【写真】屋外でカメラを見つめほほえむうえだそういちさん

「誰もがみんな、日々創造性を発揮しながら生きているんです」

そう語るのは、上田壮一さん。「創造性」というと、デザインをしたりイラストを描いたり、高度な技術やセンスを思い浮かべる方も多いと思いますが、「誰にでも創造性はある」と断言します。

上田さんは一般社団法人「Think the Earth(シンク・ジ・アース)」を通して、出版や映像制作、プロダクト開発からワークショップやイベント、教育関連事業まで、より良い未来をつくるためのプロジェクトを次々に展開しているソーシャルデザインの第一人者。

ある出来事をきっかけに人間だけがもつ創造性に魅せられ、「創造性を活かしてより良い未来をつくる」ことを仕事にしようと決意した上田さん。人々の社会課題への“無関心を好奇心に”変えるこの仕事を20年以上に渡り継続している理由を聞くと、「面白いから」と即答します。

使命感ではなく、「面白いから」。

私はこの言葉にこそ、人間にしかできない未来創造への希望が宿っているように感じました。上田さんの仕事観と生き方から、誰もが持つ創造性を活かし、より良い未来をつくるためのヒントを探ります。

被災から立ち上がろうとする人々の創造性を目の当たりにして

ある冬の日、私たちは代官山にあるThink the Earthのオフィスを訪ねました。

案内していただいたミーティングスペースには、これまでにThink the Earthが手がけた数々のプロジェクトに関する書籍やグッズがずらり。

カラフルなビジュアルブックやドキリとするタイトルの写真集、ユニークなキャラクターのボトルなど、どれも私の心をググッと惹きつけるものばかりで、思わず目を奪われてしまいます。

【写真】木で作られた本棚に、たくさんの本やボトルが並んでいる

実は私、15年ほど前に上田さんと仕事をご一緒させていただいたことがありました。私が社会課題に関心を持つようになったのも、実は上田さんとの出会いからでした。

久しぶりの再会に少し緊張もありましたが、柔らかい笑顔で出迎えてくださった上田さんと挨拶を交わしたら、あっという間に心もほぐれていきました。

私の知る上田さんは、いつも創造性豊かなプロジェクトを生み出し続けている才能にあふれる方。その生き方の原点については、soar主催のオンライン講座「私からはじまる“リーダーシップ”~人の可能性を開く『自分と他者の関わり』を考える」の中でも語られていました。

中学生の時に、徹夜で地球の自転を体感したんです。流れ星が好きで家のベランダで朝まで起きていたら、雲が動いたり星の位置がどんどん変わっていくんですね。

それまで、夜といえば暗闇が広がる単調なイメージだったんですけど、日が昇る寸前に虫の声が止んで鳥が鳴き始めたり、だんだん空が明るくなっても最後に金星だけ残っていたり。「地球が回っているんだ!」ってめちゃくちゃ感動したことがありました。

【写真】笑顔でインタビューにこたえるうえださん

根っからの宇宙好き・星好きだった上田少年はその後、理科系の大学・大学院へと進学し、一冊の写真集と出逢います。

それは『地球/母なる星』(ケヴィン・Wケリー編/1988年・小学館)。サブタイトルに「宇宙飛行士が見た地球の荘厳と宇宙の神秘」とあるこの一冊との出会いが、上田さんのその後の人生を大きく揺さぶることになりました。

【写真】ケヴィン・Wケリー編の地球/母なる星の表紙。宇宙から見た青い地球が大きく描かれている

宇宙の写真と宇宙飛行士の言葉で構成されていて、宇宙に行く追体験をしているような写真集なんです。

地上から始まって、ロケットが打ち上がって、カウリング(エンジンを覆うカバー)が切り離されて、重力が無くなって。宇宙空間に行って地球を眺めた彼らの気持ちと観察したこと、五感で感じたことを、この写真と言葉で感じることができる。

