【写真】ホワイトボートを使ってお話しているえづれまきさん。
なるべく“苦労”はしたくない。嫌なことなんてなくなればいいのに。

そう思いながら日々選択をしたり、大きなトラブルがないように細心の注意を払ったりしてみるけれど、どうしたって予想もつかないところから困難は訪れるもの。

もう失敗しないように、辛い思いをしないように、と考えたことは数えきれない程ありました。そうして歳を重ねていく中で大変なことに気づいてしまったんです。

もしかすると、一生悩みや苦労が尽きることはないんじゃないかということに。

こんな絶望的な気づきを抱えながら生きていた私でしたが、数年前「当事者研究」に出会って、苦労や不安とともに生きていくことへのネガティブな思いがだいぶ和らいできました。

取り除きたい、目を背けたいと思っていた苦労や不安を、いったん自分から切り離して、誰かと一緒に研究をすること。それは発見に満ちていて、とんでもなく面白いことだったからです。

当事者研究とは、北海道浦河町で1984年から続く、統合失調症などの精神障害を持った人たちの地域活動拠点「べてるの家」で2001年にはじまった、自身の症状や生きづらさを持ち寄り、仲間と一緒に研究する営みのこと。

今やさまざまな場で行われるようになった当事者研究ですが、少し前に子どもや若者と行う当事者研究を扱う活動があると知りました。

自分とは年齢や置かれた環境が全く違う、子どもや若者の視点が入った研究はどんなものだろう?

そんな興味が生まれて、場に参加させてもらうことにしました。

それが、今回ご紹介する子どもや若者と一緒に研究をしたり、親御さん同士で子育てについての研究をする、子ども・子育て当事者研究ネットワーク「ゆるふわ」の活動。ゆるふわは現在、オンラインやオフラインの場で当事者研究やワークショップなどを開いています。

私はゆるふわが開く当事者研究に参加し、子どもたちの悩みを一緒に研究をしたり、私の悩みを一緒に研究してもらったりしました。考え尽くしたと思っていた私の悩みに対して、今まで全く思いつかなかった方向性のアイデアを何個も出してもらったり、子どもたちならではのクスッと笑えるような視点に出会ったり。そのなかで、悩みの深刻さがほぐれていくような感覚を覚えました。

立場や状況が違っても、フラットに交わって、一緒に考えて唸って、笑い合えること。研究を通してまだ見ぬ知恵に出会えることを知ることができて、幸せを感じました。すっかり当事者研究に、ゆるふわの活動に魅了されて、今では日常生活でも研究的視点を取り入れています。

今回はゆるふわで活動をするお一人、江連麻紀さんにお話を伺いました。江連さんは当事者研究のファシリテーター、写真家、子どもや若者のフリースペースのスタッフとして活動をしていて、大学生と小学生の子ども2人のお母さんでもあります。約15年前に当事者研究に出会って以来、ご自身の研究も継続してきました。

江連さんとともに、子ども・若者と行う当事者研究や子育て当事者研究とはどんなものなのか、それが子ども・若者、そして親を含めた大人にどんな影響をもたらすのか、他者とともに考え研究をしていく営みが持つ可能性についてなどを考えていきます。

ふあんクラブで行われた「理想じゃない私との付き合い方」の研究

【写真】稲田助産院の入り口。木の温もり感じる外壁に、稲田助産院と書かれた看板が下げられている

まず私たち取材チームは、ゆるふわが開くオフラインの当事者研究の場に伺いました。ゆるふわが月に1回神奈川県川崎市にある稲田助産院にて開催している「ふあんクラブ」です。

参加者は「ふあんクラブ」の名前の通り、18歳までの不安な気持ちがわかる人、不安に関心がある人、そして保護者も一緒に参加することができます。今回は特別に私たち大人3人も混ぜていただき、小学生が2人、中学生が2人、大人が保護者の方や私たち、江連さんやゆるふわの仲間も含めて7人で、合計11人が参加しました。

【写真】参加者のものと思われる靴が玄関に10足程度並べられている様子

参加のスタイルは自由度が高く、お絵描きをしたりゲームをしたりおやつを食べながらでもOK。全員がずっと研究に集中し続けるのではなく、休んだり他のことをしたり、それぞれのやふり方でこの場に参加しているようです。

【写真】ホワイトボードの前に立つ江連麻紀さんと、円になって座っている参加者が手を挙げている

最初にファシリテーターの江連さんの呼びかけで、全員で自己紹介がてら、名前、気分、体調、最近のよかったこと、最近のもやもや・困っていること・ふあんを伝えるチェックインをしました。

取材が入っているため「少し緊張している」と話す人がいたり、「特に今はふあんはない」と話す人がいたりと順番が回っていく中で、中学生のAさんが「昨日の夜泣いてしまったことがあって」と話してくれました。今日一緒に参加している、お母さんとの間で起こった出来事だといいます。

他に研究したいふあんがある人はいなかったので、今回はAさんの研究をすることに。まずは江連さんから簡単に研究について説明がありました。

江連さん:「人が問題」なんじゃなくて、人が持つ「問題が問題」というのを大事にしています。いろんな苦労や困りごとを抱えていても、その人の存在価値は変わらない。人はいつでも100点満点。そのうえで、自分たちの困りごとをみんなで持ち寄ってみんなと一緒に研究する場です。

江連さんの言葉を聞いて、私はべてるの家の当事者研究に参加した時に聞いた「研究では、人と問題を切り離す」という考え方を思い出しました。

問題が発生したときに自分を責めてしまう癖がある私は、身に染みて思うことですが、問題と人を紐づけてしまうと「こんな問題持っているこの人が悪い」といった考えに陥りやすいです。当事者研究では人と問題を結びつけるのではなく、“問題”自体や、“問題を抱えている状態”に目を向けていきます。そうすることで、自分自身を客観視できたり、研究をする仲間とともに一定の距離感を持って問題と向き合うことができるように思います。

