【写真】微笑みながら話すかむらけんしゅうさん

人生のとある時期、ふとした瞬間に「自分は、このままでいいのだろうか?」という問いが浮かび上がってくる。

それは就職や転職などの岐路かもしれないし、キャリアの中盤で感じる漠然とした停滞感かもしれない。あるいは、長年打ち込んできた仕事が突然色褪せて見える瞬間かもしれない。SNSを開けば、まわりはみんな順風満帆。

やりがいがない、なんてことはない。それなりに充実しているし、評価もされている。なのに自分だけが取り残されているような……そんな感覚に心当たりのある人は、きっと少なくないはず。

年齢や立場を問わず、人は人生の節目節目に、自分の生きる意味ややるべきことを見失いかける時期を経験すると言われています。

こうしたアイデンティティの揺らぐ瞬間は、40〜50代であれば「ミドルエイジクライシス」といった言葉で表現されることもありますが、実際にこうした「燃え尽きから無気力」に至る問題は、どんな年代のときにでも起こり得ると思います。そんなとき、私たちはどのように自分と向き合い直せばいいのでしょうか。

今回お話を伺ったのは、ファシリテーター・場づくりの実践家として知られる、NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事の嘉村賢州さん。ティール組織やソース原理の日本への紹介に尽力し、組織開発・対話の場づくりを軸に活動してきた嘉村さんもまた、人生の中で何度もこうした停滞と変容のプロセスを経験してきたひとりです。

【写真】屋上でフェンスを背にカメラをみつめるかむらさん

ソース原理とは、ピーター・カーニック氏が提唱した「人がビジョンを実現しようとするプロセス」を捉える原理原則。ティール組織とは、フレデリック・ラルー氏が提唱した一人ひとりの構成員に自律的判断が委ねられる新しい概念の組織論です。

ソース原理では、個人の内側から湧き上がる呼びかけを「コール」と呼びます。コールは、ティール組織でいうところの、自分が「何のために存在するのか」「何を実現するのか」という根本的な目的である「パーパス(存在目的)」との付き合い方にもヒントをくれる考え方なのだそう。

自分のアイデンティティが揺らいだとき、こうした概念からなるソース原理の考え方に、嘉村さんはとても支えられたといいます。

自分を責めたり焦ったりしがちな人生の岐路を、「次のパーパスに向かうための大切なプロセス」としてどう受けとめ、内側に聴こえるコールにどう耳を澄ませていくのか……本記事ではsoar理事のモリジュンヤが聞き手となって、嘉村さんのこれまでの歩みをひもときながら、「自分のやるべきこととは?」「このままでいいのか?」といった問いとの向き合い方を探っていきます。

「見られたい自分」から「なりたい自分」へ。学生時代の変容の原点

モリ:賢州さんは、場づくりやファシリテーションの仕事を始める前から、自身のアイデンティティを形づくるいくつかの大きな転換点を経験されてきたと聞いています。まずその歩みを教えていただけますか。

嘉村:振り返ると、だいたい7〜8年周期で大きな困難とともに、次のテーマとも出会うということを繰り返している気がしますね。そんな転機とも言える変化が初めて明確に訪れたのは、大学に入学した頃のことです。

それまでは進学校に行って、偏差値の高い大学を目指して、いわゆる学歴社会のレースをなんの疑問も持たずに走ってきました。それで京都大学に入れたのはよかったのですが、そこは今まで以上に賢い人たちばかりの集団で、息苦しくなってしまったというか……。

モリ:「勉強ができる」という自分のアイデンティティが霞んでしまって、今までやってきたレース、進んできた道に疑問を持ち始めた、という感じでしょうか。

【写真】両腕を組みながら話すかむらさん

嘉村:そうですね。そんなときに、前・東京工業大学副学長の上田紀行さんが書いたとある本に出会って。その本の中に「自分は『見られたい自分』で生きているのか、『なりたい自分』で生きているのか」を問う一節があったんです。