中でも、「宇宙から眺めた地球は、たとえようもなく美しかった。国境の傷跡などは、どこにも見えなかった」という言葉を読んで、宇宙から自分を振り返る視点に感動しました。

【写真】インタビュアーに向かって、本をめくりながら話をするうえださん

「これが、僕にとって初めてのメディアとの出会いでした」と上田さんは続けます。

映画もテレビももちろん見ていたんですが、それらは「楽しませよう」という目的のエンターテインメントとしか思っていませんでした。だけどこの本では、“視点とメッセージだけ”が共有されていて、そのことで宇宙飛行の追体験をするような体感がある。本当の意味で“媒介”するもののすごさを感じました。

この写真集を通して、初めてメディアの仕事を意識したという上田さん。就職活動ではテレビ局や出版社のほか、友人の勧めで「そんな業界があることさえ知らなかった」という広告代理店の面接を受け、見事合格。

株式会社NTTデータとともに自ら企画提案した番組『宇宙からの贈り物〜ボイジャー航海者たち』(1992年・龍村仁監督)を制作するなど、自分のやりたいことを多くの人と一緒に実現させていく仕事の面白さを実感するようになりました。

【写真】木で作られた棚の上に、大きさの異なる地球儀が二つ並んでいる

でもやはり、仕事は仕事。“やりたいこと”とは異なるクライアントワークも多く積み重ね、「ずっとサラリーマンではないな」と思う様になった頃、阪神淡路大震災が起こりました。

兵庫県西宮市出身の上田さんにとっては、自分の故郷が壊滅的な被害を受けるというショッキングな出来事。何度も現地に足を運ぶ中で目の当たりにしたのは、被災から立ちあがろうとする人々のエネルギーでした。

震災から2ヶ月後の神戸は悲惨な状態だったんです。街にまったく匂いが無くなっていて、人生初の”廃墟体験”といった感じでした。でもその3ヶ月後に行った時は、すごい勢いで人間らしい世界が立ち上がっていたんです。

まだまだ建物は壊れたままでしたが、飲食店やライブハウス、性風俗など人間の本能が求めるものから次々に復活していて。

この3ヶ月間に人間はめちゃめちゃ創造性を発揮したわけですよ。それは別に気の利いたコピーを書いたわけでもなく、かっこいいデザインをつくったわけでもなく、自分たちの日常をもう一度取り戻すために、創造性が必要だったんですね。

「人間っていうのはつくるんだ、本能でつくるんだ」って感動しました。

【写真】真剣な表情で話すうえださん

上田さんにとってその光景は、いつものビジネスの世界とは別世界でした。

たとえばあるバーが震災で潰れたけど、また別の場所で復活したよ、と看板で伝えている。そしたら常連さんが戻ってきて、「生きていてよかったね」って会話が生まれる。つまり自分が場所をつくって伝えたら人が集まってコミュニケーションが生まれる。

マスメディアの視聴率で一喜一憂しているような世界とは違って、すごくパーソナルなことをやっているわけですよね。すごく素敵だなと思いました。

クライアント企業の商品を売るためではなく、社会をよくするために創造性を活用したら、何か起こせるかもしれない。そんな予感とともに、上田さんはある決断をしました。

たくさんの人に届かなくても、ちょっとずつでも届くような仕事をしよう、それで食っていけるか試してみようと思ったんです。

「若かったですから。無謀だったと思います」と笑いながら当時を振り返り、こう続けました。

すごく傲慢な考え方ですけど、これで自分が食っていけなかったらこの社会はダメだと思っていました。95年の阪神淡路大震災の後、数年間でいろいろなことが起きているんですよね。同じく95年に地下鉄サリン事件があって、97年に京都議定書が採択されて、98年に日本では特定非営利活動法人法ができて。

一気に世紀末がやってきて、その中で新しい芽が生まれるような時代感でした。未来に対してちょっとでも希望が持てるような発信をしたい、会社では難しいから会社の外でやろうって思いました。

