【写真】こちらに向かって笑顔を向けるやまぐちあきひとさんとりょうくん

「口唇口唇裂の子だから」ではなくて、ごく普通に、そのままの自分の子として育てています。

そうお話してくれたのは、4人の子育てまっ最中である山口哲人さん夫妻。末っ子である現在2歳の亮くん(仮名)は、お腹の中にいるときに、口唇口蓋裂の疾患があるとわかり、口唇(くちびる)がくっつかずに披裂している「口唇裂」の状態で産まれてきました。

生まれる前は不安があったのですが、生まれてきたこの子を見たとき、全てがガラッと変わったんです。かわいくて、愛おしい感情が溢れました。

【写真】笑顔のりょうくんをぎゅっと抱きしめるあきひとさん

亮くんが産まれた瞬間のことを、穏やかな表情で話す哲人さんが印象的です。4人目の子どもで、口唇口蓋裂があって、大変だったことや喜び……さまざまな感情の入り乱れがあった山口さん夫妻の「これまで」と「今」について伺いました。

「お腹の子に口唇口蓋裂の可能性があると知り、不安でいっぱいでした」

口唇口蓋裂とは胎児のころに何らかの原因で、主に口唇や口蓋(上あご)がくっつかずに生まれてくる病気です。日本では500人に1人の割合で生まれるといわれており、症状は人によってさまざま。適切な時期に正しい治療を受ければ、ほとんど障害は残らないといわれていますが、15~20年ほどの長期にわたり多くの専門家の治療を必要とします。

【写真】室内で遊んでいるりょうくん

「お腹の子に口唇口蓋裂の可能性があるので、精密検査を受けてください」

山口さん夫妻が医師からそう伝えられたのは、妊婦検診のときでした。

哲人さん:すぐに口唇口蓋裂がどんな病気なのかを調べました。インターネット検索で上唇が分かれている画像を見て、頭がまっ白になって。不安でいっぱいでした。

【写真】質問に丁寧に答えてくれるあきひとさん

妻の優子(仮名)さんは、夜、子どもたちを寝かしつけていた間に帰って来ていた哲人さんを見て、当時を振り返りこう話します。

優子さん:電気もつけないでまっ暗な部屋の中、誰よりも落ち込んでいたんです。空気が暗くて、私と目も合わせない。ショックだったんだなってすごく伝わってきました。

しばらく後に精密検査を受けた結果は、やはり口唇口蓋裂の可能性があるということでした。そこで優子さんは、哲人さんから子どもを産むべきか悩んでいることを告げられます。

哲人さん:いじめに遭うことはないだろうか、ほかの病気を併発することはないだろうか、手術費や入院費など経済面はどうなるのだろう……。この子で手一杯になって、上の3人のきょうだいに手がかけられなくなるのではないだろうかなど、当時は思いつめていました。

優子さん:当たり前のように産むつもりでいたので、夫の中に「産まない」という選択肢があるのはやっぱりつらかったです。手術などが大変だとは考えていたのですが、上の3人との違いなんてなくて。大切なのは「これからどうしていくか」であって、「どんな子が生まれてきても自分の子」と思っていました。

【写真】ゆうこさんに甘えるりょうくん

両親に相談をした優子さんは、母親から「産むものだと思っていたよ。パートを辞めてでも手伝いに行くから」という心強い言葉をもらいます。

両親の協力を得た優子さんの決意がますます揺るぎないことを感じた哲人さんは、そこで産む気持ちが固まったのだそう。

優子さん:外見でわかってしまう病気ですし、他の3人の子どもたちへも少なからず影響があるでしょう。夫の思いも戸惑いも、もちろん理解することができました。

子育てで私も忙しいですし、夫も仕事が不規則で何時に帰ってくるかわからない。そのため無理に話し合うこともありませんでしたが、夫が納得して気持ちを切り替えた時はすごいなって。

ハッキリした言葉を交わすことはありませんでしたが、お互いの思いや葛藤を受けとめて、2人は「産む」決心をしたのです。

それからの哲人さんは、生まれてくる子どものために口唇口蓋裂の情報を探したり、病院を見つけてきたり、育休をとったりと、大きく行動が変わっていきました。

「この子を見たとき、かわいくて、愛おしい感情が溢れました」

哲人さんは突然ふわっと優しい表情になって、赤ちゃんが生まれてきた瞬間のことを話してくれました。

哲人さん:生まれてきたこの子を見たとき、全てがガラッと変わったんです。かわいくて、愛おしい感情が溢れてきて。

【写真】りょうくんが遊んでいるところを愛おしそうに見つめるあきひとさん

上唇が分かれている「口唇裂」は妊娠時にエコーで見ることができますが、上あごまで分かれている「口蓋裂」があるかどうか、発音障害の有無や実際の症状については、生まれてくるまでわかりません。哲人さんは、生まれてすぐに赤ちゃんの口の中を覗き込んで、口蓋裂がないことを確認したそうです。

【写真】生後1ヶ月の頃のりょうくん。口唇裂の症状で上唇が分かれている

生後1ヶ月の頃の亮くん(提供写真)