それをきっかけに、あらためて「なぜ自分は京都大学を選んだんだろう?」と考えたとき、ビックリするくらい内側から湧き上がるものが何もなかったんですよね。みんなが目指しているから、周りからより評価されるから……そんな軸で考えていた自分の選択は、ずっと「見られたい自分」でしか構築されていなかったことに気づいて、かなりの衝撃を受けました。

モリ:「なりたい自分」の像が、自分の中にほとんどなかったと。

嘉村:でも、それに気づけたおかげで、その後少しずつ視野が広がっていきましたね。大学2年の頃から国際青年環境NGOに参加して、チームでプロジェクトに取り組む面白さを知りました。昔からコミュニケーションにコンプレックスがものすごくあった自分が、人と一緒に動く経験のなかで友人も増えて、いつの間にか劣等感も薄れていました。

ただ、プロジェクトという単位はどうしても一過性なので、関係も育って盛り上がってきたときに終わってしまうようなもったいなさを感じるようになって。「もっと継続的なつながり、取り組みができないか」と考えて、だんだんとコミュニティに興味を持つようになったんです。

モリ:それで、自分でもコミュニティづくりをしてみようと、シェアハウスを始められたんですね。

嘉村:そうなんですよ。当時はまだシェアハウスって珍しかったので、口コミで日本中から人が集まってきて。苦労もありましたけど、すごく楽しく充実した時間を過ごすことができました。

その後、大学を卒業してから東京に出て働き始めたのですが、いろいろな葛藤や挫折があって、なかなかうまくいかなくて。そんな折に一度立ち止まって「自分は、本心で何がしたいんだろう?」と考えたとき、これまでの経験から「人の縁をつなぐこと」「人が集まったときの対立を化学反応に変えていくこと」に、一番興味があるんだろうなと思い至りました。

そこから、ファシリテーションや場づくりの領域で仕事ができないかと模索するようになったんです。

ただ、当時はまだファシリテーションという言葉自体が「対話のひとつの手法」程度の認識で、それを仕事にするという発想自体が世の中にほとんどありませんでした。自信はなかったけれど、それでも自分のやりたいこと、場づくり・縁つなぎの領域で新しい仕事をつくっていこうと決めて、2007年に「NPO法人場とつながりラボhome’s vi」(以下、ホームズビー)を立ち上げました。

ティールとの出会い、大きな使命、不意に訪れた停滞

モリ:ホームズビー立ち上げのあと、賢州さんはまちづくりのファシリテーターから組織変革の分野へ移り、やがてティール組織の日本への紹介に深く関わることになりますよね。特にティール組織に興味を持つまでの意識の変遷について、詳しく聞いてもいいですか。

嘉村:まちづくりから組織変革への移行は、ホームズビーで取り組んでいた「京都市未来まちづくり100人委員会」の続く4期目のコンペに負けたことがきっかけでした。3年以上もの間、責任者として育ててきたプロジェクトだったので、落選したときはとても悔しかったですね。

けれども、今となっては「落ちてよかった」としか思えない(笑)。あのまま続けていたら、どんどん続けること自体が目的化していっただろうし、自分も周りもステップアップできずにもっと停滞していたと思います。

その後、これまで培ってきたファシリテーションの知見を生かして、企業を中心とした組織変革の業務をすることが増えていきました。自分の技術がクライアントの役に立っている手応えがあり、とてもやりがいはあったのですが、さまざまな企業の課題と向き合っていく中で、今度はだんだんと「人類はそもそもの組織のつくり方を間違えているんじゃないか?」という、逃れがたい問いが降ってきたんです。

モリ:なるほど。

嘉村:かくいう僕自身も、当時はホームズビーを立ち上げて10年ほどだったんですが、とにかく忙しくて。仲間の生活を支えなければというプレッシャーから業務量もかなり増やしていて、月に一日休めるかどうかという状態でした。

限界に近い状態での仕事が続くなか、外での仕事を終えてオフィスに帰ってくると、メンバーたちが雑談をしている。15分くらいならいいんですが、2〜3時間も話していることもあって、それにイライラしてしまうことが増えてきてしまって。

