【写真】笑顔でこちらをみているやまぐちけんたさん

「お米の一粒一粒は農家さんが大切につくったものなんだから、残してはいけません」

小学校1年生のときに担任の先生に言われた言葉を、今でも食事中にふと思い出すことがあります。そして誰かが茶碗に残した米粒を見て、先生の言葉が蘇るとともに「あーあ」と思ってしまうことも。

だけど、時々思うことがあります。「食べ残しはいけない」「きれいに食べるべき」「好き嫌いはするものではない」そうした「食」に関する「正しい」とされていることは、本当に正しいのでしょうか。それはもしかしたら個人の価値観のひとつにすぎないかもしれないし、違うものさしで見てみたら、正しいとも言い切れないかもしれません。

私がそんなことを考え始めたのは、友人のSNSの投稿を目にしたことがきっかけです。

「学童期から“会食恐怖症”という症状に悩まされてきました」という彼女。会食恐怖症とは、「人と食事をするのが苦手だ」と感じる症状のこと。いろんな人と関わりながら仕事を進めている友人は、とても社交的な人に感じていて、私もこれまで一緒にカフェに行ったり、食事の場にお誘いしたこともありました。

調べるうちに、自分の中に「人と食事を囲むのは楽しいこと」という無意識の“当たり前”があったことに気付かされました。そして同時に、私は私の食に対する価値観で友人や誰かを苦しめていなかっただろうかと思い始めたのです。

話がしたいと思って会ったときに、彼女が手渡してくれたのは一冊の本。自身も会食恐怖症の当事者である、山口健太さんの『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』でした。

【写真】やまぐちさんの著書『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』を手に取っている様子

彼女は様々な話をしてくれました。家庭や学校などで厳しい教育を受けて症状が出始めたこと、山口さんの本に出会って症状の名前を初めて知ったこと、そして山口さんの講座を受講して、自分自身や苦手なものを受け入れられるようになっていったこと。

「今の私があるのは山口さんのおかげ。感謝を伝えたい」そんな友人の言葉と本を携えながら、今回山口さんにお話を伺うことができました。

多くの人が毎日日課としている食に関することは、誰にとっても無関係ではないといえそうです。食にまつわる困りごとの克服のプロセスや、どうしたら私たちは食と自分らしく付き合うことができるのかを山口さんと一緒に考えたいと思います。

「誰かとご飯を食べること」が苦手だった山口さんのこれまで

一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会の代表であり、会食恐怖症の当事者経験がある山口さんについて、soarでは2018年に取材しました。

【写真】笑顔で外を歩くやまぐちさん

幼少期から、家族とともに食事をすることに緊張していた山口さん。ご両親は頻繁に喧嘩をして、食事中もほとんど喋らないことも多かったため、食事に「楽しい」というイメージを持てなかったといいます。

会食恐怖症の症状が出るひとつのきっかけになったのは、高校時代の野球部の合宿ですね。体重を増やして身体をつくることに厳しい顧問の先生に、合宿で大量のご飯を食べることを要求されていたんです。ある日大勢の部員が食堂に並ぶ緊張の場面で、食べきることができずに怒鳴られてしまって…。

それから誰かとご飯を食べることに強い苦手意識を持つようになりました。

高校時代は症状に悩まされてきましたが、大学生になると少しずつ症状を克服していきます。

新歓コンパなど、「話す」ことがメインで食事量にあまり注目されない場所になら参加できたんです。それで少しずつ自信を持てるようになっていきました。またアルバイト先の寿司屋のまかないを食べるときに、「練習だと思ってゆっくり食べていいよ」と声をかけてもらったことがきっかけで、徐々に緊張せずに食事ができるようになっていきましたね。

症状を克服したあとに、会食恐怖症についての情報発信が自身が高校生の頃と変わっておらず、当事者が必要な情報をほとんど得られない状況であることを知ります。

「今、会食恐怖症に悩み、苦しんでいる人のサポートがしたい」

そう考え、山口さんは会食恐怖症で悩む人に向けた発信や当事者同士が安心して過ごせる場づくりの活動を始めました。

当事者が出会い、つながり、支え合う場を

2017年5月、山口さんは一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会(以下、協会)を設立。これまでメルマガ、SNSを通した情報発信や、相談会、カウンセリング、講座運営、当事者コミュニティの運営などを行ってきました。

