ユーモラスな表情を浮かべた人形たち。この人形の名前は、「あ・doll」と言います。
カラフルな頭と、マッチした色味で書かれた言葉。とぼけた表情を見ていると、ふわっと肩の力が抜けて、心なしか自分の気持ちが穏やかになるのを感じます。
もともと雑貨集めが趣味の私は、さっそくどこで買うことができるのか気になって調べてみました。すると、ダウン症の人たちがつくるプロダクトを扱うギャラリー「Gallery and Wonder」のFacebookページに行き着きました。ページからは、展示の様子や、紹介されているプロダクトの写真など、随所から洗練された雰囲気が伝わってきます。
この雰囲気や軽やかさは、いったいどんなところから生まれるんだろう。どんな人たちが運営しているのか知りたくて、ギャラリーを訪ねてみることにしました。
洗練された、ダウン症の人たちのプロダクトを扱うギャラリー
ギャラリーがあるのは、松陰神社前という小さな街。路面電車である世田谷線を降りて、駅のすぐそばから始まる商店街を歩いていきます。歩いている人や、自転車に乗っている人たちの表情は、どこかのんびりムード。
一方で、道沿いには、昔ながらの本屋さんや商店に交じって、おしゃれなカフェやお惣菜やさんがちらほらと見え、あかぬけた雰囲気も感じさせます。
商店街を横道に入り、少し歩くと「Gallery and Wonder」と書かれた看板が見えてきました。
ワクワクしながら扉を開けると、白と基調とした明るい空間が、目の前にパッと広がります。ギャラリーの代表である和田茂さんとスタッフの小越美子さん、そして和田さんの娘さんである、和田恵さんが待っていてくれました。
ダウン症の人と、アートがつながる場所
「Gallery and Wonder」は、ダウン症の人たちがつくる商品を展示販売するギャラリーです。店内には、「あ・doll」の他、粘土を使って作られたアクセサリーや、アーティストが作った雑貨や絵画、代表の和田茂さんが集めたカメラも置かれています。
そしてついに、念願の「あ・doll」が目の前に!壁一列にずらっと並んだ「あ・doll」は、どれもみんな表情や色が違い、とてもカラフルです。また、お腹の部分にはメッセージや英字が書かれており、1体1体雰囲気が異なります。思わず、「どの子を連れて帰ろう…」と一瞬取材を忘れて真剣に悩んでしまいました。
ダウン症の人たちの可能性を生かしたい
「Gallery and Wonder」の代表・和田茂さんの本職は、コマーシャルカメラマンです。一方で和田さんは、娘の恵さんがダウン症であることから、世田谷区に暮らすダウン症の方のグループ「ふたばの会」にずっと携わってきました。
ふたばの会では、活動の一つとして「クラフトclass」が開催されており、定期的にものづくりが行われています。元々ものづくりやアートに造詣が深い和田さんは、それをもっと生かせるのではないかと考えていました。
和田さん:クラフトclassで、粘土を使ったアクセサリーを作っていたんです。あるとき、友達のアーティストの石田くんが「こういうのはどう?」と「あ・doll」を考えてくれて。そこから「プロダクトをつくり、展示販売する場」としての「Gallery and Wonder」が生まれたんです。
「あ・doll」が生み出されてからは、とんとん拍子に話が進み、2017年1月にギャラリーがオープン。開店後、クラフトclassはギャラリーで行われるようになりました。現在は、月に1回くらいのペースで活動しながら、「あ・doll」を制作しています。
「あ・doll」は、クラフトclassのメンバーが粘土を使って頭の部分を作ります。このとき、使用する色や粘土の量は決まっていますが、それ以外はメンバーにお任せ。頭部が出来上がったら、石田さんが中心となって、胴体を制作します。言葉と色を選び、胴体に張り付けて完成です。
和田さん:たまに「え、この色?」と首をかしげたくなるような組み合わせもありますよ。でも、出来上がってみると「いいね」となるものも多くて。
「あ・doll」は、ダウン症の人たちの個性とクリエイターのプロデュースが半分ずつくらい混ざり合うことで出来ているものなんです。このバランスがちょうどいいのかなと思いますね。
ギャラリーを軸に、やりたいことを広げていく
和田さんの娘・恵さんは、赤い眼鏡がチャーミングで、カジュアルなテイストの服がよく似合う女性です。ダウン症があり、平日の日中は企業で働き、休日になるとクラフトclassや大好きなダンスの練習に打ち込んでいるのだそう。
恵さん:ものを作っているときは、集中しているので楽しいです。色の組み合わせもどういう形にするかも、その場で考えます。自分たちの頭で考えて、個性があるから、それを粘土に出しながら作っている感じです。以前は一緒におしゃべりをしながら、っていう時間はあまりなかったんですが、今はゆとりを持ちながら出来ていますね。
ここで何か挑戦したいものはありますか?と尋ねると「喫茶店がやりたい」と話してくれました。
恵さん:暑い時期は小さな喫茶店があってもいいかなって。ある程度の接客は体験したことがあるので、出来ると思うんですけど。平日は別の仕事をしているので、現実的なかたちでやれたらいいなって思っています。