でも同時に、そんな自分がすごく嫌だったんですよね。雑談って、本来は人生の中でもとても豊かな時間のはずなのに、それを喜べない自分はどうなんだろう、と。

【写真】テーブルを挟んで斜めに座るかむらさんとモリ

モリ:メンバー同士が安心して雑談できるのは、健やかな関係が築けている証拠でもありますよね。創発的なアイデアが生まれるきっかけにもなりますし。

嘉村:そうなんですよ。それなのに僕は「生産性」というものさしで仲間を見て、それを否定しようとしてしまっていた。そもそも働くのは、周りの人や家族を幸せにするためのはずなのに、働いているときの自分は、仲間たちが豊かな時間を過ごしているのに喜べなくなってしまっている……そのことに気づいたとき、「ああ、何か歯車が狂い始めているな」と明確に感じたんです。

ちょうどその頃、同じように忙しく働いていた友人が、長期休暇を取って海外に行ったり、何もしない時間を過ごしていたりしているのを知ったんですね。そういえば、大学の先生が数年働いた後に取る「サバティカル」という休暇制度があるなと思い出して、自分も1年くらい休んでみようかなと考え始めました。

ただ、最初は「ありえない」とすぐに打ち消しました。クライアントワークを止めることもできないし、仲間も許してくれないだろうと思ったからです。でも「1年休む」という考えが浮かんでしまったら、もうそれしかないような気がしてしまって。

モリ:その歯車をもう一度整えるためには。

嘉村:はい。それで勇気を出して仲間たちに話すと、返ってきたのは「いいんじゃない?」という一言でした(笑)。それで思い切って1年間の休暇をとって、我流で「サバティカルジャーニー」を始めたんです。これが自分の人生にとっての大きな転機になりました。

モリ:その休暇中に、ティール組織の概念に出会ったと。

【写真】嘉村さんが解説を務めた『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』

嘉村:そうなんです。ヨーロッパやアメリカに旅に出て、その途中でティール組織の研究に出会い、「これこそ、自分が求めていた組織のつくり方なのではないか」と衝撃を受けました。

それから独学でティール組織の学習を始めて、周りを巻き込んで勉強会を何度も開催し、時にはギリシャで開催するカンファレンスにまで足を運んで探求しました。その後、日本での出版に関わるなかで、幸運にも『ティール組織』著者のフレデリック・ラルーともつながることができたんです。そこから、フレデリック自身の来日ワークショップも実現させました。

そのワークショップの最終日、参加者たちと暖炉を囲んで振り返りをしていたときに、フレデリックが「僕はティールを引退しようと思っているんだ」と言ったんです。きっかけは彼のパートナーが「環境問題を勉強しよう」と提案したことで、一緒に学び始めて、自分が無意識のうちに現実に蓋をしてきたことに気づいたと。

少し学んだだけでゾワゾワするほどの危機感を覚え、「自分の子どもたちが、さらにその子どもを生みたいと思える世界を残したい」という思いが降りてきた。そして「ダディーは勇気を持ってその道を選んだんだ」と子どもたちに誇りに思ってもらえる父でありたい、と強く思ったそうです。

ティールの活動を続ければ経済的にも安定する道が確実にあったにもかかわらず、フレデリックは日本でのワークショップを最後に、世界中で予定されていたティール関連の予定をすべてキャンセルしました。そのうえで「日本での布教は賢州に託したよ」と言ってくれたんです。

光栄だと思うと同時に襟が正される思いがして、「引き受けるなら自分しかいない」と覚悟を決め、ティール組織の伝道師として、知見を広める活動に全力でコミットするようになりました。それが、2018年頃のことです。

モリ:まさに大きな使命を引き受けた瞬間だったんですね。そこからはモチベーションも上がって活動に打ち込めたと。

嘉村:そう思いますよね。なぜか、むしろその頃からエネルギーが全然上がらなくなっていったんです。SNS上ではいろいろな告知や報告をしていたから勢いよく見えていたかもしれないけれど、内側では熱も上がらないし、人間関係のトラブルも増えていって。