会食恐怖症については協会の顧問の杏林大学名誉教授でありはるの・こころみクリニック院長の田島治先生、嘔吐恐怖症については赤坂クリニック(東京都港区)で診療されている貝谷久宣先生福井至先生の力を借りながら、事業を進めているそうです。

会食恐怖症の一般的な認知度はまだ低く、当事者の方であっても自身の症状に気づいていなかったり、症状に悩んでもどうすればいいのかわからないという人も多いです。そこで協会が主宰する当事者コミュニティSinkaでは、会食恐怖症について知ることができるだけではなく、当事者同士が出会い繋がる場づくりをしています。

またオンライン相談では、協会による会食恐怖症克服支援アカデミーの講座を修了し、認定試験に合格した「会食恐怖症克服支援カウンセラー®︎」の方に、LINEやメールを使って無料で相談することができるそう。カウンセラーは症状や悩みをヒアリングしたり、近くの病院を一緒に探したり、当事者経験のある方はピアサポートとして自身の経験を伝えるなどしています。

2018年の取材当時は、著書『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』(内外出版社)を出版したばかりで、会食恐怖症の当事者支援を中心に活動を行っていた山口さん。現在は子どもの偏食で悩む方へ向けて書かれた『食べない子が変わる魔法の言葉』(辰巳出版)や嘔吐恐怖症に寄り添う『「吐くのがこわい」がなくなる本』(ダイヤモンド社)を出版するなど、大人から子どもまで「食」にまつわる困りごとに取り組んでいます。

2019年秋から始めたのは、「食べなくてもいいカフェ」。会食恐怖症の当事者の方が、「食べなきゃいけない」「残してはいけない」という心配をせずに食事ができる場を体験してほしい、という思いから生まれたイベントです。

「食べなくてもいいカフェ」は飲食店の店舗を借りて開催します。用意されたお菓子や飲み物は食べてもいいし、食べなくてもいい。運営スタッフも、当事者経験があったり、理解のある方のみで構成されています。

当事者の方が集まって、自分の経験を共有したり、話し合ったりするのですが、初対面でもお互いに共感できることも多く、ぐっと距離が縮まります。

【写真】インタビューに応えるやまぐちさん

安心して食事ができる場、さらに仲間と出会える場として、当事者の方からは喜びの声が届いていると山口さんは話します。

はじめは東京のみで開催していましたが、大阪でも定期的に開催されるようになり、現在は大阪を「本店」として、月に一度オンラインと対面で実施しています。今後は東京をはじめとした関東エリアでも定期的に開催できるよう、準備を進めているそうです。

当事者の声から学び、発信していく

山口さんの著書の最新作『「吐くのがこわい」がなくなる本』では、嘔吐恐怖症について取り上げています。

嘔吐恐怖症とは、嘔吐に対して強い不安感を抱く症状のこと。自分自身が嘔吐をして人に迷惑をかけた経験や、他の人が嘔吐をして苦しそうな姿を見たことなどをきっかけとして発症します。

気持ち悪くなることや吐くことに対し、日常生活に支障が出るほどの恐怖を感じるのが特徴で、認知度が低いために、当事者の抱える深刻さと周りの理解との間にギャップが生まれやすいこともあるそうです。

本を書くきっかけは、会食恐怖症の支援活動を通して出会った人々の“リアルな声”でした。

会食恐怖症の当事者の方の相談を聞いていると、嘔吐恐怖が原因であるという方も多いことがわかってきたんです。僕の場合は、「残しちゃいけない」「食べなきゃ」というプレッシャーがあって、人とご飯を食べることができませんでした。一方で吐くのが怖いとか、気持ち悪くなるのが怖い、飲み会で吐瀉物に出くわすのが怖いという理由で会食の場に行けなくなっている人もいます。

