
私がまだ大学生だった頃、自分がゲイであることを打ち明けてくれた友人がいました。高校時代の1年間を過ごしたオーストラリアでは、ゲイであることやレズビアンであることをオープンにしている人が多かったこともあり、私は彼の話を自然に受け入れたのを覚えています。
ただ、当時の私は、彼がLGBTQであることを「受け入れた」だけで、LGBTQについて深く理解しようとすることはありませんでした。
私がLGBTQに関する理解を深めたり、差別や偏見をなくすために行動する味方を指すアライという言葉を知ったのは、大学卒業後しばらくしてから。LGBTQの人たちが抱える困難について知ったのは、そのさらに後でした。
今、社会的にも自治体によってはパートナーシップ宣誓制度(主に性的マイノリティのカップルが互いを人生のパートナーとする関係であることを宣誓し、自治体がその関係を公に認める制度)が導入され、学校や企業でLGBTQの研修が行われるなど、認知は確実に広がってきたと感じます。
言い換えれば、それまでLGBTQの方々が抱えていた困難を社会が見て見ぬふりをしてきた、ということでもあるのかもしれません。そして私自身も、そのひとりだったと思います。
ただ、認知が広がったとはいえ、LGBTQの人たちの人生に目を向けると、困難は学校や職場だけにとどまりません。
学生生活、就職や仕事、結婚や子育て、医療、そして福祉のサポートが必要になる場面など、暮らしのあらゆる局面に困りごとが現れます。1つ解決しても、次の局面で新たな困難に直面することも少なくないのです。
そんなことを考えていたときに出会ったのが、「LGBTQもありのままで未来を選べる社会へ」をミッションに掲げて活動する、「認定NPO法人ReBit(以下、ReBit)」でした。

ReBitは、LGBTQの人たちがより暮らしやすい社会を実現するために、これまで教育やキャリア支援に取り組んできました。そして今、その活動は福祉やまちづくりの領域へと広がっています。
個人の努力だけでは乗り越えられない社会的な無理解や排除があるからこそ、自治体と連携しながら、まちの仕組みそのもの、そして暮らし全体を支えていく必要がある。ReBitは、そうした観点から社会に働きかけています。
今回は、ReBit代表理事の藥師実芳さんと、まちづくり事業部マネージャーの三戸花菜子さんに、福祉やまちづくりの取り組みについてお話を伺いながら、なぜいま「暮らし全体」に焦点を当ててLGBTQをサポートする必要があるのか、その背景をたどります。
LGBTQを含む、すべての人々がありのままで未来を選べる社会に
認定NPO法人ReBitは、LGBTQを含むすべての人々がありのままで未来を選べる社会の実現を目指し、2009年に設立されました。

代表理事の藥師実芳さんは、出生時は女性として割り当てられ、性自認が男性のトランスジェンダーです。幼少期から性別に違和感を持ちつつも、それを誰かに話すことはできず、女の子としてふるまってきた藥師さん。
自分のセクシャリティを隠しながら過ごした幼少期、そして学生時代の経験。その苦しさを原点に、藥師さんは大学2年のときに、学生団体としてReBitを立ち上げたのです。「LGBTQの子どもたちが少しでも生きやすくなるように」という思いからでした。
藥師さん:ReBitを立ち上げた2009年頃、LGBTQという言葉を知っている人はほとんどいませんでした。小学校から高校まで多くの学校に出張授業を提案しても「うちの学校にLGBTQはいない」と断られることもしばしばだったそうです。
LGBTQは見た目だけではわからない。だから存在が見えていないし、困りごとも知られない。クラスのなかにいる、日々接している子どもたちのことだと思われていない、という状況がありました。
そうした社会状況のなかで活動を重ね、ReBitは2014年3月にNPO法人化。「LGBTQもありのままで大人になれる社会へ」というビジョンを掲げ、取り組みを広げてきました。