【写真】胸に手を当てるえづれさん

ここからAさんに、昨日の話を時系列順に詳しく聞いていきます。

・昼間、祖母と弟と3人で買い物に行ったときに、弟は欲しいものを買ってもらったけど、自分だけ買ってもらえなくてモヤモヤした。

・夜、ママに昼間の出来事を話したら、優しく共感してくれた。それでも思いがおさまらなくて何度も愚痴をぶつけて、ママへの当たりが強くなっていった。

・ママからの「アピールが足りなかったんじゃない」という一言で、どっかーんと感情が爆発して涙が溢れた。自分でも無理矢理だとわかるけれど「ママのせい!」とこじつけて泣き喚く。ママには一言一句間違えずに、優しくしてほしいのに。

・泣いたことで翌日の今日目が腫れて、まつ毛がうまく上がらない。(Aさんは以前のふあんクラブで、「まつ毛の上がり具合の研究」をしたことがあったそう。目が腫れるとまつ毛の上がり具合にも支障をきたしてしまうといいます)

【写真】時系列で話された内容についてなど、研究の板書として絵や文字が書かれているホワイトボード

一方でAさんのお母さんも、昨日の自分を振り返って反省している様子です。

Aさんのお母さん:ただ話を聞いて共感してあげればいいとわかってはいるんですけど、あまりにもぐたぐた愚痴が続くから、つい余計なことを言っちゃうんですよね。

思い返してみると、小学5年生頃から今に至るまで5年間ほど、あらゆる出来事からくる感情をお母さんにぶつけて、目が腫れるまで泣く、ということを繰り返してきたというAさん。お母さんは感情をぶつけたい、当たりたい相手だけれど、一番認めてほしい存在でもあるといいます。

Aさん:こうなった背景には自分のプライドの高さがあるんじゃないかと思う。

本当は世界中の誰からも嫌われないで好かれるような、理想の自分でいたい。あと「普通」でいなきゃといつも頭にあるけど、自分は今普通じゃないと思う。普通は反抗期で、周りの友達も親がうざいとか言っているけど、私はママに依存してる。泣き喚いている時は、ママのせいで普通じゃなくなってるって思ってる。

ここで江連さんから「感情をぶつけて泣いたことで、なにかいいことはあったんですか」と質問がありました。

Aさん:ママのせいにすれば私は悪くないから、理想の自分のままでいられる。私は被害者なのに、なんでそんなこと言うの?なんで理解してくれないの?ママの愛が足りない、って思ってた。

次にAさんの「世界中の誰からも嫌われないで好かれるような理想の自分」について、参加メンバーの意見を聞いてみます。

理想の自分に反抗してもいいことはない。今のままでいいんじゃない?(中学生の参加者の方より)

世界中の誰からも好かれるのは嫌だ。嫌われても嫌われなくてもいい。だって好かれると友達が増えすぎて大変だから。(小学生の参加者の方より)

私自身はAさんと共感する部分が多く、理想の自分を追い求めるタイプだったので、他の皆さんの意見を聞いて「そんな考え方もあるのか」と一歩引いた視点を得られたような感覚がありました。

【写真】円になって座る参加者たち

続いて江連さんからの提案で、Aさんとお母さんとの距離感についての理想と今の状態のイメージを、体を使って表現してみることに。

Aさんの理想は、お母さんとギュッと抱きしめられるくらい近い距離になること。今の状態のイメージは少し距離をとりながら向き合っているように感じているそう。

Aさんのお母さんの理想は、部屋から廊下に出るくらい離れている状態であること。今の状態のイメージは横並びのように思っているそう。

向き合ったり、横並びになったり、ものすごく近づいたり離れたり…「こんな感じ?」とAさんやお母さんに確認をしながら、実際に動いて表現してみることで、お二人のイメージのギャップが可視化されていきます。

【写真】立ち上がってイメージを共有する参加者と江連さん

研究の後半では、江連さんや参加者とのやりとりを経て「理想の自分との折り合いの付け方」「被害者になりたい気持ち」「優しくされたい・愛されたい」といった言葉がAさんから出てきました。

気になることがあったら、お母さんに当たって、優しくしてもらって、それでも当たり続けて、一言でも気に触る言葉を言われたらたくさん泣く…

そんな一連の流れが「コース」のように繰り返されているんじゃないか。嫌なことがあったらそれを溜め込んで、このコースをたどることで発散しようとしているかもしれない。そんな仮説に行き着きました。

実際、どちらかに予定がある時や忙しい時期にはこうしたことは起こらなくて、余裕があるときに夜の時間を使ってこのサイクルをたどることが多いそう。

江連さん:このコースだったら、学校で嫌なことがあったとかこけたとか、関係ないことでもママにこじつけてぶつけられるね(笑)。このサイクルを回して、泣いてスッキリしたいっていう思いはある?

Aさん:泣きたいんだと思う。でも目が腫れちゃう、そしたらマスカラうまく塗れないから…。

このサイクルが繰り返されてきた5年間を振り返ると、ピーク時より頻度は大幅に減っているといいます。そう考えると今は状況として悪くはないのかもしれない、という見方も共有されました。そして「このサイクルをなくしたいとは思うけど、なくすのがいいかはわからない」と話すAさん。

【写真】研究中話されたことがびっしりと書かれたホワイトボード。参加者から出された意見が書かれたホワイトボード

最後に参加メンバーより研究の感想や、これまでに他の人たちが行ってきた「先行研究」の紹介、アイデア共有などを行います。

早めにお母さんに一言嫌なことを言ってもらって、すぐ泣く…ということをやってみたら、お母さんに当たる時間が短くなって早くサイクルの1周が回れそう。

泣くことでスッキリするなら“涙活”として、日ごろからこまめに泣いておくと溜め込みづらくなるかも?