【写真】テーブルの上に置かれたうえださんの両手

社会課題の解決のために、創造性を活かしたプロジェクトをつくる

広告会社を退職し、まずはフリーの映像ディレクターとして活動を始めた上田さん。多くの仲間と出会い仕事を積み重ねる中で、広告代理店での経験を活かして、社会課題の解決のために創造性を活かしたプロジェクトをつくることに可能性を感じはじめます。

広告会社は、企業のファクトやビジョンをできるだけ短い時間や少ない紙面で伝える仕事です。しかもただ伝えるだけじゃなくて、伝わるように工夫して伝える。そのためにコンセプトやストーリーをつくって企画書を書くことを僕は日常的にやっていたんです。

社会課題や環境問題こそ、“伝わるように伝える”ことを必要としています。非常に難しく複雑で、抵抗を感じる人たちもいる。そんな中で、それを自分のこととして受け取ってもらうためには、短い言葉やビジュアルで人に受け入れてもらえる佇まいのコミュニケーションにして届ける必要があります。僕はこれを仕事にしようと思いました。

最初に手掛けたのは、「宇宙からみた今の地球をいつも持ち歩けたらいいよね」という雑談の中から思いついたという「地球時計」(2001年発売)。セイコーインスツル株式会社と協働し、ガラスドームの中に小さな地球が浮かび、24時間で自転方向に回る腕時計を開発しました。

かつて上田さんが感動した写真集の「宇宙から振り返る視点」を感じさせてくれるプロダクトです。

【写真】宇宙時計は、半球型のドームの中で青い小さな地球がゆっくり回る仕組みになっている。

北半球が北極を中心に自転する「地球時計」。小ロットだったが逆回転する南半球バージョンも作られた。売上の一部は社会的活動をしている団体へ寄付し、企業と一緒に勉強会も開きました。現在販売は終了しています。

このプロジェクトをきっかけに「社会や環境を良くするためにビジネスの仕組みを使おう」という結論に至り、「エコロジーとエコノミーが共存する社会」を現場で実践する拠点として2001年2月、上田さんはThink the Earth(当時は任意団体)を立ち上げました。

掲げたミッションは2つ。一つは「地球時計」のように、「“地球人”としての感性や地球の大切さを次の世代に伝える」こと。もう一つは、環境や社会に対する「無関心を好奇心に変える」ことです。それまで誰もやらなかった社会課題の広報役を担うように、次々に創造性を活かした社会的プロジェクトを生み出していきます。

例えばこちら、株式会社リコー、株式会社アマナ、紀伊國屋書店の協賛・協力により実現した写真集『百年の愚行』の出版プロジェクト(企画・編集:小崎哲哉 デザイン:佐藤直樹 2002年発売)。戦争、森林伐採、密猟、核兵器開発等、20世紀の人類の“愚行”を100枚の写真で構成した書籍は3万部の売れ行きとなり、写真展も開催しました。2014年には続編となる『続・百年の愚行』(2014年発売)も出版しています。

【写真】左が書籍「百年の愚行」、右が「続・百年の愚行」

株式会社ダイヤモンド社と一緒に取り組んだのは、ビジュアルエコブックシリーズ8冊の出版事業。1冊目となった『1秒の世界』(2003年発売)は、1秒間に起きている世界の出来事を切り取ったビジュアルブックです。例えば「1秒間に地球が太陽の周りを進む距離は?」といった問いがあり、それに対する回答が示されています。

【写真】書籍「1秒の世界」など3冊の本が並んでいる

ちなみに「1秒間に地球が太陽の周りを進む距離は?」の答えは「30km」。「宇宙船地球号」という言葉がある通り、実は地球はものすごいスピードで太陽の周りをぐるぐると回っていることを知ることができます。発行部数は10万部を超え、ベストセラーとなりました。

そのほかにもソニー株式会社、サラヤ株式会社、株式会社グリーン・ワイズ、株式会社デジタル・アンド・デザイン・ピクチャーズ の協力により制作したデジタルプラネタリウム映像作品『いきものがたり』(2010年)と『みずものがたり』(2010年)。