LGBTQの当事者である講師が学校現場を訪れ、実体験に基づいてLGBTへの理解を広げる授業を行っています(提供写真)
教育事業を軸に、児童・生徒向けの授業、教職員や教育委員会への研修や調査、教材の作成、学校への伴走支援などを展開。教職員とともに、安全で包括的な学校環境づくりを進めてきました。
LGBTQをサポートするため、教育からキャリア事業まで展開
多くの人が、学校を卒業した後は、社会人としての人生を始めます。そのなかでLGBTQの人々に立ちはだかるのが、就職や職場での困難でした。
実際に、就職活動の際にSOGI(性的指向・性自認)に由来する困難を経験したトランスジェンダーは87.4%にのぼります。さらに、そうした困難を抱えながらも、就労支援機関に相談できなかったLGBTQは96%に達しています。
(出典:認定NPO法人ReBit(2019)「LGBTや性的マイノリティの就職活動における経験と就労⽀援の現状」)
LGBTQを含む多様な背景を持つ人たちが、働くことを通じて自分らしいキャリアを築いていけるように。そんな思いから生まれたのが、2013年からはじまった「キャリア事業」です。
個人へのキャリア支援を提供するほか、企業向けの研修やコンサルテーションを通じて、職場でのLGBTQやダイバーシティを尊重する環境づくりを支援してきました。
けれども、活動が広がるほど、当事者から寄せられる相談はより深刻なものになっていきます。

藥師さん:就活や職場でハラスメントを受けて、働き続けることが難しくなる。その結果、精神障害や生活困窮につながるケースがあります。ただ、福祉や行政サービスを使うときにもハラスメントを経験する人が多くて、それらを利用する際に「安全」だと思えないことがあるんです。
そこでReBitは2017年頃から、福祉の領域でLGBTQの人たちを支援できないかと模索を始めます。
そんななかで起きたのが、2020年の新型コロナウイルスの流行でした。
もともと非正規雇用の割合が高いLGBTQの人々のあいだでは失業が急増し、ReBitにも相談が一気に押し寄せたといいます。模索を続けている余裕はなく、「なんとかしなければならない」という切迫した状況に追い込まれました。

藥師さん:LGBTQであることは病気や障害ではありません。しかし、うつなど精神障害がある方は既存の福祉事業所を利用できるはずですが、そこでセクシュアリティを伝えると利用を断られたり、アウティングされる等のハラスメントを受けたというご相談も多く、安全網であるはずの福祉を安全に利用できないことで、精神疾患の悪化や自死につながることもありました。
そこで、どうすれば安全に利用できるようになるのかと考え、2021年に自分たちで日本初のLGBTQフレンドリーな障害福祉サービスである就労移行支援事業所「ダイバーシティキャリアセンター」を立ち上げました。
現在は、東京都渋谷区と大阪府大阪市で運営していますが、「LGBTQフレンドリー」と明言している事業所は、今のところここだけです。

ダイバーシティキャリアセンターで働くメンバーたち(提供写真)
ダイバーシティキャリアセンターでは、幅広いスキルアップ講座や福祉・心理・キャリアの専門家による個別伴走に加えて、多様性を大切にする企業との連携を通じて、障害や病気のある方が自分らしく働くための就職・復職支援を行っています。
LGBTQの41%が精神障害、46%が生活困窮を経験。調査で見えてきた現実
これらの活動を通じて就労支援に取り組むなかで、就職だけでなく、働き続けるうえでの困難や、その先にある精神的不調や生活困窮の問題などについて、より深刻な相談が寄せられるようになりました。
そうした現実を前に、ReBitは就労支援にとどまらず、さまざまな領域へと視野を広げていきます。
そのなかでReBitが2023年に着手したのが、LGBTQの人たちが何に困っているのかをデータで明らかにするための実態調査でした。こちらの調査ではインターネットを通して、約1,000名からの回答を集めたところ、様々な結果が出ました。
・精神障害について
過去10年間でLGBTQの41.2%が精神障害を経験しており、この割合は内閣府の「令和2年度 障害者白書」に示された一般人口の割合と比較すると、約12.5倍にのぼることがわかっています。
この背景には、学齢期のいじめや求職・就労に関する困難、セクシュアリティに関するハラスメントやアウティングの経験など、さまざまな要因があると考えられます。

「LGBTQ医療福祉調査2023」より、LGBTQの「障害に関する経験(過去10年)」の調査結果
・生活困窮について
LGBTQの半数近く(46.8%)が生活困窮を経験したと回答。
さらに、「健康保険料や年金保険料を滞納した」、「生活保護や給付金などの金銭的支援を受けた、または必要とした」など、最低限の生活を維持することが困難になった経験も挙げられています。