「ティールの第一人者」という立ち位置を争っている感じもあるし、誰かが間違った表現でティールを語るとイラッとしてしまう……そんな「正しい・間違いレース」にのめり込んでいる自分に、あるときふと気がついたんです。

自分への愛を犠牲にして、他人への愛を生み出すことはできない

モリ:また「なりたい自分」ではなく、「見られたい自分」が軸になってしまっているかもしれない……そんな状態に気づいてから、どんな軌道修正を試みていったのでしょうか。

嘉村:あるとき、関西のNPO界でとても尊敬している先輩の山中昌幸さん(淡路ラボ代表・株式会社次世代共創企画代表取締役)と、北海道の美瑛で夜通し話す機会があって。彼の事業はいつもうまくいっていて、外から見るといつもキラキラしているような人です。

そんな山中さんに思いきって自分の近況を話してみると、「実は私も直近の10年間、ずっと低迷していたんだよね。Facebookはみんなキラキラして見えるから開けなくて、どうしても投稿しないといけないときは、ほかの投稿を手で隠しながら見てたんだ」と笑いながら打ち明けてくれたんです。

「山中さんもそうだったんですか!?」と本当に驚きました。自分よりずっと先を走っているような人が、同じような悩みや苦しみを抱えていたんだと。そして、彼の「今は低迷していた時期を抜けてすごく幸せなんだよね」という言葉と、「抜け出すまでにはそれぐらい時間がかかるものなんだ」という事実に、かなり勇気をもらいました。

【写真】椅子に座ってインタビューにこたえるかむらさん

モリ:たしかに、周りからは見えない停滞感を抱えている人って、実は多そうですよね。

嘉村:それを確かめたくて、それから周りの同世代の経営者や仲間たちに、腹を割って自分のことも話しながら「実際、今どんな感じ?」と聞いてみたんですね。ふたを開けてみたら、ほぼ全員がボロボロでした(笑)。「みんな同じだ、めちゃくちゃ苦悩してるじゃん」ということがわかって、「それなら自分がこうなるのもしゃあないな」と、だいぶ気持ちが落ち着きましたね。

俯瞰的に人生のプロセスとして考えると、20〜30代はサバイバルゲームで「自分はこの世界で通用するのか」とがむしゃらにやって、何かテーマを見つける。「これだったら賢州かな」というポジションをつくって、ある程度の自己実現を達成する。けれどもそこから、そのポジションにすがるようにもなってくるんですよ。

モリ:たしかにその傾向はありますよね。なぜ、すがるようになってしまうんでしょうか。

嘉村:若い頃、学生時代などは「なりたい自分」や「承認」が一番の原動力でした。一方で社会人以降は、確実に「お金」が大きな要素として絡んでくる。「稼がないと生きていけない」「第一人者でいた方が仕事が回りやすい」という物語に、気づかないうちに陥ってしまうんです。

インプットに関しても、好奇心で勉強するより「置いていかれたくないから勉強する」というドライブになっていくと。

ただ、面白いもので、こうなってくると魂レベルでは「そうじゃないよ」と否定してくるので、いろいろとサインが出てくるんです。僕自身もティール組織の伝道師として活動し出してからはそのサインが顕著で、それが良い意味でブレーキをかけてくれたなと感じています。

【写真】木の器に載る、白や紫色のパワーストーン

モリ:そのサインとは、具体的にどんな形で現れていましたか?

嘉村:好きなことで、好きな仲間とやっているのに、タスクが重たくなる。他人をジャッジするようになる。他人に好奇心が持てなくなる。素直に人をリスペクトできなくなる……そんなことを考える自分に嫌気が募って、心がどんどん重くなり、ずっと元気とは言えない状態が続くような感じです。こういうのは、もう体が「他人に興味を持つくらいなら、まず自分に興味を持て」と言っている状態なんだと思います。

自分の声を聞いていない人は、他人の声も聞けない。つまり「自分への愛を犠牲にして、他人への愛を生み出すことはできない」というのが、逆説的だけど、本当に真実なんだと感じますね。

