「やりたいことがあるけれど、私には無理だな」
自分で自分を否定してしまって、一歩踏み出せなかった経験はありますか?
思い返してみると、私はそんなことがしょっちゅうあった気がします。
「こうなれたらいいな」「けど、今さら頑張ってもどうせ遅いよな」とか、「あれができるようになったらいいな」「けど、もうできる人はたくさんいるしな」とか。
そんな小さな諦めが積もり積もって、いつしかやりたいこと自体が何なのか、自分でもだんだんわからなくなってしまったり。
自分には何もない、何もできないと、ネガティブな気持ちに覆われて、心がどんよりと重たくなっていく。そんな自分が、自分でも好きになれなくて……。
「やりたいことにブレーキをかけてくるのは、『内的批判者』といって、決して悪者ではないんですよ」
たまたま参加したワークショップでそう教えてくれたのが、「一般社団法人日本プロセスワークセンター」設立ファカルティである桑原香苗さんです。
桑原さんは、プロセスワークをベースにシステム思考、U理論、意識の発達理論などを取り入れ、人と組織が地球全体の一部として幸せに生きることを目指し、カウンセリングやコーチング、人材・組織開発、社会課題の解決への取組みなどを行ってきました。現在は、有限会社フィールドシフト代表取締役、NexTreams合同会社共同代表、特定非営利活動法人JEN代表理事などをされています。
そしてプロセスワークとは、ユング心理学から始まった「人の行動を生み出す内面・意識のシステムを理解し、心の中の葛藤や症状を解消するための技術」。個人の深層を集団の動きの理解や葛藤のファシリテーションにも応用する手法であり、世界中の家族や組織、地域、国同士など様々な関係性における問題解決に用いられています。
桑原さん自身もプロセスワークと出会って、自分自身や他者、そして世界との向き合い方が上手にできるようになったと感じていると言います。
自分のチャレンジにブレーキをかける否定的な内的批判者。その存在とうまく折り合いをつける方法がわかれば、今より自信を持って、少しずつ新しいことに飛び込んでいけるようになるかもしれない――。
そんな期待を胸に、今回は桑原さんにプロセスワークのことと、内的批判者との向き合い方について、たっぷりとお話を伺いました。
見えている世界が違う……他者との溝、どうしたら埋まるんだろう?
まずは、桑原さんがなぜプロセスワークに興味を持ったのか、その背景について聞かせてもらいました。なんでも子どもの頃の桑原さんは、かなり凸凹があったそうです。
他人にとって何がよくて何がダメかが分からなくて、自分でいいと思うことしかできなかったんですよね。だから、自分では合理的に筋の通った行動をしているつもりなのに、よく周りの人から「なんでそんなに自分勝手なの?」「普通に考えて、それはおかしいでしょ?」と責められることが多くて。でも、社会の規範とか常識とかもピンとこないから、相手の言っていることが納得できなくてモヤモヤしていました。
そんなふうに、世界が自分には理解できないルールで動いているような感覚を抱えていた桑原さん。その息苦しさを「いつも周囲に見えない赤外線が張り巡らされている感じだった」と、振り返ります。
私も強情だから、悔しくて「みんなが悪い、世界が悪い!」って思っていました。でも、そんな態度でいると相手からは「お前のほうが悪い!」と言われ続けるから、一向に溝が埋まらないんですよね。
それで、大人になるにつれて「この溝はなぜ生まれるんだろう? どうしたら埋まるんだろう?」と考えるようになって。幼い頃から積み上がってきたこうしたモヤモヤが、いま思えば後々にプロセスワークへの興味につながったんだろうなと感じます。
その後、大学から大学院にかけては文学研究に専念した桑原さんは、卒業してから国際交流基金の日本語教師養成講座に通い、インドネシアに派遣されます。そこで桑原さんは、今まで体験したことのないような深い溝のある世界に触れました。
日本は太平洋戦争時にインドネシアを侵略し、3年間ほど統治していました。その期間の国民の生活はとても過酷だったようです。私も親友のお父さんから、当時の大変さや、10代だった妹さんが行方不明になったままだと聞きました。今でもそのことを思い出すと、申し訳なさでいっぱいになって、言葉に詰まります。
また、1990年頃の日本は経済的にもすごく伸びていた時期で、自国の経済圏をより広げていく国策のひとつとしても日本語教師の派遣を奨励していたと思います。日本からインドネシアへの巨額の政府開発援助はかなり日本企業に還流していましたし、私にはそれが軍事侵略に代わる経済侵略のように感じられました。そこに自分がごく一部でも加担している……と思うとだんだん食欲がなくなり、一時は体重が40kgを切ってしまったんです。
