【写真】ムクの傘をさす、モデルの男性と女性。雨の日が楽しくなるようなデザインの傘だ。

雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/丈夫ナカラダヲモチ/慾ハナク/決シテ瞋ラズ/イツモシヅカニワラッテヰル

これは、岩手県が誇る童話作家・宮沢賢治が遺した、代表作『雨ニモマケズ』の一節です。学生時代、国語の教科書でこの文章に触れたという人も少なくないでしょう。この一節は、読み手にさまざまな想いを喚起させますよね。

そんな宮沢賢治の遺作が、このたび一風変わったカタチで世に送り出されることとなり、話題を集めています。それが、「MUKU PROJECT」によって生み出された洋傘・本革製ブックカバー・ボールペンです。

【写真】ムクのブックカバーをつけて本を読む男性。印象的なブックカバーに思わず目が行きます。

知的障害者と社会とをつなげたいという想い

この「MUKU PROJECT」とは、“知的障害者と社会の橋渡し”をテーマに立ち上げられたブランド。知的障害のある人たちのアート作品を再編集し、プロダクトとして広めていくことで、新しい価値を提案しようと試みているブランドです。過去にはアート作品を活かしたカラフルでデザイン性の高いネクタイの制作を手がけ、注目を集めました。

立案者である松田崇弥さんと双子の兄である松田文登さんは、先天性の障害である自閉症を抱えるお兄さんを持ち、幼い頃から障害者に対する偏見を目の当たりにしてきました。そこで、何故偏見が生まれるのだろう?と疑問に感じたといいます。

やがて、「いつか知的障害のある人に関わる仕事をしたい」、そして知的障害者と社会を密接に繋げ、イメージを「ネガティブ」から「ポジティブ」に転換すると志すようになったそうです。

【写真】スーツを着て笑顔でカメラの前にたつまつだきょうだい。

転機となったのは、お兄さんが描いていた「落書き」を見つけたこと。ひとつのモチーフを繰り返し描き、徹底的なこだわりを見せる。松田兄弟はそこに可能性を見出したといいます。

松田兄弟:知的障がいのある、MUKUのデザイナーたちのことを、多くの人は、「過剰なまでにこだわりが強く、空気を読まず、興味のあることしかしない」などと言います。しかし、私たちはこういった一面こそ彼らの可能性であり、才能だと思うのです。

このような松田兄弟の想いに共感を覚える人たちが集まり、生まれたのがこの「MUKU PROJECT」です。 「自分のやるべきことは、障害者の生み出したアートのブランディングを通じて、知的障害者の持つ魅力や可能性を広めていくことだ」という松田兄弟の強い想いが、唯一無二のプロダクトを発信する源になっています。

そんな「MUKU PROJECT」の最新作が、この洋傘と本革製ブックカバー・ボールペンなのです。

宮沢賢治と障害者アーティストに通ずるもの

では、なぜ『雨ニモマケズ』を作品のモチーフにしたのでしょうか。それは、宮沢賢治と、今回の創作を行なった障害のあるアーティストたちとの間に共通点を感じたからでした。

松田兄弟:本プロジェクトの公開にあたり許可をいただいた宮沢和樹さん(宮沢賢治の実弟・清六さんの孫)が、「”雨ニモマケズ”は賢治さんが作品として書いたものではなく、その時の心情や考えを書き留めたものなんです」とおっしゃっていたんです。そう聞いたとき、僭越ながら”一緒”だと感じました。

今回のアート作品を提供してくれた花巻市にある「るんびにい美術館」で創作活動を行なうアーティストたちも、彼らの視点で見て、聞いて、感じて、心の中に描いた世界をそのまま表現しているからです。そこには「社会に評価されたい」という私利私欲はなく、描きたいから描いている、という極めて単純な動機のみが存在しています。