【写真】やまぐちさんの著書2冊。どちらも表紙にはイラストが描かれている

当事者の人から相談を受け、学び、さらに発信していく。そのサイクルを回すことで、山口さんの活動の幅は広がり続けています。

その背景には、“食にまつわる困りごと”はまだ知られていないことが多く、支援が行き届いていない現実があります。

なにか困りごとに直面した人が、まだあまり情報がないなかそれを解決するため、例えばリサーチして論文を読み込む、などはなかなかハードルが高いことだと思うんですよ。今まさに悩んで落ち込んでいるとき、そこまでのエネルギーはないかもしれない。だから、“誰にでもわかりやすく伝える”というのを何より大切にしています。

給食が食べる楽しさを知る場所になってほしい

「食に関する悩みをわかりやすく伝える」

その活動の一環として山口さんが現在力を入れているのが、2021年に始まった『月刊給食指導研修資料』(通称・きゅうけん)の活動。子どもへの給食指導に関する情報を伝えるWebメディアです。

この活動も当事者の声がきっかけになったといいます。

会食恐怖症にまつわる活動をするなかで、お母さんたちから「うちの子が会食恐怖症に当てはまる気がするが、その原因は給食の指導にあるのではないか」という声が届くようになったんです。それを聞き、先生に向けて食のことをわかりやすく伝える活動をしていかなければいけない、と感じました。

【写真】インタビューに応えるやまぐちさん

給食は、学校生活のなかで楽しみのひとつにもなり得ます。一方で「残食が出ないように」と指導をされたり、「苦手な食べ物も食べて」と注意されたり、みんなと同じペースで食べることを求められるために、苦痛だと感じる子どもも少なくありません。

学校における食の課題を先生たちにヒアリングしていく中で、その背景には、先生たちが給食指導に関する情報を得る機会が少なく、教育現場にも戸惑いがあることがわかってきました。

実際に、埼玉県の市立小学校の先生に向けた調査によると、「給食指導で参考にしていること」としてあがったのは、自分自身が家庭で受けた教育が59.6%、自分自身が小学校の時に受けた給食指導が45.6%と半数ほどを示す一方で、校内研修は12.9%と非常に低い割合を示しています。(参考:小学校における学級担任による給食指導

つまり、先生たちが食について学ぶ場がないんです。

給食に悩む子どもへの適切な対応方法を先生たちに伝えるため、山口さんは自ら編集長となりきゅうけんをつくることに。栄養教諭や管理栄養士、保育士、心理カウンセラー、看護師などで構成された編集チームを発足させました。

2021年2月より、毎月A4サイズ1枚の給食指導に関する資料を発行。忙しい先生たちが目を通しやすいように、情報はイラスト付きでわかりやすくまとめられています。

【画像】食べない子になんて声をかけたらいい?というテーマでまとめられたPDF画像。 食べない子が変わる5つのステップとしては、知らない、知ってもらう、興味を持ってもらう、触れてもらう、食べてもらうの順番にステップアップしていくことが階段のイラストとともに紹介されている。

出典:月刊給食指導研修資料「食べない子になんて声をかけたらいい?

「食べない子になんて声をかけたらいい?」
「居残り給食はしてはいけない?」
「給食をあまり食べない子の栄養は大丈夫?」

毎回テーマになるのは、給食の場面で出てくる先生たちの様々な困りごと。テーマについて考える手がかりになる情報や、適切な対処の仕方などが書かれています。

例えば「vol.25 食わず嫌いを減らす声かけと関わり方」は、「原因の9割は大人の関わり方だった?」と、ちょっとドキッとするサブタイトルです。

まずは、子どもの食の好き嫌いがなぜ起きるのかを解説。「食べる前のイメージと食べた後にどうだったか」のギャップがプラスに振れるか、マイナスに振れるかが重要で、マイナスに振れる体験をするほどに、その人が勧めたものは食べなくなると説きます。

