「インクルーシブ(inclusive)」

日本語では「包摂的な」と訳されるこの言葉の意味を体感したのは、別件である福祉施設を取材したときです。

その施設は地元の耕作放棄地を借り入れ、知的障害のある利用者さんや地域の人と共にお米や野菜を育て、販売していました。その日は、ニンジンの収穫日。利用者さんは、職員さんの手を借りながら、収穫したものをトラックまで運びます。その慣れた動きから、職員さんに「どのように作業を教えているんですか?」と、何気なく質問しました。

返ってきたのは、予想外の答えでした。

「“教える”ことよりも、利用者さんから“教わる”ことのほうが多いんですよ。」

頭を小突かれたような衝撃から、ハッと目が覚める思いでした。そのとき初めて、自分が、無意識に「障害者は“教えられる”立場にある」と思い込んでいたことに気づいたのです。

利用者さんは、一人ひとりの「得意」や「好き」に合った作業を任せられていました。誰もがその分野のエキスパートなので、職員さんが助けられることも、しばしばあるのだとか。

日の光を浴び、土に触れ、生き生きと輝く利用者さんの笑顔。

「自分らしく活躍し、周りに感謝され、誰かの役に立っていると実感する。彼らの笑顔を見るたび、思うんです。これってみんなにとって幸せなことなんだろうなと。」

目の前に広がる光景が、彼女の言葉と重なったとき、辞書では分かり得ない、「インクルーシブ」の意味を知った気がしました。

障害や病気の有無、性別や人種に関係なく、誰もが自分らしく、健やかに生きていくためには、一人ひとりにフィットする選択肢を選べる環境が必要になる。

ただ、それは偶発的に生まれるものではありません。どうすれば、そんな未来が叶うのか?出口の見えない問いに悶々とするなか、個人の多様な価値観をビジネスに反映しながら、インクルーシブな社会づくりを実践する企業の話を聞く機会に恵まれました。

2020年11月、soarが開催したオンラインイベント「インクルーシブな社会をつくるため、“文化の多様性”を育むビジネスとは?」。ゲストにお迎えしたのは、株式会社オールユアーズ代表取締役の木村昌史さん、株式会社ヘラルボニー代表取締役社長の松田崇弥さん、一般社団法人リリース共同代表の桜井肖典さんです。

経済性を確立しながら、社会的合理性も求め、多様な価値観を尊重するビジネスはどのように営まれているのか。 ビジネスが生み出す新しいコミュニケーションのあり方、そこから築かれるコミュニティとは。そして、起業家ではない自分も、インクルーシブな社会づくりのために仕事を通じてできることはあるのか。

そうした問いと、じっくり向き合う夜になりました。

性別や身体の区分をなくした一着から、服の“境界線”を溶かす

イベントの幕開けは、ゲストの自己紹介と事業の紹介から。トップバッターを飾ったのは、株式会社オールユアーズ代表取締役の木村昌史さんです。

【写真】笑顔でこちらを見ているきむらさん

ゲストの木村昌史さん(提供写真)

東京・池尻大橋に実店舗を構えるアパレルブランド「ALL YOURS」は、生活に溶け込む日常着を開発して販売しながら、服が人のウェルビーイングに寄与する可能性を模索しています。

創業時からクラウドファンディングを活用しているALL YOURS。2019年4月までに24ヶ月連続クラウドファンディングを展開し、これまで累計5,700万円超の支援を達成しています。CAMPFIREの「アパレル」のカテゴリにおいて、日本一の支援金を集めたことで話題を呼びました。

【画像】ALL YOURSが行ったクラウドファンディングの画面の画像。支援総額は18,096,784円で、718人からの支援を受けたと記載されている。

これだけ支持された理由は、どこにあるのか? その土台には、創業期より守られてきた、ALL YOURSの経営スタンスがありました。

木村さん:ALL YOURSのロゴは、あらゆる状況において常に「U(あなた)が中心」にあって、その立ち位置が決まるんです。「U(あなた)」は、ユーザーさんのこと。どんなアクションを取るにしても「使う人が中心」の精神は変えず、どうすればすべてのユーザーさんが共存、共栄していけるのかを第一に考えて経営しています。

この姿勢に惹かれ、全国から集まった大勢のユーザー。「売る」「買う」という関係だけに閉じず、「ブランドを共創する仲でありたい」と願う木村さんの発案から“共犯者”と呼ばれる彼らは、さまざまな形でブランドに参加しています。

