舞さんはガムテープ貼りの真っ最中!ガムテープの厚みや感触を確かめるかのようにトントンと叩きながら、思いのままに色とりどりのガムテープを貼っていきます。
舞さんの作ったものは、作品展に展示されることもあるんですよ。
「元々は何だったのだろうか」「何故この色合いなのだろうか」と思わず、目を離せなくなってしまう不思議な魅力を持っているガムテープの作品ですが、どのようにしてはじまったのでしょうか。
最初は、舞さんに刺繍をやってみたらと声をかけたんです。楽しそうだったんですが、平面ではなく立体で表現したかったみたいで。刺繍の厚みが増していくにつれて、針を布に通すのが難しくなってしまったんです。
ほかに何かないかな、ってことでガムテープ貼りを始めてみたんですが、とても楽しそうで。それで、様々な色のガムテープを用意したんですよね。
やりたいことが元からある人はそれに一緒に付き合っていきますし、好きなことが見えづらい人には、「刺繍やってみたら?」とか「テープやってみる?」というように、いろんなものに誘うようにしてますね。
「好きなこと」「やりたいこと」と言っても、もともとそれが見つかっている利用者さんばかりではありません。一緒に色々なことにチャレンジしていくことで新しい扉を開いていくことも可能性を広げる大切な一歩なのかもしれません。
その人が情熱を持って取り組めることから新しく「役割」をつくる取り組み
アルス・ノヴァは、好きなことを思いのままにやることを大切にしているところ。でも、私はひとつ疑問に思っていることがありました。
それは、「仕事」に関することです。
障害のある方の就労というと、決められた作業をいかにしっかりとできるようにしていくか、ということに焦点が絞られている部分もあるのではないかと思います。必ずしも「やりたいこと」をできるわけではない就労環境について、久保田さんはこう考えているそうです。
私は、好きではない「仕事」を押し付けるのではなく、自分が情熱を持っていることや得意なことから始められる「役割」を見つけることが大切だと考えています。
一般の人は「お料理を作るのが好きだから料理人さんになりたい」とか「計算が好きだから事務の仕事に就きたい」と言うのが普通なのに、障害があると「少しでもお金を稼がなくては」とか「嫌なことでも我慢してやりましょう」っていうのは、なんか違うと思うんです。
障害があっても、好きなことがあるんだとしたらそこから道を開いていくのがいいと思うんです。「入ることができる就労施設はこことあそこしかありません。どちらを選びますか?」という障害を持っている人たちの働き方をなんとか変えたいですね。
では、実際に自分が好きなことや得意なことから始まる「役割」とはどのようなものなのでしょうか。久保田さんが教えてくれたのは、ある一人の利用者さんの話でした。
彼の名前は、太田 りょうくん。
彼は、とても体が大きくて、寝ることや、ゆっくりお散歩することが大好きです。学校の先生はりょうくんに作業練習をやってもらおうと様々な工夫をしたそうですが、りょうくんはどれも嫌がっていました。
そして、次第に学校に行くのも嫌がるようになってしまうように。学校に行くために車に乗せるのも大変、車から出てもらうのも大変、そして本人は喜んでいない…そんな様子を見て、お母さまがりょうくんをアルス・ノヴァに連れてきたのだそうです。
彼がアルス・ノヴァで見つけた「役割」は、「ほかの人と一緒にお散歩をする」ことでした。
りょうくんは、階段を降りるのがとてもゆっくりなんですよ。普通の人が5秒もかからずに降りて来られる階段を20~30分もかけて降りてくるんです。
その時、タオルを持って顔の前でシュシュって振ったり、手すりのへりの所をおさえてニコッて笑ったり…ものすごく豊かな時間が彼の内側で流れていることをスタッフが発見したんです。
りょうくんの時間軸と私たちの時間軸は本当に違っていて…彼は時間を本当に楽しんでいるんです。
りょうくんの様子を見たとき、久保田さんはいかに自分たちが時間を大切にしないで、せかせかと生きているのかということにハッと気付かされたといいます。
そして、いつしかアルス・ノヴァでは、りょうくんとの散歩が人気のプログラムになっていきます。10mほどの距離を20分も30分もかけて歩く途中に壁を愛おしそうに撫でたり、立ち止まってずっと空を見つめていたり…。そんなりょうくんと歩くことでみんないつもとは違う時間を感じることができるのだそうです。
空ってこんなに青いんだとか、道に結構草生えてんだとか、ここの塀にはこんなにも凹凸があったんだとか。普段全然目を向けなかったことに気がつくんですよ。
「そういう時間の使い方ってあるんだな」ということに気付かせてくれるりょうくんとの散歩は人気なんです。だからこれもりょうくんの「役割」だなと思って。
アルス・ノヴァでは、りょうくんのように人とは少し違う感性を持って気づきをくれる利用者の方と一般の人が接する機会を作ろうと、施設を訪れる観光ツアー「タイムトラベル100時間ツアー」を実施しています。
りょう君以外にも様々な個性を持ったメンバーがツアーを通して施設の外の人と触れ合うなかで、社会における役割を発見していくと同時に、ツアーの参加者も好きなことを極める彼らから「表現すること」「自由であること」を感じ取ることができるのです。
過度に「役割をもつ」ことを求めるのではなく、「役割をもたない」ことを受容できる社会を
他にも、「妄想恋愛シリーズ」というなんとも面白そうな詩を書いて発信することで、社会のなかで役割を見つけたという方もいます!