私は小学生で、ここまで考えられない、覚えてないから、すごいなと思った。

嫌なことされた時はその人をこっそり睨んで、心の中で「バカ!」って悪口を言うとスッキリする。

色々な意見が挙がったほか、江連さんよりかつてべてるの家のメンバーが行った当事者研究の中で生まれた、「なつひさおチェック」も紹介。

な 悩みがあるとき
つ 疲れているとき
ひ 暇なとき
さ さみしいとき
お お金がないとき、おくすりが合ってない・飲み忘れたとき、お腹が空いたとき

この先行研究は当事者研究をする人たちに広く共有されていて、人によってどの要因が大きいかは異なりますが、「なつひさお」に該当すると調子が悪くなりやすいケースが多いといいます。日頃から「なつひさおチェック」をして、自分の状態を把握するのに役立てているという人もいるのだそう。

【写真】座っている参加者

Aさんのお母さんと、Aさんからも研究の感想が語られました。

Aさんのお母さん:娘の話を聞いて共感をしなきゃと思ってたけど、客観的に見たらこのサイクルを回すこと自体が目的だとわかりました。これからは1周回ること自体を味わえそうです。

Aさん:最初は自分の非を認めたくない、私は悪くないって思っちゃう…と考えてて、話してみるまでコースを回ってるってわかってなかったです。こうなる理由も一個じゃなくて、優しくしてほしい、被害者な私とか、いろんなのがあって。

なつひさおとか、思ってもなかったことを知れるから研究は毎回面白いです。

頷いたり、首を傾げたり、笑ったり、唸ったり…自由に色々な表情を浮かべる参加者のみなさん。最後までとても温かい空気感の中、今回の研究は幕を閉じました。

【写真】参加者と談笑するえづれさん

多世代がフラットに交わって、お互いの視点を共有しながら進んだゆるふわの当事者研究。どのようにしてゆるふわの活動が生まれ、ここまで展開されてきたのか。このような場はどうやって開くことができるのか、江連さんにお話を伺っていきます。

順調に子育てに行き詰まった人たちが繋がってネットワークに。ゆるふわの活動設立まで

【写真】優しく微笑むえづれさん

soarで江連さんを取材するのは今回が2度目。前回は江連さんが写真家として関わっていた、里親家庭・ファミリーホーム・養子縁組家庭の写真展とトークイベントを行うプロジェクト「フォスター」についてお話を伺いました。

現在、江連さんは当事者研究のファシリテーターのほか、写真家としての活動に加え、川崎市子ども夢パーク内にある、子どもや若者が過ごせるフリースペース「えん」のスタッフとしても活動をしています。

江連さんが当事者研究に出会ったのは15年ほど前のこと。夫がうつ病になったことをきっかけにべてるの家を知り、当事者研究にも参加するようになりました。そうして夫が回復後も家族内で子どもと当事者研究をしたり、仲間と子育てについての当事者研究をしたりと、研究が身近になっていったそう。

【写真】浦河町にあるべてるの家のグループホーム。緑の看板に「べてるの家」の文字が

(撮影:田島寛久)

ここで改めて当事者研究について紹介したいと思います。当事者研究は、2001年に「べてるの家」でスタートした、弱さや困りごとを隠すのではなく仲間と共有して、自分なりの「助け方」を見出していく手法のこと。soarでは以前こちらの記事でも、ソーシャルワーカーでありべてるの家理事長の向谷地生良さんに、当事者研究についてのインタビューを行いました。

医療関係者や専門家ではなく、障害を持つ当事者自身が「研究者」となり、自分の症状について語るということが今より一般的でなかった時代にはじまった当事者研究。現在はさまざまな疾患や困難がある当事者が集まる自助グループや、地域コミュニティ、教育機関でも取り入れられるなど広がりを見せています。

ゆるふわの活動が立ち上がったのは、2020年から2021年ごろのこと。当事者研究の中でも、特に子育てにまつわる研究をしている人たちが集まるネットワークとして活動することになりました。

江連さん:それまで当事者研究をやってきた人たちが結婚して、子どもが生まれて大きくなってきて、順調に子育てに行き詰まって(笑)。どうしようってなって、家庭内とか、子どもと一緒に当事者研究している人が全国に何人もいて。そんな人たちを向谷地さんがつなげてくれたところから始まったんです。

その後、雑誌「コトノネ」で特集された子どもの当事者研究に反響があったそうで、みんなで本を出版することになったのをきっかけに、ネットワークとして名前を持つことになりました。

ゆるく、ふわっと、好きなときに集まって、好きなときに入れて、好きなときにやめれるような団体にしようって、向谷地さんが命名してくれたのが「ゆるふわ」。今でも私は誰がゆるふわに入って、やめたのかわからないぐらいです(笑)。

そうして決まった本の出版までの道のりは子どもたちがメイン、大人はあくまでサポートする制作の形で進んだそう。月に一度の編集会議を1年近く行って、「文字が多いと読めない」「絵をたくさん入れてほしい」「途中で遊ぶページが欲しい」など、子どもたちからの意見を取り入れて、制作過程そのものが研究となりました。

【写真】書籍『わたしの心の街にはおこるちゃんがいる』の表紙。女の子と猫のぬいぐるみ、笑顔の人がたくさんいる心の街のイメージのようなものが描かれている

完成した『子ども当事者研究 わたしの心の街には おこるちゃんがいる』は2022年3月に出版。その後からは本を手に取った方からの当事者研究をやりたいという声や、コラボレーションの依頼が増えていきました。

子どもも大人もゆるくふわっと集まる。ゆるふわの活動

現在ゆるふわは「子どもも大人もゆるくふわっと集まる、オンラインベースの子ども・子育て当事者研究ネットワーク」として、研究の場を開いたり、交流会を実施したり、他団体とコラボレーションをしたりといった活動をしています。

