やりたいことを続けるのは、時にとてもつらいこと。
たとえば、子供のころ。好きなスポーツがあっても、自分よりも上手い人がいて、挫折した経験がある人がいるかもしれない。
たとえば、社会人になってから。趣味があったんだけれど、仕事が忙しくなり、それを楽しむ時間がなくなってしまった人がいるかもしれない。
僕も好きなことを諦めた経験があります。それは、高校生の頃。バスケが好きで中学生からバスケ部に入っていましたが、顧問の先生や先輩とどうしても気が合わず辞めることにしました。
好きなだけでは、やりたいことは続けられない。
諦めた僕は、これまでと違う好きなことを探すようになりました。数年経った今では、書くことが好きになり、それを仕事にすることができています。しかし、あのとき、どうすればやりたいことを諦めずにいれただろうとふいに考えるときもあります。
そんな思いの中、どんな困難があっても、やりたいことにまっすぐ向き合って活動をしている姉妹に出会いました。
その姉妹は、伊谷野真莉愛(まりあ)さんと伊谷野友里愛(ゆりあ)さん。彼女たちは「女子高生ヘアドネーション同好会」を立ち上げ、小児がんの子どもたちに無償でウィッグを提供しています。
「小児がんの子どもたちの力になりたい」という思いでこの活動をするなかで、どんな風に壁を乗り越えてきたのだろう。彼女たちの原動力はなんなのだろう。それが知りたくて、二人の住む群馬県までお話を聞きに行きました。
高校生なのに仕事のようなことをする「女子高生ヘアドネーション同好会」
しとしとと雨が降る中、にこやかな笑顔で出迎えてくれたのは、姉の真莉愛さん。
遠いところからわざわざありがとうございます。
お互いに自己紹介していると、妹の友里愛さんもやってきました。
姉の真莉愛さんは2017年の高校2年生の4月に「女子高生ヘアドネーション同好会」(以下ヘアドネーション同好会)を立ち上げ、現在は大学1年生。今は高校2年生の妹の友里愛さんが代表となって活動しています。
ヘアドネーション同好会は、全国から頭髪を集め、ウィッグ会社のアートネイチャーと協力し、頭髪に悩む子ども達に無償でウィッグを提供するヘアドネーション活動団体です。
ヘアドネーションとは、脱毛症や小児がんなどが原因で頭髪に悩みを抱える人たちのために、切った髪を寄付してウィッグを提供すること。ヘアドネーション同好会の主な活動は、寄付してもらった髪をウィッグの製作会社に送ることです。それに加えて、髪の毛を寄付してもらったお礼の手紙を書いたり、ウィッグ提供者のサイズ採寸をしたりと、ヘアドネーションに関わる様々なことを行います。
活動立ち上げのきっかけは、小児がんの存在を知ったことから
真莉愛さんは以前から、海外の貧困地域を訪れたり、学校でボランティア活動を行なっていました。ヘアドネーション同好会を立ち上げるきっかけは、そんな生活を送っていた真莉愛さんに、ある出来事が起こったから。
真莉愛さん:中学校1年生の時にがんで祖父が亡くなったんです。それと同じ時期にテレビで小児がんで苦しんでいる子を知って。祖父の場合はがんでしたが、寿命に近い形で亡くなってしまったので、仕方がないことと理解していました。でも、自分と同世代の子が祖父と同じ病気で苦しんでいることを知って、自分でも何かできないかなと思ったんです。まず自分がヘアドネーションをしようと思い、髪の毛を伸ばし始めました。
真莉愛さんはそれから3年が経った高校1年生の4月に、伸ばした髪の毛を切り、医療用ウィッグを提供する団体に寄付をしました。実際に自分でヘアドネーションをしてみて、実感したことがあると言います。
真莉愛さん:それまでいろんなボランティアをやっていたんですが、ヘアドネーションは、学生にとってすごく身近なボランティアだと思いました。他のボランティアと比べて、お金もかからないし、時間も使わないんですよね。
髪の毛を伸ばして寄付する。そのプロセスだけで困っている子どもたちの助けになるのが本当にすごいなと思いました。なので、ヘアドネーションを全国の学生が知って、参加してもらえたら本当に嬉しいなと考えるようになったんです。
真莉愛さんは当時中学生だった友里愛さんを誘い、ヘアドネーション同好会を立ち上げました。
ヘアドネーション同好会の立ち上げ、そして必死に協力者を探す日々