僕、もう36歳になるんですけど、あんまりいい恋愛してきていないんですよね。
そう話し始めたのは、精神疾患があるというムラキングさん。
自分の鬱々とするような恋愛を詩にまとめて発信しています。まあその恋愛っていうのも、全部僕の妄想なんですけどね(笑)
このように、統合失調症の利用者の方が自分の幻覚を書いて本にしたり、その経験をラジオで話したり…と役割の見つけ方も多種多様。
「障害がある」ではなく、その人の「個性的な見方」と捉えることで、ほかの誰かにとっても有意義な「その人だけの役割」が見つかるはず――そんなアルス・ノヴァの信念が利用者の方の生き方の幅を広げているのだと感じました。
一方で、過度に「役割を見つけようとすること」には危険性がある、と久保田さんは話します。
社会において役割を持つということを求めすぎることは、「役割をもたない人はいなくなってもいいのだ」という考えにつながる可能性もあるのだと思うんです。
人が存在する価値は、「役割をもっているか、持っていないか」という判断軸では決まらない。どんな人だって、生きていていいんだという考え方が根本的にはとても重要だと改めて考えさせられました。
社会のなかに施設を開いていくことで見つかるもの
強い信念をもって、利用者の方の生き方をサポートしているアルス・ノヴァでは、「社会から施設を隔絶させないこと」を大切なキーワードとして強く意識しています。
施設の中で生活をしていると、スタッフ対利用者さんという1対1の関係性のなかだけで生きることになってしまいがちです。でも、社会とつながっているからこそ、利用者さんひとりひとりが社会における「役割」を見つけることができるはず――
そんな思いから、施設を社会に開いていくことを大切にしているのです。
実は私たちが訪れた2月も施設を社会に開く取り組みの真っ最中。それが、この「表現未満、」実験室というプロジェクトです。
こちらは、駅近くの街中ビルに一定期間だけアルス・ノヴァを移転し、町行く人に利用者の方の日常を見てもらおうという取り組みです。
施設でやっていることを一般の方に分かってもらうだけでなく、利用者自身もいつもと違う環境で様々な人と接する。それによって彼らの世界を広げることができるのです。
その他、施設の近くに公民館を併設しイベントを行うことで様々な人に訪れてもらうなど、「アルス・ノヴァは施設を社会に常に開いている」と久保田さんは話します。
社会との接点を増やすと、友達がたくさんできますよね。利用者さんにとっても楽しいし、お友達になった人も彼らに接することで気がつくことっていっぱいあるじゃないですか。
そういう機会を増やすことが、社会的には必要なんだなと思ってるんです。とにかく彼らが出ていく場を探していくっていうのが、職員の仕事かなって。
またアルス・ノヴァでは、施設を外に開いていくだけでなく、施設のなかでも多様性が保たれるように気を付けています。スタッフのかかわりをマニュアルで統一するようなこともしていません。
例えば、ご飯を食べる介助やトイレに行く介助。そのやり方をスタッフ間で均一にそろえるように整備するのが、通常の施設では一般的なのだそう。でも、アルス・ノヴァではそれをしません。スタッフのかかわりによって、利用者さんの様子は大きくかわるといいます。
それも社会かな、と思っていて。人が違えば関係性って違うはずじゃないですか。
たとえば食事のとき。利用者さんもそれぞれのスタッフを見て、「このスタッフは嫌いだ!」とか「このひとはいくらわがまま言っても許してくれるぞ」って見きわめるし、スタッフも相手の反応を見て「こういう風に食べさせるものだ!」じゃなくて「どうやったら食べてくれるかな?」と考えて、いろんな術を編み出す。
そうやって相手の反応を見て、十人十色の関係性がつくられるのが、普通の人間関係だと思うんですよね。
自由に自分を表現することこそが、生きること
一般的に、「障害」というと「〜ができない」というネガティブな意味で捉えられがちだと思います。
でも、たけしくんも、おがちゃんも、舞さんも、りょうくんも…ここに居る利用者の方は「〜ができない」には捉われていない。むしろ自分の意志を持って「〜をしたい」という気持ちにとても素直に、そして正直に熱中して生きている。
私は、そう感じました。
そして、彼らは自身の言葉や行動、そして描く絵や生み出す作品をとおして、「こんな世界の見方もあるよ」と気づかせてくれる存在でもあります。
久保田さんは言います。
ここにいると、一流企業に勤めたり、「普通」といわれる生活を送っていることだけが幸せなのかなと、疑問に思うんです。
いつリストラされるか分からないとか、幸せを感じられないとか、自分の将来が不安という人が日本にはすごくいっぱいいると思うんですよね。
そんなとき、空を見上げたり、石で音楽を奏たりすることを、純粋に楽しんで、自分を表現している彼らは、きっと社会が今まで「正解」だとしてきた価値とは違う「価値」に気付かせてくれる存在だと思うんです。
私は、アルス・ノヴァの取材を通して、自由に自分を表現する利用者さんと出会ったことで、価値観が変わりました。きっと同じように、多くの人にとってアルス・ノヴァの存在は、人生を変えるきっかけになるのではないかと信じています。
そして、アルス・ノヴァは、「自分を表現する」ことによって、その人にしかない「役割」が社会で生み出されていくという、とても幸せで先進的な働き方を私たちに見せてくれているようにも感じます。
障害のある方のケアにとどまらず、新しい生き方や働き方を教えてくれる創造的でアートな場所。そんなアルス・ノヴァをたくさんの人に知ってもらい、全ての人の可能性が広がるきっかけになれば嬉しいです。
関連情報:
障害福祉サービス事業所「アルス・ノヴァ」 ホームページ
タイムトラベル100時間ツアー 公式ページ
(写真/馬場加奈子、協力/原田恵、鈴木里緒)