続いて、食わず嫌いを減らすアクションとして、苦手な可能性があるものは予告することが大切だと伝えます。例えば、子どもに伝えず、苦手なものをみじんぎりにしていつも食べているものに混ぜると、「いつもの味と違う」とマイナスのギャップを生んで、好きだったものすら嫌いになる可能性もあるそう。

このように具体的な原因とそれに対する対処方法が書かれていて、学校だけではなく、家庭でも参考になりそうなことがいっぱいです。私自身、娘に「大丈夫だから食べてごらん」と予告せずに食べさせてしまったことはなかっただろうか、と我が身を振り返りました。

すぐに実践できる声かけの実例も書かれていて、まずは知ることが、寄り添いの第一歩なのだと感じられます。

資料はWebから誰でもダウンロードでき、校内研修の資料や給食だよりや保健だよりとして発行するなど、自由に活用が可能です。

メディアから発展して、現在は栄養士さんの集まりや教員の組合などで研修も実施しているそう。山口さんは「楽しく食べることが、社会の幸せを作る」というビジョンを掲げ、給食を食べる楽しさを知る場所になってほしい、という思いで活動に取り組んでいます。

「食べる」にまつわる困りごと

山口さんの活動の広がりからは、「食」にまつわる悩みは幅広く、かつ様々な要因が相互につながっていること、そして私たちの生活や人間関係と密接に結びついていることが感じられます。改めて「食べる」にまつわる困りごとには、どんな種類があるのでしょうか。

大きく分けると、精神的な問題、機能的な問題、感覚的な問題の3つがあります。例えば会食恐怖症や摂食障害などは「精神的な問題」。うまく食べたり飲み込んだりすることができない嚥下障害や、歯並びや骨格などが原因の場合は「機能的な問題」。感覚過敏や自閉症などによる感覚の特性の場合は「感覚的な問題」です。

【画像】子どもが食べられない3つの理由というテーマでまとめられたPDF画像。 感覚的な理由、機能的な理由、精神的な理由と3パターンに分かれることを紹介している。

出典:月刊給食指導研修資料「子どもが給食を食べられない3つの理由

例えば、食にまつわる精神的な問題としてよく知られているのは摂食障害でしょう。食事の量や食べ方など食事に関連した行動に問題が現れる症状で、やせていることへ執拗にこだわり、過剰に食事量の制限を行う神経性やせ症や、他人よりはるかに多くのものを食べ、また食べることに悩まされる過食性障害などがあります。

日本で医療機関を受診している摂食障害患者は1年間に21〜24万人。治療が必要な患者は40万人近くいると考えられています。

こうした患者数が多い症状については専門家も多く、治療法の知識も広まってきているように思います。その一方で、会食恐怖症や嘔吐恐怖症はまだあまり知られておらず、医療機関に行っても診断がされないということも多いです。また症状も人によってグラデーションがあります。

例えば嘔吐恐怖症であれば、「吐くことが怖い」という思いはあるが日常生活に特に支障はないという人から、吐瀉物に遭遇するのが怖くて、街を歩くことや深夜電車に乗ること、妊娠をすることを避けているという人まで様々です。

【写真】ライターとやまぐちさんが会話をしている

また、現時点では日常に支障がなくても、ストレスが強くなったときにはその頻度や程度があがることも考えられます。

食に関する症状は、精神的なことと深く結びついています。嘔吐恐怖症を発症するきっかけとして、自分が吐いた、吐きそうになり苦しんだ直接的な経験だけではなく、「親や先生に吐いたことを怒られた」「吐いている人が怒られているのをみた」などの間接的な経験も発症のきっかけになることがあります。

吐いた人に対して、余裕がなくて「なぜここで吐くの」と怒ってしまうこともあると思うのですが、できるだけ「大丈夫?」と安心できるような声掛けをしてあげてほしいですね。相手にプレッシャーをかけることで、症状が出る可能性があることへの理解が広まるといいなと思います。

症状をなくすのではなく、行動の捉え方を変えていく

食にまつわる様々な困りごと、これら当事者の方々はどのようなプロセスで克服していくのでしょうか。

実際に多くの会食恐怖症や嘔吐恐怖症などの当事者から相談を受けてきたケースでは、治療に取り組むなかで「症状が出なくなりました」というより、「どんどん前向きになってきました」と話すことが多いといいます。

