【写真】ベランダの手すりに手をかけカメラを見つめるよこやまとしこさん

歳を重ねるにつれて、友人との会話が「難しい問題だね」で終わることが増えました。

子どもに悪気はないのに怒ってしまい、あとで反省したこと。

職場では、誰もが最善を尽くしているのに、どうしても改善しないプロジェクトがあること。

SNSでは、異なる考えや価値観をもつ人同士の対立に触れて、いつのまにか疲れてしまうこと。

10年前の自分なら「誰かが悪い」と白黒つけられたかもしれない話題でも、答えが出ずに言葉を探す瞬間が増えました。誰かが悪意をもっているわけでもない。むしろ状況をよくしたい思いがあっても、なんだかうまくいかないことが世の中にはたくさんあると知ったからです。

『なんだかうまくいかない』が続いているときこそ、見えている問題の背後にどんな力が働いているかを探ってみませんか。

そう語るのは、システムアウェアネス・コモンズ代表の横山十祉子(よこやま・としこ)さん。プロセスワーク(※)を米国で学んだ後、企業の組織開発や人材開発の現場で変革を支援する手法として「システムアウェアネス」を提唱、実践してきました。

※プロセスワークとは、ユング心理学から始まった、個人や集団の深層心理や身体的な感覚を理解し、葛藤の解消や変化を働きかける心理学的な手法。

システムアウェアネスは、見えている問題の背後にある、自分の感情や身体感覚、社会のシステムや構造などを幅広く捉える手法です。個人や社会がどのようにつながって問題が起きているかを見つめ直すことで、新たな視点や解決策の糸口を見出していきます。

システムアウェアネスの知恵は、どのように日常の「なんだかうまくいかない」を解きほぐす手助けをしてくれるのでしょうか。一見むずかしそうな話題でも、いつも明るく、軽やかに語ってくれる横山さんに話を伺いました。

横山十祉子さん:
日本プロセスワークセンター代表理事としてプロセスワークの日本普及に務めたのち、組織開発/人材開発にプロセスワークを応用すべくシステムアウェアネスを手法として開発。企業だけでなく社会起業家のコーチングやその事業に関する組織開発ファシリテーションなどを手がけながら、土、大地、社会、宇宙をキーワードに有機的なシステムへの社会変容の転換点と介入を探求中。

見えている出来事の“背後”を見つめる、システムアウェアネスの視点

———はじめにシステムアウェアネスとは、どういったものでしょうか?

横山さん:システムアウェアネスは、目の前で起きている出来事や問題の背後にどんな力が働いているのか、さまざまな視点から捉えるための手法や考え方です。

深層心理学の一派であるユング派から派生したプロセスワーク(プロセス指向心理学)をもとにしています。そこに、個人や組織、社会の成長など、より広く適応させやすいよう開発しました。

環境や社会全体のシステムと、その中にある個人の立ち位置の両方にアウェアネス(気づき)を持ちながら、意識と行動における個人、関係性、組織、社会の本来もっている力や可能性を、身体感覚を通じて引き出していくことを目指しています。

———なぜ、背後にあるものに目を向けることが大切なのでしょうか?

横山さん:そもそも、私たちの身の回りで起きている問題や出来事の背後には、言語化されない感情や身体感覚、社会のシステムや構造などが関わっていますよね。

たとえば、二人の子どもを育てる母親の朝を思い浮かべてみてください。子どもたちはのんびり屋さんで支度をせずに遊んでいる。自分は「そろそろ出発しないと」と焦って、「急いで!」と声を荒げてしまう。

表面的に起きているのは「母親が怒鳴った」という出来事だけです。でも、母親の内側では「子どもたちは子どもたちらしく育ってほしい」「この穏やかな時間を大切にしたい」という願いが同時に存在しているかもしれません。

一方で、母親の頭のなかでは、過去の上司に言われた「時間を守るのが社会人の基本」なんて言葉も聞こえているかもしれません。この社会は産業革命以降、人が歯車のように機能し、効率よく時間通りに動くことが価値とされてきた側面もあるわけですからね。

こうやってさまざまな視点から出来事の背後を捉えていくと、母親が子どもに流れている時間と社会に流れている時間の狭間で引き裂かれ、苦しんでいることが見えてきませんか?