【写真】机に向かい、集中して絵を描く障害者アーティスト。

宮沢賢治も、障害者アーティストも、純粋に表現活動と向き合う点で同じ。そう実感した松田さんは、今回のプロダクト制作に乗り出したのです。

制作を手掛けたのは、モノ作りの老舗ばかり

プロダクトの制作体制からも、松田さんのこだわりがとても感じられます。

洋傘の制作に協力してくれたのは、日本製の傘を作り続ける「小宮商店」。洋傘一筋87年
の老舗です。

【写真】小宮商店の店頭。お店の中には綺麗に傘がディスプレイされている。

【写真】ミシンで傘を縫っている女性。視線は指先に集中し、真剣な空気が漂っている。

あらゆるものがオートマティックに生産されることが当たり前になった今日において、傘はいまだに「人の手」を必要とする製品です。その出来栄えは作り手の経験や知見に左右されます。だからこそ、松田兄弟は信頼の置ける職人に託したかったそうです。

また、本革製ブックカバーを手掛けたのは、純国産・東京発のバッグ&ステーショナリーブランド 「GRANESS Tokyo」です。

【写真】ブックカバーをつけた本。鮮やかなデザインが、本のシルエットをはっきりとさせている。

こちらもやはり、職人歴50年以上というベテランの革職人がいるため、その出来栄えはお墨付き。天然素材の本革を使っているので、やさしい手触りと風合いが感じられます。

色眼鏡をつけなくても、純粋にカッコいいアート

デザインを担当したアーティストが所属する「るんびにい美術館」は、あらゆる表現物をボーダーレスに紹介するミュージアムです。こちらの2階にあるアトリエで、アーティストたちが各々から湧き出る表現活動に没頭しています。

【写真】るんびにい美術館の外観。壁に大きなデザインが施されている。

【写真】まつだきょうだいとともに写る、るんびにい美術館の人たち。明るい空気が漂っている。

幼い頃からお兄さんへの偏見に対して疑問を感じていた松田兄弟は、初めて「るんびにい美術館」を訪れた時に衝撃を受けました。

松田兄弟:そこには、「知的障害があるのにすごい」ではなく、色眼鏡をつけずともかっこいいアート作品に溢れていました。そこにいるアーティストの名前、アーティストの存在は、社会ではほとんど知られていません。だから、いつか彼らを有名にしたいという気持ちがあります。

いまは野に埋もれている未来のヒーローたちの背中を、押したいんです。MUKUは、「障害者支援」という福祉的な視点ではなく、知的障害者が描く「優れたアート」を、世の中にプロダクトとして提案することで、知的障害のある「ヒーローを生み出すブランド」を目指しています。

「志」が感じられる日用品は、一生モノになり得る

松田兄弟が語るように、「MUKU PROJECT」で生み出されるプロダクトは、色眼鏡を抜きにしてカッコよくオシャレなものばかりが揃っています。そこには「障害者のアート作品である」といった形容は不要です。

傘やブックカバーといった日用品は、こだわればこだわるほど、僕らの生活を豊かにしてくれるものです。雨の日にお気に入りの傘をさして外出する、大好きな文庫本に愛用のブックカバーを取り付ける。たったそれだけで、何気ない日々が豊かになるような気がしませんか? そして、そこに作り手の「志」が感じられれば、それらのアイテムは一生モノにすらなり得る気がするのです。

【写真】笑顔で写る、るんびにい美術館の方とまつださん。楽しそうな雰囲気が伝わってくる。

障害があるなしに関わらず、それぞれにできることを持ち寄って、スタイリッシュなプロダクトを制作し、発信する。こういった取り組みがより自然なものとなった時、社会は無限の可能性に満ちあふれていくのではないでしょうか。

現在、「MUKU PROJECT」では、プロダクトの制作費を募るクラウドファンディングに挑戦しています。少しでも興味がある方は、ぜひ賛同してみてください。プロダクトの素晴らしさと松田兄弟の「志」に触れることができるはずです。

関連情報
「MUKU PROJECT」クラウドファンディングページ
MUKU 公式ホームページ
MUKU 公式Facebook
るんびにい美術館 ウェブサイト

(2019年12月、「MUKU」をリブランディングし新ブランド「HERALBONY」が誕生。ホームページはこちら