新入社員の頃、所属していたチームの定例会議が怖くて仕方ありませんでした。
会議では、チームメンバー全員の前で、取り組んでいるプロジェクトの進捗や成果を報告します。そこで、上司やメンバーが少しでも険しい顔をしているだけで、焦りで頭がいっぱいになってしまうのです。
決して、理不尽な理由で怒られたこともなければ、「なぜできないのか」と責められたこともありません。今振り返ると、どうしてあんなに怯えていたのか不思議なくらいです。けれど、当時は定例の前になると、心臓がバクバクしました。
当時ほどではないですが、今でも話している相手の反応が芳しくないと、少し声が震えることがあります。「不便な性格してるなあ」と落ち込むこともしばしば。この不安を適切にコントロールできたら、もっと気楽に生きられるのに、と思っていました。
先日、「秋葉原内科saveクリニック」の鈴木裕介先生にお話を伺ったとき、「不安」や「怒り」などの強い感情との向き合い方にも話題が及びました。そこで、私が感じてきた不安について共有すると、裕介先生は不安を「コントロール」するのではなく、感情と「うまく付き合う」ことが大切だと言います。
いったい、その2つの間にはどのような違いがあるのか。ピンときませんでしたが、うまく付き合えるものなら付き合っていきたい…。そう伝えると、裕介先生が丁寧にネガティブな感情との付き合い方を教えてくれました。
不安や怒りは危機から逃れる自然な反応
感情とうまく付き合うためには、そもそも不安や焦りといったネガティブな感情が、どのように生まれるのかを知る必要があります。まずは、不安が生じる身体の仕組みについて、裕介先生が紐解いていきます。
不安という感情は、ここには危険がある!という信号を察知した時に自動的に起こるプログラムのようなものです。
内臓を制御する自律神経系というのが、まわりの環境の変化や微細なサインを感じ取り、いまが危険なのか安全なのかを勝手に察知して、身体のモードチェンジをするんですね。
自律神経には「交感神経」と「副交感神経」の2つがあります。「交感神経」が活発に働くと、身体は「危険モード」になり、呼吸や心拍数が上がったり筋肉を緊張させたりして、迫りくる危険に対して戦ったり逃げたりできるように備えます。逆に「副交感神経」が活発になると、身体は「安全モード」になり、緊張がとけ、安らげる。これらは、周囲の環境に合わせて自律的に調節されるので、「自律」神経と呼ばれています。
狩猟をして暮らしていた頃の人間は、常に死と隣り合わせだったので、迫りくる危険に対して敏感になることで身を守っていました。不安になるのは、危機から逃れるために不可欠かつ自然な反応だったんですよね。
でも、今は猛獣が待ち構えているわけでもないし、天敵に命を取られる可能性も低い。けれど、ストレスにさらされたり、自分の安全が脅かされるようなサインを感知したときに、当時の名残で「危険だ!」という非常信号が出てしまう。それが不安の正体なんです。
「怒り」といった感情も同様に、交感神経の反応と強く関わっているといいます。怒りは、迫りくる脅威と戦うために必要な感情。自分が攻撃をされたときや侵害されたときに生まれます。怒りがアドレナリンを分泌させ、血圧が上がり筋肉の血流が増えて、「戦う」ことを選択できるようになるそうです。
怒りという感情がユニークなのは、根っこに別の感情があるところです。例えば、病院の待合室で長く待たされて怒っているおじいちゃんを想像してみてください。彼は待たなければいけないという状況に対して怒っていると思うかもしれません。
でも、もしかしたら、待つことで自分がないがしろにされたと思う悔しさや悲しさ。あるいは、付き添いできているおばあちゃんの状態がどんどん悪くなっている状態に対しての不安があるかもしれない。
怒りは、「第二次感情」といわれています。つまり、怒りは何もないところから生まれるのではなくて、「第一次感情」といわれる不安や寂しさ、悲しさが溢れたときに起こる。根っこに別の感情があるんです。だから、怒っている人に対応するには、その裏に潜んだ第一次感情に寄り添うことが大切なんですね。
同様に、自分が怒りを感じているときには、その怒りの根っこにどういう感情があるのかを探ってみるのは良い方法です。
感情は自然なもの。「コントロールできる」は過信?