「LGBTQ医療福祉調査2023」より、LGBTQの「生活困窮に関する経験(過去10年)」の調査結果
・行政、福祉サービスの利用について
行政や福祉の関係者にセクシュアリティについて安心して話せないと答えたLGBTQは95.4%にのぼり、非常に高い割合となっています。
実際に、過去10年に障害や生活困窮に関する行政・福祉サービス等を利用したLGBTQの78.6%が、利用時にセクシュアリティに関する困難を経験し、安全に行政・福祉サービスを利用できていません。

「LGBTQ医療福祉調査2023」より、LGBTQの「障害・生活困窮に関する行政・福祉サービス利用時の困難経験(過去10年)」の調査結果
藥師さん:調査の結果から、精神的な不調や生活の困難に直面している人が少なくないにもかかわらず、本来支えとなるはずの行政や福祉の現場でさえ、安心して利用できない現実がある。それが数字として具体的に浮かび上がりました。
当事者からは具体的な悩みも多くあげられ、福祉サービスを利用しようとした当事者が「同性のパートナーを緊急連絡先にできますか?」と尋ねると、職員に笑われたり、利用を断られたりすることもあったそうです。
もちろん、既存の福祉の現場にも、LGBTQに理解のある支援者はいます。ただ、その多くが個人の善意や理解に依存しているのが現状です。理解ある職員が異動や退職をすれば、安心して通えていた場所が突然「安全ではない場所」に変わってしまうこともあります。
藥師さん:LGBTQが福祉を安全に使えるようにしたい。そこで、「調査で状況を可視化する」「福祉モデルで支援できることを実装して示す」「そのモデルを日本中に広げる」という三つの柱を掲げ、福祉事業へ力を入れることを決めました。
福祉は、国や自治体が制度として担っている領域でもあります。だからこそ、個別の実践にとどまらず、その制度のなかにきちんとLGBTQへのサポートを位置づけていくことが重要だと藥師さんは言います。
2024年には、厚生労働省も、福祉の現場でのLGBTQに対するハラスメントは虐待防止の観点から対応が必要だという考え方を示しました。こうした公式な見解のなかに明確に位置づけられることは、福祉の現場における前提を変えていくうえで大きな意味を持っています。

