【写真】街頭で笑顔で立っているはままつこうさんとみきさん

昨日までただの恋人同士だったふたりが、ある日を境に「夫婦」となる。その境界線上にあるのは、「結婚」という制度です。

では、夫婦という関係性を築くためには、結婚が絶対条件なのでしょうか。そうした場合、さまざまな事情から「婚姻関係」を結ぶことを困難とする人たちは、誰とも夫婦になれないのでしょうか。

そんな疑問に、ひとつの答えをくれたご夫婦がいます。それが浜松幸さん、美樹さんのおふたりです。

【写真】笑顔でインタビューに答えるはままつこうさんとみきさん

ちょっとだけやんちゃな雰囲気を漂わせる幸(コウ)さん(右)と、太陽みたいな笑顔が印象的な美樹さん(左)。

幸さんはトランスジェンダーの当事者です。女性の体を持って生まれながらも、性自認は男性。そんな自分を受け入れて、自分らしく生きていくまでにあった不安や葛藤、苦しみを、ぼくは容易には想像できません。

そんな幸さんが美樹さんと出会ったのは、2015年のこと。そして、お互いを「生涯のパートナー」だと確信したふたりは、2016年10月に「結婚」をしました。

ただし、彼らが選んだ結婚のカタチは、世間一般のそれとは少しだけ違うもの。ふたりは「法的な婚姻関係」にはありません。

けれど、その関係性は夫婦そのもの。お互いがお互いを信頼し、支え合っている。そしてなにより、見ているこちらが照れてしまうほど、愛情に満ちあふれているのです。

彼らはどのような歩みを経て、夫婦になったのか。その道のりについて、教えていただきました。

自らの力で道を切り開いてきたFtMの幸さん

幸さんは、以前、soarのインタビューに登場してくれたことがあります。そこで明らかにしてくれたのは、FtM(※Female to Maleの略。生物学的には女性であるが性自認が男性)として生きてきたこれまでについて。

【写真】笑顔でインタビューに答えるはままつこうさん

幼少期から、「女の子としての自分」の違和感を抱いていた幸さんは、高校に進学し、女の子が好きであることに気づいたそうです。インターネットで同じ境遇の人たちと交流するようになり、わかったこと。それは、自分はレズビアンではなくトランスジェンダーなのだ、ということでした。

その後、幸さんは友人や先生、家族へのカミングアウトを決意。「あんたはあんたのままでしょ」という友人からの発言もあり、幸さんは“本当の自分”で生きていく決心をします。名前を“美幸”から“幸”へと改名したのも、背中を押してくれる仲間たちの存在があったから。戸籍こそ女性のままですが、「戸籍を変えるためには膨大な時間とお金がかかる。それなら彼女と旅行にでも行きたい」という幸さんらしい理由から、無理に変更することはせず、性別というものにとらわれない生き方を実践しています。

いま、幸さんは男性として会社に勤務し、妻である美樹さんとの生活を思い切り楽しんでいるといいます。自らの力で人生の舵取りをする。幸さんはそれを体現してきた人なのです。

妻・美樹さんと幸さんとの出会い

幸さんの結婚相手である美樹さん。自らの過去を語る幸さんを見守る眼差しはとてもやさしく、その瞳からは愛情がこぼれだしているようです。

【写真】笑顔でインタビューに答えるみきさん

ふたりが出会ったのは、幸さんがボランティアで運営スタッフとして参加しているNPO法人コモンビートのミュージカルプログラムでのことでした。

美樹さん:キャストとして、初めてミュージカルに参加した年でした。なにもかもが初めてのことだったので、右も左もわからない状態で。初めて会話をしたのは、わたしが練習でいろいろといっぱいになって泣いてるとき。声を掛けてくれたんですが、こわくてトイレに逃げました(笑)。でも、共通の知り合いがいたこともあって、実は前から幸のことを知っていたんです。FtMだということもわかっていて、それでいて少し興味もありました。どんな人なんだろうって。

幸さん:俺、威圧的なんだよね(笑)。初対面が苦手だから、あまり人が寄ってこないようにシャッターを下ろしちゃう。

美樹さん:壁があったよね(笑)。

【写真】笑顔で話すはままつこうさんとみきさん

そんなふたりが急接近したのは、コモンビートが海外遠征をしたときのこと。移動中のバスのなか、席が近かったこともあり、ささいなことから言葉を交わすようになっていったそうです。

美樹さん:みんなが私をいじってるときに、幸も面白がってちょっかいを出してきたんだよね。でも、だからといって幸に対してはなんの感情もなかった。タイプじゃなかったしね。