【写真】微笑みながら話すよこやまさん

——「声を荒げた」という言動は、個人の感情の問題に思えますが、社会の構造や価値観のなかで生まれているのですね。

横山さん:もちろんこれは一例ですし、人によって何が関わるかもさまざまです。

でも、人間も社会も自然も、見えているものだけで回っているわけではありません。見えない構造やシステムを捉えることで、「今の自分が立っている前提」そのものに気づけるようになります。

そうすれば、先ほどの例なら「自分だけが悪いわけではないかもしれない」と思えたり「じゃあ私はどんな時間を生きたいのか」「そのために何ができるだろう」と前向きに考えられるようになるかもしれません。

頭でロジカルに考えても「なんだかうまくいかない」と行き詰まるとき、出来事の背後にあるものを捉え直すことが解決の糸口をもたらしてくれます。システムアウェアネスは、そんな瞬間を増やすための知恵なんです。

立場を演じて、声を出し、場の“力の配置”を見る

——横山さんの挙げた例では、母親の内面や過去の上司の言葉、社会のシステムなど、さまざまな要素が関わっていました。そうした目に見えないものを、システムアウェアネスではどのように捉えていくのでしょうか?

横山さん:システムアウェアネスでは、場には目に見えない「力の配置」があると捉えます。

たとえば日常の会話や会議の場で「誰かが発言すると、皆が黙りがち」「ある話題になると空気が凍る」と感じたことはありませんか?

システムアウェアネスでは、こうした現象を「あの会議で場が凍ったな」や「あの人苦手」で終わらせず、場のなかにどんな力が働いていたのかを観察していくんです。

【写真】インタビューにこたえるよこやまさんの横顔

——たしかに日常のなかで空気がピリッと張り詰める瞬間ってありますよね。そうした場面では、どのように力の配置を観察していくのでしょうか?

横山さん:観察といっても、単に外側から眺めるだけではなく、身体を使って感覚をたどっていくことが多いんです。

前提として、システムアウェアネスでは、場にはあらかじめ「ロール」が存在していると考えます。役割や立場という意味です。

たとえば、アパルトヘイト(※)について議論するとなったら、自ずと「白人」や「黒人」といった存在が意識されますよね。職場であれば「リーダー」「メンバー」「顧客」、家族なら「母親」「父親」「子ども」などがあるかもしれません。こうしたロールを実際に演じながら、身体感覚とともに背後にある力の配置に気づいていくんです。

※アパルトヘイト:かつて南アフリカ共和国で行われた人種隔離政策。白人が黒人を制度的に差別し、生活や教育、就労などあらゆる場面で分断していた。

先ほどの例なら複数人で「母親」や「子ども」のロールを演じ分け、交代しながら探っていきます。

すると「母親」からは焦りや責任感の声が、「子ども」からは自由さや楽しさの声が挙がるかもしれません。母親の感情をより理解するために、実際にはその場にいないロールを演じてみることもあります。たとえば母親の過去の職場の厳しい上司や現在の同僚などですね。

そうして声を出しながらロールを移動していくうちに「時間通りに動くことが価値とされる社会」という大きな圧力が見えてくる。社会の時間の流れも母親と子どもの関係に影響を及ぼしていることが浮かび上がってくるんです。

「自分が変われば社会が変わる」で拓かれる可能性

——システムアウェアネスの捉え方は、日常のもやもやにどのように活かせるでしょうか?たとえば、親や友人との考え方や価値観の違い、「良かれと思って言ってくれているのはわかるけれど、なんだか苦しい」と感じるような場面です。

横山さん:価値観が違うことはありますよね。まず自分の反応だけでなく、相手のロールに立って、その人が影響を受けてきた社会や環境を捉えてみるといいかもしれません。

たとえば、私の親であれば戦後の復興期から一丸となって高度経済成長をつくってきたような世代。「こうすれば幸せになれる」という成功の価値観をもっているんですよね。実際に私も「こうすれば幸せになれる」を押し付けられたと感じた経験もありました。

ただ、親なりの価値観や背後にある社会を捉えられると、少なくとも「ああ、この人は私を幸せにしたいと思って言ってくれてはいるんだな」と受け取れるかもしれません。

それ自体には感謝はしつつ「今の社会ではちょっと違うんだよね」と伝えられるといいかもしれませんよね。

【写真】インタビューを受けるよこやまさん

———身近な人間関係だけでなく、社会のニュースを見て「どうしてこんなに通じ合えないのか」と感じることもあります。こうした分断や葛藤を、システムアウェアネスではどのように捉えるのでしょうか?