藥師さん:私自身も発達障害があるトランスジェンダーなんですが、その両方のことを同時に相談できる場所がなかったんです。それが、福祉に取り組み始めたきっかけの一つでもありました。
私たちは「福祉×LGBTQ」だけをやりたいわけではなくて、福祉のなかで、LGBTQに限らず複合的な困難を抱える人たち、インターセクショナリティ等への重層的な支援の実現に取り組んでいきたいんです。
ただ、まだ福祉×LGBTQに関しても十分にできているとは言えない。そこも含めて、どうやったら次のフェーズに進めるのか、悩みながら多くの人たちとともに進んでいきたいです。
でも、福祉は誰も取りこぼさずに包摂をしていこうと取り組む支援者が多い領域だからこそ、そこから広がっていけば大きな波になるのではないかと考えています。
一人ひとりが複数の背景や困難を抱えながら生きているという視点は、支援のあり方そのものを問い直すことにもつながります。個別の属性ごとに分断された制度ではなく、さまざまな困難が交差する現実に応えられる仕組みへ。
その発想は、福祉サービスの枠を越えて、地域全体の構造へとReBitの視野を広げていきました。
藥師さん:学ぶ、働く、暮らすは全部つながっているからこそ、“まちづくり”をして、まちが変わっていくことが安全な暮らしをつくっていくと考えています。
教育からキャリアへ、そして福祉、まちづくりへ。ReBitの活動は、社会的な無理解や排除に向き合いながら、社会の仕組みそのものを変えていく挑戦へと広がっていきました。
様々な地域にいる、様々な立場のLGBTQへのアプローチを
LGBTQを含む多様な人々が、地域で安心して暮らせる社会をつくる。その役割をReBitが担っていくなかで、まちづくり事業部マネージャーを務めているのが三戸花菜子さんです。
三戸さんは大学時代からReBitに関わり、一度は地元へUターン。その後、再び団体へ戻ってきました。
三戸さん:地方に戻ってみると、LGBTQの方はたくさんいるはずなのに、その存在にほとんどの人が気付いていないような空気を感じました。そのことから、そこに住む人がLGBTQについて知ることで、当事者の人たちが地域で安心して暮らせる仕組みが必要だと思ったんです。
LGBTQの当事者は人口の3〜10%いると言われていますが、それでも教育や福祉、地域社会のなかでは、「身近にはいない」と思われている現実があります。
藥師さん:「存在が見えないこと」は、「困りごとも見えない」ということにつながります。関心のある人には情報は届きやすいですが、関心のない人にはなかなか届きません。だからこそ、LGBTQの人たちが“そこにいる”ことを示し、調査で実態を可視化したり、メディアを通して伝えていくことが大切だと考えています。
実際に、子育て、医療、福祉、住まいなど、生活の基盤を支えるさまざまな暮らしの現場では、まだ十分な理解が行き渡っていない現実があり、LGBTQの人たちは多くの場面で困難に直面しています。
三戸さん:例えば、女性同士のカップルで子どもを育てている方がいらっしゃいます。産んだ親は法律上の関係がありますが、産んでいない親は法律上の関係がない。そうすると、親の証明ができなくて、保育園の送り迎えを「親ではないのでできません」と断られてしまうことがあります。
あるいは、病院に行ったときに、「親子関係が証明できないので治療の意思決定ができません」と言われてしまうことも。実際には家族として生活しているのに、制度の中に包摂されていないと感じてしまう状況があります。
他にも、法律上の性別や名前と、生活上の見た目から想像される性別が異なることで、本人確認がスムーズにできない場合があります。窓口で身分証を提示したときに「本当にご本人ですか?」と何度も確認されてしまうこともある。一度そういう思いをしたことで、もう二度と窓口に行けなくなってしまうことも多いんです。
また、地方では住民同士の距離が近いからこそ生じる問題もあります。
藥師さん:たとえば生活保護を受けようとしたとき、福祉課の職員が知り合いの場合がある。すると、同性パートナーと暮らしていることを知られたくないと思って、窓口に行けなくなってしまう。そういった理由から本来受けられるはずの支援につながれないケースもたくさんあります。
制度そのものが存在していても、心理的な安全が担保されていなければ、それは機能しません。安心してアクセスできなければ、それは「ある」とは言えないのです。
現在、ReBitのまちづくり事業部では、LGBTQの課題に向き合おうとする自治体と連携し、施策づくりや運用の伴走支援を行っています。研修の実施、庁内のロードマップ策定、居場所づくりのアドバイス、窓口対応の改善提案など、地域の状況に応じた支援を重ねているそうです。
三戸さん:2023年6月に施行された「性的指向およびジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(SOGI理解増進法)」を契機に、「何から始めればよいかわからない」「自分たちの自治体で何ができるのか知りたい」という問い合わせが増えています。
理解のない対応は、必ずしも悪意から生まれているわけではなく、多くは「知らなかった」ことに起因しているのかもしれません。だからこそ、自治体という仕組みを通じて理解を広げ、運用を変えていくことが、誰かの生きやすさにつながっていくはず。
ReBitは「暮らしの基盤」に働きかけながら、地域全体で安心を支える仕組みづくりに取り組んでいます。
様々なセクションが連携し、横断的な支援をする大切さ
学校での困り事、就職活動、結婚や子育て、介護など。LGBTQの方が直面する可能性のある困難は、ライフイベントごとに姿を変えるため、どれかひとつを解決すればすべてが解消する、という単純なものではありません。
大切なのは、多くの人が連携し、多様な背景を持つ人を支えていくことです。
しかし、困り事がたくさんの分野を横断しているからこそ、自治体のなかでも一つの部署だけが動けば解決する、という構造にはなっていないのが現状です。

