【写真】木々の中で光が指す方向を見上げる女性

娘を産む直前に知った、とある“お母さん”のことを今でもふと、思い出すことがあります。

娘が生まれる4日前のこと。逆子だった娘は予定帝王切開での出産間近にひっくり返り、私は陣痛を待って自然分娩で産むことにしました。

翌週の検診で、同じように逆子が治り自然分娩に切り替えた“お母さん”が、お産の最中に、赤ちゃんの命を落としてしまったことを知ります。十月十日一心同体で過ごした我が子の産声が聞けないなんて。他人事とは思えず、胸を裂かれるような思いがして涙が溢れ、待合室でむせび泣きました。

その日私は再度、予定帝王切開に切り替えて、4日後に無事に娘を出産することができました。でも、彼女は私だったかもしれない。悲しみは計り知れないけれど、出産中も、子育てが始まってからも、顔を合わせたことのないその“お母さん”に幾度も想いを馳せています。

それから2年が経った頃、2人目を妊娠した私は流産を経験。小さな小さな命だったけれど、たしかに存在していた。数枚のエコー写真を頼りに、私だけでもその存在を忘れない、と思っています。

触れられず、語ることのないまま人知れず、「喪失」を抱えているかもしれない

流産したことを親しい人に話すと、彼女は過去に中絶をしたことがある、と語り始めました。これまで誰にも話したことがない、と静かに。数年経った今でも、彼女の中に罪悪感や妊娠出産に対する不安があることを知りました。

日本は世界と比較しても、新生児死亡率、母体死亡率が圧倒的に低く、赤ちゃんが安全に産まれてくる国。それでも、妊娠を経験した女性のうち約15%が流産を経験していて、年間約2万人の赤ちゃんが死産を迎えるといいます。出産できたとしても、年間約800人が新生児のうちに亡くなっています。また、年間約15万件の人工妊娠中絶が行われているそうです。

・流産……妊娠22週(赤ちゃんがお母さんのお腹の外で生きられない週数)より前に妊娠が終わること。
・死産……妊娠12週以降に亡くなった赤ちゃんを出産すること。
・新生児死……生後4週(28日)未満に赤ちゃんが亡くなること。
・早期新生児死亡生……生後1週(7日)未満に赤ちゃんが亡くなること。
・人工妊娠中絶……母体保護法によって定められている妊娠22週未満に、赤ちゃんをお腹の外に出し妊娠を中断すること。

女性は人知れず、「喪失」を抱えているかもしません。

【写真】木々の中で遠くを見つめる女性

流産、死産、新生児死、人工妊娠中絶など、周産期の死別による喪失を「ペリネイタル・ロス」と呼びます。女性とその家族は、経験したことがあるかもしれない、これから経験することになるかもしれない。あるいは、誰しも周りに当事者がいるかもしれない。にもかかわらず、今目の前に子どもがいないことで、触れられず、語ることのないまま、なかったことにされてしまう、ペリネイタル・ロス。

ペリネイタル・ロスは、当事者にどんな悲しみをもたらすのか。その悲しみと当事者はどう付き合っていけばいいのか。パートナーや家族、友人、職場の同僚、周囲にいる人たち、そして社会はどう寄り添っていくことができるのか。

そんな問いを持って、看護学を専門に、ペリネイタル・ロスのケアを研究している静岡県立大学教授の太田尚子さんにオンラインでお話を聞きました。

退院後も続く、長く深い悲しみと孤独。「周産期のグリーフケアを変えていかなきゃけない」

太田さんは、大学病院で8年助産師として勤めたのち、聖路加看護大学大学院(現 聖路加国際大学大学院)で学び、在学中の2004年にペリネイタル・ロスを経験した家族のためのサポートグループ「天使の保護者ルカの会」を始動。そこから18年、医療従事者として、研究者として、一人の人間として、周産期に我が子を亡くした親御さんの「語り」に耳を傾け続けています。

