【写真】住宅街を背景にカメラに向かって微笑むせたひろやせんせい

新しい環境で頑張る皆さんへ、元気にしていますか?

春は、出会いと別れの季節。

慌ただしい4月の新年度を迎え、3月の寂しさをうまく消化しきれないままにただ蓋をして、世界は次の季節に向かっていく。春が巡ってくる度に、この気持ちを繰り返しているような気がしています。

高校・大学と進むにつれて徐々に地元を離れて進学してきた僕も、どこかに寂しさを抱えたまま、ワクワクする未知の世界に飛び込んでいきました。

環境の変化による自分への影響で、特に鮮明に覚えているのは高校2年生の春。

部活のリーダーを務めることになったちょうどそのタイミングで、顧問の先生が変わってしまったこと。進級して勉強のハードルが上がったこと。新しいクラスでの友人関係に悩んだこと。

周りには分かりづらい、だけど自分にとっては大きな環境の変化やストレスが一度に押し寄せてきて、不安で胸が押しつぶされそうでした。声や表情が暗く、クラスメイトから心配されていたな、と今では懐かしさを感じます。体調も崩してしまい、保健室で話を聞いてもらったことを覚えています。

5月の連休後に憂鬱な気分になり、会社や学校に行きたくないなどの精神的な症状としてよく「五月病」という名前を聞きますが、もしかしたら、あれがいわゆる僕の五月病だったのかもしれません。

時が経って今、自分自身の環境が劇的に変化することはあまりなくなり、その代わりに友人や後輩の門出を見送る立場が多くなりました。

5月になって、少し落ち着き始めた時期でしょうか。みんな、元気にしていますか。 新しい環境でどうしようもない気持ちを抱えきれなくなった時、頼れる人はいますか。

遠くへ行ってしまった大切な友人にも、高校時代の苦い経験がある自分だからこそ、何かできることはあるかもしれない。心の不調に効くような処方箋を届けたい。

そう思ったとき、情報を必要としている人にちゃんと届くように、専門家にお話をお聞きして記事にしたいなと思いました。

【写真】ロコクリニック中目黒の外観

お話を伺ったのは、「ロコクリニック中目黒」の瀬田宏哉先生。東京・中目黒にあるロコクリニックは、子どもから高齢者まで世代を問わず受け入れ、内科、外科に加えて小児科や心療内科なども診ています。夕方や週末も対応しており、患者さんの身体面・精神面双方の様々な困りごとや相談に対して、幅広い視点で診療にあたっている「ケアの拠点」ともいえるクリニックです。

これまで瀬田先生には「心身の不調との付き合い方」や「冬季うつ」、「習慣の再構築」など、自分の体や心と向き合うための知見を、soarの記事でご紹介いただきました。

今回は五月病に関する素朴な疑問から、日常の中で取り組める対処法まで、さまざまなことをお尋ねしました。

休み明けがつらい、でもその気持ちをなかなか打ち明けられない人に届きますように。

「五月病」ってよく聞くけど、一体なんですか?

【写真】クリニックの待合室でインタビューにこたえるせたせんせい

ーー五月病は、毎年5月のゴールデンウィークを過ぎたあたりからよく耳にするようになると思います。そもそも五月病とは、どういう病気なのでしょうか?

五月病は正式な医学的名称ではないんですよ。あえて名前をつけるとすれば「適応障害」になります。適応障害とは、何らかの特定の状況がストレスとなり、心身にさまざまな症状がおこる病気です。

ーー正式な病名ではないんですね。友達同士でも、軽い気持ちで「仕事のやる気が出ないな。五月病かも?」と冗談で言ってしまうことがあると思います。

五月病というライトな言い方があることによって、一般的に使いやすかったり、半分笑い話っぽく使われたりもしていますよね。この時期に起こりうる症状の総称や合言葉、ニックネームのように使われている印象があります。