ヘアドネーション同好会を立ち上げてから、姉妹には予想しない困難な道のりが待っていました。
まずは、どのようなプロセスでウィッグが作られるのか調べようと思い、真莉愛さんは自分が髪の毛を寄付した団体に連絡をとってみました。しかし、突然音信不通になってしまい、髪の毛が本当にヘアドネーションに使われているのかすらわからなくなってしまいます。もしかしたら髪の毛はどこかで売られているかもしれないという話をラジオ等で聞き、真莉愛さんは「悲しい」という思いで胸が一杯になったそうです。
そこで、ヘアドネーション同好会では髪の毛の使用用途がはっきりとわかるようにしようと決め、TwitterやFacebookなどのSNSで日々の活動についての発信を行うことから始めました。
次に、寄付してもらった髪の毛でウィッグをつくってくれる製作会社を探し始めます。勇気を出して、唯一のメンバーであった友里愛さんと一緒に、30社の製作会社に交渉してみました。しかし、高校生でまだ提供実績もないため、時には担当者に冷たくあしらわれることも。
そして努力のかいあって、株式会社アートネイチャーだけから「もしかしたら協力できるかもしれないから社内で話し合う」と返事をもらうことができたのです。
真莉愛さん:アートネイチャーさんにお返事をもらってからは、状況が気になって毎日電話をかけていました(笑)。30社電話をかけてお返事をもらえたのがアートネイチャーさんだけだったので、これを逃したらきっとどの企業さんも協力してくれないと思い、とにかく必死でした。
期待に胸を膨らませていた二人でしたが、残念なことに、アートネイチャーからは「協力できない」という返事が届きました。
真莉愛さん:断られた時に私は「もう疲れた」と思い、それまで張り詰めた糸が切れたように泣いてしまったんです。そしたら、友里愛がアートネイチャーさんにもう一度お願いしてくれて。そしたらあちらも気遣ってくださって、「あらためて企画書を提出してください」って言ってくれたんです。そして私が企画書を書いて送ったら、わざわざ学校に来てくださることが決まりました。
真莉愛さんがヘアドネーション同好会の説明をする時の緊張やプレッシャーを感じたことは想像に難くありません。しかし、それに見事に打ち勝ち、自分たちの思いをしっかり伝えた結果、アートネイチャーがウィッグの製作に協力してくれることになりました。
真莉愛さん:私たちに協力してくださることと、試作のウィッグを作ってくれることが決まって。その時はもう「やったー!」って友里愛と大喜びしました(笑)
ウィッグの製作会社が決まった後は、ウィッグを提供する患者さんがいる病院探しを始めました。「ウィッグを求めている患者さんは多いため、病院はすぐに見つかるだろう」そう考えていたのですが、実際は、感染症の危険性やプライバシーの問題などで、提携できる病院は見つけることができませんでした。
そんな折、二人の住む地域の市長とラジオで対談する機会に恵まれたのです。そこで困りごとがないか聞かれたため、真莉愛さんは提携できる病院を紹介してもらえないかを相談してみました。
すると、市長が知り合いの病院を紹介してくれ、交渉ができることに。企画書を送ると、その病院がヘアドネーション同好会に協力することが決まり、翌月には初めて脱毛に悩む患者さんと出会うことができたのです。
ひとりぼっちになっても、絶対に諦めない
多くの人の協力のおかげで、二人の夢は少しずつ実を結んでいきました。ただ、また思いがけない困難が待ち受けていたのです。それは学校での「いじめ」です。
活動をしているうちに「ヘアドネーション同好会」は、テレビなど、様々なメディアから取材のオファーが来るようになりました。それまでは人見知りで内気だった真莉愛さんも「ヘアドネーション同好会を広めたい」という一心でメディアに出始めました。すると、ある時から、悪口で真莉愛さんのことをよく思わない人たちが出てきてしまいました。
友里愛さん:もともと姉はおとなしい性格だったんですが、テレビで取材をしていただいたことでとても目立ってしまって。今までは目立つほうではなかった子がいきなりスポットライトを当てられて、面白く思わない人が出てきてしまったんです。
つらい思いをしている真莉愛さんを見て、一緒に頑張ってきた友里愛さんもいつしか同好会をやめたいと思うようになります。