“自分への評価が変わった”ということが、克服への大きなきっかけになる場合が多いです。

例えば「会食できない」という人が勇気を出して会食へ行ってみて、結局不安になったりすると、「やっぱり自分ってだめだな」と思ってしまうことがあるんです。でもそれは見方を変えれば、「苦手だけど行ってみた」と捉えることもできますよね。

「苦手なことをやってみるその行動力がすごいよ」と伝えて、ものの見方は変えることができる、という話をすることで、少しずつ自己評価が変わっていく。すると、「じゃあ今度はこうしてみよう」と次の行動につながっていくんです。

たとえ同じ行動でも、自分や周りの人がそれをどのように解釈するのかが大事だと思っています。

解釈が変わることで、次の行動が生まれ、結果として、成功体験が起きることもある。それが自信になって、「もっとやってみよう」とチャレンジする…というプロセスで、次第に変化が訪れていくのだそう。

症状が出たときの対処療法も必要ですが、「大切なのは症状をなくすことではなく、ものの見方を変えていくことではないか」と山口さんは語ります。

【写真】遠くを見つめるやまぐちさん

「症状を克服する」と聞くと、「症状が消える」ようなイメージを抱きます。でも山口さんのお話を聞いていると、「捉え方が変わる」という印象が近く、その方がスモールステップで始めることができるように感じました。

症状を無くそうとする、克服しようとする、ということは、“症状は悪いもので直さなきゃいけない”と考えているんじゃないでしょうか。もちろん困りごとがなくなったら嬉しいですが、今の自分の状態を全否定する必要はないと思います。

食に関して課題があることは悪いことじゃない。「そのままの状態でも日々は楽しめる」とか、自分への見方が変わるだけでトラブルはトラブルじゃなくなるんですよね。

症状がなくなるわけではなく、自分で気にならなくなる、できない自分を受け入れられるようになる。そういったイメージのほうが近いと、山口さんは教えてくれました。また、症状自体も身体には必要な機能だ、と続けます。

症状は悪いものではなく、必要な体の機能として現れていると僕は思うんです。例えば不安って敵のように思われていますが、あればあったで「不安だから明日の準備頑張ろう」みたいに行動のエネルギーになりますよね。症状自体ではなく、症状がコントロールできない、うまく付き合えないところが問題なんですよね。

会食恐怖症当事者である私の友人も、「不安は自分を守るために必要な症状だった」と話してくれたことを思い出しました。「今も“克服した”とは言わないけれど、症状から自分と向き合うプロセスを経て、自分のことがよくわかるようになった」とも。

最終的に、会食恐怖症がよくなるだけじゃなく、自分の人生に活きる考え方やマインドセットを身につけることが大事だと思うんです。そこがあれば、ぶり返しや再発は起きにくくなると思うので。

【写真】カラフルな色を使った波のような形の、会食恐怖症克服支援協会のロゴマーク

会食恐怖症克服支援協会のロゴマークは波線なのですが、左下はどちらかというと会食恐怖症で悩んでいるときのイメージで、右上は症状がきっかけで人生が良くなるイメージを描いています。

これまで克服した方からも「会食恐怖症になって良かった!」という話をよくすることがあるのですが、会食恐怖症と向き合うことを通して、自分の人生を生きてもらえたらと願っています。

知識やつながりを得ながら、自分と向き合う。そのプロセスは、当事者の人たちがさらにジャンプアップして“よく生きること”へつながっていきそうです。

当事者の周りにいる人ができるのは、「ただ一緒の時間を楽しむ」こと

克服に向かうプロセスで多くの当事者が悩むことの一つとして、「症状のことを周りに伝えるかどうか」があります。中には「カミングアウトしたいけれど、どう説明していいかわからない」という声もありました。

そんな方の背中を押すツールとして、協会では当事者メンバーが協力して、2022年に「会食恐怖症カミングアウトカード」をつくりました。表面には「誰かと一緒に食べることが苦手です」、裏面には症状についてや、「こうしてほしい」などのお願いを自由に書ける欄とともに、「一緒の時間を楽しみたい」というメッセージが添えられています。