助産師として、さまざまな命と親子のかたちに触れてきた太田さん。その中でどんな想いが芽生えていったのか。まずは太田さんご自身の経験を語ってもらいました。

【写真】小さな花を二人の手で持っている様子

未熟児で産まれた太田さんは、助産師の方の献身的なケアによって救われたという話を家族からよく聞きながら育ったそう。そしていつしか自分も助産師を目指すように。助産学専攻科を卒業したのち、1985年から筑波大学付属病院の周産期病棟で働き始めました。

お産の介助や産前産後のケアに携わっていたんですけれど、働き始めてから死産や新生児死があることを知ったんです。喜びばかりではなく、悲しみが伴うお産のかたちがあるということを。

私が勤めていた病院では、お母さんの希望に沿って、亡くなった赤ちゃんに会っていただき、抱っこしてもらっていたんです。でも、そうしたケアは全国的に見ても当時は稀なことでした。大学でも学ばなかったし、医師や助産師、ご家族も、お母さんのことを想って赤ちゃんに触れないように遠ざけて、亡くなった赤ちゃんに会わせるなんてとんでもない、という認識でした。

死産を迎えた母親のケアに関する国内のガイドラインもなく、亡くなった赤ちゃんには触れないまま火葬して「なかったことにする」ことがほとんどだった時代、太田さんは、周産期の喪失を迎えたお母さんたちのケアを手探りで行いました。

悲しみに暮れるお母さんのもとへ亡くなった赤ちゃんを連れていって肌に触れてもらうと、戸惑いはするものの、穏やかな喜びの表情も見てとれて、必要なケアだと感じていたんです。赤ちゃんを亡くしたお母さんのケアに関する欧米のガイドラインの翻訳版を読んで知識を得たりもしましたが、自分がやっているケアは本当にお母さんたちにとっていいケアなのか、確認しなくっちゃ、もっと学びたい。そういう思いが沸き上がってきたんですね。

太田さんは助産師として勤務する傍ら、自ら担当した5名のお母さんに会いに行ってケアの感想を聞き、グリーフの状態を評価する研究を行いました。また、助産師として8年勤務したのち、東京大学に編入。ご自身がケアした、死産や新生児死亡を経験した女性50人ほどにアンケート調査を実施したのです。

病院にいると、ケアができるのは産前産後だけで、退院後に話を聞ける機会はなかったので、自分がしてきたケアをたしかめるように、会いに行って話を聞きました。退院して数年経っていても、お母さんたちは当時のことを鮮明に覚えていらっしゃる。「ケアに問題はなかった」「良いケアをしてもらった」と言ってくださる一方で、いまだに孤独を抱えていらして。周囲の人たちはそっとしておくという姿勢で、ご家族にもご友人にも話せず、自分の辛さや悲しみを伝える場がなかったことを嘆く方が多かったんですね。中には、精神的な症状が出て苦しんでいる方もいました。

死産を経験した多くの人が、長く深い悲しみと孤独の中にいる。かつ、医療側にも家族の中にもサポートする知識も体制も少ない。その現状を知った太田さんは、ケアを受ける人に寄り添った実践的な看護の研究開発を行う聖路加看護大学大学院(現 聖路加国際大学大学院)に進む決意をします。

助産師として何かできることはないか。周産期の喪失におけるケアを変えていかなきゃいけない、と思ったんですね。

赤ちゃんの命が絶えてしまったとしても、“お母さん”であることに違いない。当事者が求めるグリーフケアとは?

大学院で太田さんは、死産を経験した14名の女性を対象に、どんなケアが求められているのかを明らかにする研究を進めました。太田さんが論文『死産で子どもを亡くした母親の視点から見たケア・ニーズ』で導いたのは、次の3つの当事者たちの願いでした。

・母親になることを認めて、支えてほしい

医療者も家族も話題を避ける傾向にあるんですが、死産や早期新生児で赤ちゃんが亡くなったとしても、母親になることを認めてほしい、支えてほしいという声が挙がりました。目の前に赤ちゃんがいないと、誰も「お母さん」と呼んでくれないし、我が子が存在しなかったように扱われてしまう。“私は母親になったのだろうか”と不安になります。