ーー一般的に浸透している印象がありますし、自分も過去に似たような経験があるので、五月病という名前には納得感がありますね。

環境が変わってしばらく経ったあとに、長めの休みがあって調子が戻りにくくなることはあるんですよ。4月に新しい生活がはじまったあと、ずっと“オン”になっていた。でもゴールデンウィークで“オフ”を挟むことによって、休み明けになかなか“オン”に戻れない。5月にそれが起こりやすいので五月病と言われていますけど、実際にはいつでも起こり得ることなんです。

ーー必ず5月に起こる、というわけではないんですね。

そうですね。もし五月病のような症状が6月に発症したとしても、新年度である4月からの約1〜2ヶ月後という期間で、いつ緊張の糸が切れるのかには個人差があるため、そのタイミングで発症することはあります。

ーー確かに、5月でも6月でも、よく考えてみれば1ヶ月程度の差があっても大きな問題ではなさそうです。

日本における進学・進級は4月スタートの場合が多いですが、インターナショナルスクールの多くは9月に入学することが一般的です。会社であれば中途採用や部署異動は年中いつでも起こる可能性がありますよね。

五月病と同じような症状は僕らも年中診ることがあるので、それが起こるのは人それぞれ。あまり「何月に起こったか」ということに固執する必要はないですね。

メンタルとフィジカル。五月病で現れる症状はさまざま

ーー具体的に、五月病ではどのような症状が現れるのでしょうか?

大きく分けて精神的な症状と身体的な症状の2つの話があります。精神的な症状には、気分が落ち込んでしまう、意欲が出なくて外出する気にならない、休日になったらとにかく寝ていたい、睡眠が乱れる、仕事のパフォーマンスが出なくて集中できない、頭が回らない……など、さまざまです。

例えば、食べることが好きで楽しみの一つだったのに、食べても美味しく感じない、食べる気力も起きないなどの変化が起きてしまいます。

ーー「メンタルが不調になる」といっても、幅広い症状があるんですね。では、身体面はどうでしょうか?

身体的な症状は、特に決まった症状があるというよりも、その人の状況によってさまざまで、個人差があります。頭痛、めまい、ふらつき、痺れ、胃痛、下痢、動悸、呼吸が浅くなる、喉が詰まった感じがする、ぴくぴくとまぶたが痙攣している……など多岐に渡ります。

【写真】待合室の椅子に座りながら話すせたせんせい

ーーいろんな形で身体に影響が現れるんですね……!ちなみに、すごく基本的な質問で恐縮なのですが、身体的な不調が出るか出ないかは、五月病の深刻さ度合いが関係しているのですか?

いえ、精神的な落ち込みはあるけれど、身体的な症状はあまり出ていないケースはあります。もしくは、精神面の不調は自覚が無いまま身体的な症状だけ出ており、結果的にはメンタルの不調が異常のサインだったと後から判明することも。ただし、症状が重くなってくると、精神的にも身体的にも両方はっきり出る人はたくさんいます。

ストレスがかかったとき身体にどういう影響が出やすいかによって、人それぞれ違う症状が出る場合もあるんです。元々頭痛持ちの人は頭痛が悪化するとか、ストレス負荷がかかると下痢をする人は下痢の症状が出やすいとか。また、最近父親を心臓の病気で亡くした人は心臓の痛みが出やすい、というふうに、過去の症状や周囲の情報に影響されやすい一面もありますね。

同じような変化であったとしても、人によって感じ方は違う

ーー不調になる部位がどこであるかにも、何か原因が隠れているかもしれない。当事者にとってよく起こることであれば、それがまさか精神的な不調によるものだとは予想しづらそうです。実際に瀬田先生のロコクリニック中目黒を受診する人の中で、五月病の相談で来る方はどれぐらいいるのでしょう?