ゆるふわで行うのは、当事者研究の中でも子どもや若者と一緒に行う研究や、親御さんが行う子育てにまつわる研究がメイン。冒頭で紹介したふあんクラブや、オンラインで実施している親御さん向けの子育て当事者研究の場は、現在月に1回程度定期的に開催をしています(詳細はゆるふわのウェブサイトをご覧ください)。

他にも、依頼があった場で当事者研究を行ったり、当事者研究をやってる子どもたちの「ここで当事者研究がやりたい」という思いを実現することにも取り組んできました。

江連さん:子どもから声が挙がって実現したひとつに、2023年に行った川崎市岡本太郎美術館でのワークショップがあります。「子どもたちがやりたいと言っているからご一緒できませんか」とお誘いをしたら、「ぜひ」と言ってもらえて。ゆるふわの活動をしていると、子どもの「やりたい」を叶えてあげたい大人は多いんだなっていうのをよく思います。子どもの願い、意外と通るんです(笑) 。

岡本太郎美術館では「創ってみよう!わたしの“こころの街”!」というテーマで、ボール、紙コップ、綿などいろいろな道具を使って、自分の“こころの街”はどうなってるかを表現してみるワークショップを実施。つくった後、どういう街なのか、どういう出来事を表現したのかなど分かち合う時間を作ったそうです。

【写真】「こども当事者研究」と書かれた看板の奥に、9名ほどの子どもと大人が座って話している

無印良品で行った当事者研究の様子(提供写真)

2024年には無印良品東京有明店のカフェ内で、2ヶ月に1回程の頻度で2年間継続して子ども当事者研究の場を開きました。

他にも2024年、2025年には町田第五小学校の5年生約100人で、紙とペンを使って各自で行う「自分研究」を実施。

そして年に3〜4回程福岡市のフリースクールやフリースペースで子どもたちと当事者研究をしたり、年に1回程横浜市のNPOと一緒に保護者と行う子育て当事者研究会をしたりと、参加者も研究のやり方もさまざまな場をつくってきました。

【写真】木の温もりが感じられる広いスペースで、子どもたちが集まって研究したり、少し離れた場所では遊んでいたりと自由に過ごしている様子

福岡県糸島市にあるお山の樂校での研究の様子(提供写真)

今ご紹介しただけでも多様な研究がありましたが、江連さんやゆるふわが開く当事者研究にはどのようなバリエーションがあるのでしょうか。

江連さん:本当にいろいろな研究があるんです。参加してもらったふあんクラブのような、ファシリテーターがいて、ホワイトボードなどに板書をしながら進める研究がベーシックだとは思います。

あとは苦労や悩みを、ムカムカちゃん、イライラ星人とかってキャラクター化して描いてみることで外在化するワークをしたり、プラスチック製の知育ブロック玩具「ニューブロック」を使って気持ちを表現したり。自分を助けるためのグッズのアイデアを考えるワークなんかもあります。

私個人的には毎回同じだと飽きるタイプで、同じことをやり続けるのがちょっと難しくて。少しずつ変えたり、その場に合わせてやるのが好きですね。初めての人は東京大学先端科学技術研究センターの綾屋紗月先生が開発したワークシートを使っても良いかもしれません。

【写真】顔がついた四角い金庫がため息をついている「ためい金庫」、楽しそうな表情で何かを想像している人のような形の「たのしみさん」、イライラマークが顔中に広がっているまんじゅう「がまんじゅうさん」、怒った表情の木の棒「おこりんぼう」の、4つのキャラクターが紙に描かれている。

キャラクター化する研究で登場した「ためい金庫」「たのしみさん」「がまんじゅうさん」「おこりんぼう」のイラスト(提供写真)

参加する人に合わせてやり方は柔軟に調整することができる、自由度の高さは当事者研究ならでは。厳格なルールはないし研究の仕方は未知数だから、やったことがない人にも見様見真似で気軽に取り組んでほしいといいます。

【写真】海と山が見えるロケーションで、子どもと大人10人程が当事者研究をしている様子

屋外で研究をすることも(提供写真)

江連さんが開く場では、当事者研究ということばにもこだわらず、場に応じて理解しやすいような言い回しで伝えているそう。

江連さん:子どもたちには当事者研究って言わないこともあります。当事者っていう言葉がまずわからない年齢の子もいるので。「自分のことを研究してみよう」と伝えたりしますね。

苦労を料理レシピに例えた研究、心のグラフ、不安との付き合い方…子どもたちの研究の数々

ここからは、これまでに行ってきた研究についてもお聞きしました。まずは子ども・若者たちとの研究から。

江連さん:子ども当事者研究の発表で、自分の苦労を料理レシピに例えた子がいたんです。3分間クッキングの曲に合わせた動画を作って、「お鍋の中に悪口を入れます」「調味料は友達からの煽りです」とかって言って。タイトルは「不味そうなスープ」。完成したスープは友達と食べ合って、お互いに文句を言ってたらだんだん面白くなってくる、それが自分助けになる、という発表でした。

【写真】紙で作られスープの器に、容器に「あおられる」と書かれた調味料を入れようと手で持っている様子

研究発表スライドより。スープに調味料の「煽られる」を入れている様子(提供画像)

すごく面白くて、発表会でも好評だったんです。他の場でも料理に例えるというのをやったらいいんじゃないかと思って、その子に許可をもらってやってみたらすっごくよくて。料理名とか材料に例えるとユーモアが溢れるし、レシピという発想でこそ自分のことを語れるようになるんだって。

こんなことが起きるんだよっていうのをその子にも見せたい!と思って、苦労の料理の開発者としてその子と一緒にイベントもやりました。

【写真】紙に書かれた研究資料。がまんが溜まって爆発し、泣く、八つ当たり、叫ぶと言う形でストレス発散される。これがループして学校が嫌になり、不登校になることが図式化されて描かれている。