でも、お腹の中で命を育てて、出産する(妊娠12週以降は陣痛を起こして経膣的にお産をする)ことができるのは、そのお母さんだけ。そうして、赤ちゃんは産まれてくることができるんです。

たとえ命が絶えてしまったとしても、産んだ女性が“お母さん”であることに違いない。母親になるうえで大事なプロセスのひとつは、赤ちゃんと会って自分の目で見て手で触れて、できることをしてあげられる時間を持つこと。産後に赤ちゃんと一緒に過ごして、母親になったことを自覚したうえで、お別れするプロセスを経験することが大事になってくると思います。

医療者ができるケアとしては、希望する限り赤ちゃんと会えるよう、産後に家族水入らずで過ごす環境をつくること。また、希望を聞いたうえで、赤ちゃんの手形・足形、髪の毛、爪、写真など生きた証として遺品を残すサポートをしたり、火葬に立ち会えるようにしたり、「生きていた子ども」としてお別れの準備を支えることも求められます。 

【写真】女性が公園を歩いている後ろ姿

・希望を引き出して、意思決定を支えてほしい

お母さんのいないところで火葬を行うなど、医療者がよかれと思ってやってきたことが、お母さんたちが望んでいることではないケースもありました。私が話を聞いた多くの方は、亡くなった赤ちゃんを自ら見送ることを望んでいました。たとえ最初は混乱していたとしても、どう見送りたいか、どんなケアを求めているか、本人の希望を聞いて尊重してほしい、という想いを持っています。

意思決定ができない状態だと医療者が勝手に判断することなく、少し時間がかかったとしても、自身の意思を尊重し自ら見送りやケアの方法を選択することを死産で赤ちゃんを亡くされた母親たちは望んでいます。

・グリーフの過程に寄り添ってほしい

深い悲しみが押し寄せて涙が止まらなくなったり、怒りや嫉妬や自責感が湧いてきたり、グリーフの過程は、当事者にとってとても辛いことだけれど、自然な反応ではあるんです。気持ちはぐらぐらと揺れるもの。でも、それがグリーフの正常な反応であることを知らず、適切なケアがないと、症状が悪化して“異常”に移行し、うつ病やトラウマになる出来事を経験したあとに発症する病気であるPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまうこともあります。

ほかの赤ちゃんを見るのは辛いだろうと翌日に退院なんてこともあるけれど、十分なケアを受けられないままでいると、傷が深くなってしまうこともあるんですね。

医療者としては、話題を避けずに赤ちゃんや悲しみについてのお母さんの「語り」に耳を傾けること。泣くことや悲しみに暮れることを否定せずに受け止めること。無理に励ましたり傷つくような言葉を放ったりして心の痛みを助長しないこと。退院後に自助グループやカウンセリングにつなげるなど心のサポートにまつわる情報提供を行うこと。そして母親のそばにいる家族にサポートの仕方を伝えること。そうしたケアが必要になります。

太田さんが論文を発表した頃、死産を経験した親御さんの手記が出版されたことも相まって、少しずつ医療現場は変わっていきました。今は多くの産院でこうしたケアがなされているそうです。

「孤独じゃないんだ」同じような体験をした当事者が“語り”交流することの重要性

研究を進めていた修士課程2年目に、当事者の声を集めるためいくつかの自助グループに連絡をした太田さん。ところがことごとく断られてしまいます。それくらい、死産を経験した親御さんは、医療者に対する不信感や抵抗感があったよう。その中でたったひとり、太田さんと会ってくれたのが、「お空の天使 ママ&パパの会」の石井慶子さんでした。

何度も断られたことから、“医療者は私たちの気持ちをわかっていない”という声を聞いたようでしたが、石井さんとお話して改めて、医療者と当事者の間にある大きな溝を突きつけられました。体験者の方々は、声をあげたい、ケアを変えてほしいと思っていても、医療者は遠い存在で伝えても無駄だと思っている。その距離を縮めていかないといけない。上下関係ではなく、対等な関係を築いていかないといけない、と感じました。

太田さんは1年間スタッフとして「お空の天使 ママ&パパの会」に参加。その後、2004年に聖路加国際大学の指導教員と学部生と石井さんと4人で、「天使の保護者ルカの会」を立ち上げました。

