【写真】白い紙を片手にかかげ、マイクで話しているかねまつよしひろさん

自分のことを100パーセント好きになるのは難しい。

「良いところもあるはず」と必死で言い聞かせても、他の人と比べて「ここがダメだ」と気づいてしまう。そうやって、粗探しをする自分も好きじゃないんだよな、と堂々めぐりになってしまうこともある。

ネガティブな循環に落ちてしまわないよう、わたしはなるべく自分の嫌いな部分と向き合わないようにしてきた。直視すると辛すぎるので考えないフリをする。それは、不器用な自分が社会を生き抜くために編み出した、唯一の方法だった。

けれど、昨年の終わり、思いがけず自分の「嫌いなところ」とじっくり向き合う経験をした。2018年12月18日に開催された「soar conference 2018」での出来事だ。

同カンファレンスでは、「語り」が人にもたらし得る回復、そこから広がる人の可能性について、多様な領域からトークが繰り広げられた。その最後を飾るセッション「わたしと語り」は、登壇者ではなく、私を含む参加者たちが、自らの物語を共有し合う時間だった。

この記事では、ワークショップで得た体験と、私に訪れたちょっとした変化にまつわる“語り”を、みなさんと共有したいと思う。

人の“あり方”を示す「beの肩書き」って?

【写真】明るい表情でマイクを片手に話すかねまつよしひろさん

 「わたしと語り」のファシリテーターを務めるのは、元「greenz.jp」編集長で、京都精華大学人文学部特任講師を務める兼松佳宏さん。兼松さんは、自分らしい生き方やあり方をつくるヒントとして「beの肩書き」を提唱している。

“勉強家”の兼松です。

そう弾んだ声で自己紹介した後、兼松さんが「beの肩書き」について、詳しく説明してくれた。

兼松さん:「be」はbe動詞のbeつまり、人の「あり方」を指します。反対の概念として置いている「do」の肩書き、その人が今何をしている人かを意味します。

例えば、僕は日頃「京都精華大学の特任講師」というdoの肩書きで紹介される。けれど、大学の特任講師は、「勉強家」というbeの肩書きにたまたま乗っかっているだけ。知識を得て、実践するのが大好きな「勉強家」としての僕は、ウェブデザイナーや編集長だった頃から、変わっていないんです。

火山の図で表したもの。「do」の肩書きは海の外に出ている島、「beの肩書き」はその下にあるマグマなのだそう(提供写真)

社会人になると、多くの人が「〇〇会社で〇〇を担当している〇〇です」といった自己紹介をし始める。けれど、本当にそれだけでその人自身の魅力が伝わるのか、兼松さんは以前から疑問に思っていたという。

兼松さん:例えば、車内アナウンスがとても面白いバスの運転手さんがいたとします。もしかしたら「コメディアン」としてbeの肩書きを持っているかもしれないのに、その人の名刺には「〜〜バスの運転手」というdoの肩書きしか書かれていない。その人らしさはきっと、doとbeの掛け合わせに宿ると思うんです。

兼松さんの話を聞き、高校生の頃、歌うようにアナウンスをするバスの運転手さんがいたことを思い出した。彼のbeの肩書きは、もしかしたら「シンガー」だったのかもしれない。

【写真】満員の会場。参加者たちはグループにわかれ、それぞれ楽しそうな様子で話している。

「beの肩書き」を見つけるための2つの方法

わたしにも「勉強家」や「コメディアン」のような「beの肩書き」が見つかるのだろうか。そう不安に思っていると、兼松さんが肩書きを探す一つの方法として、「リフレーミング」を教えてくれた。

兼松さん:beの肩書きを見つけるために大切なのは、自分を捉える見方を変えることです。例えば、今日の会場のなかで、忘れっぽい人はいますか?