文化的な摩擦、国と国との間にあるどうしようもないほどの大きな溝に足を取られ、身動きが取れなくなってしまった桑原さん。そんな彼女を救ったのは、現地で習い始めたインドネシアの古典舞踊でした。
その頃は本当に休みもなくて、限界まで働きづめだったんですけど、土曜日の午前中にある1時間半の踊りのレッスンだけは、どんなに忙しくても欠かさず通っていました。すごくゆったりとした空気の中で、心地よい宮廷音楽が流れてきて、その空間に浸りながら体を動かしていると、すごく気持ちが楽になったんですよね。
それは、自分の中でグッと握りしめるように凝り固めていたものが、解けていくような感覚でした。これもまた、身体性を大事にするプロセスワークへの導きだったのかもしれません。
鼻水になりきってみたら、道がひらけた
日本語教師の3年の任期を終えて帰国した桑原さんは、踊りで得た解放感に心を委ね「好きに生きよう」と決意します。そして、やりたいことを30個ほど書き出して、片っ端から取り組んでいきました。
そのうちのひとつにあったのが「ユング心理学を勉強する」という項目です。それは、人と人の間に溝ができるメカニズム、そこに橋をかける方法を知りたいと願ってのことでした。
大学院に入り直そうとして落ちた時、肩がぶわっと軽くなったんです。ああ、院には行きたくなかったんだと初めて分かって。そんな折に、プロセスワークのワークショップの募集を見つけました。
その時はプロセスワークのことはまったく知らなかったのですが、ユング心理学を教えていた研究所の主催でしたし、思いきって参加してみたんです。
プロセスワークは、ユング派の分析家だったアーノルド・ミンデル博士が1980年代に創始した心理学です。初期には「プロセス指向心理学」と呼ばれ、後に心理学にとどまらない学際的アプローチとして「プロセスワーク」と呼ばれるようになりました。
個人の心の中にある様々な声や葛藤を扱い、その考え方をカップルや家族セラピー、組織開発などに用いるほか、地域や国同士の葛藤、地球全体の生態系の問題にも応用する試みをしています。
世界中の様々な対立や問題解決のために活かされているプロセスワークは、今もなお発展を遂げているのだそうです。
プロセスワークの内容もよく知らないまま、新しい学びの世界に飛び込んだ桑原さん。初回の講座を受けて「これこそ自分の学びたかったものだ!」と感動したそうです。
ワークショップの中で、プロセスワークの仕組みを体感するためのエクササイズがあって。講師の人が「桑原さん、何か体の症状で困ってることはある?」と聞いてきたので、アレルギー性鼻炎があると答えたら、「じゃあ、今から鼻水になってみてください」って言われてね。
思わず「は?」って返しちゃったんですけど(笑)、そこから「鼻水は、どんなイメージ?」「ストンって出る感じです」「じゃあそれを全身で表現してみて」「はい」と講師に誘導されるがまま鼻水になりきってみたら、すごく気持ちよかったんですよ。
この感覚は説明が難しいんですけど、かつて踊りで心身がともに救われた経験とも重なって、「もっとプロセスワークの仕組みを詳しく知りたい!」という気持ちがどんどん湧き上がってきました。
こうしてプロセスワークと出合った桑原さんは、アメリカへの留学などを通して専門的な学びを深めながら、プロセスワーカーとしての道を歩み始めました。
その後、一般社団法人日本プロセスワークセンターなどの専門機関の設立にも尽力しつつ、「この学びをもっとたくさんの人に伝えていきたい」という思いを胸に、個人へのカウンセリングや、企業での人材・組織開発などに携わっています。
本来の“パターン”を取り戻す。プロセスワークがもたらすもの
では、「プロセスワーク」とは、一体どんなものなのでしょうか。あらためて桑原さんに尋ねてみると、次のように説明してくれました。
プロセスワークとは、ユング心理学をベースにして、メンタルの調子が悪くなった人たちに対する支援のために作られたファシリテーション技法です。何をファシリテートするのか。それは、人や集団、社会、物事に流れている“パターン”や“流れ”(=プロセス)です。
この世界の生きとし生けるものは、環境に応じて健やかに変化していく力をもっています。けれども、いろんな考えや感情が絡んでくると、そのパターンが乱され、一つのパターンに固着したりして、本来の力を発揮できなくなってしまう。プロセスワークとは、「人の行動を生み出す内面・意識のシステムを理解し、乱れた流れを健やかに整える技術」とも表現できます。