流産、死産、新生児死を経験した親やその家族と、助産師やカウンセラーが集うサポートグループ「天使の保護者ルカの会」。亡くなった我が子への想いや悩みを体験者同士で語り合うお話会を軸に、我が子に贈るぬいぐるみやファーストステップシューズを手づくりするイベント、グループや個別でのカウンセリングを行っています。

【写真】女性二人が話をしている様子

参加者の方々のグリーフの過程は、人それぞれで個人差があります。何をもって回復とするかにもよりますが、数年かけて少しずつ日常生活を取り戻していかれる。中には10年の時間が必要な人もいます。特に最初の1年はすごく辛くて、何年経っても命日には悲しさが込み上げる方が多いです。でも、無理に前を向くことはないし、気持ちに揺れがあってもいいんです。

そうした過程の中で、赤ちゃんについて語ることで自分が親である自覚を得たり、混乱や悲しみを語ることで自分の気持ちが整理できていく。同じような経験をした人の語りを聞くことで、自分の語りが引き出されることもあるし、死産から数年経った人を見て、これから自分が変化していく未来を見ることもある。何より、自分だけじゃないんだ、孤独じゃないんだ、と思える。

参加者のみなさんの声からもグリーフの過程における「語り」の重要性を感じています。

触れられず、語ることのないまま、なかったことにされてしまう。周産期のグリーフの特徴

大切な人を亡くしたときに生じるさまざまな反応「グリーフ」。死産や新生児死など周産期のグリーフだからこその特徴もある、と太田さんは言います。その特徴を知ることは、当事者が悲しみと向き合い、周囲の人たちが支えるための第一歩になるかもしれません。

・お腹の中で生を感じた母親と周囲との温度差が生じること

死産の場合、生きていたことを実感しているのはお腹の中で胎動を感じたお母さんだけなんですね。パートナーや家族も生きている赤ちゃんを見ていないので、「亡くなった子」と捉えがちなんですが、産んだお母さんにとっては「我が子」。どうしてもその間に気持ちの差が生まれやすく、夫婦間でも理解し合えず、女性が孤独を感じてしまうことがあります。死産がその後の夫婦関係に影響を与えるケースも少なくありません。

・非公認の見えないグリーフとして、隠されてしまうこと

自殺などもそうかと思うんですが、死産も触れてはいけないものとして隠されてしまいがちです。親御さんがどれだけ亡くなった赤ちゃんのことを話したい、知ってもらいたい、と思っても、聞いてくれる人がいない。当事者が語れない、外に表出されないグリーフなんですね。

・再び妊娠出産に向かうことが怖くなってしまうこと

妊娠をしたことが引き金となって辛い気持ちが思い出されてしまうことがあります。妊娠した喜びは感じつつも、またこの子も同じように亡くなってしまうのではないかと不安を持って妊娠生活を送ることになるんですね。特に赤ちゃんの亡くなった週数になると大きく気持ちが揺れ動いて、そこからうつ状態になってしまう方もいます。

【写真】木漏れ日が差し込む様子

・子どもが生まれたとしても、その傷が癒えることはない

死産を経験したすぐあとに妊娠出産をした場合、目の前の子どものお世話もあり悲しみに浸る余裕がないことも多いんですね。かつ、子育てをする中で、この子にはしてあげられることが亡くなった子にはできなかった、と辛さが込み上げてくることもあります。生まれた子は、亡くなった子の代わりにはなりません。次の子どもが生まれたからといって、悲しみが消えることはないんです。

・悲しみの深度は、週数の長さではなく個人の体験の差にある

厚生労働省は、妊娠12週以降に胎児がなくなってしまうことを死産と定義づけていますが、週数によって悲しみの深さが変わるわけではありません。不妊治療を経てやっと妊娠した方など、心拍を確認する前の初期流産でも深い悲しみを経験する方もいます。人工妊娠中絶の場合は、決してその人のせいではないんだけれど、自分を責めてしまう気持ちも強いかと思います。流産も死産も人工妊娠中絶も新生児死も、赤ちゃんと過ごした時間や経緯は人それぞれ異なるけれど、我が子を亡くした事実は変わりません。伴う悲しみの深さやグリーフは、その人の体験によるもので個人差があります。