研究発表スライドより。(提供画像)

続いて紹介するのは、ライターである私も参加した2026年3月の子ども・子育て当事者研究交流集会の中で発表された研究の一つ。当事者研究歴2年、高校2年生のXさんの「心のグラフ」と「不安とのお付き合いの研究 ー過去・現在・未来ー」研究です。

まず「心のグラフ」では0歳から今に至るまでの心の動きと、その原因となった出来事をグラフ化した画像を見せていただきました。

そして後半の「不安とのお付き合いの研究」では、ひまが苦手だったことを発見した話にも触れられました。心が落ち着いて不安が減ると、逆に不安が入る隙を見出して、どうにかして不安を見つけ出そうと過去の苦労まで引っ張り出してくる自分に気づいたのだそう。

【画像】「私はひまが苦手だった…心が落ち着き、不安になることが減ると私は不安になる隙を探して、どうにかして不安を見つけ出してしまうから!」と書かれたスライド

研究発表スライドより(提供画像)

具体的には、突如呼吸を意識して「吸ったら吐かなきゃいけない、止めたら死んでしまうんじゃないか」と心配したり、お店で「無意識にポケットや鞄に商品を入れたんじゃないか、商品を盗んだことになったら犯罪者になるんだ」と不安になることを経験しました。

けれどもそのおかげで、「苦労が一周回ってきた」ように感じると話します。研究を通して不安と仲良くできるように頑張ってきたというXさん。最後には「10代のうちにたくさん不安になっておこうと思う」「今以上の不安はないと信じて生きます」といった前向きな言葉も飛び出しました。

【画像】「未来 これからの人生。★今までも研究して不安と仲良くできるように頑張ってきた。これからもなるべく前向きに研究し続ける!★10代のうちにたくさん不安になっておこう!★今以上の不安はないと信じて生きる」と書かれたスライド

研究発表スライドより(提供画像)

他にも、「ぼくが安心できる場所」のタイトルで当事者研究はやったことがないけれどママと話したことをまとめたという発表、「イヤイヤ星人といまいちさんと岩の重さ関係の研究」というユニークなタイトルの研究の発表もありました。

子どもたちの発表は内容もことば選びもそれぞれ個性が出ていて、聴くだけでとても楽しいですが、高揚感だけでは終わらないじんわりと心に響くものを感じます。大人である自分も共感できる気持ちを扱っていたり、自分にはできないくらい真っ直ぐにシンプルに苦労と向き合う姿勢を見習いたいと思ったり、溢れるほどの学びを受け取りました。

【画像】「読むページを今の気持ちで決めちゃおう」という文言とともに、各研究ページに繋がるチャートが描かれている

『子ども当事者研究 わたしの心の街には おこるちゃんがいる』より(提供画像、soar編集部で一部加工)

先に紹介したゆるふわが出版した『子ども当事者研究 わたしの心の街には おこるちゃんがいる』でも、たくさんの研究が紹介されています。

・おこるちゃんの研究
・お母さんと遊び足りない!の研究
・「お父さんの圧」の研究
・はりこさんの研究〜学校との付き合い方
・「キモい」の研究〜なぜぼくは、キモいと言われるのか、
・どん底に落ちて、はいあがる研究
・身長と自分責めの研究

タイトルを眺めるだけでも感じる、子どもたち一人ひとりのキラキラとした個性。子どもの当事者研究の世界に触れることができる内容となっています。

【画像】犬を抱っこした女の子や、キャラクターのイラストとともに「おこるちゃんの研究 わたしの心の街にはおこるちゃんがいる。おこるちゃんは、私が怒られている時に、バツビームをたくさん出してくる。おこるちゃんがバツビームをいっぱい出すと、心の街はバツでいっぱいになる。でも、おこるちゃん自身は、小さくなる」と描かれている

『子ども当事者研究 わたしの心の街には おこるちゃんがいる』より(提供画像、soar編集部で一部加工)

情けなくある、無理にペースを強いない、深堀しすぎない。研究中大切にしていること

子ども・若者たちと一緒にたくさんの研究を重ねてきた江連さん。これまでどんなことを大切にして当事者研究をしてきたのかを尋ねてみました。

江連さん:大切にしていることは……私が情けなくあることですよ(笑)。やっぱり前に立って司会をするってなると、立派な人かのようになるというか。でも私が場をまとめるみたいにはなりたくないんです。だから情けなくありたいし、実際情けないので(笑)。私が情けないエピソードを紹介することで、話しやすい場になるといいなとは思っています。

しっかりした大人には出会いやすいんですけど、情けなさを語ってくれる大人って少ない。当事者研究は自分の情けなさを、分かち合って笑える場でもあるんです。

何度か研究をご一緒させてもらった私からも、江連さんは“立派に”振る舞ったり、子どもと大人という立場を上下関係でとらえたりするのではなく、研究仲間としてリスペクトを持って接しているように見えました。

江連さん:私は子どもたちは共同研究者だと思ってるので。

あと私自身も含めて、みんなが自分自身を大切にできる、大切にされる体験ができたらいいなみたいな思いはあって。よく子どもたちって大人から「相手の気持ちを考えなさい」とか言われるじゃないですか。

でもそもそも、気持ちについて考えたこともない子が多くて。自分の気持ちもよくわかってないし、他人の気持ちなんて到底わからない。当事者研究だと気持ちの話はよく出るので、「自分はこう思うけど、あの人はこう思うんだな」って違いに気づく場でもあるなと思います。

参加者全員の言動や自由な参加の仕方を尊重しながらも、時には研究の進行に協力してもらったり、お互いが快く場にいられる空気をつくったり…そんな江連さんがファシリテーターとして、年齢も立場も違う子どもや若者とのコミュニケーションで工夫していることについて聞いてみると、約12年、毎月2回フォトグラファーとして続けてきた「子どもたちの笑顔をおさめる30分の撮影会」での経験が生かされているのではないかと話します。

