
「当事者研究なので、共感しすぎないんです。やってきた工夫の共有とか、経験の共有はするんですけど」
共感はしなくてもいいんだ——その言葉を聞いた時、ちょっとした衝撃が走りました。誰かの力になりたいと思って話を聞く時、共感が大事だと私はずっと思ってきたからです。
この言葉をくれたのは、写真家であり、当事者研究ファシリテーターでもある江連麻紀さん。出産や里親家庭をテーマとした撮影活動を行いながら、「子ども・子育て当事者研究ネットワーク ゆるふわ」(以下、ゆるふわ)を運営し、子どもや子育てにまつわる当事者研究の場を広げてきた方です。
当事者研究とは、一人ひとりが自分の困りごとや生きづらさ、体験した出来事、関心事などの「研究の素材」を持ち寄り、周囲の仲間たちと共に、研究というプロセスを通じて困りごとへの理解を深めたり、よりよい付き合い方を探していく対話実践のこと。
江連さんはそんな当事者研究の場を、子どもや若者、子育て中の親同士といった幅広い世代の方々と開いています。
子どもを持ってから、子育てや自分自身の家族について疑問や悩みを持つようになった私は、江連さんの活動を興味深く思いました。さらに、人との会話で共感ばかりすること・されることに薄々違和感を覚えてもいたので、他の選択肢があるならば取り入れてみたいとも考えるようになりました。
当事者研究が身近になった日
少し話が遡りますが、私が「当事者研究」という言葉を初めて知ったのは2020年のこと。当時参加したとある研修の講師から書籍『ナラティヴと共同性――自助グループ・当事者研究・オープンダイアローグ』(野口 裕二:著)を手渡されたことがきっかけです。早速読み始めてみたものの、なんだか自分に身近なことには思えず、途中にしおりを挟んだままその本は6年近く本棚に置かれていました。
転機が訪れたのは、2025年12月に行われた「soar conference 2025〜つながりの修復」に参加した時。
このカンファレンスにはゲストとして「浦河べてるの家」理事長でありソーシャルワーカーの向谷地生良さん、早稲田大学文学学術院教授のドミニク・チェンさんが招かれており、お二人の活動や対談を聞いた後に、向谷地さんがファシリテーターを務める当事者研究の実践セッションがありました。
当事者研究は2001年にべてるの家で生まれたもので、向谷地さんが精神障害を抱えた青年の支援に困り、「どうしたらいいかわからないから、一緒に研究しない?」と声をかけたことが始まりだそうです(詳細は過去のインタビュー記事をご覧ください)。研究において大切なのは、自らの苦労を研究対象として自分の外に置くこと。自分自身が困った存在なのではなく、「困りごと」「苦労」を抱えている存在と捉え、仲間と一緒にその仕組みや付き合い方を考えていきます。
当事者研究には決まった進め方というものはありません*。苦労を声に出して語り、仲間がそれを受け止め、言葉を返す。その対話を通じて、苦労に名前をつけ、付き合い方を探していく流れがよく用いられます。その過程で弱さや苦労の経験を情報公開していくことが、他者の役に立ったり、エンパワーメントしたりする可能性を持っているのです。
*当事者研究の始め方の一例として、東京大学先端科学技術研究センターではワークシートを作成しています。
https://jibunlab.learningdesignlab.jp/how-to.html
べてるの家で始まった当事者研究は、現在ではいろいろな問題や障害を抱える当事者団体、自助グループなどにも広まっています*。
*参照:東京大学先端科学技術研究センター 当事者研究分野 熊谷研究室 当事者研究Lab.ウェブサイト https://touken.org/aboutus/
実践セッションを前に、参加希望者と研究してみたいテーマが会場で募られました。好奇心に任せて手を挙げたところ、私が出した「子育てにおいて、自分の親から受け継いだであろう行為の連鎖・再生産をどうしたらいいか」というテーマが採用されたのです。
あれよあれよと80名近くいる参加者の前に出て、向谷地さんに促されるがまま、自分の感じていることを声に出して語りました。
見ず知らずの方々の前で、極めて個人的な話をしていました。これまで言葉にしたことのなかったことまで、口からこぼれ出ていく。その体験自体に私は驚いていました。
私が語り、向谷地さんや参加者の方々が言葉を返してくださる。会場からも経験談が寄せられ、当事者研究は進んでいきました。