人の行動を生み出すシステムを理解する――言葉だけ聞くと、なんだか壮大で難しそうですが、桑原さんはさらに具体例を交えながら、プロセスワークのエッセンスを分かりやすく解説してくれました。
例えば、目の前にケーキがあって、食べるかどうか迷っているとします。この時、心の中には「食べたい」という自分と、「食べたくない」という自分、必ず両方いるんですね。プロセスワークでは、自分の中で複数の異なる自分がぶつかり合って拮抗している状態を「悩んでいる」と捉えます。
ここで難しいのは、ぶつかり合う自分は大抵、どちらも正しいことが多いんです。けれども、どちらかを無自覚に選べば、選ばれなかったほうは「否定された」と感じる。つまり、自分が傷ついてしまう。これを知らず知らずのうちに繰り返していくと、否定され続けた自分が抑え込まれて、本来のパターンから狂ってしまうんです。
そうならないように、プロセスワークでは自分の内面の「食べたい自分」と「食べたくない自分」をそれぞれ自立した人格として捉えて、「なぜ食べたい?」「食べたらどうなると思ってる?」と聞いて対話してもらい、双方が納得する“第三の道”を見いだせるようにファシリテートしていきます。
こうしたプロセスワークのスキルは、一人の心の中の葛藤や症状を解消することにはもちろん、カップルや家族向けのセラピー、組織・人材開発、はたまた地域や国の間の紛争解決、地球規模の生態系の調整などにも生かせるそうです。
私たちは、一人の中にいろんな自分がいる“複雑な生きたシステム”
プロセスワークの核を捉えるポイントとして、桑原さんは「人を複雑なシステムだと認識すること」を挙げました。
先ほどは「自分の中には複数の異なる自分がいる」と言いましたが、これは2つ3つなんてものじゃなくて、100、あるいは1000くらいあると考えられます。その1000の自分が複雑に絡み合い、影響し合っている。
この「たくさんのパート(要素)がつながっているひとかたまり」のことを、プロセスワークでは「システム」と呼びます。
人はみな、複雑なシステムです。内部でたくさんのパートが絶えず動き続けているからこそ、1秒前と1秒後ではまったく違う意見になっていることだって珍しくはありません。
ケーキを食べたい自分、食べたくない自分のほかにも、ホッとしている自分、緊張している自分。遊びたい自分、寝たい自分。調子のいい自分、調子の悪い自分……。
それぞれに意思を持ったパートが1000くらいあって、心の中で共同生活をしている。
そして、その時の全体のパワーバランスの中で、目立ったパートが現実の自分に反映される。
そう捉えると「たしかに自分の意見や意思なんて、ちょっとしたことでコロコロ変わりそうだな」と納得できる気がします。
自分の中にはたくさんのパートが存在しますが、パート同士にも仲良しだったり、仲が悪かったり、お互いを全然知らなかったりと、人間のコミュニティと同じようにいろんな関係があります。その関係のあり方によって、意識が向きやすいパートと、そうでないパートが出てきたりする。
人間の「意識」とは、スポットライトだと思ってください。それは一度にほんの一部のパートしか照らすことはできません。
いまライトが当たっている範囲では「そんなこと無理だ」と言っているパートしか見えていなくても、ほんの少しライトを動かしたら別のパートが「できるよ!」と力いっぱい叫んでいるかもしれません。
プロセスワークでは実際に体を動かしながら、こうした人間の意識の多様性を感じ取り、スポットライトの動かし方を学びます。
自分の体で意識の焦点を動かす練習をすると、「無意識の領域があって、そこには自ら意識を向けられる」という感覚をつかみやすくなる。
その感覚を体で覚えると、自分の内面のパートでも同様に意識を動かせるようになっていくのだそうです。
……さて、プロセスワークの基本的なレクチャーはここまで。ここからは、この記事の主題でもある「内的批判者」との向き合い方について伺った内容を、対話形式で皆さんにお伝えしていきたいと思います。
挑戦のじゃまをする「内的批判者」も、あなたの幸せを願っている
――何かにチャレンジしようとするとき、「やりたい、やれる」と思う自分の声と、「あなたには無理」「こんな問題が起こったらどうするの?」と引き止める自分の声が聞こえる経験って、誰もがきっと持っていると思うんです。
こういう時、プロセスワークでは「やりたい」という自分と、「無理だ」という自分を、別々の部分として捉えて考えるんですよね。この両者の間で、どんなふうに折り合いをつけていけば、気持ちのよい決断ができるのでしょうか?
