【写真】車椅子に座り、振袖を身につけて笑顔で写る女性。嬉しさが伝わってくる。

成人式の振袖、卒業式の袴、結婚式の白無垢 ――人生の節目となるシーンでの和装。

着物に袖を通すと、なぜだか背筋はピンと伸び、明日からまた頑張ろうと、決意を新たにする機能が着物にはあるような気がします。

私も10代の頃、人生で初めての正装である「成人式での振袖」に胸を躍らせました。どんな振袖を着るか、カタログを見ながら家族と話し合いましたが、新調はせず昔の母の振袖と祖母の帯で成人式を迎えました。そのときの母と祖母の温かい笑顔は忘れられず、今でも親子三代の大切な思い出です。

「着物選び」という少しくすぐったいワクワク感を、これまで一部の人はなかなか経験することができませんでした。それは障害や病気が理由で、車椅子での生活を送る方々です。振袖や着物を着たいと思っても、着付けに手間と時間がかかるため、車椅子の方々にとっては困難が伴いました。芽生えたワクワク感に、そっとふたをする人も多くいたはずです。

そんな声を聞き「誰にでも着られる着物を作ろう」と、愛知県のとある着物レンタル店が、バリアフリーな着物の制作に取り組んでいます。

セパレート着物で、和装をバリアフリーに

「成人式では振袖を着たい!」「卒業式は袴で出席したい!」そんな車椅子の方の願いを叶えるため、独自の着物制作に取り組むのは、愛知県春日井市を拠点に活動する「羽衣スタイル」です。

一般的な振袖は、着物と帯の他に、中に着る襦袢(じゅばん)や衿(えり)などを幾重にも重ねるため、着付けには立ったままで30分以上の時間を要します。一方、羽衣スタイルの「車椅子着物」は、身体に障害のある方が座ったままで簡単に着られるよう、さまざまな工夫が施されている「バリアフリー着物」です。

【写真】振袖を身につけて、笑みがこぼれる女性。

例えば、上半身と下半身をセパレートにすることにより、座ったままでの着脱が可能になります。障害の度合いによっては、瞬間的にお尻を上げることが難しい方もいるため、下部はエプロン式を採用。また、息苦しさの原因となる腰ひもや伊達締めをマジックテープで代用するなど、着付けに伴う複雑な工程を減らすことにより、座ったままで、およそ10分程で着付けられる仕様になっています。

【写真】車椅子での着付けの様子。

ラインナップは振袖だけではなく、留袖や訪問着、男性用の袴など多岐に渡りますが、どの和服も「簡単に着られる」という共通点があります。また、全国への配送が可能です。

羽衣スタイルの車椅子着物がシンプルな作りになっている理由の一つに、ご家族や介護士といった身近な方に、着付けを行っていただきたいという思いがありました。ただでさえ着付けが難しい方に、店舗に足を運んでもらうことは負担が大きく、さらに成人式や卒業式は地元で開催されることがほとんどです。

店舗に来ないと着られない作りでは、車椅子着物を待っている全国の方に届けることはできません。そのため、着付けの方法を知らなくても、説明を読んだだけで簡単に着付けができるよう、複雑な部分をシンプルに、簡単にしているのです。

車椅子の方にとって和装は「絶対にできないことの一つ」だった

車椅子着物の発起人は、ヘアメイク・着付けなどでこれまで1,000人以上の花嫁を手掛けてきた中島明子さん。

【写真】穏やかな笑顔で、インタビューに答えるなかじまさん。

中島さんが車椅子着物の制作を開始したのは、とあるラジオ番組がきっかけでした。ラジオから、障害のある方の恋愛トークが流れてきたとき、「これまで多くの結婚式を見てきたけれど、障害のある方はどんな格好で結婚式をあげるのだろう」と疑問を持ったことが始まりです。1,000人以上の結婚式を見ているのに、その中に車椅子の方は一人もいなかったのです。

着付けの難しさに原因があるのかもしれないと感じた中島さん。「ならば私が車椅子の方でも着られる婚礼衣裳を作ろう!」と、車椅子利用者へヒアリングを進めていたとき、中島さんはショックを受けます。『着物を着られるなんて、夢みたい!』と、キラキラした瞳で少女が大喜びしているのです。そのとき感じたことを、中島さんはこのように話します。