横山さん:私もニュースを見て「この政治家、何やってるんだろう」とショックを受けることもあります。ただ、こういうときも「その立場に立ったらどう見えるのか?」と想像してみるんです。

まずは、とにかく調べます。その出来事が起きるまでの歴史や、背景にある価値観、その人たちがどんな現実を生きてきたのか——できる限り多くの情報に触れてみる。

すると、最初は理解できなかった言葉や行動にも「そう思うにいたった背景がある」と感じられる瞬間がある。私にとって論理が飛躍して見える考え方や言動にも、そうせざるを得ない文脈や理由がある。「なるほど、そういう価値観や土台のうえで選択をしているのかもしれない」と気づけるんですよね。

さらに、その政治家を支持する人たちのロールに立ってみると、見えていなかった苦しみや恐れも見えてきます。そして「それを理解していなかった自分」も、構造の片棒を担いでいたと感じることがあるんです。

——自分も、出来事の背後にある“見えないもの”の一部であったと認識する?

横山さん:そうですね。そもそもシステムアウェアネスでは「世界で起きていることは、自分の内側で起きていることと相似形」という前提に立ちます。つまり、社会で起きている分断や対立が、自分のなかでも起きているということです。

たとえば冒頭の母親の例でいえば「時間通りに動くことが価値とされる社会」と「子どもの時間を大切にしたい」という価値観がぶつかっていましたよね。あの対立は、社会にある効率とゆとり、成果と幸福などの価値の対立が、そのまま個人の内側にも反映されている状態と言えます。

社会で起きていることを、自分の内側にもある分断として捉えてみる。そうすると、「自分が変われば社会が変わる」という希望だけでなく、「社会を自分の内側から見つめ直す」という責任も感じられる。その往復のなかで、個人の問題と社会の問題のつながりを捉えてみることに、変化の可能性があると思っているんです。

すべてを受け入れる必要はない。キャパシティも大切に

———仮に立場をとって理解できたとしても、どうしても許せない人や考え方があった場合、どう向き合えばいいのでしょうか。

横山さん:相手の存在を信じることですかね。相手の考えや行動に同意できなくても、その人の存在そのものに意義があることは否定しない。

もちろん、無理して向き合い続ける必要もないと思います。自分のキャパシティも大切です。あるテーマや関係性に向き合う余裕がないときは「今はここまで」と線を引くことも必要なんです。

【写真】椅子に座ってお話をするよこやまさん

——ロールを演じるからといって、その立場を受け入れる必要はないのですね。

横山さん:さまざまなロールに立って理解することは、決してすべてを受け入れるという意味ではありません。私自身もそうです。先ほど立場を理解するために調べるとは言いましたが、何でも認めるわけではないし、「今は向き合えない」と線を引くこともあります。

実際にシステムアウェアネスのワークショップを経て、特定の人間関係や物事と距離を置く選択をする人もいます。何でも受け入れることが、お互いにとって負の影響を与えることもあるからです。

それぞれが、自分の存在意義を生きられる社会へ

——システムアウェアネスにおいて、そもそも「アウェアネスをもつ」とは、どういうことなのでしょうか?

横山さん:ユング派の深層心理学では、こころの全体は意識と無意識から成り立っていると考えます。私たちの“気づく、意識する、理解する”といった営みは意識の領域。その下には、気づかないうちに影響を与えている無意識の領域が広がっていると捉えるんです。

システムアウェアネスでは、この無意識にも注意を向け、そこから何かが立ち上がり意識化されるまでのプロセス全体を「アウェアネス」と捉えます。

【画像】システムアウェアネスの出自: 深層心理学のアウェアネス:意識/無意識 • 意識/無意識の概念がベース • 右図に言う意識の領域にあるものについては、広義には全 てアウェアネスと同義 • 気づく、意識する、認識する、理解する、知っている、な どこころの意識の部分に関わる日常語は全てアウェアネス に属する • システムアウェアネスでは、無意識から立ち上がって意識 に領域に入るプロセスを含めた言葉として「アウェアネ ス」を用いる • 意識の中心を自我(ego)、こころ全体の中心を自己 (Self)とよぶ〜大文字の自己〜

提供資料

———起きている出来事や問題にすぐ反応する代わりに、背後にあるものを捉える感覚を育む、つまりアウェアネスをもつために、日常からできることはあるでしょうか?