プロセスワークでは、そうやって自分を押さえ込もうとしてくる部分を「内的批判者」と呼ぶんですね。ここで重要なのは「内的批判者は決して悪者ではない」という認識を持つことです。
――えっ、そうなんですか?正直、何かと足を引っ張る厄介者のように感じていました。
いじわるに感じちゃいますよね。でも実は、過去の経験や学びから、あなたが必要以上に傷つかないように守ろうとしてくれるんですよ。ただ、「いま目の前の状況に、内的批判者の声が有効に働いているか」というのは、また別の問題です。
たとえば、小さい頃はとても明るく陽気だった子が、あるとき親から「女の子らしく大人しくしてなさい!」と怒られたとします。すると、「大人しくするのがいいこと、そうしないと怖い目に遭う」と学んだこの子の内的批判者は、陽気な自分が表に出そうになるたびに「ダメだよ、また怒られるよ!」と注意をするようになったりするんです。
――なるほど……怒られた時はたまたま大人しくするべき場面だったかもしれないのに、「大人しくないと傷つけられる!」と学んだ内的批判者は、その後もところ構わずブレーキをかけてしまうんですね。
そういうことがよく起こります。プロセスワークでは、内的批判者が行動を抑制する根拠のことを「エッジ」と呼びます。大事なのは、なぜその人がブレーキをかけてくるのか、エッジが何なのか知るために、その声にしっかり耳を傾けることです。
エッジの正体が明らかになると、「それは過去のことで、今の状況とは関係ないね」「その前提はそもそもおかしいかも」と気づくことが多いんです。
――そうやって冷静にエッジを見極められると、内的批判者も「あ、それなら今回はチャレンジしても大丈夫そうかも」と、納得してくれると。
そうそう。ここで内的批判者の声を無視して突き進んでも、結局は自分が傷つくことになるんです。「やりたい」と意気込む自分も、それを止めようとする自分も、どちらも大事なあなた自身だから。
ただ、現状で「やりたい」という自分と「できない」という自分、2つの自分が認識できているとしたら、それは比較的よい状態だとも感じますね。「やりたい」の声が聞こえなくなっていて、「何もできない、どうせ自分には無理」と考えるのが当たり前になっている状態の人が、今はかなり多いと思います。
――「やりたい」という自分が完全に押し殺されている、というわけですね。
あらゆる生命、特に人間にとっては、「死ぬまで新しいことを学び続けること」は生存戦略としても重要です。新しいものに出会った時、「これ食べられる?」「この相手は仲間になれる?」と試して学び、学びを喜びに感じたからこそ、私たちはここまで進化してきたわけですから。
だから「新しいことをやりたい」と思う自分は、強弱はあれ、心の中に必ずいるはずです。その声を無視しているのは、生きている実感や喜び、幸せを感じにくい状態だとも言えます。
相反する自分同士を上手に対話させる、「名付け」の魔法
――エッジを理解するために「内的批判者の声を聞く」というのは、具体的にどうやってやったらいいのでしょうか?
