私がおじいちゃん・おばあちゃんに昔の話を聞くと、いつも笑いジワを一層深くして、暖かいまなざしで語ってくれました。知らない人の家に嫁いだ日のこと、戦時中をどう生き延びたか、息子の誕生日に奮発してバナナを買った日のこと。思い出の中を散歩するように、一つ一つ話してくれたことを覚えています。
それが、事故や病気で体が自由にならなくなってしまうと、サポートする家族全員の総力戦が始まります。思うようにいかない本人の悔しさや申し訳なさ、家族が抱える未来への不安。私の家族と同様に、お隣のベッドにはお隣のストーリーがあったはず。病院は、さまざまな感情が渦巻く場所でした。そんなときでも、お見舞いに行って私の近況を報告したり、昔の思い出話をしたりすると、いつも表情に明るさがよみがえりました。
お年寄りの話に耳を傾けると、十人十色のドラマチックな人生が見えてきます。家族だとつい受け流してしまうこともありますが、よくよく聞いてみるとすごく面白いのです。
とある高齢者施設では、入居者の人生にスポットライトを当てる取り組みが始まりました。
「高齢者は、往年のスターだ。」をコンセプトに、人生の物語を再現
「寝たきり銀幕デビュープロジェクト」は、「高齢者は、往年のスターだ。」をコンセプトに、寝たきりとなった高齢者の人生を再現するポスター製作をするプロジェクト。主宰しているのは、岡山県井原市にある社会福祉法人みずき会です。
高齢者の方々は、若い人たちが知らないいくつもの時代を生き抜いてきた人生の先輩です。実際に寝たきり状態にある高齢者の方が駆け抜けてきた人生をテーマに、その方の「忘れられない人生の思い出」を、往年の映画スターのように撮影します。装飾品や小道具は手作りで用意し、撮影は寝たままの状態で。ご本人、ご家族、介護職員が一丸となり、寝たきりの高齢者が華やかに銀幕デビューを飾ります。
寝たきり大国ニッポンの介護をもっとポジティブに
社会福祉法人みずき会が、このようにエンターテインメント性溢れる取り組みを始めた根底には、「ネガティブな介護のイメージを変えていきたい」という想いがありました。
日本は平均寿命が83.84歳の長寿大国ですが、同時に世界一の「寝たきり大国」とも言われています。厚生労働省の調査によると、65歳以上の高齢者の中で、介助なしでは生活できない「寝たきり」や「要介護」状態にあたる要介護・要支援の認定者数は全国で592万人。ご家族や職員なども含めると、さらに多くの人々が介護に関わりながら生活をしていることになります。
「寝たきり」や「介護」という言葉には、どうしてもネガティブなイメージがつきまといます。寝たきり状態になったご本人も、今まで出来ていたことが出来きなくなったストレスや、周りに迷惑をかけているのではないか?という負い目を感じ、ふさぎ込んだり、鬱状態に陥ってしまうこともあります。
しかし、みずき会の職員の方が入居者の方の話を聞いていると、どれもドラマチックなものばかり。そしてそれを語る入居者の表情はいつもキラキラしているのです。
介護を受ける方、そのご家族、そして介護を仕事にする人たち。誰もが人生の中で「介護」に関わる可能性がある中で、この業界へのイメージをもっとポジティブなものにしていきたいという想いから、「寝たきり銀幕デビュープロジェクト」が立ち上がりました。
見事に主演を飾った、二人の”寝たきり”高齢者をご紹介
【SCREEN 1/粟津ミサヲさんの場合】
バレー VS 編み物 極彩色の大恋愛活劇! 「ミサヲの恋は時間差」
青春時代は、バレーボールの選手として大会優勝経験もある、バリバリのスポーツマンだったという粟津ミサヲさん(1936年生まれ ・81歳)。現在の趣味の編み物とをバレーボールに見立て、かつて追っかけをしていたという、大好きな美空ひばりを彷彿とさせる要素を散りばめました。脇役として登場するのは、ポスターを一緒に作り上げた介護職員と家族の名前の一部に、ミサヲさんの好きな有名人の名前を掛け合わせたものです。