周産期のグリーフの回復の過程。悲しみを乗り越えるのではなく、ともに歩んでいく

では、周産期のグリーフにはどんな反応があって、我が子を亡くした当事者はどうやってグリーフの過程を歩んでいけばいいのでしょうか。

・怒りや妬み、気持ちの揺れがあるのは自然なことだと知る

“あの人は元気な赤ちゃんを産んでいるのに。なんで私がこんな目に遭わないといけないの?”という嫉妬。“あのとき私がああしなければ、こうすればよかった”という後悔と自責の念。“なんで夫は理解してくれないの?”という怒り。“こんなはずじゃなかった”という混乱。こうした感情が現れるのは、自然なことだと言います。

理性的に仕事をこなしてきた人が的確に処理できなくなったり、熱心に仕事に取り組んできた人がやる気がなくなったり。心根がやさしい人が誰かを羨んだり恨んだり。私ってこんな人だったかしら?性格が変わってしまったの?と思うかもしれないんですが、それは違います。子どもを亡くしたお母さんたちは誰しもがそうした感情を抱くし、自然な反応です。まずはそうして感情が揺れることもグリーフの反応だと知ることが一つですね。

・自分を守ることを最優先に、泣きたいときは泣く

突然悲しくなって涙が溢れて止まらない。人に会いたくない。外出したくない。鬱々とした状態もグリーフの一つの反応です。

自分を守ることがいちばん大事なので、泣きたいときは思い切り泣いて、悲しいときはちゃんと悲しむ。無理に外出をする必要はありません。大切な家族やお友だちであっても、会いたくない、話したくないのであれば、気持ちが向くまで待ってもらいましょう。

・自分の気持ちを表現する機会をつくる

自分を責めたり誰かを妬む気持ちは自然と生まれてしまうもの。とはいえ負の感情には蓋をして見ないふりをしてしまうこともあるかもしれません。でも、太田さんはごまかしたり表面的に取り繕ったりしてやり過ごすと、のちに歪んだ形で表出し苦しめられることになるかもしれない、と話します。

ドロドロした黒い気持ちであったとしても、ノートに書き出してみたり、絵で表現してみたり。誰かに見せなくても外に出してみることで、また別の感情が湧いてくることもあるんですね。気持ちが向くようであれば、親しい人に聞いてもらうのもいいと思います。どんなかたちであっても、自分の気持ちを表現する場があるといいでしょう。

【写真】女性が話をしている様子

・職場復帰は自分のタイミングで、無理をしない。

“産休を取って妊娠をしていたことを知っている人たちは、何も触れずに、どう思っているんだろう。”

“妊娠中の同僚の姿も見たくないし、子育てをしている先輩の話も聞きたくない。”

“仕事に集中できないし、少しのストレスにも耐えられない。働き続けられるのかな。”

死産後、心身がままならない状態で仕事に復帰して、そんな気持ちを抱くことがあるかもしれません。

心身の状態が揺れている最中の職場復帰はとても大変だと思います。復帰しても、職場での人間関係が辛い、以前と同じ業務量をこなせないということで、部署を変えたり職場自体を変えたり、休業したり辞めたりする方も少なくありません。逆に、仕事に打ち込むことで気持ちを紛らわせたという方もいますね。

8週間の産後休業の「出産」には、12週以上の流産や死産も含まれています。ほかにも有給や休業制度を使うなどして必要なだけ休み、復帰する際も場合によっては、会社に相談して雇用形態や業務内容を変更してもらうことも一つの方法です。最初の1年は特に辛い時期なので、とにかく無理なく、ご自身の心を守ることをいちばんに考えてほしいです。

・体験者の自助グループや専門家にアクセスして頼る

数は多くはないけれど、全国に、流産・死産・新生児死亡などで子どもを亡くした家族のための自助グループがあり、「天使がくれた出会いネットワーク」にもまとまっています。コロナ禍においてオンラインでお話会を実施していることも。自助グループに参加し、同じような体験をされた方とつながり交流することでほぐれる痛みもあるかもしれません。