【画像】デジタルプラネタリウム映像作品である『いきものがたり』『みずものがたり』のビジュアル。『いきものがたり』には宇宙と地球の下で、恐竜や鳥、様々な動物たちが。『みずものがたり』には宇宙と地球の下に、水が一面に広がっている。

経済産業省資源エネルギー庁が進める再生可能エネルギー普及促進事業「GREEN POWERプロジェクト」の一環でスタートした教育事業「グリーンパワースクール」(2013年〜)など、企業や行政との協働でさまざまなプロジェクトを立ち上げ、企業の活動を環境の再生や社会課題の解決につなげる仕事を積み重ねています。

【写真】グリーンパワースクールで生徒たちに講演をするうえださん

無力感や失敗といつも隣り合わせ。でも未来をつくることは「楽しい」

実に軽やかに才能を活かして創造性あふれるプロジェクトを生み出しているように見える上田さん。失敗など無縁なのかと思いきや、「実はほとんどが失敗」だと笑います。

たとえば『続・百年の愚行』は、本作りはすごく力を入れたのに、ビジネスとしてはうまくいきませんでした。出版時のクラウドファンディングで500人もの人が応援してくれたのですが、その後、書店で売れたのは2,000冊くらい。最初の『百年の愚行』は3万冊だったのに、続編は期待通りには行きませんでした。

また、このプロジェクトは社会課題特有の無力感も伴ったと言います。

『百年の愚行』は、20世紀の愚行を多くの人に知ってもらうことで、21世紀は少しでも愚行がなくなるといいなと思ってつくった写真集でした。でもまったくなくなることなく愚行が続いていたので、2014年に『続・百年の愚行』を出しました。

1冊目の英訳は「one hundred years of idiocy(愚かさ)」、続編は「one hundred years of lunacy(狂気)」。表現を変えなくちゃいけないと思うほど、世界はひどい状態になっていたんです。メディアの力は大事だと信じているのですが、無力感も残るプロジェクトでしたね。

【写真】テーブルをはさんでインタビュアーに真剣な表情で話すうえださん

この「無力感」や「失敗」は、社会課題をテーマに活動している人々が度々直面するものではないかと思います。いくら活動しても一向に課題は解決しないし、どこまで意味があるのか影響力を与えられているのか測ることは難しい。

20年以上にわたってこのテーマで活動を継続している上田さんは、これらの感情とどう付き合っているのでしょうか。

僕は、面白いから続けているんだと思います。

あまりにもあっさりと肩の力の抜けた答えに、一瞬言葉を失う私。上田さんはこう続けました。

よく「上田さんって強い使命感に突き動かされているのではないんですね」って言われますが、それでいいんじゃないかとちょっと思っていて。もちろん無力と感じることもありますが、僕は常に10個くらいは、できたらいいなという企画のタネみたいなものがあって、いつか実現できたらいいなと思って温めています。

そのタネが芽を出すタイミングは、思ってもみなかったところから突然訪れることがあって。それもまた面白いんです。

こういった活動の場合は、何かをつくることよりも、同じような志を持った人とつながることがすごく大事だと思っています。僕はいつもドアを開けているので、誰かと話をしたり、新しいものが入ってきたりします。うまくいかないことばかりですが、自分だけで考えている訳じゃないのであまり無力感にはならないんだと思います。

ここまで語って、「もしかすると無力感って、仲間がいないから感じるものなのかもしれない」と上田さん。無力感も、勇気が必要な一歩も、みんなとなら踏み出していける。それは失敗に関しても同じだと続けます。

社会や環境のことは、一緒に失敗できると言いますか、失敗したら何がダメだったんだろうって考えて次に進めるようなところがあると思うんです。人と人が向き合うんじゃなくて、一緒に肩を組んで水平線を眺めている感じで、一緒に未来を見ることができる。そうすると関係性も全然違ってくると思うんですね。