江連さん:子どもたちはこっちが無理やりになんかしようとしたら、絶対笑わないんです(笑)。ちょっとでも私のペースに乗せようとすると、すごい抵抗感を見せる。むっとしたり、泣き出したり、警戒されたり、顔が引きつったり。

どうしたら子どもたちは笑うのかなと思ったら、その子の世界の中で一緒に遊んで、たまに撮らせてもらうみたいな状態を作ると、大体の子がリラックスしてくれるなって。例えばブロックで遊んでいる子だったら、私もブロックで遊びながらたまに撮影するんです。この30分の撮影で相当鍛えられましたね(笑)。

だから当事者研究でも無理にペースを強いない。参加者の子が寝てたり他のことして遊んだりしてもそのままにしておいて、自分のペースで入りたい時に入ってもらっています。

【写真】参加者に話しかけるえづれさん

次に、冒頭で紹介したふあんクラブの時も話していた「人と問題を分ける」考え方についても改めて伺いました。日常の中で、私たちはつい物事を良し悪しの物差しで測ってしまうことがありますが、当事者研究の場はそうしたものの見方を揺さぶられる時間でもあるように思います。

江連さん:苦労が山積みになってくると、いつのまにか人と問題は一緒になってきて、その人が問題扱いされがち。本人も自分を問題視しがちになったりすることがあるんです。そうなるとそっから言葉が出てこなくなるというか、この状態から対話が始まるのって難しくて。

「自分が悪い」で終わりで、もう現象としてその出来事について語れなくなるというのが私はちょっと怖いなと思ってて。

例えば親子関係に対しての悩みがあるとき。子どもから挙がった研究テーマに対して、「それは○○が悪い」と誰かを悪者扱いして終わりにはならないのが当事者研究です。

江連さん:親子関係に問題がある、というより社会全体が持つ普遍的なテーマにこの親子が今向き合ってるっていう考え方をします。親には親の、子には子の苦労がある。みんなが苦労を持っている状態で一緒にやっていくにはどうしたらいいんだろうね?っていうのを語り合う場だから、個人のせいとか、家族の責任としては返さないです。

社会の見えにくい負荷のしわ寄せが、家庭とか子どもにいきやすいなって私は思ってて。個人とか家族の責任って、内側で見えない形で抱え込むんじゃなくて、社会のテーマとして大事なことだから、みんなで語ろうというのが当事者研究かなと思っています。

それでも時には研究の過程で、「あの人が悪い」「あの出来事のせいだ」といった悪者をつくる発言が出ることもあるのだそう。

江連さん:愚痴をとりあえず吐き出すことが必要な場合もあると思うんです。 吐き出す場って大人も子どもも少ないから、まず出すっていうのは大事なこと。聞いていてしんどくなるぐらいのボリュームになったり、言葉の鋭さが出てきたりしたらそれは声かけをして止めることもあります。そうするとすぐ切り替えられることが多いです。

あとは「悪口を言うとどんな良いことがあるの?スッキリする?」「誰に悪口いうのが一番効果がある?」など質問を変えていくこともありますね。

「悪者を作って悪口を言う」ことを仲間と共有する時間を経て、「悪者であるあの人」から「悪口を言っている自分」へと焦点を移すことで、自分の研究へと立ち戻ることができそうです。

【写真】ホワイトボードに書き込むえづれさん

一方で、共有された個人の悩みから、支援の介入を行うなど参加者をサポートをするケースもあったといいます。

江連さん:本当にケースによって異なるのですが、場合によっては場の主催者と相談をして介入を検討したり、必要な人と繋げたりすることはあります。特に子どもの場合は、親に病気や不調があるときなども状況の確認をしていますね。

研究をする中で過去を振り返り、中にはトラウマや辛い経験に触れるようなこともありますが、当事者研究中はただ深掘りをしていくというわけではないのだといいます。研究という言葉を聞いて、兎にも角にも深堀して分析して…と潜っていくようなものと勝手に思い込んでいた私には少し意外に思いました。

江連さん:研究中は深い話はしすぎないようにしていて。自分で過去を掘り起こそうとしている時も、私は止めてます。

苦労を深堀りするとループにはまって、泣き出したり辛さを語り出したりしても、 本人もしんどくなるし、傷つきも起こりやすいと思います。ドロッとした深いところを、何度語ってもすっきりしない。苦労がこじれてく感じで…。

それよりも、今の苦労のボリュームや、どんな形をしてるとかのイメージの話をしたり、目に見える形で作ったものとか板書を共有したり、体を使って表現をしたりしたほうが、わかってもらえた、 気心が通じたっていう感覚を持ちやすいんじゃないかって経験として感じています。

そこ(傷つき)でつながろうとしていかなくても大丈夫だよ。他の形で繋がれていけるよって私は思いますね。ただ語ることが必要な場合ももちろんありますし、あくまで私の考えなのでファシリテーターの方によっても違うところだとは思います。

意見の違いを正直に伝え合う、前向きなざわつき

続いて伺ったのは、自分一人ではなくさまざまな人の視点に触れられる、当事者研究ならではの体験について。私自身は苦労を研究していく上で、一般的な良し悪しの見方だけでなく、自分にとっての良し悪しをとらえていくような感覚がありました。

江連さん:私が当事者研究に参加したての頃、びっくりしたことがあって。すごく大変で壮絶なエピソードが語られた時に、ファシリテーターがその人に対して「それはあなたにとって良いことなの?悪いことなの?」って聞いたんです。

私はもう絶対「そんなネガティブな出来事、絶対悪いことじゃん」と思ってたのに、本人にとっては「いいこともある」って言っててびっくりしたんですよね。そうか、良い悪いって人によって違うんだって衝撃を受けて。