横山さん:まずは、「ちょっとした違和感」に気づくのが出発点でいいと思うんです。たとえば、いつもの友人の会話のなかで「今日はちょっと違うな」とか、職場で「この話題になると空気が変わるな」と感じる瞬間があったら、スルーせずに少し立ち止まってみる。

新しい気づきは、何かに惹かれる感覚からだけでなく、多くの場合は葛藤を通じて生まれてきます。「なぜこうなったんだろう」と原因を探るだけでなく、「この出来事にはどんな意味があるのだろう」と好奇心をもって問い直してみる。そして、頭で考えるよりも先に、身体の感覚に耳を澄ませてみる。そうした態度が、アウェアネスを育てていくと思います。

特に今は、多くの人が無意識のうちに社会の期待や「こうあるべき」に合わせすぎてしまっている時代だと思っています。だからこそ自分の身体感覚も大切にしてほしいです。

——まずは違和感を抱いてみるだけでもいいのですね。

横山さん:よく「アウェアネスをもつとは、つまり行動することですか?」と聞かれるんです。いつも「いや、ただ気づくだけでもいいんですよ」と答えています。

【写真】ベランダにて笑顔を見せるよこやまさんの横顔

———システムアウェアネスの実践が広がった先に、横山さんはどんな社会をつくっていきたいと考えていますか?

横山さん:人がそれぞれ「この世で果たす役目がある」と実感したうえで生きられる社会になったらいいなと思っています。

私自身、子どものころから引っ込み思案で内気で、自信がありませんでした。厳しい両親に「あれもダメ」「これもダメ」と言われて育ち、自分を否定し続けていたんですよね。就職しても結婚しても、その感覚は変わりませんでした。親との関係に悩み、自分は運が悪かったと思った時期もあります。

そんなときに出会ったのがプロセスワークでした。「自分がやりたいのはこれだ」と直感しました。自分の生い立ちを深掘りしていくうちに「私がこの家族に生まれたのは、これをやるためだったんだ」と腑に落ちたんです。選んだのでも、選ばされたのでもなく「これが存在意義だ」と受け入れられた瞬間でした。

だから、みんながそれぞれの立場や背景のなかで腑に落ちて、自らの存在意義を生きられたらいいなと思うんです。

システムアウェアネスは、世界や自然のシステムのなかに一人ひとりの存在意義があると考えます。その視点に立って、どんな違いも、どんな葛藤も、全体の循環の一部として見ていくんです。

お互いが全然違っていても、「あなたはそうなんだね」と認め合える。「じゃあ山の頂上で会いましょう」とそれぞれの道を歩んでいける。そんなふうに人も動物も自然も、互いに響き合いながら生きていけたら——それが、私の夢です。

【写真】ベランダにて笑顔でカメラを見つめるよこやまさん

私たちの暮らしには、誰かが悪いわけではないのに、うまくいかないことがたくさんあります。家族のあいだで、職場で、社会のなかで「難しい問題だね」と言い合って終わるしかない場面もある。

けれど、その行き詰まりの背後には、私たちがまだ見えていない構造や流れがあるのかもしれません。悲しみや怒りの声があふれる社会に立ちすくむとき、私たちの内側にも同じ揺らぎが響いているかもしれない。

誰が悪いかではなく、背後に何が起きているのかを見つめる——。システムアウェアネスの眼差しで向き合えば、「難しい問題」との出会いも、個人と社会の関わりを見直し、新しい変化の起点を見出す入口になるはずです。そして、自分の身体感覚や小さな違和感を手放さずにいれば、その入り口は誰にだって開かれているのです。

関連情報:
システムアウェアネス ホームページ
横山十祉子さん note

(企画・編集・撮影/工藤瑞穂)