もちろんみなさんそれぞれの経験や感情なんですが、当事者同士だから話せることや共感できることがあるはずです。本当に辛い状態のときは、心理カウンセリングや心療内科に通うなど、専門家の力を借りることもおすすめします。

・赤ちゃんを亡くす以前の、元通りの自分に戻ろうとしない

何年経っても、突然悲しくなって涙が出たり、自分を責める気持ちが生まれたりすることはあります。少しずつ亡くなった子のことを考える時間は短くなっていくかもしれないけれど、亡くした我が子に対する気持ちや悲しみはなくならない。かたちを変えながら、ずっと続いていくんです。当事者の方はみなさん、赤ちゃんが亡くなった前の自分には戻れないとおっしゃる。それでいいんです。なかったことにはできないので、ともに生きていく術を身につけていくことが大事なんですね。

【写真】女性が遠くを見つめている

グリーフの過程における回復は、それまで通りに生活して働いて以前の自分に戻ることでも、悲しみを忘れることでも、乗り越えるものでもなく、波のように揺らぐさまざまな感情を受け止めながら、亡くなった我が子の存在と悲しみと、ともに歩んでいくことなのかもしれません。

実際に当事者の方の中には、自らの体験を契機に、自助グループを立ち上げて当事者のサポートをしたり、心理カウンセラーの資格を取得したり、ものづくりを始めたり、新たな道を歩んでいる人たちも少なくないそうです。

避けることなく見守り、話したいときには会って、ただ傾聴する。周囲の人ができること

ペリネイタル・ロスを経験した当事者やこれから経験するかもしれない人たちと、地続きにある私たち。パートナーや親戚家族、あるいは友人、仕事相手として、どんな接し方やサポートができるのでしょうか。

パートナーは同じように子どもを亡くした親でもあります。一方で、お腹の中で命を育んだ母親とは気持ちの温度差が生まれてしまうことも。

ふたりの間に気持ちのずれが生じてしまうことは仕方のないことです。でもその差を縮めるのはコミュニケーションなんですね。パートナーも辛いので、聞きたくない、話したくないと思うかもしれませんが、話題を避けるとその溝は開いていくばかり。まずはお母さんの話を聞いて気持ちを受け止めて、お父さんも自分はこう思っていると伝えてみる。

つい「もう忘れよう」と励ましてしまいがちなんですが、まずは悲しみを共有することから始めてほしいです。

それから、赤ちゃんを知っている唯一無二の人でもあるので、部屋の中に遺骨を置いて供養する場所をつくって花を添えるとか、時々話しかけるとか、その存在を認めて、ともにあるものとして生活できるとよいと思います。

家族や親戚、友人など、親しい距離にいる人が死産を経験したとき。どんな声をかければいいのか、あるいはかけないのか。何かできることはあるのか。傷つけたくないがゆえに、接し方に迷うことがあります。

親しい間柄であっても、最初は会えない場合も多いと思います。なので、いつでも話を聞きますよというスタンスで、相手が会って話したくなるタイミングを待つのがよいでしょう。積極的に関わっていく必要はなくて、いつでも連絡してねと伝えて、相手が求めたときに駆けつける。

話を聞くときは、気持ちをわかることはできないけれど、あなたと赤ちゃんのことを知りたいと思っているという姿勢で、ただ傾聴すること。無理に共感したり、励ましたり、アドバイスをする必要はないんですね。相手が話したいタイミングで、ただ話を聞くだけでも力になれると思います。

【写真】2人の女性が話をしている後ろ姿

では、同じ職場でともに働く仲間が死産を経験した(可能性がある)場合、どんなことに配慮すればいいのでしょうか。

腫れ物に触るように避けることはなく、いつも通り接すればいいと思います。職場のみんなに知ってもらいたいのか、知られたくないのか、当事者の気持ちを尊重することが何より大事です。