不安も怒りも身の危険を察知して起きている。裕介先生の言葉を聞きながら、どうすれば過剰に反応しないようコントロールできるのかを考えていました。
しかし、裕介先生は「感情をコントロールできるなんて過信ですよ」と笑顔で言い切ります。
先ほど話した通り、感情というのは役割があり、生き残るために反応的に湧いてくるプログラムのようなものです。だから、それを起こらないようにするのは難しい。それよりも、反応として湧いてきたものに、必要以上の解釈をつけないことの方が重要です。
不安を抱いているとき、肩がこわばったり、呼吸が浅くなったり、胃の奥が締め付けられるような不快な身体感覚があります。交感神経の働きで身体が「危険モード」に入っている。でもね、この不快な身体感覚そのものはだいたい、30分以上は続かないんです。身体の反応は、必ずおさまってくる。
でも、この不安の感覚が増幅されてしまうことがある。それは、「いまここ」に起きている不快な身体感覚と、過去の嫌な思い出や、将来への不安を結びつけてしまうときです。
不安に苛まれているときに、「そういえば過去も自分はこういうことやっちゃったな」と考え始めたり、「こんなことでくよくよしてたら、将来やっていけないんじゃないか」と未来を悲観したり。
いずれも、自然な反応としての身体感覚に対して、過去や未来を結びつけて、「だから私はだめなんだ」という解釈を加えてしまっている。その解釈自体が新しい負の感情を生んでしまうと、負の感情が無限に生まれてしまう。僕はそれを「不安増幅回路」と呼んでいます。
「不安増幅回路」と聞いて身に覚えのある人は多いかもしれません。私自身、不安に襲われると、つい「そういえば前もこうだった…」と昔のことを思い出してしまいます。
過去や未来に思考をめぐらし、自分をジャッジしてしまう状態から抜け出すために必要なのは、「現在の自分」に意識を集中させること。そのために裕介先生自身も、呼吸法やヨガ、有酸素運動を試してきたといいます。
最も簡単に始められるのは呼吸ですね。息っていうのは、吐くと不安を和らげる「副交感神経」が活発になり、吸うと交感神経の動きが活発になるようにできているんですね。なので、不安なときは、息を長く吐くことを意識した呼吸に集中すると、「不安増幅回路」からは脱しやすくなります。
真面目な人だと、「不安や怒りの根本解決にならない」と感じてしまうかもしれません。けれど、根本的な原因を即座に解決できるケースなんてなかなかないですよね。自分や周りを傷つけないためにも、ネガティブ感情に頭を占拠されたときに、気分を反らすための「対処行動」をもつのはとても重要。「感情をコントロールするぞ!」と意気込むのではなく、「ああ、支配されてるなあ」という自覚を持って、ゆるやかに落ち着かせる行動を取った方が、感情とうまく付き合えるように思います。
感情を表現するボキャブラリーを増やしていこう
副交感神経を優位にすれば、一時的に感情の渦から脱しやすくなる。なるほど、と思う一方、不安に襲われた自分を想像してみると、「落ち着いて息を吐く」と意識することすら忘れてしまいそうです。
感情とうまくつきあうコツとして、いろんな感情に関して、その程度に合わせたボキャブラリーを増やしていくのがおすすめです。例えば、漠然と怒りの感情があるとき。全部「超ムカつく」と思っていると、その言葉の強さに感情が引っ張られて、怒りが増幅してしまう。
そうではなくて、例えばレベルを1から10に分けたらどこになるだろう、と考えてみる。僕の場合、レベル1の怒りを表す言葉は「ほほう」です(笑)。レベル2だと「もやっとするな」くらいでしょうか。心がざわついたときには、ちゃんと心の中で「ほほう」「こやつ」などとつぶやくようにしています(笑)。そうすると、「超ムカつく!」というほど怒ってはいないと少し俯瞰できる。