哲人さん:恥ずかしながら、生まれる前は「口唇口蓋裂の子を愛せるだろうか」と不安がありました。口唇口蓋裂という病気を知って、自分の心の奥底に外見によって人を差別する意識があったことに気づいてしまったというか…この頃は病気と真っすぐ向き合えていなかったのだと思います。

ですが、実際はそんなことは全くなかったです。手術する前の、口唇裂がある状態でもすごくかわいいんです。親としての愛情は、上の3人と全く変わりません。

【写真】カメラに向かってピースを向けるりょうくん

山口さん夫妻がもうひとつ心配していたのは、きょうだいの反応でした。自分とは違う見た目にびっくりしてしまうかもしれない、そんな不安がありました。

夫婦で産むと決めてからすぐに、子どもたちにもお腹の子に病気の可能性があることを伝えたそうです。すると小学校高学年の上の子が、「そういえば、学校にも口元に線がある子がいる」と話してくれ、「意外と周りにもいたのかもしれないね」という会話に発展したといいます。

優子さんと赤ちゃんは産後1週間ほど入院し、母子別室のGCU(回復治療室)にいたため、子どもたちは退院するまで面会することができません。そこで哲人さんは、GCUで撮った亮くんの写真を上の子どもたちに見せることにしました。

哲人さん:写真を見た子どもたちが、口元を全く気にすることもなく「かわいい!!」と言っていて。本当に安心しました。

他の子はしてない手術などの経験をしているから、きっとそれがプラスになってくれる

口唇口蓋裂の症状は発音の障害、歯並びやかみ合わせ、中耳炎が重症化しやすいなど、人によってさまざま。一人ひとり必要な治療、手術の時期や回数も異なります。

亮くんは生後2ヶ月半の頃に1度目の手術を、そして2歳3ヶ月の時に9日間入院し、2度目の手術を行いました。

【写真】手術後のりょうくん。鼻や口元に治療の跡が見られる

1度目の手術後の亮くん(提供写真)

2度目の手術では、本人のいやだとか動きたいという気持ちを我慢させなければならず、苦労する場面もありました。

例えば、手術後は術部を触らないよう、入院中は両手を拘束する場合もあるのだそうです。その間は自由に身動きが取れず、親の面会時は抱っこをしてもらうなどして術部に手が触れないようにしなければなりません。もちろん病院からは事前にきちんと説明があり、覚悟もしていたこと。それでも、子どもが我慢している姿に、親としてもつらい気持ちがあったと言います。

【写真】ベッドの上でぬいぐるみや乗り物のフィギアで遊ぶりょうくん。口元には治療の跡が。

2度目の手術後入院中の亮くん(提供写真)

優子さん:病院では術部を触らないよう我慢できていましたが、家ではどれだけ注意しても触ってしまいました。さらに退院後、家で興奮して遊んでいたら術部をぶつけてしまったんです。せっかく我慢して入院したのに、また縫うことになって。その後も抜糸までもたずに、自分で糸を抜いてしまいました。

医師ともよく相談をした上で、決断した手術。それでも「この年齢で手術してよかったのか」「もう少し大きくなり、手術の意味がわかるようになってからの方がよかったんじゃないか」といった迷いや葛藤はあったと、山口さん夫妻は話します。

【写真】インタビューに応えるゆうこさん

優子さん:きっと、小さいときにたくさん我慢したことが将来この子の何か役に立つと信じています。それに、他の子はしてない経験をしていることがいつかプラスになってくれるといいなって。

哲人さん:術後の血だらけの姿を見たときは痛々しいと思ったのですが、代わることもできないので。信じて頑張ってもらおうと思っていました。

亮くんの入院中は、優子さんが昼食の介助に行き、病院と哲人さんの職場が近かったため夕食の介助は哲人さん、というかたちで分担をしていました。またその間、きょうだいも協力をしてくれたのだとか。

優子さん:病院からの帰宅が夕飯に間に合わないこともあって……。やはり親がいないまま夜になると子どもも心配になるみたいでしたが、一番上のお姉ちゃんが、きょうだいに声かけをしてくれて助かりました。子どもたちは自分でどうにかしなきゃと思ってくれていたようです。

【写真】外を歩くりょうくん

「口唇口蓋裂の子だから」ではなくそのままの「自分の子」として育てたい

夫婦で、そして家族で支え合って家庭を築く山口さんご夫妻。冒頭でもご紹介した通りお2人は口唇口蓋裂がある子どものことも、他の3人と同じように「普通に」育てているのだといいます。

「口唇口蓋裂の子だから」ではなくそのままの「自分の子」として育てたい。そんな想いを大切に、周囲とも関係性を築いてきました。

哲人さん:近所の方々にも普通に接してもらえていますよ。病気だから触れちゃいけない、という空気感を作られたりすることもなくて。他の人はわからないけれど、私たちの場合は、症状のことが気になる人には聞いてもらって、その上で納得して接してもらえるのがいいと思っています。