たとえば、職場に亡くなった赤ちゃんの写真を飾っているパパがいるんですね。その方は赤ちゃんのことを話したいし、知ってもらいたい。でも写真を見ても誰も話しかけてくれず辛かったとおっしゃっていました。

ほかにも、復帰の際にご自身の経験と対応の希望を一斉メールで送った方もいます。親しい人や上司にだけ伝える方もいます。当事者の希望を汲み取って望むかたちで接するのがいいと思いますね。

「早く忘れて次に進もう」「また妊娠出産はできるから大丈夫」「落ち込んでないで別のことをして気を紛らわそう」……死産を経験した人たちの中には、よかれと思って相手がかけたこうした言葉に傷つけられてきた人もいると言います。

話題を避けたり遠ざけたりすることなく、見守りながら話したいタイミングを待つ。話を聞くときは、何も言わなくても、ただ傾聴すればいい。知識と配慮の足りなさゆえに身近な人を知らず知らずのうちに傷つけることがないよう、胸に刻んでおきたいと思います。

ネガティブな感情も我が子への愛情。親しい人と距離が生まれても、きっとまた縮まるときがくる

社会の中で人と関わりながら生きている私たちはどうしても、目に見える「ある・なし」の単純な物差しで誰かと比較してしまうことがあります。流産や死産を経験したとき、子どもがいる周囲の友人と会ったり、子育てに関するSNSの投稿を見たりすることが辛くなることがあるかもしれません。

羨む気持ちが、妬みや憎しみに変化し、自分でも嫌になるほどネガティブな感情に出会ったとき、どうすればいいのでしょう。

そうした気持ちもグリーフの自然な反応で、性格が悪くなったわけでも、相手のことを嫌いになったわけでもないんですね。そうした気持ちも少しずつおさまっていくと思うので、会いたくないときは会わず、見たくないときは見ないようにして、自分の心を守ることをいちばんに考えてください。

ネガティブな感情は亡くなった赤ちゃんのことを愛しているからこそ現れるもの。そう捉えると少し心が軽くなるかもしれません。

【写真】木々の間で話をしている女性

逆に、子どもがいる立場として、事情を知らないまま子どもを話題にすることで、相手を傷つけてしまっていないかな、と思うことがあります。

そこは配慮が必要なところですね。1年くらいは、自分やほかの人の子どもの話題を振ることは、相手を傷つけてしまう可能性が高いです。本人が大丈夫だと言っていたとしても、しばらくは、生きている子どもの話や幼い子どもの姿を見せることは避けた方がよいと思います。お母さんの心に寄り添い、亡くなった赤ちゃんを大切に思う姿勢で、聞き役に回りましょう。

また、辛い状況で当事者が会いたくない、見たくない、と思うときは、相手の気持ちを尊重してじっと待つ。グリーフの過程における一時的な感情であって、嫌いになって離れていくわけではないと思うので。

ライフステージの変化や置かれた状況の違いによって、親しい人と一時的に距離が生まれることがあるかもしれないけれど、変化する私たちは時が来たらきっとまた合流できる。性格が変わった、嫌いになった、関係性が崩れた、わけではなく、いまはお互いの状況が違うだけ。だから無理に距離を縮めたり遠ざけたりすることなく、自然とその時を待てばいいのかもしれない。

太田さんの言葉を聞いて、そんなことを思いました。

死産を経験したお母さんにも産後の家庭訪問を。地域のサポート体制を強化していく

【写真】女性が歩いている様子

太田さんが論文を発表し、「天使の保護者ルカの会」を立ち上げてから、18年が経った今。医療現場におけるケアは変化した一方で、退院した後の地域におけるサポートはまだまだ不十分だと言います。

たとえば、保健師さんによる産後の家庭訪問は死産や新生児死亡のお母さんは対象ではなかったんですね。同じお産でも、赤ちゃんがいないので母乳相談や沐浴指導もないから必要がないと捉えていたのではないでしょうか。でも、産後の体のケアや話を聞くなどの心のケアは必要です。