聞いてみると、本人にとっての良いことと悪いことがどちらもあるってことも結構ありますね。

私が参加した回では、研究テーマを出してくれた人に「苦労の“良い”側面」について質問することが何度かあり、私自身問われたとき初めて考える感覚で面白かったことを覚えています。

【写真】ホワイトボードの前に立つえづれさん

他の参加者の率直な意見に触れることができるのも、当事者研究ならではの面白さの一つです。例えば冒頭のふあんクラブの研究中、ライターである私自身はAさんの悩みに共感する部分が多くありました。一方で参加者の1人はまた違ったようで「自分はそう思わなくて、こんなふうに考える」とはっきり伝えていた内容が、私にとっては「試してみたい」と思える斬新な考え方でした。

そしてふと、批判するわけでも衝突するわけでもなく、意見の違いを正直に伝え合える場が社会にどれほどあるだろうかと考えたことを江連さんにも伝えました。

江連さん:前向きなざわつきってあると思うんです。全然違う意見の人がいるときに、自分がその人に対してどういう思いをするんだろうっていうのが、また研究というか。「この人やだな」って思っちゃう自分がいるとか、「この人は自分と違うけど嫌な気持ちにならないな」とか、ざわつきから自分も他者も知れますよね。自分の気分や体調によっても変わるだろうけど。

形式的に進まない、スムーズにいかないところが、当事者研究ならでは。その余白があるから全然違う意見の人ともその場にいれる、みたいな感じがするんですよね。

時々、批判ではなくても強い口調での意見が出ることもあって。そういう時は「それはこうゆうことですか?」など発言の意図を整理して聞いてみたり、強い口調をマイルドにして全体で共有をしたり、怒りや指導したいといった感情を外在化して「こういうときに〇〇(感情)になるんですね」と話したり、「Xさんはそう思ったのですね」と一言伝えることもあります。

あるテーマについては共感ができなかったとしても、少し抽象化して共通のポイントを見つけたり、「頭でわかってるけどできない場面ってある」「自分との折り合いのつかなさってある」といった気持ちを分かち合うこともあります。参加メンバーが初めましてなのか、よく知っている間柄なのか、関係性によっても変えています。

【写真】手振りを添えて説明するえづれさん

当事者研究が終わった後のことについても聞いてみました。まず、江連さん自身はその日のファシリテーションについて振り返って、「ファシリテーターをしている自分の研究」をしているのだそう。

江連さん:「研究中私はこう言ったけど、もうちょっと違う言葉はなかったかな?」「私がどういう眼差しでいたら、場がもうちょっと違うことになったかな?」とか考えたり、仲間に相談したりします。

言葉づまりを起こしやすいんですよ、私。 思ってることがうまく言葉にならないというか、言葉の瞬発力は悪いので。 必ず振り返りをしますね。

そして研究の参加者も、終了後に研究中とはまた違う感情に出会ったり、時間が経って初めて気づけることがあったりするといいます。終了してからも研究は参加者の日常に少しずつ浸透して、さまざまな影響をもたらしているようです。

江連さん:この間、私の娘が研究に参加したとき「ずっと自分のそばに苦労はあったんだけど、初めて言葉にして、苦労に名前がついて、私の苦労はこんな顔してたんだって思った。初めて苦労に出会えたような気がする」と話してて。言葉にすることで苦労と出会えたみたいな感覚になったらしいんです。

研究から受け取るものはきっとそれぞれ。以前参加してくれた子が、ほとんど発話はなくて、私は「つまらなかったかな」と思ったんですけど、その後も毎回来てくれて。発言はないけど、面白い場だと思ってくれていたのかなと思いました。

他の子のケースでも、その場では言わなくても家に帰ったら「また行きたい」って話していたり、研究中は言葉がまとまらなかったけど、帰り道に「あれはこういうことだったのかな」と話してくれたりすることがあります。

実はふあんクラブの後、私たち取材チームのメンバーも研究について振り返ったり、関連する自分の体験を言い合ったりしながら帰りました。誰かの苦労を一緒に研究すると、そこで感じたことを研究してみたくなったり、誰かと話してみたくなったり、余韻が続いていく感覚があるように思います。

「苦労の仕分け」からスタート。子育て当事者研究について

ここまで子どもや若者と行う当事者研究の話を中心に伺ってきましたが、ゆるふわでは子育て中の親御さんが行う子育て当事者研究の場も大切にしてきました。

江連さん:本を読んで、子どもたちの研究が素晴らしいから自分の子どもにもやらせたくなったという大人の方がいっぱいいるんです。でも私は、まず大人がやるのが大事だと思っています。味見もしないラーメンを子どもに「これ美味しいらしいから」と食べさせるみたいというか、まず自分が味わって美味しかったら勧めたら良いんじゃないかなって(笑)。

子育て中は子どもを中心に物事を考え、親御さん自身の気持ちにフォーカスする時間が少なくなってしまう傾向にあるといいます。だからこそ、自分に矢印が向く当事者研究の場は親御さんにとっても貴重なものとなりそうです。

江連さん:基本的に研究のやり方は変わらないですが、大人の方が「苦労の仕分け」をする場面が多いです。子どものことでの悩みが多いんですけど、子どもと大人の苦労がごっちゃまぜに絡み合って、毛玉みたいになってることが多くて。この糸は子どもの苦労、この糸は親の苦労と分けることからはじめます。

例えば不登校を自分の苦労のように語る人がいますが、不登校であること自体は子どもの苦労なので、「不登校の子どもを見てられない苦労」が親にはあるよね、と話したり。

家族のことって、とにかく絡み合いやすいんです。立場が違うそれぞれの苦労があるはずなのに、みんな一緒にごちゃっとして、「家族のでっかい苦労があります」みたいなことになりやすいんですよね。