はにかみながら話す恵さんとおしゃべりしていると、私はだんだん穏やかな気持ちになりました。それは、恵さんがダウン症があるかないかに関わらず、一つ一つ自分の意思で選択して生きてきた、素敵な女性だと思ったから。そして恵さんの「やりたいこと」が、この小さなギャラリーを通じてさらに広がっているのを感じました。
ダウン症のある人も、家族も安心していられる‟居場所”
ギャラリーができたときに喜んだのは、ダウン症の人たちだけではありません。実は、メンバーと同じくらい、ご家族がこのような場所の存在を待ち望んでいたのだそうです。
ギャラリースタッフである小越美子さん自身も、実は息子さんがダウン症です。小越さんは息子さんが生まれてきたとき、和田さんのご家族にとても助けられたのだといいます。
小越さん:息子の出産はちょうど恵さんが小学校に上がるときでした。ダウン症があったとしても小学生になったらこんなふうになるんだ、こんなにかわいく育つんだ、って、すごく影響を受けて。それまでは、ダウン症の子どもがいる親同士で励まし合ったり、不安になっている気持ちを共有する場はなかったし、そもそもダウン症の人が他にどこにいるのかわからなかったんです。
クラフトclassやふたばの会の人々は、長年世田谷区の総合福祉センターで活動してきました。しかし、センターでの活動は時間や曜日に制限があり、いつでもダウン症の人たちや、その家族が立ち寄れる場所が作りたいと感じていたと言います。
小越さん:ここは、外にいる親と子どもが安心して待ち合わせをすることができる場所にもなるんじゃないかって思っているんです。子どもたちも、いつも仲間同士でいることができます。そうするとお互いに助け合って、できることがどんどん増えていくんですね。ひとりだと「これしかできない」ってなってしまうかもしれない。だけど仲間がいることによって、じゃあ私もやってみようかなって思えるから。
普段から、親たちも安心して集まって話せるよう、定期的に懇親会を開いたりもしているのだそう。ものをつくるのが得意な和田さんは、お手製の「和田バー」という看板を作ってしまいました。肩ひじを張らず、誰もが自由に集まることができる場にしたい。この看板には、和田さんのそんな思いが込められています。
一般の人とダウン症の人たちが融合するGallery and Wonder
福祉やコミュニティをテーマとしている場所は、いくら広く門戸を開いていても、なかなか一般の人が入りにくくなってしまったりしているところも少なくありません。
日常に溶け込む洗練された空間や、若者に人気の松陰神社前という立地、和田さんたちのセンスが詰め込まれたプロダクト…。このギャラリーは、思わず扉を開けて中に入ってみたくなるような、おしゃれな雰囲気を醸し出しています。
どうしてダウン症というテーマを扱いながらも、こうした軽やかな雰囲気を感じさせるのでしょうか。
和田さん:このギャラリーは、「一般の人とダウン症の人たちが融合する」ということが一番大きなテーマなんです。
障害者アートというジャンルもありますが、「Gallery and Wonder」は、健常者や障害者という枠で分けたくないなと思っていて。健常者や障害者も関係なく、一緒に手を繋いで、共に高め合っていきたいんです。
小越さん:うちのダウン症の息子には兄弟もいるんですが、私があんまり楽しそうに通っているので、その子もここに通うようになったんですよ。お昼食べようよ、とかいって待ち合わせして。
兄弟って、小さいときは一緒に生活していくんですが、大人になると完全にそれぞれの世界なんです。でも、このギャラリーが一つの拠点になったらといいなと思っています。さらに、その兄弟の友達もやってきて…っていうように、障害者も健常者も関係なく、輪が広がってほしいですね。
ダウン症の人と、彼らを取り巻く人々の可能性を広げる
私たちが取材を行っている間、次々とギャラリーに人がやってきました。「あ・doll」を生み出したアーティストの石田さん、恵さんとお友達のダウン症の親子、ギャラリーの看板が気になって覗きにきた人…。属性も、訪れるきっかけも異なる人たちが、それぞれに心地よい時間を過ごしていました。
和田さん:障害者を支援するのではなく、「一緒にやる」。それぞれができることを持ち寄って、コラボレーションしてみる。このギャラリーが、新しく生まれる可能性を広げる場になったら嬉しいですね。
人は皆、自分の内側にはあらゆる可能性を秘めています。それは、ものづくりかもしれないし、コーヒーを上手に淹れることかもしれません。健常者やダウン症に限らず、誰だって同じこと。
自分の中に潜んでいる分、なかなか一人では気づきにくいものです。でも、家族や仲間、恋人など、多様な人と関わることによって、その可能性に気づき、花開かせていくことができます。
「Gallery and Wonder」では、アーティストやクリエイターが関わることによって、福祉やダウン症に興味がなかった人も関わりたくなるきっかけが生み出されていました。そして、そのことが家族や友達、一般の人とダウン症の人々が交わり、彼らの可能性を広げていくことに繋がっています。
日常の中にある、ひとの可能性を開く小さな拠点、「Gallery and Wonder」。気になった方は、ぜひ松陰神社前の街を訪れてみてください。きっとあなたも、自分の体の中に心地よい風が通っていくような、そんな気持ちの良さが感じられるはずです。
関連情報:
Gallery and Wonder Facebookページ
(写真/加藤 甫)