例えば、商品のフィードバックや、イベントの企画・出演、店舗の塗装作業など。クラウドファンディングの大成功を「自分たちでやった気がしない」と話す木村さんは、共犯の輪の広がりに、その要因を見出しているそう。

ユーザーを第一に想うALL YOURSが手がけるのは、「着ていることすら忘れる服」。速乾性や伸縮性に優れ、シワになりにくく、ベーシックな見た目でどんな服でも合わせやすい。着る人のストレスを解き、生活に溶け込む日常着を展開する背景には、木村さんいわく、社会における「ファッションの捉え方の変化がある」そうです。

【写真】白いTシャツにデニムを履いた男性と女性が自然体な表情でポーズをとっている

ALL YOURSの代表的なアイテムの一つ、HIGH KICK JEANS(提供写真)

木村さん:以前はファッションが「自己表現」の最たる手段で、流行りに乗った、高価なものを身につけていることが「かっこいい」の基準だったように思います。ところが、現代はSNSの普及により自己表現の幅が広がった結果、個人の“ライフスタイル”や“価値観”が、「かっこいい」の基準を左右するようになってきた。

例えば、このイベントに参加するみなさんのように、社会的に意義のある活動に興味を持ち、行動する人が「かっこいい」と評される時代になってきている。ならば、ALL YOURSはトレンドや見た目重視ではなく、自分が求める社会、なりたい自分に忠実である人たちが、日々ストレスなく着られる服を作りたいと思ったんです。着る人の個性や主張を尊重し、やりたいことを後押ししたいんですよね。

創業時に掲げた理念は、「あたりまえをあたりまえにしないモノづくり」。2020年3月の「Switch Standard(スイッチスタンダード)」宣言では、服にまつわるあらゆる境界線を溶かし、社会に意義のあるアクションを起こし続けたいという意志を示し、服にまつわる「あたりまえの更新」を加速させています。

木村さん:僕たちの服は、性別や身体による区別を設けていません。どの服もメンズ・レディースで分けず、既存のサイズレンジを拡張していくのと、体型に合わせたカスタマイズができる仕組みを考えています。

洗濯後は乾くのに時間がかかる、シワになりやすい、朝起きて服を選ぶのが面倒くさい……服と付き合っていくうえでのストレスや悩みは、みんなが抱くもの。その課題に寄り添うなら、服に性別差・身体差を設けるほうが不自然だと思ったんです。

世の中を変えるには、まずは自分が世の中に対する目線を変え、新しいあたりまえを提案していく必要がある。ALL YOURSの場合、それは、誰もがストレスなく着られる服を展開し、服にまつわるあらゆる境界線を溶かすことです。

障害のある人は「かわいそう」ですか? その才能を世に出して問う

【写真】アート作品をモチーフにした傘を持ち、笑顔でこちらを見ているまつださん

ゲストの松田崇弥さん(提供写真)

二人目のゲストは、株式会社ヘラルボニー代表取締役社長の松田崇弥さん。岩手在住の双子のご兄弟と経営する同社は、全国20以上の福祉施設とアートライセンス契約を結び、知的障害のある作家さんが描いた作品をさまざまな形でアーカイブし、転用しています。

具体的には、地ビールのラベル、オフィスの壁紙、マスク、ホテルの内装など、あらゆる企業が自社ブランドのデザインに活用。オリジナルブランド「HERALBONY」では、日本の職人とコラボを組んでアートネクタイやアートハンカチなどを制作し、店頭で相応の値段をつけて販売。商品が売れるごとに作家さんにお金が入る仕組みのもと、事業を展開しています。

【写真】丸や四角、りんごなど様々な柄が描かれたネクタイが6本並んでいる

ヘラルボニーのアートネクタイ(提供写真)

創業のきっかけは、「『障害のある人はかわいそうだ』という社会の考え方を見直したかった」という思いだと松田さんは話します。

松田さん:知的障害のある4つ上の兄がいるのですが、子どものときから周りでは「かわいそうだ」と言う人がいました。それを聞くたび、疑問に感じていたんです。本当にそうなのかと。家族と仲が良く、家では私たちと同じように生きる兄が、外に出ると「自閉症」「知的障害」の枠組みに閉じ込められる。そのギャップを埋めたくて、会社を立ち上げました。