【写真】誰かと一緒に食べることが苦手ですという文字と、コーヒーカップのイラストが描かれている

会食恐怖症カミングアウトカードの表面(提供写真)

【写真】お願いという文字の下に自由に記入ができる線が書かれている。一番下には一緒の時間を楽しみたいという文字がある

会食恐怖症カミングアウトカードの裏面。自分で自由に記入できる欄が設けられている(提供写真)

会食が始まる前や、会食の約束が決まった時などに、気軽に相手に渡すことができるよう、名刺サイズになっているこちらのカード。実際に使用した方からは「今までヘルプマークを使っていたけれど、カードがあることでより具体的に伝えられる」といった感想も届いたそうです。

こちらのデータは、日本会食恐怖症克服支援協会のウェブサイトからダウンロードすることができます。

一方で、「周囲の友人や家族に会食恐怖症であることを無理に打ち明けることはない」と山口さんは続けます。

症状については打ち明けたほうが楽なこともあるかとは思うのですが、打ち明けないままでも症状について調べたり勉強したりして、考え方や行動を変えてみる、会食に出向いてみるなど、自分なりに色々トライして克服する人もいます。

【写真】インタビューに応えるやまぐちさん

私も友人の会食恐怖症を打ち明ける投稿を見て、これまで知らずに大勢が集まる食事の場に誘ってしまい、負担をかけていたのではないかと最初思いました。でも実際に会って話してみると、「好きな量を食べることができる食事の場だったので、問題がなかった」と教えてもらって安心したのを覚えています。

彼女は目上の人との一対一の食事や、知らない人がたくさんいる結婚式のコース料理がプレッシャーに感じるとのこと。実際、緊張する場面で、決まった量を食べなければいけないときが苦手と感じる方は多いそうです。

新型コロナウイルスの影響が落ち着いて、これから会食の場面も増えていくことが予想されます。当事者の方が苦手と感じる場面でもできるだけ心地よく過ごしてほしいと思いますが、そのために私たちはどのようなサポートができるのでしょう。

正直、一緒にいてくれるだけでいいと思います。打ち明けられていたら、何かできることはある?と聞いてみてもいいかもしれませんが、「いつも通り楽しく一緒に過ごしてほしい」と思っている人が多いと思います。

当事者にも、もし打ち明けるときに相手のことが気になったら、「これからも自分と一緒に時間を過ごしてもらえたら嬉しい」と素直に言い添えるといいのではないか、と伝えています。

もしかしたら打ち明けることで気持ちが楽になることを期待するのと同時に、これまでと何か変わってしまったらどうしよう、という不安が当事者の方にはあるかもしれません。思い返せば、自分も誰かに悩みを打ち明けるときに、必要以上に心配させてしまったらとためらうことがあります。

自分の特性や困りごとへの理解を得ながら、安心してこれまで通りに過ごすことができる。それが何よりも当事者の方が求めていることなのかもしれないと感じました。

食事が楽しいと感じられるよう、その土台にある安心感を育みたい

先ほどのカミングアウトカードの裏側にも書かれている、「一緒に楽しみたい」という言葉。これには、大人も子どもも、あらゆる人にとって、楽しい食事の場を過ごす時間は大切だという山口さんの思いがこもっています。

子どもの偏食に関する悩みにアドバイスをしたときに、相談者の方から「食卓に楽しい会話と笑顔が増えた」という報告をもらったことがあるんです。そのとき、僕が目指しているものはこれだったと気づいて、すごく嬉しかったんですよ。

【写真】笑顔で話をするやまぐちさん

毎日食卓に何を出しても嫌と言われるつらさや、子どもが食べられるものが今より広がらなかったらどうしようという不安など、偏食を抱える親の悩みは深いと山口さん。その中で、つい怒ってしまったり、イライラしてしまうこともあるでしょう。そういった状況を改善したいという相談があったときには、何よりも「楽しむことの大切さ」を伝えているといいます。