内側から湧き上がる衝動「コール」がくれた光脈

モリ:そうした停滞の時期に、賢州さんはソース原理の考え方に出会って、大きな気づきを得たそうですね。

【写真】かむらさんが翻訳を務めた『ソース原理[入門+探求ガイド]――「エネルギーの源流」から自然な協力関係をつむぎ出す』

嘉村:はい。ソース原理という考え方自体もそうですが、そのなかの「コール」という概念に出会ったことが大きかったですね。

ソース原理とは、イギリスの研究者であるピーター・カーニックが500人以上の起業家や経営者の事例研究から見出し提唱した、人がビジョンを実現しようとするプロセスを捉える原理原則のことです。そしてコールは、プロジェクトや組織のすべての始まりとなる、創業者の内側から湧き上がる衝動や直感的な「呼び声」のことをいいます。

ソース原理でいうと、コールには「水平型」と「垂直型」の2種類があります。水平型というのは、日常の中に常に流れているもの。本屋さんに行ったときに自然とある棚に引き寄せられるとか、「帰りにパン屋に寄ろうかな」とか、「沖縄の話が気になるから年末は行ってみようかな」とか——そういう日々の引力は、すべて水平型のコールです。これは誰もが等しく、日々の生活のなかでたくさん受け取っています。

垂直型というのは、使命や大きな方向性に関わるもので、そんなにしょっちゅう来るものではありません。人にもよりますが、受け取るのに多少の余白や努力が必要だったりもします。ただ、往々にして、水平型のコールの受け取りを丁寧に積み重ねていくなかで、垂直のコールに気づきやすくなっていくことはあります。

モリ:これまでのお話の流れをくむと、大きな停滞から抜け出すためのカギとなるのは、垂直型のコールであると。ただ、それは得ようと思って得られるものではなく、日常の何気ない水平型のコールに耳を澄ませることで、はじめて受け取りやすくなっていくものだ……ということでしょうか。

【写真】インタビューにこたえるかむらさんと、モリの後ろ姿

嘉村:まさにそうだと思っています。僕も今までの転期を振り返ってみると、まずは何かしらのつまずきと学びがあって、それが視野を広げ、日々の物事の見え方を変え、気付けるコールが増えていって。その後であるときふと、「行くべき道はこっちなのかもしれない」という直感が働き始める、という順番だったなと。

垂直型の大きなコールを欲しがってそちらにばかり意識がいっていると、聞こえるはずの水平のコールがどんどん聞こえなくなってしまって、結果的に大きなコールも降りてこなくなってしまうのかもしれません。そこは要注意ですね。

「8割パパ宣言」——止まることへの恐れとの向き合い方

モリ:垂直型のコールを受け取るには「余白」が必要だという話がありました。賢州さんのサバティカル休暇や、数年前にお子さんが生まれたのをきっかけに発信されていた「8割パパ宣言」などは、まさにこの余白をつくるための動きだったのかなと受け取っています。

嘉村:そうですね。余白が生まれたところに水平・垂直問わずなんらかのコールが舞い込んでくる……というのは、実体験としても多くあります。

モリ:ただ、社会に出て経済的な責任も生じる立場にいると、「余白をつくる」こと自体が状況的にとても難しく、また怖いことだよなとも感じます。「止まっている間に他の人が先に行ってしまう」「自分だけ立ち止まっていいのか」という恐れは、なかなか手放せない人も多いと思うのですが、賢州さんはそのあたりの怖さとどう向き合っていますか。

【写真】真剣な表情で話すかむらさん

嘉村:正直に言うと、僕もまだ全然、その恐れは手放せていませんね。ただ、サバティカル休暇中に、ポートランドで会った日本人の友人にこう言われたんです。「壊れかけの自転車があったとして、いくらスピードを緩めても走りながらは直せないよね。一度止まらないと、いくらゆっくり漕いでも直らないよ」と。その通りですと降参して(笑)、それ以降は怖くても、立ち止まるべきと感じたら余白をつくることにしています。