私たちがイベントや晴れ舞台で当たり前のように着ている着物が、車椅子の方にとっては『絶対にできないことの一つ』になっていたことが、ショックでたまりませんでした。日常生活に制限のある方々は、何かをやりたいと思っていても、できるかどうか分からないからと、やりたい気持ちに蓋をしてしまうことが少なくありません。車椅子でも着物を着られると私たちが発信することによって、障害のある方の希望になりたいと、車椅子着物制作への思いを一層強くしました。

【写真】振袖を着ての写真撮影の様子。温かな空気が流れている。

振袖や留袖などの制作を開始し3年半が経ちますが、当初からのこだわりは「見た目の美しさ」です。ファスナーやマジックテープなどを使用した、簡単に着脱できる仕様を考案しつつも、一般的な着物と遜色がないよう、見栄えにもかなりこだわり抜いたそう。試作と試着を繰り返し、シワの出方や帯の位置などを確認しては、改良を重ねてきました。

こうして生まれたバリアフリー着物は、制作を始めた2013年頃から現在までに全国で60名ほどの方に利用されています。

【写真】なかじまさんと振袖をきた車椅子の女性。明るい笑顔で溢れている。

「やりたい」と言えたことで、前に進む勇気が持てた

生まれつき手足に麻痺があり、車椅子生活を送る佳山明さんは、成人のお祝いで羽衣スタイルを利用しました。選んだのは、桜柄が散りばめられた薄ピンクの振袖。記念写真では満面の笑みを浮かべました。

【写真】振袖を着て車椅子に座るかやまさん。笑顔でカメラに写る。

佳山さんはこのように話します。

今まで何かをやろうと思ったとき、それを口に出すのは私にとって勇気がいることでした。二十歳になっても振袖は着れないなと思っていたので、羽衣スタイルで、夢を叶えることができると知ったときは本当に嬉しかったです。実際に着てみると、見た目は普通の着物なのに、着心地が苦しくないことに驚きました。これまで色んなことを諦めてきた人生だったけれど、自分の中の『やりたい』という気持ちを表に出せたことが、前に進む勇気につながりました

成人式から2年ほど経った今でも、中島さんと佳山さんは連絡を取り合い、お互いの近況を話し合う仲なのだそうです。

車椅子でも着物を諦めなくてよいと、多くの人に知ってほしい

着物を着たご本人だけでなく、ご家族からも喜びの声が届いています。以前は、2人の子どもを持つお母さんからこのようなお話を聞いたそうです。

お嬢様が車椅子用の振袖を着ることが決まったとき、そのお兄様の成人の撮影をしていなかったことに気付いたそうです。お兄様にはいつも『自分のことは自分でやりなさい』と言って気にかけられていなかったことをお母様は反省したそうで、そのタイミングでみんなで和服を着て記念撮影をしたのだと、写真を見せていただきました。車椅子着物が、人生の門出を大切なご家族と一緒に過ごすきっかけになっていることを実感し、嬉しい気持ちになりました

【写真】車椅子用の振袖を身につけた娘さんが写る、家族写真。幸せな空気が流れている。

羽衣スタイルには、利用者の方々から多くの手紙が寄せられますが、どれも喜びに満ちたメッセージばかり。初めて着物の袖に手を通したときの、利用者の方が見せるはじけるような笑顔が中島さんの原動力です。

【写真】車椅子用の振袖を身につけ、満面の笑みで写る女性。

特別な日に、特別な装いをすることは、一部の人にとっては当たり前ではありません。しかし、できないと思っていたことが、できたとき。本人は一層自信を持つことができ、周囲もその姿に勇気づけられます。

「もう、着物が夢だなんて思わないでほしい」と話す中島さんの言葉がとても印象的でした。人の「やりたい」を後押しする羽衣スタイルは、まさに可能性が広がる場。車椅子の方にとって、着物を着られることが当たり前になるように、たくさんの方に車椅子着物の存在が広まることを願っています。

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