自ら「五月病なんです」と受診する人はほぼいないですね。5〜6月頃の相談数はいつもより若干多いかな?という程度で、先ほども話した通り1年中起こっていることなので、この時期だけ特別に相談者が増えるわけではありません。

ーーみんなが自分の状態を完全に理解した上で病院に来れるとは限らないですよね。

相談に来る人の中には、環境の変化が原因だと自覚があるタイプと、自覚がないタイプの2種類の方がいる印象です。

前者は、「変化に伴ってこんなことが起こり、今はこういうことが辛い」と言語化できる。後者は、ただ「頭が痛い」「胃が痛い」など不調についての相談で診察に来ており、話を聞いているうちに環境の変化が原因なのだと判明する。環境の変化がその不調を引き起こしていることを本人は自覚していないんです。

【写真】真剣な表情でお話するせたせんせい

ーー僕が高校生の時、どうしても胃が痛くなって保健室に行ったことがありました。そこで先生と話しているうちに、友人関係で悩んでいることを自然と打ち明けていたことを思い出します。それが原因で胃の痛みが現れたとは全く予想していませんでしたね。

環境の変化に対してはいろんな症状が出ます。なので「環境の変化が原因です」と診断をつけることは、相当難しいんですよね。今回は五月病をテーマにお話をしていますけど、実際の診察の場面では、例えば「胃が痛い」という患者さんの訴えがあって、そこから原因を探していくわけです。

もしかしたら、胃潰瘍のせいで痛いのかもしれないし、環境の変化によるストレスのせいで痛いのかもしれない。採血で「あなたの胃の痛みの原因は、環境の変化によるものです」と結果にはっきり出てくればいいんですけど、そうはいかない。

可能性ベースでいろんな話やアドバイスを伝え、試した治療によって結果的によくなったら「あれが原因だったんだね」と特定ができるんです。

ーーまずは身体的な病気ではないことを確かめたあと、その後に本人に何か変化があって、ストレスがかかっていないかなどを確認するんですね。

変化は環境の話だけではないですし、同じような変化だとしても人によって感じ方は全然違います。周りから見て小さい変化だったとしても、本人にとっては大きな変化だったりするんですよね。上司が変わる、連絡の経路が変わる、といった些細な変化でも、日常生活の中で起きている仕事の流れやルーティンが変わるため、大きなストレスになっていることがあります。

そして、「社会人なんだから、当たり前にやらなきゃ」と思って、自分にとっては大きな変化だと認識していないこともあって。それがストレスとなって重なり、気付いた時には心身の不調などのサインとなって出てしまうんです。

“完璧な自分”のイメージを抱きすぎないで

ーー微妙なサインをキャッチできるかどうかって、とても繊細で難しいことですね。こういった環境の変化で引き起こされる五月病や適応障害は、どのような人が発症しやすいのでしょうか。

性質的な話では、よくうつ病でも言われることですが、責任感や義務感が強すぎる真面目な人は、手を抜けないがために心身の調子を崩しやすい傾向にあります。

それと、プライベートとのバランスを崩しやすい人。仕事の期待に応えなきゃ、自分の理想に近づけなきゃと思って、生活を疎かにしてしまう。バランスが仕事側に寄りがちな人は、心身の調子が崩れやすいようです。

ーー僕も、自分では真面目なタイプだと思うので、ついギリギリまで自分一人で仕事を抱え込んで、プライベートも疎かにする傾向にあります……。

今おっしゃっていたように、他人に自己開示するのが得意でない人もいますよね。頭から悩みを出すことはとても大事なこと。それは紙に書き出すことかもしれないし、ただ人とお喋りすることにも当てはまります。日常的に言語化することが癖になっている人は、五月病になりにくいんです。

悩みを相談できる人があまり周りにいない、一人で抱え込みがちな人は発症しやすいと思います。

【写真】屋外で両手を使って手振りをしながら話すせたせんせい

ーーモヤモヤしていたことが言語化されることで、客観的に見直すことができたり、自分の中で腹落ちさせることができたりと、それだけでいくらか心が軽くなる気がします。目の前のことに精一杯になってたら、つい後回しになってしまいそうですね。