【写真】四角や大きい縞模様など大胆な柄のバッグが4つ並んでいる

ヘラルボニーで制作したバッグ(提供写真)

「ヘラルボニー」という会社名は、兄が子どもの頃、自由帳に書いていた言葉のひとつをもらったんです。意味を持たない言葉に聞こえるかもしれませんが、当時の兄にとってはきっと心に引っかかるものがあったんだろうなと。社会にとって”無意味”だと思われそうなものも、企画の力によって世の中に価値として創出したい。会社名には、そんな思いを込めています。

会社のミッションは「異彩を、放て」。そこに添えられた「“普通”じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う」の一文は、松田さんが事業を通じて社会に証明したいことそのもの。ヘラルボニーが目指すのは、知的障害のある人も健常者も「みんな同じ」と捉える世界ではなく、「知的障害があるからこそ描ける世界がある、できる仕事がある」と考える社会です。

【写真】様々な大きさの四角が並んだような絵を描いているやえがしさん

八重樫季良さんが作品を制作している様子(提供写真)

ヘラルボニーを通じて数々のアート作品を世に出した八重樫季良さんは、まさに異彩を放った作家のひとり。建設現場の仮囲いを期間限定のミュージアムと捉え直し、地元の福祉施設に所属するアーティストの作品展示を行う「全日本仮囲いアートミュージアム」の一環で、JR花巻駅に八重樫さんの作品が飾られました。

ほかにも、アートライフブランド「HERALBONY」により アートハンカチやアートネクタイなど、その作品はさまざまな商品に変わり、多くの人の手に取られるようになります。

【写真】駅の窓全体にやえがしさんの作品が飾られている

八重樫季良さんの作品が飾られたJR花巻駅(提供写真)

八重樫さんがヘラルボニーに出会ったのは、4年前。それまで、40年以上も自宅や施設で絵を描き続けていました。2020年3月、豊かな感性から生まれた数多の芸術を世に残し、八重樫さんは亡くなりました。

お葬式の日、八重樫さんを囲むように飾られたのは、生前の作品の数々。その場に居合わせた人たちの様子を見ながら、松田さんは「周囲の八重樫さんへのイメージが、みるみる変わっていくのを感じた」と話します。

【写真】笑顔で腕を組むやえがしさんとまつださん

八重樫さんと松田さん(提供写真)

松田さん:作品を見ながら、親戚の人たちも「季良君がこんなに絵を描けるなんて知らなかった」と驚いた様子だったと聞きました。また、「文化振興に寄与した」という旨で花巻市長や政治家からの弔電が読まれたとき、会場がどっと沸いたと。

「ダウン症があった人」から「絵の才能を発揮し、活躍していたすごい人」と、八重樫さんのイメージが切り替わっていくのを感じました。

社会の“あたりまえ”を手放し、未来が歓迎するビジネスと私たちをデザインする

三人目のゲストは、一般社団法人リリース共同代表の桜井肖典さん。京都に拠点を構える同社は、2012年より持続可能性と事業性を両立する「未来が歓迎するビジネス」のデザイン組織として、RELEASE;を始動しました。

【写真】柔らかな表情でこちらを見ているさくらいさん

ゲストの桜井肖典さん(提供写真)

「ALL YOURSやヘラルボニーのように、担い手側の価値観が多様なビジネスに触れると、その人の価値観も柔らかくなる」と話す桜井さん。RELEASE;がデザインするのは、そんな触れる人の価値観を柔らかく、同時に社会のあたりまえを溶かしていくようなビジネスです。現在は、京都をはじめ熊本、長野、大阪、岩手など、さまざまな都市で年間150〜200社ほど「社会性と事業性の両立」を目指す会社をサポートしています。

団体名である「RELEASE;(リリース)」に込められたのは、桜井さんの「手をはなす」ことが生み出す可能性です。

桜井さん:手を握っていては何も掴めない。だから手をはなしましょうというメッセージが「RELEASE;」にはあるんです。最近気づいたんですが、手をはなすと握手も出来るんですよ。

その原点には、桜井さんが23歳で初めて会社を立ち上げたとき、既存のルールに縛られたがゆえに自分らしさを発揮できなかった苦い経験がありました。

桜井さん:初めての起業だったこともあり、出資を受けて“成功”や“競争に勝つこと”への執着が強くなり、事業に失敗したんです。

お金という尺度だけでものごとを計ると、お金に変わりにくいことが大切にできなくなること。また、競争できることは誰かが決めたルールに乗っていることだと分かり、それでは自分の本来やりたいことが表現できるはずがないと気づきました。