事情を知らない保健師さんから「赤ちゃんはどうですか?」と電話があって、亡くなったことを伝えると黙り込んでしまったという話も聞きます。これまで行政や保健師さんも、そもそもグリーフケアをする発想がなかったし、どうすればいいのか知らなかったんですね。

そうした状況に対して、当事者が声を上げ世論が形成されていったことから、令和3年5月に厚生労働省が「流産や死産を経験した女性等への心理社会的支援等について」と題した通知を行政に出しました。

やっと行政が動き出して、保健師さんたちもグリーフケアをやっていかなければと学ぶところから始めています。私がいる静岡県では、保健師さん向けの研修会があって、自助グループにつなげるなど、地域で流産・死産をした親御さんたちをサポートしていきましょうという流れが始まっています(静岡県こども家庭課)。研修会で私も講師をしたんですが、意識を変えてこれから学んでいく段階です。

家庭訪問をはじめ、元気な赤ちゃんを産んだお母さんが受けられるケアが受けられないという当事者の嘆きをたくさん聞いてきました。自助グループの情報も辛い状況の中、自力で探さないといけなかった。お母さんたちの支えになるよう、ここから私も保健師さんや心理士さんたち専門家と一緒に、地域でのサポートシステムを整えていきます。

子どもが亡くなっているという家族のかたち。悲しみのラベリングをしない

グリーフケアの軸にもなる「語り、傾聴する」こと。グリーフの過程において死産の経験者はどんなことを語り、太田さんはどんなことを傾聴してきたのでしょうか。

話す内容は本当に人それぞれなんですが、やっぱり自分がどれだけ赤ちゃんを愛しているかという想いですよね。妊娠中にお腹の中にいる我が子とどんなふうに過ごしたか。どのように出産をしたか。名前の由来や赤ちゃんのために用意したもの、我が子のかわいいところ。もちろん悲しみや苦しみを語り涙を流す場面もあるんですが、圧倒的に赤ちゃんの命に対する喜びや親としての誇りを、ニコニコ語る場面のほうが多いんです。

その言葉を聞いた私は、死産を経験した方に、勝手な「悲しみ」のラベリングをしていたことに気づかされました。

赤ちゃんのためにつくったものや生まれた時の写真を持ってきてくれる方もいます。赤ちゃんと同じ重さのぬいぐるみと旅行した思い出を語ってくれる方も。お母さんの赤ちゃんに対する愛情表現はものすごく豊かで、亡くなった赤ちゃんのことを語る姿は、生きた子を育てるお母さんとなんら変わりません。

【写真】陽に当たった椿の花

目に写る姿だけが、事実ではないかもしれない。自分の周りにいる、あるいはすれ違う、パートナーたち、あの夫婦に親子、家族──。目には見えないけれど、その隣には別の命があったのかもしれません。想像力を働かせて、幸せの定義や家族のかたちを決めつけないこと。

そして「死産」という言葉から連想されるイメージだけで、勝手に悲しみのラベリングをしないこと。その人にとっては、子どもを授かった喜び、ともに過ごした思い出があるはずだから。

太田さんの話を聞いてまた一つ、自分の中の無知と偏見に気づき、少しだけほぐれていったような気がします。

人知れず、流産や死産、人工妊娠中絶、新生児死を経験しグリーフの過程にいる友人へ。もし「語り」が必要で私でよければいつでも話を聞くので、よきタイミングで声をかけてください。妊娠中のこと、赤ちゃんが生まれたときのこと、喜びも悲しみも、私はあなたの話を聞きたいです。

関連情報:
・天使の保護者ルカの会 ホームページ
・日本ペリネイタル・ロス研究会 ホームページ
・天使がくれた出会いネットワーク ホームページ
全国の流産・死産・新生児死亡などで子どもを亡くした家族のための自助グループを結ぶ、ネットワークサイトです。
・静岡県 こども家庭課 ホームページ
静岡県内の流産・死産等を経験された当事者団体や支援団体の一覧です。

※記事に使用した写真はライターがモデルをし、フォトグラファーが文章からインスピレーションを得て撮影したものです。

(イメージ写真撮影/川島彩水、編集/工藤瑞穂、企画・進行/松本綾香、協力/井上ななか)