日本には四季があるので、季節の移り変わりを捉えやすい国だと思っていて。春、特に4月は寒い冬を越えて桜が咲き、外の景色が華やかになりますよね。そういった中で、「みんなそわそわ、ワクワクしている」「みんな頑張っている」「新しいことが動き出す」という空気感が社会全体で出やすくなります。

そんな新年度・新生活を迎えるにあたって、“4月から始まる自分”のイメージみたいなものがあると思うんですね。真面目な人ほど、想像していた華やかなイメージとズレがあった時に、自分の頭の中で修復できない。抱いたイメージに対して完璧を求めてしまう、自分のミスや失敗を絶対に許せない、という思考パターンの人は心身の調子を崩しやすいですね。

崩れ始めた予兆を感じたとしても、「もっと踏ん張らなきゃ」ってさらに気を負ってしまうんです。そうして、春先に心身の調子を崩してしまい、“みんながワイワイしている”ように見える大きい流れから外れてしまうと、春頃の社会の雰囲気がつらくなってしまうのではないでしょうか。

【写真】道を歩きながら話すせたせんせいの左手

調子がよくないかも。気づいた時に駆け込める「かかりつけ医」のすすめ

ーー春が巡って来るたびに漠然とした不穏な心持ちだった理由がわかり、それだけでモヤモヤが晴れて少しスッキリした気がしました。僕はギリギリまで我慢してしまうことがたまにあるのですが、どのラインを超えたら病院へ行くべきなんでしょうか。

まず、わかりやすいのは調子がよくなくて仕事を休んでしまう時です。朝どうしてもつらくて起きられず、仕事を急遽休んでしまったとか。

あとは、仕事で大きなミスが続いてしまうなどもありますね。自分の中だけの症状ではなくて、周囲に影響が出てしまっていることがあれば、受診のタイミングだなと思ってもらった方がいいです。

ーーそれは明確でわかりやすいので、病院へ行く決心もつきそうですね。

医療機関を受診する“閾値”は、人によって全然違います。だから、どのラインを超えたら、というのは難しい質問なんですよね。かなり早めに受診する人もいれば、心身の調子が崩れないと受診しない人もいるでしょう。

先ほど言ったような日常生活に影響が出ている状態は最終ラインです。普段から医療機関を受診していてハードルが低い人は、影響が出る前から早めに相談しておくといいかもしれません。

ーー仕事を休んでまで病院へ行くべきか、どんなふうに相談しようかな……なんて、僕はつい二の足を踏んでしまうタイプです。

環境の変化に敏感な人もいれば、自己開示しづらくて症状があってもなかなかすぐに病院に来ない人もいると、診察を通して感じています。弱いと思われたくない、仕事やキャリアに影響が出るので倒れるわけにはいかない……など、いろいろな要因があるように思えます。

それによって病院に到達するのが遅れたり、気分の沈みが強くなってから相談に来たりする方もいらっしゃいますね。

ーーそんな時に、行き慣れた病院があることの大切さを感じます。

はい、相談相手として適切な医療機関を持っていることは大切です。いわゆる「かかりつけ医」と言われるような、「こんなことを相談してもいいのだろうか」と思う些細な悩みでも相談できる医療機関があれば助かりますね。

【写真】ロコクリニック中目黒の診察室。壁には大きな木に集まる鳥たちの絵がやわらかな色彩で描かれている。

とは言っても、心身の異常が起きた時に、どの病院を受診すればいいのか迷うと思います。何でも診てくれるかかりつけ医がいればそれも一つの選択肢。もしくは、必ずしも最初から精神科や心療内科に行く必要はないので、症状が一番強く出ている部位に対する治療を専門とする病院に行ってもいいんです。

ーーまずは症状に合った病院へ行ってみるということですね。

そうですね。例えば頭痛がある場合は、まず頭痛外来に行ってもいい。受診した結果、「頭は大丈夫だし、身体的な異常はない」と確認できれば、次のステップとして精神科や心療内科に相談に行くという流れです。