だから、すごく楽しい。未来をつくる楽しさをみんなに経験してほしいなって思って、今もやり続けているんです。

【写真】インタビュアーと笑顔で話すうえださん

創造性は誰の中にも潜んでいる

これまで積み重ねてきた仕事について実に表情豊かに語る上田さんからは、未来をつくることの楽しさがじわじわと伝わってきます。きっと上田さんと直接お話しすると、「自分もやってみたい」と思う方が多いのではないかと想像します。

実は私も、そのひとり。前述したように過去に上田さんと仕事をご一緒して以来、創造性を活かした社会課題の解決に心惹かれ、「まずは自分のできることを」という気持ちで取材活動を始めました。記事にして執筆することで、彼らの活動を応援できないかと思ったのです。

実はこの「応援しよう」という気持ちの裏には、「私には創造性を活かしたプロジェクトを生み出すなんて無理」というコンプレックスにも似た気持ちもありました。自分の創造性に自信がなく、それは今も変わらずに抱き続けている感覚です。

【写真】右手を顎において考えるうえださん

そう上田さんに伝えると、「創造性をなんだと思っているかによるかな」と。咄嗟に「人に受け入れてもらえる企画力のようなものを思い浮かべました」と答えた私に、上田さんはこう語り始めました。

いい企画をつくるとかコピーを書くとか絵を描くとか、それだけが創造性ではありません。夕食の献立を考えること、朝起きて服を選ぶことにも、あらゆるところに創造性は潜んでいて、みんな知らないうちにめちゃめちゃ創造的なことをいっぱいやっているわけです。だから僕らは、毎日創造性を発揮して生きていることに自覚的になればいい。

僕はかつて一緒に仕事をした映画監督の龍村仁さんに、「感動する心を持っていれば感動するものはつくれる」と言われました。映画を観て感動しますし、小説を読んでも感動しますよね。だからみんな持っているんです。創造性は、必ずある。

じゃあそれを逆転して、自分が伝える側に回ることもできるはず。

創造性は誰もが持っている。でも、アイデアが出ないときもあると上田さんは語ります。

2020年頃の新型コロナウイルスの感染が拡大しはじめたときは、僕らもやりたいことが思いつかなくて。でも、2022年の3月頃から無理やり動いているんですよ。

現場に行って、人に触れたり海に潜ってみたりすると、心がざわざわ動き始めるんです。心が動くと思いつきもやってくると信じているので、まずは自分の心が動くところに自分を投じてみるようにしています。

【写真】インタビューにこたえるうえださん

上田さんはここで、現代美術と環境をテーマに独自の活動を続けている「P3 art and environment」の統括ディレクター、芹沢高志さんの言葉を教えてくれました。

芹沢さんの著書『この惑星を遊動する―インターネット時代にもうひとつの生き方を求めて』のなかに「われわれはみんな時間旅行者だ。たとえここにじっとしていても、私たちは時間の旅を続けている」という言葉があるんですね。この、人生は時間旅行だという感覚が僕にはしっくりきたんです。

旅行って絶対寄り道が楽しいじゃないですか。あの角をちょっと左に曲がってみようとか、良さそうなお店があるから入ってみようとか。ツアー会社がつくったものに参加するより、自分の思いつきとか直感で右に曲がったり左に曲ったりする方が旅としては楽しいと思うんですよね。

「この角は左に曲った方がいいかも」とか、「この人が誘ってくれたから行かなきゃ」とか、そういう感じで楽しそうな方に動いています。

そうやって時間旅行を楽しむ上田さんの人生観をもう少し深掘りしてみたいと感じた私に、上田さんが教えてくれたのは「セレンディピティ」という言葉です。

「セレンディピティ」、つまり偶然の出会いや思いつきがすべてを変えてしまうことがあるということですよね。本、映画、旅、あるいは災害。そんな出会いが、予定されていた人生をすごい勢いで変えていくこともあります。