幸さん:いやいや、俺もだよ(笑)。

冗談混じりに当時を振り返り、お互いに「タイプじゃなかった」と笑い合うふたり。けれど、交流が深まるなかで、自然と恋愛感情が芽生えていったといいます。

幸さん:それからLINEでやりとりをするようになったんですけど、美樹とはずっとそれが途切れなかったんだよね。

美樹さん:そうだね。元々、あんまり他人とはやりとりしないタイプなのに、幸とは自然といつも連絡を取っていたかもしれない。

そのやりとりを機に、お互いを少しずつ意識するようになっていったそう。ふたりで過ごす時間が増え、その関係性は自然と「恋人」と呼べるものになっていきました。

FtMであることは、なんの関係もない

ふたりがお付き合いをするまでの経緯を聞いていると、ストレート同士のカップルと何ら変わりがありません。けれど、幸さんはFtM。美樹さんは不安を抱くことはなかったのでしょうか。

美樹さん:まったくありませんでした。私の叔母がダウン症だったこともあって、世間一般でマイノリティとされる存在に対しての嫌悪感や偏見が自分の中に一切なかったんです。あと私、同性愛をテーマにした漫画も読んでいたので、それがLGBTのリアルだとは思っていませんが、セクシュアル・マイノリティに対してネガティブな気持ちを持たなかった要因にはなっていると思います。

美樹さんのそういったフラットな視点や価値観があったからこそ、幸さんも安心できたといいます。

【写真】インタビューに答えるはままつこうさんとみきさん

幸さん:それまでの人生のなかでは、ぶっちゃけ「FtMが原因でフラれるかもしれない……」と悩む瞬間がけっこうあった。たとえ付き合えたとしても、始めから終わりが見えていたりもして。でも、美樹に対してはそんな不安が一切なかったんですよね。

美樹さんと過ごす時間。それは幸さんにとって、安らぎのようでした。

幸さん:美樹はとにかくやさしい。俺のことをわかろうとしてくれるし、変に男らしさを求めようともしてこない。常に男としてカッコよくあろうとしちゃうのって“FtMあるある”なんじゃないかなと思うんだけど、美樹の前ではそんな強がりもしなくてよくって。素の自分をさらけ出せるのが、こんなにも楽なんだって初めてわかった。

美樹さん:これまで戸籍上男性である人とお付き合いしてきましたけど、彼らと比べても幸はなにも変わりません。あるとすれば、これまでの人たちよりも、とにかく気が利くってところくらい(笑)。悪い意味での違いを感じたことはないんですよね。

「男だから」「FtMだから」といったバイアスなしに、幸さんと向き合ってきた美樹さん。それは美樹さんが友人に「彼氏ができた」と話したときのエピソードからも伺うことができます。

美樹さん:幸と付き合うことになって、友人に報告したんです。でも、別にFtMであることをわざわざ言おうとは思わなくて。隠すつもりはなかったけど、別に必ず伝えなきゃいけないような特別なことでもないと思いました。だって、「彼氏できたんだ。男の人なの」って言わないじゃないですか。それと一緒です。大事なのは私に彼氏ができたことで、その相手が男だろうがFtMだろうが、それは別に問題じゃないんですよ。

【写真】笑顔でインタビューに答えるみきさん

幸さんのことを「幸さん」として認め、受け入れている。それは、本当の意味で、人を愛するということ。

だからこそ、幸さんも「男らしく」よりも「自分らしく」を大切にしてこれたのです。

幸さん:美樹がこういう価値観の持ち主だからこそ、俺も「男として好きになってもらいたい」とは固執しなくなった。俺は俺。女ではないけど、完全なる男だとも思ってない。どちらでもない俺を好きになってもらえたんなら、それで良いかなって。

美樹さん:でもさ、付き合いたての頃は気にしてたんじゃない?

幸さん:それはもちろん。「この子は男としか付き合えないんじゃないか」とか、「いままでと異なる状況に対して不安を感じるんじゃないか」とか、いろいろ考えたよ。でも、美樹のなかにそういう不安がないっていうのが見えて、俺もいろいろ考えるのをやめた。どうでも良くなっちゃったんだよね(笑)。

友人たちに見守られ、「結婚」することに

美樹さんとならば、ずっと一緒にいられるのではないか。それを確信した幸さんは、公開プロポーズを決意しました。

幸さん:あるとき、美樹が誕生日会をしてもらったことがない、と言っていて。だったら、俺と付き合って初めての誕生日はいままでで一番のものにしたいな、と思ったんだよね。

思い立った幸さんは友人に声をかけ、盛大なサプライズバースデーを企画しました。ライブハウスを貸し切り、友人たちとパフォーマンスを披露する。そして、そのイベントの最後に、大勢が見守るなかでの公開プロポーズを決行することにしたのです。