そうやっていろいろ回った結果、最終的に精神科・心療内科に行き着くケースは少なからずあります。遠回りに感じるかもしれませんが、それはとても大事なプロセスなんです。

最初に精神科の病院を受診したとしても、そこでは身体的な検査ができない場合があるので、先に身体的な異常の可能性を除外をしておくことも一つの選択肢だと思います。

ーーたしかに、それが取り入れやすいファーストステップかもしれません。

精神科単科でやっている医療機関と、心療内科や内科を併設している医療機関とでは、後者の方が身体的な疾患も少し診てくれる可能性があります。精神科を受診したいけれどハードルを感じるという方でも入りやすいでしょうね。

不調のサインに気付くために、自分の性質を知る

ーーここからは、環境の変化があったとしても健やかでいるために、自分自身ができることを教えていただきたいです。バランスが崩れてしまう前に回避するには、どう自分の心と向き合えばよいのでしょうか?

過去に心身の調子を崩したり、適応障害になったことがある方は、同じような症状が「サイン」として出てくることが多いです。前回よりも早くキャッチできるようになっているはずなので、もしまた同じサインが出たら注意してねとよく言っています。それは何らかの調整をかけた方がいいタイミング、言わば「黄色信号」なんです。

考えてみれば、人間の人生って変化は繰り返しあるもの。だからこそ、変化のたびに注意しなければいけません。一度経験したことを次に活かしていくことが大切です。

ーー苦い経験だとしか捉えていなかったことも、今後の人生に活かすことができる教訓になるんですね。

【写真】椅子に座り右手でジェスチャーをしながら話すせたせんせい

そうなんです。でも今まで心身のバランスが崩れた経験がない人はどこまで自分ができるか分からないし、何に対してストレスを感じるかも分からないでしょう。だから、まずはとにかく全力でやったらいいと思うし、必要以上に気をつけ過ぎる必要はありません。

それでもし心身の調子が崩れることがあったならば、長く無理なく働き続けられる方法を模索すればいいと思います。

身の回りの環境が変わった時、そこにアジャストするのが上手な人もいれば、時間を掛けて自分なりに噛み砕きながら調整していくタイプの人もいる。一見、前者の方が最初から評価が高く、良い成果が出やすいかもしれません。

でも、1年後、2年後には、どちらの方が結果が出ているかどうかは分からないですよね。だから、自分の性質を知ることがすごく大事なんです。

ーーすごくよく分かります……! 僕は自分なりに一つずつ納得していかないと次に進めないので、他の人とのスピード感に差があると焦ってしまうんですよね。

新しい環境になって、結果を出さないといけないという思いは当然あるはず。そんな気持ちを「短期間」であまり考えすぎないことです。

周りから良い印象を持ってもらわないといけない、頑張って関係性をつくらないといけない、言われた仕事は全部引き受けないといけない。そんな風に最初から肩に力が入りすぎるとキャパオーバーになり、崩れてしまう可能性が高まります。

長い目で見てパフォーマンスを発揮できるように、短期間ではなく「中長期」で成果を出すイメージをもって変化に臨んだ方がいいでしょうね。

ーー自分の性質を理解して、中長期で結果を出すんだって目標を掲げられていたら、安心感もモチベーションも全然違いますね。とはいえ、自分にはどんなやり方が合っているのかを知るのは難しそうな気がします。

自分の性質を知ると言っても、そんなことを語り合える人ってあまりいないですよね。遠慮してしまって友達や家族とは話しづらいかもしれません。ですので、医療機関やカウンセリングを通して、専門家から客観的な意見をきくことも大事だと思います。家族と医師とでは、同じことを言ったとしても響き方が違うはずなので、いろんな立場の方と話してみるのがいいと思います。

自覚することは、記録することとリンクする

ーーここまで、自分の症状や思い悩んでいることを言語化すること、環境の変化や自分の性質について自覚することが重要だというお話が続きました。しかしその一方で、言語化することが苦手な人も多いはず。悩みを打ち明けられずに抱え込んでしまう僕のような人が、自分だけでできる対処法があればぜひ教えてください。