ご自身も子育て中の仲間たちと、子育て当事者研究を続ける日々を送っている江連さん。研究をしてきたことで「仲間ができた」と晴れやかな顔で話します。

江連さん:研究仲間がいることで、つらいことはつらいままなんだけど、生きやすいんですよね。相談相手もいっぱい増えたし、相談する力もついた。

自分の苦労がきてからどんなことが起こるか、過程がわかったんですよね。苦労がきて、もう大騒ぎして、わめいて「もうやだやだ」ってなって、研究して。一緒に言語化してくれる仲間がいて、「これが辛かったんだ」とか気づくと笑えてきて。ユーモアに変えて、最終的に笑うっていうところに行くと、その苦労とは距離が取れる。

私は最終的に笑わないとダメみたいなんです(笑)。自分のことがよくわかって、自分との折り合いがつきやすくなりましたね。

【写真】優しい表情のえづれさん

子どもの苦労もあれば、親の苦労もある。日常の些細な出来事から、自分や家族の人生を揺るがすような事件まで、さまざまな苦労の研究が親御さんたちの間でも行われています。

2026年3月にゆるふわが開催した「子ども・子育て当事者研究交流集会」の中では、子どもに対して心配や不安をしすぎてしまう「味付けの濃い子育て」の研究や、パートナーや里親に預けている子どもとの関わりを、自身の障害特性を踏まえて考えてきた「好きすぎるゆえの暴走」の研究など、とってもユニークで濃厚な研究発表も行われていました。

子どもを未熟だと思わない。子どもが自分の言葉で語る、当事者研究の可能性

今回江連さんとお会いして最初からずっと印象的だったのが、江連さんがとても楽しそうに当事者研究の話をされることでした。ご自身でも子育て当事者研究をして助けられている以外にも、研究を通して子どもたちと関わることでたくさんの楽しさと学びを受け取っているのだそうです。

江連さん:子どもたちって当事者研究という言葉は知らなくても、研究はもうみんなしてるんです、すでに。「こういう大人には黙ろう」「給食の残し方はこう」「友達や先生との距離感はこうしよう」とか、技も工夫もいっぱいあるんです。内側で自分だけのものとして研究してきた子が多いんですけど、それを研究の中でみんなで分かち合っていけたらいいなって思います。

大人とは違う子どもらしい工夫があって、嫌なことがあったら、好きな音楽を聞くとか、好きな食べ物を想像するっていう子もいたりして。私は子どもたちに相談することもよくあるんですけど、みんなのアイデアを聞いて「次はそれやってみようかな」とか教えてもらってます。

「話を聞くだけでも私は本当に楽しい」「子どもらしい発想とか言葉がすき」そうにこやかに話す江連さんですが、一方で子どもたちが置かれている状況には課題を感じることもあるといいます。

江連さん:以前向谷地さんが話していたことなんですけど。社会では「子どもっぽい」「子どもじゃあるまいし」とか、子どもがまるで欠点や未熟であるような言葉が使われるじゃないですか。例えば「女」とか「障害者」に置き換えたらこうしたことって今は言いづらい雰囲気があるのに、子どもたちにはまだ使われていて、子どもの現在の状況を表しているんじゃないかと。

私は子どもたちを尊敬する場面がいっぱいあります。例えばさっきまで喧嘩してきた子と急に一緒に遊びだす場面とか、「私だったらもっと時間がかかってしまうな」「楽しいことだったら嫌な子とでも遊べるっていいな」と思ったり。

子どもとやる当事者研究の場はどんなに疲れてる日でも、行ったら絶対楽しいんです。毎回興奮する場面があって、子どもたちすごいなって思います。子どもにも、赤ちゃんにも、どんなに大人が真似してもできない能力がありますよね。

だから子どもを未熟とする見方は嫌なんです。

【写真】参加者との会話で笑顔を見せるえづれさん

子どもは未熟な存在ではない。だからこそ親や教育者など大人が子どものことを全て代弁するのではなくて、子ども自身から発せられる言葉を聞いていきたいと江連さんは話します。

これはべてるの家で大切にしてきた、医療関係者や専門家ではなく、障害を持つ当事者自身が自分の言葉で自分を語るということにも通ずる考え方だそうです。

江連さん:子ども自身が思いや苦労を語ることができたら、そして私たちが聴くことができたら、学べることが山ほどあるんじゃないかって思います。「圧倒的に子どもや若者の声を聞いてくれる大人が少ない」と子どもから聞いたこともありますし。

「子どもたちがこんなに語れるって知らなかった」という大人の意見って本当にいっぱいあるんです。子どもの思っていることを大人が知れる機会があるって希望だなって。本人の苦労は続いていくとしても、子どもの言葉を聞いて周りの対応が変わっていくこともあるし、そんな場面も見てきました。

今後は、当事者研究ができる場をオフラインでも増やしていきたいという江連さん。ゆるふわでは子ども、大人に限らず、研究仲間も募集中です。

江連さん:研究したいなと思ったら、苦労とペンさえあればいつでもできるのが当事者研究。 ただ、真っ最中に語れない、過ぎ去ってから「あの時こういう苦労があった」と語れるような苦労もありますし、自分のやりたくなったタイミングでやるのが一番だと思います。

どこにいても誰とでも1人でも、気軽にできるので、ぜひたくさんの人に研究仲間になってほしいです。あと情けなさの持つ力を感じているので、子どもたちに情けないことを語ってくれる大人が増えるといいなと思っています。

【写真】椅子に座っているえづれさん

関連情報:
ゆるふわ ウェブサイト
ふあんクラブ 公式LINE
東京大学先端科学技術研究センター 当事者研究ワークシート

(企画・進行・執筆/松本綾香、編集/工藤瑞穂、撮影/久松澄玲、協力/岸本成美)