実は、内的批判者だけに限らず、自分の内面にいるいろんな自分と上手に対話をする魔法が2つあります。
1つ目は「名付け」の魔法です。内側にぼやっとあるものは、実体がないから扱いづらい。だったら、何でもいいから仮の体を用意して、それに名前を付けて固定してあげればいいんです。
――仮の体……どういうことでしょう?
先ほど出した「ケーキを食べようか悩んでいる」例で考えてみましょう。まずは目の前にある鉛筆に「ケーキを食べたい自分=Aさん」、消しゴムに「内的批判者(食べるな、と言っている自分)=Bくん」と名付けます。
次に、それぞれの言い分を聞いていきます。大抵、内的批判者のほうが声が大きいので、まずはAさんに食べたい理由を全部しゃべってもらいます。どんな理由があると思いますか?
――「期間限定の商品が出てたから」「今日は仕事で疲れたのでごほうびが欲しいから」とかですかね。
そう、きっと食べたい理由は1つじゃない。それを言い切ると、体がホッとするはずです。そして、大体の理由はすべて「幸せを体感したいから」だという願いから来ていると気づくでしょう。
それを把握した上で、今度は内的批判者のBくんの声を聞いてみましょう。BくんもAさんと同じように、あなたの幸せを願っています。だからこそ、「太るからダメ……だと思ってたけど、何で太ったらダメなんだっけ?」と、内省を迫られることになります。
――その内省から、先ほどの話にも出てきたエッジが見えてきそうですね。
その通り。自分が「他人の声、社会の常識」を無意識のうちに当たり前にしていたこと、それが本当の自分の幸せにつながっていないことに気付くきっかけが、この内省から生まれてくるんです。
こうした自分との対話って難しいと思われがちですが、本当は皆さん普段から無意識でできていることでもあるんですよ。日々、人間はいろんな決断をしていて、その度に自分の中にあるいろんな声に耳を傾けているはずですから。
――「難しい」と感じるような決断にこそ、厄介なエッジが隠れているケースが多そうですね。
そうだと思います。明らかに自分の中で十分な対話ができていない、思考停止になりがちな領域が、誰にでもきっとあります。心に負荷のかかる重大な問題ほど、そうなりやすいです。もし、「ちょっと決めるのがしんどいな」「思考停止してそうだな」と感じたら、ぜひ名付けの魔法を使って、対話を実践してみてください。
私の味方は、私です。心の中に劇団を
自分の内面にいるいろんな自分と上手に対話をする魔法の2つ目は「“わたし”の劇団化」です。さまざまな自分と対話をする感覚は「自分の中に劇団がある」と考えると、とてもつかみやすくなるはずです。
――劇団となると、どんな役割がいるのでしょうか?
いつも主役をやりがちな人、悪役や脇役、内的批判者もレギュラーメンバーのひとりです。その他大勢の観客、舞台裏には脚本家や照明さん、音響さんもいます。人の中には本当にいろんなパートがあって、それぞれの役割を演じてるんですね。そして、いま表に出ている現実の自分は、この劇団の中でスポットライトが当たっている部分が反映されるものと捉えてください。
ここのポイントとなるのが「スポットライトは自分の意思で動かせる」という認識を持つことです。何か停滞感があるとき、つらい状態が続いているときは、スポットライトがよくないところで固定されていることが多いんですよ。エッジに囚われた内的批判者とか。
――ライトを動かせることを知っていれば、そういった場合でも冷静に内面と向き合って対処できそうですね。何か困ったとき、踏ん張りたいときなどに、スポットライトを向けるとよさそうな役柄などはあったりするんでしょうか?