他人に話すことだけに限らず、自分の状態を記録することも効果的で、大事なことなんですよ。今日感じたことや思ったこと、体の変化、女性であれば月経の有り・無しを書いて、レコードする癖をつけておくといいかもしれないですね。

他にも、就寝時間や起床時間、今日は何をしたのか、天候はどうだったか、どんな症状があったのかなど、ポイントをいくつか書いてレコードをしていけば、自分が全く意識していなかった傾向や統計が結果として出る可能性があります。

ーー言葉ではなく、記録するだけ。ハードルはグッと下がりますね。

自己肯定感がとても低く、他人に褒められているのに心に響かない、ネガティブな言葉ばかり拾ってしまう人にも、この方法は試してみてほしいです。褒められたこと、自分の中で起きた嬉しいこと、生活していて感じた良いことだけをメモしていくノートを作る。携帯電話のメモ機能でもいい。

そんな記録をつけていくとポジティブな思考が沁みついて、褒められた言葉が耳に残りやすくなるんです。

【写真】笑顔でインタビューに応えるせたせんせい

自覚することは、記録することとリンクします。よく自分のことを書く人は、自分を客観視できている人が多いんですよね。頭の中でぐるぐる考えているだけだと、なかなか自覚しにくいですから。

ーー記録することで、自分からのサインをキャッチしやすくなるんですね。

人によって、ビジュアルの分かりやすいものがいいのか、文字をつらつら書くのがいいのかなど、得意不得意は異なります。自分なりのやり方で言語化してアウトプットすると、傾向や性質を自覚しやすくなるでしょう。何と何がリンクしているか見えやすくなりますよ。

生活習慣で日常にオン・オフをつけ、自分との約束を守る

ーーここまで心身の調子を崩さないようにする方法をお聞きしてきましたが、何か打開策はないかとインターネットで調べると、「きちんと休息を取り、生活習慣を守りましょう」といった解決方法をよく目にします。でも「そりゃ生活習慣は守った方がいいよね」と感じて、あまりピンと来ないまま終わってしまいます。本当に生活習慣を変えるしか方法はないのでしょうか?

守るべきとよく言われている生活習慣には、一個ずつちゃんと意味があります。まずそれを理解しないと、その重要性が分からないですよね。

睡眠に関しては、適応障害になる時には脳がダメージを受けているので、脳を休めることが絶対に必要なんです。適応障害は、環境の変化に対して過緊張が続いている状態。「しっかり睡眠を取りましょう」という話はつまり、「日常生活にオンとオフをつけましょう」という話なんです。

ーー確かに、睡眠の質によって、活動中の気分に大きな差が出たりします。

あまり寝れず、休息が浅いままの状態で朝を迎えてまた仕事に行くと、「一日が頭の中でまだ終わっていない」という状況になります。昨日の緊張や不安、嫌なことが頭に残ったまま次の日を迎えているので、脳が連続性を感じてしまうんです。

前の晩に気分が優れなかったり、集中力がなくてやる気が出なかったりしても、ぐっすり眠れると頭がリセットできて、「あーよく寝た」とすっきりした気持ちで起きれますよね。この感覚が大切です。

ーー脳をリセットするためにまずできることが、毎日の睡眠なんですね。しかし中には、寝たいのに夜になるとストレスで眠れない人もいるのではないでしょうか。

確かに、大事だと分かっていてもオン・オフをつけることは難しいです。そこで睡眠の他に有効な生活習慣が運動です。運動をすることでストレス耐性が上がる、リセットされて気持ちが切り替わる、夜に寝付きやすくなるなど、さまざまな効果があります。

運動をすれば、強制的に身体がオンになりますよね。そしてその後、シャワーを浴びてゆっくりしていたら自然とオフになっていく。オンとオフの間を行ったり来たりすることを、運動によって強制的に起こすことができるんです。