多様性が担保できるビジネスを育むときは、まず、社会にある暗黙のルールを疑い、そこから降りることが大事なんだと実感しましたね。

RELEASE;の創業後は、既存のルールを積極的に“手放し”ている桜井さん。「新しいことに挑戦するときは、新しいプロセスを」と意識する姿勢は、会社の特色にも現れています。

桜井さん:社員はゼロ。関わるメンバー38人全員が、一人でも生計を立てているような個人事業主です。僕たちがデザインするビジネスは、生まれる背景から何まで多種多様なので、その時々のプロジェクトに合ったメンバーを集めて、チームを構成していて。メンバー個人の事業との兼ね合いもあり、常に全員が忙しい状況ではあるのですが、だからこそ、わざわざ集まってやりたいと思える「プロジェクトの目的」を作りこむところから熱心になれるのだと思います。

また、新しいビジネスを生み出すとき、そのエコシステムまでデザインする点もRELEASE;の特徴だと思います。文化祭の準備のように、多くの人と時間をかけて準備した分、新しいビジネスを起点に繋がりが広く、深くなっていく。そう考え、事業を通じて出会った企業を、相互に良い連鎖を生み、共栄していけると判断した場合には、積極的に繋げることもあります。ビジネスを育むプロセスにおいて効率は重視せず、なるべく時間をかけるのが私たちのスタンスです。

数多くの企業と“競争”ではなく、“共創”することで豊かなビジネスを育むRELEASE;。その過程で「自分たちがサポートするビジネスだけでなく、自分たちもまた未来に歓迎される存在でありたい」と考える同社は、2020年9月、「Community Based Economy」を呼びかけはじめました。

京都に築かれた、長期的な経営姿勢や信頼、品格、独自性などを「事業規模や利益以上に大切にする」経済文化、これまでに事業を通じて出会った企業の「お金以上に大切にしたいことを大切にするためにビジネスを営む姿勢と創意工夫」—— RELEASE;を取り巻く環境からヒントを得て始まった同プロジェクトでは、人と人、人と環境が共存しあえるサステナブルな資本主義のあり方を探求。その考えに賛同し、実践する企業「Community Based Company」を集め、新たな経済圏を広げようと活動しています。

具体的には、実践者によるオンラインアカデミーの開催、彼らの知恵を伝えるメディアづくりなど。活動の輪は広がり、加速し続けています。最後に桜井さんは、「得るばかりではなく、贈りあうことが循環するような経済活動を、僕たちの世代から築きたい」と語気を強めました。

桜井さん:人間も、そのほかの生物や自然も、みんな地球上で循環して生きています。

大循環のなかで、みんながそれぞれに大切にしたいことを守る経済活動を作り出すこと。その過程で得た学びを贈りあうこと。分かり合えないことを無理に一元化せずに、お互いにコミュニケーションを取って相手を理解すること。使った資源を、自分たちの資本のなかで還元すること。そういった価値観を大切にしながら、地球や未来に歓迎されるような経済活動を広めていきたいです。

事業性を維持しながら、個人の価値観を守り抜くために

それぞれの自己紹介を終え、イベントは対談の時間へと移ります。モデレーターを務めたsoar・副代表のモリジュンヤからは、事業性を維持しながら「文化の多様性」を育むゲストの“根幹”に迫るような質問が投げられました。

【写真】柔らかな表情でこちらを見ているモリジュンヤ

モデレーターのモリジュンヤ(提供写真)

モリ:資金のやりくりや、クライアントとの関係性、組織づくりなど、ビジネスには多くの難題がつきものです。社会性と事業性を両立するのなら、なおさら。例えば、会社が苦しい状況に陥ったとき、自分たちのこだわりや価値観を脇に置き、売上や効率を重視するほうが楽なこともあるだろうなと。ただ、登壇者のみなさんがそうしないのは、個人のなかに譲れない軸があるからだと思います。