「8割パパ宣言」もその一環で、子育てにしっかり向き合えるように働き方を変えていこうと思って書きました。現状、実際には8割パパに振りきれていないのですが、宣言することで自己説得ができた部分はありますね。

モリ:自己説得、ですか。

嘉村:本当は宣言なんてせずにひっそりやるほうがカッコいいとも思うんですけど(笑)、僕の場合は周りに先に言ってある程度退路を断たないと、仕事を減らすための動きができなかっただろうなと。それに宣言することで、資本主義的なゲームを一歩外から見られるようになる感じがありました。

これができるのは、仲間への厚い信頼があったからこそですね。10年間白紙の状態で過ごしても、戻ってきたら絶対に仕事を一緒にやってくれる仲間がいる……とは思いながらも、一方でなかなか安心しきれない残念さもある(笑)。「本当に恐れを手放して人生を信頼する」「そうすればなるようになる」といった感覚の先にもっと望ましい未来がある……とは、どこかで気づき始めているんですけれどね。

人生を「季節」で捉えなおす

モリ:ここまでのお話で、水平・垂直問わず、いかにコールを受け取りやすい状態をつくれるかが、自分らしい人生を歩むための大きな助けになりそうだなと感じています。コールに気づきやすくなるための心構えとして、嘉村さんが大切にしているものはありますか。

嘉村:2つあって、ひとつは作家・思想家のパーカー・パーマーが『A Hidden Wholeness』という著書の中でつづった「魂という野生動物」のくだりです。少し読みますね。

魂は野生動物のようだ。強く快活で、頭が良く、自立心はあるが、極端に人見知りをする。野生動物を見たいときに一番やってはいけないことは「動物が出てくるように叫びながら森に突進していくこと」だ。しかし、もし静かに歩きながら森の中に入っていって、1〜2時間、音も立てず木の根元に腰をかけて待つことができたら、私たちが待っている動物が現れるかもしれない。

コールも魂も、大声で探しにいけばいくほど遠ざかる。静かに待つことで、ようやく姿を現してくれる——このあたりの考え方は、さっきの余白の話とも通じますね。僕も実体験として、コールってそういう性質のものだよな、という納得感があります。

もうひとつが、同じくパーマーが書いた「四季」の比喩です。春から冬までの章があって、全編とてもいいのですが長くなってしまうので、ここでは冬の一部を紹介させてください。

厳しい冬にも驚くべき賜物が与えられる。見た目とは違い、冬の間も、自然は死んではいない。隠れたところで生命が再び始動し、春の準備をしている。冬には木々を一本一本はっきり見ることができ、木が根を下ろしている地面を見ることができる。

冬は夏のような鮮やかさもなく、ほとんど何もなくなるけれど、だからこそ自分を見つめられる。そして地面の中には、芽吹こうと待っている種がある――と言ってくれている。この言葉に、当時の僕も今の僕も、すごく励まされています。

【写真】椅子に座りお話しするかむらさん

モリ:「競争と勝ち負けのゲーム」ではなく、「季節が巡るもの」として人生を捉えると、上手くいかない時期の見え方が変わりそうですね。

嘉村:まさにそうなんです。ゲームで生きていると、上手くいかないことが始まったとき「自分は壊れていくんじゃないか」「負けていくんじゃないか」と恐れが膨らんで、さらにゲームが加速する。けれども、それを季節で捉えると、「華々しかった夏が落ち着いて、今は種が地面の奥に待っているだけ」と思えて、心を落ち着けられるんですよね。

最近はこの四季の考え方をワークショップにも取り入れていて、部屋の中心に「春・夏・秋・冬」と書いた紙を置いて、「今の人生の季節はどのあたりにいますか?」と参加者に問い、その場所に立ってもらうことがあります。それだけで、みんなすっと自分のいる場所を語れるようになるんですよ。パーカーの四季の比喩には、そんな不思議な力が宿っています。