ーー運動して一息ついた後ってぼーっとしてしまいますが、それは身体や脳がオフに切り替わっているんですね。

ずっと仕事のことを考えてしまい、頭の中がオンの状態のまま思考がぐるぐるしていて寝られない。そんな状況に陥ると、体は疲れていないのに脳だけが疲弊してしまいます。だからこそ、睡眠や運動で、オン・オフを効きやすくしていくことが大切です。

【写真】道路を歩くせたせんせいの足

とはいえ運動するために新たにジムに通い始めるのはハードルが高いです。まずは、移動の際にエレベーターではなく階段を使う、一駅前で降りて歩くなど、日常生活の中で+αできるものを取り入れることをおすすめします。

グラデーションをつけるイメージで、運動が習慣化されてきたと感じたら、多少強度を上げていくようにしましょう。日常生活から離れ過ぎず、いかに近いところで工夫できるかが大事です。

ーーあまりに急に大変なことをし過ぎて継続できなかった場合、「できなかった……」と逆に精神的なダメージを受けてしまうかもしれませんよね。

ちゃんと毎日歩くという生活習慣を死守するだけでも、心身の状態は全然違いますよ。自分にとって、どんなことなら最低限できるのかを考えることが大事。生活習慣全体に言えることですが、「この生活習慣だけはちゃんと自分で守っている」という感覚が、自分にとっても重要なセーフティーネットにもなるかもしれません。

ーー自身を健やかに保つためにも、自己肯定感に繋がりそうな大事なポイントですね。

食事も、栄養面での必要性はもちろん、「めちゃくちゃ忙しいけどご飯はちゃんと食べています」という精神的な支柱になります。

反対に、忙しすぎてご飯が食べれないとき、「忙しさへと完全にシフトしてしまい、生活習慣すら守れていない自分」だと自分を責めてしまったりもしますよね。自分に対して肯定的な気持ちでいるためにも、最低限の生活習慣や、大事な自分との約束事を守っているという感覚は持っておくといいかと思います。

日頃から“小さな声かけ”ができる関係性を大切に

ーーこれまで幾度か友人からSOSを求められたこともありました。その度に、無知な自分に無力感を感じて……。自己開示が苦手な人もいると思うのですが、周りの人は何ができるのでしょうか。

もし職場の同僚であれば、同じ環境の中にいるので共感しやすい可能性が高いと思います。関係性の構築は普段から目指した方がいいでしょうし、大変さを共有するような声かけがあっていいと思います。愚痴を言って、「だよね~」「わかる~」と言える間柄は大事な関係性です。

ただ同じ職場であっても、立場によって関わり方は異なりますよね。もしあなたが上司や先輩といった上の立場にいるとしたら、体調が悪くないとわかっていても、早いうちからとにかく「何かあったら声をかけてくれ」と言ってあげておいた方がいい。そんな会話のキャッチボールが一回あっただけでも、実際に何かあったときに本人から声をかけやすくなります。

ーー新人の頃は特に気を遣いますから、上司からそう言ってもらえるとすごく気持ちが楽になりそうです。

上司には、今はバリバリ働いているけれど、過去に調子を崩した経験がある人もけっこう多いと思います。そのエピソードはすごく大切だと思うので、話してあげてもいいかもしれません。それを聴いた部下からすると「あ、上司にもそういう時期があったんだ」と思うだけで頑張れたりするし、何かあったときに打ち明けやすくなるはずです。

それに、過去に自分が調子を崩したことがある人は、他人の表情の変化も敏感に感じる人が多い印象です。

【写真】路地に立ち手を動かしながら話すせたせんせい

ーーそういった変化に気づいてくれる人の存在は、本当にありがたいですよね。

「なんか最近、表情がかたいな」「声がいつもより暗めだな」という変化は、言葉にしなくても周りの人からすれば感じるもの。特に今がつらい人は、自分が組織で浮いているんじゃないか、自分の評価が低いんじゃないかとネガティブに感じながらも、そのネガティブな悩みを出せないでいることが多い。