「僕の場合は地球時計という思いつきが人生を変えてしまった」と上田さんは笑い、もう一つ印象的な言葉を教えてくれました。

「人生とは、何かを計画している時に起きてしまう別の出来事のこと」。写真家・探検家である星野道夫さんの友人の女性パイロット、シリア・ハンターさんの言葉ですが、これもすごいなあと。予定されているものなんて実は無くて、何かを計画している時に起きてしまう別の出来事が人生をドライブしていくことがあるということですよね。

セレンディピティ、人生に予定されているものはない。そんな感覚を持ち合わせているからこそ、上田さんは「面白そう」と心が動いた方向に身を投じ、偶然の出来事を楽しんでいるのでしょう。上田さんの根底にいつも流れているように感じるワクワクの正体が見えた気がしました。

創造性を起点に社会を動かすサークルの中心を担っていく

心が動いた方向に身も投じ、ワクワクしながら思いついたアイデア。それを形にしたいと思ったとき、上田さんはどうしているのでしょうか。

「仕事にしたいのであれば、ある程度のテクニックなり経験、トレーニングが必要」と上田さん。一方で、仕事とまでは思っていない人でも、市民活動や暮らしの中でアイデアを形にするためにすぐに実践できる簡単なテクニックにも踏み込んで聞きました。

僕は、思いつきを人に話すようにしています。やっぱり単なる思いつきだとなかなか前に進みません。でもそれが、みんなの「あったらいいね」につながっている思いつきだと、自分が動かなくてもいろいろなことが動きはじめちゃうんです。周りが動き始めると、「いけそうだな」、「これはなにかあるんだな」って感じになってくる。

だからアイデアを話すことはすごく大事ですね。独り占めせず、「自分よりも実現性が高い人が拾ってくれたらラッキー」と考えて話すといいと思います。

【写真】テーブルを囲むうえださん、ライターいけだとsoar編集長くどう

もうひとつアドバイスをいただいたのは、「めげない」こと。周囲の反応が悪くてもめげずに蓋をして置いておくと、別のアイデアが加わったり時が熟したりして、急に動き出すこともあるのだとか。

実は「地球時計」も、思いついたその場で友人の西村佳哲さんに話しましたが、しばらくは寝かせておいたのだとか。その後西村さんが企業の方と協働で仕事をすることになった際、「あのアイデアいいから提案してみない?」と声をかけてくれたことで実現に至ったと言います。

そしてプロジェクト遂行において何より大事なのは、チームづくりだと上田さんは続けます。

ものをつくる仕事なら、アウトプットに向けてどういうチームをつくるかということを最初に考える。ひとりで全部やろうとせず、チームづくりから始めるんです。

僕も自分では上手に絵は描けないし楽器の演奏も下手くそですけど、絵が描ける人や音楽が得意な人と仕事をすればいい。自分はパーツだと思えばいい。何より大事なのはチームだと僕は思います。

チームづくりのコツを尋ねると、上田さんは「自分の言葉率」という話を聞かせてくれました。

最近自分の言葉でしゃべっている人がすごく少ないなって思うんですよ。もちろん一人ひとりの言葉はさまざまな参照や学んできたことから生まれていたりしますが、“組織の言葉”や“立場の言葉”の確率が高い人たちが多いなと。一方で、自分という人間でしゃべってくる人は、組織とか立場とか関係なく、一緒にやれるって感じがするんですね。

もちろん最初からそうじゃなくても、自分が自分の言葉で喋っていると、だんだんみんなも喋れるようになってきます。「このプロジェクトの一番大事なことってなんだっけ?」など大きな目的に立ち戻って話すと、立場をちゃんと越えていけるようになる。