「soar conference 2025〜つながりの修復」での当事者研究の様子(撮影:川島彩水)
そのなかで特に印象に残ったのは、向谷地さんの「“何不自由なく育った不幸”という言葉がありますね」という一言でした。自分で言葉にできなかった、してはいけないと思っていたことを言い当てられたようで、私は動揺しながらも「その言葉があるならば……私は不幸なのかもしれません」と口にしていました。
終了後、参加者の一人が「宝物みたいな時間でしたね」と声をかけてくださいました。苦しさを感じる自分と温かさを感じる自分と、両方がその場にいた。
「この時私はリサーチャーだった。私を観察し、研究している」。その日の日記には、そう記されています。
この当事者研究から日が経っても、私は向谷地さんの言葉を反芻していました。
あの日の研究で、自分を縛っていたものの存在が見つかったのかもしれない。家族関係のことも当事者研究で扱うことができ、こんなにも人に影響を与えるものなのか。
私の当事者研究への興味は、さらに膨らんでいきました。
そんな折に、子ども・子育てに関する当事者研究を行っている江連さんと出会い、ゆるふわの開催する当事者研究に参加しました。子どもたちが参加するその場で、江連さんはごく自然に研究をファシリテートしていかれ、参加者たちも感じたことを思い思いに口にしていました。
江連さんは、このような場を開くだけでなく、ご自身のご家族とも当事者研究を行っているそうです。どのようにして当事者研究を日常に取り入れるようになったのでしょうか。お話を伺いました。
中の中の子ども。人間関係への戸惑い
——江連さんは徳島県生まれと伺っています。どんな子どもで、どんな日々を過ごしていたんでしょうか。
江連:私ね、子どもの頃の記憶が曖昧で。母と父と兄の4人家族で、本当に「中の中」の子どもだったと思います。クラスで目立つわけでもないけど、友達はいっぱいいて、幸せな人生を歩んでたんです。
だけど、小学3年生の時に引っ越し、転校先の学校は様子が違っていました。それまでは男女ともに一緒に遊んだりしてたんですけど、男女は絶対に遊ばないし、女子はグループができてる感じで。その辺から、女子とのやり取りのしんどさを感じてましたね。表面ではこう言ってるけど、裏では悪口があるみたいな世界が待ってて。
当時不登校という選択肢はなかったので、私はそれにちょっと抗おうと、遅刻して行ってましたね。外で飼われている近所の犬を愛でて(笑)。随分ささやかな抗いでしたね。
その後、新体操を始めたんです。中学でも続けて、県大会で2位になったことがありました。楽しんでいたんですが、部内の上下関係や顧問の先生との関係は大変でした。遅刻すると叩かれることがあったり、先生の話を聞く時はずっとつま先立ちで聞かなきゃいけなくて。
高校は商業高校に進んだんですが、苦手な”女子ならではの人間関係”があって、グループ間をフラフラうろうろしてる感じの子でしたね。距離感とか塩梅がわかんなくて、悩んでました。

——グループの感じ、ありますよね…。将来の進路についてはどう考えていたんでしょうか?
江連:商業高校から地元の商業科の短大に進んだんですが、父が趣味で持っていたニコンのフィルムカメラを借りて、写真をずっと撮ってました。
商業科では事務職に就く人が多かったんですけど、私は月曜から金曜まで同じ場所で9時5時で働くことに違和感があって。母からはそういう仕事をするのが幸せなんだよって教わったんですけど、絶対やらないと思ってました。
高校の頃からアルバイトをたくさん掛け持ちしていて、その流れで短大卒業後に一年間バイトしてお金を貯めて、東京の写真の学校に行ったんです。
私は言語化が苦手で、昔から自分が喋る言葉に自信がなく、それで写真になりましたね。音楽の習い事もやったことがあるんですけど、一番しっくりきたのが写真でした。
家族の形の違いや、夫のうつ。生きていくって?
——学校に入り直されたのですね。その後はすぐに写真家として活動を始められたんですか?
江連:いえ、その後、動物関係の仕事に就こうと思って動物病院でアルバイトをしていたんです。東京に出てきてからは、一人暮らしも性に合って、遊びながら楽しく過ごしてて。
それで、アルバイト仲間の繋がりから夫と出会って、知り合って2年、27歳で結婚しました。付き合っている間は楽しく過ごしてたんですけど、結婚するとなってちょっと様子が変わって。
私は結婚するとなったらご家族に挨拶したいと思っていたんです。まず夫のお父さんと弟さんとお寿司を食べる機会があったんですが、お母さんは具合が悪いからということで来なくて。
でもお母さんに会わずに結婚するのはありえないと思って、ご実家に伺ったんです。その時、おばあちゃんが出てきてくれたんですけど、お母さんは部屋から出てこなかった。帰り道、夫がもうなんとも言えない表情をしてて、「あ、やばい、傷つけてしまった」って思って。