事業性が揺れたときでも立ち戻れる、それぞれのこだわりや価値観は何なのか。それらを貫くために工夫していることもあればお聞きしたいです。

木村さん:経営が安定していても、苦しくても、常に自分たちが納得するほうを選びたいと思っています。ALL YOURSにとってそれは、利益を追求することではなく、服にまつわるあらゆる境界線を溶かすために、自分たちがやれることを頑張ること。売上を求めるだけでは単純に面白くないし、そう感じた瞬間からどのみち業績は振るわなくなるだろうなと思うんです。生活を安定させたい気持ちはありますが、お金持ちになりたくて起業したわけじゃないので。

だから、売ることに固執しない。過去を振り返ると、調子が悪いときはだいたい「売ろう」という気持ちが先行していたんですよね。そのたび、「自分たちがやりたかったことって何だっけ?」と見直して、ALL YOURSの思いや活動を評価してくださったり、見守ってくださったりする人たちが喜ぶほうにシフトすると、売上も自然と伸びていきました。

【写真】ALL YOURSのメンバーが店舗の前に集まっている。きむらさんは真ん中で笑顔を向けている

ALL YOURSのメンバーの様子(提供写真)

松田さん:ヘラルボニーが譲れないのは、福祉施設ファーストであることですね。もちろんクライアントも大切な存在に変わりありませんが、何があっても福祉施設を圧迫するようなことはしないと決めているんです。例えば、作家さんの納期が遅れたときは、福祉施設に急かすような連絡を入れるのではなく、先にクライアントに謝ります。

というのも、「障害者だから」という決めつけから、彼らが弱い立場に置かれやすい状況を覆したいんです。僕たちのような企業は周囲から「支援者」と呼ばれることもありますが、本当にそうなのかなと。少なくとも、ヘラルボニーは障害者に支援されている側だと思うんです。障害があるから劣っている、良いものを作れない、賃金も低い……そうした社会の勝手な思い込みが、ヘラルボニーを通じて払拭されることを強く願っています。

桜井さん:既存の価値観に縛られたくない点は僕も同じですね。とにかく自由がいい。お金は大切ですし、業績が振るわないときは苦しいですが、それすら豊かなことだと信じています。喜怒哀楽のあらゆる感情を知ったほうが、たぶん周りの人に優しくなれるし、お金だけ持って生涯を終えるよりも幸せなのかなと。そう思えるときは、自分が既存の価値観を手放せている証拠なんですよね。

「それで大丈夫」だと思えるのは、一緒に働くメンバーの存在も大きくて。38人のメンバーは、仕事仲間である以前に飲み仲間なんですよね。新しいプロジェクトにメンバーが必要になったときも、「この仕事ができる人を募集しよう」という考え方にはならない。仕事の役割で人を求めると、代わりがいる状態になってしまうので。

仕事は何度でも作れるし、向こうからやってくるけど、一人ひとりのメンバーの代わりはいません。メンバーとの関係を失うぐらいなら、仕事を断るくらいの心持ちです。心から一緒に働きたいと思えるメンバーがいるから、コストパフォーマンス以上のこともやれるし、仕事も円滑に進むのだと思います。

個人の価値観を共有する「コミュニティ」をどう捉えるのか?

モリ:今お話いただいたような個人の価値観を守りながら、ビジネスを広げるためには、その価値観に共感する「コミュニティ」の存在も重要だと考えています。みなさんは、このコミュニティをどう捉えているのでしょうか?

桜井さん:先ほど木村さんは、クラウドファンディングの成功を「自分たちだけでやった気がしない」と話していましたよね。僕はこの感覚が「Community Based Company」かどうかの基準であり、コミュニティをどう捉えているかに繋がる話だと思っています。

あくまで僕のイメージですが、ビジネスの世界で「コミュニティマーケティング」と呼ばれるものは、会社の外側にコミュニティがあって、そこに価値を提供していく考えがある。一方で「Community Based Company」では、会社のスタッフだけでなく、生産者やお客様など事業に関係する人たち全員がコミュニティの一員であり、それぞれが発揮する価値を贈り合っているように思います。

木村さん:桜井さんのおっしゃる通りで、僕自身も、ひとつの事業を中心に価値を交換しあう関係がコミュニティだと捉えています。ALL YOURSでは「バリュー」という言葉を自ら掲げることはありません。自分たちの力だけで価値を実現しているわけではないからです。スタッフや関係会社、生産者、共犯者さんそれぞれが生み出す価値が寄せ集まって初めて、ALL YOURSの価値が発揮されると思うからです。