友里愛さん:私はいじめられることはなかったんですけど、姉がいじめられてるのを見てると怖くなっちゃって。先生方は対応してくれたんですけど、どうしても怖くて、一旦活動から距離を置きました。
いじめはどうにかしようと思っても、自分一人ではなかなか解決できない問題です。姉の相談に乗ることしかできなかった友里愛さんは、きっとすごく苦しかったことでしょう。
友里愛さんが活動から離れてしまったことで、真莉愛さんはとうとうひとりぼっちに。しかし、真莉愛さんはそれでも諦めませんでした。
真莉愛さん:友里愛も友人もいなくなっちゃって、私に何が残るんだろうって考えたときに、髪の毛を送ってくださる方たちしかいないんだと思うようになったんです。髪の毛と一緒に、ご自身の想いを手紙に書いてくださる方もいっぱいいました。その方々は、ガンでご自身の髪の毛がなくなっていたり、家族が亡くなったりしているんです。そんな風に髪の毛一本一本にその人の人生や想いが詰まっていて、私に託してくださっていると思うと、やめられなくて。
何があってもけっして心折れることなく、強い思いで努力しつづける真莉愛さん。そんな真莉愛さんの諦めない姿勢に心を動かされた友里愛さんは、再び活動に積極的に参加するようになりました。
こうして二人は、幾度となく訪れる困難を乗り越え、活動を続けていったのです。
「普通に女の子だ」今でも忘れられない初めてのウィッグ提供者
活動を始めてから約1年がたった2018年の3月、二人の思いはやっと実を結び、とうとう初めてのウィッグを患者さんに提供することができました。
ウィッグ提供者は、11歳の小児がんを患っている女の子。ウィッグを直接手渡すために、女の子のもとを訪れたその日。その子は二人の目の前で、おそるおそるウィッグを被りました。
真莉愛さん:ウィッグを着けた女の子が、鏡をジーって見た後に「普通に女の子だ」っていう言葉を2回繰り返したんです。そのときのことは、今でもグサっと心に突き刺さっていて、はっきり覚えています。その子が本当に、とても喜んでくれて。途中で挫けそうになったけど、この活動を続けてきて本当に良かったなって、私たちも強く感じました。
涙ぐみながら話してくれた真莉愛さんに続いて、友里愛さんがこう話してくれました。
友里愛さん:最初の患者さんに幸運のウィッグを提供するまで、いろんなことがありましたが、ウィッグを提供することができて本当によかったなって思います。その子のお母さんも病院の先生方も泣いて喜んでくれて。私もその時のことは忘れられません。
「幸運のウィッグ」は、彼女たちが提供するウィッグの名前。「より多くの幸運を引き寄せて欲しい」という思いから、幸運のウィッグと名付けたそうです。
自分たちの活動が、女の子に幸せを届けることができた。その喜びは、彼女たちがこの先も活動を続けていく大きな原動力となりました。
髪の毛を寄付してくれる人にも感謝をする
活動を始めた当初は2人だけだったのですが、少しづつ仲間が増え、現在では12名に。2018年は他校の高校生も活動に協力してくれたそうです。活動は徐々に広がっていき、2019年9月には、8人目の患者さんに幸運のウィッグを提供することができました。
彼女たちがヘアドネーション同好会の活動で大切にしていることのひとつに、「手紙を送ること」があります。それは、ウィッグを提供する患者さんだけでなく、そのための髪の毛を提供してくれる人に対しても感謝を忘れたくないからだといいます。
真莉愛さん:いじめを受けていた時に、届いた髪の毛に救われたんです。まだ実績もなかったし高校生で力もないのに、臓器提供と同じように体の一部の髪の毛をヘアドネーション同好会に提供してくださっていることが本当に嬉しくて。この気持ちを伝えたいなと思ったので、手紙を書き始めました。
協力してくれる人たちに誠実に向き合い、関係性を大切にしている二人だからこそ、どんどん協力の輪が広がっていくのでしょう。
助け合う姉妹の関係
ヘアドネーション同好会の活動が続けられているのは、二人の助け合う関係性が大きいのではないだろうか。そう思った僕はお互いへの思いを聞かせてもらいました。