そこで夫から聞いたのは、お母さんはメンタルヘルスの苦労を長年抱えていて、引きこもりがちになっているということでした。夫はそれを分かってて、「いいんじゃない、挨拶しなくても」と言ってたんですが、私の常識を押し進めたためにそうなってしまって。
あ、こういう家庭もあるんだなって、その時初めて知って。自分のこれまでの家族を「日本のよくある家庭」と思っていたけれど、こういう家庭もあるんだって衝撃を受けたんです。メンタルヘルスの苦労を抱えている人とは、それまで関わったことがなかったので。
——結婚を通じて、家族像への考え方が変わっていかれたんですね。その後、夫さんがうつ病になられていると伺いました。その頃はどのように過ごされていたんですか?
江連:結婚した翌年に娘が生まれて、その2年後に夫がうつ病になって、会社を休んで1年半療養してました。
当時は私の両親には心配をかけたくなくて言えなくて。安易に慰められたくもないし、何を言われても傷つくっていう状態で、人に話すのが怖くなっていました。
その時助けられたのが、ネットの掲示板でした。家族やパートナーがうつ病になった人たちの掲示板があって、ルールがしっかりしてて安全な感じがして。先輩たちが後から来た人たちの質問に答えてくれるやりとりを見てるだけで、なんか心救われましたね。
——それが江連さんにとって、転機だったのでしょうか。
江連:そうですね。療養中の夫を見ていると、寝たきりでご飯の時だけようやく起き上がってくるような状態で。「生まれて、生きていくってどういうことなんだろう」という問いが湧いてきたんです。
それで、命をテーマに撮影したいと思って、撮り始めたのがお産でした。写真からしばらく離れていたので、デジタルカメラの使い方も学びたいと思って、もう一回写真の学校に通って。
縁があって稲田助産院に「出産の撮影のモデル募集してます」ってチラシを貼らせてもらって、10人を撮って……すごいことが行われていると思いました。自分は病院での出産だったので、助産院は全然違って。こんな世界もあるんだって、そこから継続的に出産を撮るようになりましたね。

©江連麻紀 (提供写真)
べてるの家との出会い、当事者研究の衝撃
——江連さんはべてるの家(以下、べてる)とも関係が深いと聞いています。出会いはいつ頃だったのでしょう?
江連:夫がうつ病になったのは、会社員をしながら大学院に通っていた時期だったんです。その大学院の先生が、夫に向谷地生良さんが書かれた『安心して絶望できる人生』という本を渡してくれて。それがべてるを知ったきっかけです。
最初は夫の方が当事者研究に興味を持っていて、私は「怪しいな、なんだろう」って。そう思いながら、夫の行く講演について行ったんです。
その講演では、向谷地さんともう一人の登壇者の方が、生々しい苦労を明け透けに語っていました。すごい話をしているのに、会場で笑いが起きてて、衝撃を受けて。こんな朗らかであたたかい空気感で、しかも笑いまで起きてる。何が起きてんだろうと、びっくりして。
講演が終わってすぐ向谷地さんに「べてるの撮影をしたいんですけど」って言いに行ったんです。そしたら「はい、どうぞ」って(笑)。
それで、講演の翌年2012年に娘を徳島の実家に預けて、夫と二人で2週間、べてるの家に行きました。