幸さん:俺は戸籍までは変更していないから、実際に籍を入れることはできない。でも、信頼できる友人たちが見守ってくれるなかでプロポーズをすれば、「婚約中」っていう間柄ではいられるかなぁって。

もちろん、そのイベントは大成功。なにも知らなかった美樹さんは、大号泣したといいます。

美樹さん:友人たちがいろんな出し物をしてくれて、もはや結婚式みたいでした。ずっと泣いてたから、ほとんど記憶がないんですけど、「こんなに幸せな誕生日は、いままでなかったです」って言ったのだけは覚えてます(笑)。

幸さん:どこから水分出てくるの、ってくらい泣いてたもんね(笑)。

【写真】笑顔でインタビューに答えるはままつこうさんとみきさん

ただし、それでも幸さんのなかに葛藤がなかったわけではありません。

幸さん:付き合ってるときに、この人と結婚するんだろうなとは思っていたけど、「美樹の未来を奪ってしまうかもしれない」という葛藤だけはあって。でも、あるとき美樹が「結婚なんてただの紙切れじゃん」って言ってくれた。そんな風に言い切れるのがカッコよくって、絶対離しちゃダメだって思いました。この人は、俺を背負う覚悟を持ってくれてるんだなってことが伝わってきましたね。

美樹さん:良い意味でなにも考えてなかったんです。そもそも結婚願望なんてなかったし、結婚すれば必ず幸せになれるとも思ってなかった。そんなことより、たとえ書面上は結ばれていなくても、一緒にいることで安心できたり、明日の活力が湧いてきたりする関係性の方が大切だなって思いました。

周囲の人たちに「夫婦」として認められている

ふたりの関係性は、いわゆる「事実婚」にあたります。けれど、そんなことは大した問題ではありません。周囲の人たちに愛され、認められている。それがふたりの関係性を「夫婦」として確固たるものにしているのです。

幸さん:実は、俺と美樹は同じ株式会社シンカというところで働いているんです。でも、同僚たちは偏見を持つこともなく、受け入れてくれている。むしろ、俺らみたいな存在がいることで、LGBTに関心を持ってくれた人たちもいるくらいなんですよ。

仲の良い友人に限らず、会社のような組織においても自分たちのことを受け入れてもらっているふたり。そんな人間関係をどのように築いてきたのでしょうか。

【写真】街道を笑顔で手を繋いで歩くはままつこうさんとみきさん

幸さん:20代の頃にずっと意識していたのは、「あいつ、いいヤツだよな」って言われる存在でありたいということ。媚を売るとかではなくて、ただ誠心誠意人と向き合うってことです。そう考えるようになったのは、多分、子どもを残すことができないからだと思う。だからこそ、誰かの心のなかに、自分が生きた証、爪痕を残しておきたいなって思うようになりました。

美樹さん:私はずっと人間関係を築くのが苦手で、誰からも嫌われたくないって思うようなタイプだったんです。だけど、そういう過去を経て、自分の周りには心地よいものしか置きたくないなって思うようになりました。だから、まずは自分自身が心地よい人間になることを意識しています。具体的には、いつも自然で、素直で、明るいエネルギーを持っている人かな。あとは好意の返報性ってありますよね?なるべく相手の良いところを見るようにして、それを口に出す。すると、それがまわりまわってくるような気がするんです。

幸さん:確かに、気持ちを素直に口に出すっていうのは大切だよね。それって、俺らの共通点かもしれない。表情が豊かで声がでかくて、変に大人びていない。つまらないときは思いっきりそういう顔をしますもん(笑)。でも、絶対に嘘はつきたくない。だから、みんなが仲良くしてくれるのかなって思いますね。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるはままつこうさん

嘘をつかずに、いつも素直でいること。それは誰かと関係性を築くうえで大事なことのひとつかもしれません。ただし、それができずに悩んでいる人も多いはず。たとえば、セクシュアル・マイノリティであることを公言できない環境で、嘘をつかざるを得ない人。幸さんと美樹さんは、そういった人たちの痛みもわかる、と頷きます。

美樹さん:そういった状況でも、自分を責めないでほしいんです。嘘をついている自分に気がついて、どうしても苦しくなってしまったら、「しょうがないよね。隠したくなるよね」って、“自分を許してあげる自分”をつくると良いかもしれない。そして、嘘にならない範囲で、“自分を守る素直さ”を見つけられると楽になれると思います。仮に自分がゲイであることを隠しているとしたら、「彼女がいます」だと嘘になるけれど、「パートナーがいます」なら嘘にはならないでしょ?そういう風にボカしつつも、素直になる。すると、敏感な人は気がつくんですよ。それに気づいても残ってくれる人たちっていうのは、きっと自分にとって必要な人たちなんです。