主演を務めた粟津さんは、「ほんとにスターになったみたいやなあ!」と笑顔で撮影に臨みました。出来上がったポスターを見ると、「よく撮れてる、素晴らしい! サイコーの思い出やな!」と大満足のご様子。「家族に見せたいわあ。もちろん、彼氏にも!」と冗談(?)も飛び出しました。
【SCREEN 2/中尾泰三さんの場合】
この丸腰が目に入らぬか!痛快・空手時代劇「無刀の泰平」
若い頃から空手に打ち込み、腕を磨いてきたという中尾泰三さん(1932年生まれ・ 85歳)。薬剤師として働いていましたが、本当は医者になって病気の人たちを救いたいという夢を抱いていました。愛犬と散歩した思い出や、大好きな「水戸黄門」や「大岡越前」といった時代劇の要素も、キャッチコピーや小道具に盛り込みました。脇役にはやはり、ともに作り上げた介護職員・家族の名前と、泰三さんの好きな有名人の名前を掛け合わせています。
主演を務めた中尾さんは「要介護4」に指定され寝たきりの生活を送っていますが、力強い姿で見事にポージング。「袴がかっこよかった」と喜びを表しました。
入居者とともに、介護職員も輝ける未来を目指して
さらにプロジェクトには、介護を受ける方だけではなく、介護を仕事にする人に向けてのメッセージも込められています。
介護の仕事は、入居者の身の回りの介助をするだけでなく、一人ひとりの人生を見届け、最後まで輝ける場をつくるという重要な役割を担っています。時には家族も知らないエピソードを共有しあう理解者であり、人生という物語の最終章に出てくる登場人物の一人でもあります。
みずき会は、「働く場」としての介護業界を、大変な仕事であるという一面だけでなく、さまざまな局面を乗り越えてきた人生の先輩が集まるポジティブな場として捉えています。日常に散りばめられている、くすっと笑ってしまうような明るい側面も積極的に伝えていくことで、介護職員も共に輝ける未来を目指しています。
いつのまにか忘れてしまっていた家族との思い出を再び
「寝たきり銀幕デビュープロジェクト」を通して、ご本人と同じくらい家族の方々からの喜びの声があがっているそうです。先ほどの空手時代劇「無刀の泰平」で主演を務めた中尾さんのご家族・道子さんは、歩けなくなってしまった父親に、再び笑顔を取り戻してほしいという想いから、プロジェクトへ参加しました。道子さんはこう振り返ります。
撮影前のアンケートで『父との人生の思い出』をヒアリングされた際、いつのまにか忘れてしまっていたエピソードが次から次へとあふれ出てきて、書ききれなくなってしまいました。とても懐かしく、和やかな気持ちになったのを覚えています。
寝たきりを宣告されれば、その現実を受けいれることは、とても難しいことです。本人も家族も自分のことを責めたり、落ちこんだり、時には怒りを爆発させてしまったり。だからこそ今回のプロジェクトは、私たち家族にとっても素敵な機会になりました。なにげないところに転がっている幸せを大切にするように心がけていきます。
高齢者の人生を見つめ、介護の明るい未来を切り開いていく
「寝たきり銀幕デビュープロジェクト」に取り組んだみずき会は、『生きるって すばらしい』を合言葉に、介護の質の向上を目指して、新しく面白い取り組みに積極的に挑戦しています。今回製作したオリジナルポスターは、介護のイメージを共に変えていく仲間を募集するための求人用ポスターとして、実際に使用していくそうです。
寝たきりになると、本人も周囲も悩みを抱えることが多くなると思います。葛藤の中でも、人生を思いっきり肯定すること。あえて“寝たきり”という言葉をそのままプロジェクトに使っていることも、現実から目を背けるのではなく、今ある姿を見つめ、尊重したいというみずき会の姿勢の表れだと感じました。
介護や“寝たきり”のイメージが変われば、ご本人や家族の精神的なストレスも減るかもしれません。介護職を目指す人が増えたり、悩んでいる人たちを助け合うサービスやコミュニティも増えるでしょう。お世話をするだけの間柄ではなく、人生を見つめる関係になることで、介護する側もされる側も、自分の存在を丸ごと肯定できると思うのです。
華やかに銀幕デビューを飾ったお二人の素晴らしい笑顔から、介護の明るい未来が浮かびます。