べてるの家で年に1回開催している「べてるまつり」の様子 ©江連麻紀 (提供写真)
べてるでは、見学者でもほっとかれるんです。おもてなしも特にないし。でもそれが心地よかったんですよね。メンバーの当事者研究に何度も参加させてもらって、朝ミーティングや住居ミーティングで毎回自分の気分や体調を語る。それで、あ、自分ってこんな気分なんだって知っていきました。
最初は本当にうまく喋れなくて、気分って何?どう表現すればいいの?ってわかんなくて。メンバーの語り方を聞いて、こうやって自分のことを話せばいいんだって、言葉を知っていく感じでしたね。

べてるの家のメンバーたち ©江連麻紀 (提供写真)
——自分の気分を語るって、日常ではなかなかないですもんね。江連さんは出産以外にも里親家庭の撮影もされているかと思いますが、それもべてるがきっかけだったのでしょうか?
江連:べてるにいる里子の方と仲良くなったのがきっかけですね。その方が子どもの頃から苦労してきた話を何度か聞いて、そのあたりから関心を持った気がします。
それから里親家庭の撮影をするようになって、2018年に写真展「フォスター」を開催しています。ある撮影の時、里親さんが「信頼できる大人の一人になってくれてありがとう」って言葉を言ってくれたんです。
里親って「親にならなきゃいけない」って思うとすごいハードルが高かったんですけど、信頼できる大人の一人っていう言葉に、「あ、そのぐらいだったらできるかもしれない」と思って。それで2020年に自分でも里親登録をしました。今ではレスパイトや短期委託を受け入れています。
「何の」当事者研究なのか
——べてるの家に行かれてから、どういった経緯で当事者研究を始められたのですか?
江連:べてるに初めて訪れてから、当事者研究をやりたいと思ったんですけど、その当時は精神疾患のある人たちの中で行われていることが多くて。私はうつや統合失調症の当事者ではないから研究できない!って勝手に思って。ずっとやりたいなと思いながらできずにいたんです。
その後出会ったのが、精神疾患のある親たちの子育て当事者研究会『あじさいクラブ』で。何度か通わせてもらううちに、子育ての当事者研究がしたいんだ!ってわかったんです。
でも向谷地さんに聞いてみても関東にはそういう研究会はないって言われて。じゃあやるしかない!と思って、2018年に横浜のNPO法人Umiのいえで子育て当事者研究会を自分で始めました。
——そんな流れだったのですね。先日江連さんがゆるふわ*の活動として稲田助産院で開催している子ども向けの当事者研究「ふあんクラブ」の活動も見学させていただきました。とても自然に研究が進んでいったように見えたのですが、江連さんは毎回どんな風に研究の場を進めていっているのですか?
*子ども・子育て当事者研究ネットワーク「ゆるふわ」。子どもも大人もゆるくふわっと集まる、オンラインベースの子ども・子育て当事者研究ネットワークで、子育てに関わる大人や子どもたち自身が様々な経験やテーマを持ち寄って、当事者研究やワークショップの場を開いています。

江連:どうやっているんでしょうね……。同じことをやり続けるのは苦手なので、毎回やり方は異なるんです。これを取り入れたらどうなるんだろうと、その場に合わせていつも試してますね。問題や苦労と自分を切り離すということだけは、必ず初めに伝えるようにしています。
家族での当事者研究のはじまり
——江連さんはご家族の中でも当事者研究をされていますよね。いつ頃から始められたのですか?
江連:最初のきっかけは、娘が幼い頃トイレトレーニングに苦労したことでした。ちょっと怒ったり、なんとかしようと頑張ったんですけど、なんともならなくて、行き詰まって。
その時、こんな時べてるではどうしてたっけ?と思い、まず労いからだって思い出して。それで娘にお菓子をあげて、お疲れ様でしたって労いから始めたんです。そこからですね。
やってみて一番大きかったのは私自身の変化で、私はそのことをものすごく大問題だと、問題視しすぎてたんですよね。本人はそこまで気にしてなくて。
研究をしてみた結果、私が問題視しなくて済むようになって、焦りもなくなって、その研究は終わっていきました。
——子育てに関して、親の方が必要以上に問題視してしまうこと、ありますよね……。娘さんとの研究はその後も続いていったんですか?
江連:そうですね。研究が活発になってきたのは、小学3年生くらいからです。娘とは、ケンカや嘘、友人関係の悩み、身長のこと、弟ができたことへの気持ちなど、様々なテーマで研究を重ねてきました。