2つあります。1つは、とにかくポジティブに応援してくれる「サポーター」です。内的批判者は「自分を守るため」という使命を背負っているので、言い方がキツいんですよね。心が元気ではないときは、その声に自分自身が傷ついてしまうことも多々あります。
そういうときにスポットを当てたいのが、サポーターです。「いやいや、君はよくやっている、本当に頑張っているよ」と励ましてくれるサポーターをそばに置いておくのは、心を健やかに保つ上で、とても大事なことです。
サポーターにスポットライトを当てたいなと感じたときには、ぜひ労う気持ちを持って、自分の肩をポンポンと優しく叩いてみてください。体に物理的な刺激を与えると、スポットライトを動かしやすくなります。
――ホントだ。自分で肩を叩いてみると、フッと肩の力が抜けるような感覚があって、気持ちが切り替わりそうです。
もう1つは、「究極に最高になれた自分」です。これは「こうなりたい」ではなくて、「すでになっている」自分だと捉えてください。あなたの劇団の中には、すでに理想に届いているあなたが、必ずいます。最高に向かうための豊かなエネルギーを、みんな元から持っているんですね。そんな「究極に最高になれた自分」にスポットライトを当てると、そのリソースを現実に引き出すことができるんです。
――サポーターのように、「究極に最高になれた自分」にスポットライトを当てるコツなどはあるのでしょうか?
「なりきり」が効きますよ。現実で、理想の自分になりきるんです。プロのアスリートがするイメトレに近いものですね。たとえば……歌うのが好きな人なら分かると思いますが、お酒を飲んでカラオケに行って、好きなアーティストになりきったつもりで歌うと、気持ちがいいですよね。
――分かります、めちゃくちゃ気持ちいいです(笑)
お酒やセットがない状態で、その「なりきり」ができるようになるのが理想です。何かに迷ったとき、最高の自分になりきって行動してみる。そうすると、現実でも最高な自分に、少しずつ近づいていけるはずです。
また、このときの「最高」というのは、自分自身だけで完結する状態でなくても構いません。「みんな仲良く」とか「地球が平和に」とか、どういう状態が最高なのかは、その人次第ですから。周りの環境を含めた「最高」になりきれるくらいイメージができると、きっと行動もポジティブに変わっていくし、幸せを感じられる幅もグッと広がっていくのではないかな、と思います。
――いきなり「なりきり」をやるのはちょっと恥ずかしいな……と思う方もいらっしゃるかもしれません。そんな人向けに、もう少しハードルを下げてトライできそうなことって、あったりしますか?
そういう人は、そもそも「スポットライトを動かせる」という感覚をつかむためのエクササイズとして、「普段の自分なら絶対やらないけど、実はちょっとやってみたいと思っていることをやってみる」というのをオススメしたいです。
例えば、お化粧をしたことのない男性がお化粧してみたりすると、すごく意識が変わるきっかけになったりする。ほかにももっと日常的なところで、普段通らない道を歩いてみるとか、普段買わないものを買ってみるとか、そんな些細なことでもOKです。
いつもと違う行動をすることで、普段の自分が小さい範囲の中に閉じこもっていたのに気づく。この経験が「意識の方向さえ変えればどこにだって行ける。意識のスポットライトは動かせる」という感覚を、自分に教えてくれるはずです。
――今のお話を聞きながら、転職や引っ越しなどで「今いる場所から環境を変えてみる」というのも、スポットライトを動かせることに気づくきっかけになりそうだなと思いました。
まさにそうですね。ひとつの場所に長く留まっていると、どうしても「こうあらねば」と意識が一定の方向に固まりがちになります。環境を変えると、入ってくる情報が大きく変わりますから、スポットライトは半ば強制的に動くことになるでしょう。
重要なのは、スポットライトが一箇所に固定されないこと。プロセスワークでは「流れ」を大事にしていますが、固定とはその真逆の方向性です。
システム内のすべての要素がつながり合って、そこにエネルギーが流れ続けている。そのうねりに合わせて、スポットライトも絶えず動き続ける。そういう状態が、自分の持つ本来の力を十全に発揮できるんですね。
他者からの批判、「受け取らない」ことも大事?
――ここまでは「内的批判者との向き合い方」を軸にお話を伺ってきたのですが、自分の外から批判をしてくる他者との向き合い方についても、ぜひ聞いてみたいです。今はSNSなどで、まったく顔の分からない人から批判を受けて、不意に深く傷ついてしまうケースも増えていると思います。こうした他者からの批判を、なるべく心穏やかに受け取るには、どうしたらいいのでしょうか?