迷わず、手を挙げた。兼松さんが見事なリフレーミングを返してくれた。

兼松さん:今、手を挙げた人はみんな「今にこだわって生きている」人たちです!同じ事実でもこう言うと、少し違って聞こえますよね?ほかにも「口が悪い」人は、きっと「嘘がつけない」人なのでしょう。こんなふうに、自分ではネガティブだと思っていることも、他の人からしてみたらチャーミングポイントになるかもしれません。こうしたリフレーミングをしやすくするために、beの肩書きをプレゼントしあう場をつくっているんです。

忘れっぽい以外にもネガティブやミスが多い、人と比べてしまうなど、自分の嫌いなところはいくつも思い浮かんだ。

けれど、ネガティブは「用心深い」、人と比べて嫉妬してしまうことは「他の人の優れたところを見つけられる」と言い換えられるだろうか。何だか大喜利のようで楽しくなってきた。

もう一つ兼松さんが教えてくれたのが「ユーダイモニア」と「ヘドニア」という概念だ。

兼松さん:ユーダイモニアは、充実していると感じられる、あるいは自分の可能性が最大限に発揮されていると実感できているという幸せの感情のこと。反対にヘドニアは、一時的な消費行為や、快楽的な幸せを指します。もちろんどちらも生きるには欠かせないものですが、beの肩書きを考えるときはよりユーダイモニアなものを選んでみてください。

【写真】満員の会場で登壇しているかねまつさん

捉え方を変えて、初めて気づく自分の側面

リフレーミングとユーダイモニアを学んだ後は、3人ずつのグループに分かれ、実際にbeの肩書きを探していく。

まずはユーダイモニアと出会うためのワークとして、次の5つから1つのテーマを選び、グループの2人に共有する。

①自分では当たり前だと思っていてもすごいねと言われること
②こういう瞬間が幸せだな、もっと続けばいいのにと思うことと
③時間を忘れるくらい熱中していること(偏愛とか)
④感動したら思わずやってしまうこと
⑤人生でこれはやっておかないとなと思うこと

わたしは1つ目を選び、知らないことを調べるのが好きだという話をした。記事を書く際にはリサーチが一番楽しいし、それが今の仕事に接続している実感があったからだ。

これ面白そう!って、宝探しをしているような気持ちになるんですよね。

話す時間は1人3分間。そんなに話せるのか心配していたが、想像以上に次々と言葉が出てきた。「宝探し」なんて、それまで一度も意識したことがなかった。

【写真】笑顔で話す参加者の方々

共有をしている間、どのグループからも笑い声が上がり、和気藹々とした空気が流れていました

自らのユーダイモニアを言語化したら、それに紐づく肩書きを選ぶワークをする。「調べるのが好きならリサーチャーかな…?」と考えていると、兼松さんが会場にこう呼びかけた。

兼松さん:あくまでメタファーなので、言葉遊びのような気持ちでやってみてください。例えば、人の良さを引き出すのが好きだから、隠れた価値を発揮する遺跡発掘調査員とか、自由に面白がりながらやるのがコツです。

調べるのが好きなことは、リサーチャー以外に、どの肩書きで例えられるだろう。一覧に目を走らせ、パッと飛び込んできたのが「探検家」だった。生い茂った草をかき分けて、その奥にある未知の何かを探し出す。それは、日頃「ここに面白い何かがありそう…」と、図書館の書物や、ネット上の資料を辿ることと似ている気がしたからだ。

【写真】様々な肩書きが乗っている一覧表。「本が好き」「地図が好き」など自分の好きなものの項目の後にずらっと肩書きがならんでいる。

一覧表にはさまざまな肩書きが書かれています

「探検家」というしっくりくる肩書きが見つかり、少し安心した。次のワークでは、その肩書きをもつ自分としての“ライフヒストリー”を書いていった。

兼松さん:普段は人生を4つに分けて、肩書きと関連する出来事を挙げ、最後に章のタイトルを決めていきます。例えば、勉強家の僕の場合、第1章は「秋田を出るには勉強しかなかった」、第2章は「追いつくためには独学しかなかった」、第3章は「独学しても専門家にはなれなかった」、第4章は「勉強家としてなら生きられる気がした」でした。今回は年末なので、2018年を4つに分けて、1年を振り返ってみてください。