江連さんがご家庭内で実施されてきた当事者研究のテーマ(提供資料)
——ゆるふわの著書『わたしの心の街にはおこるちゃんがいる』を拝見しましたが、娘さんが14歳当時、研究歴9年で15回以上の研究をしてきたと記されていて驚きました。
江連:本当に(笑)。小4の時に一緒に研究した資料があるんですけど、「安心して話せる場の条件」をいっぱい書いてて。条件がそんなにあるんだ、結構繊細で話しづらいんだなっていうのを知りました。

娘さんと研究した「安心して話せる場」について(提供資料)
当事者研究の、研究
——お子さんやご家族と当事者研究をする中での工夫はありますか。
江連:そうですね……失敗というか、楽しくなかった研究の経験を結構積み重ねてきてるんです。
例えば、うちの家族は電気消さない、扉閉めない、靴箱開けっぱなしというのが日常で、すごい腹が立って。それをテーマに研究を開いてみても、みんな喋らなくなるんです。無言で、うつむいて目も合わない。いつもみんな楽しく喋るのに、全然進まないじゃん!って。
そういうのを何回も重ねて、どうしたら家族で当事者研究を楽しくできるんだろうって、自分自身が研究してきた気がしますね(笑)。
——その研究の結果はどうなったのでしょう?
江連:テーマを大人が用意するのが一番よくないと気づきました。私が困ってるだけで子どもは困ってないということもわかったし。宿題やらせるのと一緒なんですよね、やりたくもない研究をやらせていた。
今なら、自分が困ってることは自分のテーマとして出すと思います。「お手伝いしてほしいのに人が集まらないくて困っているから研究したいんだけど付き合ってくれない?」みたいに。

楽しくなかった会議について(提供資料)
——娘さんと息子さん、お相手によってもやり方は違いそうですね。
江連:全然違いますね。息子は気持ちが爆発しやすいタイプなので、何かが起きた後に、「お母さんちょっと気になるから振り返りしたいんだけど」って声をかけます。もちろんやりたくないって時もあるけど、乗ってきた時は絵を描きながら話して、10分できればいい感じですね。「娘の場合はまだ話したい、もっと聞いてよ」ってなるのに。人それぞれですよね。
家族で暮らしてると、日々の出来事って山ほどあるじゃないですか。なので忘れないうちに早めに研究するのが大事だと思います。その場にいる人でサッとやっちゃう。子どもは、木曜日に何かあったとして、土日を待ってたらもう忘れてて、なんだっけ?みたいなことになるので。スピード感が大事ですね。
夫婦の研究は難しい。家族以外の仲間の存在が大切
——夫さんとも当事者研究をされることはあるんですか?
江連:それは、本当に難しくて……。なんでできないんだろうと思ってたんですけど、この間フィンランド発祥の「オープンダイアローグ」に取り組んでいる精神科医の斎藤環さんの授業で、「夫婦は聞くと話すを分けてない。だから夫婦の対話は難しい」とおっしゃっていて。斎藤さんが言うならそうだろうと納得できました(笑)。
夫婦間って独特の会話のリズムがあって、最後まで聞かずに言葉を返してしまったり。研究するには一番難しいですね。
——夫さんのことで困ったら、どうされてるんです……?
江連:子育て当事者研究の仲間とやってますね。
昔は家族のことを家族内で研究したいと思っていたけど、今は諦められるようになっています。無理やりやっても、やっぱり後味が悪いんですよね。どうしてもモヤモヤするものは、子育て当事者研究の仲間に吐き出せばいいし、家庭内ではやらなくていいやと思うようになりました。
研究する前の生の言葉って、子どもに渡すにはちょっと強すぎると思っていて。なので、私自身の切羽詰まった苦労は子どもとは研究しないですね。
子育て当事者研究の仲間と研究してから、私こういう気持ちになってたんだよって家族に共有する流れにしています。
——ご家族での当事者研究と、子育て仲間との当事者研究と、両方あるんですね。
江連:そうですね。娘なんかは私が不機嫌な顔してたら、「お母さん、もう研究仲間に相談してきたら」って言うようになりましたから(笑)。