ストーリーテラーではなく、登場人物として生きる

モリ:賢州さんは「人生が線的ではない」という考え方についても、最近よく意識されていると伺いました。これは「becoming※」という概念ともつながるもので、人生の停滞や転機を俯瞰して捉える上で重要な視点になりそうだと感じているのですが、賢州さん自身はこれらの概念をどう捉えていますか。

※固定された状態(being)ではなく、絶え間なく変化し続ける過程(becoming)そのものに価値を置く考え方

嘉村:「人生は線的ではない」という考え方が、最近は完全に腑に落ちていて。だからこそ、次にどんな自分が現れるか決めようがない。そういう運命というか、人間としての自然な成り行きに降伏してしまったほうが楽なんですよね。

人生の転機において、積み上げてきたものや仲間が、逆に足かせになってしまうこともあります。けれども、「過去の延長線上」に自分を置こうとするほど、次のコールに気づきにくくなる。予想外のことも含めて、立ち現れてくるものを楽しみにするしかない。そこはもう、頑張りようがないんです。

そうそう、最近読んだ『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(谷川嘉浩著)という本がとても印象的で。「衝動」は「内発的動機づけ」とは違って、幽霊みたいに取り憑かれて、コントロールが効かない。つまり、「あなたのやりたいことを明確にしてやりましょう」というキャリアデザイン的な発想と衝動は、根本的に違うものなんだ……と書いてあって、すごく共感しました。

僕も「機械を設計するように目標を設定して段階的に進む」というのは工業化時代のアプローチで、本来の人間の生命としてのあり方とは異なるよなと感じています。衝動もまた、「人生は線的ではない」ことを裏づける、人間の大切な力だと。

モリ:たしかに、計画的に人生を設計して「次はこうしよう」という道筋を言語化して固定してしまうと、それに縛られてしまって、まったく別方向から現れるコールに気づきにくくなりそうですね。

【写真】テーブルの上に置かれたノートと、かむらさんの両手

嘉村:そういえば、フレデリックも「パーパスを一行に凝縮させるようなワークショップが嫌いだ」と言っていました。もっと人生は尊いし豊かだし深遠なのに、それを一行にすること自体、人生への冒涜に近いのではないかと。

「自分が人生を決める」ではなく、「人生が自分にどう生きてほしいがっているのかに耳を澄ます」というスタンスでいられると、いいのかもしれません。「僕の人生は、これから一体どんな物語を見せてくれるんだろう?」という好奇心で生きると、非連続な展開もドラマのスパイスとして受け入れやすくなるのかなと。

モリ:「自分が人生のストーリーテラーになるのではなく、登場人物でいる」といったイメージでしょうか。

嘉村:まさにそうですね。自分が脚本を書こうとすると、どうしても連続的な展開しか思い描けなくなるし、そうならなかったときにストレスを感じてしまう。「次はどうなるかわからない」という前提でそれを楽しみに待っていられれば、起承転結の中で「なんでここでこれが来るの?」という展開も、面白がって受けとれる。

大事なのは、コールが聞こえてきたとき、「仲間に申し訳ない」「人間関係がこうだから」とふたをしてしまわないことです。「仲間のためにふたをした」という意識があると、もし上手くいかなかったとき、仲間のせいにしてしまいます。最終的に「自分の声を聴いてあげること」「その声に基づく願いを、仲間に正直に打ち明けること」が、仲間の幸せにもつながると思うんです。

コールに気づきやすくするために

モリ:コールに気づくために、日常で具体的にできることはありますか?

嘉村:みんな、コールを受け取るためのセンサーは元々持っています。問題は、センサーが壊れているのではなく、「Thinking(思考)」のベルトコンベアに乗り続けていて、「Feeling(感情)」の回路が閉じてしまっていることなんですね。

たとえば、昨今の多くの会議で行われるチェックインは「最近こんなことがありました、今日もよろしく」という近況報告になっています。

でも、本来のチェックインは「How are you feeling now?(今、何を感じていますか?)」から始めるべきなんです。情報処理ではなく、感情や体に意識を向ける時間を少し取り入れるだけで、いろんなことが感じやすくなってきます。呼吸が浅いか深いか——そんなことに気づくだけでも、コールの気配に感じやすくなると思いますよ。