三戸さん:基本的に、自治体のなかでLGBTQのことだけを専門で扱っている部署はありません。男女共同参画のなかで扱う自治体もあれば、人権の枠組みで担当したり、総務課が引き受ける場合もある。自治体によってさまざまなんです。
男女共同参画課は啓発や相談対応を担うことが多く、「親にカミングアウトできず苦しい」といった悩みを受け止める場にもなっています。けれど、「それが原因で家を出なければならなくなった」「今日食べるものがない」「精神障害がある」となれば、生活支援を担う福祉の担当部署につながることになります。
藥師さん:担当が異なるため、課をまたぐと支援が分断されてしまうことがあります。男女共同参画課ではLGBTQへの理解があったのに、福祉の担当部署では差別的な言動があり、もう行けなくなったという人もいました。各課の連携は本当に大事だと思っています。
支援は本来、分野を横断して連携されることが望まれます。しかし実際には、部署ごとの役割や運用の違いから、当事者にとって支援につながりにくくなる場面もあります。
三戸さん:LGBTQの人たちが生涯安心して暮らしていくためには、教育、福祉、防災など、それぞれの分野に関わる人たちの連携や協力が必要だと思っています。
自治体の取り組みのフェーズはさまざまです。まだ知識がなく何から取り組めばよいかわからないところもあれば、すでに理解が進み、具体的な施策を進めたいと考えているところもあります。
だから私たちは、一律の正解を提示するのではなく、限られた予算や人員のなかで何ができるのかを考えながら、それぞれの自治体の状況に合わせて一緒にロードマップを描いていくことを大切にしています。
ReBitは研修の設計やアクションプランの策定、庁内の連携体制の整理、住民向けイベントの企画など、その自治体の状況に合わせて取り組みを進めながら、段階的に活動を広げていきます。
一人の困りごとをきっかけに、まち全体が変化していく
各地の自治体に伴走するReBitは、これまでいくつもの地域の変化を目の当たりにしてきました。
ある市では、LGBTQの当事者の方が市役所に自分の困り事を相談に行ったことをきっかけに、まち全体が変化していったケースもあります。
三戸さん:その市は、もともとLGBTQに関して特別な施策をしていたわけではなかったんです。でも、一人の当事者の方が市役所に相談に行ったことをきっかけに、「このまちにもLGBTQの人が暮らしていて、具体的な困り事があるんだ」と職員の方々が気づかれたそうです。
そこから、居場所づくりや啓発などに力を入れて取り組まれるようになりました。市役所の方々が本当に熱心に動いてくださったおかげで、最初に相談に行った方が生き生きと生活できるようになって、「この地域は自分の居場所だと思えるようになった」と実感できるようになったと話していると聞いています。そういう変化を見ると、本当にうれしいですね。
静岡県掛川市では、多様な背景を持つ人たちが住みやすいまちをつくるための取り組みに、ReBitが伴走しています。
三戸さん:掛川市は人口約11万人の自治体で、外国ルーツの住民の方も多く、LGBTQだけがテーマというわけではありません。さまざまな人が暮らしやすいまちづくりに向けて、アクションプランを一緒につくったり、住民向けのダイバーシティカフェやイベントを定期的に開催したりしています。
その一環として、市職員向けに層別のDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)研修を実施。研修は「DE&Iから考える、掛川市」と題して開催され、市長や副市長も参加しました。

静岡県掛川市で開催した「DE&I研修」(提供写真)
三戸さん:トップが参加してくれることで、これは単なる啓発ではなく、自治体経営のテーマになるんです。
市長や副市長にもご参加いただいた研修では「DE&Iから考える、掛川市」と題して、自治体経営とDE&I、そしてまちづくりや職場づくりにどう関わっていくのかをお伝えしました。後半はグループに分かれて、それぞれの部署や業務のなかでできることや、横連携の方法について考えていただく時間も設けました。
掛川市の事例は、理解ある職員や自治体の決断が変化を生み出すことを示しています。しかし、個人の熱意だけに依存したままでは、取り組みは継続しにくいという現実も。
そこでReBitが次に見据えているのが、福祉・まちづくりの領域における「仕組み化」です。
藥師さん:福祉においては、アライの支援者たちがいることはとてもありがたいことです。欧米では医療・福祉のLGBTQへの取り組みの指標があり、事業者の取り組み推進や社会資源の可視化につながっています。日本でもそのような取り組みができたらいいなと思っています。
今は、「この地域の相談なら、あの人におつなぎしよう」と個人ベースでサポートが生まれているのですが、その人がいなくなったらサポートが終わってしまうのでは、資源として一覧化しづらいですよね。
だからこそ、様々な困難の事例を可視化して、それに対するサポートも事業所や行政単位で一律になるよう、制度そのものへ働きかけて整えていくことが次の段階だと思っています。
個人の熱意に支えられている現状から、もっと大きな単位でのサポートへ。資源を可視化して福祉の基盤を整えていくことが、今後の展望だと藥師さんは語ります。
中間支援を通して、地域のリーダーシップを支える
自治体への伴走と並行して、ReBitが力を入れているのが「中間支援」です。
藥師さん:まちづくりって両輪だと思っているんです。一つは自治体職員。でももう一つは、その地域のLGBTQ分野のリーダーやNPOなどサポート機関の存在です。その両輪が影響しあって、まちは変わる。
しかし、地域の団体やリーダーを支える仕組みは、まだ十分とは言えません。連携が不十分であることから、地域の団体やリーダーの負担が増えバーンアウトしやすかったりという状況もあります。
藥師さん:地域や分野に根差し取り組む団体を応援するため、ReBitとしては、休眠預金事業の分配団体を担ったり、内閣府の補助金を活用して草の根で活動する団体を支援したり、ユースリーダーの育成を行ったりと、地域の担い手を支える取り組みを進めています。
実際、LGBTQ分野に取り組むユースリーダーシップを応援するプログラム「diverseeds2025」をReBitとUNESCOで協働して実施中です。同プログラムには、全国各地の若者たちが集まっています。