みんなが自分の言葉で喋るようなチームになってくることが、僕にとっては一番心地いい。社会や環境のプロジェクトでは、そうなっていく確率が高い気がしています。

【写真】椅子に座り右手の人差し指で下を指しながら話すうえださん

一方で上田さんのように、チームをつくってアイデアを形にしていくことを長く続けていくためには、毎回違うチームを組むこともひとつの方法なのだとか。

『宇宙からの贈り物』を一緒につくったテレビ局のプロデューサーが「上田君、同じチームでは2度と仕事しない方がいいよ」って言ったんです。「次は良くならないことが多いから」って。いい状態で終わると次をさらにいい状態にしたくなるけど、そんなにはうまくいかないから、一旦チームは解散すればいいと。

プロジェクトに共感してスキルを持った人たちが集まって、つくり上げたら解散することを繰り返していく。Think the Earthは、そのサークルの真ん中を担えたらいいなって思っています。ここで面白さを経験した人が、また次に自分のサークルをつくっていってくれるといいなと。

Think the Earthを中心に、創造性あふれるプロジェクトの輪が広がっていくようなイメージが描けますが、さらにそれを時を超えて次世代につないでいくために、今まさに動いているプロジェクトが「SDGs for School」(2017年〜)。

教材として制作する書籍、冊子、映像や、課題が起こっている現場へのスタディツアーなどを通して、SDGsの知識よりも活動のアイデアを多くの子どもたちと先生に届け、実際に行動を起こしていこうというムーブメントを生み出しています。

教室だけではなく社会全体を子どもたちの豊かな育ちの場にしようと、活動を積み重ねること6年。その成果は確実に積み上がっています。

【写真】SDGs for Schoolの参加者である先生方と上田さんの集合写真

ひとりの先生の先に、数百人の子どもたちがいて、それが何年か続くと千人単位の子たちに伝わるんですよ。僕らが「伝わってほしいな」と思っていることに共感してくれた、パッションのある先生を通じて数千人に伝わる。累計するともう十万人ぐらいになってます。まだまだマスとは言えないですが、インパクトがない数字ではなくなっていますよね。

「マスではなく小さくても伝えよう」と活動を始めたThink the Earthでしたが、「楽しい」や「やりたい」を起点にした創造のエネルギーが人から人、団体や企業へと伝わり、今では創造性を活かした社会課題をテーマとしたメディアやプロジェクト、ビジネスも珍しくなくなりました。NPOやNGOのチラシやホームページも、20年前とは随分デザインが変わったように感じます。

今やその潮流は、確かな影響力となってじわじわと社会を動かし始めています。それは長期的に見ると、マスメディアの単発の発信よりも力強く、社会を根底から動かしていくのかもしれない。確かな手応えのある仕事を積み重ねる上田さんのあり方を通して、私はそんなこと感じ取りました。

【写真】右側にうえださん、左側にいけだとくどうがテーブルをはさんで座っている

窓を開けて、空を見よう

創造性を活かした社会課題へのアクションを「仕事にする」と決めてから約20年。上田さんのモチベーションはさらに高まり続けているように思えます。それは根っからの“応援団気質”ゆえのようです。

僕は学生の時に応援団の吹奏楽部にいたんですが、「この人のために頑張りたい」という対象があるときに、自分の中ですごく動く感じがするんですよね。

SDGs for Schoolは僕がリードはしていますが、何のためかというと、先生たちを応援したいから。応援したい先生だらけで、先生たちの先に子どもたちがいるので、さらにその子たちのためにがんばりたいっていう相互作用のようなものも生まれています。お互いに恩返しし合っていたら、いつの間にかものすごい勢いでプロジェクトが進んでいる感じなんですね。

だから僕はリーダーシップというよりも、フォロワーシップで動いているとも言えるかもしれない。

そんな上田さん、「今が一番遠くが見えている」と、人生のイメージを螺旋状の塔になぞらえて語ってくれました。

僕は人生に、螺旋状の塔を登って行くイメージを持っているんですよ。下にいる時は遠くが見えないんですけど、上がっていくとだんだん遠くが見えて、木しかないと思ったけど森だった、森の向こうに海があった、海の向こうにさらに大陸が見えてきた、という感じで、ちょっとずつ視野が広がっていく。