——大人の仲間との繋がりは、どのように作っているんですか?
江連:ゆるふわメンバーとの繋がりもあるし、これまで出会ってきた仕事関係の人とか、ママ友的な人たちともやりとりしてますね。メッセージで「こんなことあってさ」って伝えるだけでも結構すっきりするので。
大人同士の子育て当事者研究の相手はいっぱいいて、苦労ごとに話す相手がそれぞれいます。息子のやんちゃに関することは男の子のお母さんたちと共有するのが楽しいし、受験のことは受験のママたちと。場面によって分けてます。それが一番心地いい状態ですね。一人に全部出すんじゃなくて、苦労ごとに人を変えてる感じ。
あとは、吐き出しの作法ってあると思ってて。相手がしんどくならない伝え方とか。それも、いろんな人とやってきた中で失敗しながら学んできたと思います。
自分の調子のいい時に返信するようにしているし、読めない時は見ないようにもしています。
共感もしすぎないんです。当事者研究なので、労いや、やってきた工夫や経験の共有はするんですけど、評価やアドバイスはもあまりないですね。
一人での研究と、仲間との研究の違い
——ジャーナリングという言葉も一般的になってきた気がするのですが、一人で振り返って研究をすることと、誰かと一緒にやることって、どんなところに違いがありそうですか?
江連:一人だと手軽さがあって、いつでも好きな時に紙とペンさえあればできるし、人には言えないことも書き出せるっていうのがいいところですよね。

でも私が複数の人と一緒にやるのが好きな理由は、言葉を知りたいからなんです。この嫌な気持ちにどういう言葉がしっくりくるんだろうっていうのを、いつも探してて。
自分の話した苦労に対してみんなが「私もそういう時ある」「こんな感じだよね」って言ってくれて、「それそれ!私の苦労、この言葉だったわ!」って、言葉が見つかった時のすっきり感があるんです。一人じゃ出てこないんですよね、それって。
そのすっきり感があってようやく苦労と一緒に過ごせるようになって、さらにその苦労を笑えるようになってくる。
言葉を当ててくれる人たちと一緒に研究できるのが、複数の仲間と一緒にやる良さですね。言葉が見つかるだけで、ずいぶん機嫌良く過ごせるようになります。
研究を重ねて、家族との「ズレ」が変わった
——ご家族の中でも当事者研究を続けてきて、江連さんご自身に何か変化は感じますか?
江連:分かり合えたっていう感覚がありますね。以前は本当にわからないことしかなくて。娘に怒りすぎたことを謝ったことがあったんですが、娘は全く気にしてなかった。「お母さんいつもあんな感じだよ。それよりも服欲しいって言った時に『今いらないでしょ』って言われた時の方が傷ついた」って言われて(笑)。
自分が申し訳なかったと思ってたところと、向こうが傷ついたところのズレの大きさが、日常の会話の中でどんどん減ってきた気がしています。それが一番大きな変化かな。
私のことを子どもたちと一緒に研究したこともあります。私がどんな時に怒り出すかっていう、「怒りの研究」。子どもたちから見ると全部「怒る」に見えていたものも、私にとっては爆発、怒る、注意する、促しの4つに分かれていて。
研究をしたおかげで、「注意する」と「促し」は怒っているんじゃなかったんだと分かってくれて、そういう時は子どもたちが距離を取るようになってくれました。
私の目標は「家族が仲良く楽しく暮らせるように」なんですが、大きなズレがあるとそれとは真逆で、楽しくならない、心地よく一緒に過ごせないじゃないですか。なので、「あ、こういうところが嫌なんだ」と、家族のことも、自分自身のことも知っていく。それを日々当事者研究を通してやってる感じですね。