大学のなかでLGBTQが過ごしやすい学内環境をつくろうとするプロジェクトもあれば、地域でユース向けの居場所を立ち上げたり、啓発活動に取り組んだりする若者も参加していて、そうした一人ひとりの挑戦を応援するプログラムになっているそうです。
そうした地域のリーダーや団体が育つことで、地域の空気はどのように変わるのでしょうか。
三戸さん:身近に、LGBTQを支える取り組みを大事に思っている人がいるという実感は、大きな力になります。若手に限らず、地域でLGBTQ課題を担う団体は全国に100以上あります。そうした存在があることで、「この地域にもいろんな人が暮らしている」と気づくきっかけになるんです。
自治体や地域の事業所と連携しながら、地域のリーダーたちと歩む。ReBitは、自らが前に立つのではなく、その土地で変化を生み出そうとする人たちとともに仕組みを整えていきます。
藥師さん:これまでの20年は、LGBTQの理解増進のフェーズだったと思います。でも、次は共に半径5mの暮らしやすさを変えていくフェーズ。地域で一緒に暮らしている人に声が届くのは、その地域で暮らしている人たちなんです。ReBitは、地域の一人ひとりのリーダーシップを応援していきます。
一人ひとりがアライシップを発揮すれば、半径5mが変わる
これまで、LGBTQの方々を支援するためには、理解を深め、差別や偏見をなくすために行動する「アライ」の存在が大切だと言われてきました。
LGBTQの当事者だけでなく、アライの姿勢や言葉、行動もまた、少しずつ社会を変えていく力になるのではないでしょうか。

藥師さん:これからは、一人ひとりがそれぞれの持ち場で“アライシップ”(アライのリーダーシップ)を発揮していくことが大切だと思うんです。
学校の先生なら、子どもたちにLGBTQについて伝えることができる。PTAで活動している方なら、そのなかでLGBTQの絵本を紹介することもできる。会社員なら、LGBTQの研修開催を上司にもちかけてみることもできる。
いろんな人が、それぞれの場所で繰り返しできることをやれば、半径5mが変わるんです。
福祉に関わる人、市役所など自治体で働く人、そして国や法律が変わることによって、大きな変化が生まれることは確かです。けれど同時に、社会を形づくっている私たち一人ひとりの行動の積み重ねも、やがて大きなうねりとなって社会を動かしていくのではないかと思います。
藥師さんや三戸さんのお話を聞きながら、私が考えていたのは、変化を続けるこのまちのなかで、自分に何ができるのかということでした。
これまでの10年がそうであったように、これから先もLGBTQを取り巻く環境は変わり続けることでしょう。ReBitをはじめ、想いを持って活動する人や団体、そして自治体や福祉に関わる人たちの取り組みは、さらに広がっていくはずです。新たな制度や法律が生まれる可能性もあります。
その一方で、三戸さんが話してくれたように、情報が広がるからこそ生まれる差別やヘイトもあります。社会が変わる過程には、必ず揺り戻しもある。
私は取材前、かつての同級生のことを思い出しながら、「もし身近にLGBTQの人がいたら、自分は何ができるのだろう」と考えていました。
けれど今は、もっとシンプルにこう思っています。「この瞬間からできることがある」、と。
自分の半径5mで何ができるのか。きっと、いまも私の周りにはLGBTQの人たちがいるはずだから。
まずは、自分が毎日働く場所でアライシップを発揮することから始めてみようと思います。
それは小さな行動かもしれません。それでも、その小さな波紋が重なり合い、人やまちを少しずつ変えていくことを、私は信じています。
(企画・編集・撮影/工藤瑞穂、協力/大木明子)