松田さん:事業を中心に価値を贈りあう人たちをコミュニティと捉えるからこそ、商品に込められた作り手の思いやメッセージを、商品を受け取る人たちに届けられるのかもしれません。

以前、僕がヘルプで店頭に立ったとき、ご高齢のお客様が自分用だけでなく、自閉症のある孫へのプレゼントにとハンカチを購入されたことがあって。会話を交わすなかで、彼女はただハンカチをプレゼントしたかったわけではなく、それに込められている作り手の思い、これを贈る自分の気持ち、これが示す孫の可能性など全部ひっくるめてハンカチを購入したように感じたんです。コミュニティには、関わる人全員の思いを届けあう役割もあるのだと思います。

【写真】ヘラルボニーのスカーフやハンカチ、Tシャツなどがディスプレイされ販売されている

ヘラルボニーの店頭販売の様子(提供写真)

個人の価値観をコミュニティに伝えていくなかでの工夫とは?

モリ:みなさんの活動を見たり、今日のお話を聞いたりしていると、それぞれが大切にする価値観がビジネスを通じて周囲に伝播している印象を受けました。インクルーシブな社会をつくるためには、多様な価値観が“伝播”することも重要だと思います。みなさんが個人の価値観を一緒に働くメンバーや企業、あるいはユーザーに共有する点で意識していることはありますか?

松田さん:会社のメンバーに限った話をすると、「どう伝えるか」以上に「誰と共有するか」を大切にしています。

現状、一緒に働くメンバーの一部は、創業者である僕たち双子の学生時代からの親友なんですよ。彼らはもともと福祉関係ではない仕事をしていたので、福祉の知識やスキルもありませんが、自分が心から信頼でき、一緒に働きたいと思っている人たちです。自分たちが何者でもない頃から知っている、気のおけない仲なので、鎧をまとってコミュニケーションする必要がありません。

だからこそ、自分の価値観も素直に共有できるのだと思います。先ほどの桜井さんの話と重なる点もありますが、「任せた仕事をこなしてくれる」という考えだけで採用することは絶対にありません。

桜井さん:組織は流動的であると自覚し、メンバーとの関係性を“実線”ではなく、出入り可能な“点線”で捉えるようにしています。というのも、「先週の自分」と「今週の自分」は、考え方やスキルが変化しているかもしれない。それは他のメンバーも同じです。

これが「誰も何も変わらない」という前提に立ってしまうと、事業を一緒にするときも、固定化された役割のなかでメンバーを当てはめてしまいがちです。プロジェクトが生まれるたび、「これならうまくコラボできそうだね」「だけどこれは無理そうだね」と、流動的であることを前提に組織を捉え、柔軟性を持ってコミュニケーションを取りたい。

自分たちが楽しめるルールのなかでビジネスをするため、自分たちが決めたことに自分たちが縛られないためにも、共有する価値観やメンバー、方法は都度検討しています。

木村さん:最近よく考えているのは、「主語は小さく、ビジョンは大きく」が大事だということです。コロナ禍で猛烈に感じていますが、社会不安が大きくなると、マーケットが小さくなり、消費活動が保守的になります。価格で優位性のあるものが売れ、プロダクトの質だけで選ばれるのが難しくなる。

そもそも、質の良さは比較しづらいうえに、服に関しては着てみないと分からないので、言葉だけでは伝わりづらいんですよね。この状況下では、主語は小さく「ALL YOURS」のまま、ビックビジョンを掲げてそこに共感してもらうことで一緒に商品を作ったり、買ってもらう流れを生む必要があるのかなと。

ALL YOURSのビッグビジョンは、「誰もが認められる社会を作るために服で貢献する」こと。現代のアパレルは、業界の都合で着る人を選び、知らずのうちに性別差や体格差で人を排除してしまっている。僕たちは「誰も排除されない服」を目指し、その考えをコミュニティに広げていきます。

組織の「流動化」が、インクルーシブな社会の実現を後押しする

イベントも終盤に差し掛かった頃、木村さんが感じているある「コンプレックス」に端を発した話が展開されます。そこには、インクルーシブな社会の実現に向け、“文化の多様性”を育むビジネスが広がるためのヒントが隠されていました。

木村さん:学生から会社員時代にかけて、ビジネスの知識やスキルを身につけてこなかった代わりに、音楽や映画にはよく触れてきました。

以前まではそれをコンプレックスに感じ、「人生を無駄に過ごしたな」と思っていたのですが、振り返ってみると、音楽や映画からインスピレーションを得て、ALL YOURSの事業でアクションを考えたことも多々あって。