「食べられるから楽しい」ではなく、「食事の時間は楽しい」というところを先に考えてほしいと話します。一緒にご飯の時間を楽しむ。それが一番大事なことです。

「楽しい」という気持ちは、人が能動的に動くことにもつながるんです。例えば「勉強しなさい」と無理にやらされるのは苦痛ですが、勉強そのものが楽しければ積極的にして成績が伸びますよね。同じように、食事の場の空気そのものが楽しければ、「今まではあまり食べていなかったけど、もうちょっと食べてみよう」と思うかもしれない。

「楽しい」にはすごいエネルギーがあると思います。

一方で、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、最近まで給食の時間に会話を控える「黙食」が奨励されていました。おしゃべりをすることができない給食の時間のなかで、楽しい食事の場を実現することは難しいのではないかと感じます。

「楽しい」の土台には「安心」があると思うんです。例えば、安心できる相手がいれば、どこに遊びに行っても楽しいですよね。そもそも人間関係の安心感がなかったら楽しむことは難しいと思います。

黙食で「楽しい給食」を直接的に実現することはできないかもしれないけど、その土台にある安心な環境はつくることができると思うんですよね。

その「安心な環境」をつくるためにはどうしたらいいのか。山口さんが大切にしている考え方を教えてくれました。

必要なのは、3つの“間”、「時間・空間・仲間」です。この3つの間から、不安を取り除くことを最初に考えてほしいと伝えています。

時間は、「早く食べなきゃいけない」とか「いつまでも食べさせられる」といった問題がないか。空間は、安心して落ち着いて食べられる空間なのか。仲間は、一緒に食べる人との関わりにおいて、不安や苦痛に感じる要素があればそれを取り除いてあげるなど。

そういう支援をするとだんだん安心感が高まるし、「安心があるから楽しい」につながると思っています。

【写真】インタビューに応えるやまぐちさん

たしかに安心な場であれば、黙食という状況で人と会話をしながら食べる楽しみはなくても、食べ物に向き合い味わう時間を心地よく過ごすことはできそうです。

今ある状況の中で、最大限に理想を実現するにはどうすればいいのだろう?真摯に現状に向き合いながら、その方法を考えつづける山口さんの姿勢を感じました。

人それぞれの食への考え方を尊重するために

山口さんのお話を聞きながら、私も食に対して持っていた価値観や固定観点があることに気付かされました。では同じように食に対する自分なりのこだわりや習慣が人それぞれあるなかで、どのように他人のあり方を尊重すればいいのでしょうか。

宗教上の理由やビーガンなど思想であったり、人それぞれ食に対してどのような価値観を持つかは自由だと思うんです。でもそれは他人に強要されるべきではないと思います。

「強要されるものではない」というところにとても共感する一方で、親や先生は子どもの健康や栄養状態を心配する気持ちから、強く働きかけてしまう場面があるように感じます。私も、娘が残しているものがあると「一口食べてみて」と勧めてしまうことも。

親や先生が子どもの食について関わる場合は、それが適切な方法かどうかが大切になってくると思うんです。ただ「残さず食べなさい!」と言うだけなのか、「この子はこれが嫌いだけど、この状態だったら食べられるかな」と工夫してみるのとは、同じ「食べてほしい」というゴールだったとしても全然違いますよね。

他者が相手に「食べてほしい」と思う場面では、相手を尊重した伝え方や適切なサポートが必要です。

また実際に食べるように指導するべきかどうかについては、具体的な指標を得ることも助けになるのだそう。

小食で心配ということがあれば、成長曲線に年齢と体重と身長を置いて見てみる。それで極端に体重が同年代の平均を下回っていることがあったら、この子はあまり食べられていないと思ってもいいかもしれない。

また性別と年齢に応じた必要な栄養素の量が書かれている、日本人の食事摂取基準という表もあります。これは厚生労働省が定めた、食事から摂取するエネルギーや栄養素の基準を示したもの。あくまで目安としてですが、参考にしてみても良いかもしれません。