モリ:感情や体に意識を向けると、日頃は無意識に隠しているような、ネガティブな要素に出会いやすくなるような気もしていて。それを恐れて、意識を向けないようにしている人も少なくないと思います。

嘉村:環境活動家のジョアンナ・メイシーがこんなことを言っています。「恐れの奥には勇気があり、怒りの奥には正義や情熱があり、悲しみの奥には愛があり、無力感の奥には可能性がある」と。怒りや悲しみが出てきたとき、そこで留まりすぎず「こういう感情が出てくる、ということは?」と、一歩踏み込んでその根っこを探ってみるといいと思います。ネガティブな感情は、自分の中の大切なものへの入り口でもあるんです。

また、「馬鹿であることを許してしまうほうが楽」というのも、私が大事にしている感覚です。とある師匠筋の方から「評判が失墜したときから本当の自由が始まる」と言われたことがあるのですが、まさにそうだなと。みんな失墜しないように戦っているから、パーカーが提示したような「魂の野生動物」の物語で生きられなくなるんですよね。

私は十分に感情的で、ずるいし、傲慢だし、馬鹿だ。でも、より良い方向に行きたいかもしれない——そんな捉え方で自分のなかの自然を取り戻していくほうが、余計なゲームに思考を使わなくて済むようになるはずです。

モリ:自分の本心や潜在意識に目を向けようとするより、自分のなかの「魂の野生動物」に意識を向けると考えたほうが、具体的な感じがあってうまくいきそうですね。

【写真】笑顔で手振りをしながら話すかむらさん

嘉村:そうですよね。僕は、パーカーの「魂の野生動物は、どんなに違うゲームをやっていても、かすかに呼びかけ続けてくれている」という表現がすごく好きで。「我慢して疲れる」「今日気持ちが乗らない」――そういうサインの全部が、魂の野生動物の声だと思うんです。

コールは、何かを身につけないと来ない、というものではありません。誰のところにも、すでにかすかに来ている。「トレーニングして気づけるようにする」よりも「ちょっとレンズを磨いて、見えやすくする」くらいで、十分に気づきやすくなるはずです。

魂の野生動物が呼ぶほうへ

嘉村さんの言葉を聞きながら、私は何度も自分自身に重ね合わせていました。

人生の停滞を「ゲームに負けている」と捉えるか、「冬の季節にいる」と捉えるか——その見方の違いが、これほど大きく生き方を変えるのだと感じました。

嘉村さんが歩んできたのは、決してスムーズな一本道ではありませんでした。競争の中で「見られたい自分」に引っ張られ、停滞し、腹を割って話せる仲間の言葉に救われ、また動き出す。そのサイクルを何度も繰り返しながら、それでも都度、内なるコールに耳を澄まし続けてきたからこそ、今の嘉村さんがあるのだなと。

個人的にはとくに「ストーリーテラーになるのではなく、登場人物でいる」という言葉が、心に残りました。人生の脚本を自分で書こうとするとき、私たちはどこかで「過去の自分の延長線上」にしか未来を描けなくなる。それよりも「次にどんな物語が来るんだろう」と好奇心を持って待つ姿勢のほうが、思いがけないコールをつかまえられるのだと、この対話を聞いて強く感じました。

魂の野生動物は、静かに待つ人のところへ、ようやく姿を現してくれる――。時折この言葉を思い出し、立ち止まってじっと耳をすませ、コールの呼ぶほうへ少しずつ、歩みを寄せていきたいです。

【写真】屋上で並んで笑顔を見せるかむらさんとモリ

関連資料:
NPO法人場とつながりラボhome’s vi ホームページ
ソース原理[入門+探求ガイド]――「エネルギーの源流」から自然な協力関係をつむぎ出す』ステファン・メルケルバッハ(著), 青野英明(訳), 嘉村賢州(訳)

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』 フレデリック・ラルー(著), 鈴木立哉(訳), 嘉村賢州(解説)

(企画・編集・撮影/工藤瑞穂、協力/樫本実夏)