その時に、気にかけてもらったという思いだけでありがたいと感じるし、楽になることもある。それだけ小さい声かけが大事だと思いますね。

ーー職場の同僚や上司ではなく、家族や友人などの近しい存在は、本人の仕事における大変さを把握できない可能性も高いと思うんです。だからこそ「頑張って」としか言えないときもあると思うのですが……。

家族や友人の言葉が力になることもありますが、「頑張れ」という言葉だけだと逆に言われてつらくなるパターンが多いです。あっち行っても頑張れと言われ、こっち行っても頑張れと言われたら、「もう頑張ってる。頑張れないから今こうなっているのに。家族にまで言われたらおしまいだ」と思い詰めてしまいます。

家族だからこそ、もっと頑張ってほしいと期待をかけてしまう部分もあるかと思いますが、「もっと頑張りなさいよ」といった発言は、残念ながらポジティブに働くことはあまりありません。

そうではなく、その人のセーフティーネットであるために、「それは大変だよね、本当によく頑張っていると思うよ」とその人の気持ちに共感し、「つらかったら無理しなくていいよ」と言ってあげられる存在になった方がいいと思いますね。

そして受診を促すときにも、その人の気持ちに寄り添った言葉をかけることが大切です。「まずは大きな病気じゃないことだけでも分かったら、少し安心するんじゃないかな」「身体の症状が軽くなるように、少しお薬をもらってみたら?」などと伝えると、受診をためらう方も行ってみようかなという気持ちになるのではないでしょうか。

最後に、今心身の不調で悩んでいる方に伝えたいのは、一人で悩んでたくさん無理をして頑張ろうとせず、「人に頼っていい」という心持ちが大切だということ。人はみんな支え合って生きているので、いろんなバイオリズムの中でお互いに助けたり助けてもらったりするものだって知ってほしいです。

あとは、生活習慣の構築や優先順位のつけ方、周囲の人に相談する、クリニックを受診するなど、ちょっとした工夫や勇気で現状はきっとわずかでもよい方向に向かうと思います。この記事を読んだら一旦深呼吸して立ち止まって、できることを一つでも実践してもらえたら嬉しいです。

心の中でお守りを握りしめる

この記事が、大切な人に届きますように。そんな想いでインタビューをしていましたが、瀬田先生のお話を聞き、この記事を書いているうちに、いつの間にか僕自身の心もほぐれていくような感覚でした。

自分が味わったあの頃の苦い経験を、こうして言葉で表現するだけでも心が軽くなります。多くの人が五月病のような症状で悩んでいて、もしかしたらこの感覚を共有できる人がいるかもしれないと思えることも、安心感があります。

きっと周りにいる人が悩んでしまうことだってあるはず。しかし、「頑張ろう」と言い合える関係、「頑張らなくてもいいよ」と言ってあげられる関係、どちらも大切で必要なことなんだと、瀬田先生に教えていただきました。苦しさが分かる部分、分からない部分があって当たり前で、僕だからこそ掛けられる言葉を選べばいいのだと。

日常の中で自尊心を守れる方法があったり、他者と手を取り合うことで解決できる余地があったりと、心身の調子を崩してもけっして手詰まりにはならず、希望があることを見出せた気がします。

すぐに心の不調を治してくれる万能の薬はない。でも日常生活のちょっとした工夫で、心の中に“お守り”を持つことができるのだなと思いました。

【写真】路地に立ち、カメラ目線で微笑みながら腕を組むせたせんせい

「みんな頑張っているから。私も同じように手は抜けないし、休んでいる暇はない」

そう思ってしまう人たちが、瀬田先生の言葉を読んで、少しでもその緊張を和らげてくれたら。周りにいる人たちがちょっと声かけをする勇気を持てるように、その後押しができたら。

遠くで暮らしている大切な友人にも、誰かに頼るのをためらう人たちにも、お手紙のようにこの記事が届いてくれたらいいなと思います。

関連情報:
ロコクリニック中目黒 ホームページ

(撮影/川島彩水、編集/工藤瑞穂、企画・進行/小野寺涼子)