ただ食事摂取基準の中でも、例えば3〜5歳の子どもが1つの括りになっているけれど、年齢の中にも幅があるはずなんです。基準全てを満たすことは現実的には難しいですし、数値だけではなく、その子自身を見ることが大切だと思います。

また「食」に対する価値観やこだわりは、文化的な背景も色濃くあると山口さんは話します。

食べ物に感謝する、とか、残さず食べるとか、日本には日本の文化が食にもある。

その価値観自体は素晴らしい側面もあると思うんです。ただ、「残さず食べる」が会食恐怖症の当事者を苦しめる場面もあります。だから、価値観を否定するのではなくて、「残さず食べる」を実現するためにどんな支援が必要か、を考えていけたらと思っています。

僕自身は、食べなくていいよ、という安心感があるから、食べられるようになった経験がありました。「食べられるようになるには安心が必要だよ」ということが、もっと伝わるといいなと思いますね。

自分自身の「食べない選択」を大切にする

山口さんは今後、様々なアプローチで食に関する支援を行っていきたいと考えています。

今は先生向けの発信を中心にしていますが、より子ども個人に届くサポートをしたいので、保護者や家庭向けの発信も増やしていきたいと考えています。

あとは、会食恐怖症でも安心して行ける飲食店の情報や、嘔吐恐怖症の方が苦手な環境に配慮したお店の情報をまとめたい。お持ち帰りできるとか、量を少なく注文できるとか、そういうお店のことを伝えていけたらいいなと思っています。

食に悩んだ経験を経てこの事業に取り組む山口さん。自分自身は今、“食を楽しむ”ことができているのでしょうか?

結婚して、毎日パートナーとご飯をおいしく食べていますし、カフェに行くのも好きです。昔は“食を楽しむ”という感じではなかったので、すごい変化だなと自分でも感じます。

変化したのは、自分自身の“食べないという選択”を大事にできるようになったことが大きいかもしれません。例えば、苦手なものや嫌いなものは今でも食べない。苦手なものがあるというのは悪いことではないと思うんです。他の人の苦手も理解できるし、強要することもないから。

妻が、昔は嫌いなものを勧められたら頑張って食べていたらしいのですが、僕が食べない姿を見て、自分は無理をしていたんだと気づいたそうです。食べる、食べないどちらも選択ができることが大事なんじゃないかと今は思っています。

【写真】こちらをみているやまぐちさん

「食べる」に向き合うことは、自分と他人を尊重することへつながる

「お米の一粒一粒は農家さんが大切につくったものなんだから、残してはいけません」ーーそんな小学校の先生の言葉が未だに脳裏に浮かぶ私は、これまで「残さず食べることがいいことだ」と思ってきました。

でも山口さんのお話を聞いて、残してもいいんだ、いやむしろ、然るべきときに残す選択をするほうが自分を大切にすることにつながるかもしれない、と感じました。

私はここまでなら食べられる、今日はここまでしか食べたくない、と自分で決める、そのためには自分の心や体に気を配る必要があります。食べたいかどうかもわからないのに「食べなければ」とお腹に詰め込むことのほうが、よっぽど自分を無視していると気付かされたのです。

「食べる」というひとつの行為に対して、自分の心や体に目を向けること。それは他人のあり方や価値観を尊重することにつながるのではないでしょうか。

会食恐怖症であると公表して、山口さんの本を手渡してくれた友人も、私に自分を尊重するあり方を教えてくれた一人。症状に悩まされ「一時期は出口の見えないトンネルにいるみたいだった」と話す彼女は、今、自分の得意と苦手をよく知り、自分を活かしていきいきとしています。食事の場も、今はほとんど心配がよぎらなくなっているそう。

彼女のように自分も他人も大切にできる人でありたい。そう願いながら、まずは安心で楽しい食事の場を家庭でつくることから始めていきたいと思います。

【写真】ライターとやまぐちさんが笑顔で話をしている

関連情報:
一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会 ホームページ
山口健太さん Twitter

(撮影/川島彩水、編集/工藤瑞穂、企画・進行/松本綾香、協力/磯部美月)