優子さん:例えば見た目が人と違うことでいじめに遭うこともあるかもしれません。でも、いじめられるかどうかは見た目だけが原因ではなくて、上の子たちも含めてどうなるかはわからないこと。この子にもし困ったことが起きても、「病気だから」とすぐに母親の自分が出ていくのではなく、まずは子どもたち同士でどう解決しようとするかを、ちゃんと見守りたいと思っています。

山口さんご夫妻は亮くんの口唇口蓋裂を隠すことはしていません。どんどんと外に連れて行って、「こういう子もいるんだよ」と周りの子どもたちにも見てもらいたいと考えているからです。

そう思えたのは、上の子が所属しているミニバスケットボールチームや地域のコミュニティの存在が大きいのだそう。アットホームで、みんなで子どもを見守る文化があり、たくさんの人が山口さんの子どもたちを可愛がっています。

優子さん:同じ病気の子どもがいる親が集まる自助グループなどのサポートもあるのですが、私たちの場合は地域コミュニティがとても協力的なので今のところ行っていません。近所の方々も「なにかあればお子さんを預かりますよ」と言ってくれる人たちで、周りに恵まれているんです。

上の子どもの行事で家族で学校に行ったときも、周りの子どもたちがこの子の顔を見て、「かわいいね」と触りに来てくれます。どこに行ってもほかの子どもと同じように、かわいいって言ってもらえる。それが救いでもありました。見た目が少し人と違っても、大丈夫なんだなって。

【写真】元気よく走るりょうくんと、その様子を見つめるあきひとさん

哲人さんは、同じような悩みをもつ方に対し、抱え込まないでなるべく早くいろんな人に相談してほしいと言います。

哲人さん:私の場合は、当事者の知人や信頼できる医療従事者との出会いが、大きな救いになりました。また、口唇口蓋裂の赤ちゃんを迎える家族向けの映像を見て学んだり、わからないことはその都度医師に聞くことを意識していました。「適切な医療を受ければ、この子の口唇裂は治る」と信頼できる医師に言ってもらったことも大きかったです。

医師との出会いは、新聞記者の哲人さんが「第4子パパ育休~口唇裂の子を迎えて」の記事を連載したことがきっかけ。記事を見た日本口唇口蓋裂協会の先生が会いに来てくれたのだそうです。

哲人さん:「赤ちゃんがお母さんのお腹の中で怪我をして、その後に生まれてきたのだと思ってください」

「子どもは成長していく中で転んで顔に傷ができるなど、大なり小なり怪我をするもの。そのタイミングが早かっただけ。どうかお母さんは自分を責めないで」

「必ず治る病気です。どうか命の選択をしないでほしい」

協会の先生がこんな話をしてくれたんです。

【写真】りょうくんとあきひとさんが一緒に川を覗き込んでいる

優子さん:私もこの話を聞いてからすごく安心して。周りの子どもに、「どうして口元に絆創膏を貼ってるの?」「どうして手術したの?」って聞かれるんです。そのときに、「お腹の中でケガをして、手術したんだよ」って説明すればいいんだなと思いました。こういった普段の生活の中での対応を、ひとつでも知っていると心強いですよね。

【写真】川辺に集まって中を覗き込むゆうこさん、りょうくん、あきひとさん

いろんな子ども、いろんな子育て――。「いろんな」の定義が変わった

口唇口蓋裂のある亮くんとの出会いで、親として優子さんご自身にも変化があったと言います。

優子さん:病気や障害を抱えている子どもたちに出会ったとき、今まではその子自身を応援する気持ちでいたのですが、その子の親はどういったところに大変さを感じているのか、どんな気持ちで子育てをしているのかなどと想像するようになりました。

いろんな子どもがいて、いろんな親がいて、みんな同じように悩みを抱えながら子育てをしている。今までその「いろんな」は、性格や環境の違いだと思っていたのが、身体の違いなどもあるんだなって。「いろんな」の幅が広がったのかもしれません。

優子さんは自身の価値観の広がりを嬉しそうに話してくれました。その姿からは、日々さまざまなことを乗り越えながらも、子育てを楽しんでいる様子が伝わってきます。

【写真】楽しそうに歩道を歩くあきひとさん、りょうくん、ゆうこさん

山口さん夫妻の、病気だけを重くとらえすぎない、大らかな子育て。その土壌となっているのは、夫婦だけで病気や子育てを背負い込もうとしないあり方なのではないでしょうか。

子どもを信頼し、子どもにも助けてもらいながら家族で支え合うこと。地域の人たちとの、安心できるコミュニティを時に頼っていること。そして、信頼できる確かな情報へのアクセスも鍵となっているのではと感じました。

2児の親である私は、子育てをつい1人で背負い込みすぎて、結果的に子どもも自分も追い詰めてしまう場面が多々あります。自分でなんとかしなくてはという焦り、余裕の無さからくる視野の狭さ……。山口さん夫妻のあり方は、病気のあるなしに関わらず、そんな私を含む子育て中の親たちのヒントになってくれそうです。

(執筆/かんおうかなこ、編集/松本綾香、写真/川島彩水、企画・進行/杉田真理奈・松本綾香)