幸さん:これはいじめられている子にもよく言うことなんですけど、嫌だったら逃げても良いと思うんです。学校は行かなくたって構わない。これは大人にも言えることで、会社はたくさんあるんだから、いまいる場所がつらかったら逃げれば良い。外に出てみると、元の場所がいかに狭い世界だったかわかったりもしますし。だから、普段から逃げ場所になるようなコミュニティを増やしておくことが大切で。そうすることで、自分に合う人間関係が見つかることもあるし、そこから少しずつ居心地の良い場所を広げていけば良いんですよ。

まずは自分に素直になること。けれど、それができない場所にいるのであれば、思い切って逃げてしまっても構わない。幸さんと美樹さんに共通するのは、「無理をせず、肩の力を抜いて生きられる場所を探す」ということなのでしょう。

絶対にあなたを「認めてくれる人」が見つかるはず

人はときにはみ出すことを恐れてしまいます。そして、“常識”から外れた人を見つけては、過剰に反応してしまう。

たまたま好きになったのが同性だった。子なし夫婦でいることを選択した。シングルで生きる覚悟をした。どれも悪いことなんかじゃありません。けれど、そういった道を歩む人たちは、ときおり「世間の声」に傷つけられてしまいます。

それは、ふたりも例外ではないはずです。

【写真】笑顔で話すはままつこうさんとみきさん

幸さん:俺は、若い頃にこういう生き方を決めてましたからね。半径5メートルのなかで、ありのままで過ごせるようにしたいなとは思ってます。でも、それができる人とできない人がいることもわかっていて。だから、周囲と違う道を選んだ人たちに伝えたいのは、自分を責める必要なんてないということと、いまいる世界が苦しいんだったら他の場所に行ってみるということ。

美樹さん:そうだね。絶対に認めてくれる人はいるから。批判する人の方が目につくけど、その刃から守ってくれる人もいる。そして、「別にどちらでも良いんじゃない?」っていうスタンスの人もいっぱいいる。だって、他人が誰を好きになろうが、誰と結婚しようが、自分にはなんの関係もないじゃないですか。そういう冷静な視点を持っていれば、批判されても受け流せるようになるんじゃないかな。

幸さん:もちろん、批判されると痛いんですけどね。でも、「どちらでも良いんじゃない?」っていうスタンスでいてくれる人たちの存在に気づくことは大事だと思います。攻撃してくる人と守ってくれる人、それ以上にそういう中立の人たちが多いはずだからね。

ふたりに共通するのは、他者に左右されず自分の道を生きる、という姿勢。そのように生きることで、きっと「居場所」が見つかるのでしょう。

ふたりの生き方は、同じような状況で苦しんでいる人たちのロールモデルになるのではないか。お話を伺っていて、ぼくは純粋にそう思いました。

美樹さん:モデルになれるかどうかはわからないですけど、私はずっとこの関係が続くことを願っています。お互いにやりたいことをやって、応援し合えるような。また、子どもがいなくても幸せに生きている先輩夫婦がたくさんいるので、私たちもそれに倣って楽しく生きていきたいですね。

幸さん:友人の子どもたちが、俺らの孫みたいになっていけば良いなとは思ってます。勝手に孫が100人くらいいるつもりで(笑)。そして、自分たちの子どもが残せない分、生き様を残して、誰かの心に刻みたい。あとは、美樹とふたりで、可愛らしいじいちゃん、ばあちゃんになるのが目標かな。

【写真】笑顔のはままつこうさん、みきさん、ライターのいがらしだいさん

インタビュー中に何度も目を合わせ、微笑み合っていた幸さんと美樹さん。その視線の先にあるのは、世界で一番愛おしい人の姿。その様子を見ているだけで、なんだか胸が温かくなりました。

「結婚とはこうあるべき」という論も、彼らの前ではもはや意味を成さない。枠組みから関係性が生まれるのではなく、愛し合っているという事実が関係性を作り上げ、それが新しいフレームとなっていくのではないでしょうか。

自分に素直に生きるのは、難しいことです。けれど、そこで背中を押してくれるのは、世間の常識ではなく、半径5メートルにいる大切な仲間たちの存在。

幸さんや美樹さんのように、生き方に賛同してくれる人たちを見つけることができれば、きっとはみ出すことだって怖くなくなるはず。

自分たちらしい「愛のカタチ」を見つけたおふたりは、そんな大切なことを教えてくれました。

関連情報:
浜松幸さん Facebook
浜松幸さんのインタビュー記事はこちら

(写真/川島彩水、編集/太田尚樹)