僕の好きな言葉に「優れたカルチャーは異なる領域にブリッジをかける」というものがあります。全く別物に感じること、役に立たないと思い込んでいることも、考え方や工夫次第でいかようにも価値を発揮できるんですよね。

桜井さん:とても共感します。私たち一人ひとりが見てきた世界や、体験してきたことは当然異なる。生きてきた経験そのものが、その人だけが持っている価値なんですよね。スキルや知識があることに価値を見出す傾向にあったこれまでと違って、これからは一人ひとりが見てきた世界をコミュニティのなかで共有し、学び合っていく姿勢が重要になる。

モリ:現代では、仕事と暮らしの境界がより曖昧になってきていますよね。ヘラルボニーの社員やRELEASE;のメンバーが「仕事仲間」である以前に「飲み仲間」であることも、その一例だと思います。

個人が会社に与える影響も大きく、一人ひとりの個性が反映されるビジネスも増えつつあるなかで、その人だけにしか生み出せない価値が尊重されるようになってきた。産業革命時代のように、個人が代替可能な部品のように扱われていた時代とは、明らかに変わってきていると感じます。

桜井さん:組織の境界線は柔らかくなるでしょうね。副業や兼業もあたりまえになり、RELEASE;のように関わるメンバー全員が個人事業主で、プロジェクトの内容に合わせてアサインするメンバーが変わる会社も増えると思います。

関わるプロジェクトやメンバーが流動的になれば、それぞれの「得意」「不得意」がコロコロ変わるようになる。あるところでは力を発揮したけど、あるところでは苦手なことばかりだったと。組織が流動的になったときに、一人ひとりが「自分だからこそ」の役割を発揮できる機会が増えるのだと思います。

松田さん:ヘラルボニーの事業において、僕たちが「障害者を支援する側」ではなく、「障害者に支援される側」になっているのは、その例かもしれません。組織が流動化するほど、価値観の逆転が起こりやすくなり、さまざまな人との関わりのなかで、自分を見つめ直すきっかけにも繋がりそうです。

桜井さん:その過程で、一つひとつの組織やプロジェクトで培ったもの、影響を受けたことをほかの場所に転用する考えも重要だと思います。ALL YOURSとヘラルボニーで、それぞれの価値観や見方は異なるかもしれませんが、お互いの考えを転用してみれば、新しいビジネスが生まれるかもしれません。そして、それがまた多様な価値観を育んでていく。その繰り返しの先に、インクルーシブな社会が待っているような気がします。

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インクルーシブな社会の実現を妨げているのは、誰が決めたかも分からない、社会の「あたりまえ」や「常識」と呼ばれるものかもしれない。福祉施設を取材したあの日の「予感」は、今回のイベントを経て、私のなかで「確信」へと近づきました。

社会の思い込みは、ときに、誰かの“可能性”に身勝手にも蓋をしてしまう。おそらく、そうした「あたりまえ」や「常識」は、社会にも、私自身にもまだまだあるのだと思います。それを解きほぐし、柔らかくするようなサービスやプロダクトが増え、あらゆる思い込みが取っ払われたとき、そこには、どれだけの人の幸せと可能性が広がっているのでしょうか。

今回のイベントは、そんな未来を想像する時間になりました。

インクルーシブな社会を促すようなビジネスを始めるのは難しくとも、自らが多様な価値観の「媒介者」になることはできるはずです。例えば、それは、その会社の商品を購入したり、イベントに参加したり、発信に協力したりすることかもしれません。

仕事のなかでは、スキルや知識だけでなく、個人の経験や価値観を共有し、対話する機会を組織内で設けてみることも一つの工夫だと思います。その際には、誰かが共有した考えを「事業に役立つかどうか」の物差しで測り、簡単に切り捨てるのではなく、一つひとつを尊重し、事業にどう反映できるのかを考える姿勢も大切になりそうです。

誰もが自分の「得意」や「好き」で活躍し、手を取り合い、仲間はずれにならない未来のために、自分は何ができるのか。じっくり考えを巡らせてみようと思います。

関連情報:
ALL YOURS ホームページ
ヘラルボニー ホームページ
RELEASE; ホームページ

(編集/工藤瑞穂、企画・進行/松本綾香、協力/佐藤みちたけ)