自分の感情を押し殺す人ほど、感情を表す語彙をあまり持っていないケースが多いんです。だから、なるべく「心の目盛り」を細かく設定してみるよう意識みてください。
たしかに、不安に襲われると、つい「やばい」や「終わりだ」、「死にそう」といった極端な言葉を心のなかで呟いてしまいます。
けれど、例えば、レベル1は「むむ?」くらいかもしれません。その次は「そわそわする」や「心がざわつく」くらいの表現でしょうか。一言で「不安」といってもグラデーションがあることに気付かされます。
言語化するときは三人称で文章にするのがおすすめです。例えば、「私は不安を感じている」ではなく、「鈴木は不安を感じている」と声に出すと、より感情を客観的に捉えられます。
感情を客観的に認めてあげる。その上で、誰かにその感情を共有するのか、感情の原因となった人に反論すべきなのか、次の対応を考える。一旦、客観的に感情を見つめることができればと、反射的な行動や、周囲への攻撃には転化しづらい。
なので、まずは、心のなかに溜まっているものはなるべく早めに吐き出すようにしてください。Twitterの鍵アカウントに「こういうことされて、ほほうと思った」と呟くだけでも良い。とにかく感情に蓋をしないことです。小さい怒りでも、なかったことにせず、それが存在することを認めて、何らかの形で表現してみる。そのほうが、結果として感情との付き合い方は上手になります。
感情を否定しないで、自分の感情で生きてほしい
大人になればなるほど、「感情はコントロールしなければいけない」と自らにプレッシャーをかけてしまう人は多いように思います。私自身、人前で話す度に不安を感じる自分が大嫌いでした。
そこで自分を責める必要は絶対にないんです。褒められるような美しいものばかりじゃないのが人間。だから、自分にとって嫌だなと思う感情が生じても、一度ちゃんと受け入れてあげてほしい。
そもそも、感じてはいけない感情は一つもないんです。ネガティブな感情を感じたこと自体を気に病むことはありません。いい人ほど、自分の内側からネガティブな感情が浮かび上がってきたことに傷ついてしまう。でも、怒りだろうと嫉妬だろうと、それを感じたこと自体は、絶対に正しいし、誰にも責められるものではありません。だって、感情は僕らが生き残るためにプログラムされたものなんですから。
ネガティブな感情に占拠されてたときに、反射的に不本意な行動をとってしまったりすることで、傷つくこと避けられたら、それで十分だと思います。
「感情と向き合う」というのは、生き抜く上でとても重要な「技術」のひとつだと思っています。今日お話した以外にも、たとえば怒りの感情と付き合う「アンガーマネジメント」や、大切な人を失った深い悲しみに向きあう「グリーフワーク」など、人類の先輩方が脈々と受け継いでくれた様々な知恵があります。いまの自分の状態に合った方法を色々と取り入れて学んでいくことで、生きづらさに対抗する技術を向上させていける。そうした積み重ねによって、少しずつ着実に、ネガティブな感情とうまく付き合えるようになっていくと思います。
感情に振り回されて周囲を傷つけるのは避けたい。けれど、感情が湧き上がること自体は受け入れてあげて良いのだ。そう思えたとき、定例会議を前に不安でいっぱいだった自分に謝りたくなるとともに、ふと肩の荷が下りた気がしました。「大人だから感情はコントロールしなければいけない」と思い込んでいたのかもしれません。
不安や怒りに襲われたら、まずは深呼吸して、自分の身体の状態を知る。そして、何を感じているのかを言語化して、落ち着いてから次の行動を考えてみる。そうやって少しずつ、不安になったり苛立ったりする自分と、うまく付き合っていけたらいいなと思います。
関連情報:秋葉原内科saveクリニック ホームページ
(写真/高橋健太郎)