——お子さんと向き合うことと研究して分かり合うことの違いって、江連さんはどう感じていますか?
江連:娘に昔、「向き合ってほしいなんて思ってないから。向き合われたらしんどい」って言われたことがあって。
研究だと向き合わなくていいんです。結果的に向き合ってることになるのかもしれないけど、正面と正面で向き合うんじゃなくて、横向いてホワイトボードを見ながら話すっていうだけでも随分違う。同じ景色を一緒に眺めてる感じになって、立ち位置が変わって、随分楽になりますね。
研究的な眼差しが日常に。安心して不安になれる
——江連さんの中で、当事者研究は自然なものになっているように思えます。
江連:そうですね。当事者研究しようと思ってやってることが、もうほとんどなくて。料理がいつの間にかできるようになったみたいな、お味噌汁をレシピ見ないで作れるようになったみたいな感覚です。
友達と話す時には、当事者研究って言葉は出していないんです。ただ困りごとを外に出して、苦労を溜めない。それが自然に日常に溶け込んでる感じで、研究的な眼差しとか考え方が生活の中にあって。研究しようと思ってやってることがほとんどないんですよね。
——今、江連さん自身はどんな状態ですか?
江連:不安はあるんですよ。家族のことなど今後に不透明さはあるので、不安はなくなっていないんです。でもなんか安心して不安になれるんですよね。
不安なのに安心してる。なんとかなるって思えているのも、仲間がいて当事者研究があるから。当事者研究がなかったらどうなってたかわからないなって思います。
仲間から言われた言葉で、嬉しかったものがあって。私が「もう全然自分が信じられない」ってなった時に、「大丈夫、まきちゃんが信じてなくても私が信じといてあげるよ」って言ってくれて。自分自身では信じられないんだけど、仲間が私を信じてくれるから、じゃあいけるかもしれないって思えましたね。
——当事者研究に興味を持った人に、何かメッセージをいただけますか?
江連:とにかくやってみてください。紙とペンがあればできるので。
お友達を誘う時にも、「お茶会やろう」くらいのお誘いで、紙とペンを用意しておいて、ちょっと書いていい?って確認して書き始める。そのくらいから気軽に始めるのがいいと思います。
「私でも子育てはできる」って思えるようになったのも、当事者研究をしながら、苦労を聞いてくれる仲間がいたからです。
私なんかダメだって思った時に代わりに自分を信じてくれる人がいることが、どれほど支えになるか。安心して不安になれる。そういう場を、これからもつくっていきたいですね。

取材を終えて——不安になることは悪いことじゃない
取材当日、インタビューに入る前に江連さんが私の当事者研究をしてくださいました。
今回私がテーマにしたのは「息子の学校行き渋りと過ごした一年の振り返り」。江連さんのファシリテーションに促されるまま、私はこの一年の出来事をするすると言葉にしていきました。
研究が終わり、江連さんと同席した編集部メンバーからいただいた感想の言葉は、共感の嵐みたいなものでは全くなかったけれど、私の一年への敬意と労いがにじみ出ていたように感じられました。
それから私は、息子と接する時に少しでも研究の眼差しを持とうと心がけています。
朝なかなか起きてこない息子に、ある日「行きたくない星人が来てるの?」と声をかけてみました。すると息子は、行きたくない星人の姿や、やって来ると自分にどんな影響を与えるのかを語り出したのです。完全にはわからない。けれど、わからないことしかなかった状態からはズレが減っていっているのではないか……。
また、取材を終えてしばらくして、夫との会話の中で、私にとっては決断するのが少し気が重い家族の話題がでました。これまでも何度か話し合ってきたものの、結論が出ないままになっているテーマです。突然その話題を出されて私は不安になりましたが、取材前の当事者研究で江連さんが話してくれた「先取り不安」という言葉が、同時に思い出されました。
私は「いつかこの環境が変わる時が来る」ということを予測して不安になっていたのです。視線を引いて考えてみると、今すぐの話ではないのだと思えて、少し落ち着くことができました。
今回もまた話の結論は出なかったけれど、時が来るまでこの苦労は抱えておくのでしょう。「先取り不安」の言葉が見つかったことで、この苦労と一緒に過ごすことができる。そして溜まりすぎてしまったら、友人たちに話をすればいいのです。きっと労ってくれるはずです。
研究という手段を持っておけば、「安心して不安になれる」。不安になること自体は、悪いことじゃない、そして誰かと一緒に研究すれば、苦労と過ごすための言葉が見つかる。そう知ることができたのが、取材を通した私の研究結果です。
(執筆/家本夏子、撮影/久松澄玲、編集/工藤瑞穂、企画・進行:松本綾香)