真莉愛さん:私はアートネイチャーさんにウィッグ製作を断られた時に友里愛に助けられました。断られた時に頭が真っ白になって泣いてしまって。そこでくじけそうになったんですけど、友里愛が聞いてくれたので、こうして今も活動が続いていると思ってます。あの時友里愛がいなかったら今の活動はないかもしれません。だから、友里愛がいてくれてありがたいなって思います。
友里愛さん:私は、この活動は絶対に自分から始めることはなかっただろうし、例え始めたとしても、最初の壁に当たった途端にもうだめになってたと思うんです。だけど、いくつもの困難があっても続けている姉がいて。だから、姉は私にヘアドネーション同好会を通して、人に対する優しさや思いやりの気持ちを教えてくれたすごく大きな存在です。姉が自分の姉でよかったなって思います。
ヘアドネーション同好会は二人の信頼関係があってこそ。互いに支え合ってきたから、今でも活動を続けることができています。一方で、活動をする上ではそのような関係の二人ですが、家では喧嘩もする仲のいい姉妹です。
真莉愛さん:小さい頃から、夜中にうるさくしているとかそういうことで言い争いになることもあります(笑)
友里愛さん:私が勉強しているときに姉が鼻歌を歌った時とかも「やめて!」となります(笑)だけど、私は姉に助けられてることが多いです。来年受験なので、今は勉強を教えてもらっています。
ヘアドネーション同好会の活動を通じて、彼女たち自身にも変化があったといいます。
真莉愛さんは現在医学部に通っており、その進路選択にはヘアドネーションの活動が大きく関わっていたのだとか。
真莉愛さん:病院の先生方にヘアドネーションでお世話になり、実際に働く姿を目にしました。小児がんの子供達を精神的な部分でサポートをしたいという思いで、ヘアドネーションの活動をやってきたんですが、今度は先生たちのように、自分でも直接助けることが出来たらと思うようになり、医師を目指すと決めました。
様々な困難を乗り越えてきた姉妹の望み
今後も二人は、脱毛で辛い思いをしている子供にウィッグを提供するために、活動を続けていきます。
真莉愛さん:私たちは、髪の毛を集めることから、患者さんへのウィッグ提供までのプロセスをしっかり管理しながらやっています。私たちに寄付していただけたら、間違いなく小児がんの子達のウィッグの一部になるので、ぜひ私たちを選んでいただきたいです。
現在の代表である友里愛さんは、ヘアドネーション同好会の現状についてこう話してくれました。
友里愛さん:今はメンバーが12名いるのですが、ありがたいことに髪の毛の届く量が増えて、メンバーが足りないって思っています(笑)それでも、ヘアドネーションをもっと多くの学生さんに知っていただいて、協力していただければいいなと思って頑張っています。
現在ヘアドネーション同好会では、30cm以上の髪の毛の寄付を集めています。学生であってもなくても、髪を提供することは可能なので、協力したい方はぜひヘアドネーション同好会に問い合わせてみてください。
苦しむ誰かの力になりたい
様々な困難を二人で乗り越えてきた真莉愛さんと友里愛さん。取材終了後に二人の活動を続ける原動力を教えてほしいと伝えると、「これは原動力とは少し違うかもしれませんが…」に続けて教えてくれました。
真莉愛さん:患者さんの喜んでる姿を見るとすごく楽しいなって。もっともっとやりたいなって思います。
友里愛さん:自分たちの活動に共感してくれる方がいたり、ウィッグを提供した女の子が喜んだり、そのお父さんが喜んでいるとすごく嬉しいんです
彼女たちがどうして様々な困難に立ち向かっていけたのか不思議だった僕は、今回のインタビューを通じて、その答えを見つけることができたように思います。
それは、彼女たちがやりたいことをやり抜く強さを持っているから。そしてその強さの元となるのは、今つらい思いをする誰かが喜んでくれること。小児がんの子供にウィッグを提供した時に、子供や両親が喜ぶ姿を見て、彼女たち自身も素直に喜ぶことができる。そんな、自分の気持ちに対してまっすぐな姿勢の彼女たちに胸を打たれた僕は、ヘアドネーション同好会の活動を応援してたいという思いを強くしました。
もし髪の毛が提供できないとしても、「ヘアドネーション」という社会貢献のやり方があること、そしてヘアドネーション同好会の存在を、ぜひ多くの人に知っていただけたら嬉しいです。
(写真/松本綾香、編集/工藤瑞穂)