外からの批判で大きなダメージを受けるのは、多くの場合「自分の内的批判者との声と重なった時」なんですよね。そういう時には「あ、今のは自分の声と重なったから余計に傷ついたんだな」と俯瞰して受け止めると、いくらか心を落ち着けられると思います。
あとは、ケースバイケースだけれども「他者の批判を自分ごととして受け取らない」というのも大事です。
――えっ、受け取らなくていいんですか?
プロセスワークの基本は「あらゆることをなるべく自分ごととして受け取ろう」というスタンスなんですけど、すべてを本気で自分ごととして受け止めていったら心が保てないのも事実です。だからこそ、自分のコンディションと相談しながら「今は受け止める」「今はちょっと止めておく」と選択するのも重要なんですね。
少し落ち着いて「受け取ってみよう」という気になったら、先ほどの「名付けの魔法」の出番です。他者と重なった内的批判者と、批判されている私、両方の声をしっかり聞いてあげる。
こうして批判をいったん自分から切り離すことで、心の負担も軽くなり、健全に問題の本質と向き合えるはずです。
――なるほど……「受け取らない」という選択肢もあっていい、というのは大きな心のセーフティになりそうだなと感じました。
最後にもうひとつ、ここまでのお話で個人的に気になったことを聞かせてください。精神論として「自分の本当の敵は自分」だとか「自分に負けない」という言葉がたびたび使われると思うのですが、自分の中に「敵」や「勝ち負け」をつくるのって、いいことなんでしょうか?
「自分に負けない」というのは「内的批判者に負けない」とも言い換えられるはずで。今日の桑原さんのお話から、「内的批判者も自分を守ろうとしてくれる存在だ」ということを学びました。それを「敵」と置いて「負かす」という意気込みで否定するのも、あまりよくない気がしているのですが……。
「負けない」というのが、「対話をせずに押さえつける」となってしまうのならば、そのスタンスはおすすめしません。
大概、そういう場合の「敵」って、「サボりたい自分」だとか「弱い自分」などだと思います。ただ、「サボりたい自分」にも、その人なりの正当な理由があるんですね。その言い分を聞いた上で、その人も、そのほかの自分たちも納得する道を模索できるのが理想です。
――いろんな自分がいること。それぞれの主張には正当な理由があること。その理由に耳を傾けた上で、「いま最も尊重するべきなのは、どの声かな?」「第3の選択肢はあるかな?」と模索すること。迷った時にこそ、この自分の中での対話のプロセスを大事にしたいなと、あらためて感じました。
そうですね。自分の意識や視点も、常に流れるように行ったり来たりしていることが大切です。いろんな自分がいることを知れば知るほど、他者とのコミュニケーションもきっと上手になりますよ。
「できる」と言う自分も、「できない」と言う自分も、ぜんぶ抱きしめて
今回の桑原さんのお話から学べたことはたくさんありますが、一番印象に残っているのは「挑戦を足止めする自分も、サボろうとする自分も、根底では自分を大事にしようとしているんだ」という事実です。
正直に言うと、ネガティブな自分、怠惰な自分などは、抗うべき「敵」のように感じていました。けれども、その人たちも自分を大切に思う「仲間」だったんだなと認識を改められたことで、すごく気持ちが楽になったように感じたし、自分がより愛おしく思えるようになった気がします。
そして、悩んだときに頼れそうな、とっておきの魔法まで教えてもらえました。名付け、劇団化、なりきり……すぐに上手く活用できなくても「助けてくれる魔法がある」という事実が、きっとお守りのように心の支えになってくれるはずです。
今後もきっと、少し強気な内的批判者の声にふと傷つくことは多々あるでしょう。けれども、私は知りました。その人は対話しながら一緒にベストな選択肢を考えられる仲間だってことを。たくさんの自分がいるからこそ、選択はいつだって変わり得るし、変えていいんだってことを。
この学びを忘れずに、これから少しずつ新しい挑戦を増やしていきたいです。スポットライトを軽やかに動かして、その時々の最高な自分を照らしながら。
関連情報:
一般社団法人日本プロセスワークセンター ウェブサイト
(撮影/金澤美佳、編集、企画・進行/工藤瑞穂、協力/永見陽平)