そう思うと、ぐるぐる回っていてもいいのかなって。悩んだり迷ったりしても、上がってるって思えていれば遠くが見えるようになって、より大きな仕事ができるようになったりするのかなって思います。

【写真】本をめくるうえださんの手元

上田さんの話はいつもこんなふうに、イマジネーションと共にあるような気がします。想像力と創造力、その双方をフル活用して自分の人生をも豊かに彩っているように感じました。そう伝えると、「小さい頃から宇宙好きだったからですかね」と笑いながら、こう語ってくださいました。

自分への関心よりは、外の世界への関心のほうが強かったんだとは思うんです。小説もよく読んでいましたし、自分の中に世界が広がっていくのは面白かったですね。外の広さと内側の広さがインターフェースしていくとすごく楽しいじゃないですか?人間は面白いなあと思うところですね。

そうやって内面の世界を広めていくと世界を豊かに感じられる気がします。視野を自分の心の中に持つということは、多分これからの時代にとって大事なんじゃないかなって思います。

内面を広めていくために上田さんが勧めてくれたのは、空を見るということ。

僕は「デザイナーになるなら空をぼーっと見る時間をつくるといいよ」と言っています。空は必ず上にあるじゃないですか?空ってもう宇宙そのものですし、そこから世界とつながっていく感覚をすごく感じることができるんです。

そして上田さんの中からアイデアや企画が生まれるのは、散歩をしていたりたわいもない話をしていたり、あるいは楽器を奏でていたり、集中していたり脳に刺激はあってもストレスのない状態の時であることが多いとのこと。

今の時代は情報が早く、あっという間に脳が埋め尽くされちゃいますが、ずっと脳の中がざわめいてると何も生まれてきません。静寂の中から、何かが生まれる。それを僕はクリエイティブ・サイレンス(創造的静寂)とかクリエイティブ・ソリチュード(創造的孤独)と呼んでいます。何かを生み出したいときには、脳の静寂の時間をもつことが大事だと思いますね。

思えば私も、自転車に乗っていたり料理をしていたり、ふとした隙間時間に執筆中の記事のタイトルを思いつくようなこともあります。そんな時はアドレナリンが出て必死にメモをとったりしますが、それも脳の静寂から生まれたものだったのでしょう。

行き詰まった時は一旦考えるのを辞め、自分なりの静寂の時間を取ってみる。ついがんばり続けて駆け抜けてしまう日々の中で、心に留めておきたいと思いました。

【写真】左からいけだ、うえださん、くどうが、カメラを見つめ微笑んでいる

最初から最後まで、「宇宙」や「世界」とつながる感覚を抱きながら何かを生み出していくプロセスを丁寧に言葉にしてくださった上田さん。少年時代から広い世界に心惹かれ、さまざまな経験を積み重ねたからこそ広がった内面が、上田さんの持つ唯一無二の創造性を生み出していると感じました。

でも、そうじゃない私にも「創造性はある」と上田さんは断言してくれました。「自分の創造性に対して自覚的であろう」と。

本や映画を楽しむことで自分の内面の世界を広げること、空を見上げてこの世界を「豊かだ」と感じながら生きることは、誰にでもできるはず。そして上田さんがヒントをくれたように、忙しい日々の中でも、ひとときの脳の静寂を大切に。

私たち一人ひとりのそんなあり方が、より良い未来創造のための何よりも大きな力になっていくのだと思います。

約2時間に渡るインタビューを通してたっぷり受け取った上田さんの言葉たちを、読者のみなさんにも惜しむことなくお届けしました。この記事が、みなさんが自分の中の創造性を信じて、楽しみながらより良い未来へと歩み出すきっかけになったら嬉しいです。

関連情報:
一般社団法人Think the Earth ウェブサイト

(撮影/野田涼、編集/工藤瑞穂)