【写真】ワークシート。真ん中にはわたしのbeの肩書きと書かれていて、そこを中心に四分割されている。四箇所にそれぞれ起承転結を書くことになっている。

編集者やライターではなく「探検家」としての1年間。振り返ってみると、いくつか頭に浮かぶ出来事があった。

書きたいテーマや方向性が定まらず、周囲に嫉妬してばかりだった年の初め。あれは「次の探検の準備期間」だったのかもしれない。苦手な仕事がうまく進められずに苦しかった時期は「出発前の筋トレ」だろうか。一人で海外に短期滞在し、取材を行った日々は、まさに「探検」だった。

「探検家」というメタファーを通じて、楽しかったことだけではなく、辛かったことに、一つずつ意味を与えていく。この作業を通して、当時抱いたネガティブな感情の固まりが、少しずつ消化されていくような気がした。

わたしの「嫌いなところ」が原動力になっていた?

ライフヒストリーを埋めた後は、選んだ肩書きとライフヒストリーを、グループで共有した。わたしは次のような章立てで、“探検家”としての1年を振り返った。

1章 焦りと嫉妬でいっぱいだった
2章 頑張りすぎて疲れていた
3章 海外に取材に出かけたり、苦手だった仕事が少しできるようになった
4章 少しだけ自信がつき、次の挑戦に想いを馳せる

すると、同じグループの1人が、こんな言葉をかけてくれた。

きっと、焦りや嫉妬も、前に進むための原動力になってきたんですね。

ふいに飛んできた言葉に、恥ずかしながら少し泣きそうになった。

嫉妬はみっともないから隠すべきだと思っていたし、そういうイケてない自分は見ないふりをしたかった。けれど、それが「探検家」としての自分の原動力になっていたのかもしれない、と嫌いな自分を肯定できた気がした。

【写真】グループの参加者同士が手紙を交換しあっている

ワークショップの最後には、グループの一人ひとりに宛てて手紙を書き、両手を添えて手渡した。宛先には「〜な探検家」や「〜な勉強家」といったように、肩書きの前に“その人らしい”形容詞が書かれている。わたしがグループの2人からもらった手紙には、こんな言葉が並んでいた。

筋トレをしっかりして、一気に出かける「冒険家」のような人

常に好奇心と向上心を失わないチャレンジャー

【写真】ライターのむかいさんが参加者の方からもらった2枚の手紙。

いただいた手紙には”私らしい”形容詞が書かれていました

筋トレには筋肉痛が伴うし、向上心の裏には「このままじゃダメだ」という思いがある。「ネガティブさ」や「嫉妬深さ」だって、大切な自分の一部なのだと、2人の手書きの文字をみて、改めて感じさせられた。

このワークショップから数週間以上が経っているが、今も2つのカードは机の引き出しにしまって、たまに読み返している。

【写真】笑顔で話す参加者の方々

嫌いな自分をまっすぐ見つめるのは難しい。つい「わたしはダメな人間だ」なんて雑な言葉を投げかけてしまいそうになる。だからこそ、好きなところも嫌いなところも、イケてるところもイケてないところも、ひっくるめた「わたし」を語る時間を大切にしたい。

beの肩書きワークショップでは、言葉遊びのように誰かと一緒に楽しみながら、「わたし」を見つめ直していく。「肩書き」というメタファーがあったからこそ、いつもより思い切った発想で、自分の嫌いなところを肯定することができた。

今も、仕事で失敗したときや、思うような成果を出せなかったとき、ネガティブな思考の渦に落ちてしまいそうになる。

できない自分はダメな人間だ。

もっとできるはずだ。

そんなときは、深呼吸して「冒険家だから、困難に遭遇するのも仕方ない」と言い聞かせてみる。そうすれば、どうやったらできるようになるだろう?と考える余裕が、少しずつ湧いてくる気がするから。

関連情報

NPO法人グリーンズ ホームページ

(撮影/馬場加奈子、協力/村上綾)